2000年n月m日
この世界に転生してから28年が経った。
今後の計画のために自分の状況を再確認する。
この世界に生まれ落ちた僕は古御所 徳兵衛と名付けられ、前世に勝るとも劣らない幸せな家庭で育ててもらう事ができた。特筆すべき点は僕の生まれにある。古御所家は世界有数の大財閥であり、今世の僕は次期当主であり、尚且つ歴代で唯一の「嫡男」として生誕した点である。
この点は非常に大きく、代々古御所家は女系であった。僕の母である三代目当主古御所ハルに至るまで誰一人として男の子を産まなかったのである。男尊女卑はさておき代を重ねていることから一見問題なさそうにも見えたが、一族は常に男系の血を切望していたらしい。
常に貰い婿から血を入れて家を残してきたが、古御所家にとって貰い婿はよりどりみどりな一方で「血」が薄まるような気がしてならなかったらしい。やんごとなきルーツを持つ古御所の一族にとって、僕は長い家の歴史上唯一の「純血」として認められたのだ。
結果、僕は好都合にも…全く有難いことに溺愛された。我が一族は鋼のような団結力を誇り、珍しく権力闘争だとかとは無縁であった。当主が代々絶対的な権力と淡麗な容姿、強力なカリスマに恵まれている面も大きいだろうけど。
とはいえ継承権は常に嫡子にあることから、一族は女の子を産んでも男の子を産んでも当代の当主の子が次の当主に就任する制度だった。この制度のお陰で婿取りこそ大乱闘だが、それを除けば問題ない。また、幸運なことに我が一族は親戚一同に至るまで善人ばかりだった。健全な経営と聖人のような懐の深さが世界随一の歴史を誇る財閥を支えてきたのだろう。僕はこの家に生まれたことを誇りに思っている。
…話が逸れたが、僕は兎に角そんな家に生まれることで過保護と溺愛の中で何不自由なく成長することができた。成人してからも僕の居場所は実家である。家業を継承する以上は当たり前だけど。
母である古御所ハルは現当主であり、父である古御所裕一は古御所国際運輸のCEOに就任している。古御所家は代々容姿が絶世の美人になるらしく僕の容姿も頗る整っている。それに、僕のことを過剰なほど家族は愛してくれている。多少の我儘にはむしろ喜んでくれる始末だ。また、両親は僕が幼い頃から高校を卒業した今の今まで変わらず過保護だ。生まれた時から僕の周りには入念な安全管理が敷かれており、一族が有していないコネクションは無いおかげで、南極探査基地からアフリカのホームレスまで、人材発掘は選り取り見取りだった。幼年期は祖父であり現職の警視総監である古御所一郎のコネクションを通じて現役機動隊員を護衛として雇っていた。青年期からは父の裕一や古御所石油クウェート支社長である叔父の古御所友広を通じて米軍のデルタフォースから引き抜いた隊員とイスラエルのモサドから引き抜いた隊員に囲まれて生活していた。
このように、現時点で僕は既に財力・権力・暴力・優れた外見を手にしている。だが、これらを濫用するつもりはない。次期当主として、僕が目指すのはクリーンな社会だ。その為の掃除と整理整頓のために正当な手段としてこれらを駆使する予定であるし、何よりもこの22年間で使いこなしてきた。
高校卒業までに家族の協力のもと執念で行ってきた調査がある。
それこそ潜在的な不良の抽出とマッピングである。
僕は六歳の時から一族のものにこの国を浄化するための計画に必要な調査を依頼してきた。子供の意見など通らない筈なのだが、どうやら僕は自分で思う以上に盲目的に愛されていたらしい…当主である母臨席の下で僕の計画に古御所家が協力することが可決されたのだ。もはや何の障害もなく始まった不良となりうる家庭・子供をMI6やCIAから引き抜いた調査官をはじめとした情報のエキスパート達が調べ尽くしてくれた。
この22年間の間にも蓄積され続け、徐々に僕の計画の第一段階「餌計画」の次、第二段階「犬計画」の主軸となりうる存在が絞り込まれてきたところである。日本の東京を中心に数十の都市に派遣した調査官が特に追うのが「カリスマ」を持ちうる…所謂不良の中でも特筆すべき存在である。外国にも派遣するか迷ったのだが…僕が浄化したいのはここ日本だからやめておいた。「彼」の眠る東京を浄化することが第一目標なのだから。
絞られた中から更に、調教しやすさ、外見が美しさ、カラダの良さ、求心力の多寡、手名付けやすさ、扱いやすさ…などなどの情報を統合してランク付け、そこから更に厳選した者に対して、僕自身が直接出向いてヤツらが幼く不安定な内に濃厚な「餌」を与え続けてきた。
既に複数人に対して継続的に接触を図り、心を解し、少しずつヤツらの懐に入り込んできた。日本中の孤児院や低所得家庭や失業家庭、DVが横行する危険な家庭…ヤツらが不良となる「種」…家庭環境や人格面…を敢えて残しつつ、僕はヤツらに「餌」を撒き続けてきた。金銭を直接的かつ継続的に与えるのではない。一定期間の「間」を開けて、その間に自らの苦痛に満ちた現実に打ちのめされるように仕向けた。その時から僕の一声が有れば警察だろうと陸自だろうと自由に動かせた。保健所や児童相談所なんて指先一つだっただろう…だが、僕はしなかった。不良になりうるヤツらは全て敵だ。僕は決して許さない。ヤツらが苦痛に喘いでいる間、僕は優雅に暮らしてやるのだ。
そして「間」が過ぎてから「餌」をばら撒いた。食料品は勿論のこと、嗜好品に玩具に旅行券まで何から何まで「下賜」してやった。
悩みがあれば相談に乗り形だけ解決してやり恩を売りつけた。ハッ!あとは自分で解決するんだな!たかだかヤクザに脅されたからと泣きつきやがって!母方の曽祖父である中御門公義は自警団を原型に持つ中御門会の初代会長だったお陰でその手のツテは多い。まぁ社会の屑が一族にも存在したことに愕然としたけれど…使えるものは全て使う僕に感謝するといい。使い潰せる駒が増えたと思えばむしろ好都合だ!
