実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第十八話"八月三週・準決勝"、猪狩の葛藤と確信、そして――。

               八月三週

 

 

 

 

 第三回戦、恋恋高校vs一芸大付属高校 三対一で恋恋高校の勝利。初回の友沢の二点タイムリーツーベースが最後まで重く、また七回表の東條のホームランで試合を決定づける。

 準々決勝、恋恋高校vsワールド高校 六対二で恋恋高校の勝利。初回、葉波のタイムリーヒットで先制するも二回の裏、七番のニックにツーランを浴び逆転を許す。しかし五回に友沢のスリーランで逆転し返すと、八回にも東條のツーランで加点し圧勝。

 ――そして、準決勝。

 恋恋高校が戦う相手は"栄光学院大付属"。

 そう、恋恋高校野球部が一番最初に戦ったあの野球部の一軍だ。

 

 

 

「此処まで来たなぁ」

「もう手が届くところだね」

「やっとオイラたちが強いとひしひしと自覚してきたでやんす」

 

 球場入りしてノックが終わり、栄冠学院大付属の様子を見ながら俺達は呟くように言う。

 準決勝。これに勝てば決勝戦――。

 優勝出来ると思ってたけど、此処まで来るとやっぱり緊張感がすごいな。

 

「あれ? そういや友沢は?」

「パワプロ、あんた忘れたの?」

「パワプロくんパワプロくん、友沢くんは、ほら」

「あー……」

 

 そういやそうだったな。久遠ヒカルに挨拶に行ったんだ。

 ホント仲良しだなアイツら。まあ本当はああいうケンカ別れする形じゃなかったんだし、当然っちゃ当然だけどさ。

 ん、でも猪狩は俺に敵愾心丸出しで睨みつけたりしてくるよな。……えーと……。

 

「あれ? もしかして俺嫌われてる……?」

「? 何いってんのいきなり?」

「ぱ、パワプロくん、その、ぼ、僕は、えと……す、好き、だよ?」

「あー、いや、違う。猪狩の話だよ。久遠と友沢みたいに話すような事あんまないしさ」

「ふぇっ!?」

「やってしまったでやんすねぇ。あおいちゃん」

「あおい……それ皆知ってるわよ」

「えええーっ!? それはそれで聞き捨てならないよ!?」

「むしろ隠せてると思ってたでやんすか」

「う、うう、ま、まあパワプロくん、その、猪狩くんはね、えとね。ただね、パワプロくんと話すとライバル意識が薄れちゃうからあんな風にしてると思うよ!」

 

 ニヤニヤという矢部くんと新垣の視線を必死に避けながらあおいが俺に言う。

 うん、さすがの俺でも話題そらしに必死になってることが分かるな。

 ……可愛いけど可哀想だし、助け舟を出してやるか。

 

「そうか?」

「うん、パワプロくんのことが好きだから話すと凄くフレンドリーになっちゃいそうなんだよ。でもパワプロくんとも戦いたいから、闘争心を煽る時だけ話かけてるんじゃないかな?」

「なるほどな」

「あおいもパワプロのこと好きだから話してるとフレンドリーどころかラブラブオーラ出しちゃうのよね?

「そうでやんすね。出しちゃうでやんすね」

「も、もーっ! ふたりともいい加減にしないと怒るよっ!」

 

 お、ついにあおいが切れた。

 にしても矢部くんも新垣もすごい息のあったコンビネーションっぷりだな。この二人も相性がいいんじゃねぇの?

 

「そ、それを言うならあかりだって矢部くんとずっと仲良しだよね! キャッチボールとかボクをいぢめる時とかも息ばっちりだし!」

「は、はぁ!? な、何いってんのよ! ショートセカンドはコンビネーションが大事だしっ! あ、あおいとパワプロのことに興味があるから一緒にいじってるだけよっ!」

 

 かぁぁーっと新垣が顔を真っ赤にしてぷいっとそっぽを向く。おお、新垣が赤くなるとこ初めてみたぜ。

 そんな新垣の様子を見て何か気づいたらしいあおいは、少し驚いた顔を見せた後ニヤリと頬を釣り上げた。

 

