実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

14 / 58
第一二話 "六月二週~七月一週" 夏の開幕・逆襲の始まり vs帝王実業

                  六月二週

 

 

 

 総合体育館。

 球児たちが集まるこの季節――そう、今年もまた、クジ引きの日がやってきた。

 総勢十二人の俺達恋恋高校野球部もクジ引きの為にこの会場までやってきたわけだ。

 

「相変わらず人多いね」

「ああまあ参加校の部員全員が来てる訳だからな」

「うーむ、しかし……去年よりは落ち着いてみてられるでやんすね」

「そうだな。でも今年も言う事は変わんねぇさ。甲子園行くぞ」

 

 周りに居た他校の数人が驚くような目でこちらを見る。

 はは、流石に去年みたいに相手を宣言した訳じゃないから大騒ぎにはなんねーか。

 

「……お出ましだぞ、パワプロ」

「東條? どこがだ?」

「ふ、昨年の俺達の敵か。お前は特にそうだろう?」

「……帝王実業」

 

 先頭に立つはエース山口。そしてその直ぐ後ろに立つ軽薄そうな男――蛇島桐人。

 後ろにいた進が息を呑んだ。誘いを蹴ってこっちに入ってきた訳だから思うところはあるんだろうな。

 俺も右肩を痛めたときの事を思い出す。

 ……あの時とはチーム状況も何もかも違う。見てろよ帝王。今度は負けねぇからな。

 そしてざわっ! と会場がどよめく。

 お、こんだけ会場を賑わすということは到着したのか。

 なぁ、二百イニングス連続無失点で春夏連覇の立役者、歴代史上最高の怪物左腕と評される男――。

 

 猪狩、守。

 

 悠然と姿を表したのははやりあかつき大付属。

 その先頭に立つ男。澄ました顔に茶の髪。弟とは似ても似つかぬ勝気な瞳に自信満々のその表情。それら全てが俺の闘争心に火をつける。

 

「……ん」

 

 そして、その闘争心は相手にも伝わった。

 猪狩はこちらに目を向ける。

 普段のあいつなら気付かなかったフリでもして、そのまままっすぐ会場入りするんだろうが今日は違った。

 俺に、近づいてくる。

 俺の前で立ち止まり、猪狩はその瞳に俺を捉えた。

 周りがざわつく。

 早川はあっけに取られて反応できないし、矢部くんはパクパクと口を動かし何か言おうとしているが言えずに居る。新垣はえ? え? と不思議そうに猪狩を見つめ、東條を片目をつむって猪狩を捉え、友沢は我関せずといった様子で耳につけたイヤフォンで音楽を聞いているようだ。後ろに居る進は小さく兄さん、と声を漏らして押し黙った。

 

「……ボクは栄光の道を突き進んだ」

 

 猪狩は言葉をポツリと漏らす。

 春夏連続全試合完封。おそらくこの記録はこの先誰にも破られない猪狩守だけの記録。そしてまた春夏連覇も猪狩の言う栄光の道、というものなのだろう。

 

「ああ、だろうな」

「――だが、その道に無くてはならないモノが無かったんだ」

 

 俺が答えると、猪狩は俺から目を外さないままじっと俺を見つめ続ける。

 負けじと俺も猪狩を目から離さない。

 猪狩の目には闘志が宿っている。俺から放たれた闘争心を身に受けて猪狩の中のライバル心も燃え上がったのか。

 

「分かるだろう。お前だ。パワプロ――」

「猪狩」

「お前がボクの前に立ちふさがらなかった。それだけでボクにとっては手にした栄光すらも不完全なモノに思える。超えるべき壁が無かったような、そんな喪失感だ。お前を倒した帝王実業を倒しても尚、不完全だったんだっ……!」

「……」

「秋の大会もだ。ボクは待っていた。お前が上がってくるのを――! だが、お前達は不参加だった。お前はいつまでボクを待たすつもりだ? それともパワプロ、お前はボクと戦う土俵にすら上がれないのか!?」

「この夏だ」

 

 猪狩から浴びせられる言葉を受け止めて、俺は言葉を返す。

 そうさ。俺もお前も分かってんだ。

 目の前に立つライバル――そいつをぶっ倒して甲子園に行き、そこで優勝しないと本当の全国制覇にゃならねぇってことがな!

 

「この夏戦(や)る。絶対にお前を打ち砕いて――甲子園に行くのは俺達だ!」

「……ふふ、あははははっ! そうだな。パワプロ、お前がボクをこれ以上待たすハズが無かった……。すまない、ボクとしたことが少々焦っていたようだ」

「気にすんな。俺も待たせすぎたと思ってたところだ」

「ボクは今年も勝ち上がる。どこでぶつかるか分からないが――お前を倒すのは僕達あかつき大付属だ」

「悪いな猪狩、今年は誰にも倒される予定は無いんだ。その言葉をそっくりそのまま返すぜ。お前の率いるあかつき大付属を倒すのは俺達恋恋だぜ!」

「……やってみろ。パワプロ」

「そっちこそやってみやがれ、猪狩」

 

 言葉をぶつけ合い、猪狩は満足気に踵を返しあかつき大付属の面々の待つ場所に戻って行く。

 ――だが、満足はできてない。分かるぜ猪狩。闘争心がバリンバリンに溢れ出てることがよ。

 

「す、凄いでやんす。あのプリンスに堂々ライバル宣言でやんすか」

「すごいって言われるのは実際に倒してからだ。……いくぞ!」

「うん!」

「ああ」

「分かってるわよ」

「……ああ」

「やんす!」

 

 全員で会場に入る。

 相変わらず薄暗い中で、俺達は開いている場所を見つけてそこに座った。

 昨年と全く変わらない風景、角度は微妙に違うけど中の空気は一緒だ。

 今年のシード枠はあかつき大付属、帝王実業、パワフル高校に聖タチバナだ。

 

「みずき達シードに入ったんだ!」

「ああ、秋大会でベスト4に入ったからな。相手さんも成長してるってことだ。……でも、きっと一番成長してんのは俺達だ。行こうぜ。甲子園」

 

 全員が頷くのを見て俺は満足し、舞台に目を戻す。

 それとほぼ同時、電灯が消えて流れだす"栄冠は君に輝く"。昨年と全く同じ光景だが確かに違う。

 さあ、クジ引きが始まる。

 

「今日のクジ引きは何番目でやんすか?」

「喜べ、二番だ」

「番号はじめのほうだね」

「ああ、さっさと終わるからありがたいだろ?」

 

 笑いながらクジ引きのためにさっさと舞台へと向かう。

 ずらりと並ぶ高校の数のトーナメント表。

 一番のブロードバンドハイスクールがクジ引きを終わり、次は俺達の番だ。

 ごそり、とカゴに手を突っ込んでクジを抜く。

 

『恋恋高校――九八番!!』

 

 九八番。

 舞台から降り、座席に戻ってトーナメント表を確認する。

 九六が確か帝王実業。だから九八番っつーと九七番と当たる訳だから……。

 

「……一勝すれば因縁の帝王大学か。凄いくじ運だな」

「去年を思い出すでやんすね。去年の夏も二回戦で帝王にコールド負けでやんす」

「パワプロさんがケガした試合ですね……」

「僕も見てたよ。……蛇島のラフプレーだ。怒れるプレーだったね」

「はは、安心しろ。やられた分はしっかりやり返す質だからな、俺は。――今年はコールドし返すぞ」

 

 静かに全員が頷く。

 全員気後れはしてない。目指すはてっぺん――そう分かっているかのように全員落ち着いた様子だ。

 上等。後は突き進むだけだ。

 そうこうしてる間にもクジ引きは進み、俺達と初戦を戦う二番にはバス停前高校が入った。

 うっし、んじゃまぁはりきってこの夏戦わせてもらうとするぜ!

