実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第二〇話"九月一週" デートコマンドあおい

「ふぅ、お待たせっ」

「ああ、待ってないぜ。行くか」

「うん!」

 

 テストが終わりお互いに着替えてグラウンド前で落ちあい、俺とあおいは歩き出す。

 デート場所はあおいが着替えてる間に決めた。猪狩スポーツジム――適当に散歩して適当に遊ぼうということになった。

 せっかくの休みだしな。彼女と二人で遊ぶくらいはいいよな。

 二人して連れ立って歩く。

 行き先はない。適当に昼飯でも食って遊ぶくらいの気軽なもんだし、その方が俺達の付き合い方らしいし。

 ファストフード店で適当にハンバーガーを買う。

 

「たまーにこういう体に悪いのをガッツリ食べたくなるってことあるよね?」

「あるな。特に俺達は節制してるから思いっきり行きたくなるぜ」

「うんうん」

 

 あおいと談笑しながら食べる場所を探して適当に歩きまわる。

 ハンバーガーなんて何年振りかな。食った分運動してハンバーガー分のカロリーを消費しないと。

 結局俺達が食べる場所に選んだのは目の前に野球場がある土手だ。

 夏に比べて少し弱くなった日差しの下で袋からハンバーガーを取り出す。

 

「てりやきハンバーガー♪」

「あおいそれ好きなのか?」

「うん、だってお肉入りだし」

「いやハンバーガー自体が肉入りじゃん」

「でもほら、甘くて美味しいよ?」

「まあ確かに、俺は普通のハンバーガーだけど」

「えへ、じゃ、一口交換っ」

「……お、おう」

 

 可愛らしく俺の口元に照り焼きバーガーを差し出すあおい。

 ……ま、まあいいよな。うん、間接キスどころか普通のキスだってしたわけだし、これくらいは。

 あーんと口を開ける。

 その様子を見てあおいは嬉しそうににぱっと笑い――

 

「あんた達ラブラブじゃない!」

「ふぇっ! みみ、みずき!?」

 

 ――予期せぬ襲来者にぱっと手を引っ込めた。

 ガチンッ! と空振りした俺の歯と歯がぶつかりあう。痛ぇ。

 涙目で声のした方を見上げると、そこに立っていたのは聖タチバナの面々だった。

 

「おめでとう、パワプロくん」

「は、春。……サンキュ」

「う、うむ、今あーんというやつをやっていたな……恋人同士とは、恐れいったぞ」

「いや恐れられても困るけど……」

 

 キラキラ、と尊敬の眼差しで六道が俺を見つめる。

 うぅん、何をそんなに尊敬することがあるんだ? ただ恋人とイチャイチャしてただけだしなぁ……。

 

「あ、そういや春、どうしてお前は此処にいるんだ?」

「ああ、今からこの先のグラウンドで野球やるんだ」

「野球! そりゃいいな。どことやるんだ?」

「見てれば分かるよ」

 

 含み笑顔を見せながら春は反対側へと目をやる。

 それにつられて俺とあおいが目をやると、そこに立っていたのは、

 

「――猪狩?」

「なんだ、君もいたのか」

 

 あかつき大付属のレギュラーチームだった。

 猪狩はいつもどおりの澄ました顔で

 

「練習試合をすんのか? あかつき大付属と聖タチバナで」

「その通りだ。試合といっても三回だけだし、まあ監督の特別練習で二宮は居ないがな」

「あ、ホントだ」

 

 あのバンダナをした目付きの悪い捕手が今日は居ない。その代わりに後輩であろうまだ線が細い一年捕手がとことこと後ろについてきていた。

 猪狩はふぅ、と溜息をついて春を見やり、

 

「それでははじめようか。……今日カップルが見学なさるようだが」

 

 かか、カップルじゃないよー!! とわかりきった嘘を叫ぶあおいを無視して、あかつき大付属と聖タチバナの練習試合は始まった。

 ハンバーガーにかぶり付きながら猪狩の投球練習を見る。

 さすがに全力じゃ投げてないな。八割……いや、七割くらいか。球速は一四〇キロ前半ってとこだ。

 それでも一年生捕手には荷が重い。ピシッとボールを弾いたり、芯で取りきれず思わず身をすくめてしまうような動作がここからでも見て取れる。

 試合が始まった。

 一番打者の原が打席に立つ。

 ホームベースの後ろから見えるこの位置は特等席だな。あおいも喋らずに試合に集中してる。……やっぱ俺とあおいって野球が大好きなんだな。

 なんてことを思ってるうちに早速目の前の捕手が変化球を後逸した。

 今のはカーブ、それもバウンドすらしない球か。

 緩い変化球を後逸されるようだと投手は全てのボールが投げにくくなっちまうんだけどな。

 ワンバンしてしまってはいけないという不安感がどうしても拭えなくなると腕が振れなくなって南ナニワ川戦の一ノ瀬みたいな投球になっちまうぜ。

 キンッ! と音を立てて原の打球が二遊間を抜けていく。

 全力じゃない上に腕も振れないとなると、こりゃ聖イレブンが有利か? 守備の方は夏の大会で見た通り聖イレブンが上だしなぁ。

 にしてもこの捕手は酷い。まだ一年生だから仕方ないかもしんねーけど、まだ実践レベルじゃないぞ。ただただ恐怖のイメージを植えつけるだけだ。

 猪狩もそれをわかっているのか、不満な顔一つせずにふぅ、と深くため息を吐いた。

 二番の中谷がしっかりとボールを転がしてバント成功、これで一アウト二塁。バッターは六道。

 六道を抑える為には全力のストレートを投げないと厳しそうだが――。

 