「うぐっ、ちょ、ちょっとあんたなんか言いなさいよっ!」

 

 あおいの様子を見て更に慌て出した新垣はベシベシッ! と矢部くんの肩を叩きながら助け舟を要求する。

 矢部くんはそんな新垣とあおいを交互に見て、

 

「ありえんでやんす。確かに息はあうでやんすがあおいちゃんが言っているような関係には到底ならんでやんす。オイラの嫁は二次元の中にいるでやんすから」

 

 キリッ! なんて擬音が似合いそうな程矢部くんはいい顔をして明言した。

 おおう、さすがのあおいも呆然としてるじゃねぇか。かくいう俺も驚愕として声が出ないけど。矢部くん、俺でもはっきり分かる。今矢部くんはべきべきにフラグをへし折るどころかブルドーザーで轢き壊してるぞ……。

 わなわなと肩を震わしながら新垣は額に血管を浮かべてニッコリと微笑み、

 

「そう、よねぇ? 私もそう思うわ。私の婿ももっと美形で野球が上手くて優しくて人に頼られて気遣いが出来るような夢の中にいる人だと思うわっ!!」

 

 バゴス!! と新垣のチョップが飛ぶと同時に矢部くんのメガネが粉々になった。すげぇ早業だ。七井のライナーより疾いぞ。

 

「ギャアアアアアーでやんすー!!!」

「ふんっ!」

 

 矢部くんは目を抑えながらゴロゴロとその場で悶絶する。頼む新垣。うちの正ショートを壊さないでくれ。

 怒りに肩を揺らしながら新垣はベンチ裏に引き上げていった。

 もう少しで試合開始だというのに和気藹々としてる。緊張はないどころか足りないくらいだ。ま、試合が始まれば引き締めれる奴らだって分かってるから注意はしないけどな。

 

「う、うう、えらい目に会ったでやんす」

「いつのまにスペアメガネ出したんだよ……」

「オイラ、スペアメガネは一〇個は持ってるでやんすよ!」

「かさばるだろそれ! 持って来すぎだ!」

「備えあれば憂いなしでやんす」

 

 メガネをかけ直しながら矢部くんは胸を張る。

 ま、確かに言ってることは合ってるんだが……まあ本人がいいなら良いか。

 いよいよ準決勝が始まる。相手はあの栄光大学付属だ。そう簡単な試合にはならないだろう。

 

「……勝つぞ」

 

 俺が言うと、あおいが無言できゅっと手を握ってきた。

 硬い手だ。こんな手になるまで練習したあおいを、勝たせてやりたい。

 その手を握り返して審判が挨拶に呼ぶのを待つ。

 ――今日も、グラウンドは暑そうだ。

 

 

 

 

                      ☆

 

 

 

 

「今回の作戦は至ってシンプルだ。"スライダーは振るな"」

「スライダーは振るな……? じゃあ他のボールは?」

「ストライクゾーンに来たなら何がなんでも打っていけ」

「……でもそれじゃあちょっと見逃し三振が増えそうでやんすよね? ヘタをすればゴロやフライばっかで簡単にアウトカウントを献上することになりかねんでやんすよ」

「かもな。でも考えて見てくれよ。久遠のスライダーははっきり言って猪狩以上なんだぜ? そんなスライダーに真正面からぶつかっていく訳にはいかないだろ」

 

 久遠のスコア表を全員に見せながら説明する。

 久遠は六割がスライダーという決め球重視の組み立てをするからな。それを無視すれば多分、見逃し三振の連続になるだろう。

 それでも下手に気を取られて打つよりはそのほうがずっと良い。猪狩以上のスライダーを連打出来る訳ないからな。ストレートやカーブは猪狩よりもレベルは低い訳だからそっちを狙うのが当然の策ってもんだ。

 

「だからスライダーを捨ててその他の球を打っていく。他の球なら猪狩を打って甲子園に出た俺達が捉え切れない球じゃない。カーブ、フォークもあるしストレートもマックス一四八キロだが、それでも猪狩を攻略した俺達ならスライダー以外の球にならついていけるだろう。だからスライダーは捨てる」

