長い航海の果てに辿り着いた新天地へと上陸した。
生まれて初めて踏んだ土の感触は悪くなかった。一つ文句をつけるなら上陸早々に人殺しに遭ったことだ。正確には、女を襲おうとしていた男どもを俺が殺害したって言う意味での人殺しの現場に出くわしたってことだ。
仲良くしようとか考えていたのに開始早々に俺のヒト生は悲鳴をあげそうだった。だが出だしこそ最悪だったが結果的に助けた女は俺に感謝してくれるらしかった。絶望するのはまだ早い。彼女は無一文な上に何も知らない余所者の俺を自分の集落で世話してくれるらしかった。有難い限りだった。
彼女の集落は百人もいないような小さな集落だったが飢えている者は無く健康的なものが老若男女問わず多く見えた。これはとても良いところなのでは、と期待しつつ彼女についていくと集落の長の家へと案内された。
どうやら俺が助けた女は長の一人娘で村の巫女でもあるそうだ。幸か不幸か最初の善行にして悪業は俺に吉と出た。長は俺の滞在を歓迎してくれた。その際に長と女の名前を教えてもらった。長がナギサで女がミソギといっていた。俺も名乗ろうとしたが無名無頼の身ゆえに名乗れそうな立派な名前を持ち合わせてはいなかった。致し方なくナギサ氏の部屋に置いてあった黒と黄色が交互に入った動物の皮らしきものの名前を尋ね、そこに一つ捻りを加えてドラコと名乗ることとした。
世話になるからには少しでも恩返しをせねばと仕事をくれとミソギにいったが、初日なのだから休んでおけと言われて仕事がない。暇なので近くの森に散策に出たところで如何にも凶暴な顔の輩達が列をなして我が逗留先へと向かうところに出くわした。俺は運がないのかあるのかわからないが、十中八九この連中はこれからロクなことをしまいと思い一足先に集落へ戻った。すぐにミソギにことの次第を話すと彼女は直ぐに村民を集めると着の身着のままで彼らを逃し始めた。
避難が終わると同時に雪崩れ込んでくる連中は案の定村の頼りない木柵やらを叩き壊してから各住居へ倉庫へ物色目的の突貫をかましていた。なんたることか、過酷な世界を見たが、それを黙って耐えるミソギ達の顔というのも何とも頼りの無いものだった。安堵とも悔しさともとれる。そんな屁っ放り腰の安心であった。
何となくこのままに一件落着次に備えよと上手く行く気がしない。俺の予想は鮮やかに実現されてしまった。避難していた村民連中にも気概のある若人が居たようで、棒切れ片手に突撃したようだ。しかし体躯は略奪ばかりして肥えた向こうさんの方がふた周りも大きく、顔も凶悪である。一矢報いる前に袋叩きに遭ってしまった。
死の寸前まで殴打された若人は痙攣したまま泡やら血やらを吹いており、なぶり飽きたのか敵方の1人が切れ味の悪そうな刀剣をぬらりと引き抜いた。此処まででまだ誰も助けに出て行かぬのだが、それはまぁ妥当な判断だろう。この世とは残酷だなともぼんやりと考えておると驚いたことにミソギがたっと瀕死の男を庇うように駆け寄った。
ピタリと止まったのは隠れて見守る村民だけではなかったようで、刃を振り上げた蛮人も女の登場に目を丸くした。それだけならまぁ、俺も何も言わんかったのだが事は大抵悪くなるものだ。この時もそうだった。時を見計ったように現れたのはでっぷり肥えた豚…のような風貌の醜い男である。恐らく敵方の頭領なのだろう。一際品のないギラギラした格好だ。しかしその外見はともかくいきなり斬りかかるつもりはないようで、何とも不思議なことに対等な交渉をとか言い出したのだ。豚曰く、俺の女になれとか何とか。さすれば男はこの村落への嫌がらせも今日で最後にするらしい。どうやら今に始まった問題ではないようだった。
