実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第十七話 "八月二週・夏の甲子園二回戦vs南ナニワ川高校" 乱調とキャッチャー

             八月二週

 

 

 

『さあ始まります。夏の甲子園大会第二戦。恋恋高校vs南ナニワ川高校。エース館西を擁する南ナニ

 

ワ川高校対、強力な打線を売り物にする恋恋高校。勝つのはどちらでしょう! いよいよプレイボールです!』

 

 挨拶を終え、ベンチへと戻る。

 俺達は先攻だ。矢部くんが早速バッターボックスに向かう。

 

「さて、館西攻略するぞ。あおい、復習」

「うん。えっと、たしかマックス一三二キロの軟投派で、制球力が凄くいい。フォームはオーソドックスなデータ重視の選手。これといった決め球は見当たらないけど、球種が多くて打ち取られやすいから、球種を絞って対応する」

「おっけ。んじゃ行くぞ!」

 

 オーダーは先発が一ノ瀬のため、少し変わって。

 先攻のこちらは、

 一番遊 矢部。

 二番二 新垣。

 三番捕 俺。

 四番右 友沢。

 五番三 東條。

 六番中 進。

 七番左 明石。

 八番一 石嶺。

 九番投 一ノ瀬。

 こんな形になる。

 全体的に見れば打撃力は向上してる。打てないあおいがベンチスタートだからな。

 後攻の南ナニワ川のスターティングメンバーは、

 一番中 中谷。

 二番一 紀田。

 三番三 大山。

 四番左 大浦。

 五番二 木口。

 六番右 日間。

 七番遊 白浜。

 八番捕 平出。

 九番投 館西。

 となっている。

 この中で注目すべきは五番の木口。セカンドでありながら予選では六本の本塁打を放っているプロも注目する打者だ。甘く入れば手痛い一撃を食らう可能性も高い。ランナーを木口の前に溜めないようにしないとな。

 

 ウゥゥウウウゥウー!! というサイレン。

 

 プレイボールの合図であるサイレンが鳴り響くと同時、館西がボールを投げた。

 スパァン! とボールはインハイに投げ込まれる。球種はストレート。

 

「ストラーイク!」

 

 審判の手が上がってストライク判定が取られる。

 ボール気味だと思ったんだが……今日の球審は高めに広いのか?

 館西が二球目を投じる。

 コースは再びインハイ。今度は矢部くんも反応し打ちに行く。

 

 だが、そのボールは矢部くんの手元で食い込むように変化する。

 

 スライダーだ。そう思ったときには遅い。

 ガキンッと鈍い音を響かせて打球はファースト真正面に飛ぶ。

 ファーストがそのままボールをキャッチし、ファーストベースを踏んでワンアウト。

 矢部くんに対してはインを二つ続けた。まあ妥当な攻めか。外に逃げれば上手く流し打つ技術はあるしな。

 館西は続く新垣に対しては初球にカーブ、続く二球目に矢部くんと同じような感じでインコースに食い込ませるシュートを使いファールさせてカウントを2-0にした後、高めのストレートを打たせてレフトフライに打ち取った。

 確かにデータ通りストレートのスピードは物足りないし、一つ一つの変化球も前もって調べたように圧倒的なキレは無い。

 だが、そんなストレートと変化球も組み合わせれば打ち取ることが出来るようになる。

 所謂投球のコンビネーションってやつだな。

 緩いカーブの後にストレート。インへのストレートの後に外へと逃げるスライダー。高めのストレートを見せた後のフォークボール。

 代表的な攻め方を三つ上げたが、これ以外にも打者を惑わす組み立てはいくつも存在する。それらを操れば――例え球速が足りなくても変化球で空振りを取れなくてもアウトを積み重ねることは可能なのだ。

 

『バッター三番、葉波くん』

 

 そして今、俺達の前に立ちふさがる南ナニワ川のエースである館西勉もそうやってチームを此処まで導いてきたのだ。

 打席で構える。一、二番は楽に討ち取られたが此処からはクリーンアップだぜ。今大会ナンバーワンなんて評価されている恋恋高校のクリーンアップに対してどう配球する? 生半可なコンビネーションじゃ簡単に対応するだろうぜ。

 特に俺は配球を組み立てるのが本職のキャッチャーだ。あまりにも真っ直ぐな配球ならそれを読んで打つ事だって出来る。

 裏をかきつつ有効な攻めをしなきゃ俺は打ち取れないだろう。さあ、来い。

 館西が初球に選んだボールはインハイへのストレート。

 

 それも、頭に当たりそうなほど厳しいコースだ。

 

 思わず仰け反って倒れ込みながらそれを避ける。

 っぶねー……今避けなきゃあたってたかもしんねーぞ。まさか制球乱したんじゃねーだろうな。

 

「えらいすんません」

 

 館西が帽子を外してすぐに俺に謝ってくる。

 くそ、意図的か抜けたのか判断しづらいじゃねーか。

 ……でも甲子園の二回戦だぞ。初戦じゃあるまいし緊張した、何て事有り得るか?

 二球目、館西はアウトハイにストレートを投げ込んでくる。コースも甘めだ。

 だが、俺はそのボールだが捉えきれずに真後ろへのファールチップにしてしまった。チッ、一球目が厳しいコースだったせいか踏み込めなかったか。そのせいで強くバットを当てることが出来なかったな。

 これで1-1。コンビネーション的には緩いボールを使いたいところだが……。

 三球目、館西はほぼど真ん中にスライダーを投げてくる。思いっきりバットを振りそれを真芯で捉えるが、ボールは僅かにサードの左へと飛んでファールになった。

 

(チッ、振れ過ぎた。アウトハイの後甘いスライダーだったから思わず始動が速くなったぜ。これがストレートならツーベースコースだったんだけど)

 

 構え直しながら館西を見る。

 一球目から三球目までコントロールミスとしか思えない球だ。インハイの危険なコース。二球目はホームランも有り得る打者に対して高めの甘いストレート。そして今のボールも制球を乱せばホームランになりやすいスライダーがど真ん中。これは意図的じゃない。どう考えても緊張して制球を乱しているんだ。

 

(だとすれば2-1に追い込まれてるのもあるし、次の球は好球必打で行くぞ。際どいとこは見逃す)

 

 三振の可能性があるこの場面で見逃すのを念頭に置くことは本来ならば有り得ない事だ。

 だが、相手が際どいコースに投げ込めないほど緊張しているのなら話は別。投手が甘いところに投げてはいけない打者に対して甘く投げてしまうような状態なら、ここは見逃して甘い球を捉えるのに重点を置いたほうがいい結果は出やすいだろう。

