「アメリカ行かない?」
大日本帝国の帝都にある一等地。そこには莫大な総工費を注ぎ込んだ数年に及ぶ工事の末に完成した、個人宅としては皇居に次ぐ規模を誇る、人呼んで「大黒御殿」がどっしりと構えている。隣町から二つ向こうの町まで他人の敷地の土を踏まずに辿り着けるのだからその広大さときたら日本一であろう。家主は日本一とも言われる郵政と軍需の大財家として知られる藤原馮太郎公爵である。メディア露出は勿論のこと、国家中枢にすら早々顔を出さないにも関わらずその影響力は中央政界でも随一とも言われており、その影響下には名だたる面々が集中しているとか…。
そんな国一番の長者である藤原馮太郎もとい、本名「藤原封太郎公時」の正体は遥か千年余昔に正を受けた世に言う不老の怪物であった。彼の生まれは正真正銘の平安貴族であった。超名門の嫡子として祝福されて生を受けた彼だったが、生来ののんびりに従い家督を相続するや否や、早々に優秀な弟に譲渡して出奔。その後は何やかんやあり申して、気づけば今に至るのである。
さて、そんな彼の愛称は千年変わらずプー太郎である。読んで字の如く、プーの太郎である。彼の生来の縄張りには筋金が通ること歪み無いものがあり、偉大と言うほかあるまい程に生活力が欠落していた。その上、快楽に耽りがち、万事人並み或いは人並み以下と言った具合で悪人では無いが善人でもなかった。
これほど如何ともし難い男もそうそうおらぬものだが、こんなプー太郎が今日まで片時といえども飢えることすらなかったのは、ひとえに彼を文字通り全身全霊で甘やかすことを生き甲斐と豪語して憚らない嫁鬼こと鬼舞辻無惨の存在にあり、さらにその根源を詳にすればひとえに彼の太陽が霞むような美貌の存在があった。
常識殺しの異名を与えても万人は追従せざるを得ない出来栄えの顔面は、正に神々の史上最高傑作であろう。世界のどこを探してもこれほど、これほど顔だけが素晴らしい男もいまい。いや、いてたまるか。
プー太郎は贅沢を好み飽き性で、そのうえ何事も一流を好んだ。無惨もまた美食と一流を好み、彼はプー太郎が好むものが美食であり一流であると断定していた。
万年極めて恵まれた暮らしをすること千年。結婚生活千年目にして、プー太郎は新たな傍迷惑なヤル気の炎を、興味関心への衝動をままに無惨へと恒例のおねだりを敢行したのであった。
「アメリカに行かない?まろは行きたいな〜!」プー太郎は言った。この頃のアメリカといえば、丁度急成長の真っ只中である。無惨は目をぱちくりさせた。
「いきなり何を言うのだ。プー太郎よ、何か嫌なことでもあったのか?なんでも嫌な事や人があったらすぐに私に言うように、といつも言っているだろう?」単純にイマイチ言葉に理解が及ばなかった無惨様はプー太郎に聞き返した。
プー太郎は無惨にどれだけ自分がアメリカに行きたいのかについて滔々と説明し始めた。
「ねぇ無惨。まろはね、アメリカに行ったことがないんだよ?ヨーロッパに行ったことは一回だけあるけど、アメリカだよー?アメリカは行ったことないじゃん!なんか美味しいものがあるかもしれないじゃん!だから、ね?まろはアメリカ行きたいなーって!ねねね!無惨、おーねーがーいー!!まろはアメリカに行きたいでおじゃる!!!」
全く正当な理由とは言い難い。うどん屋さんでうどんを食べたいくらいの気持ちでアメリカに行きたいと言い出したプー太郎。本来ならば、どれだけ我が子が可愛くても大枚を叩くにはかなり魅力に乏しい提案である。
しかし、無惨は須臾と悩まず「ならば仕方ない。今回だけだぞ。明日までに手配させるから楽しみにしているといい。さ、プー太郎よ、そろそろ寝る時間だぞ?寝不足は肌に悪い。」と、寝る前の約束事程度の気軽さで快諾してしまった。
プー太郎は喜色満面。「明日が待ちきれないや!!楽しみだね、無惨!」と遠足の前日のような足取りで寝室へ向かった。
言わずもがな、両者は本気である。気軽に本気である。
翌日。一千トン級の貸し切り旅客船が一隻出港した。調度品と金銀を御伽噺のように山と積載して、プー太郎と無惨、そして護衛他の子飼いの者たちだけを乗せた大型船は一路アメリカへの船旅を開始したのであった。