ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング 番外編) 作:アズマケイ
現役を引退した王直の思い出話は、西の海出身の私にはどれも珍しかった。
特にハバンブネの仕事の後に宗教上の理由から必ず行っていたという放生会という儀式の話が好きだった。本来殺生禁断の思想に基づいて生類を放つ儀礼で寺の南にある猿沢池が放生池とされ、桶に入った鯉や金魚などを池に放したそうだ。
それだけ宗教的にも政治的にも独自の文化が根付いていながら、広大な大陸であるために、さまざまな対立をはらんだ他民族国家だったために、無政府状態になる。諸行無常とはこのことだ。どことは教えてくれなかったが、偉大なる航路の非加盟国だ。西の海から海軍本部に移動したばかりの私は、さすがにしりようがなかった。
このころの王直はハチノスの世話焼きをするために、海賊派遣業やウミット海運の下請けだけでなく、久しぶりに奴隷商も再開していた。相変わらず金に困っていた。
「仏のセンゴク、私は常々考えていたのですがね、シャボンディ諸島のあれはどうにかならないのですか?」
「人......いや、職業派遣所のことか」
「どちらでもいいですよ、そんなこと。耳障りのいい言葉に置き換えたところで、本質はなにも変わらないのだから。私がいいたいのはですね、長らくあの業界から手を引いていた私は今は新米も同然なわけです。新規参入するにはどうしても商品(奴隷のことだ)の品質あげるしかないのに、どうして肝心の納入先は7年たってもあんな劣悪な環境のままなんですか?おかげでうちの部下達の不満がたまって仕方ないんですがね」
「なら、自分でしたらどうだ」
「ロックスの私に許可が降りるとでも?」
「まあ、それはそうだが」
「私がウミットに勝っていたらゆくゆくはと考えていたんですよ。負けたからそれで終わりですがね」
王直の奴隷商は相変わらず加盟国を標的にしていた。最速で船長を襲撃し、会話をしながら死闘で相手の情報を手に入れる。見聞色の精度をあげながら心身ともに拷問で覇気を殺す。折れないなら銃を抜く、折れるなら奴隷にするか、あえて傀儡にしてスパイにする。船員達は大事な商品だから傷つけたら価値落ちる。奴隷商人だから当然だといっていたが、そんなことをする海賊は世界のどこを見渡しても王直だけだった。
母親が元奴隷だったことを考えれば当然の流れだが、世界はそれを知らない。そのため、何も知らない加盟国の奴隷達は勝手に勘違いして任侠の徒だなんだ八幡菩薩だいいだして、王直を困らせていた。逃げ帰ってきた者達が傘下に入りたがり、内心冷笑ながら困っていた。
引退してからそれを聞いた私は少し反省していた。私も王直を仁義ある正義があると勘違いしてなおさらうちの王直の逆鱗に触れていたのだ。
もっとも、フレバンスと似たような理由で世界政府の度重なる工作の果てに、その故郷すら私が王直と出会うはるか昔に地図の上から抹殺されたと知ったのは、私が元帥になったころだ。ずいぶん後の話だ。
なにも知らない私が知ったような口を聞くのだ、王直はどんな気分で聞いていたんだろうか。
私と王直がロジャーとガープになれなかったのも、私があの子をスパイにしなければならなかったのも、ようするにそういう事だった。
それからだ、私がさらに王直が苦手になったのは。ハチノスに足を向けることができなくなったのは。
ホーミングがハチノスを中立地帯にすると聞いたとき、それはそうだろうと思ったのを覚えている。あの海賊島の始まりは、たとえるならフレバンスの住人が大量移住するのと同じだからだ。空島ビルカの空島バロンターミナルへの大量移住を聞いたとき。もともとホーミングが王直みたいだと思っていた私はなんとも言えない気分になった。
今でも王直にとってハチノスは故郷なのだ。非加盟国にはこんな言葉がある。故郷に銃を向けたら、同じことをされると思え。先に仕掛けてきたのはお前たちだ。覚悟もないのに銃を抜くな。再三言われてきた言葉の意味を知るのは随分と遅くなってしまったように思う。
「なにしにきました、仏のセンゴク」
「いや、ようやく覚悟ができたからな」
「?」
「私の問題だ、お前はなにも言わなくていい。これは単なる私のケジメのための長い独り言だ」
「トーンダイヤルでいいのでは?自分で聞いてその次に活かせばいいのでは?」
「それは困る」
「なぜ?......いや、みなまで言わなくてもいいです。私はこれで失礼しますね」
「それは困る」
「お前みたいな奴が一番めんどくせえんだよ、死んでくれ。空島バロンターミナル出禁にすりゃよかった、心底後悔してる」
無感情なまま吐き捨てたホーミングが消えた。ワプワプだろうか。どおりでガープが追いかけまわすわけだ。この日からホーミングは私が来るたびに不在になった。これからが大変なのはお互い様だろうになんて私がいえた義理ではないのかもしれないが。