 館西の俺に対する四球目。

 腕を振るって投げられたボールはアウトローへのストレート。

 それも、通常時でも思わず手が出ないような絶妙なコースに投げ込まれた館西の球速マックスの球だ。

 見逃すと自分に言い聞かせていたお陰で俺は手が出ない。審判は数瞬迷い、手を高々と上げて、

 

「ストラーイクバッタアウト!!」

「なっ……」

「何かね?」

「……いえ、なんでもありません」

 

 アウトコールを宣告された俺はベンチに急ぎ足で戻る。

 その途中、俺はちらりと横目で館西の表情を見た。

 キャッチャーと走りながら帰る館西の姿に焦りや甘いところに投げ込んじゃって危なかった、なんていうしまった、という表情は気配はない。

 ……やられたな。

 

「珍しいなパワプロ。お前が見逃し三振とは」

「ああ、やられた。相手バッテリーに騙されたぜ。制球乱してんのかと思ったけど違うみてーだ。気ィつけろ。あいつら優しそうな顔に見えて――その実、狸みてーだぜ」

「なんだ、パワプロか」

「なんだ、パワプロくんでやんすか」

「なんだ、パワプロね」

「……なんだ、お前か」

「なんだ、パワプロくんか」

「なんだ、パワプロ先輩ですか」

「オメーらちょっと表出ろ」

「はは、これから守備だから表に出るよ」

 

 くそー、あいつらめ。好き放題いいやがって……!

 まあ仕方ない。相手の術中にハマったのは確かだしな。

 次の打席では覚えてろよ館西め。そう簡単に二度は打ち取られねーぞ。

 ……さて、打者としての考えは終わりだ。次は捕手としてやらねぇとな。

 防具をつけながら一ノ瀬を見た。

 久々の先発でわくわくしているのか、一ノ瀬はマウンドをじっと見つめながら俺を待っている。

 

「……うし、終わり。一ノ瀬、先発久々だな」

「うん。そうだね」

「しっかり投げて来い。今のお前の力、全部引き出してやっから」

「分かってる。頼むよ」

 

 俺が言うと、一ノ瀬は微笑んでマウンドに向かう。

 よし、この信頼に答えてやんねーとな。

 投球練習を終え、南ナニワ川の一番打者、中谷が左のバッターボックスに入る。

 特筆すべき打者ではないが甲子園まで来るチームの一番だ。舐めて掛かったら痛い目にあうぞ。

 特に一ノ瀬は久々の先発だ。手綱は緩めずにしっかり取らないとな。

 

(初球はアウトローへストレート。来い)

 

 一ノ瀬が頷いて、初球。

 パァンッ! とストレートを捕球するがコースは甘い。ど真ん中高めだ。

 緊張しているのか腕が振り切れてないぞ。そのせいで制球がしっかり定まらないんだ。

 しっかり腕を振れとジェスチャーを送り、今度はスライダーのサインを出す。

 頷き、ふぅ、と一息ついて一ノ瀬は再び腕をふるう。

 が、甘いっ……! 殆ど抜けた棒球だ!!

 二度目の甘い球を中谷は逃さない。しっかりとフルスイングで捉えた打球は石嶺の頭を超えてライト線を抜けていく。

 友沢が捕球し新垣にボールを返すがランナーは二塁へと到達した。

 ワァッ、とスタンドが歓声を上げる。

 

「大丈夫だ一ノ瀬! まだ一回だし、一点くらいならやっていいぞ!」

「わかっているよ。大丈夫」

 

 ロージンバッグを手に取ってボールを握り、一ノ瀬は二番の紀田に目をやる。

 紀田は打席に入った途端バントの構えを取った。確実にランナーを三塁に送って先制点を取るっつーか作戦か。……なら、そのワンアウトを確実に貰おう。

 ただ甘い球を投げることだけはしない。あかつき大付属との予選決勝戦での反省は活かすぞ。

 要求するボールはストレート。

 コースはインローだ。

 びゅっ、と投げ込まれるストレートだが球速が出ない。

 紀田はバットにボールが当たった瞬間ファーストに向けてスタートする。

 転がったボールを東條は思わず見送る。ライン際のきわどい所だ、見逃せばファールになるかもしれない。

 

「……っ、切れないか……!」

 

 だが、ボールはそれ以上ファールゾーンへとは転がらなかった。

 東條がとって素早くファーストに投げるが間に合わずに内野安打になる。くっ……! いいところに転がったな。

 これでノーアウト一、三塁。まじいな、立ち上がりだからか一ノ瀬の調子が悪すぎる。下手すりゃ大量失点も有り得るぞ。

 バッターは三番の大山。ランナーが一塁と三塁だ。多分ファーストランナーはセカンドへ盗塁するだろう。

 一、三塁でファーストランナーがセカンドに盗塁すれば、サードランナーはスタートを切る可能性が高い。通常時は投げてもセカンドベースの前でベースカバーにカットされてバックホームに備える、という流れになるため、ファーストランナーのセカンド盗塁は成功しやすいのだ。

 更に言えばサードランナーは俊足。ここは警戒してセカンドにカットさせるケースが殆どだろうしな。

 ――だが。

 

 一ノ瀬が振りかぶる。

 

 ――そんな一般論の野球をしていては上には進めないだろ。

 今一ノ瀬は立ち上がりで不安定。その一ノ瀬を通常の状態に戻してやらなきゃいけない。

 そして、それが出来んのは俺だけだ。

 

 それを見て、ファーストランナーがスタートした。

 一ノ瀬が放ったボールはストレート。高めに抜けた力の無い球だが球速は一三〇をマークしているだろう。

 それを捕球した瞬間、セカンドに送球する。

 同時にサードランナーがスタートをするが関係ない。セカンドでカットすることなく矢部くんが送球を受け取ってセカンドに滑りこんできたランナーにタッチした。

 その間にサードランナーがホームに帰る。

 

『先制点は南ナニワ川ー! ダブルスチール成功ー!』

 

 先制点は許したがこれでいい。ワンアウトだがランナーはいなくなった。

 ノーアウト二、三塁でクリーンアップより一点やってでもワンアウトランナー無しの方が大量失点にはなりにくいからな。

 一息つけたか? 一ノ瀬。ワンアウトを取った……落ち着いて投げればお前のボールは打てない。しっかり投げてこい。

 大山に対してはインローのスクリューから入るぞ。ランナーが無くなってもう一度チャンスを作りたい場面、初球から積極的に来るだろうからな。

 ストレートで不用意に入ると大きいのを撃たれるかも知れない。かといってスライダーは投げそこないが怖い。カーブは決め球に取っておきたいとなればスクリューが一番だ。それを食い込ませるように投げれればある程度制球が乱れても大丈夫。

 一ノ瀬が頷いてスクリューを投げる。

 左打者である大山に喰い込むように変化するボールだ。

 

 それを大山はわかっていたかのように体を開き引っ叩く。

 

 キンッ! と快音を残してボールは右中間に飛んでいった。

 

「ショート中継! 三つはないぞ!」

 

 くっ、完全に読み打ち……! 俺が考えてスクリューを投げさせるのを読んでやがったのか……!!

