ネタBOX   作:ヤン・デ・レェ

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イイトコまで行ったけどなんかしっくりこんかった。


「トグロを巻く竜」ヨルムンガンド

 

 

 

俺は自分が無知であることを十分に熟知している。

 

何故なら、決して望んだことが叶わないことと、望めば叶うことというのは理不尽な法則によって決められているのだと実感してきたからだ。

 

俺の名前はライトマン。ライトマン・バスターブライトだ。俺はいわゆる孤児というやつらしく、俺が暮らしていたスラムの連中に聞いても出身地も両親も俺が物心つく前に戦争で死んでしまったらしいこと以外何もわからなかった。

 

人生の転機は何かと聞かれればそれは今から16、7年前の夏の日差しが照っている日のことだった。

 

周囲の子供達よりも大人びていたり、逞しかった俺は生きる術を人に頼ることなく既に知っていた。語学の才能はあったらしく、周囲の大人たちがごちゃ混ぜに話す言葉はある時から理解できるようになった。

 

その日も昼食を探しに埃っぽい街に出たんだ。最近は紛争が激化してるとかなんとかって話が聞こえて来たが物騒だなぁくらいにしか考えていなかったから多分その時の大通りで俺が一番堂々と闊歩していたんだと思う。

 

視界の端でここらへんでは見かけない全身白尽くめのヤツを見つけたんだ。よく見てみると俺より年下で、迷子なのかぐずっているらしく肉付きのいい頬がほんのり赤く色づいていた。声を上げないように、ギリギリのところで泣くのを耐えているみたいに見えた。

 

俺がここまで育つまでの過程で死ななかったのは両親が死んだ後の赤ん坊の俺を、物乞いの人たちがいい感じに憐んでもらえるようにするための餌として利用価値を見出したからだった。

スラムでの恩人らしい恩人がいたのか覚えていないが、たまたま運がいいことで今まで生きてこれた俺はラッキーなことは大事なことだと思ってる。今の俺の格好は正直かなりひどい、服装はボロボロだし、黒い髪はなるべく頻繁に洗って拾ったナイフを使って切ってはいるが俺の腕前が下手くそなのでボサボサだ。肌の色だってここら辺で一番多い中東系とは違って黄色みがかった色白だし、服装が残念じゃなかったら迷子仲間だと思われたかもしれない。

 

怖がらせるんじゃないかと葛藤したけど、黙って見てるだけなのも嫌な感じだったから声をかけることにした。それに、人間が生きていくには幸運と良心が必要だと思ってる俺からすれば、これは悪くないことだと思ったからだ。誰に恩を売るつもりもないが何が何に繋がるかはわからないからな。

 

「大丈夫か?迷子なのか?」

 

「ッ!?………。」

 

声をかけてみるとびっくりするくらいその子は驚いていた。顔を上げたその子が女の子だとわかって少し緊張する。…俺はそういう免疫がないからな。

 

「ほ、ほら!俺は怖くないぞ!」

 

「…まいごじゃなぃ。」

 

勇気を出して手を広げて見せるとビクッと肩を跳ね上げさせて驚いていた。でもすぐに彼女は顔を背けて迷子じゃないと言った。強がってるように見えたけど、多分迷子だと言われたことが恥ずかしかったんだと思う。

 

「えっ!そーだったのか…じゃあなんでこんなとこに一人でいるんだ?俺みたいなのここら辺は結構多いぞ?」

 

「……。」

 

何か気に触ることを言ってしまったのかとも思ったが、この子を見ると心配になる気持ちが勝った。何も聞かないより、早く親御さんのとこに連れてった方が良さそうだ。この子は俺の人生を振り返ってみても全く記憶にないくらいの美人さんだった。

 

「なんか理由でもあんのか?」

 

「…いえで。」

 

もう一度、口下手な俺はぶっきらぼうに聞いた。彼女曰く、いえで、家出してきたらしい。一人で家出、しかもこんなスラムの近くに、家族と一緒に観光か仕事か…うーんよくわからん。俺は頭を捻ったが、ふと周囲から人が少なくなってきてるのに気づいて嫌な感じがした。俺は勘がいい。少しこの子には我慢してもらおう。

 

「ごめん!ちょっとついてきて!」

 

「えっ!きゃっ!」

 