「分かった。でも私ならスライダー、バント出来ると思うけどね」

 

 俺がきっぱりというと皆は声を上げてそれを受諾してくれる。

 にしてもマジか新垣。あのスライダーをバント出来ると豪語するとは……よほど自信があんだな。

 まあ良い。攻撃面について知らせる事はこれ以外は無しでいいだろう。

 問題は守備面の方だしな。攻撃面のことでゴチャゴチャ対応をオーダーするってのはナンセンスってやつだぜ。

 

「よし、次は守備面だ。むしろこっちのほうが大事だからしっかりと聞けよ」

 

 俺が釘を刺すと全員がこくりと頷いてくれる。

 

「栄光学院大付属は打撃力のチームだ。一見投手力のチームに見えるが違う。エースの久遠が圧倒的すぎて防御率も低いがそれより特筆すべきはチーム打率。予選リーグではチーム打率が三割六分二厘」

「さ、三割六分!?」

「な、なんでやんすかそのふざけた数値……!」

「ああ、恐ろしくつながる打線だが、何よりも恐ろしいのは得点だ。栄光学院大付属の地区は参加校が少なめで試合数が五つしかない。しかし栄光学院大付属の予選の得点は何と三桁。一〇九打点も稼いでる。

「なんだと……? つまり栄光学院大付属は一試合二〇点を取ったのか?」

「そういうこと」

 

 データ上で見ても恐ろしい打線だぜ。予選では全試合で二桁得点で二桁安打だ。しかも久遠は味方のエラーが絡んだ二失点しかしていない。

 そして、その攻撃力の証としてか甲子園大会でも今まで全試合二桁安打の五得点以上で勝ち上がってきてる。

 今日まで続く"強打"のチームカラーってのを引き継ぎつつ、背番号一番を迷うことなく任せる事ができるエースを手に入れたのが今年の栄光学院大付属と言っていいだろう。

 

「それをどうやって抑えるのかが問題でやんす。……どうするでやんすか?」

「方法は考えたが、明確な攻略法はなかった」

 

 俺がきっぱりというと、矢部くんは驚いた顔をした。

 そりゃそうか、今まできっちり攻略法を示唆してから行動してきたからな。

 だが探しても見つからないってのは本当だ。

 あかつき大付属が甲子園で勝ち残ったのは確実に一点は取れる打力と、後は無失点に抑えてくれる猪狩守が居たからだ。単純な打撃力なら多分、下馬評通り栄光学院大付属が高校野球ナンバーワンだ。

 けど、上位打線とクリーンアップなら話は別だぜ。

 矢部くんと確実にバント出来る新垣にクリーンアップ、特に友沢と東條は相手のクリーンアップを凌ぐ実力を持ってる。

 それなら――取れる作戦は一つだけだ。

 

「……力と力のぶつかりあいしかねぇ。あとはこっちが失点する以上に相手から何点得点出来るかにかかってる」

 

 俺が言うと、全員が神妙な面持ちで俺を見つめた。

 俺は声をあげて、

 

「今回の戦いはあかつき大付属よりも試合が動く。栄光学院大付属はあかつき大付属打者能力はあるだろうが、打ち負けるな! 俺達も打撃にゃ自信があるからな。"高校野球ナンバーワンの打撃力"の看板、そっくりそのまま奪っちまうぞ!」

 

 俺がいうと皆がおおー!! と声を張り上げた。

 さあ、行くぜ久遠。戦いの始まりだ!

 

『バッター一番、矢部』

 

 矢部くんが打席に向かう。

 こっちの今日のオーダーは早川が先発した時と変わらない。

 栄光学院付属のスタメンは以下の通り。

 一番セカンド箕輪。 

 二番センター市瀬。 

 三番ファースト黒瀬。

 四番レフト大黒。  

 五番サード川崎。  

 六番ショート北川。 

 七番ライト九条。  

 八番キャッチャー三田村。

 九番ピッチャー久遠。

 全員が全員打率は三割以上。繋ぐ意識を持ちながらフルスイングをして長打を放とうというその意識は脅威だぜ。

 しかしながら投手は猪狩程圧倒的ってわけじゃない。スライダーは猪狩より上だろうがその他は猪狩以下、つまりスライダーが無いと思えば打てない投手じゃないということだ。

 

