実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第二二話 "十月三週" 秋大会vs聖タチバナ① 捕手同士

             十月三週

 

 

 

 俺達、恋恋高校の初戦の相手は聖タチバナ。

 守備力が高くここぞの集中力が高いとデータからも読み取れる学校だ。

 ――なんて文面の評価はどうでもいい。

 最初の夏を思い出す。

 あの時はコールド勝ちしたけど橘がまだ先発出来るほどスタミナが無く、なおかつ途中からバテてくれたから大量得点できた試合だった。

 だが今は違う。

 エースとして成長した橘に八回に集中打を浴びせ好投手鈴本を打ち崩した集中力。そしてなにより安打をなくしてしまう守備力は特筆すべきものがある。

 油断してると足元をすくわれるかもしれないからな。しっかりやるぞ。

 

『さあ、再戦となります聖タチバナvs恋恋高校! お互いに成長した姿を見せ合い、ぶつかり合い、次のあかつき大付属との戦いに進むのはどちらか! そして、全国でも珍しい学生監督、恋恋高校の葉波の初陣でもあります!』

「うーし、みんな、良いか」

 

 ぱん、と手を叩いて皆の注目を集める。

 実力は劣ってるとは思わない。だからこそ、俺達がやるべきことはたった一つ。

 

「俺達の野球をやろう。いつも通りの野球を、さ」

「うんっ!」

「ああ、当然だ」

「……ああ、相手はパワフル高校を倒して勢いに乗っているが、夏の覇者の力を見せてやろう」

 

 全員で頷きあい、声を出しあう。

 グラウンドには聖タチバナの面々が飛び出していく。

 今日は涼しいくらいだがこの場所に来るとひしひしと熱さを感じる。――これが勝負の熱さって奴だぜ。

 負けないぜ春。今日もこれからもな!

 

 聖タチバナのスタメンは前の試合と同じだ。

 俺達のスタメンも不動のままでぶつかり合う。お互いにいつもの野球で行こうって考えが透けて見えるみたいだぜ。

 

『さあ先攻は恋恋高校。打席に立つのはもちろんこの人、押しも押されぬ切込隊長となりました。夏の覇者恋恋高校のトップバッター、矢部明雄!』

『バッター一番、矢部』

「きゃああー!! 矢部くーん!!」

「頑張ってー!!」

 

 矢部くんがコールされた瞬間、スタンドから歓声が上がった。

 日本一に輝いた俺達の応援に来てくれたのか満員の観客が声を上げ矢部くんを応援してくれている。

 優勝した効果がこういった形で出てきてくれるとうれしいな。特に矢部くんは――

 

「もっと応援してくれでやんすー! 全国一千万のファンのためにオイラ、全力で頑張っちゃうでやんすよー!!」

 

 ――こういう歓声が多ければ多いほど調子にのってくれるタイプだし。

 橘が振りかぶってサイドから素早くボールを投げ込んでくる。

 左バッターの矢部くんのアウトコース。遠い所にビシッと決まるストレートだ。

 

「ストラーイク!」

 

 厳しいコースに審判が手を挙げる。

 角度があるからな。アウトコースの厳しい所はストライクゾーン掠って外に逃げてミットに収まる分、ストライク判定に取られやすい。

 二球目はアウトローギリギリへの高速スクリュー――クレッセントムーン。

 それを矢部くんはなんとかバットに当ててファールにする。

 テンポが良いな。その割にコントロールよくコーナーコーナーに来てるから相当打ちづらい筈だ。

 矢部くんが構え直すと同時に橘がすぐに投げ込んでくる。

 今度はインコースへのゆるいスクリュー。

 インコースといっても厳しいボール球だ。見せ球にしようという球を矢部くんは体の回転で打ち返す。

 キンッ、と鈍い音。

 上手い! 内野の頭だけを越せばいいって感じでバットに乗せて引っ張った!

 矢部くんの狙い通りファースト大京の頭を超えてボールはライト前に落ちる。

 

『打ったー! 矢部ライト前ヒット! 上手く体を回転させてライトに持って行きました!』

『バッター二番、新垣』

 

 これでノーアウト一塁。先頭バッターの出塁率が高いってのは良いな。作戦が立てやすいぜ。

 二番の新垣は勿論バントだ。ただし矢部くんが二塁に行った後の話に、な。

 矢部くんがスタートする。

 抜群のスタート。六道もそれを読んで外角高めにボールを外すが投げられない。矢部くんは悠々と二塁に到達する。

 

『そしてすかさず盗塁成功! この快速はとどまる所を知りません!』

 

 最初の球はボール判定。0-1からの二球目、インハイへの厳しいストレートを新垣はきっちりとサード方向へ転がす。

 てんてん、とゆるいゴロとなったボールをサードがキャッチしてファーストへしっかり投げて新垣はアウトになるものの、矢部くんは三塁へ進塁。

 そしてバッターは俺だ。

 

『バッター三番、葉波』

『さあ、絶好のチャンスで三番葉波! 甲子園を制覇した原動力はこの打席でどのような打撃を見せてくれるのか!』

 

 打席に立つ。

 橘は息を深く吸った後、腕を振ってボールを投げ込んできた。

 スパァンッ! とクロスファイヤーでインローにボールが決まる。

 相変わらずプレートの左端ギリギリに立って角度良く投げ込んでくるな。

 二球目を橘が振りかぶる。

 去年の夏は手も足も出なかったからな。リベンジしたい所だが――この、ボールっ……!