さっき洗ったばかりの手を、しかし一応念のため自分の服で拭ってから彼女の手を包んだ。この子は手まで真っ白なようで、以前見かけた白いカラスのことを思い出した。真っ黒い連中の中で一羽だけ底抜けに白かったから綺麗だと思ったのを覚えてる。嫌な感じがなくなるまで、彼女の手を引いて走った。

 

 

 

 

彼女は意外と体力があった。弱音も吐かずに俺についてきた。彼女は仕立てのいい真っ白なワンピースとこれまた白くて品のいいツバが広い帽子を被っていた。ほんのりと汗をかいたのかさっきの泣いていた時とは違って耳も真っ赤だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…も、もう大丈夫だ。ごめん、いきなり走って。なんか嫌な感じがしたんだ。」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……うん。きにしないで。」

 

俺たちはこの時初めて真正面からお互いの顔を見たかもしれない。彼女は蒼くて澄みきった瞳をしていた。とっても綺麗だと思った。

 

「そこ、座って休もうぜ。」

 

「…うん。」

 

お互いの息が整ってから彼女を促して最近になってみるようになったデッカい横長の木箱に一緒に座った。

お互い、多分無口な方だったから何も喋らないまま時間が過ぎた。俺はどうして彼女が家出したのか気になったけど、何となく彼女の様子が悲しそうで声をかけられずにいた。

 

「な、なぁ!俺らが座ってるコレってなんなんだろぅな?最近になっていきなり街中で見るようになったんだよな…中身とかってみてもいいかな?こんだけたくさんあるんだから、一個ぐらいダメかな?」

 

「……………。」

 

「なぁ、君は気にならない?実は俺も見たことないんだよ。大人たちが暗くなってから運んでるのは見たことあるけど、開けてるとこは見たことないんだよ…。」

 

話題が何かないかと頭を使っているとちょうど自分が座ってる木箱のことを思い出した。隣に座る、悲しそうな表情のこの子を笑顔にしたくて、できなくても悲しそうな顔は嫌な感じがして、それで考えて話したつもりだった。

 

「…………。」

 

「……。」

 

彼女は俺の話を聞くと肩を震わせた。俺は話題に食いついてくれた!と勘違いしたけど、すぐに彼女の様子がおかしいことに気づいた。

 

「な、なぁ?大丈夫か?涙出てるぞ?」

 

「…ッ…ヒッ…ヒック……うぅぅ…んッ…」

 

「え?な、なんて?」

 

「…めんッ…ご…めん…ごめんなさいッ!」

 

泣いていた。悲しい顔をしてほしくなかったと思った矢先に泣かせてしまった。俺はテンパった。なんだなんだ!おいおい!俺は何を間違ったんだ!?とにかく

混乱状態だった俺は彼女の涙を止めようとした。

 

「えぇ!?だいじょうぶかよ!?どうしたんだよ!いきなり泣き出して、痛かったのか?引っ張る力が強かったのか?」

 

「ごめん!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

「な、なぁ!謝るなって!大丈夫かよ…まずは泣きやめって!ほら!ハンカチ!これは綺麗なやつだから心配すんなよ!ほら!」

 

「ゔぅ…ありがと…ぐす…ぐずっ…」

 

俺が泣くのは悲しい時と痛い時と面白すぎた時だけだ。面白すぎた時に一票入れたい気持ちが強かったが、どう考えても彼女の泣き方は痛い時か悲しい時のものだった。俺にできることはこの前手に入れたまだ新しい目のハンカチで彼女の目元を拭いながら背中を撫でてやるくらいしか出来なかった。小さい声で聞こえた感謝の言葉はすこし嬉しかった。けど、やっぱり無理して言わせたみたいでモヤモヤした。

 

 

しばらくして、彼女は泣き止んだ。涙が枯れたのか、気持ちの昂りが落ち着いたのかはわからない。けれど、あらためて見たときの彼女の瞳はさっきとは違う輝きを放っていた。とても聡い子だと、まともに一度も話せていないのにそう思った。きっとこれも勘に過ぎないんだと思うけど。

 

「…私ね、その箱の中身が何かしってるの…。」

 

彼女はゆっくりと話し始めた。時々嗚咽を挟みながら。ゆっくりと話してくれた彼女の顔は終始真剣だ。話の内容はこうだった。最近になって激化した紛争により多くの武器が必要になった。商人である彼女の父親は、彼女と彼女の兄を連れて大きなコンテナ船でやってきたらしい。今僕たちが座っているこの箱の中にはこれから沢山の人を殺すことになるだろう武器が入っていて、近くの油田の利益と引き換えに大量に購入した武器を持っていることを政府当局にバレないようにするために、俺たちのいるスラムのさらに奥まったとこに運び入れていると言うわけだ。

