実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー 作:向日 葵
「さあ中盤だ! 逆転されたけどまだ六回ある! すぐ追いつくぞ!」
声を張り上げて皆をふるいたてる。
ツーアウト二、三塁のピンチでバッターは大京。
しっかりとコーナーを突いてサードゴロに打ち取って三回裏は終わった。
これから四回の攻撃だ。
ちくしょう。六道にセンターに持ってかれたのが痛かった。一打席目のリードを利用して上手く誘導出来たと思ったんだけどな。
だがおかげで分かったことが有る。別に俺やあおいにクセが在るわけで無く、春の指示でチーム全員が外角へのストレート……いや、カーブに反応してたところを見ると、外角の球を打てと言われてたんだろう。
春が内角の球を引っ張ったのは自分が指示したから、ってのと初球から行こうって決めてたからだな。それならそれで対応する方法は幾らでもある。とりあえずは追いつかねぇとな。
この回は俺の打順からだ。なんとかチャンスを作りたいぞ。
『バッター三番、葉波』
打席に立つ。
左打者の皆より右打者の俺のほうが打ちやすいはずなんだ。落ち着いてしっかりボールを右方向に打ち返すことを意識しつつコンパクトに……。
スパァン! と内角に直球が投げられる。
「ストラーイク!」
内角の球はきついぜ。角度がありすぎて前に飛ばせる気がしねぇよ。
二球目は外角のスクリューだろう。それにあわせてバットを振り切れ!
ピシュ! とボールが投げ込まれる。
それをしっかり振りに行き――コキンッ、と鈍い音を立ててボールはセカンドの正面。セカンドゴロ。
「ぐぞー……」
「ふ、後は俺に任せておくんだな」
友沢がどや顔で俺とすれ違い打席に歩いて行く。うぜー。マジうぜー。
でも実際橘に合ってるのはあいつだけだからなぁ。くそう。
その友沢は初球のストレートを豪快に打ち上げて戻ってくる。ざまぁ!
「惜しかったな」
「アウトカウントはどれも平等なんだぜ」
「……ふん。頼りにならない主軸達だ」
ネクストに居た東條はわざと俺達に聞こえる大きさで言って、打席に歩いていった。
そして初球のスクリューをファーストゴロにして戻ってきた。
「……惜しかったな」
「ぜんっぜん惜しくないから!」
「仲良しクリーンアップでやんすねぇ。やっぱり一番打者が出塁しないとダメでやんすか」
「あんたも大概だけどね。ほらほら、しっかり抑えるわよ!」
新垣の言うとおりだ。一点差ならなんとかなる筈。しっかりと抑えるぞ。
四回裏の聖タチバナの攻撃は大月から。さっきは下位からチャンスメイクされてるからな。しっかりと抑えるぞ。
大月をセカンドゴロ、中谷をファーストフライ、大田原を三振に抑えて四回は終了。
五回の攻防に入るがこちらも下位打線、しかも左打者三人が並ぶ打順だ。
進がサードゴロ、一ノ瀬がセカンドゴロ、明石がライトフライに打ち取られて攻撃が終わる。
こりゃ左打者は手が出ないな。出所が見えないってのがきつすぎるぜ。
一点差のままならウチの打点ならすぐ同点に出来るからな。これ以上点差を離される訳にはいかない。この回もサクサクっと終わらせてもらうぞ。
橘、原、篠塚を抑えて五回終了。
六回表のバッターは早川からだったが、早々にセカンドゴロに打ち取られてワンアウトとなってしまった。
――だが、ここでバッターは一番の矢部くんだ。
「矢部くん、左打者は外角の球キツイぞ!」
「分かってるでやんす! おいらに秘策があるでやんすよ!」
おおっ! さすが矢部くん! 頼もしいぜ!
矢部君は胸を貼りながらバッターボックスに立つ。
秘策がどんなのかは知らないが有効そうだったらチーム全体でやってみよう。頼む矢部くん! 道を示してくれ!
橘の初球。
投げられた球はインサイドのストレート。
そのボールに矢部くんは思いっきり踏み込み――
ドゴッ!! と重そうな音を立ててボールが矢部くんの脇腹を直撃した。
「ギャッ! でやんす!」
「あっ」
「あ」
「……む」
「あ」
矢部くんが悲鳴をあげて、びくびくと体を震わせながらうずくまる。あ、あれは痛い……。
でもこれでランナーが出たぞ!