 進に指示を出しながら俺は歯噛みをする。

 進はボールを捕球し素早く中継に返すが、大山はセカンド上でガッツポーズを取った。

 ツーベース。これで一アウト二塁、再びチャンスメークされてしまった。

 完全に俺の頭の中が読まれてる。配球のパターンを変えた所で、今の一ノ瀬じゃどんな球でも首を振っても今の一ノ瀬の球じゃ抑える事は難しいぞ。

 一ノ瀬の元に走る。

 一ノ瀬は額に珠のような汗を浮かべて苦笑いをした。

 

「悪い、今のは完全に決め打ちだったな」

「仕方ないよ。僕もスクリューを選択した。……今日はやな感じだ。球にスピンがかからない」

「ああ、確かに不調だな……次は四番だ。此処まで相手は速いカウントから打ってきてるし、外角を中心に攻めようと思うんだけどどうだ?」

「それがいいだろうね。ただスライダーは投げたくない。温存とかそういう訳じゃなくて――投球練習からだけど、僕は結構弾く感覚でスライダーを投げているんだけど、今日はその感覚がない。完全に抜けている」

 

 確かに、先頭打者へ対してスライダーが抜けてたな。

 じゃあ今日はほぼスライダーは使えない、封印するべき球ってことか? 決め球が一つ使えないってのは想像以上に重たいぞ。

 

「なるほどな……スライダーが使えないとなると右打者にインへ食い込む球、左打者の逃げていく球が使えないってことか……分かった。それで組み立ててみる」

「うん、助かるよ」

「んじゃ、頼むぜ」

 

 俺は一ノ瀬から離れてキャッチャーズサークルに戻る。

 四番の大浦が打席に立つ。

 南ナニワ川はデータを活かすのが抜群に上手いチームだ。一回の攻防を見てもはっきりとそれが分かる。

 それでも一ノ瀬の調子が良ければ何とでも出来たが、一ノ瀬がこれだけ不調だとリードや使える球なども限られてくる。そのせいでパターンが均一化――結果、このようにリードを読まれて打たれるということになりやすい。

 

(アウトコースへカーブだ)

 

 もうなりふり構っていられない。カーブを投げさせてでもこのピンチを切り抜ける。

 この一回を切り抜ければ一ノ瀬も復調するかも知れない。此処は持てる力で全力で抑えるぞ!

 一ノ瀬がふぅ、と一息をついてボールを投げる。

 ブンッ! と大浦がそれを空ぶった。

 よし、少し甘く入ったがいきなりカーブってのは頭に無かっただろ。

 ボールを投げ返す。

 次はインコースへのストレートだ。甘く入っても緩急があるから打ちにくいハズだ。

 頷いて、ボールを投げ込む一ノ瀬。

 ――だが、ボールは大きく内側にズレる。

 マズイ! と思ったときには遅かった。

 ドカッ、と大浦のお尻にボールが直撃する。

 

「デッドボール! バッターテイクワンベース!」

「だ、大丈夫ですか?」

「いっつつー、大丈夫やで、そっちが制球乱しとんのは分かっとるし。しゃーないしゃーない」

 

 大浦は痛そうにお尻を摩りながらしながらファーストベースへと向かう。

 でもそれ以上に痛いのはこっちだぜ。一番出したくないランナーを出してしまった。

 しかもまだワンアウト――ゲッツーが有るとは言え、プロ注目の五番バッター、木口を一、二塁というピンチで迎えることになるなんてな。

 ちくしょう、相手の攻撃が長いぜ。

 泣き言言っても仕方ない。初球は外へのカーブ。逃げるように投げてもらう。

 パンッ、と捕球するがこれは外れてボールになる。くそ、いつもの一ノ瀬なら入れてくれるけど今日は本当に調子が悪すぎるぞ。

 二球目はストレート。内角低めに投げさせたかった球だがワンバンのボールになった。

 0-2。ここは歩かせてもいいが、今日の一ノ瀬の調子だと押し出しも考えられる。

 特に今日の一ノ瀬は左打者に対して攻めづらそうだからな。次のバッター日間も左打者。ここでフォアボールで逃げたとしてもジリ貧だ。

 

(眼の前の打者を抑えなきゃ道は開けない。来い、一ノ瀬!)

 

 要求した球は再びストレート。外角低めに構えた所に一ノ瀬はストレートを投げ込んでくる。

 僅かに甘くなったストレートだが、これを木口は振らずにストライク、1-2でバッティングカウントだ。

 よしこれは入った。これを上手く使いたいが、どう攻めるべきか……。

 シュートのサインを出す。

 一ノ瀬は首を横に降った。まぁそうか。ここでシュートを使ったら決め球がほぼ無いのと同じだ。ここでシュートを使う訳にはいかないか。

 少し迷って、俺はスクリューを選択する。

 ゲッツーを取りたい場面、追い込んでないこの場面でシュートを使うことも相手は頭をよぎるはず。このスクリューは読みの範疇外だろうからな。

 一ノ瀬が頷いて、インコースにスクリューを投げる。

 よしっ。コースも完璧だ――

 

 ――そう俺が思った瞬間、木口はそのスクリューを掬い上げた。

 

 カァン!! という音が響き渡る。

 今の打ち方、スクリュー待ちとしか思えない。

 まさか南ナニワ川は配球を呼んだとかそういう訳じゃなくて、ただスクリューを狙い打ってただけなのか!?

 一番打者は抜けた甘いスライダーを反射的に振り抜いた。

 二番打者はバントヒットだからこれは無い。はっきり言ってラッキーヒットだ。

 ランナーが無くなった三番打者の大山にはスクリューを振り抜かれた。組み立てを読まれたかと思っていたが、違う。

 最初から、最初から――スクリュー狙いだったのか……。

 

 レフトの明石がボールを見送る。

 

 掬い上げられたボールはレフトへの特大のスリーランホームラン。

 木口がセカンドベース手前で大きくガッツポーズをする。

 一ノ瀬はマウンド上で俯き、俺は呆然とそれを見ることしか出来なかった。

 俺のせいだ。俺の読みが甘かったせいで初回に四失点だ。

 くそ……っ!