 

「パワプロくん?」

「ん? どうした早川」

「えと、さ。パワプロくんいつも試合前にデータの調査するんでしょ?」

「あー、そうだな」

 

 まあそれがキャッチャーの日課だしな。データが入ってるのと入ってないのじゃやっぱ大違いだ。

 初回に取られた点数が勝負を分けることもある。実際に戦ってみてデータを取る――なんて悠長なことをやってたら勝てるもんも勝てなくなっちまう。だったら頭にデータを叩き込んどかないと行けないしな。

 

「ボクもそれに参加していい?」

「早川も? 別に構わないけど、大丈夫か? 七瀬と彩乃が取ってきてくれるデータ全部に目を通すから凄くきついぞ?」

「その凄くきつい作業をパワプロくんだけに任せておけないから」

「そっか。ありがとな」

 

 にこ、と笑う早川の頭を俺は思わずグリグリと撫でた。

 "河原での出来事"から、なんつーか俺も早川も互いに対して遠慮が無くなったというか距離感が近くなった気がする。

 その前だったら頭を撫でるなんてことが会ったら早川はびっくりして離れているだろうし俺もなでようとなんて思わない。

 早川も撫でられてこんな蕩けそうに気持よさそうな顔を見せたりはしないだろう。

 

「……ふふーん」

「……ハッ!」

 

 しまった、凄い人前だってこと忘れてた!

 俺と早川の様子を見た新垣はにやりと頬を釣り上げて、

 

「やっちゃった?」

「何をっ!?」

「やーね。この小説は一五禁ですらないんだからそんな事とてもとても……」

「バッ、アホなこと言ってねーで練習頑張れよ!」

「そうでやんすよパワプロくん、練習しないとなかなかに難しいもんでやんす。エロゲーのようにそうやすやすと入るとげふぅっ!!」

「あんたが出てくるとホントにやらしく聞こえるから自重しなさい自重!」

「さ、最初に言い出したのは新垣でやんすよ……」

 

 どさり、と腹部を殴られて崩れ落ちる矢部くん。憐れ矢部くん。やはり夫婦漫才においてはボケ役なんだな矢部くんは。

 まあそれはおいといて、バッテリーとして仲良くなることは悪い事じゃないだろう。冷やかされるだろーけどさ。

 

「そういう事なら僕達も参加します」

「うん、進は一応控え捕手ということにもなるし、僕も投げる機会がある以上データは知っておいたほうがいいだろうしね」

「オーケー。んじゃ進、一ノ瀬、俺、早川で今夜部室でミーティングな」

「分かった!」

「分かりました」

「了解だ」

「……静かにしろ。そろそろ騒がしいぞ」

「おっと悪い。ほかはまだクジ引き中だったな。で、だいたいどうなった?」

「キャプテン、お前が見てないでどうする。あかつき大は真逆だ。当たるなら決勝しかない。聖タチバナも反対側だった。残念だがあかつき大か聖タチバナか。どっちかとしか戦えないみたいだな」

「りょーかい。パワフル高校とかは?」

「……逆ブロックだ。つまり俺達はトーナメントとしては、帝王との二回戦を勝ち抜けば決勝へは楽に行ける。灰凶、球八……強いチームと言われるチームはあかつき大付属に勝たないと決勝まで進めない」

 

 なるほどね、俺のくじ運は良かったって事か、それなら問題ないな。

 暫く経つとクジ引きが終わり、電灯が再点灯される。

 閉会の挨拶が流れてこれで終了。俺達で問題がありそうなのは二回戦の帝王実業だけ、ということになったらしい。

 といっても決勝戦までの道のりで勝どきを上げてくるの他のチームよりも強いチームな訳で、油断はしちゃならないんだけどな。

 

「対戦する可能性のあるチームの名前は彩乃と七瀬に送っておいた。あの二人のことだ、優秀なデータを送ってくれること間違いない。それを活かすのは俺らの仕事だからな。別にバッテリー以外はデータを気にすることはないけど傾向と対策くらいは指示する。実力が無いとそういう作戦に対応できねーからな。実力は付けといてくれよ?」

 

 俺のセリフに全員が頷く。かなりチームの状態は良いみたいだな。

 このまま突き進んで猪狩に勝ち、進むは甲子園だ。

 

 

 

 

                七月一週

 

 

 

 燦燦と太陽が降りしきる中、迎えた夏の初戦――。

 バス停前高校との戦い、今現在四回表、他球場でも続々と始まる試合だが、このカードは"弱いとされている"チーム同士の戦いというわけで、観客は殆ど居ない。

 そんな試合に、影山スカウトは足を運んでいた。

 暫く見ていなかった恋恋高校。見る機会はなかなか無かったが、この夏の初戦は別だ。まだあかつき大付属等は戦わないし見る時間がある。一年近く見ていなかったのと、"恋恋は見なければならない"というスカウトならではの使命感のようなものに駆られて影山はこのカードに足を運んだのだ。

 そして、影山のその予感は的中している。

 影山がスタンドに足を運び、バックスクリーンに視線をやって――目を疑った。

 

 恋恋高校 656 7

 バス停前 000 0

 

 綺麗に並ぶバス停前のゼロと、恋恋の大量得点。

 帝王にコールド負けをして以来恋恋は公式戦には出ていない。その間になにが会ったのか理解はできないが――この得点力は何だ。

 始めから試合を見れれば、と後悔をしつつも影山は椅子に座る。

 

『バッター三番、葉波くん』

「パワプロくん、というあだ名だったか」

 

 ウグイス嬢の放送を聞いて、影山を視線をグラウンドに落とした。

 正直に言えば相手は参考にならない程度の投手だろうが、それでも待ちやフォームの良し悪し、こういう相手にも全力で対応できているか。

 そういったことも確認出来る。

 マウンド上の投手が振りかぶってボールを投げた。

 コースはインロー、一二五キロ程のストレート。

 それに対し、打席のパワプロは反応し――。

 

 ボールは柵を超えた。

 

 その打席を見て、ガタンッと影山は立ち上がる。

 今のボール。

 おそらく昨年までのパワプロだったら柵越えにはできない打球だ。

 彼にはストレートに弱くインへのストレートには振り遅れる傾向があった。それは球速が速くなれば速くなるほど顕著になっていく。変化球を打つのはそれなりに上手いのだが、ストレートに振りまけるのは打撃が弱いという目安になってしまう。

 だが今の彼の打席は違う。綺麗に体を回転させ、体重をぶつけて柵越えにしたのだ。

 

「……これは……」

 

 化けた。

 高校生は確かに成長率が激しく、スカウトにとっては難しいことが多い。

 だが打撃技術の根本的なものは流石に高校生でも一年間でここまで急成長を見せる事は稀だ。

 凄まじい成長率……そういえば彼はあかつき大付属中の時でもそうだったか。いきなり二年で頭角を現してきたというデータがある。

 ふむ、と影山がメモをしている間に友沢が打席に立つ。

 

『バッター四番、友沢』

「やはり四番か」

 

 影山が一年前に思ったとおり、やはり友沢は野手としも頭角を現してきた。

 勿論影山にもデータは届いている。あの帝王実業の山口から複数安打に大量の打点……それだけでスカウトレポートにドラフト候補として名が残っただろう。

 ッカァンッ!! と快音を残しボールは再びスタンドを超えていく。

 低めへの変化球。真芯で捉えた打球を見送って友沢はゆうゆうとベースをまわる。

 パワプロに友沢――この二枚の打撃陣が居るだけでそこらへんのチームならば相手にならない。

 やはりパワプロくんは面白いチームを作ったな、と影山は思いながら五番に立った東條に目をやった。

 彼は確かパワフル高校で村八分に会い、チームに居続ける事ができなくなり転校したと聞いている。その転校先がパワプロの居るチームだとは……なんともはや、運命を感じる物だと影山は思う。