豚の言葉に半分は嘘はないだろう。俺の女になれという部分だけに関してのみは、だが。何度となく嫌がらせに襲撃され続けたせいで村民の反応は良くも悪くもキビキビとしていた訳だ。先程の避難への切り替えの速さに納得した俺だった。
この村の連中には土地への執着が見られなかった。巫女と言えばこんな小さな村からすれば神様かなんかのようなもんだ。長よりも大事なはずなのにコイツらは反応が悪い。守ろうというよりは解決を黙って待ってる感じだった。年寄りも長1人だったりとなんとなく匂ったが、何だか嫌な匂いのわけがよくわかった。想像するに、あの豚男が邪魔なやつだけピンポイントで殺すなりなんなりしつつも、村自体は生かさず殺さずで今日まで嫌がらせを続けてきたのだろう。ご丁寧にその原因を彼らの巫女だと吹聴しながら。
外見はともかくなどと先程言ったが、やはりこいつは豚未満の豚男だ。俺がそんなことを考えていたら目の前では豚男に嫌々跪くミソギの姿があった。いつのまにか自己犠牲の精神に燃えて自分を守ろうともしない村民のために身を汚されようという訳だ。俺は御涙頂戴が嫌いだが、女が性根の腐ったブ男とクソ男前とクズ美人に汚されるのだけは我慢ならん。外見に見合う中身を育てやがれいう訳だ。その点、豚は豚なのだから致し方ないなどと言う理屈は通らん。綺麗な豚になれない豚は家畜に同じだ。綺麗事を並べる豚も泥臭いだけで綺麗な豚とは言えんな。
さはあれ、俺はミソギのもとまでスタコラさっさと走り寄った。片手間に襲ってきた蛮人を殺しつつ豚男の正面に立った。ミソギはポカンとしていたが、ポカンとしたかったのは俺だったのだぞ。宿泊体験初日にして敵襲である。挙句恩人が豚の花嫁に仕立て上げられるのを観戦させられるところであった。危ない危ない。
少し上等な長剣を振りかざした豚の顔を後方に向けてポーンと飛ばしてやった。ミソギは相変わらずポカンとした表情であった。
頭目の無残な死に恐れをなした蛮人達を殴り飛ばしつつ村民連中を呼び寄せた。俺に対して恐れが生まれているのは今はよしとしよう。困った奴らだが恩人には違いなかろう。あたりに落ちている蛮人の武器を彼らに持たせて、彼らに捕らえた蛮人どもの処遇を任せた。殺すも奴隷とすると自由にせよと言っておいた。ミソギは連中の方には行かなかった。少しして向こうからは罵声と汚い悲鳴が聞こえた。短時間しか付き合いがないが満ち満ちているほどでないにしろ、慈悲深い性格をしていると感じていたミソギが連中を止めるなりしに行かなかったのは意外だった。
ミソギはその日から俺の後ろについてくるようになった。長のナギサは村の長の仕事を俺とミソギに教えるようになった。肝心のミソギはしょっちゅう俺をジット見つめている時がある。少しモヤモヤする。それはそうとミソギはあの一件からますます美しくなっている。黒髪に黒目と俺と同じ特徴を持っている。綺麗な女だと思う。
話が逸れたな。ミソギと俺はナギサ氏からの課題を協力して解決しつつ村に貢献していた。多分にあるだろう俺への打算に関しては俺からは何もいうつもりはない。便利な鉞を見つけて使わない道理はない。俺も一瞬そろそろお暇しようかなとミソギに話したことがあった。結局ミソギから恐ろしい勢いで泣きつかれて諦めたのを覚えている。
可もなく不可もない日々を続けて早いもので三年が経った。前の長のナギサ氏は死に、ミソギが次の長となった。あの時彼女に助けられた若人をはじめとして若い連中は彼女を御大層に崇め奉っておるから仕様もない。面倒くさいことこの上ないのだ。俺のことはそのくせ余所者と嫌ったりと。時間が経つと平和の弊害は出てくるもの故に何も言いはしないが。