 インハイへの厳しいストレート。

 

「ストラーック!」

 

 くそっ。ボールが見えねぇ……右打者の俺でも相当厳しいのに、左打者だったら俺打てないんじゃないか?

 どんな奴にでも苦手なタイプってのは存在する。俺にとって苦手なのは橘のようなサイドスローのコントロールがいい奴なのかもしれない。

 矢部くんはすげぇな。左打者なのに見えない角度から腕を振るわれてそれを回転で打ち返すなんて芸当、俺にはできそうにないぞ。

 三球目。ここまで配球は内低め内高めだからな。一球も外さずに外角低めへズバッと勝負に来るはずだ。

 橘が振りかぶる。

 予想通り外角低めへのボール。

 スイングしたバットがそれにかすって真後ろへ飛ぶファールにする。

 くっそ、コースも球種も予想通りだったのにヒットに出来ねぇなんてマジかよ。

 落ち着け。そろそろ決め球が来んぞ。ストレートなら流し打って、クレッセントムーンならカットだ。

 五球目。

 橘と六道のバッテリーが選んだボールは、

 

(……っ! これは、ゆるい、スク、リュー……っ)

 

 打ちに行ったバットが止まらない。

 ググググググ! と俺の手前でボールは落ちて行く。

 スイングでも無くかといって見逃す訳でもない中途半端なスイング。

 六道はスクリューをキャッチし、スイングのチェックを審判に要請する。

 それを受けた球審はファースト塁審を指さし、ファースト塁審はアウトの格好をとった。

 

『スイングアウトー! 三番葉波を三振に打ち取りました聖タチバナバッテリー! ゆるいスクリューをうちに行ってしまったか葉波風路!』

 

 チッ。やられたな。ゆるいスクリューは完全に頭になかったぜ。

 ベンチに戻って防具をつける。

 くっそー、リベンジどころか更に負けてどうするんだよ俺は。

 

「パ、ワっプっロくーん。どんまいっ」

「ぬおっ!? あ、あおい? どうしたいきなり」

「がっくりしてるなって思って。切り替えていこう? パワプロくんとボクが力合わせればそんな簡単に打たれないと思うし、それにほら」

 

 あおいがにっこりと笑ってグラウンドを指さす。

 するとそこにあったのは、

 

『振り抜いた―!! 打球はレフトスタンド一直せーん!!!』

 

 アウトローのボールを掬い上げ、レフトフェンスオーバーのツーランを打つ友沢の姿だった。

 ……どうやら友沢は橘と相性が良さそうだな……マジで……。

 俺が呆れたように溜息をはくと、あおいはにこっと笑って、

 

「一人が駄目でも他のみんながカバーする。それがいいチームだよ。パワプロくん」

 

 なんてことをいった。

 確かにあおいの言うとおりだ。みんながみんな失敗せず最高の仕事をするなんてチームはたぶんこの世には存在しない。一人の失敗を皆でカバーできる。それが強いチームの条件だ。

 甲子園で俺が一ノ瀬のリードを失敗した時に進が救ってくれたように。

 俺が凡打した後友沢がツーランを打ってくれたように。

 お互いがお互いをカバー出来る。そんなチームならきっと勝てるはずだ。

 

「ナイスバッティング! 友沢!」

「ああ。次は打てよ。パワプロ」

「うっせーやい。まあ頑張るよ」

 

 東條がインローへのクレッセントムーンをショートゴロにする。

 春がそれを取ってファーストに投げアウト。スリーアウトチェンジだ。

 

「うっしゃ! 二点取ったからな! このあとしっかり抑えるぞ! 頼むぞあおい」

「うん、まっかせて!」

 

 あおいがマウンドに向かう。

 さっさと二点取ったからな。ここは抑えてしっかりと流れを貰うぜ。春。

 

「おっしゃ! しまってこー!」

『さあその裏、聖タチバナの攻撃は一番原から! ここはすぐに得点を取って反撃に転じたいところです!』

 

 一番は原からだ。

 二年の後半になって体つきもがっちりしてきたな。甘く入ればスタンドに持ってくくらいの力は持ってるだろう。

 ただ原自身のバッティングスタイルはヒットで後に繋ぐ形だ。なら外を狙って流し打つスタイルだろう。それなら初球はインハイでのけぞらせるぞ。

 あおいが腕をふるう。インハイへの直球を原は思惑通りにのけぞって避けた。

 判定もストライク。うし、これで外への球へ簡単には踏み込めないだろ。

 にしてもきっちり要求した所に投げ込むあおいはさすがの一言に尽きるぜ。

 パワフル高校の鈴本はオーバースローから低めを出し入れ出来る制球力を持っている。それも凄い技術なんだけど、アンダースローで高めに決めるというのはそれ以上の技術力が必要だ。