 

『入った―!! スリーランホームラン! あかつき大付属に勝利した恋恋高校、まさかの南ナニワ川に初回四失点! リリーフの一ノ瀬を先発に回す作戦は失敗かー!』

「タイム! 内野集まれ!」

 

 こんな速い回から早川を出すわけにはいかない。けど、この流れはかえないと……。

 正直いって今日の一ノ瀬に対して俺には打つ手がない。なら此処で出来ることは一つだ。

 

「え、えぇ!!?」

「ほ、本気でやんすかパワプロくん!?」

「ああ、ある程度やったことあるし、取れる方法はこれくらいだろ」

「……すまない、パワプロくん。折角先発になれてキミとバッテリーを組める試合だったのに……」

「気にすんな、それも含めて俺にリードする力が無かっただけだ。……さて。進!」

 

 センターから進を呼び出す。

 呼ばれた進はセンターから走ってくる。

 

「悪いな」

「いえ、どうしました?」

「俺のリードが相手の考えのドツボにはまってる。今の俺の力量じゃ今日の一ノ瀬を引っ張るのは難しい」

 

 それでも投手は変えれない。

 なら――変えれるポジションは一つだけだ。

 

「――頼むぜ。キャッチャー」

「……っ」

 

 進の顔が驚愕に染まる。

 そりゃそうだよな。いきなりキャッチャーやれって言われたら誰だって驚くもんさ。

 けど、この場面で頼れるのは進しか居ない。頼むぞ。

 

「出来るだろ? ブルペンで一ノ瀬と組んだことも多かったはずだ」

「……はい、出来ます。……ですが、パワプロさんはどうするんですか……?」

「ファーストに入るよ。石嶺、悪い」

「うん。分かってるよ。絶対逆転してくれよ」

「ああ。分かった。すみません、選手の交代です」

 

 よってきた審判に交代を告げる。

 

「ライトの友沢がセンター、センターの猪狩がキャッチャーに入り、キャッチャーの葉波がファースト、レフトの明石がライトに入り、ファーストの石嶺が下がって、レフトに三輪が入ります」

 

 交代を告げて一度ベンチに戻った。防具とか外さねぇとな。

 防具を外しファーストミットを石嶺に借りてファーストへ向かう。

 その途中、あおいが心配そうな表情で俺を見つめているのが見えた。

 俺はあおいにピ、と親指を立ててからファーストに立つ。

 

『ここで恋恋高校、大幅にポジションを変えます。なんと扇の要、葉波がファーストに! 投手は変えずセンターの猪狩進がキャッチャーに入ります!』

 

 頼むぜ進。流れを変えてくれ。

 ピッチャーの交代じゃないので投球練習はない。ぶっつけで一ノ瀬の球を取らなきゃいけないんだ。

 バッターは六番の日間。

 話し合いが終わった進と一ノ瀬は別れ、進がキャッチャーズサークルに座る。

 そして日間に対して一ノ瀬の初球。

 初球に進が要求した球は――ストレート。

 それもワンバンするほど低めの球だ。

 ドッ!! と地面でバウンドした球を進は悠々とキャッチする。

 

「ボーッ!」

 

 審判が声を上げてボールを宣告する。打者の日間も余裕綽々といった表情で再びバットを構えなおした。

 今の球の目的はなんだ? 一ノ瀬が制球を乱しただけに見えるが、進は表情も変えず一ノ瀬ににっこりと笑みを送る。

 二球目、脚を上げて投げられるボールはインコースへのストレートだ。

 バシンッ! と進がそれを捕球する。

 おっ……今の球は普段の一ノ瀬のボールみたいだぞ。進もミットを動かさなかった。

 これでカウントは1-1か。次に進は何を投げさせる?

 三球目のボールはカーブ。アウトコースぎりぎりへと落ちるように投げられたボールを日間は空振った。

 あっという間に追い込んだ。この打者に対する一ノ瀬の投球は俺が受けていた頃と一八〇度違う。いつも通りと呼んでも良いような投球だ。

 立ち直った一ノ瀬にとって下位打線など相手ではない、結局一ノ瀬は日間、白浜、平出をサードゴロ、三振、ファーストフライに打ち取った。

 スリーアウトチェンジ、一回裏にまさかの大量四失点をしてしまったものの――キャッチャーを変えた途端に一ノ瀬は普段の投球を取り戻したんだ。

 ベンチに帰りながら思う。

 すげーな。進の奴……どうやって一ノ瀬の力みを取ったんだ?

 

「進」

「パワプロ先輩?」

 

 レガースだけは外さないようにしつつ、その他の防具を外す進に話しかける。

 進は少し驚いたような顔をする進に俺は近づいて、

 

「一ノ瀬をどうやって立てなおしたんだ? 調子悪かっただろ?」

「……えっと、言いにくいんですけど……調子が悪かった訳じゃないんです」

「何?」

「一ノ瀬さんは緊張してたんです。初戦は出番が無かったですから、初甲子園のマウンドで更に久々の先発登板……緊張してカチコチで腕がふれてなかったんですよ」

「ああ、なるほど……」

 

 確かにそう思えばすべて合点が行く。腕が振れて無かったのも緊張によって硬くなってたからか。

 それくらい気づいてやれればよかったな。

 

「……それで、どうやって緊張を解いたんだ?」

「僕も実はパワプロ先輩が卒業するまで知らなかったんですけど、実は兄さん達が卒業してから組んだ投手は極度の上がり症でして」

「ふむ」

「それでどうすれば緊張がとけるかなーと考えたときに、とりあえず一球、腕を振ることだけを意識して投げさせるといいって思いついたんです」

「へぇ……」

「はい、そうすれば腕を振る感覚だけは思い出せるでしょうし、例えばワンバンとか大暴投とかになってもただの笑い話で済むでしょう?」

 

 なるほどな。確かに投手は立ち上がり緊張したり感覚がつかめなかったりで不安定な事が多い。

 とある大投手が先発の際にわざと大暴投をすることで自分の緊張を解いた、なんて逸話も聞いた覚えがある。つまりは腕を振る感覚を思い出させるため、初球はわざとあんなワンバンの球を投げさせたのだ。

 

「つーと、マウンドで話してた事って……」

「"ワンバンでも大暴投でもいいのでめちゃくちゃに腕振って投げて僕の緊張をほどいてください"ってお願いしました」

 

 進はにっこりと笑う。

 さすが進、投手の操縦が上手い事この上ない。

 捕手が投手より年齢が下だと遠慮が生じてしまったりするもんだが――自分が下級生というのを最大限に利用して一ノ瀬の緊張を解いたんだ。俺じゃこうは行かないだろう。

 

「……お前にゃ敵わないな」

「そんな事ないですよ。たまたま今回は僕が知っていたことがあっただけです」

 

 くす、と笑いながら微笑み返してくれる進。

 ああ、ホントにこいつがチームメイトでよかったぜ。

 

