ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング 番外編) 作:アズマケイ
それは、ある非加盟国が地図の上からおれ達によって物理的に消されることになる前のある日のことだった。
北の海は年中寒い事で知られており、春と夏が短い代わりに秋と冬が嫌になるほど長かった。おれ達が犯罪組織を壊滅させながら拠点を我が物顔で占拠し、用が無くなるまで居座っていたころの話である。
おれは風邪を拗らせて寝込んでいた。自覚はあったがまた父上に置き去りにされたらたまらないと我慢していたら、悪化したのだ。
父上のあてた手に熱がうつる。あてなくてもわかるくらい、ひどい風邪だった。悪寒がするせいで体全体に熱の膜が張っているようだった。体の火照りが意識をぼんやりとさせる。馬鹿に頭の芯しんがずきずきと音をたてているようで、おれは朝から元気はなかった。いつまでたっても起きてこないおれが気になったのか、父上が起こしに来てくれた。そしてとうとうばれたのだ。
「風邪をこじらせたようだね、ドフィ。しばらくはここを拠点にしようじゃないか、寝てなさい」
「いやだえ……父上またおれを置いていくんだえ」
「もう置いていかないといってるだろうに」
「信じられないえ」
やれやれという顔をされる。
「どこか痛いか?」
「頭と喉が痛い」
「ドフィは喉からくるのか、わかった」
声はガラガラ声寸前までに掠れている。詰まっている鼻を一かみすると、汚れていたものが全部洗い落とされるみたいで、頭の芯まですーっとなる。風邪がいつまでも体にへばりついて、抜けようとしない。口の中はザラザラするし、体じゅうに紙やすりをかけられたような気分だと、切々と訴えるおれに、父上はそれをひとは風邪というんだがなという顔をする。
「人は不用意に風邪を引く。私と再会出来たから安心して体が無防備になったんだろうさ。そこに毎日のようにヘッドショットして回るから、誰かの風邪をもらったんだろう。ウイルスは媒介を重ねると凶悪に変異することがあるからね。きみは子供で私は大人だ。抗体の差だろう、気にしないことだ」
そのときまた、ふいにさっきの感じが襲って来た。いいしれぬ圧迫感、ゆがむ空気、苦しい呼吸。 ただただみじめな胸の苦しみだけが満ちてくる。半泣きになっているおれがいた。
不貞腐れたように身体を起き上がらせ、渡された解熱剤やら風邪薬やらを口に放り込み、ばきばきと音を立てて嚙み砕いた。そして一気に水をのみほした。
「フレンチトーストとパン粥、どちらなら食べられそうだ?」
「あれがいいえ」
「あれ?」
「ここに来てから父上が毎朝食べてるやつ」
「粥のことか?米は食べた事ないだろう、ドフィ。食べ慣れない味がするだろうに、いいのかい?」
「いっしょのがたべたいえ」
よくわからないがという顔のまま、父上は作ってくれるらしい。今のおれの精神状態は平常のものとは違うようだから、その期待に応えることにしたという反応だ。ちがう、そうじゃない、アンタにして欲しい反応はそうじゃないんだよ、クソッタレ。内心毒づきながらおれはベッドから起きた。
ここはワノ国からの移民が構成員にいたらしく、食料庫や厨房には久しぶりにみた食材や料理器具が揃っているという顔をして、父上はおれの知らない料理を作っては食べていた。おれには食べ慣れたシチューやサンドイッチを作り、父上は毎朝粥を食べていた。それが物珍しいのもあるし、まだ付き合い始めて1ヶ月の今の父上が食べるものが食べたくなったのだ。
いつものおれなら絶対いわないが、今のおれは風邪のせいでいつものおれじゃないからいいのだ。
食欲は幸いあるようだから、ワノ国式ではなく、今の父上の故郷の作り方で準備することにしたらしい。
「魚と鶏肉とどっちがいい」
「魚」
「わかった……材料は揃ってるから厨房にいくだけだよ、ドフィ」
「……信用できないえ」
ジト目のままおれは厨房までついてきて、適当な椅子を引いて座った。やれやれ信用がないことだと苦笑いされる。
父上は冷蔵庫にストックしてある手羽先を煮込んで作ったスープと水を鍋に注いだ。魚はほぐし、ニラを細かく刻む。沸騰して来たら酒、生姜を入れ、ご飯も入れる。
中火でグツグツ炊いて行き、ご飯がふやけて水分が大分減ってきたら、鮭とニラを入れる。
卵をとき小鍋に回しいれかき卵にする。最後にゴマ油と白ゴマを入れひと混ぜしたら完成だ。
「なんか作り方がちがうえ」
「風邪ひいてる子供に刺身は出せない」
「?」
「川や海が安全か分からないからな、大人はともかく子供は恐ろしい」
おれがいいたいのはどんぶりの内側に刺身をはりつけ、長ネギを刻んだもの、ごま油、しょうゆを入れて、熱々の粥を注ぐ作り方のことだ。この作り方なら一瞬にして刺身が煮えてお粥ができる。父上はいつも毎朝それを食べている。
味見をしたあと、そのままよそってだしてくれた。スプーンみたいな、変な形をした白いやつで食べるらしい。
「あっつ」
「そのまま食べたら火傷するだろう、冷ましながら食べなさい。すすれないようだからな、君たちは」
舌を焼くような熱いのをフウフウ言いながらすすり込む。このすすり込むのが苦手でおれは苦戦していた。文化の違いを感じるという顔をしながらみている父上にイラッとして、おれはなんとかそれができるようになるまで頑張っていた。
この3年間はそういうことの繰り返しだったのである。