 上から下へ投げるのは当然の事だ。上から下へボールが落ちるのは自然のことだしな。

 だが、アンダースローは下から上へと投げなければならない。それを百発百中に近い精度で行う。それが出来る投手はプロを含めて何人居るだろう。

 ただでさえ貴重なアンダースローのピッチャー。それに加えて針の穴を通すようなコントロールを持つ投手。

 キャッチャー冥利につきるぜ。こんな好投手をリード出来るなんてさ。

 さて、原に目を戻さねーとな。

 カウントは1-0。インハイを見せたから次はアウトロー。ありきたりなリードだけどあおい程の球のキレと球持ちの良さがあれば打ち取れる。王道な配球ってのは有効だからこそ多く使われてるんだしな。

 原が打ちに来る。インハイを投げさせた後なのに踏み込んでのコンパクトなスイングで流し打った。

 が、勢いはない。

 ファーストの一ノ瀬がしっかりと捕球しファーストベースを踏む。

 

「アウトー!!」

「OKOK! いい球来てるぞ!」

「うんっ、ナイスファースト!」

「ん、さっさと僕に出番を回してくれ」

 

 ボールを返してもらいつつあおいがはにかむ。

 ふぅ、先頭バッターをあっという間に切れたな。

 次は二番の篠塚。最初に戦ったときは六番だった篠塚だが、打順が昇格して二番になった。

 堅実に一点を守る野球をするタチバナにおいて重要なバントで繋ぐ役割をする打者だ。実際、パワフル高校の試合でも上手いバントがヒットになってたし。

 実際の打撃力は原や六道には劣るだろうがそれでも油断は禁物だ。逆転のランナーとしてバントヒットで出塁をしたところを見ても篠塚はラッキーボーイになるかもしれない。一発勝負の大会はそういう打者が結構鍵を握ってたりするしな。

 

『バッター二番、篠塚』

「お願いしますっ!」

 

 篠塚が挨拶をして打席に立つ。

 足場を固めてスタンスは狭め、インコースに意識はなさそうだ。 

(内低めギリギリへの直球かカーブが良いな。インコースに意識がない状態でストレートを投げさせると見逃すだろうから、ここは打ちとる事も視野に入れて反応が遅れても打ちにいけるカーブを行くか)

 

 篠塚は左打者だからな。インコースへ食い込みながら落ちるカーブならヒットにはし辛いだろう。

 あおいが頷いて要求通りのところにカーブを投げる。

 

「うっ!」

 

 篠塚が声を出して内のボールを引っ掛ける。

 ピッチャーへのゴロとなった打球をあおいが丁寧に掴んでファーストへ送球しこれでツーアウト。

 よし、狙い通り! 問題は次のバッター六道だ。

 前回の試合では決勝点となるタイムリーツーベース。捕手で主軸の誰がどう見てもチームの中心といえる選手。こいつを波に乗らせるような事があると厄介だぞ。後が得点圏打率の良い春だからな。

 一球たりとも無駄球は許されないぞ。甲子園の決勝の投球を思い出しながら攻める!

 初球はインハイへのストレート。ボール気味でいいぞ。

 スパァンッ! と投げ込まれた球を抑えこむように捕球する。

 

「ストラーイク!」

「む……」

 

 六道は今の球をボールと見て見逃したか。っつっても俺もボールでも良いってつもりで投げさせたんだけどな。

 初球は儲けたけどこうなると二球目が大事だぞ。インハイのストレートを見せたから次はインローへのカーブだ。右打者である六道のインコースから少し甘いところに変化する感じになる。速い球の後だから振れすぎてファールになるはずだ。

 ビシュッ、と投げたボールを六道が打ち返す。

 サードベースの僅か左を痛烈な打球が抜けていく。

 ……っぶねぇ。もっと余裕でファールにさせるつもりだったのに際どい感じになったぜ。六道の技術分フェアゾーンに近くなったな。

 でもまぁファールには変わりない。これで2-0だからな。

 一球遊ぶ事も視野に入るけど――際どいところをストライクに取って貰った上に際どい狙い通りにファールで追い込めたんだ。流れはこっちにあると見ていい。それなら下手に間を挟むより勝負しよう。

 

(インハイのストレート、インローへのカーブと来た。六道もそろそろ外に一球くらい外すと思ってるだろ。捕手だし配球に対する読みは深いはずだ。そんならその裏をかいてインローへマリンボール行くぞ)

 

 外角に張ってるであろう六道の裏を二度かくぞ。

 外角と見せかけてインサイド、更にインハイへのストレートと軌道が同じマリンボールを使うことで一瞬でインハイへのストレートと判断した六道の反応すらも間違わせるぞ。選球眼のある六道でもそれをファールにするのはきついだろう。

 あおいが頷く。

 テンポも良いな。さあ来い!

