ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング 番外編)   作:アズマケイ

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青い星の遺産

人智を外れた見聞色は大剣豪の英雄の故郷に生まれながら銃の腕に恵まれたのに、肝心の剣士の腕がない。だから跡取りなのに廃嫡された。養子をとるといわれた。だから士官するしかないと嘆いていた友達譲りだと最期まで育ての親は少年にいえなかった。

 

亡命しながら苛烈を極めた黒炭の迫害の悪夢から逃れられずとうとう狂った男の最期の正気の予言だった。泣きながら最愛の人を撃ち殺した元奴隷に堕ちたこの国に潜んでいた最期のDの片割れの女は、少年が物心着く前に長年の極貧生活が祟って死んだ。

 

自分を育てるために商人の才覚が自分よりありながら早くに結婚した姉と受け入れてくれた義理の兄の忘れがたみだ。歴史の本文の後継者として隠れ蓑に選んだ商人の道を歩ませなければこの子もろとも自分達は死ぬしかない。そう思った育ての親は不慣れな子育てに奔走した。後継者の少年は、なにも知らないまま、不幸にも自分によく似た知りたがりに育ってしまった。

 

歴史の本文の番人に一番不適切な、受け継いではいけないはずの、国を滅ぼされた恨みを継承しかねない少年だった。でも、後継者からはずして自由に生きる道を選ばせようとしたときに、とんでもないことが発覚したのだ。

 

育ての親はオハラへの紹介状を書いていた。少年は嫌だと突き返してきたのだ。なぜだと育ての親は驚いた。

 

西の海オハラに自生する樹齢5000年を越える大樹は、世界中の学者が永年にわたり持ち込んだ重要文献の数々を所蔵し、図書館として考古学者達に守られていることで知られている。これほどなんでもしりたい少年にとって夢のような場所はないはずだ。

 

「たった5000年前だろ?じゃあ、偉大なる航路ができた1万年前のことはわかるのか?みんな、昔からこうだったとしか言わねえじゃねえか。歴史の本文だって、たった900年前の話だ。オールブルーって言葉はどっからきたんだよ、この青い星のことだってアンタはいったが、誰視点の言葉だ?天歴も海円歴も誰視点の暦なんだよ。変わった理由はなんだよ。なんかあったんだろ?」

 

育ての親は頭が痛くなった。かつて自分が疑問を口にして、姉が知りたいなら儲け話をするついでに調べればいいといってくれた数々だ。歴史の本文の番人の務めがある。守らなければならない者達がいる。姉のように要領よくない育ての親はそこまで自由にできなかった。わかったこともあったから教えたが、人間は欲望に際限はない。少年は知れば知るほど知りたがり、とうとう種の起源にまで興味がでてきてしまったのだ。

 

「こんなイかれた世界になった理由も調べたらわかるのか?おれが一番知りたいのは、全ての始まりだ。アンタ、いったじゃないか。全ての事象には原因、過程、結果がある。これをしればおれの見聞色は使い物になるって。じゃあ万物は望まれて生まれてくる、意味のない名前なんてないっていいながら、その起源を誰も知らないなんておかしい。この世界はイカれてる。結果はわかるのに、過程も原因も知ろうとしたら死罪じゃないか。それなのに、種の起源だけは天竜人が天竜人たる理由になるから世界政府も知りたいだなんておかしい。世界政府が認めたようなもんじゃねえか、天竜人すら神様の理由を知らないって。神様だから偉いのに」

 

育ての親は心底後悔した。無意識のうちに世界の矛盾について、歴史の本文の番人として押し殺していた自分の本懐が伝わってしまっていたのだ。

 

「じゃあ、歴史の定規を探しなさい」

 

「定規?」

 

「一万年以上の歴史が積み重ねられた場所、つまり地質を調べられる学者になりなさい。儲け話をもっていくついでにね。そして成分を調べてくれるような科学者とお友達になりなさい。あるいは自分でやってしまうか。空白の100年じゃなければ世界政府はノータッチだ。商人はこれ以上ない隠れ蓑だ。ただし求められる知識は常人を超えてる。なにせ国の歴史から植物学からなにから情報を集めて1万年前から変わらずそこにあるとわからないと調べようがないからだ。ちなみに私はわかりませんでした」

 

「......」

 