 そしてその運命はまるでパワプロの居るチームを甲子園に導く為だと言うかのようではないか。

 東條の捉えた打球は場外へと消えて行く。パワプロ、友沢以上の飛距離を見せてボールは場外へと消えて言った。

 

「……恐ろしい」

 

 影山はいいながら自分の頬がつり上がっているのに気づく。

 この三人が同じチームに居る――それがいかに恐ろしいことか。

 プロが争奪戦を繰り広げる程の逸材になる三人がクリーンアップに座っているだけで恐ろしい。だがそれだけじゃない。続く六番猪狩進――センターに転向したようだが、彼の打撃や守備センスにも非凡なものを感じるし、一番の矢部も足ではトップクラスだと言う。

 甲子園に行くチームの戦力、それを、恋恋高校は持っている。

 結局この回の攻撃も恋恋高校は八点を加えて三二-〇という大量点差を取った。

 五回裏。投手は女性投手の早川あおい。

 投げ方が理想的なフォームになっている。アンダースロー投手に必要な球持ちの良さに制球力、そして出所の見辛さ。なるほど、彼女がエースな理由がはっきりと分かる。

 しっかりとボールを捕球し、パワプロは立ち上がって早川とグラブで嬉しそうにタッチした。

 終わってみれば三二-〇。五回コールド。誰もが疲れる様子を見せることなくパワプロ達は並び挨拶をして、ベンチへと引き上げていった。

 

「……追う、か」

 

 影山が呟く。

 プロのスカウトとして名のある選手をスカウティングするのは当然だ。だが、一流のスカウトにはそれだけじゃ足りない。

 "予感"。

 "直感"。

 "運命"。

 この選手は何かをすると予感し。

 この選手は大成すると直感し。

 そういう選手にめぐり合う運命が必要だ。

 そして影山はそういう選手に出会った。いや、そういう選手達が居るチームに出会った。

 

「もしもし。部長ですか。少し追いかけたいチームを見つけまして。……ええ、恋恋高校というのですが。……はい、ありがとうございます。詳しいスカウティングレポートは週ごとに送ります。それでは失礼しますね」

 

 ぷつん、と携帯電話の通話を切って、影山はカバンを持ち直した。

 そしてトーナメント表に目を落としながら歩き出す。

 次の試合は帝王実業か。

 

「……見せて貰おうか、パワプロくん――甲子園に行くと言ったキミの実力を――」

 

 つぶやきながら影山は球場を後にする。

 面白いチームを見つけたと満足をしながら。

 

 

 

                    ☆

 

 

 一回戦を快勝で終えて、数日後。

 ――第二回戦。vs帝王実業。

 二度目となる対戦だが、帝王実業のメンツはガラリと変わってるな。

 一番から四番が三年だったわけで、それらがごっそりと抜けたせいで新三年と新二年で組まれたオーダーは昨年ほど威圧感は感じられない。

 

『さあ、始まります、昨年の夏を彷彿とさせるこのカード。昨年は帝王がコールドで勝利しましたが今年はどうでしょうか!』

 

 こっちの先発は勿論早川。すでに発表されバックスクリーンに記入されたスターティングメンバーを見つめる。

 一番ショート矢部。

 二番セカンド新垣。

 三番キャッチャー葉波。

 四番ライト友沢。

 五番サード東條。

 六番センター猪狩。

 七番ファースト一ノ瀬。

 八番レフト明石。

 九番ピッチャー早川。

 予定した通りのオーダー。

 対する帝王実業は、

 一番ショート木田。

 二番センター高垣。

 三番ライト猛田。

 四番セカンド蛇島。

 五番ファースト篠田。

 六番キャッチャー猫神。

 七番レフト谷内。

 八番サード後藤。

 九番ピッチャー山口。

 注目すべきは蛇島か? 四番に上がりチームの主軸になったようだが、どうだろうな。

 

「うーし、んじゃ挨拶しにいくぞ!」

 

 全員でホームベース前に集まり、挨拶をする。

 目の前に立つ蛇島。

 蛇島は俺を見てニヤリ、と笑った。

 離れる間際に小声で、

 

「去年のことを覚えているかい?」

「ああ、覚えてるぜ。今年はそのスコアが逆……いや、もっとだな。こっちは無失点、そっちはコールド負けってなるさ」

「はははっ、去年もそうやって軽口を叩いていたらあの結果になったことを覚えていないのか?」

「安心しな、去年とはちげーからよ」

 

 蛇島と別れてベンチに戻る。

 今日も先攻は俺達恋恋高校だ。

 ……熱くなりそうだな。今日は。

 

「よし、矢部くん、頼むぞ!」

「了解でやんす!」

『バッター一番、矢部くん』

『さあプレイボールです。このカード――どのような試合になっていくのでしょうか』

 

 快活に答えて、矢部くんは打席に向かう。

 ピッチャーは山口だ。

 ――さあ、見せてやろうぜ。矢部くん。成長した俺達って奴をさ。

 山口からボールが放たれる。

 初球はストレート。アウトローにビシッと決まるボールだ。

 

「ボーッ!!」

『初球は際どい所外れてボール! 一四六キロ!』

 

 際どい所を見逃してボールになった。これで0-1。

 よし、矢部くんは作戦通り行ってくれてるな。

 

 

 ――それは試合前に遡る。

 

 

 七瀬と彩乃に集めて貰って、山口と猫神のバッテリーデータに目を通して作戦の傾向を決める際の事だ。

 

「……三振が少ないな」

「ああ、そうだな。フォークを決め球にしてる割には三振数が少ない」

 

 やっぱ友沢もそう思うか。

 イニングにして五十程投げている山口だが、三振数は七個しかない。フォークを決め球にしているのならもっと三振数は多くてもいいはずだ。

 球別の割合を見てもフォークは六割は投げている。にも関わらず三振数は七個だけ。

 それが符号するものは――。

 

「追い込んでからフォークは投げてない、ってことだ」

「ふむ、確かにそれなら三振数にはカウントされないでやんすね……でも、なんで投げないんでやんす?」

「……パスボールか」

「ああ、ツーストライクまでなら捕手は後ろに逸らしてもただのボールだ。だが追い込んでからフォークを後逸すると振り逃げになっちまう。だから追い込んでからはストレートかカーブしか投げれないんだ」

「それはランナーが出ても言える事だよね? 後逸したらランナーが進んじゃうし……」

「ああ、そういう事だ。……ん? けど、このデータだとランナーを出してからもフォークは投げさせてるな……それも割合はランナーが居ない時より多いぞ?」

「それはなんでなのよ?」

「おいらに聞かれても……でもランナーが居るのに臆さず投げているのに、ランナー居ないときは投げさせないってのはおかしな話でやんすね」

「ああ、確かにそうだな……」

 

 ふむ、と俺は顎に手を当てる。

 フォークを取れないと仮定しての捕手心理を考えてみよう。ランナーが居ないときは振り逃げが怖いからフォークは追い込んでからは投げさせない。それは分かる。だがランナーが出てからは大量に投げさせるってのはどんな心理でだ?

 

「パワプロ先輩。僕でしたら多分、ゲッツーを狙ってフォークを多投させますけど……」

「ああ、俺もそれくらいしか……」

 

 ……ん? ……待てよ?