「皆! 矢部くんのおかげでランナーが出たんだ! このチャンス活かすぞ! にしてもさすがだな矢部くん、自分の身を犠牲にして内角の球に踏み込んでデッドボールにするなんて。これが秘策か!」
「ちが、うぐっ、ちがうでやんすっ……」
『デッドボールで矢部が出塁し一アウトながら俊足の矢部がでます! ここで繋げるか! バッター二番新垣!』
『バッター二番、新垣』
何か矢部くんが言っているが全く聞こえない。ったくやっぱりおいしいところを持って行くな、矢部くんは。
ここでバッターは二番の新垣。出す作戦はランエンドヒット。
新垣のバットコントロールならゴロを打てる筈。矢部くんも盗塁のスタートで切ってればゴロを転がせばセカンドは一〇〇%セーフになる。
それを感じてか、橘はファーストへと牽制球を投げる。
頭から戻る矢部くん。牽制は投げれば投げるほどランナーは走りやすくなると矢部くんは言っていた。タイミングが掴みやすくなるとかなんとか、俺は多く投げられると逆に走りづらくなるんだけどな。
しつこく橘は牽制球を投げるが、そのたびに矢部くんは頭から戻る。
そして三球目の牽制が橘に返されたと同時に矢部くんは一瞬新垣を見た。
それを見て新垣はバットを構え直す前にヘルメットの鍔を掴んでヘルメットをかぶり直すような動作をして、再びスタンスを取る。
今のは――アイコンタクト、か?
新垣の初球が投じられると同時に矢部くんがセカンドへ走り出す。
投げられたのはアウトハイへ外したストレート、そのボールを新垣は振らない。見送った。
六道がボールをキャッチすると同時に送球の構えをとるが投げるのを辞める。
『盗塁成功ーっ!! 完全に盗みました矢部! これでワンナウト二塁!』
今のは俺でも勝負できない。……いや、プロだって厳しいかも。
ランナーとの勝負は捕手の肩だけでは出来ない。投手がいかに上手くクイックで投げられるか、そしてランナーのスタートがどれだけ遅いかで刺せるかどうかが決まる。
今の矢部くんのスタートは完璧の完璧。六道が投げないのもわかるぜ。
これで一アウト二塁。確実に俺にチャンスで回ってくる。ここで同点にするぞ。
新垣はセカンドへと打球を弾き返す。その間に矢部くんはサードへと滑り込んだ。
『セカンドゴロ! その間に矢部は三塁へ! ツーアウト三塁でバッターはここまでチームを引っ張ってきた葉波に回ります! ここで同点にしたいところ!!』
『バッター三番、葉波』
わああああっ! とスタンドが湧き上がる。
ここまで期待してもらってんのか。ならその期待に答えねーとな。
俺は橘に対して相性が悪いから相手もオーソドックスに攻めてくるはず。まずは橘のボールに俺が一番合っていないコース……イン攻めで来るだろうな。そんなら初球から振れ!
六道と橘バッテリーの初球はインロー。角度を効かせてインコースギリギリに投げ込んでくるストレート。
それに狙いを定めて振りに行くっ!
スパァンッ!! とボールがグラブに収まる音が響き渡る。
当たらない。
(予想通りに来たのに当たらねぇ……今ボール下を空振ったな)
下を空振るということはストレートのキレが良いということだ。ストレートの勢いに振り負けているといって良い。
ストレートに当てようと思ったら五キロくらい速いのを想定して振らないと駄目だな。……かといってそんな速いボールに目付したらスクリューにタイミングが合わなくなる。
くそ、厄介だな。打席に入る前に友沢にどんな風に打席に入ってるかどうか聞けば良かったぜ。
……ストレートを基本において他の球に反応出来るように待つのがバッターの待ち方の基本。でも、そこを曲げよう。ストレートを捨ててクレッセントムーンに絞る。
クレッセントムーンは変化量の大きい高速スクリュー。打ちやすさなら緩いスクリュー狙いがいいだろうが、この場面でバットに届く範囲にはスクリューは投げてこない。
今この時点でボールの下を振っているのに無理にストレートを狙っても下手なゴロになるかフライになるかだ。ならここはストレートを捨ててクレッセントムーンを打つ。
二球目は外角低めへのストレート。
「ストラーイク!」
際どいところに審判は手を挙げる。
今のストレートには手が出ない。あの角度でインコースに決められた後にあのストレートは遠く見えすぎるぜ。
三球目は外にゆるく外すスクリュー。これで2-1。
つーことは最後はストレートかクレッセントムーンをインコースに投げてくるはずだ。
迷いを捨てろ。狙うはクレッセントムーン一本だぞ。
ふぅ、と息を吐いて構え直す。
インコースの球に振り負けないようにするは早めに始動してフルスイングするしかない。
――来い。弾き返してやる。
橘が足を上げて腕を引く。
そこから弓のようにしならせ、ボールを投げ込んできた。
(当たれっ!!)