 ッキィン! と快音が木霊する。

 

 打球は痛烈に一二塁間を抜けていく。

 原は三塁に止まったがこれで一アウト一、三塁だ。

 捕手がつらそうな顔をして猪狩をすがるように見つめている。

 猪狩が首を振ってベンチのマネージャーに目をやるが、マネージャーも困惑した表情を見せるだけだった。

 多分練習ではいい動きをしていたんだろうな。それが実践に入った途端これじゃ……。

 控えも一緒に来ずに九人だけで来てたからな。三回を予定していたのならそれも仕方ないことだけど、このまま続けてたらあの一年捕手、潰れるぞ。

 

「大丈夫か?」

「す、すみません……」

「謝らなくていい。……大丈夫か?」

「ちょっと今日は……」

「そうか、分かった。ベンチで休んでいろ。……しかし捕手がいないとなると試合は続けれないな」

 

 猪狩が困ったように溜息を吐く。

 どうやらあの一年生、調子が悪いみてーだな。

 それにしても猪狩と組ませるにはまだ青いと思ったけどな……あかつき大付属の監督も育成を焦ってんのかもな。

 

「どうしたんですか?」

「ああ……こっちの捕手の調子が悪いんだ。申し訳ないが練習試合は……」

「練習試合だし、固い事なしで良いなら良い捕手がいるよ?」

「……いいのか?」

「もちろん、真剣にやってるけど、やっぱり野球は楽しくなくっちゃね」

 

 猪狩と春が同時にこちらを見る。

 ……えーと、もしかして……?

 

 

 

 

                  ☆

 

  

 

 

「悪いなあおい」

「ううん、ボクは全然良いよ。……野球してるパワプロくん見るの大好きだし」

「あん? なんかいったか?」

「なんでもないよ!」

「パワプロ、準備ができたら速くしろ!」

「へーへー分かりましたよ! ……ったく、変わってねぇな、あいつは」

 

 あかつき大付属のユニフォームを借り、防具とミットを借りてグラウンドに出る。

 この青と白のユニフォームを着るのも一年半ぶりか。……なんか感慨深いぜ。

 

「ストレート!」

「ふっ!」

 

 パァンッ! と猪狩のストレートが投げ込まれる。

 一ノ瀬とは違う、球威も凄いストレート。

 次はスライダー。サインがなきゃ取ることすら難しいウイニングショット。

 そしてカーブ。これも緩急が効いてるしブレーキが凄い。

 

(この三つをどう組み立てるか、だけど。――え?)

 

 猪狩がサインを出す。

 人差し指一本を立てるそのサインは――。

 

(フォーク、だって?)

 

 そのサインはあかつき大付属中時代のフォークのサインだ。

 猪狩が頷いて腕をふるう。

 バッターボックスの手前、そこでボールは勢い良く沈む。

 ホームベースでワンバウンドしながらフォークは俺の防具にぶつかって目の前に落ちる。

 

「……っ!」

 

 一級品のフォークだ。

 あいつ、俺に見せるためにフォークを投げやがった!

 夏のままの自分ではないと宣言するかのように、猪狩は不敵に笑って俺が投げ返したボールをミットに収める。

 分かったよ猪狩。全力でお前をリードしてやるぜ。フォークのお返しだ。俺のリードの傾向を探れるのなら探ってみろよ。

 ――お前が、俺にフォークを打てるものなら打てるようになってみろ、っていったように、な。

 

(一アウト一、三塁で春か)

 

 怪我も癒えて、春の打席には力強さが見える。

 いきなり甘い所にストレートを投げさせると行かれるな。……緩い球でも危ない。ここは――。

 サインを出すと猪狩が満足そうに頷いた。

 ……だよな。お前の性格上これを使いたがると思ったよ。

 春もいきなりこの球種とは読めないだろう。さあ来い。

 猪狩が腕をふるう。

 春が初級から振りに来る。

 

 球種はフォーク。春のバットから逃げるように凄まじい落差で落下するそのボールを、俺はワンバウンドでキャッチする。

 

「ストライク!」

「ナイスボール猪狩!」

 

 っとにすげぇフォークだな。落ち始めにキレがあるから打ちづらい事この上ないだろう。

 春も苦笑いをして再びバットを構え直す。これで1-0だ。

 次はスライダー。外角低めギリギリに入れる。

 猪狩はその要求に頷いてきっちりそこに投げ込んできた。

 春は手が出ない。しかし審判の手はあがる。

 