 例えば……だ。

 

「……進。"絶対に取れるフォークがある"としたら、どうする?」

「絶対に取れるフォーク、ですか?」

「ああ、三振を取りたい時には基本大きく落ちるフォークが有効だよな。でも、これは捕球が難しい。勢い良く落ちればその分捕球も難しくなるし、ショートバウンドしやすくなってパスボールもしやすくなっちまう」

「はい、そうですよね。だからランナーが居ない時には振り逃げを警戒して投げさせない……」

「そうだ。……でも上手く芯を外すだけで良い場面、ゴロや差し込ませてのポップフライを打たせたい場面――つまり、打たせて取りたい時に投げるフォークなら、どうだ?」

「それでしたら、落ちが少なくてもわずかでもいいから落ちてくれさえすれば……、……あっ……!」

 

 俺はニヤリと笑って進の気がついたことに頷く。

 

「つまり、山口は二種類のフォークを持ってる。大きく落ちるフォークと芯を外す程度しか落ちないフォーク。つまり深く握ったフォークと浅く握ったフォークの二種類だ。ランナーが居ないときは打たせて取る程度にしか落ちないフォークよりストレートの方が打ち取れる可能性が高いからストレートを投げさせてんだ」

 

 なるほど、と全員が納得したように頷いてくれる。

 イメージとしては山口は大きいフォークと一四五キロを超えるストレートのコンビネーションで抑えるピッチャーに思えるが、実際はこのように打たせて取る技術も持っているということだ。

 だが、それがパターン化しているのならそこに漬け込める。複数の技術も決まったパターンでしか使えないのなら対応出来ないことはない。

 

「ランナーが居ない時は追い込まれてからはフォークは捨てる。ランナーが居るときは打たせて取るフォークを多投してくるから見極めて打つ。ランナーが出たら速いゴロを打つつもりで逆らわずに流し打とう」

「ああ」

「了解です」

「分かったでやんす」

「OK。分かりやすいわね」

「……うむ」

 

 全員が頷いたのを確認して、俺はよし、と一声かける。

 

 

『作戦をまとめるぞ。良いか、よーく聞いといてくれよ? 山口攻略作戦その一、山口相手には――

 

 

『ストライク! 山口、矢部相手に初球こそボールになりましたが、フォークとカーブで追い込みました! これで2-1!』

 

 山口が2-1から振りかぶる。

 ツーストライク目をとった球はカーブ。なら此処で投げてくる球は一つしかない。

 

 ――追い込まれるまでは待球、追い込まれてから投げて来るストレートを必打する!』

 

 ッキィンッ! と矢部くんが狙いすましてストレートを打ち返す。

 打ち返された打球は痛烈なラインドライブで右中間を抜けていく。

 矢部くんは打った瞬間から走り出してあっという間にセカンドへと到達する。

 右中間へのツーベース。これでノーアウト二塁だ。

 

『右中間への痛烈な打球! 引っ叩った矢部は悠々とセカンドへー! ツーベース!!』

『バッター二番、新垣さん』

 

 さて、ランナーが二塁になった時は曲りの小さいフォークを投げてくる。

 ランナーが出た場合の作戦は一つ。

 フライを打ち上げないようにボールを強く叩くことを心がけて投げられた球を打つだけだ。

 山口から投げられる。ボールは少しだけ落ちるフォーク。

 新垣はそれをしっかりと懐に呼びこんで右方向に流し打つ。

 快音を残してボールはファースト右へのファールになった。これで1-0。

 

 

「新垣の狙いは良い。引き寄せての流し打ちだ。これなら最低でも矢部くんは三塁に行けるぞ」

 

 二球目、新垣は低めのフォークを見送ってボールを選ぶ。

 

『これで1-1。山口のフォークはキレているか!』

 

 三球目、投じられたボールはフォーク。

 それを新垣はしっかりと右方向に転がした。

 セカンドゴロとなったその打球だが、矢部くんはその間に三塁に進塁する。

 

『山口新垣をセカンドゴロに打ちとりワンアウト三塁! 此処からバッターはクリーンアップに入ります! バッターは葉波!』

 

 打席に立つ。

 ワンアウト三塁……此処は外野フライでも打てば先制の場面だが、此処は先制点だけじゃダメだ。山口と猫神のバッテリーを追い詰める為には複数点が欲しい。

 なら俺は外野フライを打てば、なんてチャチな事を考えずにヒットを狙おう。俺がミスっても矢部くんの足か友沢の打撃がカバーしてくれるしな。

 曲りなりにもクリーンナップを打つ俺相手に甘い攻めは無い。ゆるいゴロでも先制点になる場面、此処を無失点で抑えようとするのなら此処は"データ上"ストレートに弱い俺に対して投げる決め球はストレートだろう。

 

(尚且つ少しでもストレートで抑える確率を上げるためには……)

 

 初球はカーブを見せてくる。振りに来ていきなり打たれちゃ困るから外の届かない所、外角低めだな。

 山口が投げる。球種はどんぴしゃりでカーブ。コースも読み通りだ。

 それを見送って0-1。今の俺の待ち方を見て待っている球はストレートだと予測はできただろう。それでもストレートを投げさせてくるとしたら、コースは浅いフライになり易いであろう場所しかない。

 その場所はたった一つ――。

 

 インハイだ。

 

 ッキィイインッ! とバットを振り抜いた直後、快音が耳に届く。

 投じられたボールをフルスイングする。打ったボールはストレート。感覚すら残らない会心の当たりだ。

 

『強振!! 完璧に捉えた打球はレフト方向にぐんぐん伸びていく!! レフト谷内一歩も動けない! 入りましたホームラーン!!!』

 

 ベースを一週しながら俺はマウンドを見やる。

 猫神が素早く山口のフォローに向かっていた。ここら辺は流石名門校だな。ソツがない。

 ホームを踏んでベンチへと戻り、打席に向かう友沢に向かって「予想通りだ」と一言だけ伝えてベンチへと戻る。

 

「ナイスホームランでやんすー!」

「ナイスホームラン!」

「ありがとうパワプロくん! 先制点とってくれて!」

「流石パワプロ先輩ですね!」

「完璧な読み打ちだったな。流石だ」

 

 他者多様な言い方で褒めてくれる皆とハイタッチをしながらベンチに戻って防具をつける。

 早川がわくわくした様子でベンチから飛び出したそうな顔をしているのを見ると、なんだか行けるような気がするな。

 なんてことを考えていると、快音が轟いた。

 慌ててグラウンドに目をやる。

 丁度俺が見たのは呆然と後ろを見やる山口と、悠々とベースをまわる友沢だった。

 

「……あいつ、何打った?」

「見てる限りはフォークだったわよ。凄く落ちてたし」

「ありがとうございます……」

 

 顧問の加藤先生に教えてもらって俺ははぁ、とため息を吐く。

 あんにゃろー、追い込まれるまでは待球つっただろうが。何初球のフォークをフェンスオーバーしてやがる。

 ……まあ、ホームランならいいんだが、そんな打ち方出来るのはお前みたいな奴だけだっつーの。

 けどまあ、友沢がこうやって初球から打ちに行ったということはこちらの作戦が追い込まれるまで待球、ってのがバレづらくなるとも考えられる。

 友沢がホームインして戻ってきた。……ま、良いか。

 

「友沢。待球忘れたのか?」

「ん? ああ、打てそうだったからな」

「……さいですか」

 

 あの球を打てそうだったから、っつってホームランに出来てたまるか。こんにゃろマジですげーな。

 そんな事が出来る奴がそうそう居る訳がないし、こいつを参考にはしないで――。

 

 ガッキィイインッ!! と再び快音が轟く。

 

「…………」

 

 ため息を吐きながらみると、東條が澄ました顔でファーストベースへと走り出すところだった。

 ボールがフェンス上部を超えて場外へ消えていく。

 

