個人的安全保障   作:ヤン・デ・レェ

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ウィアド・"ロキ"・ブランクの半生

 

 

仮名ウィアド・ブランクは日本に生まれた。本名を知る者の存在は彼が生後四十年現在の時点で既に全て鬼門に入っていた。現在の職業は表向きは世界各地を飛び回る旅人であるが、実態は世界中の裏社会から畏怖される仕事人である。

 

彼がこの仕事を自らの生業として選び、極め、そして年間1億ドルを稼ぎだす史上最高の仕事人として大成する道に進んだきっかけは両親との死別であった。

 

小学校四年生。年齢にして十歳になったばかりの時に彼の両親は飛行機事故によって他界した。親戚は少年を引き取ろうと考えたらしいが、それよりも早く少年は失踪した。

 

少年は両親の遺産に手をつけることなく、家にあった現金だけを手に単身で渡米した。渡米先で彼は地元のギャング同士の抗争に身一つで乗り込んだ。

 

誰に聞くこともなく容易く一方の組織の根城へと乗り込んだ少年は出国前に購入した和英単語帳を頼りに自らを売り込んだ。彼は辿々しい英語を書き殴った屑紙をギャングのリーダーに差し出した。そこにはこう記されていた"お仕事請け負います"と。

 

ギャングのリーダーはこの幼くも胆力のある色白のアジア人を気に入り、試験と称して仕事を任せた。少年は英語などさっぱりだったが、差し出された写真の男を指差し、首を掻き切る動作をしたリーダーのジェスチャーで仕事の内容を理解した。そして、頷いた。

 

三日後、敵対するギャングのリーダーの死体がロサンゼルスのとある川に浮いた。証拠は何も残されていなかった。当局は無論、リーダーを殺されたグループの幹部すら少年を疑うことすらしなかった。少年が生まれて初めて手にした成功報酬は現金1000ドルだった。

 

それからの1年間で少年は少なくとも十件の「仕事」を請け負い、これの全てを完璧にこなした。一度として検挙されることはなく、警察も敵対組織も、否、身内のギャングでさえも仕事を達成したのが少年ではないとさえ考えていた。だが、全ては少年によって達成された。それが事実だった。

 

十件目の仕事が終わる頃には青年の手により敵対組織の幹部は壊滅した。数日後に少年が身を置いていたギャングは二回りも肥大化した。十件目の報酬は現金1万ドルと中古のベンツだった。

 

だが優秀すぎた少年を唯一人危険視していたリーダーの手によって少年の暗殺計画が立てられた。

 

ある日呼び出された少年はイタリアンレストランでリーダーと食事をした。帰り際、少年が与えられたベンツに乗り込んだところを見計らってリーダーは爆薬を作動させた。そして、少年が生き残りリーダーが死んだ。

 

ベンツが爆発することはなく、レストランでリーダーが座る席が代わりに爆発した。跡形もなく消し飛んだリーダーを尻目に、少年は前日に体調を崩したいつもの運転手の代わりに雇い入れたカタギのタクシードライバーに車を出させた。

 

翌日、リーダーの死に混乱するギャングの根城にFBIが乗り込んだ。幹部は抵抗のため射殺され、ギャングは壊滅的被害を受けた。麻薬を取り扱っていた罪で百人以上が投獄された。少年の姿はどこにもなかった。

 

逮捕劇が繰り広げられていた頃、少年はアフリカに飛ぶ飛行機の中にいた。血に塗れた地下資源を巡り終わりなき戦争が続いていたアフリカで、少年は現金もしくは物資と引き換えに仕事を請け負っていた。

 

大国の思惑が交差する大陸を少年は生き生きと飛び回り、数え切れないほどの仕事を完遂させた。少年は銃を使わなかった。刃物も、格闘術も、言葉すらも操らなかった。少年はただ標的となった者の前に現れ、そして少年が去ると共に一人の生命が失われた。

 

少年は他愛の無い、何の意味もなさない動作を重ねた。人畜無害な少年が現れる度に現地指導者や外国の派遣部隊将校が事故死する。偶然居合わせた存在。少年には動機は愚か仕事を受けたという証拠もなく、当然のように犯行の手段も経過も存在しなかった。

 

だが、次第にこの巨大な富と暴力が蠢く大陸を舞台に禍々しく輝く凶星の存在に勘づく者が現れ始めた。そして、それこそが少年の狙いであり、彼なりのビジネス戦略だった。

 

最初に気がついたのはアメリカのCIAだった。次はイスラエルのMossad、その次はイギリスのMI6とソヴィエトのGRUが同時に察知した。それからドイツのBND、以来中華人民共和国、日本、トルコ、パキスタン…と続いた。

 

最初に少年の存在を察知したCIAは即日、現地の捜査官の独断により接触を開始した。捜査官は半信半疑を隠しつつも、人の良い素振りで少年に近づき彼を食事に誘った。そして食事の席での世間話を装い捜査官は「アメリカに不利益となる反政府ゲリラ指導者を抹殺してくれる者がいれば百万ドル支払うのに…」と呟いた。

 

翌日、とある反政府ゲリラの指導者が象に踏まれる不慮の事故で死に、少年は百万ドルを手に入れた。爾後世界に事実上国際連合と核兵器を凌ぐ汎用性を誇り君臨することとなる超法規的武力がアフリカの奥地で誕生した瞬間だった。

 

泥濘と血に沈み膠着していたアフリカにおいて、その存在は猛毒であり血清にもなり得た。各国は競う様に少年に刺客と依頼人を同時に送り込んだ。

 

結果から言えば、全ての刺客を紙一重で回避しつつ依頼を完璧にこなした。そして、それから一ヶ月以内に自らに刺客を仕向けた者を全て自然死、自死、事故死の何れかの手段によって死亡させた。

 

死亡した者の中でその死因に事件性や不審性を認められるものは何一つ存在せず、完全なる非他殺として処理された。また、犠牲者の中には現職のCIA高官を始めとした世界各国の軍事及び情報戦略の中枢を占める者が多数存在したが、彼らは全員が本国において少年の死を望んだ者達だった。しかし、少年はこれらの人々が本国で昼夜を問わず死亡した際にも一歩としてアフリカの外へと出ておらず、また一秒たりとも外部との接触は愚か国際通信の利用履歴すらも存在しなかったのだ。これこそが後々の世にまで少年の名を知らしめる要因となった。

 

以後彼はその証拠どころか嫌疑一つ残さない魔法のように鮮やかな手口と、世界各国の暴力と権力を相手取りながらもそれを弄び楽しんでみせる、まるで悪戯の様な完全犯罪の数々から、いつしか北欧において悪戯の神でもある"ロキ"と称される様になったのだ。

 

また、悪戯や狡猾を意味する伝説的存在の中から"グレムリン"や"ゴブリン"が選ばれずに"ロキ"が選ばれたのは、その摩訶不思議な手口と享楽的な側面は言わずもがなだが、少年その人の容姿が絶世の美男であったことも大きく関係していると考えられた。

 

そして、この時を以て運命を恣にする暗殺者"ロキ"が誕生し、時を同じくして少年はウィアド・ブランクとしての自らを確立させた。

 

アフリカの地でウィアド・"ロキ"・ブランクはその道三十年を越えて生涯の天職となる暗殺者としてのキャリアを歩み始めたのである。

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