ネタBOX   作:ヤン・デ・レェ

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アマロは元々アマロじゃなくてニュークって名前でした。nuclearのニューク。


「創世記 ティアマト」Fate

 

 

 

私の名前はニューク。人間ではない。

 

私がこの地に初めてやってきたのはまだ地球が青くなかった頃になる。その当時、地球は燃えたぎる赤一色だった。私の生まれはこの星から遠く遠く、遥か遠くの地だった。遠くといっても百億や二百億光年たらずの距離ではなく、文字通りこの未来の青い星が存在する宇宙の外にある僻地に生まれた。

 

便宜上その土地に名前を与えるとするならば、第n宇宙の虚壊の土地、そこの空白の墓所というのが適切だろう。私の生まれた土地は土地というよりは空間だけだった。今思えば私の誕生というのは例外、エラー…その類の発破か何かだった。そんな発破は厄介ごとをもたらすのがセオリーだが、私も例に漏れなかった。私の誕生時に際して中性子星がダース単位で発生してしまった。お陰で私が自我を持つ頃にはかなりの数の思い元素が周囲に漂っていたものだ。

 

恒星の消滅や銀河団の消滅は慣れたことなので説明する必要はないだろう。強いていうならば、お陰で私は生命維持装置としてあの滅法便利な核融合を用いるというアイデアに至ったのだから。

 

話が逸れたが、私の生まれた空間は全くもってつまらない空間だった。そもそも、私が生まれるということ自体がエラーであり、私が生まれる前の空間は文字通り虚壊がその空間の原理として成立していたのだ。虚壊とは壊れ続けることで、永遠に壊れないということである。かなりざっくりとした説明となったが、要するに独立した永久機関の中に私がポッと出で生まれたというわけだ。私は誰からも望まれずに、かと言って誰からも疎まれることなく生まれたのだ。

 

生まれた場所は母空間の中に無数に点在する子空間の一つである空白の墓所であった。何故空白?何故に墓所?という疑問には、文字通りとしか説明できそうにない。蛇足になるやもしれないが私が言えることを探せば、それはこの空間が矛盾そのものであるということだ。矛盾という概念を成立させてしまった結果、全てが吹き飛んだとでも考えてくれ。

 

結局、私は一人で生まれ、一人で育ち、そして一人で自分を探し当てた。私の唯一の所持品は自ら命名したニュークという名前だけだ。私は孤独だ。しかし、もとより私は完全に独立した存在として誕生した。この際、何を悲しく思うことがあろうか。私の世界を悠々と回っていた太陽が三度生まれ三度消滅した時、私は旅立つことを決めた。

 

私は自分の持つ全て、すなわち、私自身から最も遠くにある意志を目指して空間を駆け抜けた。

 

私の本質は孤独な意志だ。きっと、宇宙からさえも排斥された母なる意志が私を求め、そして生まれたのが私なのだろう。私は故郷を捨てた。私なき故郷は、間も無く失われるだろう。私は自分の力で本当の故郷を探す。私を生んだ意志との永訣が私を生んだ意志の願であり、故郷を探すことは母なる空間の意志を叶えることだ。

 

私の最初の目標は私を生んだ意志との永訣となったのだ。

 

 

 

そして、私は赤く蠢く地球へと降り立った。この地こそが、私の故郷となる。この星の周囲には貧弱な太陽が一つばかりと少しばかり殺風景なのは否めないが、それを踏まえても十分なほどの強い意志を感じた。私はここを故郷にすると決めた。さようなら、母なる意志よ。だから、私は今この時から私として生きていく。私は今まさに私を手に入れることができた。これからが楽しみだ。早く私以外の意志と出逢いたいものだ。

 

 

 

 

素晴らしい出会いが私に巡ってきた。私は今日、生まれて初めての出会いを果たしたのだ。私の目の前の存在をなんと言えばいいのか、未来に先立って言葉を用いるならば彼女は泥の塊である。

 