「今日の試合のコントローラーはお前で頼むぞ」

「え? 一応次の回は行くつもりでしたけど……」

「相手さんを喜ばせるこたねぇだろ。捉え始められるまではお前で行く。たまにはファーストも守りたいしな」

「もう……」

 

 おどけるように言う俺に進は頬を膨らせながら、どことなくうれしそうな顔でグラウンドに目を向けた。

 と、俺と進の話を離れた所から聞いていたらしいあおいがとてとてと俺に近寄ってきた。ベンチで待っていて暇なのかな。

 

「パワプロくん。大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。ちょいとヘマしちまったけどな」

「まだまだ一回の攻防が終わっただけだし、大丈夫だよ。ほら――」

 

 あおいが微笑みながらグラウンドに目をやる。

 それにつられるように俺がグラウンドを見た瞬間、バッターボックスの友沢のバットが快音を響かせる。

 友沢が放った弾丸ライナーがセンターの頭上を超えてそのままフェンスに直撃した。

 ドスンッ! と重々しい音を立ててフェンスから転がり落ちた打球をセンターが捕球し、ボールをショートに返す。

 その間に友沢は悠々とセカンドベースに到達した。

 

「相手に球を投げさせたでやんすね」

「配球はインコースへのスライダー二球。外へのシンカー一球、その後に投げられたインハイのストレートを腕を畳んでセンターオーバーね」

「さんきゅ」

 

 超警戒されてる配球じゃねーかよ!

 インに食い込むスライダー二球で存分にのけぞらせた後外の遠い所を緩い球でもって見せるのと同時にカウントを整え、そこまでお膳立てして決め球に投げたインコースのストレートを簡単にセンターオバーにするってどんなだよ。

 改めて凄さを痛感するぜ。味方でよかった。

 

『バッター五番、東條』

 

 続く五番は東條だ。

 東條に対して南ナニワ川バッテリーは外のシュートを見せた後ドロンと落ちるカーブでストライクを取って並行カウントにする。

 そして三球目に投じた外へ逃げながら落ちる緩いシンカーを、東條は踏み込んで流し打った。

 ッガカァン!! と鈍い音を響かせてボールは伸びていく。

 打球はそのままレフトポールの僅か右のフェンスに直撃するあわやホームランかという当たり。

 てんてん、と転がるボールをキャッチするレフトを館西はおののいたように見つめていた。あれだけ慎重に攻めたにもかかわらず結果がホームラン一歩手前の長打なら当然か。

 

「ナイバッチ!!」

「ああ、取られた分は取り返さないとな」

 

 ホームを踏んでベンチに戻ってきた友沢とハイタッチをしながら言うと、友沢は事も無げに言ってベンチに入る。

 打った東條はセカンドに到達した。

 あおいの言ったとおり試合はまだ始まったばっかだ。恐れる事はない。

 なんてたって俺達は俺達は打撃力に定評のあるチームなんだ。

 ノーアウト二塁。このまま押せ押せのムードにしたいところだぜ。

 バッターボックスに進が立つ。

 

『バッター六番、猪狩進』

 

 猪狩は俊足巧打の打者。館西ならインコースを中心に攻めるだろうな。俺だってそうする。

 けどな、進は伊達に六番は打っちゃいないんだぜ館西。そう簡単に初球からインコースに行くと――。

 

 カァンッ! とインコースのストレートを進はライトに引っ張り打つ。

 

 アベレージヒッタータイプだといっても引っ張る力がないわけじゃない。広角に打球を打ち分ける打撃センスと難しい球をヒットにする技術――それを併せ持つ進だって天才と呼ばれて良い選手だ。

 ……兄の影に隠れがちかもしんないけど。

 ライト前のヒットで東條は一気にホームへ帰ってくる。ライトはボールを中継に返しただけだ。

 これで更に一点を返して4-2。うし、速い内に二点返せたのはでかいな。

 続く七番の明石の打席で進は初球からスタートを切る。

 キャッチャーが捕球して二塁へ送球する動きを一瞬見せるが投げることが出来ない。完璧に盗んだ感じだ。

 これでノーアウト二塁。投球もボールでカウントは0-1。押せ押せだ明石。初球狙って行けよ。

 初球。明石は投じられたボールを右方向に打つ。

 平凡なセカンドゴロ。だがこれで進はサードに進む。ワンアウト三塁。犠牲フライでも得点出来る場面だ。

 続くバッターは八番の三輪。

 三輪も右方向を意識して、追い込まれた2-2からの五球目をしっかりと右打ちした。

 鈍い音を立ててファーストにボールが飛ぶ。その瞬間進はスタートを切ってホームへと突っ込んだ。

 ファーストはバックホームはせず、ファーストを踏む。

 これで三対四! よし! 一点なら簡単にひっくり返るぞ!

 続く一ノ瀬は三振に打ち取られてこの回が終了するが、二回表が終わって3-4。試合はまだまだ分からねぇ。あっという間にひっくり返してやるぜ。

 

「進。一ノ瀬の調子はどうだ? 球種は?」

 

 防具をつける進に話しかける。

 進の防具の着用を手伝いながら進の顔を見ると、進は少し考える顔をして、

 

「ストレートは普段通りになったと思います。でもやっぱり今日のスライダーは決まらないみたいですね。後はシュートもキレがあまり……」

「ストレートとカーブでどこまで行ける?」

「相手も甲子園に来るほどの打撃力は持っていますし、データもしっかり集めてるでしょうから……多分、三巡目まではのらりくらりでいけると思いますけど」

「三巡目か……」

 

 進の言葉を考える。

 三巡目。一回に出塁が多くあったから、次の二回の裏は九番の館西からだ。

 そこから三巡目まで少なくとも出塁が三人あると……。

 

「……ちょっと無理して、六回まで行けるか?」

「六回、ですか」

「ああ、残りの三回を早川で切り抜ける。どうだ?」

「それは最低でも、ってことですよね」

「そういうことだ」

「なら、完投させるつもりでリードしますよ」

 

 にこ、と進が笑ってマスクをかぶる。

 ……ったく、こいつめ。

 

「分かった。んじゃ頼むぜキャッチャー」

 

 進の頭をぽん、と叩いてファーストに走る。

 ホントにこいつは頼りになる後輩だぜ。

 二回の裏、南ナニワ川の攻撃。

 完全に立ち直った一ノ瀬は進のリードも合っているのかマウンド上で躍動する。

 先頭バッターの館西を三球三振に打ち取ると、左右を広く使った投球術で一番中谷、二番紀田をあっという間にゴロに打ち取った。

 三回の表の恋恋高校の攻撃は矢部くんから。一巡目こそ上手く討ち取られたが――そう易々と打ち取られるメンツじゃねぇんだ。見てろよ館西。

 

「ふぅ、行くでやんす」

 