言いはしないが行動はする。ミソギが長になってから村の人口は大きく増えた。理由は単純で吸収力の強化が上手いこと言ったのだ。言葉を選ばずに言えば、ナギサ氏の時は内政中心に民を肥していたが、ミソギの代になってからは対外政策が活発化したのだ。皮肉なことに彼女を選んだナギサ氏はミソギの慈悲深さからなる統治…要するに穏やかな統治…を期待しての存続だったらしいから世の中わからんものだ。
それはそれとして、ミソギの代になってから俺は内政に関係せずにひたすら周囲の村落をミソギに服従させていた。これが勢いに乗っているウチの現状であった。服従させていると言っても責めるわけではないから安心されよ。ミソギはその政治哲学はともかく優秀な統治者だ。それもこれも元はと言えばあの一件だった。あれからミソギは村民への温かい顔と他の村民への救世主の顔を使い分け始めた。俺には相変わらず曇りのない笑顔を見せてくれてはいるが時々心の底がヒヤリとする時があるものだ。
ミソギは破格の条件でそこいら中の村落の村民を吸収しては元の村の民に同化させていく。その過程たるや中々に上手であった。初めこそ優遇すれど、段階的にその程度を落としていき、最終的にはミソギの村の民と同等にまで下げる。その後から能力次第で各村民の中から優秀な者を引き抜いて側近に仕立てる。この人事でバランスをとりつつ、不平等感を払拭しているというのだ。ミソギは王の才があるやもしれない。
対して俺は何をしておるのかといえば、主たる仕事は先程の服従勧告の条件提示のために走り回ることと、防衛任務だ。
豚男を始末してから頻度は減ったが今でもあの蛮人から襲撃されることがあるのだ。そのとき矢面に立ってボカスカするのが俺の仕事だ。切られようが何しようが構わず殴り殺しているので兵士からは頼もしがられるが新しく入ってきた村民達からは怖がられている。まぁ治安当局なんざそんなもんだろう。こんな感じで俺は鉞に徹している訳だ。産物を収穫することと障害を切り倒すのが俺の仕事だった。
ミソギは大した女だ。そして嬉しいことにそんな大した女を俺は嫁にもらった。正確には俺が夫に任命された感じだな。夫兼護衛という名目だが、それにしては彼女がべったりだ。嬉しくないわけがない。周囲からの、特に若い男からの嫉妬の視線は少々思うところがなきにしもあらずだが、ミソギは眼中にないのかどれだけ好意を示されても無反応を貫いている。貫いているより素がアレみたいだな。一方で俺と一緒にいる時はデレデレとしていて可愛いことこの上ない。惚気話は此処までにして、彼女はついに王を名乗った。周辺の百のムラを束ねた彼女は数千の民の長となり、その号を王と改めた。俺はというとなんとなんと将軍というやつに任じられた。俺も随分と上がったもんだと思った。考えてみればあの後いくつもの敵対部族を吹き飛ばした。例の豚男が根拠地にしていたであろう村落を燃やして百の首を取ったりとかなーり暴力を振るった。無論、その傍らで以前と同じように服従勧告をばら撒いていた。豚男のとこ以外にも、ムラがデカくなってクニになるまでにはそれなりに障害が多かった。
東にあった村落を西へ北へ南へと広げる過程でそれぞれの方向の中心部族との抗争を繰り広げた。お天道さんは馬鹿なことをと呆れてるだろうな〜と、そんなことを俺は考えながら海の向こうから来たという青銅の槍鉾を振るいまくった。青銅の槍や鉾は兎角脆いのでなるべく重く、分厚く、簡素に、そして大量に作らせた。使い捨て感覚で敵を殺して砕けたら捨てを繰り返していた。武器補充専門の側近まで連れていたから俺も相当馬鹿力だ。そんなこんなで少なくとも三十の大部族の頭目の頭を吹き飛ばし、百の部族を従えることができた。最後になってくるとどうやら味方も結構な数がいたようで、敵はすぐに降伏していた。俺は常に先頭切っていくから後ろのことは知らん。
