ネタBOX   作:ヤン・デ・レェ

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ライトニングの別口。


「化け物」ヨルムンガンド

 

 

 

 

ココ・ヘクマティアルという女の名を知らない商人はいないだろう。

 

超巨大多国籍企業HCLI社の偉大なる創業者の血を継ぐ長女であり、その才能を優秀な兄以上に御して見せた世界で最も有力な女性と言われる存在だ。

 

弱冠二十歳やそこらの若輩にも関わらず、既に彼女の手が伸びていない主要な市場は存在していないとすら言われている。

 

フットワークの軽さは勿論のこと、兄であるキャスパー・ヘクマティアルよりも早く主要販路の一つの統括を任せられるほどの人間的な魅力と、瞬く間に多大な信頼感と心服感を与えるカリスマに溢れている。

 

国際的な商売人に必須とされる語学の分野では英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語をはじめとした欧米の主要言語は全て現地人クラスの習熟度を誇り、アフリカの全域、東アジアのほぼ全域でも日常会話に支障をきたさない程の才能を開花させている。

 

HCLI社からの役員報酬とは別に、独自に起業した新興企業群の成功により純粋な個人資産の総額は既にビリオネア上位への登壇を許されるほどであり、最近になってはじめた不動産事業や自動車や腕時計を中心とした工業分野、服飾品を中心とした分野への参入では独自のブランドを開拓するなど、成功の枚挙にいとまが無い。

 

彼女個人の最側近とされる凄腕の護衛も超一流が揃っていることが知られており、より一層彼女の実力の高さと人間的優秀さを高めている。

 

しかし、彼女の本業は武器商人であることは周知の第一事実であり、彼女の売った兵器により数多の命が失われうることもまた紛れもない事実である。そのため、彼女の功績の多くは社会の表面上には浮上せず認知度も低い。対照的に、彼女に対する各国の情報組織や関係各所の警戒心は極めて高く、同時に期待感を抱いている存在である。彼女自身が自身のフットワークの軽さを維持するために余分な情報を表に出さないように手回しを徹底していることもまた一因であるが。

 

このように、誰から見ても彼女は完璧である。

 

彼女を阻むものはありとあらゆる手段を持って排除され、彼女は平された覇道を悠々と、優美に闊歩して見せることだろう。

 

彼女は一度だけ表の社会からのインタビューを受けた際に、自身の内面に迫る言葉を零したことがある。

 

質問はこうだ。

 

「世界を引っ張るユースの第一人者とも言うべき貴女に質問があります。貴女が目指す理想の世界とは何ですか?」

 

彼女はひと匙の迷いも、一瞬の逡巡もなく不敵な笑みを浮かべてこう答えた。

 

「私の夢は世界平和と最愛のあの人との甘い結婚生活です。」

 

 

 

それからの1年間、質問をした新聞社は世界を動かす若い才女が世界平和と並べた「最愛のあの人」の存在を探ったものの、ついに徒労に帰すこととなる。

 

 

 

 

世の中には化け物と呼ばれる存在が時折登場する。それは紙面であり、噂であり、恐怖から現れ幻想であることも少なくない。

 

しかし、本当に実態を持った常識外の存在というのもいないわけではないのだ。

 

今の世界には「ライトニング」が実在する。

 

男の本名は1人を除いて知るものはなく、しかして男の成し遂げたものは知っている。男に名声をもたらした最初の舞台は彼の故郷でもあるとされる中東のスラムであった。

 

紛争の激化していた当時のこの地域に事業拡大に邁進していたHCLI社の創業者、海運の巨人、フロイド・ヘクマティアルがコンテナいっぱいの武器と共に降り立った。

 

政府軍とゲリラとの戦闘は一時的にゲリラが油田の営業再開に漕ぎ着けたことでゲリラ側の優位と傾いており、油田の開発のために各国の多国籍企業をはじめとしたキャッシュの投機が開始されていた。許容を超えた投機が破裂する前にと、フロイド氏はその子息子女を連れて政府軍とゲリラの双方を相手に兵器の大バーゲンセールを開いたのである。

 

果たして、二面戦線は大成功を収め、子女であるココ・ヘクマティアルの一時的な家出事件を除けば恙無く次の目的地への旅が始まると思われた。

 

しかし、この時点でフロイド氏の見落としは二つ存在した。一つは政府軍とゲリラとの小競り合いが想定よりも早く拡大、燃え上がったこと。そして、もう一つは生き残りをかけて一人の名もなき孤児の青年が奇跡を起こし得たことだ。

