実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第一一話 "四月二週" 月に照らされる道の中で、キミに誓う。

                四月二週

 

 

「つー訳で、スタメンを発表する。ウチは時期が大分速いけど、勿論不調とかだったら随時選手は変えてくから油断すんなよ」

「了解でやんすー」

「……うん、分かった」

 

 放課後、皆が集まってから俺はスタメンを発表する。

 昨日の夜一時まで考えて練りに練ったスタメンだ。これを念頭に置いて各自しっかりメニュー組んでやらねぇとな。

 

「一番ショート矢部」

「はい、でやんす!」

「二番セカンド新垣」

「了解」

「三番キャッチャー俺」

「まあ当然だね」

「ああ、四番ライト友沢」

「ん」

「五番サード東條」

「……初試合はこの打順と守備位置か、了解した」

「六番センター進」

「はいっ! 頑張ります!」

「七番ファースト一ノ瀬」

「……っ!!」

 

 その打順を口にした瞬間、一ノ瀬がぴくんと肩を動かすのがみえた。

 ……まあ、仕方ないか。エースにこだわってたしな。それがエースどころかファーストだ。ショックを受けて当然だろう。

 

「一ノ瀬は打撃もセンスがある。控えとしてただ置いとくのは勿体無いからな。んじゃ続き発表するぞ」

「了解でやんす」

「八番レフト明石」

「了解だー」

「九番ピッチャー早川」

「……っ、う、うんっ!!」

「よし、以上だ。質問は……あるよな。一ノ瀬」

「ああ……教えてくれないか? 何故僕がエースでなく……ファーストなのか」

「ああ、分かった」

 

 一ノ瀬の疑問はもっともだし、しっかり説明してやらねーと一ノ瀬も納得できないだろうからな。

 

「まぁファーストに置いたのはさっき説明したとおり、一ノ瀬は打撃にもセンスがあるからだ。何故先発じゃないかというのは――状況を考えたときに、だ」

「……状況?」

「そうだ。正直に言って早川と一ノ瀬の実力を考えた時に総合して一緒くらいじゃねーかな、って思った。……そんでもって、そうなった時にまっさき思い浮かんだのがそれだ」

「例えばどんな状況だ?」

「九回裏、一アウト三塁。一点でも点が入れば向こうの勝ち、ってなったときにこっちが取れる行動に差が出るんだよ」

 

 俺は地面に樹の枝でベースを書きながら説明する。

 こうして図が合った方が想像もしやすいだろうしな。

 

「打ち取る能力に差が無かったとしても、やっぱり打ちとり方には差が出る。早川は基本打たせて取るタイプで、一ノ瀬は三振を多く取れるタイプだ」

 

 ガリガリ、と図を書きながらゴロを打たせた場合のランナーの動きやら守備の動きやらを説明する。

 全員それを感心したようにふむふむ、と覗き込みながら頷いた。

 ここまでは全員説明の意味を分かってくれてるみたいだな。

 

「こういう場面に登板となった時、ゆるいゴロでも打たれればまず三塁ランナーはホームインするよな。それを防ぐためにはリスキーな前進守備が必須になる。前進守備っつーのは確かに取ったときに素早く本塁にボールを返せるが、ヒットゾーンは広くなっちまう。そういうことを考えたときに三振を取れる投手を投入する為に一ノ瀬はファーストにいて欲しい」

「つまり……クローザーに……抑えになれ、ってことかい?」

「そういうことだ」

 

 否定せずに一ノ瀬の言葉に頷く。

 早川にも一ノ瀬にもまだ完投する能力はない。どちらかが七回近くを投げ切り、残りの回をもう一人で投げる――厳しい夏の大会もこうすれば疲れが大きく累積することなく切り抜けることが出来るはずだ。

 一人一人が全力を出さないと名門には絶対に敵わない。俺達が出来るチーム編成のベストで挑まないとな。

 