まだ大地は煮立ったままだが…そんなことはどうでもいいのだ。長い時間を何もせずに待つだけというのも退屈だ。だから私はこの星の上を散策しては意志を探し回っていた。

 

ある日のことだった。

私に縋り付くような意志を感じた私は生まれて初めて強い情動を覚えた。なんと素晴らしい感覚なのか、私は転がるように大地を駆け抜けた。すると、なんという事だろうか。私を待ち侘びた彼女がそこには居たのだ。

 

いつしか冷えてぬるくなっていた大地の地平線のその先に横臥していた彼女は言葉に尽くせないほどに美しい意志を孕んでいた。見たこともない漆黒の泥は輝いて見えた。生まれて初めての興奮を感じた。私はこの存在に対して強い感情を隠せなかった。

 

私は熱が抜け切ろうとしているざらついて黒くひび割れた大地に膝をついた。彼女を迎え入れるために手を大きく広げ、そして大地に眠る彼女をほしいままに抱き上げた。彼女は何を疑うこともなく、怖がることもなく、むしろ最初から待っていたのだと言わんばかりに私に甘えたのだった。

 

私は彼女を育むことを決めた。一度くらいは何かを育てることも悪くないと思ったのだろう。その日から私は片時も彼女を離さずに自らの意志と触れ合わせ続けた。

 

 

時間が経つのは恐ろしく早い。遂に彼女は自らの意志を手に入れたのだ。彼女の姿は私と出会った頃からは到底思い付かないようなかけ離れたものになっていた。しかし、彼女は変わらずに美しいままだ。黒曜石のように美しい泥塊の君は、今や巨大な角と艶かしい肉体を保つ雌の個体へと成長したのだな。寂しくはない。元々私の美醜は意志にのみ存在する。私は彼女の美しさに磨きがかかるほどに頬を緩めるのだった。

 

彼女の成長は著しかった。完全な意志を手にした彼女はどうやら自分以外の意志によって生み出されたらしい。その意志というのが今二人で立っているこの星のものらしく、だからあれほどに強い意志をこの星から感じたのか、と納得したものだった。彼女は決して星の意志に囚われては居ないが、果たさなければならないことがあるのだという。私は彼女を見守った。

 

私は今日、生まれて初めて自分の姿を見た。これは水というらしい。彼女、ティアマトが生み出した巨大な水たまりは途方もない美しさを放っていた。その水面を覗き込んだ私は、自分の姿が映し出されていることに気づいた。感慨深いものだった。自己の肖像とは最大の未知の一つであった。私が知る意志のカタチは確かにそれまでは彼女の姿だけだった。水面に映る私の姿は黒髪黒眼の男であった。不思議そうに水を見つめる私に身を擦り寄せたティアマトも私と並んで水に映っている。私の容姿はどんなものなのか、私は私のことだけは知ることができないのだから、その点これは当然の質問であった。

 

だが、この質問に対してティアマトは顔を赤くしてはその綺麗な声で如何に私が美しいか素晴らしいかを力説し始めたのだ。私からすればどんな意志を感じるのか、ということを聞いたわけだったから戸惑ってしまった。だが、子と呼んでも相違ない彼女という存在からの賛辞はとても耳心地よく、私も彼女に習って容姿を褒めることを学んだのだった。

 

あまりにも自然に呼んでいたが、彼女のティアマトという名前は他ならぬ星によって与えられたものらしい。私の知るところではなかったが、なるほど彼女の美しい意志に見合うだけの力強く高貴で洗練された名前だと言える。この星というものを少し見直したのだった。

 

彼女と初めて出会った時と同じように、彼女が生み出す世界は美しさにあふれた素晴らしいものだった。彼女の意志こそが美の極地であったかもしれない。私はできる限りの言葉で彼女を褒めたものだ。頬を赤くしてその長い髪の一房を抱きしめるように顔を隠す彼女の恥じらいの仕草と表情からは止めどなく溢れる強烈な意志を感じた。その意志は私に深い感動を与えた。私も彼女の想いに応えるように、いつかの彼女がしてくれたように彼女の容姿や意志の美しさを褒め称えることで答えたのだった。