 

船出の用意が完了するよりも早く事態は動いた。自身が政府軍に売りつけた兵器によりコンテナ船が炎上、出航は数百キロ離れた隣国の港を使わざるを得なくなったのだ。さらに不幸なことに、フロイド氏がゲリラ向けに叩き売りした東側の遺産で身を固めたゲリラ部隊と政府軍側の市街地戦闘が勃発してしたのだ。

 

フロイド氏とその子息子女は銃火の雨の中での退避を余儀なくされ、結果的にフロイド氏のみが負傷しつつも護衛に守られながらの脱出に成功。子息子女とは連絡が取れなくなってしまう。退避を成功させたものの、人の親としてフロイド氏が自身の職をこれほど呪ったことは過去も未来も無いだろうと彼はのちに語った。

 

時を同じくして、後にライトニングと呼ばれることになる青年は齢17にして銃火の雨を、文字通り雨を歩く程度の緊張感で疾走していた。飛び交う銃弾は強靭ながら栄養の足りていない彼の肉体を避けるように飛び交い、彼を狙い投げられた手榴弾は一人でに投げた張本人の方へと跳ね返る。丸腰の青年が一人で駆け抜けた戦場の距離は、フロイド氏が護衛に守られながら駆け抜けた距離の3倍近くだったが、かかった時間はフロイド氏の三分の一にも満たなかった。

 

走り抜けた先に見えたものは政府軍部隊に包囲された付近で一番のホテルであった。所々に破壊の爪痕が見えたそこへ向かって、またしても青年は迷いなく飛び込んだ。

 

青年の言葉を借りれば、「勘がココがいると言っていたから」彼は迷いなくそこへと向かったのだ。

 

青年は生まれに恵まれなかったが、それを補い余ある優れた肉体と生命力をもち、孤児の貧相さ故に発揮される機会が少なかった極めて美しい容姿を含む、万人を性別関係なく魅了する魅力に溢れていた。

 

そして、世界に愛されし者にのみ許された運と、運をモノにするために必要な勘を供えていた。

 

全ての要素が一致したこの瞬間、青年は迷いなく伝説の一歩を踏み出したのだ。たとえそれが彼の望みとは裏腹であったとしても…。

 

 

走り出した彼はもはや止まることはなかった。足元に装甲車20mm機関砲が至近で炸裂しても、頬をNATO弾が亜音速で掠っても、青年は止まらなかった。

 

擦り傷や軽傷が積み重なり青年から血という血を奪うよりも早く、彼は崩れた壁をスルスルとクライミングしてみせた。天性の身体能力は国際的な競技の祭典であってもお目にかかれることのない神技であった。

 

窓枠に手をかけて侵入したものの、窓ガラスが散乱した大地は素足の彼にとって耐え難いモノだったがそれはココの元へと向かわない理由にはならなかったらしい。

 

勘というには精度が高すぎる、一種の獣の直感は彼によく馴染み誰に聞かずともココの元へと辿り着いた。

 

「ライト!?どうしてここに来たの!?どうやって!?ねぇ!怪我してるの!何できたの!危ないって知ってるでしょ!!」

 

「…この人が!ココが言ってたライトさんなの?」

 

傷だらけで火を背負いながら現れた青年の姿は到底白馬に跨る王子様には見えなかったが、キャスパーとココの二人にとっては偉大な救世主に見えたに違いない。

 

「ココが泣いてるような気がした。君はお兄ちゃんかな?二人とも、すぐにここから離れよう。大丈夫さ、俺は足が早いから。」

 

青年は二人を抱えるとホテルの裏口を目指した。政府軍の包囲網をまんまと抜け出すと彼らの父親もいると考えられる非戦闘区域へ向けて駆け出した。

 

 

 

「そこのガキ!子供二人を離して地面に伏せろ!!」

 

 

非戦闘区域の境界近くで偵察の兵士に銃を向けられた青年は偵察の兵士の後ろに必死の表情のスーツ姿の男を見つけた。見たことの無い人だったが、自分が両脇に抱いている二人の表情は安堵を示していた。

彼は兵士の指示に従い二人を優しく地面に下ろすと自分は手を後ろに組んでうつ伏せになった。

 

強い衝撃が頭を襲ったのはそのすぐ後だった。

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