実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第十五話 "八月一週" 夏は続くよどこまでも

           八月一週

 

 

「パワプロくん! どこー!?」

「きゃー! パワプロくーん!!」

「ごめんなさいどいて! テレビ局なんです! 機材にぶつかると危ないですよ!」

「パワプロくんはどこ!? サインしてほしいんだけどー!」

「すみません! 責任者の方はいらっしゃいませんか! 週刊パワスポです! インタビューを!」

「……凄く面白くないでやんす」

 

 グラウンドに集まったやじうま達を見て、矢部が一言ポツリと呟く。

 

「……そうだな。練習の邪魔だ」

「そういう意味じゃないでやんすよ! 東條くんはおかしいと思わないのでやんすか! 二得点な上に盗塁も決め、なによりウィニングボールをキャッチしたオイラを差し置いてパワプロくんが大人気ってどういうことでやんすか!?」

「まあ普通に考えれば、あの伝説に残る猪狩から、記録を止めるタイムリーだけでなく、勝ち越しのツーラン……しかも予告ホームランを完璧に叩き込んだんだ。人気が出るのは当然だ」

「それだけじゃないわよー。えーと何々?『甘いマスクで投手も女性もリード』『キャッチャーマスクを被るのがもったいない程の美男子』『あの完封王子、猪狩守も認めたら才能と容姿』って書かれてるわね」

「ていうか、猪狩くんのあだ名って完封王子だったんだね……」

「そうでやんすねぇ、今までの試合は全部完封勝ちでやんしたし、それはわからんでもないでやんすが……くっ、ぱ、パワプロくんめ……悔しいでやんす……悔しいでやんすぅ!!」

「ま、まあそんなにひがむことないんじゃない? あんたもその、三百%くらい贔屓目に見たら、結構いい男かもしれないわよ?」

「三倍イケメン値を上げてやっと結構レベルでやんすか!? オイラそんなにブサイクじゃないでやんす!」

「えっと何何? 猪狩守選手へのインタビュー……」

「無視するなでやんすー!」

 

 ギャイギャイ! とあかりと矢部が騒ぐ。

 そんな彼らの横に立っていた友沢は、ひょいっと新垣からパワスポを取り上げた。

 

「あっちょっと!」

「『チームメイトはいつもどおり最高のプレイをしてくれた。最終回でタイムリーが出ていれば勝っていたし、パワプロを抑えていれば勝っていたと思う。パワプロの予告ホームランはお返しされた形です。彼に投げる前に三振予告をしていた。それのお返しにホームラン予告をされて、その予告通りに打たれた。力負けです。パワプロが一枚上手だった』」

「それ、猪狩のインタビューよ。そのせいでパワプロに人気集中って訳」

 

 ふむ、とあかりのセリフを聞いて友沢は頷く。

 あれだけ注目度の高い猪狩にこんな殊勝なセリフを言わせた上に、予告ホームランのお返し……なるほど、それならこれだけ人が集まるのも納得出来る。

 しかも激戦区のこの地区をわずか二年で甲子園に導いたキャプテンのキャッチャー……騒がれるのは当然だ。

 

「ファン以外にも、な」

「やんす?」

「見てみろ。あそこに居る人」

「……あのニット帽のおじさんがどうかしたの?」

「あれは影山スカウト。プロのスカウトだ」

「プロのスカウトっ!?」

「あっちに居る紅い服の男は遠藤といって猪狩カイザースのスカウトだし、あっちでカメラを構えているのはパワフルズのスカウトだ。あっちはバスターズで……」

「ま、まさか……」

「パワプロ……率いては俺達をチェックに来たんだ。……俺達は思ったより凄いことをやったみたいだぞ」

 

 友沢が呟く。

 矢部とあかりは顔を見合わせて、グラウンドのベンチの目の前でひたすらバットを降っている東條を見つめる。

 すぐさま二人はバタバタとベンチに引込み、すぐにバットを持って出てきた。

 そんな二人を見て、友沢はふう、とため息を付く。

 

「せわしない奴らだな」

「あはは、本当にね……」

「早川、パワプロはどこにいったんだ? これだけ集まってるんだ。主役を出さないと収集がつかんぞ」

「パワプロくんなら、パワフルニュースの取材うけてるよ」

「……やけに落ち着いているな? ちょっと前の早川なら慌てていたような状況じゃないか?」

「そ、そかな。うん、でも大丈夫だよ? えへ」

 

 何かをごまかそうとするあおいを見て、友沢は一瞬で自体を察知する。

 ここらへんの洞察力が野球にもいかされてるのかもしれない。

 友沢は話を切り上げて、グローブを取る。

 

「キャッチボールでもするか。パワプロが帰ってきたら投球練習だろう?」

「うん。ありがとう」

 

