ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング 番外編) 作:アズマケイ
2年前のサカズキ元帥の就任式典は、センゴクの辞任会見から始まった。海軍がかかげる絶対的正義が完膚なきまでにたたきのめされたからだと海兵達は思った。
センゴクはいうのだ。マリンフォード頂上戦争は四皇のうち白ひげとカイドウが手を組み、ロックス再来を画策するホーミングの儲け話にのったことから始まった。その本懐は海軍含む世界政府側を新世界の平和も守るに値するか試しに来ていることにあったと明かした。人堕ちホーミングが世界政府を攻撃する理由は誰もが知っているだろう。海軍がいつかはその標的になることも。
人堕ちホーミングが今回海軍を標的にした理由は以下の通りだ。実は海軍や七武海が四皇に挑むには世界政府の許可がいる。しかも海軍本部は絶対的正義をかかげていながら、楽園に本部がある。それは大海賊時代に急増した海賊への対応からだったが、白ひげもカイドウにも高みの見物をしているように見えていたようだ。
気に食わない。四皇同士の潰し合いに任せて海軍の本気が感じられないのが気に食わない。政治的な理由から人堕ちホーミングや家族を守ってくれないのはまだわかる。しかし、海軍は絶対的正義をかかげているのだ。
「逃げたい者は今すぐ逃げ出せ。ここは一切の弱みを許さぬ平和の砦。民衆がか弱いことは罪ではない。正義はここにある。強靭な悪が海にあるならば、我々海軍がそれを全力で駆逐せねばならんのだ。絶対的正義の名の下に」
ならば、本気で平和を目指す気概があるのなら、四皇に睨みを聞かせる新世界に海軍本部をおくべきだ。ビクビクしながら支部をおくなんて名折れも甚だしい。それともなにか。楽園に海軍本部を置くほどの余裕をみせるだけの力がお前たちにあるのか。七武海がないとろくに均衡が保てないくせに。ならば見せてみろ。お前たちに絶対的正義を掲げる強さがあるのかを。証明して見せろ。だからこれは頂上戦争なのだ。四皇から海軍が頂上にいるか確認するための戦争なのだと。
そして、結果は以下の通りだ。世界秩序たる3つの象徴がすべて完膚なきまでに叩きのめされた。しかし、戦争を戦い抜いた猛者達は生き残った。全滅しなかった。
「要塞などまた建て直せばいいのだ。ここは世界の中心マリンフォード。白ひげが宣言した新時代を恐れる人々にとって、我々が生き残り、今ここにいること。それ自体に意味があるのだ。仁義という名の正義は滅びはしない。だからこそ、海軍は変わらなくてはならない。世界政府もまた。諸君らの奮闘を期待する」
そして、サカズキ元帥の演説は始まった。
「人間は正しくなけりゃあ、生きる価値なし!!! お前ら海賊に生き場所はいらん!!!海賊という“悪”を許すな!!!」
海軍の士気をあげる力強い言葉だった。
サカズキ元帥にはすでに新時代が見えていた。
強者が今ある法や秩序による抑制を受けずに報われる世界。それこそが四皇カイドウが求める『暴力の世界』。その実現はさけられたが、比較的マシとはいえ、これからホーミングが標榜する弱者に人権はないが強者が望めば再起できる世界が実現してしまう。
偉大なる航路は今でこそ楽園と新世界にわかれていたが、その境目はいずれあいまいになり、安全地帯は完全に消滅するだろう。
白ひげが海賊王になるには歴史の本文と和訳、あるいは読める人間が必要だと暴露したせいだ。ロックスやロジャーを思いださせるような挑戦者じゃないと認めないとまでいいだした。
海賊王を目指し、四皇や七武海に敗れたかつてを思い出した海賊達は目を覚ますだろう。そこにロックスを信奉するホーミングが嫌うミーハー海賊団の生きる術は彼らより強くなるしか道はない。歴史の本文の熾烈な争奪戦、世界政府が抹殺したはずのロックスやロジャーの情報の争奪戦の始まりである。
歴史の本文がある国地域が襲われるようになり、あるいは持っていると噂された海賊は同盟を組む、あるいはさらに強くなるかしないと奪われるようになる。情報の価値が跳ね上がり、新聞や本が読める人材を欲しがるようになる。