 作戦は無し。何故なら――

 

 矢部くんに対しての初球、館西が選択したのは中に食い込んでくるシュート。

 俊足巧打の左打者である矢部くんに対して内に変化する変化球で詰まらせようという算段だったのだろう。

 でもな館西。その読みは甘いぞ。

 基本通りの配球は矢部くんには通用しない。

 理由は簡単、なんてたって矢部くんは、

 

 ――猪狩守のストレートを弾き返せる程の打撃技術を持っているんだから。

 

 矢部くんはくるりと体を回転させて内に食い込んでくるシュートを打つ。

 打球はファーストの頭を超えて、ボールはライト線にポトンと落ちた。

 

「ゴー!!」

 

 矢部くんはセカンドに疾駆する。打球が転々としている間に矢部くんはあっという間にセカンドベースを陥れた。

 ホントに頼りになる一番打者だよな、矢部くんってさ。

 続く新垣も右方向への打撃を心がけ、しっかりと引きつけ右方向に放つ。

 キィンッ、と書い音を奏でた打球はライト前へ転がった。

 それを見て矢部くんはサードを蹴り、ホームに帰ってくる。

 これで同点、なおもノーアウト一塁のチャンスか。

 バッターは俺。守備ではトチったからな。バットで取り返すぞ。

 さっきの打席じゃ考えを利用されたがこの打席はそうはいかない。失敗は取り戻さないとな。

 

「……ふぅ」

 

 目を瞑って息を吐く。

 落ち着け。館西の投球術にハマらなければ一つ一つのボールへの対処は難しくない。

 俺は猪狩から打ったんだぞ。自信を持て。

 自分自身に言い聞かせ館西を見据える。

 四対四に追いついた。ここで勝ち越せれば一ノ瀬はもう点はやらないだろう。

 館西が脚を上げてクイックモーションから素早く腕を振るいボールを投げ込んできた。

 初球を見逃す。インハイへのシュートだ。

 

「トーライ!」

 

 審判が腕を上げる。

 ぎりぎり入ったか。初球にインハイを使ってくるっつーことは俺には長打を打たせない自信があるということだ。

 初回の攻防で俺の読みを上回ったからな。もう俺は格下って扱いか?

 二球目もインコースのストレート。しっかりと見逃してこれはボールだ。

 

「ボーッ!」

 

 うし、これで並行カウントになったな。

 ここまでの配球を見ても長打を恐れる様子はない。

 三球目は外に緩い球、カーブをアウトローぎりぎりに落としてきた。

 

「トーライッ!」

 

 追い込まれる。

 インハイシュート、インハイストレート、アウトローカーブ……相手にとっては俺を理想的な配球で追い込めた形だ。

 後はインコースにシュートかストレートか、もう一球外の緩い球を見せるか――いずれにせよ、緩急を使ってインコースの球で仕留めたい所だろう。

 試合前にデータで見た館西は自分の気持ちを律する事のできる賢い投手だ。此処は速攻で勝負してくるなんてことは絶対にない。

 腐っても猪狩守からホームランを打った俺に対して、流れがたゆたっているようなこの場面なら尚更だ。

 恐らく館西は"もう打てない"と確信している相手にでも甘い攻めはしてこないだろう。例えば今打席に立ってるのがあおいだとしても、だ。

 四球目は万が一にも届かない遠目へ緩いカーブ。明らかに外したな。

 ボールカウントが2-2になる。

 次が勝負球だ。一球外れても良い保険がある場面で――インコースのギリギリを攻めてくるぞ。

 

(シュートを頭に置きながらストレートを待つ)

 

 館西がセットポジションから素早くボールを投げ込んだ。

 球種はシュート。コースは――

 

(打つっ!)

 

 ――インロー!

 ッキィンッ! と快音が響き渡る。

 打ったのを確認した瞬間、ファーストへと走り出す。

 ボールは角度が低いものの痛烈な当たりでレフトの左を破っていく。

 大浦がクッションボールを素早く処理し中継に返すが、新垣はサードへ俺はセカンドへ到達する。

 

「っふぅ」

「ナイバッチー!!」

 

 スタンドの歓声とベンチからのお褒めを浴びながらマウンドへと目をやる。

 タイムを取ってセカンドとショートがマウンドに集まって円陣を組んだ。

 はっきりと館西には焦りの色が見える。一打席終わっただけで相手を格付けしちゃダメだぜ館西。刻一刻とデータは変化するんだ。スコアラーのようなデータの価値観を持っている奴だと思うけど、そのデータを以って先読みしないとな。

 データを持って戦うのは凄まじい強みを齎す。俺達恋恋高校が甲子園に来れたのもデータがあったからこそだ。

 だが――それと同時にそのデータから得た情報を逆手に取られて利用されるというアキレス腱を抱える事にもなる。

 館西はデータを利用して初回を抑えて俺がリードする一ノ瀬から四点を奪った。なら今度は俺達がそのデータを利用する番だぜ。

 

「あかん、四番は敬遠や!」

「此処で敬遠しても五番に打たれりゃ同じやで! ノーアウトや! ランナー出すことが危険なこと位分かるやろ!」

「それでもアカン! さっきの打席見てへんかったんか? あんだけ丁寧に攻めたのに弾き返されたんやで! どっちかといったら東條の方が怖ない! 敬遠や!」

 

 ヒートアップした漏れて聴こえる声は捕手と投手の言い合いのようだ。

 リードは投手の館西が行っていたんだろう。投手が優位なバッテリーはこういう時に統率が取りづらくなるのが頂けないんだよな。

 やっぱり捕手が投手を引っ張るのが理想的なバッテリーの関係だぜ。

 結局敬遠することに決まり、友沢がファーストベースに歩く。

 続くのはバッター五番、東條。

 俺がキャッチャーならば此処では勝負を挑んだろうな。でもまぁ敬遠をしちゃいけないって場面でもない。ホームゲッツーが取れる可能性も出てくるし、友沢は当てるのが上手いから最低一点は入る可能性も高いだろう。

 

 ――だがそれでも、俺は東條の前にランナーを貯めるなんてことはしたくない。

 

 東條に打撃指導してもらい、チームメイトとして東條の打撃を一番近くで見てきた俺ならばそう思うぜ。

 友沢の方が確かにヒットにする技術はあるだろう。多分、その技術だけなら友沢は十年に一人と言われてもおかしくない程の逸材だ。

 ならば東條はその反対。

 

 ガッッキイインッ!! と快音が響き渡る。

 