「……分かった。ただ大会中でも早川さんが情けない成績を残したら、僕は先発をやるよ?」

「ああ、頼む」

「うん」

 

 一ノ瀬が頷いてくれる。よし、これで一番も問題の投手関係は解決できたかな。

 各自も役割を分かってくれたみたいでいい顔つきになってるな。うし、んじゃそういうことで始めるか。

 

「レギュラーに呼ばれなかった奴らもベンチ入りだからな。赤坂は代打、三輪、石嶺は守備で入ることもあるからしっかり準備しといてくれよ。状態がよさそうだったらスタメンにするかもしんねーからな」

「わかってるさー」

「ああー、任せとけー」

「よし、んじゃ、早川、投球練習するぞ」

「うん」

 

 ……あれ? エースに指名したっていうのにイマイチテンションが低いような。

 どうしたんだろ。それともテンション低いのは俺の気のせいか? ……一ノ瀬の前で喜ぶのはマズイとか想ってんのかも。早川ってそういうやつだからな……うし、ブルペン入ってから話しかけるか。

 一緒に歩きながらブルペンへと入る。

 早川はボールを持って二、三度グローブを叩いた後、小さな声でもういいよ、とだけつぶやいた。

 

「……早川?」

「……なに?」

 

 何かを隠しているのか、早川は俺と目を合わせずに素っ気なくつぶやく。

 どうしたってんだよ一体……俺なんかしたっけか……?

 

「エースだぞ。嬉しくないのか?」

「……嬉しいに決まってるよ。でも、なんだか辛いんだ。……ねぇパワプロくん、ボクはね、エースになれないことより……パワプロくんに長い回、球を受けてもらえないのが辛かったんだ」

 

 ――そのセリフは、どれだけ俺の心に響いただろう。

 な、なんだこの感覚……胸を鷲掴まれるような、そんな感じは。

 瞳をうるませて俺を見つめる早川。

 その瞳を凝視することができずに俺は視線を落とす。

 バカか俺は、ときめいてる場合じゃねぇって。早川は真剣な話をしてんだぞ。それなのに俺がこんな反応してたら早川が気にするじゃねぇか。落ち着け俺。

 

「……そんで?」

「一ノ瀬くんはエースにあんなにもこだわってるのに、ボクがこだわってるのはキャッチャーだけ……それなのにエースになっちゃって、一ノ瀬くんに悪くないかなって」

「……そっか。でも、それは違うぞ。早川」

「違う……?」

「ああ、そうだ」

 

 俺は自分を落ち着けるために深呼吸をしつつ、俺は早川の顔を見る。

 大丈夫だ。野球の事を第一に考えていれば早川の顔を照れずに見れるぞ。

 

「一ノ瀬だって多分同じだよ。こんな事言うと自意識過剰だけど、あいつは俺に受けてもらいたくて此処に来たんだ」

「……パワプロくんに受けてもらいたくて?」

「ああ、あかつきで俺を成長させてくれたのは一ノ瀬だったんだよ」

「そ、そーなの?」

「そうだ。猪狩は入学して早速三年のレギュラーの先輩相手に投げてたよ。俺はその時はまだ期待すらされてなかったからな。球ひろいとか適当な投手の壁役とかだった。……その時に俺を指名してくれたのが、猪狩と一緒でエースになると期待されてた一ノ瀬だったんだ」

「……だから……」

「一ノ瀬は俺を成長させたという自負があるだろうし、俺相手に成長したっつー自負も多少なりともあるだろ。だから此処を選んだんだって想ってる。な? 早川と理由は一緒さ」

 

 ちょっと自分でも自意識過剰だと思うけど、まあ早川を元気づける為だし仕方ないよな。

 と思っていると、早川はまだ目をうるませたまましゅん、と頭を垂れてしまった。ええい、一体どうしたっつーんだよ。

 

「それでもやっぱりボクよりエースになりたがってるから……」

 