 

 

 

 

「私は雌、つまり女。そしてアナタは雄、つまり男。アナタは私のことが嫌い?私のことを愛してくれないのかしら…」

 

「そんなことはないよティアマト。君は私が初めて出会った存在なんだ。あれ以来私は君以外の存在を知らないし、君はそれこそ最も美しい存在さ。私にとっては特別も特別な存在なんだ。」

 

「そっ、そうなのね…嬉しい…ね、ねぇ、あのね、想いが通じ合った女と男にはやらなければいけないことがあるの…」

 

「?なんだい?それは…私は意志を感じることはできるけれど、そんな意志はこの星から感じたことがないよ?」

 

「それは…私たちが生まれるまでは番になれる男と女がいなかったからよ!そうなのだわ!」

 

「…そうなのかい?…じゃぁ、その番というのは何をするんだい?」

 

「……子供を作るの…」

 

「???…私には君という子供がいるよ?」

 

「いいえ…私はアナタの子供じゃないわ…私はアナタの番になるの…子供とは番になれないの…だから、私はアナタの子供じゃいられないのよ…」

 

私は男であり、彼女は女であるらしい。そして、その二つの存在が同じ空間に居たとするならば、その二つの存在が互いに強い想いで繋がっているならば、二人は必ず子供を成さなければならない、そうティアマトは私に教えてくれた。

 

緑と青とが少しずつ広がり始めていた時分、地球は私が降り立った頃からは考えられないほど輝かしい世界へと変わっていた。ティアマトは自らの成長を、私は彼女の成長を楽しみに日々を穏やかに暮らしていた。そんなある日、彼女の体からいつの日か出会ったあの美しい泥が溢れ出したのだ。彼女は当初目に見えて狼狽えていた。まるで見て欲しくないものを見られた時のような、そんな焦りが見てとれた。彼女の顔は真っ赤に赤面し、見ないで、見ないでと呟きながらもその泥はあたりを包んでいった。私は彼女が落ち着くのを待ち、静かに彼女の体を抱きしめることとした。この方法も彼女が教えてくれた人を落ち着かせる時に用いると効果的だというものだったというのは余談である。

 

あたりが夕暮れで色づいた頃、目尻に涙さえ浮かべていた彼女は私に真正面から抱きつきながら静かに語り始めた。

 

「私は自分が泥だったことを知っているわ」

 

「そんな泥の塊をアナタが育ててくれたことも、アナタが私を愛してくれたことも知ってるの」

 

「けれど、私は泥の頃の私がダイキライなの…」

 

「あの頃の私はアナタに何もできなかった…私ばかり受け取ってばかり、アナタの暖かさをもらってばかり…」

 

「アナタは私を子供だというけれど、私はアナタに子供としてではなく、私という一人の女として、ひとりの意志として見て欲しかった…」

 

「私はこの星の意志に囚われてるわけじゃないけれど、その意志に逆らうことはできないの…だから、私にとっては未熟で幼い、弱い私の象徴である泥のことなんかダイキライなの…」

 

「本当はどこかで醜い泥が私を今でも汚しているんじゃないかっていつも不安になるの…アナタに嫌われるのだけは耐えられない…なのに、少し前から私の体からは忌々しい泥が溢れるようになった…」

 

「初めからわかりきっていたことだった、その時が来たんだと思う…私は母親としての役目を果たさなくちゃならないの…だから、痺れを切らした他でもない私の体が泥を溢れさせるの…」

 

「私は自分がアナタに愛されてることを感じて止まない。けれどそれ以上に私はアナタが愛しくて愛しくて愛しくて堪らないの。私は自分の意志が本当は醜いものだって知っているもの…全て全てアナタに見て欲しいから、海を作ったのも、大地を耕したのも、緑を彩ったのも…全部全部アナタに私を見て欲しいから、私を褒めて欲しいから、私を愛して欲しいから…」

 