「トラックツー」

「……パワプロくんと猪狩くんが手を組むとこんなに打ちにくいんだね?」

「はは、そうか」

「……こうなっていた可能性も、あるのかな?」

「え?」

「君が恋恋じゃなくて、あかつき大付属にいっていた可能性も、ってことさ」

 

 春が楽しそうにつぶやく。

 ……そう、だな。確かに猪狩と組む未来も有ったかもしれない。

 ――でも。

 

「そうかもしんないな。けどさ、それじゃあ俺じゃねぇんだよ」

 

 俺は笑いながらミットを構える。

 春は不思議そうにしながら顔を猪狩に向けた。

 

「今まで戦った仲間達と戦いたい。強い奴らと戦ってみたい。そう思うのが俺なんだから」

 

 猪狩がストレートを投げる。

 投じられたストレートは多分猪狩の全力だ。

 春がスイングしようとバットを出しかけるがバットを途中で止めて、

 低めから浮き上がるような凄まじいスピンがかかった直球はインローへと決まる。

 

「トラックバッターアウトォ!」

「ナイスボール!」

「……っ、凄い」

「だろ?」

「君たちがね。……確かにパワプロくんは強い相手に必死に食らいついてる姿が似合うけど」

 

 春は苦笑いをしてヘルメットをバットでこつんと叩きながら俺に笑顔を向ける。

 

「猪狩とパワプロくんとのバッテリーとも戦ってみたかったな」

 

 春は笑って戻っていく。

 ――猪狩とのバッテリー、か。

 未来に猪狩と組む事もあるんだろうか?

 そんなことを思いながら俺は猪狩に急かされて五番の大京との勝負に集中するのだった。

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

「今日は悪かったな」

「っとだぜ、あおいとのデート中だったんだぞ」

「恋人になったのか?」

「パワプロくんそういうこというとっ」

「ははっ、まあいいじゃねぇか」

「よくないよぉ……もう……」

 

 ぷー、と膨れるあおいの頭をぽんぽん叩きながら、私服に服を着直す。

 一年生捕手の子はどうやら風邪気味だったらしい。そりゃまあそんな状態で試合をすればあんな結果になるよな。

 あおいを宥めながら俺は猪狩に目をやる。

 

「今日はなかなかに面白かった」

「そうか。俺もだよ」

「ああ、それなら良かった。……なぁ、パワプロ」

「ん? どうした猪狩」

「いや、なんでもないさ。次はもっと成長することだね。さもないと秋の大会じゃ君の実力じゃ負けてしまうよ」

「いってろ。夏の大会で負けたくせに」

「……ふふ」

「……はは」

 

 お互いに頬を釣り上げながらこつん、と拳をぶつけあう。

 猪狩は「じゃあな」と短く言ってグラウンドから立ち去っていった。

 

「じゃ、お二人さん。デート楽しんでね」

「みずきぃっ!」

「あははっ!」

「みずきこそ春くんとそういう関係になったりしてないの?」

「……あんた達みたいに簡単じゃないのよ、こっちはさー。じゃ、あたし行くから。またねー」

 

 苦笑しながら橘は寂しそうに春を横目でチラリと見た後、そのままてくてくとグラウンドの外に歩いて行ってしまった。

 なんかすげぇ印象に残るような表情だな。橘ってこんな顔するのか。

 あおいもそんな橘は意外だったようで目をクリクリさせながらそんな橘の姿を見つめている。

 

「では失礼するぞ。……で、デートを楽しんでくれ」

「あ、聖。うん、またね。あ、そういえば……聖はデートしたい相手とか居ないの?」

「なぁっ! そ、そそ、そんな相手はいない、ぞ!」

 

 言いつつ顔を真っ赤にした六道の目が春の方へと移っていく。

 ……これはもしや。

 あおいも勘づいたらしくなんとも言えない表情で聖の照れた顔を見つめながら複雑そうな表情をしていた。

 

「聖ー! 行くわよー!」

「あっ、待ってくれみずきっ」

「ご苦労様パワプロくん。楽しかったよ」

「ああ、俺もだよ。また戦ろうぜ。今度は秋の大会でな。……色男」

「うん、ボクも聖タチバナと戦う時は全力でやらせてもらうよ。……色男くん」

「え? え? あ、うん……? じゃあまた」

 

 俺とあおいが苦笑しながら言うと春は何のことだろう、と首をひねりながら橘たちの方に歩いて行く。

 ……これ矢部くんに言ったら調子が絶好調になったりしないかな。

 

「ボク、なんだか野球する所見てたら体動かしたくなっちゃったよ」

「ははっ、そうか。じゃあ猪狩スポーツジムにでも行こうぜ?」

「うんっ!」

 

 恋人らしいデートをする予定だったけどそれを変更して俺とあおいは猪狩スポーツジムへと足を運ぶ。

 必要なのは一般的なデートとかじゃなくて俺達らしさだよな。せっかく恋人になれたんだし俺達らしいデートをしよう。

 そんなことを思いながら俺とあおいは足を進めるのだった。


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