『さ、三者連続ホームラーン!! 葉波、友沢、東條のクリーンアップ三連発ー!! エース山口から初回四得点ー!』

 

 ……ああそうだったな、東條もすげぇバッターなんだった。

 ったく……こいつらは作戦を無視しやがって。

 

「ナイスホームラン。この後も頼むわ」

「……ああ、任せておけ」

 

 クールにベンチに入りながら東條はニヤリと笑う。

 この後進がヒット、一ノ瀬が右方向へ大きい当たりを打って一アウト二、三塁のチャンスを作るも明石がセカンドフライ、早川が三振に打ち取られて一回表の攻撃が終了する。

 四点先制、幸先いいぜ。

 打者も一巡だ。二回からも良い形で攻めれるぜ。

 

「……さて、昨年火だるまにされたリベンジだ。行くぞ早川」

「うん!」

 

 新生エースのお披露目だ。

 

『さあ四点を追う帝王実業、前回の対戦も二点の先制を許しましたが、あっという間に同点として終わってみれば十五得点の大勝でした。今日はどうなるか!』

『バッターは一番、木田』

「よろしくおねがいしっまーす!!」

 

 木田は前回はベンチだった新三年生だ。

 守備要員兼代走要員で足は速いが、いかんせん昨年までは木村が居たからな。スタメンになったのは秋の大会からだ。その大会の打率は二割前半――足を期待しての一番起用だろう。

 

(ま、どんな打者かは関係ない。――見せてやれよ。早川。お前の新しい球を)

 

 ストレートを外角低め。此処にきちっと決められるかどうかが早川の調子のバロメーターだ。

 早川が頷いて腕をふるって投げ込む。

 ッパァンッ! と音を響かせて――外角低めギリギリにストレートが決められる。

 

「ストラーイク!!」

『初球際どい所素晴らしい球が決まりました!』

 

 うっしゃ。ミットを少しも動かさずに良い所に来たぞ。キレも抜群だ。

 木田は一球目を見逃した。……今の投球を見てまずフォームの出所の見辛さとタイミングの取りづらさを確認したはずだ。

 ならば此処はもっと見ておきたいと思うはず。それなら二球目もストレートで軽く取らせてもらうぜ。

 

(インローにストレート)

 

 頷き、良いテンポで早川は投げ込んでくる。

 

「ストラーイクッ!!」

 

 決まって2-0。流石に追い込まれたらゾーンを広く取ってくる。あまり率が高くない一番打者が相手なら此処はカーブでいいだろう。

 早川が俺のサインに頷いて投げ込む。

 緩い球、打者の手前で浮き上がり落ちるアンダースロー独特のカーブに、木田は思わず手が出る。

 

『打ち上げた! ボールはファーストへの浅いフライ! ……一ノ瀬、それをとってアウト! 足の速い木田を打ち取りました!』

 

 鈍い音がして打ち上がったボール。ふわりと高く浮いたボールは一ノ瀬への小フライだ。

 一ノ瀬がそれをしっかりと捕球してワンアウト。……よし、行ける。今日の早川の調子なら、俺が下手なリードをしなければ帝王実業をしっかりと抑えられるハズだ。

 

『バッター二番、板垣』

 

 板垣は新一年生だ。データはなかなか集まらなかったが、新一年生がセンターで二番ということは足が速くバントが上手い打者か。

 フォームを見るからに長距離打者ではない。スタンスをひらいて内をさばけるようにしてるということはインコースへの反応が遅れがちになるのかもな。

 

(ならストレートを投げさせてみよう。"第三の球種"が定石かな)

 

 頷いて、早川がインハイへとボールを投じる。

 投げる瞬間に板垣がバットを寝かす。セーフティバント、予想通りだな!

 だが出処が見づらく球持ちがよくなった恩恵か。それがインハイへのストレートと分かったときにはバットを寝かして切っていて間に合わない。

 カインッ、と鈍い音がして後方へとボールがフライになった。俺がとればアウトになる!

 バッ、とマスクを外して後ろへと走る。審判を躱し、落下点に向かってスライディングして落ちてくるボールをミットに収める。

 

「アウトォ!」

『ファインプレー! 反応良くスライディングして取りました葉波! 前回の大会では送球エラーが決勝点になってしまった葉波ですが、今日はファインプレーを見せました!』

「ナイスプレー!」

「おう!」

 

 ボールを拭いて、早川を投げ返しマスクを拾って装着しなおす。

 さて、三番は二年生に上がり三番に上がった猛田だ。前回の対戦じゃ打たれちまったからな。此処は抑えたいぞ。

 

「……東條、転校したのか」

「ん? 知ってるのか?」

「……ああ、良く知ってるぜ。元から負ける訳にゃいかねーが、東條のチームになら尚更負けられねぇ!」

 

 前回にまして気合が入ってる。なるほど東條とライバル関係なのか。

 まあ燃えてくれるならそれを利用するまでだ。打ち気をそらすようなカーブで勝負する。

 

 内角から落ちるカーブ。ストレートが多目の立ち上がりだから此処でいきなりカーブを投げられるとも思っていないだろう。

 早川が腕を振ってカーブを投げる。

 予想通り猛田は初球からフルスイングしてきた。

 ギャインッ! と詰まった音が響き、ショートへのゴロになる。

 矢部くんは足元の球をしっかり捕球しファーストへと投げた。

 

「アウトー!!」

『三者凡退! 早川素晴らしい立ち上がりを見せます!』

「やたーっ!」

「ナイスピッチ!」

「ナイスピッチでやんすー!」

「この調子なら完封も行けそうだな」

「……この調子で頼むぞ」

 

 ばしばしっと皆に背中を叩かれながら早川が嬉しそうにはにかむ。

 二回表の攻撃、矢部くんが先頭打者だ。

 2-0からのストレートを流し打ちしてヒットで出る。

 新垣が送って一アウト二塁。俺がレフトへとヒットを打ち、ワンアウト一、三塁になり、友沢がきっちり犠牲フライを打って5-0。ツーアウト一塁から東條が大きな当たりを打つがライトの正面でスリーアウトチェンジ、二回裏へと入る。

 

『バッター四番、蛇島』

『さあ四番の蛇島。五点ビハインドの帝王実業、この回で少なくとも一点は返しておきたい所!』

「……久しぶりだねぇ。パワプロくん」

「そうだな」

 

 蛇島がにこやかに挨拶をしてくる。

 俺は蛇島の様子をジロジロと見ながら一応挨拶を返す。

 

「去年は悪かったねぇ。その後の肩の調子はどうだい?」

「心配無用だぜ」

 

 打席に立ち、蛇島の視線が早川へと向く。

 さて、蛇島に対する取っておきの秘策を使わせてもらうか。

 初球はインハイへのボール。つまり――ブラッシュボールだ。

 ブラッシュボール、意図的に顔付近にストレートを投げさせ踏み込みを浅くさせたり、怒らせてその後の攻めに活かすためのボール。

 今のこいつに対して投げさせれば、恐らく俺への報復行為が始まるだろう。

 だが、逆にそういう行為を狙ってやるようになれば――浸け込む隙はいくらでも出来る。

 主軸である四番を軽く分断出来るようになれば勝利はぐっと近づく。

 だからこそ――此処は。

 

「……っ」

 

 俺がインハイへのストレートのサインを出すと、早川は一瞬驚いたような表情を見せる。

 早川も去年のことを覚えているのだろう。一瞬不安そうな顔をした。

 やれやれ、俺にケガされたら困るからってそんな顔するなよな。俺は大丈夫なんだからさ。

 

「アウト一つ優先! 外野間抜かれるなよ!」

「? あ、はいっ!」

「分かっている!」

「了解ー!」

 

 進、友沢、明石が順に声を出して返事をしてくれる。

 まあ実際は今の声かけは早川にしたものだ。

 アウト優先するから俺を信じろ。俺は大丈夫だからさ。

 ドン、と胸を叩いて、インハイにミットを構える。

 早川は頷く。よし。俺を信じて来い!