 あおいが投げる。

 ぐんっ、とインハイへ伸びると見せかけて落ちるボール。

 六道はそれに機敏に反応した。

 チッ! というチップ音。ボールの軌道がわずかに変わるが取れる! 落とすなっ!

 芯では取り損なうが溢れそうになる球を必死にキャッチした。

 

「ストライク! バッターアウトチェンジ!」

「くっ……」

 

 六道が悔しそうな顔をして天を仰ぎ、ベンチへと戻っていく。

 完全に裏を書いたはずなのに反応してバットに当てやがったな。

 しかもあおいのマリンボールは初見の筈だ。それを殆ど軌道が変わらない程度とはいえバットに当てるか。そりゃクリーンアップになるか。

 ……その凄い打者を三球三振で打ち取った上に二点取った後の初回を三者凡退だ。これで流れはこっちのもんだぜ。

 

「ナイスボールあおい」

「ナイスリードパワプロくんっ」

 

 ぱし、とハイタッチしながらベンチに戻る。

 六番の進からの攻撃だ。もう一点とれば完全にこっちの流れになるぞ。

 と、まだ二回だというのに聖タチバナの面々がマウンドに集まり何か話をしている。

 

 

「なんの話だろうね?」

「さあな……守備に関する事なのは間違いないけどよく分かんねぇ。ただ俺もこの回一点でも取れれば試合は決まるような流れになると思ってたからな。いいタイミングかも知れないぜ」

 

 防具をつけたままあおいに飲み物を渡す。

 勝負に対する嗅覚は鋭い奴だからな。気をつけるように促してるのかも。

 

「じゃ、しまってこー!」

 

 大きな声を上げて円陣が散らばる。

 さて、春はどんな話をしたんだかな。

 

『バッター六番、猪狩進』

『さあこの回は下位打線から。もう得点は上げたくない聖タチバナ。どう守るか!』

 

 進への初球。インローへの緩いスクリュー。

 進はそれを見逃す。

 緩急を考えるなら次はストレートだが、続いてのボールは再び同じ所から更に低めへの緩いスクリューだった。

 それを進はファールにした。これで追い込まれて2-0。

 インステップから角度を更につけて投げ込んでくる投法だからな。視界外から投げ込まれるような感じのせいで高さの感覚がつかみにくいんだろう。

 ボールカウントはゼロ。どう組み立てるかな。

 橘がボールを投げる。

 クロスファイヤーで投げ込まれたボールは外角低めへのストレート。

 ビシッ! と来たボールを六道がミットをピクリとも動かさずに捕球する。

 

「トラックバッターアウト!!」

『見逃し三振! 際どいボールで見逃し三振を奪いました!』

 

 審判が手を挙げる。

 外角へのボールか。クロスファイヤーな上にボール一個分の出し入れが出来る投手だからな。投手有利なカウントで追い込まれるといくら進でもきついか。

 一ノ瀬も同じようにインコースでカウントを整え、外角へのクレッセントムーンでキャッチャーフライ。明石も同じくインコースから外への配球で三振に打ち取られる。

 ならこっちもサクサクと抑えてやるからな。見てろ。

 四番の春からだが得点圏じゃない春は怖くない。低めにボールを集めれば大丈夫だ。

 カウントをストレートで整えてから低めのカーブで春をショートゴロに。大京は外角低めのカーブを打たせてファーストゴロ。大月をアウトローのストレートで見逃し三振に打ち取った。

 

『二回裏。四番からの攻撃もランナー一人すらだせず! 好投手早川の前にランナーを出せません聖タチバナ!』

 

 三回の表は投手のあおいから。

 あおいがピッチャーフライで打ち取られ、バッターは一番の矢部くんに戻る。

 

「さっきうまく打てたけど今度は油断せずにな!」

「わかってるでやんす!」

 

 矢部くんに声をあげると矢部くんは親指を立てて頷いてくれる。

 ん、よし、油断はないみたいだな。

 矢部くんが打席に立つ。

 矢部くんに対しての初球。

 投じられた球はアウトローギリギリへのストレート。

 

「トーライク!」

 

 さすがの矢部くんも初球からそのボールは振れないか。

 二球目はインコースへのクレッセントムーン。低めへのボール球だが矢部くんはそれをファールにした。

 球速がストレートと同じくらいだからストレートだと思って振ったらクレッセントムーンだったな。一打席目に打ったのは緩いスクリューだったから同じ系統であるクレッセントムーン、スクリューは無いと読んでストレート待ちしてたんだろうけどここは六道に上に行かれたな。

 さっきはここから上手く打ったけど……。

 さすがに矢部くん相手には遊び球を使ってくるだろう。

 三球目。

 橘が投じた球はインサイド低めへのストレート。

 スパンッ!! と内角低めのギリギリに決まった球を受けて六道はそのまま動きを止める。

 

「ストライクバッターアウトォ!!」

 

