ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング 番外編) 作:アズマケイ
ドレスローザは、ドフラミンゴの心情を完全に無視する形で、今日も晴れ渡り、カンカン照りの暑さをたたえている。カーテンで閉め切っているからドフラミンゴにはどのみち関係のない世界の話ではある。
何の約束も期限も予定もない。ふやけたように実体のない毎日が、いくつもいくつも通り過ぎてゆく。
一日を無為にすごすという思いが、ドフラミンゴの心を堪え難いものにした。そして夕暮の気配が部屋の窓や机の上の書物に影をつけ始めると、深い悲しみというような一種の落着きさえもない、価値などに全く関係のない焦躁に貫かれて、いつものように闘技場に足を向けさせていた。
マリンフォード頂上戦争
それは敵味方とわず甚大な被害と誰も彼もに心身共に一生癒えることのない傷を残して終結した。
ウェザリアは完全なる正当防衛だった。金獅子が脱獄し、エッドウォーの復讐にウェザリアに真っ先に向かっていたからだ。フワフワの力の急所である悪天候を呼ぶウェザーエッグを解禁することも、戦場をすべて海に変えるバブルシールドのシャボン玉をばら撒いて金獅子を撃ち落とそうとすることも。
ウミット海運が気球でウェザリアを助けに向かい、戦争を離脱することは誰もがわかっていた。順番が逆になっただけだ。エース奪還よりもウェザリア防衛が苦渋の決断だっただけで。
ウェザリアが陥落することは金獅子の四皇返り咲きを意味するため、金獅子との戦いがあまりにも長期化したことは完全に想定外だったのだ。
誰がどう見ても、不慮の事故だった。
ウェザリアがグリーンブラッドと呼ばれる人工悪魔の実で生成された液体で作られたシャボン玉を金獅子に投下した。嵐のせいなのか、誰もが想定外のところに向かう。放たれた秘密兵器は、よりによってエースに向かって軌道が逸れたのだ。それは悪魔の実を2つ食すことにつながる。爆発四散する運命だ。それを庇ったのは、秘密兵器を唯一しるホーミングだった。
悲劇というのは、戦場が海と化していたことで、悪魔の実の力を得てしまったホーミングは、エースを庇ったまま動けなくなった。エースの処刑を早めようとする海軍最強戦力ふたりと本気で殺し合いをしていた最中の事故だ。チャンスだと思う者達はたくさんいたが、センゴクとガープでようやく相手できたホーミングだ。実際にとどめをさしたのがどちらか、ドフラミンゴは結末を実は知らない。逃げるしかなかったからだ、死にたくなかった。
たとえ、海軍と七武海が白ひげとウミット海運全面戦争が行われる極限状態だったとしても、ウェザリアには関係ないのだ。世界政府が守ってくれないことがわかっているのだから。いくら制空権の争いの余波で、地上や海上でどれだけ被害が出ても知ったことではない。
誰も悪くない。悪くないからこそ、この争いで戦死したドンキホーテ・ホーミングという男の戦死を巡り、世界は真っ二つにわれた。もはや修復が不可能なレベルで両陣営は断絶をうんだ。エースが奪還されたところで、白ひげがマリンフォードを沈没させたところで、もはや時代のうねりは止まらなくなった。
モルガンズが世界政府に神がいると古代兵器ウラヌスの存在を暴露して煽っても。白ひげが海賊王になるには歴史の本文と和訳、あるいは読める人材が必要だと新時代を宣言しても。
雲の糸で逃げるしかなかったドンキホーテ・ドフラミンゴにはもうどうでもいいことだった。
「マリージョアっていったらどうする?」
「はは、奇遇だねドフィ。私もだよ」
「冗談だ、冗談。本気にすんな。アンタの目的とは絶対違うことだけは確かだ、一緒にすんな」
「失礼な話だ、世界を壊したいのは同じだろうに」
「アンタは物理的すぎるんだよ」
もう18年も前の会話だが、克明に思い出すことができる。
しかし、今のドフラミンゴには、あの時父上がどんなこえで、どんなかおで、どんなおもいで口にしたのか、思い出すことができない。思い出そうとすると情緒がめちゃくちゃになり、その先にいけない。数少ない父上を知れた瞬間だったことはたしかなのに、それを活かすことが出来なかった時点で、今のドフラミンゴには無用の長物だといいたげに、世界は色を失っていく。
30年にわたる紆余曲折を経て、数多の変更は加えられたが、父上の本懐が果たされてしまった。全部わかっていたのに止められなかった。ドフラミンゴの手から初めて世界で一番大切なものが、ひとつ、こぼれ落ちた。非常な現実だけが横たわっていた。
いろんな人間から聞かれたが、今更父上の本懐を誰にも明かす気にはなれなかった。あの日から不気味な沈黙を続けているとモルガンズに煽られても、愚直にスパイ活動を続けている海軍の右腕にはいつか愚痴る日が来るかもしれない。
「たしかに世界を壊したいのは、おれの夢だったさ、父上。そのまえにやることがあったから先送りにしてただけなんだよ。誰が世界を破壊する方法をかえろっていったんだよ、クソッタレが」
嗚咽が響く。気を遣っていっさいの面会謝絶にしてくれている秘書をつとめるヴァイオレット。彼女が実は世界で一番ドフラミンゴのことを知らない部下である。その事実がこんなにも嬉しかったのは、今のドフラミンゴにとっては皮肉としかいいようがなかった。