チート能力が欲しいですか?ハーレムを築きたいですか?だれかの恋人になりたいですか?
例えばの話をする。あなたがもしいきなり白い空間に飛ばされたとしたら、貴方は何を言い、何を行うのか?
私の場合は突然挨拶された。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
適当に挨拶を交わす。目の前の女性は美しくどこか儚い。何か罪を犯したかのように調子を落として話しかけてきた。
「ここはどこですか?」
私の問いに申し訳なさそうに女性は答える。
「貴方の心の中です」
「では、何故私の心に存在するのですか?」
「私は様々な物事の隙間に生きるもの。貴方の心の中に潜り込むことも可能です。」
女性の声は透き通り、部屋に響くことなく私の耳を刺激する。この白い部屋の中、女性と二人きり。あらぬ妄想を膨らませていると、女性の口が開く。
「貴方は何故ここにいるのですか?」
当たり前のことを聞かれた。ここは私の心だ。私がいなくて他に誰がいる?むしろ女性の方が異例と考えられる。
「ここは私の心だからです。違いますか?」
「そうですが、ここは貴方の心の奥底の中でも最も深層となる部分。つまりここが貴方を形作る根っことなる部分です。貴方が普段関わるのは心の最も上部になる部分です。なので貴方がここに存在する訳はないのです。」
白い部屋の中女性の声は響かない。
「どうすれば出られますか?」
「出られません。ここは貴方の心の深層だから。」
私はここから出られないらしい。昨日食べ損ねた鍋が悔やまれる。
「私はここに呼ばれた訳ではないのですよね?」
「そうです。私は呼んでいませんし、貴女がここに来れるわけがありません。」
進まない会話の中私の声だけは虚しく響く。
「私は死んだのですか?」
「そうだと思います。体から霊体が分離する際に貴方の心までも引きずり出してしまったのだと思います。」
「そうですか、死んだんですね。」
状況が状況なので容易く受け入れられる。もしここが昨日と同じ私の部屋なら受け入れられないだろう。
「私はこれからどうしたらよいのですか?」
「それは、このまま意識と記憶を持ったままの生き霊としてここにとどまる。もしくは意識と記憶を持った状態で無理矢理三途の川まで向かうという手段のどちらかしかないと思います。」
生き返るのは本当に無理らしい。昨日食べ損ねた一人用の鍋が悔やまれる。
「ひとつお聞きしてもいいですか?」
「えぇ、構いませんよ。」
「転生というのは可能ですか?」
私は疑問をぶつける。以前から疑問に思っていたことだ。もし、新しく人生をやり直せるのであれば今までよりも楽しく過ごせるかもしれない。
「残念ながら、それは不可能です。」
「何故ですか?」
「人というのは億や兆では表せないような確率の上に存在しています。それはすなわち、左右の重りの大きさが違う弥次郎兵衛のように。なのでそのような不安定な存在の人間を他の世界に連れていってしまっては世界が滅びかねないのです。」
「『やじろべえ』が何かは知りませんが、転生はできないのですね。」
「はい、申し訳ありませんが。」
私は転生することすらできないらしい。昨日食べ損ねた一人用の水炊き鍋が悔やまれる。
「三途の川へ向かった場合はどうなるのですか?」
「普通ならば貴方は記憶をすべて失い、三途の川を渡ります。その後現世での罪を懺悔し、それが認められれば新たな命としてこの世界の中のいずれかの女性の体内へ還ります。」
「懺悔しても許されない場合はあるのですか?」
「そのような場合は先ず閻魔様のもとへたどり着くことすら叶いません。」
「何故です?」
「三途の川は現世の罪によってその幅が変わります。罪の大きなものはより大きな川を渡らなければなりません。許されないような罪を犯したのであれば、閻魔様のもとまで永遠にたどり着くことはないでしょう。」
「私は渡れますかね?」
「それは三途の川の船頭に尋ねなくては分かりません。しかし、貴方の様子を見る限りおそらく大丈夫でしょう。」
「何故わかるのですか?」
「私が隙間に生きるものだからですよ。」
難しい話はわからないが、私は生まれ変わることはできるらしい。一人用の水炊き鍋(¥300)に対する後悔が少し薄れた。
「ところで、話は変わりますが、どこから来たのですか?」
「私がですか?」
「そうです。世界の境界を越えることは……」
「そうです。私が言ったように世界の境界を越えることは不安定な世界をより不安定なものにしてしまいます。しかし私はこの能力からか基本的には平行世界には存在しません。」
女性が何かを含んだ様な言い方をする。しかしここでまた疑問が出てくる。
「基本的にとはどういうことですか?」
女性は含み笑いをし、私の疑問に答える。
「不測の事態があり得るということです。例えばこの世界の境界を越えた先には私と同じ様な能力を持ち、よく似た容姿の人間が存在します。同じ様にこの世界の境界を越えた先には私とそっくりな他人が存在し得るのです。」
「世界は複雑なのですね。」
「そう解釈するのが最も簡単ですね。」
「他にはどのような貴女が存在するのですか?」
「例えば、他の世界の人間を無理矢理自分の世界に引き込み、能力を与える私もいます。逆に偶然他の世界から流れ着いた人間に振り回される私もいます。はたまた一人の少女に恋する私もいます。」
女性は少し遠い目をする。聞かれたくなかたのだろう。
「嫌なことを聞きましたか?」
「いいえ、すべては確率の話です。今話した私はすべて存在します。ですから、気に病まないでください。」
「……。それじゃあそろそろ行きますね。」
「三途の川へ向かうのですか?」
「はい。終わってしまったものには未練はありませんから。」
本心を伝える。死んでしまったものはしょうがない。適当に生きてきた付けが来たのだろう。生まれ変われば少しは楽な生活ができることを祈るだけだ。
「最後に平行世界について面白いことを教えてあげます。」
女性はどこか物寂しそうにしながらも、少し楽しんでいる雰囲気がある。
「平行世界のなかには、未だに200程の地域に分かれて存在する世界も存在します。その世界では戦争が絶えず人々は数多の言葉を使います。また宇宙へ人が行くことさえ儘ならないです。」
「そのような世界が未だにあるのですね。」
「未開だと思いますか?」
「そうですね。争いは穢れですからね。穢れのない世界にすむ私達は既に月への移住さえも考えているのに……。」
「争いのない世界は理想ですか?」
「勿論です。しかしこの世界では理想は現実となりました。穢れのない世界は幻想ではなくなりました。」
「そうですか。」
「それでは行きますね。」
「はい。それでは、Hasta la vista.」
「どういう意味ですか?」
「外の世界の言葉です。意味は『また会いましょう』。」
「いい言葉ですね。それではHasta la vista.」
「それでは。」
私は白い空間のなか右の面に向かい歩き出す。何故かはわからないが、そちらに進むべきだと感じた。何のために歩くのかは忘れたが、そちらに進むべきだと感じた。目の前の女性はだれか知らないが、そちらに進むべきだと感じた。
「また『月で』会いましょう……。」