 俯いたままポツリと呟く早川。

 ……新垣に聞いた"早川達女性選手がチームから追い出された過去"。それが未だに早川の奥底に刻みつけられてるのだろうか。

 そんなに卑屈になること無いんだぜ。早川。だってさ……。

 

「早川は頑張ってんじゃねぇか」

「……ふぇ?」

「確かにエースへの想いは一ノ瀬のが強いかもしんねぇ。でも――頑張ってんのはお前じゃねぇか」

「……そ、それは、そう、だけど」

「理由はきっと色々あるだろうぜ? エースは格好いいから、エースはプロの目に止まりやすいからとかさ。……重要なのは、そのポジションに付ける能力があるか。そのポジションに付くために努力してるか、じゃねぇのかな」

 

 そうさ。早川は頑張ってる。

 秋大会を休んでから毎日走りこみしてるし、フォームを定着させるためにシャドーピッチングなんか休み時間とか学校の休憩時間でもやってた。

 チューブトレも欠かさずやったし、たまに誘われて猪狩スポーツジムに一緒に行ったことまである。つーか今でも月二くらいで連れてかれるし。

 そんなに頑張ってる人間に文句なんてある訳が無いだろ。

 

「お前頑張ってんじゃねぇか。それはお前の相棒である俺が一番知ってんだよ」

 

 言いながら俺は早川の肩を掴む。

 早川はひえっ、と小さく声をだして驚いた表情を俺に見せるがそれでも俺は止まらない。此処は想ってることを一気に伝えなきゃ駄目だ。

 そうじゃなきゃ早川の不安はおそらく振り払えない。

 

「そんなに頑張ってる奴に文句なんか有る訳ねーだろ! 俺も、チームの皆も! むしろエースというポジションにこだわってた訳じゃないのにあれだけ努力出来るのが凄いぜ!」

「う、ぅ」

「一ノ瀬も文句なんか言ってない。それはお前が如何に頑張って来たか想像が付くからだ。あいつ自身も勿論復帰の為に死に物狂いで努力してきた。だからこそ悔しいし、理由を思わず聞いちまうさ。でもな、出た結果に文句なんか言ってない。いつかそのポジションを奪ってやるって一層努力するだけだ」

「……うん……」

「だからお前も迷ってちゃだめなんだよ。エースに選ばれたなら負けないように頑張ればいい。チーム内のことだけじゃない。他のチームの誰のエースにも負けないように」

「……そう、だね」

「ああ、そうだよ。……悩む事なんかねぇさ。お前は――俺が……いや、違うな、俺達が誇って先発のマウンドに出せる、立派なチームの柱なんだからさ」

 

 ぽん、と早川の頭に手を置いて俺はその頭をぐりぐりと撫でる。

 くすぐったそうに身をすくめるが、それを振り払う事なく早川は小声で「ありがとう」と呟いてくれた。

 ……ああ、そうだ。俺は知っている。

 この華奢な体な早川がエースの座に恥じないようにどれだけの努力をしていたか。

 だからこそ俺は迷わずにああいう作戦を取れるために一ノ瀬をリリーフに回そうとできたんだ。それはひとえに――早川が、頑張っていたから。

 

「うし、んじゃ、投球練習しようぜ」

「うん。……でも、ボクが努力出来たのは当然かも知れないね」

「ん?」

「……ボクにはパワプロくんがいたから。……パワプロくんに、頑張っているところを見て欲しかったんだよ。ボクのために頑張ってくれたパワプロくんのために、ボクを必死で野球に誘って、こんなに楽しい目に合わせてくれたパワプロくんに――見て欲しかった」

「……っ」

 

 早川のセリフに、俺はバッと顔を背ける。

 う、く、な、なんだよ。いきなり。どうしたんだ早川の奴。これじゃまるで――。

 

「ボクね。パワプロくんにこれからも見て欲しい。ボクのことを――ずっと」

 

 ――告白、みたいじゃないか……?