「敵はいないが孤独ですよ、途方もなくね。耐えられるならやってみなさい。気が変わりました、歴史の本文の番人の立場は時として、知り得ない情報や歴史を手に入れる糸口になりえる。私もそうだったからわかります。あなたを後継者にします。明日からそのつもりでいなさい」

 

「......わかった」

 

「わかりました」

 

「いてっ」

 

「私はね、種の起源を保存する博物館みたいなところがあったらいいなと思ったことがあります。そうすれば、悪魔の実に頼らなくても、誰もが病気を治せるし、知りたいことが知れる。オハラと合わせて人類の宝たりえる。誰に似たんですか、あなた」

 

「アンタだよ」

 

「あっはっは」

 

「だから笑うなって!」

 

「いやあ、申し訳ありません。そんなつもりじゃなかったんですがね」

 

そして。

 

からくり島にあったツキミ博士の研究室には、月の民の研究資料がたくさん残っていた。ワノ国とのちに呼ばれることになる島の45メートルにも及ぶ7万年分の年こうが保存されていた。月の民がワノ国を気に入った理由をしった。

 

年こうとは、「長い年月の間に湖沼などに堆積した層が描く特徴的な縞模様の湖底堆積物」のことで、1年に1層形成される。縞模様は季節によって違うものが堆積することで、明るい層と暗い層が交互に堆積することでできるもの。

 

月の民がかつて未知の出土品がいつの時代のものかを知る手段の一つとして使っていたのが「放射性炭素年代測定法」というらしい。

 

生物の体に含まれ、時間の経過とともに一定のペースで量が減少する「放射性炭素」の残量を測定し、年代を逆算する手法だそうだ。

 

しかし、この放射性炭素年代測定法では時代によって数百年から数千年のズレがあるのが悩みだったようだ。

 

生物の体に含まれる放射性炭素は、もともとは大気中の放射性炭素を取り込んだものだが、時代によって大気中に含まれる放射性炭素(炭素14)の量にバラツキがあるため、全く同じ生物でも、時代によって体に含まれる放射性炭素の量が異なるかららしい。

 

このズレを修正するためには、「年代ごとの正確な放射性炭素の量」がきっちりと整った「ものさし」が必要です。この「ものさし」となるのが年縞だ。

 

月の民がより正確な年代決定に必死に探したのがうかがえた。

 

年縞は1年に1層形成されるため、いつの年代のものなのか正確にわかる。その年縞に含まれる葉の放射性炭素の量を測定することで、正確な年代と放射性炭素の割合の関係が明らかになるのだ。

 

ワノ国にあった湖の年縞は考古学や地質学における「月の民の標準のものさし」として、年代測定の精度を従来より飛躍的に高めたらしい。

 

のちに古代兵器プルトンを沈めることになるそこは、年縞が形成される環境として「奇跡」と言われるほど理想的な湖だった。その理由は、①直接流れ込む河川がない ②湖底に生物が生息していない ③時間が経過しても埋まらないため。

 

湖底がかき乱されることがなく、美しい縞模様が形成され、断層活動のため湖が埋まることなく、7万年もの間年縞を形成し続けており、これほど長い間連続している年縞は、世界でも他に例がなかったようだ。

 

年縞は出土品の年代を測定するだけでなく、気候や森林の様子等の自然環境を知る手がかりにもなる。年縞に含まれる花粉は、周辺の林や森から飛んできたものであり、その種類や量を調べれば、その時代の森の様子や周辺の景色を蘇らせることができる。

 

月の資源にしか興味がない月の民もいただろうが、ワノ国に淡水がある理由が知りたい月の民もいたのだ。歴史の本文の番人としても、種の起源が知りたいホーミングとしても、こんなに敬意を払いたくなる民族はほかにない。

 

それを古代兵器プルトンの隠し場所にしなければならないほどの事態があったのだ、空白の100年は。当時のワノ国にとってどんなに歴史的価値の損失だったのかと思うと胸が痛くなってならない。

 

だから、シキが見つけた古代の世界の縮図みたいなメルヴィユを絶対に守らなければならないと気づいたホーミングは、この瞬間からシキと同盟を組まなければならなくなったのだ。

 

世界がどうなるのであれ、エルバフにオハラの意思が残っている以上、これは絶対に無くしてはならない青い星の遺産だ。

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