 あおいと友沢はキャッチボールを開始する。

 進と一ノ瀬はコンビを組んですでに投球練習を始めていた。パァンッ! という音が球場に響いた。

 

「甲子園に出発するのは明日か」

「うん、パワプロくんが言ってたよ。八月七日に初戦だから、速攻で甲子園入りするって」

「落ち着いているな、パワプロは。速く甲子園入りして甲子園球場に慣れる為に速く移動するとは」

「あはは、違うよ友沢くん」

 

 友沢の言葉に、あおいは笑う。

 あおいは笑いながらもしっかりと丁寧にボールを投げ込んだ。

 

「パワプロくん。速く甲子園に行きたいっていってたから、多分速く甲子園に行きたいだけだよ」

「……なるほどな。そっちのほうがあいつらしい」

 

 そのあおいの笑みに釣られるように笑いながら、友沢はボールをしっかりと返す。

 それと同時に、きゃあああっ! と野次馬が大きく声を上げた。

 何事かと友沢が目を向けると、パワプロが向こうから走ってくる。

 どうやらインタビューは終わったようだ。慌てて帰ってきたパワプロは友沢たちの方に走っていく。

 

「ふぅ、やっとインタビューが一個終わったぜ……猪狩のやつ、こんなんやってたんだな。すげーわ。……今日は俺書類関係と取材で忙しいんだ。だから今日は予定変更。あおい、一ノ瀬がピッチャーになってフリーバッティングで勝負だ」

「あ、うん、分かった」

「了解だ。実践感覚を忘れない為にもいいだろうしな」

「……了解した」

「了解でやんす」

「おっけー」

「その方がギャラリーも喜ぶだろしな。俺は二時からまた別の取材だよ……それまで筋トレやってるよ」

「それもいいだろうが、ファンサービスもだな」

「……うげっ」

 

 友沢がちょいちょい、と後ろを指差すと、パワプロはカエルが潰れたような声を出す。

 それを皆で笑いながら、各自練習に戻っていった。

 

 

 

                    ☆

 

 

 

『猪狩くんの試合では、何を意識して?』

『とりあえず大量失点しないことを意識してました。強力打線だったので』

『猪狩くんの連続無失点記録相手だったけど、緊張しなかった?』

『しないわけないじゃないですか。でも――打てるとしたら僕達しかいない。そう想って試合に望んでいました』

『なるほど……猪狩くんに対しての予告ホームランは?』

『予告三振をされたので、やり返しました。ライバルにやられっぱなしは悔しいので』

『ふむふむ、それじゃ、猪狩くんとの試合の感想は?』

『最高に楽しかったです。また一緒に試合したいです』

 

 テレビの音を聞きながら、猪狩は腕をふるう。

 猪狩の自宅の室内練習場。プロ顔負けの設備を誇るそこで、猪狩はテレビの音を全開にしてパワプロのインタビューを繰り返し流しながら、汗を拭った。

 

『猪狩くん相手への攻略法は?』

『猪狩に対しての攻略法なんて一個もありません。真正面からぶつかって戦うしか無いですよ』

 

 バシィンッ!! と猪狩の投げたボールが、マットに直撃した。

 ――悔しい。

 

「……ボクは、負けた」

 

 不意をつかれた位で揺らぐ自分じゃない。その自負はある。

 だがそれでも負けた。ならば負けた理由はたった一つ――ただ単に実力がパワプロの方が上だっただけだ。

 最後のパワプロの打席。

 あの打席。

 多少甘く入っても構わないと、腕を全力で振るって投げられたその直球を――パワプロは、ホームランにした。

 

「実力が足りないんだ」

 

 甘く入れば一五〇キロを投げても打たれる。

 プロを目指している自分。そのプロに入れば今のパワプロより上の打者はゴロゴロ居るだろう。それならば自分は変わらなければならない。

 ……いや、違う、と猪狩は首を横に振るう。

 

「バカかボクは、まだ先のことを言い訳にしているのか? ……違うだろう。猪狩守! お前が一番勝ちたい相手は一人だろう!!」

 

 ひとりごとを大声で叫ぶ。

 

 ――パワプロに、勝ちたい。

 

 心にあるのはただそれだけ。ただそれだけだ。

 

「決め球がもう一つほしい。……それと、直球のグレードアップも必要だ」

 

 硬球を握り締め、猪狩は呟いた。

 決め球と言えばフォーク。みっちり練習すれば秋の大会には間に合うか。少し卑怯だが――アマチュア法に抵触しないような元プロにフォークの投げ方を教わろう。

 そしてもう一つ。

 

「……"ホップする直球(ライジングショット)"。完成させるしかないな」

 

 これが完成すれば、パワプロも抑えきれるはずだ。

 

「待っていろパワプロ。ボクはお前に絶対に勝つ。――だから、それまで誰にも負けるな。ボクと戦うまでは、お前を応援してやるさ」

 