 その打球の行方を確認するまでもない。

 東條は打ったバットを軽く投げながら、ゆっくりとファーストベースへと歩き出した。

 ドゴンッ!! と甲子園球場のバックスクリーンに打球は飛び込む。

 その瞬間、割れんばかりの歓声が甲子園を包み込んだ。

 友沢が巧打で十年に一人なら東條は強打で十年に一人の逸材だ。

 つまりはまぁ、友沢はヒットを打つ能力が有り、東條はホームランを打つ能力が有るってこと。

 ただ長打が打てる程度の能力ならこれほどまでに打てないだろう。

 友沢も東條も洞察力や動体視力、状況判断能力がずば抜けて高いんだよな。時代が違っていたなら"友沢世代""東條世代"と呼ばれていたかもしれない。……そんな選手二人が同じチームに居るんだから、そりゃつえぇよな。俺達はさ。

 苦笑しながらホームベースを踏み、東條が回ってくるのを待つ。

 

「さすがね、東條」

「ないばっちん、主砲」

「……甘く来た。……お前のミスは取り返したぞ」

「さんきゅ。切り替えていくぜ」

「次は俺が打つ」

 

 あ、また友沢が東條と睨み合ってバチバチやってら。ホント飽きねーよなこいつら。

 ま、同一チームにライバルが居るってのは良い事なのかもな。友沢一人、東條一人だけならこいつらも此処までの選手にはならなかったろう。運命のめぐり合わせってホントなんつーか、分かってるよな。

 

「んじゃま、後はバッテリーに任せますか」

 

 俺がニヤリとほほを釣り上げると、新垣、友沢、東條も顔を見合わせてからニヤリと頬を持ち上げる。

 さあ、試合の流れは引き寄せた。それを活かすのはお前たちの仕事だぜ。進、一ノ瀬。

 

 

 

                   ☆

 

 

「クソッ!!」

 

 館西は悪態をついてベンチに戻る。

 監督が振ったタクトは投手交代という、館西にとって到底納得の行くものではなかった。

 初回は館西の立てたデータと作戦通りにパワプロのリズムを崩した。一ノ瀬の不調もあったが初回の三者凡退が流れを作ったのに間違いはない。最初の攻撃で四点取るまでは完璧だった。

 あのままパワプロが捕手に座り続けたのなら試合は恐らく決まっていただろう。

 

(チィッ……考えがこっちの作戦と相性がええって察知するや否やキャッチを変えてリードどころか傾向をまるごと変えてくるなんて……! 並のキャッチャーなら出来へん! 向こうの監督はカカシみたいなもんや。自分が監督やっとって、自分がキャッチャーを外れて後輩に任せるなんて普通考えれる訳あらへん……何何やあいつ!)

 

 館西は相手のベンチに目をやった。

 ベンチの中で女性投手と楽しそうに会話するパワプロを見て館西はギリリと歯を食いしばる。

 

(自分の力量と投手の好不調にチームの打撃状態、更にこっちの攻撃力やらリード傾向その他を把握して、今の自分の技術でキャッチ続けても挽回出来へん、このまま崩れ続けて試合が壊れるだけやって見切るや否や、自分のポジをズラしてでも状況を変えてきよった)

 

 攻撃に転じた時に打ち崩せるよう、一ノ瀬が過去に投げた内容のスコアデータをめくりながら、館西は確信する。

 ――やはり、あの恋恋高校はパワプロという男が纏めている"強豪"なのだと。

 

(あいつの打撃がどうとか、守備がどうとかそういう問題ちゃう。正直言って打撃なら三番友沢五番東條どころか、六番の猪狩進や七番の一ノ瀬にも劣っとる。守備やってキャッチングや肩も、リード面でも今日の猪狩進と同レベルかそれ以下や。肩は多少猪狩進よりは強いようやけど、あいつの恐ろしさはそういう所ちゃうんや)

 

 カカッ、とスコアデータに鉛筆で書きこみながら傾向を探る。

 公式戦で進と一ノ瀬が組んだのは今日が初めてなせいか、どの作戦をとってもしっくり来るものは感じなかった。

 

(――あいつの、パワプロの恐ろしさは"感度の良さ"や。ピンチを察知する感度が鋭すぎるっ……!)

 

 その事実にゾッとする。

 それはどんな才能よりもキャッチャーにとって必要な才能だと館西は思う。

 "このまま続ければ試合が潰れる"……それを察知して回避することができたら、どれだけチームは助かるか想像に難くない。

 試合の肝を見極め、その流れを帰るためならば自分のポジションすら厭わない。その思い切りの良さも彼の良さの一つだろう。

 そして何より――その成長率の高さ。

 インハイのボールに対して明らかに一打席目とは反応が違う。一打席目を見る限りは内の球を裁く能力の高さは感じさせなかったのに、二打席目はシュートを完璧にはじき返した。

 

(……完敗や)

 

 ぐしゃ、とスコアデータを握りつぶし、館西はグラウンドを睨みつける。

 データがすべてと思い込んだのが敗因。勝負に勝ち続けるためにははデータを応用する適応力、応用力が必要なのだ。データを手に入れたと思い込んでその上にあぐらをかいているだけでは勝ちは舞い降りてこない。

 

(来年は優勝してやる……! 絶対に……!)

 

 悔しそうに拳を握り締める館西の視線の先では、完全に壊れた試合の勝敗を決定づける一ノ瀬のスリーランが飛び出した所だった。

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 結局、一ノ瀬は五、八回に二点ずつ失ったものの八回まで投げ切った。

 打線も打線で五回に更に一点、七回、九回に各二点ずつを奪い――十六対八。ダブルスコアをつける一方的な試合展開だ。

 

「うーし、んじゃ最終回の守りだ。しっかり三人で締めるぞ! あおい、この回から行くぞ」

「やたー! やっと出番だよ。もう待ちくたびれちゃった……」

「進――」

「センターのグローブをもって出ますね」

「……そうかい。んじゃキャッチャーは俺だな」

 

 防具をあおいに手伝ってもらいながら素早くつける。

 さすが進、次の試合に向けて俺に嫌な感覚だけが残るなんてことはしないようにしてくれてるんだな。

 防具を付け終わり、グローブを持ってキャッチャーズサークルに急ぐ。

 

「キャッチャーの猪狩進がセンターに入り、ファーストの葉波がキャッチャーに入ります。センターに居た友沢はライト、ライトの明石はレフトに言って、ファーストの三輪を変えてファースト赤坂。投手も変わって早川でお願いします」

 

 加藤先生が審判に交代を告げている間、あおいの投球をグローブで受け止める。

 相変わらずあおいのボールは安定している。そういえば俺がキャッチャーやってる間あおいが絶不調だったって事はあんまなかったな。

 なんでだろう。……あとで聞いてみるか。

 ッパァンッ! と乾いた音を立てるのに満足しながらボールを早川へと返す。

 この回の南ナニワは三番から、大山大浦木口にゃ俺がリードしてる間痛い目にあったからな。しっかりとお返ししとかねーと。

 