終わりのない苦痛の中で愛情が欲しければ愛情をくれてやった。ククク!まんまと引っかかりやがったな!最新の生物科学で中毒性の高い体温、体臭、体液…全てを依存させる為に僕は完璧な体に生まれ変わったんだよ。お前の安心感なんざ所詮は作り物の安心感だ!その安心感が切れてからの地獄を味わうといい!
家事で遊ぶ余裕がないと言えば僕が家事を手伝ってやったし、遊び相手がいないと言うなら僕が遊び相手になってやった。ボードゲームもテレビゲームも買ってもらえないとは!!所詮は不良民族!僕は何度も本当に遊んでいいのか確認してくるガキにそのままくれてやった。こんなモンを貰って泣くとは…ふっ、バカが!貴様のような不良民族にはちょうどいいのさ!
家族が死にそうなんだと泣きながら縋りついて来やがった時は滑稽だった!!
僕は心の底で嘲笑しながら端金をくれてやった。
ワハハハッ!!一千万や二千万なんざ僕の腕時計より安いよ!!そんなんで命が救えるなんてッ!なんて安い命だ!僕は腹を抱えて笑ってやった。不良民族の生命のなんと安いことよ。
頭が撫でて欲しいと言われればタダで撫でてやったし、家出してきたら部屋を借りて住まわせてやった。能天気な奴らに僕はほくそ笑んだ。コイツらは頭の中に味噌でもつまっとんのか?お前らは俺に命を握られてんだぞ?ぐふふふ。
手料理を食ったことがないと言われれば、古御所家のお手伝いさんから教えて貰ってから振る舞ってやった。泣きながら食いやがるので俺は我慢できずに笑ってしまった。コイツ、飯食いながら泣くとかマジでマナーがなっとらんわいな!教育語りねぇ証拠だな。ハッ!恥じを知るといいさ!あと、茶碗の位置はそうじゃない!箸もしっかり持たんか!将来バカにされんぞ!
夜一人で寝れなければ一緒に泊まって寝てやった。夜も一人で寝れねぇ軟弱者が将来は威張り散らすのかと思えば…ぷくく、想像が捗るぜ。滑稽すぎて笑えるな。
借金に苦しんでれば肩代わりしてやった。代わりに一生涯俺に尽くすと宣誓させてやったがな!!!ハッ!ざまぁ見ろ!裏切ったら蟹工船に送ってやるから小説でも書くんだな。
兄貴に殴られるのが辛いと言えば僕が変わりに殴られてやった。…僕のことを殴ったヤツは「国家の敵」だと思ったので後日、護衛の元デルタ隊員が本気で半殺しにした。警察は事故として処理したので問題ない。問題ないと僕が言えば問題ないのだ。口の中を切ったから二度と殴られたくないと思った。クソッ!テメェが不良になるかもしれないから僕が殴られるハメになったんだぞ!!絶対に後悔させてやるからな!!覚えとけよ!!兄貴の償いはお前にも払ってもらうからな!!
……ふぅ。落ち着いた。
と、まぁそんなこんなで20にもなってない潜在的不良のガキ共はまんまと僕の「餌」の虜になっていった。僕は笑いが止まらなかった。全くバカな奴らだ!!