『さあ、いよいよ試合が始まります!』

 

 ウウウウウウウウー! とけたたましくサイレンが鳴り響く。

 そのサイレンの中、久遠は初球を投じる。

 スライダーだ。

 矢部くんはしっかりとそれを見逃す。ストライクだ。

 1-0からの二球目も久遠はスライダーを投げる。これはボールゾーンに曲がっていくスライダー。矢部くんもしっかりと見逃した。

 これで1-1だが、ベンチから見ているだけであのスライダー、恐ろしく変化してるのが分かる。

 練習試合でも天下一品だなと思ってたけど、アレから一年経って久遠は更にスライダーを磨き上げたようだな。キレも変化の具合も増してやがるぜ。

 三球目もスライダーだ。続けるな……矢部くんをよほど警戒してるという証拠だ。

 ピクリと矢部くんはバットを出しかけるが、なんとか外れてるというのを確認しバットを止めて1-2。

 そして、四球目に投じられたストレートを矢部くんはセンター前にはじき返した。

 

「よしっ!」

 

 カキンッ! と音を響かせてボールはセンターの前でワンバウンドする。

 先頭打者が出たなら新垣にはバントのサインだ。

 新垣は頷いて、バッターボックスでバットを寝かせる。

 先ほどはスライダーもバント出来るって豪語してたけど、マジで出来んのかな。

 

「ふっ!!」

 

 久遠が腕をふるう。

 投じられたボールは予測通りスライダー。

 それを新垣はしっかりと転がした。

 マジか。あのスライダー相手に一発でバント決めやがった!

 これでワンアウト二塁。これは助かるな。スライダーを捨ててるって配球は読まれにくくなるし、どんな場面でも安心してバントのサインを出せるぞ。

 さて、此処までお膳立てして貰って打てませんでした、ってんじゃキャプテンと三番の名が廃るぜ。

 

『バッター三番、葉波』

 

 コールされた瞬間、わっ! と甲子園中が盛り上がり、恋恋のブラスバンドから応援歌が流れだす。

 うっしゃ、やる気出てきた。ぜってー矢部くんを返す!

 統計的に見れば此処まで五分の四がスライダーだ。データ的にはスライダーが六割だからな。そろそろストレートやカーブ、シュートを投げても良い頃なはず。

 俺が久遠のキャッチャーなら、此処はスライダーを活かすためにインコースへ食い込ますシュートを投げさせるだろう。なら、それにヤマを張って……。

 久遠が腕をふるう。

 コースはインコース、球種はシュート――完璧!

 

 一閃する。

 

 ッカァンッ! と快音を立ててライナーでショートの頭を破り左中間を抜けていく!

 

『セカンドランナー矢部が帰ってくる! 恋恋高校先制! 打った葉波はセカンドへー! タイムリーツーベース!』

 

 よし、これで先制! 理想的だ!

 ガッツポーズをしてチームメイトとハイタッチを交わす矢部くんを見、友沢へと視線を移す。

 友沢、久遠に息を付かせんなよ。このまま攻め立てろ!

 続く友沢に対し、久遠はギリリと友沢を睨みつける。

 恨みがあるとかそういう感じではなく、ライバルに対して負けてられない、そんな気迫を感じさせるようなしぐさだ。

 久遠が脚を上げてボールを投げる。

 投げられたのはスライダー。内に食い込んでくるスライダーを友沢は腰を引いてよける。

 二球目は外したストレートか。やはり久遠の友沢に対する警戒度は最も高いみたいだな。

 続くボールもスライダーだ。それが決まって1-2。これでバッティングカウントになる。

 ここで決め球を続けたい所だが、友沢に対してはスライダーを二つ使った。

 警戒している友沢相手に続けて使えば打たれる確率は飛躍的に上がる。俺がセカンドにいる場面で使ってくるのか?