 ライバルが映るテレビを見つめながら、猪狩は呟く。

 その表情には――僅かな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

「うおー!!! ここが宿舎でやんすか!」

「恋恋高校さまご一行と書いてあるし間違いなくここだな」

「凄いわね、こっから徒歩でいけるんでしょ?」

「ああ、そういうことだ。うーし! じゃあ全員荷物置けよ! その後早速だけど甲子園に行くぞ!」

 

 わーわーきゃーきゃー、と女子部屋男子部屋に別れ荷物を置き、入り口へ集合した。

 強い日差しが降りしきる中を、ロードワークも兼ねて走り――甲子園へと走る。

 俺達がたどり着いた戦う場所。

 ――阪神甲子園球場。

 プロ野球の本拠地としても有名であり、銀傘と呼ばれる独特の応援を反響させる屋根。広いグラウンドに大きなバックスクリーン。そして黒土。

 それら全てが、ここまで勝ち抜いた強者のみしか直接グラウンドでしか味わえないものだ。

 

「……たどり着いたね……」

「着いただけじゃ、足んねーよ」

 

 呟いたあおいに、俺は拳を握りながら答える。

 ここで、勝ちたい。

 猪狩に勝って闘争心が収まるかと思ってたけどそんな事はなかった。こんな良い球場で強豪と戦えるなんてわくわくするぜ。

 

「うん、そうだった。勝たないとね!」

「ああ!」

「……あれ? パワプロくん?」

 

 あおいと盛り上がっていた所で、後ろから話しかけられる。

 ……どっかで聞いたことある声。っていうかこの声の主のことを俺はよく知ってるじゃねーか。

 

「久遠!?」

「やっぱり! 凄いね君たち。あのあかつき大を倒したんだろう!?」

 

 振り返った所に立っていたのは久遠ヒカルだ。

 俺達が創部する際にぶつかった、栄冠学院大付属のエースピッチャー、プロ顔負けとも思える凄まじいスライダーは、今現在の記憶をさかのぼっても猪狩と同等のものだったっけ。

 その久遠がここに居るってことは……。

 

「まさか、久遠も?」

「勿論」

「マジか、さすがだな」

「ふふ……そ、それで、友沢は?」

「ああ、友沢ならあっちに居るよ」

 

 俺が視線を向けると、久遠も友沢の存在に気づいたらしく、そちらの方に走っていく。

 やっぱ友沢と仲良しなんだな。あの一件が終わってから元通りの親友同士になったみたいで安心するぜ。

 さて、甲子園がどんなもんか、しっかり確認しとかねーとな。

 

「貴様が、猪狩を倒した男か」

「……ん?」

 

 威圧的な声。

 その声の先には、日本人とは思えないガタイの良い男が立っていた。

 こいつ、見たことがある。確か去年決勝戦猪狩と戦っていた高校の一年生の四番だ。

 

「……まあ、あかつき大倒したのは俺達だけど。……お前は?」

「俺は清本。西強高校の四番だ。お前たちと戦えるのを楽しみにしている。――優勝は俺達だがな」

「……西強?」

 

 あれ? たしか金岡……カネが入った高校じゃなかったっけか。

 あかつき大付属が優勝する前までは二連覇とかしてたよな。西強って。

 ……データを集めて調べてみるか。

 

「安心しな、清本。俺達も優勝狙いだからよ」

「そう返してくると安心するぞ。甲子園に出れたことでゴールだと思い込むダメな奴らとは違うようだ。――恋恋高校の葉波風路。いや、パワプロと呼べばいいか?」

「もー諦めた。パワプロでいいぜ」

「ハハハッ! それではまた会おう! 今度はグラウンドでな!」

 

 清本は高笑いをして、歩いて行く。

 ……清本か、面白ぇ。猪狩だけじゃない、強そうな奴はうじゃうじゃ居るじゃねぇか。

 

「……勝つぞ、あおい」

「うん、勿論」

 

 にこっ、と微笑むあおいに笑い返しながら、俺は階段を登る。

 目指すは初戦。そこに向けてしっかり練習するぞ。

 

「そういえば、初戦のくじ引きっていつ?」

「三日前だな。そのくじ引きで三回戦まで組み合わせが決まるんだ」

「三日前ってことは、明日?」

「そういうことだな」

 

 あおいの言葉に頷く。

 初戦で久遠や清本と当たるのも面白そうだけど、まだ見ぬ強敵と戦うのもやぶさかじゃない。

 つまり、だ。

 

「初戦、楽しみだな」

「うん、勿論!」

 

 ってことだよな。

 俺とあおいは微笑み会って、チームメンバーの集まる場所へと移動する。

 さあ、始まるぞ。夏の甲子園がな!

 


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