『バッター三番、大山』

 

 最後まで諦めない。そういう雰囲気が大山から漂ってきてる。

 大山、大浦、木口は三年生だ。この試合で負ければ高校野球は終わりだからな。

 ――いつか、自分達にもそんな日が近い内に来る。

 それまでどれだけ悔いが残らないように出来るのかが大事なんだ。

 投手の調子が悪いからとか言って試合をぶち壊すリードをしてちゃキャッチャーは務まらない。成長していかねーとな。

 あおいが振りかぶる。初球はインハイのストレート。"第三の球種"だ。

 リリーフ登板だから決め球は温存しない。どうせ研究されてるだろうしな。

 スパァン! とボールを受け止めると、背後から審判がストライクと大きな声でコールする。

 よし、これで1-0だ。初球をストライクに出来ると楽になるからな。

 

(二球目は外低めへのカーブ)

 

 早川が頷いて投じたボールは強烈なスピンが掛かりゆるりと落ちる。

 大山は読んでいたとばかりに全力でバットを振るった。

 ゴキンッ! と芯を外れた重々しい音。

 外野まではとても飛ばない。ピッチャー正面のゴロとなったボールをあおいはしっかりと捕球して一塁にダッシュしながらトスをした。

 オーケー。これでワンアウトだ。先頭バッターを取ったぞ。

 正直言って俺はめちゃくちゃ緊張してた。この試合の頭から四失点するリードをしちまった訳だし、あおいとは多く試合組んでるからな。その分データなども読まれやすいし。

 

(それでもあおいは俺を信じて最高のボールを投げ込んでくれる。だったらその信頼にゃ答えないとな)

 自分に言い聞かせて俺はぐいっとマスクをかぶり直した。後二人、全力で抑えるぞ。

 大浦に対しては初球からマリンボールを使う。

 あかつき大付属の時もそうだったがマリンボールはそれ一個で相手の四番がキリキリ舞するような決め球だ。

 先発が豊富ならあおいはクローザーも出来るかもしれないな。アンダースローの抑えってのは珍しいけどこれだけストレートが良くて空振りをとれる変化球が有るなら結果を残せるはずだぜ。

 大浦に対する二球目はインハイへのストレート。点差もあるし大胆に攻めるぞ。

 インハイのストレートを空ぶった大浦は悔しそうにあおいを睨みつける。

 マリンボールの変化を見せられた後でインハイのストレートは打てないだろう。

 さて、2-0だ。此処から遊ぶって選択肢も有るんだけど、相手は打ち気にはやってる上あおいが制球力の良い投手ってのは頭に入ってるだろ。なら此処はアウトローボール気味へストレートを外す。ボール一個分くらいだ。

 あおいが頷いてボールを投げる。

 案の定大浦はそのボールに食いついた。

 コキッ、と軽い音でボールはファースト前へ転がる。それを赤坂が取ってファーストを踏んでツーアウト。

 さて、いよいよ今日五打点大暴れの木口だ。

 試合前に警戒するっつってたのにこの結果を許したのは俺のせいだ。ここはしっかりリベンジしとかないとな。

 

『バッター五番、木口くん』

(インコースを上手く裁く。外角低めギリギリのストレートだ)

 

 緩い球は待たれて打たれる。木口の得意コースはインコースだ。追い込まれるまではインコース待ちと見て間違いない。

 あおいが投げ込む外角低めへのストレートをしっかりと抑えこむ。

 球威があるボールは手首に力を入れて捕球しないとな。球威に押されてグローブが外へ流れるとボール判定されやすくなる。キャッチャーとしてはそれは避けないといけない最低限の技術だ。

 

「トーライ!」

 

 よし、きわどいコースをストライクと取ってもらえたぞ。

 次は外角低めにマリンボールだ。

 ストレートの起動と途中まで全く一緒のマリンボールを外角低め、少し甘い所から逃げるように落とす。

 シンカーは利き腕と同じ方向に曲がるボールだからな。左バッターの木口にとっては外に逃げるように変化する。それを利用するぞ。

 ビッとあおいがストレートと全く同じフォームでマリンボールを投げ込んだ。

 木口はそれを見てスイングをするが当たらない。打者の手元に来る時には先程のストレートより更に外に逃げているボールだ。当たる訳がないぜ。

 

「スイング! トラックツー!」

 

 よし、これで追い込んだ。

 遊び球は要らない。三球で勝負するぞ。

 ストレートとマリンボール、ここまではすべて外で攻めた。インコースは一球も使ってない。

 そろそろインコースを使いたい所だが――ここはあえて、外で勝負する。

 木口はインコースへの意識を更に強くしてるはずだしな。悪い選択ではないはずだ。

 それに俺とあおいの武器は直球でも変化球でもなく制球力。それを証明するのに相応しいボールでこの試合を締め括るぞ。

 

(アウトローへのストレート。最高の球を投げ込んでこい)

 

 あおいが頷く。

 ぴょこん、とおさげが嬉しそうに跳ねた。

 来いあおい、お前の最高のボールで試合を締めろ。

 あおいが綺麗かつ疾い腕の振りから強烈なボールを投げ込む。

 木口は動かない。きわどいコースはカットしなければならないという意識は有るだろうが――手がでないのだ。

 ッパァンッ! とボールがミットに吸い込まれて音を立てる。ミットを一ミリすらも動かさずに捕球出来る――まさに針の穴を通すような見事なボールだ。

 

「……トラック! バッターアウト! ゲームセット!」

 

 球審が手を上げて試合の終わりを告げた。

 木口は悔しそうにバットを持ってベンチに戻って行く。

 ふぅ、なんとか汚名返上は出来たかな?

 

「パワプロくぅーん!」

 

 とたたーと走ってくるあおいが可愛い。ま、何はともあれ――二回戦突破だ!

 あおいを抱きとめながらホームベースの前まで移動する。なんだよ矢部くんに新垣、言いたいことがあるならニヤニヤしてないではっきり言えっ!

 

「十六対八、恋恋高校!」

「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」

 

 礼をいって前の人物と握手をする。

 館西だ。

 

「完敗や。負けたで」

「後輩が頑張ってくれたおかげだよ。俺は完璧に読まれたみたいだったし」

「……そんな事あらへんで。データ通りの動きはしてくれへんかった、一ノ瀬の不調が大きかっただけや。次もガンバレや。南ナニワ川の分まで頼むで」

「ああ、ありがとう」

 

 俺が礼を言うと館西は走っていく。

 おっと、校歌斉唱があるんだったな。速く並ばねーと。

 あおいと矢部くんに急かされて、俺はベンチ前に並ぶ。

 さあ次は三回戦だ。絶対に勝つぞ!


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