 

「ふうっ!!」

 

 久遠が声を上げながら腕をふるう。

 投じられたボールは――スライダー。

 友沢はそれを見送るがストライク判定が下る。これで2-2か。

 にしても続けて使ってきたな。精神面が弱い久遠なら嫌がるかもと思ったけどどうやらスライダーに関しては友沢相手でも打たれない、という自信が有るみたいだな。

 ならその自信を打ち砕くだけだよな、友沢は。

 二球続けたのなら三球続けるのも同じだ。次も恐らくスライダーで来る。

 

「……ッ!」

 

 久遠が腕を必死に振るってボールを投げ込んできた。球種は勿論スライダーだ。

 手元で鋭く変化して食い込んでくるそのボールを友沢はくるりと体を回転させて、

 

 ライトへの火の出るような当たりを放った。

 

 あまりにも打球が速い所為でセカンドが一歩もうごけない。ライトの右をあっという間に抜けてボールはフェンスにぶつかる。

 打球の角度こそ低かったけど、もうちょっと角度があれば文句なしでホームランになるような強烈な当たりだったぜ。さすがだな。

 俺はサードベースを蹴ってホームに帰ってくる。

 打った友沢はセカンドに滑り込んだ。

 友沢が静かにガッツポーズを作る。誰にも見えないように作ったつもりだろうけどはっきり見えたぜ友沢。……久遠と戦えて一番嬉しいのはお前だもんな。

 続く東條がライト前ヒットを放ち、一、三塁とした後、進の外野フライで友沢がホームに帰り三点目を追加する。

 一ノ瀬は封殺で一回の攻撃は終了して3-0。いい感じに先制点をとれたな。

 

「この点差をなんとか維持したいところだな。けどまあ打たれても良いからな、今日はさ」

「うん、頑張るよ」

 

 あおいが笑ってマウンドに向かう。

 うっしゃ、あおいは元気みたいだな。……んじゃ、行くぞ。

 一番は箕輪。俊足巧打という言葉が相応しい好打者だ。

 あおいが投げる。

 初球の厳しいストレート、外角低めに投げられた一二二キロの直球。

 箕輪はそれを弾き返す。

 くっ、初球からいきなりきやがったぜ……!

 強烈なラインドライブで新垣の頭上を超えた打球は右中間を破りフェンスに到達する。

 ボールが帰ってくるが遅い。

 箕輪はズザッと滑り込みサードベースに到達した。

 

「計算内だ! 気にするなよあおい!」

 

 俺が声を張り上げると、あおいはこくんと頷いた。

 さーて、今日は暑くなるぜ。

 

 

 

                    ☆

 

 

「すっげーノーガードだなぁ」

 

 隣で二宮がつぶやく。

 僕は視線の先、打ち込まれる恋恋高校の投手――早川あおいをみやる。

 また打たれた。

 

「そう、だな」

 

 つぶやき返す僕を知り目にガリガリとスコアを書きなぐりながら二宮はグラウンドから目を放さない。秋の大会に向けての情報収集も兼ねている観戦だからだ。

 それにしても凄まじい打撃戦。初回に恋恋が三点を取ればその裏栄光学院大付属は四点を取って逆転、二回に同点になれば、三回の裏に栄光学院大付属が勝ち越し。すぐさま恋恋が四回の裏に二点を取り返して逆転すればその裏に栄光学院大付属も二点を返す。そんな試合は中盤を終えて後半七回に入ろうとしている。

 

 恋 310 221

 栄 401 211

 

 九対九――此処までは互角だ。

 見ている側に取ってなら面白い乱打戦だが、僕にとっては全く面白くもない。

 

 "――あのマウンドに立っているのが僕だったら"。

 

 何度も何度も鎌首をもたげた言葉が再び頭をよぎって、僕は首を振る。

 バカか僕は。あいつとの戦いを喜んだのは他ならない僕じゃないか。

 そう思って自分を律してもその思いは消えることはない。

 センターで進がハツラツと声を上げる。うらやましいやつだ。

 別に二宮に不満が有るわけじゃない。あいつと仲良くしたいとかそういう日和った考え方をしているわけでもない。

 ただ、あいつと同じチームでやれたらと、そういう考えが頭をよぎるのだ。

 

「お、また行った。今日の友沢は大当たりだな」

 