 早川の顔に朱がさす。

 や、ばい。だ、ダメだ。今練習中だぞ? こんな空気になったら絶対にやばいだろっ!

 それでも早川は止まらない。……いや、止まれないのか。

 意を決したように早川は視線を俺と合わせ、大きく息を吸い込んで――。

 

「……あの、パワプロくん、そ、その。だから……」

「ぅ、わっ、ちょ、は、早川、待ってくれっ」

 

 慌ててその言葉を俺は遮る。ヘタレ? なんとでも言え!

 今は駄目だ。今は練習中、変な空気になってるのが見つかったら言い訳のしようもない。新チームとして発足したばっかの今日、いきなりキャプテンがそんな空気作ってたらチームがガタガタになるっ!

 

「っ……そ、そうだよね。ごめん。ボク……な、何、言おうとして……」

 

 早川の目がうるうるうる、と涙に染まってくる。

 そんな顔をさせたいんじゃない。俺だってその続きを今此処で聞いてしまいたいぜ。でも、今此処はそういう事をする場所じゃないんだ。だから――。

 

「……練習終わってから、待っててくんねぇか」

「れ、練習、終わってから?」

「ああ、いつも自主練してるのを今日は切り上げて帰る。待っててくれないか?」

「い、いいけど……いつも家帰ってシャドーピッチングしてるだけだし……でも、いいの?」

「ああ、大丈夫だ。良かったぜ。悪い、ちょっと明日の予定に差し支えるかも知んないけど。明日は土曜だし何とかなると思う。……つ、続きは、その時な」

「……分かった」

 

 俺の言葉にこくん、と頷いて、早川は表情を切り替える。

 うん、流石の切り替えの速さだ。早川のいいところだな。真剣にやる所は真剣にやる、しっかりとスイッチの切替が出来るのは良い事だ。

 だから、俺も切り替えないと……顔を赤くしてる場合じゃねーぞ。

 

「……うし、んじゃストレートから五球ずつ!」

「うん!」

 

 ブルペンに座って早川の投球を受ける。

 ……練習中、俺は早川のセリフを頭の隅に追いやって練習に励んだのだった。

 

 

 

 ブルペンの後はケースノックをやり、次には体幹補強練習である腹筋背筋を二十回、十セットずつ。

 その後ケースバッティングをみっちりとやった後連携プレーの練習をやって終了となる。

 部員が増えてランナー役も出来るようになったし、ありがたい事だぜ。

 そうこうして練習が終わる頃にはとっぷり日もくれて解散となる。時刻は夜七時――今日はむしろちょっと早めに終わった方だ。

 グラウンド整備をし挨拶をして解散、その後残る奴は残って自主練に励む訳だが……今日はそれをやるよりヤボ用が残ってるからな。

 薄暗いベンチで着替えをする。

 珍しく制服姿で俺は自主練をする友沢と東條に手を振り別れてグラウンドの外に出る。

 そこに、早川が立っていた。

 緊張した面持ちでカバンを持って佇んでいる早川。

 月明かりに照らされ、髪の毛はキラキラと輝き、その整った容姿は緊張からか僅かに強ばっている。

 

「……パワプロくん」

「…………ん、ここじゃなんだし、河原にでも行こうぜ」

「そうだね……」

 

 早川と俺は目をあわせないまま、河原へと向かう。

 早川の家の途中、東條と出会ったあの河原。

 二人して河原に降りて川を見つめながら、少し時間が経つ。

 ザザザザ、と流れる水の音と吹く風が心地良い。いつもならそんなことは感じないのに、俺も緊張しているからかやけにその音が生々しく聞こえる。

 

「……ボクね。野球を辞めようと想ってた」

 

 どちらからも声をかけられないまま暫くして……ぽつり、と早川が言葉を漏らした。

 ……出会った頃の話、だろうか。

 

