時は「個性」と呼ばれる異能力が生まれて間もない頃。
後に、個性黎明期あるいは個性暗黒時代と呼ばれる時代である。
正義と悪を掲げる二つの陣営がそれぞれの野望と志のためにその身に宿った超常の力を用いて熾烈な争いを繰り広げた時代であった。
その混沌の時代に、その男は突如として現れた。
初めてその存在が確認されたのはイタリアのローマであった。
中国のとある都市に端を発した個性の発言はその後瞬く間に世界中を覆った。
世界中の人々の殆どが個性を手にした結果、世界各地で新たなる火種が燻り、時に暴発した。
イタリアもまた暴発した国の一つであった。いや、当時のヨーロッパもまた混沌の坩堝だった。
ただ、その中でもイタリアの惨状は類を見ない物だった。
古くからの土着的な地下組織、表では真っ当な商売をしつつも裏では犯罪に手を染めている組織、それらを看過して甘い汁を啜ってきた官吏たち。
新たなる力に目覚めた彼らの躍進はある意味で当然であった。全てはファンタジーと化したような、熱に浮かされたような狂宴であった。
一方、そのおおらかな国民性はその狂騒を少しずつ受け入れつつも、決して手綱を離すような真似はしなかった。
強力な個性と精神力、そして類い稀なる勇気と良心を宿した者たちによる伝統的な自警団こそ第一の聖義であった。
悪と正義、カントリーな一方で凄惨極まる魑魅魍魎と良心の闘争が幕を開けたが、それは決して生やさしい物ではなかった。
恐るべき異能力、それは人を狂わせる。全能感を与えて、元来の不便を払拭するような麻薬のような依存性を持ち合わせていた。
決して豊かなものばかりではなかった者たちにも、その異能は平等に与えられたのだ。
踏みつけられてきた者たちの行動は鋭利であった。異能による殺人は凄惨を極めた。効率的であり残虐であり、何より身一つでできる安価なものであった。
血塗れの抗争は永遠に続くものかと思われたが、それは突如として現れた1人の男によって終焉を飾った。
男もまた個性と呼ばれる力を身に宿した者であった。
皮肉にも男は誰よりもその力を信じていなかったが、その力は誰よりも凶悪無比であった。
そして、ローマに現れた彼は下を向き怯えて生きる民衆に向かって声高らかに宣言した。
「これより反撃を開始する。諸君は剣となり盾となり各々のローマを死守せよ。我々は玄関の前にいる巨象を三度の敗北の末に抹殺する。」
男は有言実行した。
その凶悪な異能を用いてイタリア全土の火を鎮火して見せたのだ。
民衆は彼を歓迎し、悪人良人を問わず万人が彼に畏敬の視線を送った。
打ちのめされた組織の者たちは居場所を無くしたが、彼らは人が変わったように男に付き従った。男もまた彼ら、行き場を失った異能者や新たに加わろうとする異能者を受け入れた。たとえ異能者でなくとも、悪人でなくとも男に剣を預けると誓った者たちは多く、彼らもまた異能者と同様に迎えられた。
日夜、人々の興奮冷めやらぬ街の大通りには英雄となった男の元へ伺候しようという勇気ある者たちがローマへと行進した。
男のローマ演説から約一年。イタリアは以前を超える活気を取り戻していた。政府の進歩ではなく、新たなる秩序が機能し始めたのである。
あの後、男は地下組織や土着組織の解体を否定し、自発的に構成された各地の自警組織との組織融合を進めた。
元来彼ら不正組織はグレーゾーンビジネスで莫大な利益を得ていたが、それらは少なからず市井の人々に還元されていた。消極的な政府に比べて、地方では特にそれらの伝統的な結びつきが強く、決して一息に転換を図るべき問題ではなかったのである。
結果的に、以前に比べて秩序は回復し。また、グレーゾーンビジネスの大半は各地方の代表者を男の麾下の者から選挙で選ぶ形で派遣されることとなった。ローマに中央組織を配置することで各地を統制する、完璧に実践するのは困難だが、結果として十分であった。
男は去り際に自らをヒーローだと語った。
そして、次の行先を聞かれた男は静かにこう告げた。
「ザマへ!」