有り余る金を使い、僕は第二段階である「犬計画」が今後十年のうちに発動するという確信を抱いている。
あぁ!来るべき日が楽しみでならないィ!!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
古御所家にとって古御所徳兵衛は唯一無二の宝であり、第一の誇りであった。
「パパ、ママ…僕はこの子達のことを知りたいんだ!!」
古御所家の現当主にして古御所石油CEOも務める古御所ハルは自分の息子が六歳の時に初めて教えてくれた「わがまま」を生涯忘れることはないだろう。
徳兵衛は過酷な家庭内環境に晒される子供達や、心に傷を負ってしまった子供達の為に自分は使える力を全て使いたいのだと両親に打ち明けた。
曰く、不良の温床となる社会を解決する為に今は自分に出来ることをしたいのだ、と。
息子の六歳とは思えぬ烈烈たる演説により母ハルは号泣し、父裕一は男泣きに泣いた。そして確信したのだ。その晩に二人は夜遅くまで話し合い、そして同じ結論に辿り着いた。
「「私たちの息子は古御所家始まって以来の名君になるに違いない。」」と。
その子が自分達の息子であることに二人は激しい歓喜と共に息子への愛おしさを募らせた。二人は早速は両親に相談を持ちかけた。
父の両親であり徳兵衛の父方の祖父母にあたるのは正親町剛志と正親町アヤであった。
正親町剛志は日本最大にして最古の自警団中御門組から発展した中御門会の二代目会長であり、2000年に甥の中御門武志に禅譲し隠居の身である。
正親町アヤは一代で正親町不動産を立ち上げた女傑であり、依然として世界的な不動産王として名を馳せる人物である。
息子裕一からの持ちかけられた初孫の話に対して祖父母は大いに賛意を示した。
「古御所始まって以来の大人物になるに違いない。金と時間に色目をつけず、一度好きにさせてみるのがいい。」
両親の言葉に裕一は大いに同意した。
母ハルの両親であり徳兵衛の母方の祖父母にあたるのは古御所一郎と古御所カヨである。
古御所一郎は現職の警視総監であり、時代の警視庁長官と目される人物である。
古御所カヨは言わずと知れた古御所財閥の二代目当主であり、現当主ハルの次に多い約10%の株式を保有する大株主である。
娘ハルから持ちかけられた初孫に関する相談に祖父母は首が飛んでいく勢いで首肯した。
「あの子は欲がない子だからね。六歳にしてここまでの志を持っているなんて滅多なことではないよ。あの子が折角打ち明けてくれた我儘なんだ、思う存分協力するのが家族の役目に違いないさ。」
両親の言葉でハルは自分の決断に自信を持った。
この二つの会談を起爆剤に、古御所家とその親戚一同の元に見る見る徳兵衛の噂が広がった。次期当主の聡明さに一族は大満足し、これから自分達が支える当主の最初の仕事に全面的に協力する心で一つにまとまった。
意図せずして根回しを完了した古御所財閥内部だった。
果たして、当主古御所ハルの呼びかけにより開かれた評定の場にて一族全体での正式な決定として古御所 徳兵衛を当主として認め全面的に支持する旨が改めて可決された。
その後、両親両祖父母を始め親族一同の惜しみないバックアップにより徳兵衛の計画がスタートした。
毎日毎日のように六歳にして日本中を飛び回る徳兵衛の姿を家族は労しく思い、衛星を貸し切って合法的に見守り続けた。
いつもは我儘一つ言わない息子が、自分のためではなく誰かのために全力を尽くしている姿に一族は感涙に咽び、何の関係もない赤の他人のために奔走する姿に次代の当主への信頼を厚くした。
徳兵衛は文字通り時には自らが殴られることも厭わない姿勢で、彼曰く「より良い社会」の為に奉仕をし続けた。
因みに徳兵衛に手を上げた人間は文字通り誰にも知られずに「塵」と化し、戸籍上からも抹消されていた為、徳兵衛が特別に許したり、或いは放置しない限りは何の心配もいらない。
二十年以上にもわたる徳兵衛の活動はしかし彼の希望により大きなムーブメントではなく、あくまでも自分個人の信念に基づいた計画の一端として続けられていた。
徳兵衛は成人して財閥の事業に参画するようになってからも、「全く変わらない」姿勢で今となっては成人した子供達、青年になった子供達、まだ幼い子供達との関係を続けており、その根気、粘り強さは正に執念のように感じるほどである。
また、余談ではあるが徳兵衛は二十余年の間に絶世の美人へと成長した。その凄まじさは一族の溺愛と盲信を加速させ、何よりも「子供達」に対して絶対的なカリスマと求心力を発揮していた。特筆すべきは此方も絶世の美女である母親からの猛愛が止まるところを知らず、嫁取りに苦労している。母親ハルは息子の子を自分が産めないなら嫁を取らせない勢いであり、その為ならば息子に男色を奨励することも厭わないほどであった。
斯くして古御所 徳兵衛の計画は彼自身から見ても、第三者から見ても大変に順調であった。
ただし、その根本的な部分には恢復し得ない「勘違い」が膨らみ続けているのだが…。