 三球三振。

 遊び球じゃなくギリギリでストライクに取ってもらえればいいっつー球だった。ありゃ打てなくても仕方ないぜ。

 二番の新垣は五球目のスクリューを打ち上げてファーストフライ。これでチェンジ。

 ちっ。左打者が多いうちの打線じゃ橘から連打は厳しいな。

 立ち上がりを攻めて二点を取れて良かった。

 にしてもこの調子で最後まで行かれたら点が取れないぜ。なんとかペースを乱さないと。

 とりあえず今ある2点差を大事にすることが先決だな。追いつかれたら流れがひっくり返り兼ねないし。

 三回裏は幸い七番の下位打線からだ。さくさくっと抑えて流れに乗らせてもらうぞ。

 聖タチバナが取れる方法は俺の出すサインを読んで決め打ちするか、ランナーを貯めて春に回すかくらいしか無いからな。そこに気をつければ大丈夫だ!

 

 

 

 

                       ☆

 

 

 

『バッター七番、中谷』

『この回の攻撃は七番から。ここまでパーフェクトに抑えこまれています聖タチバナ。そろそろ反撃したいところ!』

「しゃーす!!」

 

 中谷が大声を上げて打席に入る。

 聖タチバナは打率成績だけ見れば決して打撃が良いとは言えない。

 だが、実際は違う。恋恋高校を始めパワフル高校、あかつき大付属、帝王実業など――プロ入りする器がエースとして君臨する高校が多々あるこの地区で、そのエースを倒しベスト4に入ったこともある高校だ。

 決して力量が低い訳ではない。相手が良すぎただけだ。

 重要なのはその打率成績を突きつけられていかに攻撃するかということ。

 恋恋高校とは土台が違うのだ。

 プロに即戦力で入れる超高校ルーキーが二人、更に特攻隊長矢部に成長著しいパワプロ、並外れたセンスを持つ猪狩進に一ノ瀬といったメンツが揃っている恋恋高校。

 そんな高校と同じように点を奪おうとするということは、例えるならレース中のエフワンの車を軽自動車がどう抜くかって事を考えるのに似て無謀な事だ。必要なパーツ、エンジンがどうしても足りないのだから。

 ならば、どうすればいいか。

 簡単な事だ。点の取り方を変えればいい。

 塁を貯めて長打が出る――それが理想の得点の取り方なのだろう。だが、聖タチバナにはそんな点の取り方は出来ない。

 春と聖が必死に考えて編み出した早川あおいから得点を取る方法。

 それは読み打ちすることでも、春でランナーを返そうとすることでも無く、初心に帰ることだった。

 すなわち、"センター返し"。

 

「インサイドの球には手を出さず、アウトサイド、真ん中の球をきっちりセンター前に打ち返そう」

 

 春が指示した作戦はそういうシンプルなモノだ。

 いうのは簡単でもやるのは難しい。相手は甲子園を優勝したエース、そう簡単に思惑通り進めさせてくれるはずが無い。

 だが、春は迷わず作戦を告げた。

 そこには『このチームのメンバーなら出来る筈』という春の信頼が溢れている。

 ――そして、共に春と戦ったチームメイトたちはその春の信頼に応えたいと思っている。

 あおいが投じた初球、パワプロのサイン通りの外低めへのストレート。

 それを中谷はセンターに弾き返す。

 積極的に行きつつセンター返し。打撃の基本だ。

 

『センターへの打球は二遊間を抜けたー! 聖タチバナ初ヒットー!!』

「っしゃぁ!」

「ナイスバッチ中谷! 大田原、頼む!」

「おう! 任せろ!」

 

 打席に向かう大田原をじろりと見ながらパワプロは考える。

 

(今の中谷、力みがなかったな……あおいの球を何とか弾き返してやろうっつー焦りみたいなものが見えなかった。……次の打者は橘。バントはない。ここはゲッツーシフト。インコースの球を引っ掛けさせる必要があるから、外角を見せるぞ)

 

 パワプロのサインにあおいが頷く。

 スパァンッ!! と外角低めに投げられたストレートに大田原を豪快に空振りした。

 低めに外れたボール球だったが思わず手が出た感じの空振りだ。

 

(ストレート狙いのスイングだった。……八番だからな。下手に変化球を考えるよりストレート一本に絞って振ってきたか。そんなら次はカーブを外に投げさせてカウントを取る)

 

 あおいが首を立てに振り、うでを振るう。

 要求通りの外角低めギリギリに落ちるカーブだ。

 大田原はそれを見逃した。

 

「ストラーイク!」

「っ!」

「よし」

 

 審判の手が上がる。

 外角低めギリギリを二球。思わず溜息をつきたくなってしまうような素晴らしい制球力だ。

 三球目にパワプロが選択したのはインローへのストレート。

 大田原は作戦通りにそれを見逃したが、内角低めギリギリに決まる絶妙なボールだった。

 

「ストラーイクバッターアウト!!」

「くそぉっ」

 