こんな感じでクニを作り上げることに成功したというわけで、気づけば三十年じゃきかない時間が経ってた。
ミソギとは結婚できたし俺は満足だったが、彼女は自分が老いていることをずっと悩んでいた。俺に相応しくないといった泣いては俺に縋り付いて眠るということが続いた。日中はあれだけ王王しいのに不思議だなと今でも思う。俺は老いなかったが、そのぶん老いたミソギも変わらず可愛かったし美しかった。人からくれと言われてもやらんといつもミソギには言い聞かせていた。
結局ミソギが死ぬまで彼女の悩みは解けなかったみたいだった。少しだけ悲しかった。俺は何もできなかったなぁと思う。最後にミソギが言っていたことだけは今でも決して忘れない。
あいつは言っていた「私は死んでもアナタを離しません。私は死してなおアナタのために全てを捧げます。貴方に救われたあの日、二度目に救われたあの瞬間から、アナタが私のために全てを捧げてくれたように。100年、1000年でも…私は、私の血が後世に続く限り死を許されないアナタの幸せのために尽くすと誓いましょう。私は鬼神となってアナタを守り、記憶となって子等孫等へアナタへの愛を伝えましょう。さようなら愛しいアナタ。そしてまたいつか、どこかで…」
ミソギと俺との間には子供がたくさん生まれた。三女五男の兄弟だったが男兄弟は揃いも揃って三人の姉に頭が上がらなかった。可愛い奴らだった。結局カトクなるものは長女のフソウに譲った。フソウは俺が老いないことも何もかも予め知っていたかのように戸惑いなくカトクを継承し、王の職務を継いだ。
子供達は皆すこぶる優秀だった。俺が必要ないくらいに。子供達が皆王の補佐の仕事を十分にこなせるようになった頃、俺はフソウに旅に出たい旨を告げた。彼女はいつかのミソギのように泣いて縋ってくることはなかったが、その代わりに形見を遺してほしいと懇願された。俺からフソウにやれるものは全てやると言ったが、何をやると言っても彼女は首を振らなかった。
フソウとの話し合いから一年後、ダラダラと地方の反乱豪族の討伐なんかを日課にしているとフソウと他の2人の姉妹に呼び出された。以前話した形見についての結論が出たというのだ。彼女達は俺に形見として男の子供を要求した。誰との?どうして男?とかいう疑問は俺が問う前に彼女達が着物をはらりはらりと落としながら説明してくれた。
曰く、自分たちは間違いなく俺とミソギの子供であるため本来ならば親子の間での婚姻はあまり喜ばれることではない。
しかし、彼女たちにはそれを招ってあまりある俺への愛情があり、またこの話は母であり俺の妻であるミソギに太鼓判を押されたものであるというのだ。
証拠として差し出されたのはミソギが約定毎に使っていた入れ墨の類だった。それが各々の腕に入れ込まれており、他ならぬミソギからの勅命であることを物語っていた。我が娘三人組曰く、ミソギは兎にも角にも子供を産むなら俺の子供を産むこと、産む子供は絶対に男であることを条件に娘三人と最愛の夫との婚姻を認めたというのだ。
ミソギよ…まさかそこまでとは。俺でも考えもしなかったことがミソギの中では形を伴う葛藤と苦悩の末に導き出されていたようだ。アイツの最後の言葉の裏には若返って俺と共に歩めないなら、実の娘以降の如何なる代においても俺との婚姻を許さんという決意もあったのやもしれん。或いは、たとい結ばれたとしても一族の女を夫以外に抱かせる気はないという生前の酒の席での狂言も含まれているやもわからん。
愛されるのは良いがここまでくるとこまったものだ。とはいえ、俺も男、そして旅に出させていただきたい身の上である。娘三人の純情に大いに報いようではないか。