 ビュオッ! と腕をふるって投げた球。俺のミットに寸分違わず吸い込まれてパアンッ! と大きな音を立てる直球。

 蛇島はそれをのけぞって避ける。

 

『インハイへの危ない球! 何とか蛇島避けました! 早川手元が狂ったか!』

「ナイスボー!!」

 

 早川にボールを返しながらバッターボックスに立ち直す蛇島を横目で見る。

 なんとか動揺した表情を隠そうとする蛇島だが、目が明らかに"怒ってます"って言わんばかりだぜ。

 さあ0-1。……此処で投げさせる球は一つ――マリンボール。

 ブラッシュボールで頭に血がのぼっていて今直ぐ報復がどう、とか考えられる状態じゃないだろう。此処で蛇島に出来ることは、甘いストレートを何も考えずに打つことだけだ。甘い球が来たら反射的に手が出る。

 ならば甘いストレートに見せかけた変化球で打ち取る。蛇島のミート技術は高い。だがその高いミート技術が災いしてこの変化球を当てれてしまうはずだ。

 早川が腕をふるう。

 真ん中インよりへのマリンボール。僅かに伸びてくるような球に蛇島は反応する。

 そして打者の手前でボールは失速し、落ちる。

 ギャインッ、と鈍い音を響かせてボールはショートへのフライとなった。

 

『打ち上げた―! 矢部落下点! しっかりとってワンアウト!』

 

 俺は心の中でガッツポーズする。

 四番が完璧な打ち取り方をされた。この事実は帝王実業に重くのしかかってくるはずだ。

 その証拠に後続の五番、二年の篠田をライトフライ、六番の猫神をファーストゴロに打ちとり二回もさくさくと終了する。

 

 三回表の攻撃、進がライト前ヒットで出塁し、一ノ瀬が落ちるフォークを引っぱたいて痛烈な当たりを放ったもののセカンドの真正面、セカンドゴロゲッツーとなり、続く明石が再びライト前ヒットでランナーに出るものの、早川がファーストフライで三回表は無得点。

 

 三回裏の守備、今年二年からレギュラーに入った谷内がこの試合の初ヒットをライト前に放つが、続く後藤をショートへのゲッツーに打ちとり、九番の山口をピッチャーフライに打ちとって終わらせる。

 そして四回の表。

 先頭バッターの矢部くんがレフト前へのヒットで出塁したところで、帝王実業がマウンドに集まった。

 

「……そろそろ、配球が読まれてるのに気づく頃だな」

 

 ネクストバッターズサークルに戻り滑り止めを塗りに来た新垣に小声で話しかける。

 

「……そうね。ここまで先頭打者は全部出塁してるし、さっきの三回表はランナーが居なくなった途端、明石がセンター前で出塁したしね」

「そういうことだ。此処で欲しいのはゲッツーだが、さっきまでみたいに小さいフォークを投げてくるってことはない。一気にフォークで勝負してくるぞ」

「分かったけど……じゃあどうすればいいわけ?」

「原点に戻ればいいさ」

「……原点?」

「ああ、ウチの黄金パターン。即ち――矢部くんの足を絡め、お前とのコンビネーションでチャンスを広げ、クリーンアップにつなぐってパターンをな」

「なるほど……じゃ、私のやるべき事は一つね」

 

 言って、新垣は打席に戻る。

 頼りになる奴だぜ。もうやるべき事は分かってるってさ。

 帝王の円陣が溶ける。

 

『バッター二番、新垣』

『さあノーアウト一塁でバッターは二番新垣! 一塁には俊足矢部! 帝王実業、どうするか!』

「そういえば去年は私は女だからダメだって蛇島くんに言われたのよねぇ。

 

 ぶつくさ言いながら打席に立った新垣は、すっと構える。

 俺の予想では初球からフォークで来るだろう。フォークで来るってことは矢部くんは走るよな。

 ぐ、と矢部くんは大きくリードを取る。

 一球牽制を挟む山口。矢部くんはファーストへと頭から戻った。

 仕切りなおして、初球。

 山口が投球モーションに入った瞬間、矢部くんがスタートする。新垣はそれを見て――サードにバントした。

 落差の大きいフォーク。完全にフォークと読み切ったようだがかつん、と言う音を立て、ボールはサード方向へと強く転がる。

 サードの後藤が一、二歩前へと動いてボールを取りファーストへ投げる――その瞬間。

 

 矢部くんは、セカンドを蹴った。

 

 その行動に度肝を抜かれたのはピッチャーの山口だろう。

 後藤のボールを思わず山口がキャッチする。――それが、間違いだった。

 

「っ!」

 

 山口はサードへは投げれない。サードのベースカバーに入るのは自分だが、新垣のバントはプッシュ気味の強いもの、打球が早かったためサードベースに入る隙はない。

 サードの後藤は投げた後の体勢の為直ぐにサードへは戻れない。ショートの木田はセカンドベースカバー、セカンドの蛇島はファーストへのベースカバーに入っている。

 つまりサードベースはがら空きなのだ。もし三塁へ投げたら受け取る人がおらずに暴投になってしまう。

 慌ててファーストを見る山口だが、いくら鈍足といっても一度サードへ投げようとしたロスがあれば新垣はファーストベースを駆け抜けている。

 

「すげぇ高等技術だな」

 

 ただ送るんじゃない。矢部くん自身が足でかき乱すことが役割だと承知し、新垣も矢部くんが足でかき乱せることを知っていて、尚且つ絶妙な強さでバントしなきゃ成立しないトリックプレーだ。

 ノーアウト一、三塁――此処で点を取れなきゃクリーンアップに居る資格はない。

 先ほどは俺にツーランを被弾している。インサイドへの直球は使いづらいだろう。

 かと言ってフォークは多投したくないはずだ。決め球に取っておきたいだろうしな。

 

(なら投げる球はアウトサイドへの直球かカーブが定石か)

 

 此処はクリーンアップ相手だからな、じっくり攻略していきたいはず。

 ならまずは外角にストレートで来るか。

 山口が投げる。

 む、狙い通り外角低めだが――これはカーブ、か。

 

「ボールッ!」

『初球、カーブ外れてボール! 0-1!』

 

 予想とリードが違うか。……二球目、山口が投じたボールは手元で僅かに落ちるフォークだった。

 インより少し甘い所。これには流石に審判の手が上がる。

 

「ストラーイクッ!!」

『二球目はフォーク! 決まって1-1!』

 

 ここまでは変化球のみ、大きなフォークとストレートは見せてきてない。

 だとしたら三球目、此処で欲しいものは恐らく俺が手を出して結果的に追い込めることだ。

 見逃して2-1になっても俺が余裕を持ってボールを待てるようだったら山口も投げづらい。

 そして何より追い込んでから打てていることが多い俺達が、追い込まれてからも大丈夫と自信を持って振られる事が猫神も怖いはずだ。

 此処は俺が空振り姿を恋恋高校の面々に見せて、"先ほどまでとは違い山口は立ち直ったんじゃないか"という印象を与えたいはずだ。

 なら此処で投げさせる球は大きいフォーク一択。

 ……それなら反応したが止まる位のキレってのを演出してみるか。

 フォークに反応したが見極めれた。つまり振りに行ったが止めに行ったような演技をしよう。

 

『さあ三球目』

 

 山口が振りかぶる。

 それに合わせて俺はぐっとバットを引き絞り、投げられたボールに反応したがバットを止めることができた、という演技をした。

 投じられたボールは真ん中から落ちる大きいフォーク。

 基本的にフォークを空振りさせようとすればホームベース上から落とすのが有効だ。キレの有るフォークをホームベース上のストライクゾーンから落とされるとバッターは反応のしようがない。

 だからこそ、こうやって俺が見極めることが出来た――なんて演技を入れると猫神や山口はこう思うのだ。

 "今日のフォークはキレが悪いんじゃないか?"と。

 これでカウントは1-2。完全にフォークを投げると読みきったからこその見送りだが、相手は俺が振りに行ったがフォークだと見極めて止めた、と思っているだろう。

 

 そんな相手が四球目にフォークを投げられるか――?