 大田原が声を上げて悔しそうにベンチに走っていく。

 それを見やりながらパワプロはあおいにボールを投げ返した。

 インコースでゲッツーを取るつもりだったがいい球過ぎて手が出なかったみたいだと思いながら。

 次は九番バッターの橘みずき。バントだろうからそこでツーアウトを取り、原を討ち取れば問題ない。

 自分に言い聞かせるようにしつつパワプロは腰を下ろす。

 案の定九番バッターのみずきはバットを寝かせた。

 それならやらせればいいとパワプロは低めへのストレートをサインで出しミットを構える。

 ヒュッ! と投げられたボールを橘はしっかりと転がした。

 サードの東條がそれをキャッチしファーストへ転送する。これでツーアウト二塁。

 

『バッター一番、原』

『さあツーアウトながらランナーを二塁に進めました! バッターは一番原!』

(……さて、これでツーアウトでバッターは原だ。さくっと打ち取りたいが、中谷のヒットしたボールは外角低めストレート。大田原が狙ってきたボールも外角低めストレート。……外角のストレート狙いかもしんねぇな。インコースにシンカーで行くぞ)

 

 サインを出し、パワプロはインサイドに構える。

 シンカーはドロンと変化する変化球だ。ストレート狙いの打者にはかなり効く。

 ぐぐんっ、と変化するボールを原は腰を引いて避ける。

 これは外れてカウントは0-1。

 

(今の反応……間違いねぇ。外のストレート狙ってやがるな。踏み込んでストレート狙いで振りに行ったら緩い上にインに来たから腰を引いて避けたんだ)

 

 確信し、パワプロはインハイへボールを構える。サインはストレートだ。

 外ストレート狙いならばインハイのボールは相当打ちづらい。特にあおいのストレートは浮き上がる錯覚がある。踏み込めば絶対に打てないと断言してもいい代物だ。

 これを使った後、インコース低めへのマリンボールでカウントを整え、外角低めのボール球を打たせてゴロに打ち取る。それを見逃されてもインハイでこの回は終了だ。

 投じられたボールに原は当たらない。インハイへのストレートを空振った。

 これでパワプロは完全にストレート狙いだと確信し、インローへマリンボールを投げさせる。

 インローへのマリンボールを見逃すがこれはストライク。カウント2-1。追い込んだ。

 内を二つ見せた後はもう外角でいい。ストレート狙いで振ってくるだろうからタイミングを外してカーブだ。インコースを多く使ったからそう踏み込んでは来れないだろうが、万が一踏み込まれてもいいように外角へ外す。これを見逃されても次にインハイのボールで打ち取ればいい。

 じり、と外に寄り、パワプロがミットを構える。

 そのミットへ向けてあおいがボールを放った。

 コースは外。

 原はそう判断するや否やインコースに来たことを無視して思い切り踏み込んだ。

 勝った――パワプロがそう思った瞬間。

 

 ボールは上体を目一杯伸ばした原が持つバットの先に当たった。

 

 ふわり、とボールが飛ぶ。

 ツーアウトだ。ランナーは突っ込んでくる。

 ボールはちょうどセカンドとファーストの先、ライン際へとポトリと落ちた。

 

「っ、セカンド! ホームは無理だ!」

 

 パワプロの指示に従ってボールを取った新垣はセカンドへとボールを送球する。

 矢部がそれを受け取りベースの上で待つが原はファーストベースで止まった。

 中谷がホームを踏む。

 

『落ちたー!! 原の追撃タイムリー! ポテンヒットですが大所に落としました原!』

「よっしゃー!!」

「一点返したぞ! ナイバッチだ! 原!」

 

 ベンチからの歓声にガッツポーズで返しながら原はベースに付く。

 そんな敵の様子を見ながらパワプロは拳を握りしめた。

 ――読みは完璧だった。完全に勝ったといっていい内容だったはずだ。

 それがテキサスヒット。しかもタイムリーヒット。……流れが向こうに行ってる証拠といっていいだろう。

 

(橘の好投のおかげか。……楽はさせてくんねぇな)

 

 だがバッターは二番の篠塚。油断しなければ打たれる相手じゃないはずだ。

 

(外角のストレート狙いは変わってない。なら初球から外角のマリンボールを打たせてゴロに取る)

 

 パワプロのサインはあくまで強気なもの。初球から決め球を使い打ちとってしまうのを狙ったものだ。

 それにあおいも賛同する。相手に流れが行っているこの状態で決め球を投げるのは当然の事。ここでヒットを打たれるようなことがあれば次は聖。その聖に繋がれれば得点圏の鬼、春に打席が回ることになる。

 絶対にここで打ち取らなければならない。

 そしてそれができて来たからこそ――甲子園で優勝できたのだ。自信はある。

 あおいがボールを投じた。

 パワプロの目論見通り篠塚は初球からそれを打ちに来る。

 チギンッ、と掠った音を立ててボールはあおいの横を抜けて矢部の正面へ飛んだ。

 

「任せるでやんす!」

 