 グラウンドを見つめると先頭打者のパワプロが拳を突き上げながらホームに戻ってくる。

 四番友沢のツーラン。これで今日友沢は六打点の大暴れだ。まるで今年の僕と戦ったパワプロのように。

 じくりと胸が痛む。うれしさと同時に僕は後悔しているのか。パワプロと同じ道を歩めばよかったと。

 その回の攻撃を二点で終了した恋恋だが、その裏の攻撃を無失点に抑えた。

 これで一一対九のまま八回の表。

 

「決まったな」

「試合がか?」

「ああ、お前も気づいているだろう。二宮」

 

 僕がつぶやくと、二宮はまぁなと短く言って更に念入りにスコアをつけ始める。

 リードが変わった。

 今まで一方的に打ち込まれていたパワプロ・早川あおいバッテリーだったが、今の回は完璧に三人を退けた。三振、打ち損じのゴロ二つでチェンジとなった。

 今まではストレート変化球のコンビネーションを重視した配球だったのに、今度はストレートだけの力押しをしたり高速シンカー――マリンボールだったか、を見せ球に使ったりとリードの幅が広がった。

 

 例えば、外角低めを一辺倒に攻めると言ってもその方法を帰るだけでパターンは広がる場合がある。

 

 即ち"ボール一個分の出し入れ"というやつだ。

 外角低めの厳しい所を投げさせといて甘い所を投げるとよりボールが甘く着ていると感じるのを利用してわざと最初はボール一個半程外して投げさせる。

 その際ボール判定でも構わない。問題は次のボールだからだ。次のボールを通常のストライクゾーンから一個外に外したところに投げる。――そうすると、不思議なもので審判やバッターは"ストライクだ"と思ってしまう。

 この回最初のバッターをパワプロはそうやって三振に打ちとった。その後もそれを上手く利用して緩急も絡め、あっという間にアウトにしてみせたのだ。多分何かきっかけがあったんだろう。ヒントになるようなきっかけが。

 それだけでパワプロはあっという間に成長する。――あっという間に僕を超えていったように。

 

「……誰よりもそれを見たかったのは、他でもない僕か」

 

 僕は自重気味につぶやく。

 ああ、全く難儀な事を考えさせてくれるね。キミってやつは。

 

 ――最も戦いたい相手でありながら、最も同じチームでやりたい相手だなんて。

 

 でもまぁ、どちらでも構わないよ。パワプロ。

 キミはどちらの関係であっても僕の期待に必ず答えてくれる奴だから。

 

「明日はテレビでの観戦がいいだろう」

 

 二宮に言って僕はマウンドに登る一ノ瀬を見る。

 どういうことだよ? と顔に疑問符を載せて僕を見つめる二宮へ僕は笑って、

 

「西強と恋恋、どちらが勝つかなんて、僕がバス停前高校相手に完封勝利するかどうか位明らかなことだろう?」

 

 

 

                   ☆

 

 

 

 甲子園にまた凱歌が響く。

 一夏を跨ぐ激闘の終わりを告げる、勇ましい凱歌が。

 参加高校数四〇〇〇校以上。その頂点に立った高校を称える歓声こそがこの夏の終わりを告げるに相応しい歌だ。

 夏の気温に負けない程に暑い球児たちの熱がまた甲子園に飛散し消えていく。

 空に呑まれていく歓声に答えるように、熱を放出してしまった球児たちに再び熱を込めるように、一つの旗がグラウンドに用意された。

 頂点に立った高校を誇る為に用意されたたった一つの真紅の旗――。

 風に揺られて旗は空を泳ぐ。そうして球児たちはまたそれを求めて必死に熱くなるのだ。

 そんな旗の背後で全国四〇〇〇校の頂点に立った高校を称える校歌が流れ出す。

 球児たちの夏を見届けた人に刻むように、

 大きく、

 大きく、

 大きく――、

 

 

 

 

 真紅の旗は揺れる。 

 自分をその手に納めて掲げるであろう男(パワプロ)を、歓迎するかのように――。

 

 

               恋恋高校アナザー、第二学年編"夏" 終わり

 


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