 

 ワイルドピッチの可能性が高く、また投じればボール球になりやすいフォークという球種。

 1-3にはしたくないという思考回路と|三番(俺)には"見極められた"という事実。

 その二つを合致して考えれば答えは一つだ。

 

(フォークは投げさせない)

 

 だが長打にもされたくない。ならば可能性の一番高いボールはストレート。それも外角低めに投げさせる。それも1-3にはしたくないからそれなりに甘いところに投げてくるだろう。

 そして甘い球ならば――今の俺なら、捉えきれるはずだ。

 

『さあ四球目――』

 

 山口が振りかぶる。

 迷うな。自分を信じろ! ストレートを狙って――振り切れ!

 

 ッカァンッ! という金属音。

 

 その痛烈な打球はファーストの頭を超えてライトの右へと落ちる。

 長打コース。すでに矢部くんはホームにゆっくりと生還し新垣はサードへと到達した。

 打った俺もセカンドベースで立ち止まる。

 

『タイムリーツーベース!! 鋭い打球がライトの右へ落ちましたー!! 恋恋高校六点目! さらに帝王実業を突き放すー!!!』

 

 ボールが中継に帰るが何処にも投げられない。

 山口は俯く。予期せぬ炎上に帝王の監督の重い腰も動いた。

 ピッチャー交代――山口は四回途中、六失点で帝王実業としてはまさかのKO。

 続いて出てきたピッチャーは同じく二年の犬河だ。同じ猪狩世代だがこの選手は今まで公式戦に一度も登板していない。山口への英才教育での弊害だな。公式戦で投げる機会がなかったんだ。

 犬河が投球練習を行う。その様子を見てもやはり球の威力などが山口とは段違いに遅い。恐らく一三〇キロ中盤ってところか。

 この投手ならノーデータでもウチの打線なら――。

 

 ッキィンッ! と快音を残し、友沢の打球はライトフェンスへと直撃する。

 

 この打球で新垣と俺がホームインしさらに二点追加。

 続く東條、進、一ノ瀬もタイムリーで繋ぎ一挙三点。この回合計六点を奪い11-0。

 明石、早川が凡退し、続く矢部くんもセカンド真正面へのライナーへと終わるが打者一巡の猛攻で大勢は決した。

 

「……これが、おいら達の力、でやんすか」

 

 凡退しベンチへ戻ってきた矢部くんが呟く。

 まさかあの名門、帝王実業からこんな大差のワンサイドゲームに出来るとは思ってなかったのだろう、そのつぶやきは感動の色すら含んでいた。

 

「負けを知って努力し、あれから必死に技術を磨いた俺達の成長と、相手のデータ――特に帝王実業は捕手不足という大きな弱点もあった。そこに上手く漬け込めたのがこのワンサイドゲームになったんだな」

「……ボクたち、こんなに強かったんだね?」

「ああそうだ。俺達は強いんだぜ? 十分甲子園に行く資格のあるチームだ。……だが、油断しちゃいけない。他にも甲子園に行ける程強いチームがあるんだからな」

「……あかつき大、付属」

「そういうことだ。上には上が居る。自分たちの強さを認めつつ――油断しないで目の前の敵と全力で戦っていって、全力で成長していこうぜ。そうすればきっと、俺達は甲子園には届く」

 

 俺のセリフに皆が頷いてくれる。

 ……さあ、蛇島。この戦いの決着をつけようぜ。

 

 四回裏、ここまでパーフェクトに抑えられている帝王は一番の木田からだ。

 だが、木田は二球目をサードゴロ、板垣は四球目をピッチャーゴロ、猛田が一瞬行ったかと思わせるような痛烈な当たりを放つもセンターフライで四回裏が終わった。

 

 五回表、先頭バッターの新垣がファーストゴロで打ち取られるも三番の俺がレフト前ヒット、友沢がライトオーバーのタイムリースリーベースを放つと、後は犬河も堰を切ったように安打を許し、東條にレフトオーバーのツーランホームランを浴びた。

 続く進にはレフト線ツーベース。さらに一ノ瀬にライトオーバーのタイムリーツーベース、明石にレフト前ヒット、ピッチャー早川の打席で暴投が絡みさらに一失点。矢部くんがヒットを打ち、一、三塁から新垣のゴロを木田がジャッカルしエラー、その間に明石がホームインし一点、俺がスリーアウト目となるポップフライを打ち上げるまでに六点を失った。

 帝王の応援団は一言も発することができない。

 歴史的と言っていいほどの大敗――五回表の攻撃はバッター四番の蛇島からだが、応援団も応援歌を流すのを忘れてしまい、蛇島を告げるウグイス嬢の声が響くだけだった。

 

『大変なことが起きました。帝王実業対恋恋高校、帝王実業、まさかの五回までで一七失点! 打っては恋恋高校の擁する早川投手を捉えきれず四回パーフェクト。応援団も声を失っています!』

 

 さあ、最後は憂いも残さずに終えるぞ。

 この点差、この展開――予想した奴らは恐らく居ないだろう。俺も予想以上に点が取れて嬉しい限りだ。

 この五回を抑えればコールド勝ち。なら此処は一ノ瀬に放ってもらわないとな。

 

『恋恋高校、選手の交代をお知らせ致します。ファーストの、一ノ瀬がピッチャーに入り、ファーストに、石嶺が入ります。ピッチャー、早川に変わりまして、一ノ瀬』

 

 ファーストに石嶺を送り、ファーストを守っていた一ノ瀬を投手にする。

 早川には悪いが四回でお役御免という形だ。

 

「……投げたくてうずうずしていたよ」

「はは。だろうな。……まだ八月までは一ヶ月近くあるのに暑いな」

「うん、暑い。――でもこの夏はもっと熱くしたいね」

「ああ、行こうぜ。甲子園」

「勿論。エースの座は諦めてないしね。アピールする時期が長い方が良いだろうし」

 

 一ノ瀬がにこっと笑う。

 ホント、頼りにやる奴だな、一ノ瀬は。

 投球練習を終えて、一ノ瀬にボールを返してから俺は大きく手を広げる。

 

「おっしゃ。んじゃしまっていこう!!」

 

 おおっ! と返すチームメート達。

 そんな風にチームを鼓舞する俺を、蛇島は憎々しそうに見つめていた。

 

「……ふふ、ふふふふ、勝ち負けとかどうでも良くなったよ。パワプロくん……」

 

 小声で蛇島が呟く。

 ……やる気、だな。

 

「今はもう――キミを潰せれさえすればどうでもいい」

 

 一ノ瀬が足を上げてボールを投げ込む。

 ストレート、要求は外角だったが僅かに中に入ってくるストレート。

 それを見て蛇島はバットをフルスイングした。

 一年前と同じ行動。

 俺はそれを。

 

 ガツンッ!! とキャッチャーマスクで受け止めた。

 