 矢部が声を発して捕球に入ったその時、

 ボールはグラウンドの凹凸によりバウンドが変わり、高く跳ね上がって矢部の頭上を超えた。

 見ていたモノが全員目を疑ったろう。こんなことが起こりうるのか、と。

 

「何ぃっ!? でやんす!」

「矢部くん中継! 進中継に返せ! ランナーセカンド蹴るぞ!!」

「行け! 原! ゴーだ!」

 

 お互いの指示が飛ぶ。

 飛んだボールを進がキャッチし矢部にボールを戻すが、すでに原はサードへと到達した。

 

『な、なんとショート正面の打球がイレギュラーバウンド! センター前ヒットとなってツーアウト一、三塁! ここでバッターはクリーンアップの六道聖! ツキも絡みまして大チャンスを作ります聖タチバナ!』

 

 イレギュラーバウンドでクリーンアップにつながった。一見するとツキだけのものに見えるが野球とはこういうスポーツなのだ。流れが相手にある時はどんなプレーでも上手く行く――ショートゴロが内野安打になったり、相手がエラーしたり、想像を超える事が起こる。

 パワプロも頭ではそう理解しているが、それでもやっぱり納得が行かない。なにせ同点のピンチで相手は六道聖だ。

 先ほどの打席では完全に裏のそのまた裏を書いたにも関わらずボールにバットを当ててきた打者。それがチャンスの場面で立ちふさがってくる。

 しかもその後には恐怖のクラッチヒッター。……まずい流れだ。

 

「あおい! 相手の運が良かっただけだからな! 気にすんなよ!」

「う、うんっ」

 

 声をかけてグラブに拳を入れて、必死にパワプロは考える。

 打席に立つ聖もまた、来るであろう球へと必死に思考を走らせていた。

 捕手と捕手――互いに同じポジションだからこその読み合い。

 お互いにここが最初のキーポイントになりうるということは理解している。だからこそ譲れない。

 絶対に相手の手を読み切りこの打席に勝利する――お互いの頭の中に有るのはただそれだけだ。

 

(一打席目の初球はインハイへの際どいところへのストレートでストライク、二球目はインローから甘くなるカーブを打たせてファール。三球目にインローへのマリンボールでチップボールをダイレクトに取って三振に取った。……六道も外角のストレートを待ってると思っていいだろう。それを逆手に取るってのも手か)

 

(一打席目は完全に裏を書かれた。同じリードをパワプロは使っては来ない。おそらくこちらが外角を待っているということにも気づいているだろう。だがパワプロはあおいに絶対の信頼と自信を持っている。故にあえて外角に投げさせるということもありうるぞ)

 

(初球の入りは警戒しなくてもいいだろう。読み打ちのタイプのバッターだしデータから見ても初球から来るってことはないだろうし、このイケイケムードを初球から潰したら後後の流れにまで影響しかねないから絶対に見てくる。けど重要じゃないかと言ったらそうじゃない。初球の入りが相手の反応を決めるからな。相手を迷わせる入りをしないとダメだ。……おそらく六道は追い込まれてから読み打ちしてくる)

 

(初球から行くのはやめておいた方がいいだろう。下手に厳しい球を打ち上げて初球で攻撃終了なんてことになればみずきの投球にも影響しかねない。狙うのは決め球だ。パワプロのリードの傾向を考えるとどうしても打ち取りたい打者の時には二球目三球目といえども厳しい攻めをしてくる。特に私はあおいの事を良く知っているからな。甘い球は一球も来ないといっていいだろう。ならば球を投げさせてある程度来る球を読めるようにしてから、その一球を狙い澄ます)

 

 初球、パワプロの選んだボールは、

 インハイへのストレートだった。

 ッパァンッ! とそのボールを受け止め、パワプロはじろりと聖を見る。

 

「ストラーイク!」

 

 審判の手が上がった。

 パワプロが投じさせた一球目は、聖を三球三振に打ち取った一打席目と全く同じだった。

 

(……っ、全く同じ入り……ならば決め球も同じくマリンボールか……? いや、まだ分からないぞ。初球の入りが同じだっただけだ。確実にストライクをとれるあそこを選択しただけかもしれない)

 

(一瞬動揺した顔を見せたな。一打席目と全く同じ入りだと思ったんだろ? 見てな六道。お前の読み……完全に崩してやるからな)

 

 二球目。投じられたボールはインローへのカーブだった。

 聖はそれに手を出さずに見送ったが、審判の手は上がる。

 これで2-0。――だが、ただ追い込まれたこと以上に聖は追い込まれた。

 

(二球目も全く同じだ……! 私がチップしたからインコースのマリンボールには合ってないと思っているのか。……くっ……あの時とは場面が違う。確かに外で勝負させることも考えられるがそれはランナーが居ないからだ。一打同点、長打逆転の場面であえて相手の狙っているところへ投げさせるメリットは殆ど無い。リードから見ても一打席目を彷彿とさせている。わざわざパワプロがこういう風にお膳立てをしたとしても、マリンボールに全く合ってないと思っているなら不思議じゃない……!)