それにあわせて俺は全力でフルスイングする。
俺の手前でボールは勢い良く沈んでいく。
クレッセントムーン。
切れ味鋭い高速スクリュー。
腕をたたんで体の軸でくるりと回転し、始動を早くしてバットのヘッドを立てる。
フォロースルーは高々と。
手に残ったのはジンッとする感覚。
響いたのは快音。
『打ったー!! 打球はレフトの頭を超えてフェンスへ直撃ー!! 葉波の同点タイムリーツーベース!!』
「っしっ!」
狙い通り完璧だ!
セカンドに到達し腕を高々と掲げる。
これで同点。なおも二塁でバッターは友沢、東條と続く勝ち越しのチャンスだぜ!
マウンドに目をやると六道を始め他の内野手がマウンドで話し合いをしている。
ここで取る作戦は勿論――。
『おっとバッテリー、四番友沢を敬遠します! 当然でしょう!』
敬遠しかないよな。
これで友沢がファーストに歩き、ツーアウト一、二塁。バッターは東條。
『バッター五番、東條』
『さあここで東條、一本打って勝ち越せるか! 聖タチバナとしてはふんばりたい!』
東條は友沢に比べて橘とは相性が悪そうだ。左打者なのもあってクロスファイヤーが打ちにくいのは当然の事なんだけど。
初球はインサイドへのストレート。それを見送るが審判の手は高々と上がる。
東條に対して初球からインサイドへのストレートか。対左打者に対してよっぽど自信があるらしい。そうでもなけりゃ東條に対してインコースからストレートなんて投げる筈がないからな。
……ん? インコース……? ……なんか引っかかったような気が……。
そこまで考えたところで、東條が外角の緩いスクリューを打ち上げてしまった。
落ちてくるボールを春がしっかりと両手でキャッチしてスリーアウトチェンジ、攻撃終了だ。
何か気になったけど、まあいいか。今は追いついた後の攻撃をしっかり抑えるほうが重要だしな。よそ事を考えてる暇はないぜ。
「うし! んじゃ裏の攻撃をサクサクと抑えるぞ!」
「うんっ!」
グラウンドに飛び出す。
六回の裏。ここをしっかり抑えれば流れをもう一度引き寄せれる。
だが――相手の攻撃は三番の六道から。
安易に攻めればヒットで繋がれる。じっくり腰を据えて攻めるぞ。
『バッター三番、六道』
打席に六道が立つ。
六道もこの打席は出塁したいとおもってるはず。
……絶対に打たせないぞ。
初球はマリンボール。
内から落とす。
六道はそのボールに対して腕をたたんで当ててくる。
バットに当たったボールはホームベースの後ろにバウンドして飛んでいく。
初球はファール、これで1-0。
次は外角低めへストレート。そして内野陣の守備を右方向に寄るように指示を出す。
外の球は流し打つつもりだろうがそうは行かないぞ。打っても取れるように野手を右方向に集中させてやればそれだけ右方向へのヒットゾーンは狭くなる。……勿論左方向のヒットゾーンは広がるんだけど。
けど、あおいのストレートは外角低めにはそう簡単に引っ張れない。守備位置からみて六道も外にボールが投げられる事は予測出来るだろう。それを流し打ってくる。
内野の頭を越されれば仕方ないがゴロでのヒットは絶対に許さないぞ。外角低めぎりぎりのボールを迷わず投げろ!
『さあ、二球目を早川が投げます!』
あおいの投じたボールを六道はぎりぎりまで引き寄せて右方向へ弾き返す。
カァンッ、と快音を奏でて打球は高速で飛んでいく。
守備位置がいつも通りなら一二塁間を抜けただろう。だが今回は違う。前もってこのコースを予測して守備位置を右側に寄せているのが功を奏した。
セカンドの新垣が打球をライナーで捕球する。
よしっ!! 難関突破だぜ! これでランナーなしで春。これなら無失点でいけるぞ!