「一人でマウンドをつくって練習してたくせに、心の何処かでは諦めてたんだ。シニアでやっていた時、ボクのカーブも取れない癖に女だからレギュラーになれてズルイって言われて、あかりも幸子も野球を辞めるっていって離れてしまって……」

 

 高木幸子に新垣あかり、そして早川あおい。

 三人の過去は新垣に詳しく聞いたから知っている。監督の贔屓からチームが崩壊しそうになり、そのチームから抜けざるを得なくなった過去も聞いた。

 

「だから練習しながらも、次に幸子がソフトボールに誘いにきたらそっちに入ろうって想ってた。……でも、パワプロくんが来て……ボクを野球に誘ってくれたよね」

「……そうだったな」

 

 早川がやっとこっちを見て、懐かしそうにくすりと笑う。

 そうか、もう一年も前の事になるのか。

 俺にとっては昨日のことのように思い出せる事。それが一年前の話だと言われるとなんだか嘘のようで、時の流れの速さを実感する。

 

「幸子を打ち取る三打席勝負をしたよね? ……あの時、一人じゃ絶対に打たれると想ってた。そうしたら、パワプロくんが来てくれたよね……野球部にはボクが必要だっていってくれて」

「そりゃそうだろ。エース候補をみすみす逃す訳にはいかねーよ」

「……うん、その時になんて凄いんだろうと想った、ノーデータで幸子を三打席も抑えるなんて、って」

「あはは、ノーデータじゃねーよ。彩乃からプロフィール聞いてたんだ」

「やっぱり? そうだと想ったよ」

「当たり前だ。捕手なのにノーデータであんな大胆な勝負するかよ」

「うん。だよね。……それでも、ちゃんとボクをチームに入れてくれて……女性選手だから、まだその時の規則じゃ試合には出れないのに、パワプロくんは絶対に出すって啖呵切って……」

「その件については加藤先生のお手柄だよ。俺がしたのは試合で勝てるように頑張っただけだ」

「それでも、それが凄いんだよ。パワプロくんがあそこで諦めなかったから、必死で頑張ってくれたから、ボクやあかり……それだけじゃない、全国の野球少女に路を開くことができたんだから」

「そ、そう言われると照れるな」

 

 がしがし、と頭を掻きながら一年程前の光景を思い浮かべる。

 あの時は必死だったな。確かに。……早川のために、早川をマウンドに立たせてやりたくて――俺は必死だったんだ。

 

「思えば、あの時からだったのかな」

 

 早川が俺の方に向き直る。

 目には決意が浮かんでいて、俺が簡単な覚悟で口を挟めるような雰囲気じゃなかった。

 意を決したように早川は息を大きく吸って、ぐっと体に力を込める。

 ――そして。

 

 

「ボク、パワプロくんのことが好きっ」

 

 

 小さいけれど、しっかりと俺には聞こえる声で、力強く早川は言い切った。

 ……この雰囲気になってからずっと予想してたセリフだが、それでもそのセリフは俺の心臓に早鐘を打たせる。

 本当にこの眼の前に居る可愛い女の子が自分のことを好きだなんていってくれたのかと、もう一度聞き返したい衝動に駆られるがそれをぐっと我慢して俺は早川から目をそらさずに見つめた。

 

「だから、ボク、と、ボクとっ……」

「……俺も、好きだよ、早川の事」

「ふ、ぇ……」

「俺もきっと、多分去年の夏前くらいから惹かれてたと思う。その気持ちが好きってことに気づいたのが早川に言われてからっていうんだから笑える話だけどな」

 

 そう、なんだよな。

 俺も早川のことが好きなんだ。

 その気持ちに気づけなかっただけで俺は早川に惹かれている。いや、とっくの昔に惹かれていたんだろう。

 