世界はどうなるか。ここまでいえばわかるだろう。海賊に非加盟国出身者が多いのは紛れもない事実だ。一定水準の教育水準が見込める加盟国の人間がいないと、歴史の本文を研究するだけのステージに立てないのだ。そこに闇のシンジゲートが目をつけないわけがない。知識人という新たなる奴隷としての価値が誕生してしまうだろう。
その果てにどんなにおぞましい世界になるかわかるかとサカズキ元帥は問いかけた。式典会場が氷点下にまで下がった。
「わしらが敗北者のままじゃと、いよいよ民衆はそのおぞましき新時代の食いもんにされかねん。逃げたい者は今すぐ逃げ出せ。これからわしらは変わらねばならん。強靭な悪が海にあるならば、我々海軍がそれを駆逐できるだけの力を身につけねばならん。絶対的正義はここにあるのだと矜持を取り戻すためにも!」
世界政府から人間兵器や生物兵器の投入を検討していることがその流れのまま明かされた。拒否できるだけの力を今の海軍はないのだとわかっていたから、ゼファー教官は耐えられるんだろうなとロシナンテは思った。
そして、ロシナンテは後日、異動命令をうける。SWORD。海軍の機密特殊部隊、スパイ活動が主な任務。秘密裏に海軍の査察もする、噂だけは聞いたことがあった組織だった。
偶然か必然かはわからないが、ドレークとコビーにはかつて海賊のもとで雑用・奴隷扱いされていたという共通の過去があり、ドレークとヘルメッポには父が元海兵の犯罪者という共通点がある。 ロシナンテにいたっては元天竜人で思想犯ホーミングの実の息子だ。しかも能力が向いている。今のロシナンテなら大丈夫だろうと思ってもらえたということだろうか。
たしかに同じ世界政府の組織だがサイファーポール、特にCP‐0とは敵対関係になるだろう。任務の状況によっては殺し合うこともあるはずだ。そうなったらロシナンテの出番になるのだろう。基本はナギナギの力で会議の議事録係をしながら、ロシナンテはそう思っている。
SWORDに全員が揃ったのは、この組織の意味をドレークが説明した初日だけだ。グザンも隊長のドレークも重要任務で次の日からは不在。特別顧問のガープは表向き現役を退いたからたまにしか現れない。コビー、ヘルメッポ、ひばり、プリンス・グルス、ロシナンテ、他数名は海軍本部の軍人としての仕事もこなしながら、兼任することになった。
いつも海軍本部にいて、マリンフォード頂上戦争を生き残った経験がある軍人、気軽に誰でも相談できるとなると、准将のロシナンテだけだ。覇気の未取得や経験不足を理由に七武海天夜叉ドフラミンゴの見聞色により、戦争中本部待機になった若い軍人達である。いきなりとんでもない部署に飛ばされ、色々相談できるのも自然とロシナンテだけだった。
特に覇気使い達が生き残るレベルで熾烈なマリンフォード頂上戦争の衝撃から、心が読める見聞色を発現してしまったコビーはなおのこと不安がっていた。さいわい、ロシナンテは同じ系統の覇気使いだったから、イロハを叩き込むついでに相談に乗っていた。
ガープ中将の後継者として東の海の支部から引き抜かれてきたコビー達は、海軍学校で叩き込まれるはずの実力主義を実践から学んで、あとから思想を学んでいる状態だった。才能を見込まれて海軍に入隊する者がよくぶつかる壁である。
その矢先にマリンフォード頂上戦争が勃発し、サカズキ元帥の会見を聞いたのだ。とんでもないことになってしまったと怯えていた。
ロシナンテからしたら、幼少期から向けられていた世界の殺意が、地位や生まれに関係なく平等に向けられるようになっただけにすぎない。なにが違うんだろうと内心思っていたが言わなかった。海軍にはいろんな種族、生まれ、思想、歴史を背負った者たちが、正義の旗に集う場所だ。冷水を浴びせるのは間違っている。それはただのやつあたりだ。
それでも勇気も士気も失われないのはさすがはガープ中将の後継者である。
ロシナンテのナギナギの力をあてにして、ロシナンテがガープ中将の教え子だからと、二人は麦わらのルフィと海賊狩りのゾロとの奇妙な友情を隠さない。「いつか二人を捕まえられるくらい強い海兵になる」「大将まで昇りつめる」と夢を語り合っている。
いいなあ、とロシナンテは思った。消去法で海兵になるしかなかったロシナンテには絶対に思いつかない世界がそこにはあった。もうロシナンテは39になっていた。