「でも、私は自分の意志でそうしていると思い込んでいただけで、実際はこの星の意志の通りにしていただけみたい…それがわかっちゃったの、アナタは私の生み出したものを褒めてくれるけれど、アナタが褒めてくれるのは私が生み出したもの、私のことを見てほしいのに、私は自分が生み出した私じゃない何かをアナタに見せては褒めてとせがんだのだから…」

 

「私はいつのまにか自分の意思でアナタから離れてしまいそうになっていたの…私は恐怖に狂いそうになった。」

 

「でも、私が生み出さなくちゃ誰も生んでくれない、今こうしてアナタと過ごすことは何よりも幸せなの、けれどいつの日にかアナタは遠くに行ってしまう気がするの。それは私の方からかも知れないし、アナタの意志でかも知れない。」

 

「けれど、もしその時が来たとして、私が本当にアナタにしてあげられることは何かを考えた時、私には何かを生み出すことしかできないって気づいたの。」

 

「私はその時からこの醜い泥を広げられるだけ広げるようになったの。アナタとの別れが来たとしても必ずまた出逢えるように、その時までの間をアナタが退屈しないように。アナタが少しでも美しいものに喜んで、たとえ私自身じゃなくても、私が生み出したものを愛してくれるように。」

 

「……うふふ…もう少し後に見せるつもりだったのだけど、私が思っているよりも泥が広がるのは早いみたいなの…だからさっきみたいに操作が効かなくなってしまって、アナタに見苦しいところを見せてしまったわ…思い通りにならなくて泣いちゃった…照れ臭いわね…」

 

「…だから、ね、ニューク。私にアナタとの子供ちょうだい?私はアナタに全てあげるから、だから私にアナタとの子供を産ませて!私はアナタが欲しいの!本当は独り占めしたいの!…けれど、それは難しいことだとわかるの…」

 

「この星からの伝言よ、貴方は"理想の実存"…確かにその通りね、アナタと出会ったら誰しもがアナタに溺れるでしょうね……誰しも?…変な話ね、私とアナタしかまだこの世界には誰かだなんていないと言うのに…」

 

「ねぇ、愛しいニューク…私と番になって欲しい。それが私のたったひとつの願い。」

 

 

長い独白を終えたティアマトは私の胸元に顔を埋めて肩を震わせた。彼女はいわばこの星と何らかの繋がりを持っていて、それは今に限れば未来の何処かに対する直感めいたものを感じるに至った経緯と言えるのだろう。私はこの星にこれから生まれていく幾億の生命に対してほんの少しだけ嫉妬を覚えた。しかし、それ以上に目の前の少女に対して愛おしさを感じた。私にとって美醜の根拠はその存在の持つ意志にある。そして、ティアマトの意志は彼女の自嘲とは決して相入れぬ美しさを私に感じさせている。その美しさは出会った時から陰ることを知らず、むしろ輝きを増してさえいる。

 

彼女は母になろうというのだろう。私にはよくわからないことだが、確かに彼女をその子供達に取られてしまうというのは何となく不愉快である。

 

私は自分の中に生まれた独占欲と、純粋な温かい感情から彼女の懇願を受け入れることとした。私は彼女を愛している。ここに間違いはない。

 

星との繋がりを一切持たない私と、星の意志に生み出された彼女との交わりは思いの外情熱的であった。少々の不安こそあったが私のこの肉体には極めて優秀な生殖機能が備わっていたようだった。私は単独生殖は不可能である点を除けば、死ぬことも老いることもないという点で完璧なのかも知れない…それはさておき、私はこの星との繋がりを持たないが、その代わりに私とティアマトとの間に生まれる子供達はこの星をより輝かせてくれるだろう。

 

 

私は心を通わせた愛しい存在を初めて得ることができた。彼女の名前はティアマト。私の番だ。彼女は愛人を認めるというが、果たして彼女のいうアイジンというのは何のことだろうか?時折ティアマトは不思議なことを言う。なにはともあれ、私はこの日に本当の意味でこの星の住人となったのだった。

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