「……だから、その続きは俺に言わせて欲しい」

「ふぁ、う、うん、うんっ……!」

「……ただ、甲子園に行けたら……な」

「え……? 甲子園、に?」

「そうだ。……俺は自分が早川のような凄い奴に相応しいとは思えない」

「そ、そんなことっ……!」

「だから、甲子園に行けたら、俺からお前に伝える。……だから、待っててくんねぇか。それまで」

 

 俺の一方的なわがまま。

 早川はそれを受けて、少し考えるように目を瞑る。

 まだ俺は猪狩に勝ってない。それなのに早川と恋人になりました、なんていったら猪狩に笑われちまう。

 勝って甲子園にいってから――そうじゃないと俺は自分に納得ができないし、自分が早川あおいという甲子園に行けるピッチャーに応えることが出来たとも思えないんだ。

 甲子園に行けたら――その時は、俺から伝えよう。

 

 恋人になってくれ、と。

 

 早川は、うん、と小さな声で納得するように頷いて。

 

「分かった。後三ヶ月くらいだね」

「三ヶ月?」

「うん、今年甲子園に行けばすぐパワプロくんが伝えてくれるんでしょ?」

 

 にこ、と笑って早川が空を見る。

 釣られて俺も空を見上げた。

 ここらへんは少し田舎だからか空には星が沢山視える。勿論満面という訳には行かないけれど、それでも都会に比べたら多い方だろう。

 

「そう、だな。ああ、今年甲子園に行けたら――その時は伝えるよ」

「じゃあこの夏に行こう。甲子園。頑張らなきゃ行けない理由が増えちゃったな。頑張らなきゃ」

 

 とたっ、と早川が川を背にして二、三歩前に歩き出る。

 そして彼女はこちらに振り向いて俺にとびきりの笑顔を見せてくれた。

 その顔は心なしか嬉しそうだ。想いを伝えれた上に俺に好きって言われた事が嬉しいのかもな。

 

「ほら、帰ろうよパワプロくん。速くしないと置いてっちゃうよ?」

「……待てって。そんな慌てんなよ」

 

 早川の手を掴む。

 ここから先やろうとしている行動は俺の独りよがりなもの。つーか、自分で恋人になるのを甲子園に行ってから、なんつって止めたくせに何やろうとしてんだ俺は。

 ……お互い好きあってるならしょうがない、のかもしんないな。まだ恋人じゃなくてもさ。

 そんな言い訳をする自分に苦笑しながら、「きゃっ」と可愛らしい声を上げた早川の腕をぐいっと自分の方向に引き寄せて抱き止める。

 少し乱暴にしてしまったことで後悔がよぎるも俺は止まらない。

 顔を赤らめて不思議そうに俺を見上げる早川の顔。

 そして、俺は――

 

 ――――。

 

 ……。

 …………。

 

「…………ン……ぅ……は、ふ……」

「…………は、ぁ……。……」

「……い、いきなりは、ずるい……」

「わ、悪かった……」

「……ううー……感触とか味とか覚えておきたかったのにーっ、あかりに自慢したかったのにーっ」

「おま、そんな邪なことを考えてたのかよ……味くらいなら残ってんじゃねぇか?」

「うう、だってそういう事考えておかないと照れちゃって……、……舌で確かめてみる……、ん、……塩辛い……」

「部活帰りだしなぁ……顔洗ったんだけどやっぱダメか」

「予想ではもっと甘いと想ってたんだけど……それに急にするのはやっぱりずるいよ」

「悪かったって……どうすりゃ許してくれる?」

「……もう一度……してくれたら」

「…………分かったけど、"まだ"恋人じゃないのに良いのか?」

「ダメだけど……今だけ、特別だよ」

 

 ……甲子園に行かなきゃいけない理由が一つ増えちまったぜ。明日からもっともっと野球を頑張らねぇと、な。

 早川と二人して歩道への階段を登り、歩き始める。

 月に照らされる道を――しっかりと手を繋いだまま。


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