 

(完全に術中にハメたはずだ。俺の性格をプロファイリングして外角のストレートも、って事を考えてたろうが一打席目と同じリードされたんだ。インコースのマリンボールに完全に意識が行ったはず。特に打席に考えて立つ六道にゃ効くだろう。まだ迷ってるんならもう一球確実にマリンボール読みにするように――)

 

 三球目、外角低めへ大きく外したカーブ。

 もちろんこれはボール球になり2-1となるが、重要なのはカウントではなく今のカーブの持つ意味だ。

 パワプロが無意味にボールを投げさせる捕手ではないということを聖はわかっている。だからこそ、今のカーブは聖の考えを間違った方向に誘導させる。

 マリンボールの軌道は途中までストレートだ。

 つまり外角低めへのカーブの次に来るのは、緩急をつけた上に打ちにくいインハイへのストレートか、それと同じ軌道で落ちるマリンボールという推測が立つ。

 そして更にその前までのリードが一打席目に自分を完全に打ち取ったリードと同じとなれば――

 

(……インコースへのマリンボールが来る……)

 

 そう、思ってしまっても間違いではないのだ。

 この段階でならば、パワプロは一〇〇パーセント聖に読み勝っていた。

 この後に投げるであろうボールで聖は三振か良くてセカンドゴロかセカンドフライか、とりあえずパワプロの読み通りにアウトにはなっていたはずだ。

  ――六道聖の中に在る春の大きさに気づいていれば。きっと読み勝てていたのだろう。

 

『インサイドの球には手を出さず、アウトサイド、真ん中の球をきっちりセンター前に打ち返そう』。

 

 

(……ふ、私はバカか。春がそう言っていたじゃないか。私は春を信じる。自分の読みも重要だが、今は――春の発言を、今ここで思い出したのだから。狙う球は一つでいい)

(ここまでお膳立てしたらもう間違いなくマリンボールに意識が行ってるだろう。徹底的に意識させたんだからな。……でも、ここで投げさせる球は一つだぜ)

 

((外角低めギリギリのストレート!!))

 

 あおいが腕を振るう。

 それを迎え撃つように聖は大きく踏み込んだ。

 投じられたのは外角低めへのストレート。針の穴を通すような絶妙なコントロールで投じられたそのボールは、

 パワプロの、

 ミットへと、

 スピンよく向かい、

 

 

 収まることはなかった。 

 

 

『う、ったあああああああああああ!! 打球は早川の横を抜けてセンター前へー!! 六道の同点タイムリーヒットー!! 六道はファーストベース上でガッツポーズ! ファーストランナー篠塚も三塁へー!』

「……な……」

 

 打球は二遊間を抜けてセンターへと抜ける。

 完璧だった。

 あおいは要求通りに投げ、パワプロも完全に聖の裏をかいた筈だ。

 だが、それでも結果はセンター前タイムリーヒット。それも踏み込んで完璧に持っていった。

 

「悪いあおい、配球ミスだ」

「ううん。今のは聖が上手かったよ。……問題は次の打者だね」

「……ああ、繋がっちまったぜ。春に」

 

 パワプロは振り返り、ホームベース側を見やる。

 そこにはバットを二、三度素振りしながら打席へと入る春の姿。

 得点圏打率八割台。

 得点圏長打率十割超え。

 得点圏において絶対的な強さを誇る春涼太。

 

「……敬遠も視野に入れるぞ。ギリギリを攻めてカウントが悪くなったら大京勝負な」

「うん、了解」

 

 パワプロはあおいと別れて戻る。

 春の目にパワプロは写っていない。春の視線の先には、ファーストベース上から一歩二歩とリードをとる聖の姿がある。

 ――つないでくれた。

 ただその事実だけで、春にはもう十分だった。

 音が消えて行く。

 そしてたどり着くのは集中の世界。

 あおいが内角低めへ、パワプロが構えた位置に向かって投げる。

 要求はマリンボール。あおいの決め球で、一番打たれる確率が低い球だ。

 コースも低めに外し気味に投げたボール。ストライクととってもらえればラッキーという程多めに外した球だった。

 それを。

 

 春は初球からフルスイングした。

 

 ガッキィンッ!! と詰まったような鈍い音が響き渡る。

 それでも打球は飛んでいった。

 あおいが打球を目で追うべく、振り向く。

 飛んだ打球はレフトの頭を超えてフェンスに直撃した。

 

『一人帰ってくるー!! 打った春は二塁へ! 一塁ランナーの六道は三塁でストップー!! キャプテン春の勝ち越しタイムリーツーベース! 内角低めの変化球を捉えました!」

「……くっ……」

「ごめん、打たれちゃった」

「いや、要求通りだったよ。寧ろ低く投げてくれた分フェンスオーバーにならなかったんだ。……素直に逃げればよかったな。悪い」

「打席で挽回してくれればいいよ。ね?」

「ああ」

 

 あおいと会話をかわして、パワプロはキャッチャー位置に戻る。

 まだ試合は始まったばかり、どうなるかは誰にもわからない。

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