僕の名前はヨリエ。套塲 依穢(トウバ ヨリエ)という人間だ。年齢は秘密。死にたくても死なない以外は特技らしい特技もない平凡な男だ。東京在住で、数年前までは京都に住んでいた。仕事は何をしているかというと…それはこれから話すよ。
自己紹介も済んだことだし僕の今の現状を説明しよう。
東京郊外のある雑居ビルの2階。そこが僕の仕事場だ。
ここら辺は宗教関連の施設があったりするからお察しの人もいらっしゃるかもしれないけど…僕もその関連だったりする。
…とは言っても、僕は人に誇れるような立場のある人間じゃない。残念ながらね。
僕の仕事は思いつきで始めた新興宗教の教祖として救いを求める人たちに適当なことを言っては、心付けとしてお布施をいただくことなんだ。
…余り人に誇れたことじゃないのは分かってる。始めたきっかけはほんの思いつきだったんだ…。
一年前、僕は財布の中身と睨めっこしていた。京都では女の人に養ってもらってたような男の身としては一人で身を立てて今までの自分を克服したいという思いがあって半分家出みたいに飛び出してきてしまった。バイトを転々としながらも何とか暮らしていたけれど、とうとう全財産が手元にある三万円だけになってしまった。
あと何日持つかな…新しい仕事が見つかるまではなんとか耐えられるかな…いやいや、いっその事こと彼女の元に帰ろうかな…そんな懊悩が僕を襲った。僕は決めかねてしまい、結局その日は何も決められずに公園で野宿することにしたんだ。
次の日も、その次の日も…悩んでばかりで何も決まらない。僕はもうほとんど諦めてしまっていて、成功できなくてもいいから一人で満足に暮らしたかっただけなんだと言い訳を頭の中で転がすばかりだった。
だけど公園生活3日目の朝に僕に天啓が降りてきたんだ。
「僕はに人に誇れるような得意なことがないけれど、昔から人から好かれたっけ…」
僕は今までの人生を振り返った時に人からよく言われたことを思い出した。「お前は人を惹きつける。」そう何度も言われたことを思い出した。
原因はわからなかったけれどたしかに事実だった。だって僕は結果的に必ずと言っていいほど浴びせられる理屈が通じない好意が鬱陶しくて今一人でいるわけだから…。
自分のダメだと思っていたところを長所に変えようと思った。僕は早速何を仕事にしようか考え始めた。
そして、答えとして導き出したのが宗教だった。引っ越してきた当初のマンションから追い出された僕は気付けば今いる公園のある東京の郊外に来ていたわけで。ここら辺は宗教関連の施設が多かったのを思い出したんだ。
何をどうする宗教とかは考えずに、がむしゃらに布教を始めることにした。ここで頑張らなきゃ、と僕は必死だった。
公園の砂場やジャングルジムを講壇に見立てて始めた僕の宗教擬きは自分でも予想していなかったような勢いで広がっていった。
今まで散々言われてきた「人を惹きつける力」はどうやらホンモノだったみたいだ。宗教を初めてからほんの一週間後には僕は屋根のある部屋で講義していた。
信者?の一人で、一番最初に僕の拙い説法を聴いてくれた青年から寄進された雑居ビルの一室が今の講堂だ。
…正直、僕は少し怖かった。あまりにも順調に行きすぎたから。思えば僕は何もしてこなかったんだ。いつも誰かが僕のそばにいてくれて、僕が離れようとするとその存在はそれを許してくれなかった。僕はいつしか自由になることを諦めていて、ズルズルと今日まで来てしまった。
だけど改めて今の自分の生き方を見れば、対して変化している気はしない。だって信者からのお布施を頼りに生きてるわけだから。誰かに生かしてもらってるわけだから…でも、前よりはずっといいや。そう思うと僕は今のこの仕事に満足してる気がする。
「…さ……ヨリ…ま………ヨリエ様!!」
「…っあ!ごめん…何かな?夏油君。」
「いえ…少しお疲れのご様子でしたから声をかけさせていただいただけです。…今日はもうお休みされてはいかがですか?」
名前を呼ばれて呆けていた僕の意識は覚醒した。呼びかけていたのは例の最初の信者である夏油君だった。彼は近くの宗教系の専門高校に通っているらしいけど、とても高校生には見えない。すでに働いているらしいし、収入も凄いというのは彼がかなりの額のお布施を欠かすことなくしてくれることからも窺えた。額が多過ぎると何度言っても彼は「御心配なさらずに。」で済ませてしまう。…そういえばどうして彼がここに居るんだっけ?今日は日曜日で講義はお休みだったはず…あぁ僕が呼んだんだった。…流石に良心が痛むからと日曜日にせめて真面目な講義をするからと夏油君を招待したんだった。
「いや…僕から招待したのに仕事もせずに君を返すなんてできないよ。心配しないで。」
夏油君からの気遣いに遅れて返事をすると彼はなおも食い下がった。
「しかし!休まれなかった事で、もしもヨリエ様のお身体に何かあればそれこそ由々しき事態です!」
「うん。うん。ありがとうね。君の気持ちはとってもうれしいよ。けれどね、僕の身体は何処も悪くないし。君ともう少し論議したい気分なんだ。」
夏油君の熱い思いも嬉しいけど、君から毎回貰ってる心付もかなり分厚いよ。その分厚さに少しは報いなきゃとも思うんだよ。
「…ッそのような恐れ多い…しかし!」
「ダメ…かな?」
僕みたいな凡夫がやって何処まで威力を発揮できるかは知らないけど…とにかくダメ元で上目遣いしてみる。頼むよ夏油君。
「?!?!……わかりました。では今暫くの御指導よろしくお願いします…」
「僕のわがままを聞いてくれてありがとね夏油君。」
「いえ…無理はなさらずに。」
「うん。」
なんとか納得してくれてよかったと思う。
僕と夏油君はそれから1時間くらい教義について話し合ったり、僕が夏油君の抱える悩みを聞いたりした。
「……そろそろ1時間になります。私はこれで。」
「うん。わざわざありがとう。また土曜日にね。」
「はいっ。必ず来週の土曜日に参ります。」
夏油君の名残惜しそうな顔に微笑みつつ僕はまた来週末の予定を彼と合わせた。彼はその言葉通りにまた来てくれるのだろう。僕はビルの入り口まで彼を見送った。
「それじゃぁ気をつけてね。」
「はい。ヨリエ様もご自愛ください。それと…本日の御礼です。僅かながらどうかお納め下さい。」
帰り際に彼はいつにも増して分厚い封筒を差し出して来たが僕は気が引けたので受け取らなかった。
「…わかりました。…では、受け取っていただけないことに換えてというのもおかしなことですが一つだけ…」
少し不安そうな顔をした夏油君だったが、彼は封筒を懐に仕舞うと代わりとばかりに僕に訊ねたのだった。
「…ヨリエ様は……呪霊なるものをご存知でいらっしゃいますか?」
「呪霊?う〜ん…ごめん心当たりがないや。」
「………ありがとうございます。」
夏油君から聞かれたことは突拍子がなかったけど、色々と恩もあることだから僕は至って真面目に答えた。彼は少しの間逡巡していたようだけど間も無く一人納得したように頷くと僕に向かって頭を下げた。
「何か大切なことなのかい?力になれなくてごめんね。」
「……ヨリエ様は何も悪くはありません。」
居た堪れないというか、何か踏み外したような気分になった僕は彼に声をかけるが、彼は如何にも心ここに在らずといった様子だった。間も無く「また土曜日に。」と言って夏油君は帰っていった。