 なっ、と蛇島が驚愕の表情を見せる。

 ボールはミットにしっかりと収め、振られたバットに顔を向けて一番硬い金属部分でバットを受け止めたのだ。

 マスクがみしみしと音を立て、凄まじい音が耳を打つ。

 だがそれだけだ。痛みは殆どない。

 

「……蛇島くん、危ないぞ」

「……す、みません」

 

 審判に注意を受け、蛇島が呆然と呟く。

 これでもう蛇島はうかつな事はできない。

 にしても危なかったぜ。思いつきでやってみたが上手いこと行ったな。もうちょっとずれてたら命まで危ない感じだったけど。

 ベンチにチラリと目を移すと早川がこちらを凄い形相で睨んでいる。……こりゃ、後で叱られるな。

 

「パワプロ、大丈夫かい?」

「おう一ノ瀬。大丈夫だぜ」

 

 一ノ瀬にボールを返し俺はにっと笑う。

 さあ、二球目、さっさとストレートで追い込んじまうぞ。もはや打つ手が無く勝とうという意志すらない蛇島を抑えることなんてたやすいからな。

 二球目のストレートを蛇島は力なく見送る。

 三球目はスライダー。一ノ瀬のスライダーはキレが良いからな。これで大抵の打者は――。

 

 空振り、三振だ。

 

『さんしーん!! 蛇島バットに当たらずー! これでワンアウトー! 後二人!!』

『バッター五番、篠田』

 

 篠田には初球カーブから入る。

 緩急を使って二球目はストレート。一球ストレートを外角低めに外し、とどめはスクリューボールだ。

 見事に術中にはまり、篠田はスクリューに三振となる。

 

『三振! 二者連続空振り三振! 抑えの一ノ瀬。ここまでは完全に相手を手玉にとっています!』

『バッター六番、猫神』

「さあ、最後のバッターだ! 締まっていくぞ!」

「ん」

 

 一ノ瀬は頷く。

 集中力に乱れがない――長いこと野球から離れていたお陰か、一ノ瀬は一球に対する集中力と丁寧さが他の投手とは段違いに高い。

 "力投型"、という言葉がある。

 それは一球一球に力を込めて投げる投手のこと。

 そういう投手は実のところ先発には向かない。全力で投げることは知っているが先発投手に必要な、重要な場面以外では力を抜く、というような投球がし辛いからだ。

 一ノ瀬はまさにそれだ。

 力投型の左腕。その一球の重みを知り、常に全力投球を見せる姿はまさにストッパーとしての理想型。

 先発にこだわっているが、今日の投球を見て俺は確信する。

 

 一ノ瀬は日本一のストッパーになる為に生まれ変わったのだと。

 

『空振り三振ッ!! 圧巻! 三者連続三振でゲームをしめたー! 恋恋高校因縁の帝王実業を。強豪校の帝王実業をなんと、五回コールドで撃破ッ!! 三回戦に駒を進めたのは恋恋高校だー!!』

 

 マウンド上で一ノ瀬は完全復活を告げるように左腕を掲げる。

 頼りになるリリーフエースの誕生の瞬間だ。

 俺はそうつぶやき、バックスクリーンを見る。

 

 恋 410 66    R 17

 帝 000 00×   R 0

 

 きっと、俺達はもっと強くなれる。この結果に満足してちゃ駄目だ。

 あくまで――目指すべき舞台は、あの甲子園の頂きなんだからな。

 俺は思いながら、ゆっくりと一ノ瀬に近づいていった。

 

 

 

 

                  ☆

 

 

 

「出番がありませんわ!」

「うおいっ! いきなりどうした彩乃?」

「最近わたくしと七瀬さんは裏方の仕事ばっかりですわっ! 納得いきませんっ!」

「っていわれてもなぁ、マネージャーだし仕方なくね?」

「うう、うううう! わ、分かりましたわ……一〇〇歩譲って仕方ないこととします……ですが慰安みたいなのが合ってもいいと想いません?」

「あー、確かになぁ。そりゃ欲しいかも」

 

 球場でミーティングを終え、三回戦の相手になるだろう、ブロードバンドハイスクール戦(相手はしるこ高校というらしい。どうやらあのバス停前高校がコールド勝ちするくらいの弱い高校らしいのだが、どうやって二回戦に勝ち進んだんだろうな?)を七瀬に見てもらいに行ってもらった直後、彩乃がそんな事を言い出した。

 俺としてもマネージャーにはかなり無理をしてもらってるし、彩乃には迷惑はかけっぱなしだからなぁ。確かに多少のご褒美は上げたいけど、何あげていいか分からないし。

 

「あの、でしたら、一緒にお出かけしません?」

「へ?」

「あの、あの、で、デート、とかいうの、してみたいんですわ。ぱ、パワプロ様なら、エスコートはしてくれそうですし……」

「デート、デートかー」

「ダメー!! そんなの絶対ダメだからっ!!」

 

 うおっ!? 悩んでたらいきなり早川が大声を上げてきた!?

 ど、どうしたんだろうか早川は、血相を変えてそんな……あ、そうか。デートか……確かにデートはまずいよな。うん。あんな約束しといて今更他の人とデートしましたってんじゃ流石の俺もマズイってのは分かる。

 うん、分かるけど……彩乃が可哀想だよなぁ。此処に来てダメって言われたらさ。

 

「何故早川さんが決めるのですの! わたくしだって頑張ったんですわ! 何か役得があってもいいじゃないですかっ!」

「ダメったらだめなの! じゃあ東條くんとかにしたら? パワプロくんは作戦立てたりとかで忙しいし!」

 

 ……ん、作戦立て?

 ふむ、なるほど。……確かに、これなら一応口実として使える……か? 早川は納得しないだろうけど一応筋は通る。それに彩乃もふたりきりが良いって言ってるわけじゃない。多分最近ゆっくり話す機会がないからゆっくり話したいってだけなんだろうし。チームの皆を連れていけば問題ないか。

 

「分かった。んじゃ一緒に行こうぜ」

「ぱ、パワプロ様!」

「パワプロくぅん!!!? どどどどどういうこと!? まさか、まさか彩乃さんと――!」

「ふふんっ! 早川さんは下がっていなさい。さあパワプロ様、どこにいきますの? いついきますの!?」

「一緒に出かければいいんだろ? なら明明後日の午前練習が終わった後、第四市営球場に集合な」

「……だいよんしえいきゅうじょう?」

「おう」

「三日後の第四市営球場と言えば……第三回戦が始まるよね?」

「そうでやんすね。トーナメント順でやんすから……えーと……」

「あかつき大付属対聖タチバナだな」

 

 ああ、視察もかねてデート。これ妙案! どうだ彩乃!

 俺がニヤリとしながら彩乃の顔をみると、彩乃は完璧な笑顔を表情にしたままカチーンと硬直していた。んん? 俺マズイこといったか?

 

「……鈍感もここまで来るともはやジェノサイドでやんすね」

「全くね……ちょっと可哀想になってきたわ」

「ボクも流石にこれはちょっと可哀想かな……」

「……天国から地獄、持ち上げて落とすか。流石相手の読みをずらすキャッチャーだ」

「恋愛関係は良く解らん俺もパワプロのこの仕打は酷いと分かる」

 

 んん? なんか遠くでチームメートたちが小声で俺を罵倒している気がするぞ。気のせいか?

 まあいいや、これがベストな選択だろ。というわけで――。

 

「んじゃ彩乃、三日後第四市営球場の前で待ってるからな。今日は解散。明日は練習あるからしっかりとくるんだぞー」

 

 はーい。となんだか複雑そうな顔で返事する面々を不思議に思いながら、俺は家路につくのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。