 

彼女は初めて交渉の場に連れて行かれて、そこで難しいことはわからなかったが恐怖を感じたらしい。好奇心と共に湧きあがった恐怖から逃げるために、そしてその恐ろしいモノを扱う父親や、自分と違って好奇心が勝った彼女の兄にも言い知れない感覚を覚えたのだと言う。そして家出を決心して家族が滞在するホテルから抜け出してがむしゃらに走った結果、気づけば迷子になって俺に出会ったのだと言う。

 

「…あなたは、怖くないの?あなたは、私か怖くないの?嫌いになったりしないの?」

 

彼女は一頻り話し終えるとまたぐずりながら俺に聞いてきた。彼女は自分が普通ではないことを迷子になりながらも知ったと言う。自分は今までなんの不自由も感じたこともない、それこそ衣食住に関しては誰よりも素晴らしいものを提供されているのだと知ったらしい。だが、一方で彼女には同年代の友達もいなければ、ここら辺の、言い方は悪いが彼女と比べても貧しい子達でさえもプライマリースクールに通って学んでいることに対して衝撃を受けたと話した。そして、そこで見た人たちは自分達の平穏な生活が近々壊されることになると知らずに笑顔を浮かべていることにも、聡明な彼女は言い知れない感情を抱いたのだろう。

 

「……俺は、戦争で両親が死んだってこと以外は全く自分のことを知らないんだ。」

 

「……」

 

俺は彼女が繰り返し、何度も聞くものだからゆっくりと言い聞かせるように、なるべく優しい声音を意識して自分の境遇を語ることにした。それと、彼女をどう思ったのかも。彼女は、俺の両親の死が武器を用いた争いによるものだと知るとまるで希望を全て失ったかのような表情をした。やめてくれ、そんな気持ちになって欲しくていったわけじゃないんだ。

 

「…でも!俺は別に君のことをどうしようとか、嫌なやつだとか思ったりしないし、感じなかったよ。」

 

「ど、どうしてっ!あなたのお母さんやお父さんが死んじゃったのは私のお父さんみたいな人が武器をここの人たちに売ったせいでしょ!貴方が一人ぼっちになっちゃったのに、私には家族がいるのよ!」

 

「でも、今の君はひとりぼっちじゃないか!」

 

「……ッ!?」

 

「俺は説教がしたいわけでもないし、君の気持ちをこれっぽっちもわからないと思う。けどね、俺だって幸運なことにこうして生きているわけで、それはなぜかと言ったら誰かか助けてくれることもあったからだと思うんだ。ここはスラムだし、友達と言える存在も俺は持っちゃいない。でも、俺みたいに笑ったり、泣いたりする人たちが周りにはいるんだ。君の周りにもいるかもしれないけど、流石にその日暮らしってわけじゃないだろうし…ともかく、そんなことよりも君は今、酷く寂しいんだろ?君の周りの、昨日まで頼り甲斐のある大人だと思ってた人たちが化け物に見えて怖くて堪らないんだ。」

 

俺は彼女の心の中身を見るなんてことはできない。けど、自分なりに彼女の表情を見て思ったことや感じたことを伝えることにした。きっと、今そうしなくちゃならないんだと思う。自分は今までラッキーだった。痛い思いもしたし、悲しい思いもしたけど、ラッキーなことに今はその日暮しなりに楽しく生きている。この子はまだまだちっちゃくて、だから必死なんだと思う。俺みたいに最初から何もないんじゃなくて、彼女は逆に失いたくないものがたくさんあるだろう。だから少しだけ、ほんの少しだけ彼女のことをわかったような口を聞くことにした。

 

「大丈夫。俺は君のことを嫌いになんかならないよ。怖いとも思わないよ。確かに、君が怖いと思ったコレは俺の顔も知らない父さんと母さんの命を奪ったものと同じようなものだろうさ。けどね、それは偶々なのさ。本当に、運が悪かったのさ。だってそんなに運が悪くても俺はこうして生きてるだろう?運が悪いなりに、運が良い思いもすることがあるんだ。君はきっと、人々が逃げられないような恐怖から襲われることに強い哀れみを感じたんだろう?そして、自分が顔を見た人たちが、知ってしまった人たちからお前のせいだと指をさされるのが怖くなったんだね。」

 

彼女はじっと俺の話を聞いていた。俺は彼女がもう泣いていないことを知っていたけれど、もう少し、彼女の背を押してあげたくて、お節介なことを話した。

 

「君はとっても怖かったのだろう?でも、君は逃げなかったじゃないか。君はただ、自分は子供だから悪くないと、そう言えばよかったのに。でも、君は逃げなかった。君は本当に優しくて、そして賢い。僕なんかよりずっと立派さ。きっといつか大きなことだって成し遂げられると思うよ。」

 

俺は一度言葉を切ってから彼女の手を取った。俺はこの時すっかり彼女のことが好きになっていたんだと思う。その時その時の気分で生きているようなバカだったから、だから次に言った言葉もスラスラと出てきたんだと思う。

 

「…今日、俺と君が出会ったのも何かの運なのさ…もう二度と会うことがなかったとしても俺は君の味方だ。俺はきっとこれからもこうしてのほほんと生きていくだろうから、何かあったら俺に話してくれれば良い。」

 

言い切ってから少し恥ずかしいことを言ったのだと気づいた俺は彼女の手を離した。手を離す時、彼女の口からか細く残念そうな声が聞こえた気がしたが、今はあらためて彼女のこれからのことを考える方が大事だった。彼女は耳まで赤かった。

 

「さて、君はこれからどうするの?ホテルから家出してきたってくらいだからね、そのホテルってどこら辺かな?俺にできるのは近くまで連れてってあげることくらいなんだけどね、ほら俺の格好じゃあホテルに入れてもらえないからさ。」

 

 

彼女は中々帰ろうとはせず、彼女のことを気に入っていた俺も一緒にいられるのは嬉しかったので色々な話をした。家族のことや自分の暮らしぶりのこと、彼女は俺よりもずっと幼いのに綺麗な英語でスラスラとわかりやすく話した。俺はいちいち脇道に逸れながらも我流の英語でカラフルに話した。周囲の大人も子供も長すぎると腹を立てる俺の話を聞く彼女は心底楽しそうで俺は驚いたけど、驚きの何十倍も嬉しかった。

 

彼女は双子ではないけど瓜二つの兄と共に大きなコンテナ船の上で生まれたらしい。だから自分の故郷を持っていないのだと言う。ここら辺にも故郷を失ったんだと話す奴がいるよ、と言うと彼女は自分は初めからないのだと語った。

 

彼女の家は大層な金持ちらしく、でも何処かに定住することは少ないらしい。彼女はまだ片手で足りる年齢なのに酷く大人びていて、さっきまでの取り乱しぶりが嘘みたいだった。生まれてすぐに大人にならなきゃ生きていけないスラムでさえ、彼女と同じ年齢でこれほど聡いヤツはいない。環境もあるのかもしれないけど、彼女が優秀なことを改めて実感した。

 

彼女は学校に行く予定もないらしい。父親や自分より先に勉強を教えてもらった兄、父親の部下の大人たちにいろいろなことを教えてもらっているらしい。仕事の合間に学問を教えてくれる父親には口癖があると言うが、彼女が教えてくれた父親の口癖はとても幼い彼女に話すには重いものだと思った。でも、確かに商人というのは扱うものに関わらずそう言った格言や心構えが必要なのだと思った。

 

固い木箱に座るのが苦になるくらい話し込んだ頃、彼女は漸く「自分で帰れるから」と言って顔をほんのり赤くしたままに小走りで元来た時のような人混みの中に紛れて行ってしまった。マイペースな子だと思った。でも、最初に会った時よりもずっと綺麗に見えたから、さっき一緒に話し込んでいた時の彼女が本当の姿なんだと思う。

 

帰り際、俺の名前を聞かれたからキメ顔(のつもりの笑顔)で「ライトマン・バスターブライト」と答えた。自分で考えた最高にカッコいい名前だ。どうだ!と胸を張ったが、彼女は赤い顔を背けてすぐに走り出してまった。

 

か細い声で聞こえた「ココ」という名前は彼女の可愛らしい容姿にも、聡明な性格にもあっていてとてもいい名前だと思った。きっと聞こえてないと分かりつつ、俺は彼女の背に「またな」と叫んだ。なんとなくまた会いそうな気がした。俺の勘はよく当たるんだ。

 

 

そして、俺の勘は当たることになり、俺とココは再会した。彼女との再会が俺の運命を変えることになろうとはこの時の俺は思いもしなかった、

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