続く春は三球目のストレートで打ち取り、大京は三振で打ち取る。
三者凡退。テンポ良く七回表に入れた。ここで勝ち越せれば試合の流れはこっちのもんだ。
ここまでのスコアは、
恋 200 001
聖 003 000
なんとかこの回勝ち越して試合の流れを引き寄せたい。
バッターは六番の進からだ。
左打者が続くけど何とかチャンスを作って欲しい。頼むぞ進、一ノ瀬、明石。
マウンドには引き続き橘が上がる。ここまで来ても息を荒げるようなことはない。その姿はまさにエースピッチャーそのものだ。
『バッター六番、猪狩進』
打席に進が立つ。
初球はインコースへのクレッセントムーン。それを進は空振ってしまう。
くっ……この回に来ても球威衰えずか。厄介だな。
にしても左打者に対して初球インコースが多い。そんなことは一〇〇も承知だけど、それだけじゃ攻略は出来ない。これだけ球威と角度の有るボールをインに決められると狙い打っても凡打になる可能性が高い。特にもう終盤の七回、攻撃は後三回だから、それを確実にヒットできない戦法に費やすのは……。
そんなことを考えている間に進が打ち取られ、一ノ瀬も二球目を打ち上げてツーアウト。
くそ、ごちゃごちゃ考えてる暇はないか。
「七瀬。スコアを」
「はいっ」
七瀬もわかっているようで、スコア表を差し出してくる。
ありがたい。これだけ切迫した状態だと一分一秒が惜しいからな。
……やっぱり左打者に対してはインコースから入って、決め球はアウトコースが基本だ。
そんな傾向は分かってる。欲しいのは確実に打てる投球がいつ来るかということ。
左打者にとって橘は猪狩以上に打ちにくい相手だ。角度を使い視界の外から三つの変化球を投げてくる変則左腕。更に猪狩の時は球種を絞れていたが今回はコースを絞るのがやっと。そんな状態でアドバイスなんて出来やしない。
「……くそっ」
「チェンジだよ、パワプロくん」
「ああ、〇点に抑えるぞ」
「うん」
あおいと頷き合い、グラウンドに走る。
同点だ。点数をやらなきゃ負けることはない。一ノ瀬が居る分こっちのほうが投手は有利だし、最悪延長戦まで行く事を想定に入れておいて戦わないとな。
七回の裏。聖タチバナの攻撃は大月から。
大月をショートゴロ。
中谷をセカンドフライ。
大田原を三振に打ち取り攻撃を終了させる。
八回の表はあおいから。いつもなら代打も考える場面だが……延長戦も考えるとなるべく長い回を投げて欲しいからな。ここは続投だ。
インハイのストレートに空振り三振。
矢部くんもインコースのスクリューを空振りさせられた後、外ぎりぎり一杯のストレートで見逃し三振を取られる。
新垣も粘ったもののインローのボールにサードゴロに打ち取られた。
八回の表が終了。試合は膠着状態のまま八回の裏へ入る。
攻略法が見つからないまま最終盤に入っちまったな。まあ良い。今やらなきゃいけないのはしっかりと抑えることだ。
先頭バッターは橘。投手だししっかり低めに投げれば怖くないぞ。
要求通りの低めの球をしっかりと抑える。
橘は二球目をショートゴロに引っ掛けた。問題は次だ。
トップに戻ってバッターは原……四巡目。ここが踏ん張りどころだぞあおい。
原に対しての初球はインローのストレート。多分継続して外角の球を流し打てという指示は出ているはずだ。
インローへあおいがストレートを投じる。
それを受け止めて、これで1-0。
「トーライクッ!」
疲れてきたのか僅かに球が浮き始めてるな。でもまだ誤差の範囲だ。
この調子で丁寧に攻めていけば大丈夫だ。変化球のすっぽ抜けが怖いが……それでもあおいは甲子園を勝ち抜いて優勝したピッチャーだ。経験値は高い。これくらいの疲れならごまかせるはず。
次はカーブだ。ストレートと同じコースからボールに落とすぞ。
あおいが頷く。
投じられた二球目。
ストライクゾーンからボールゾーンに落ちる球が僅かに高く浮く。
その球を原は一閃した。
ッキンッ! と快音を立ててボールがライナーで矢部くんの頭の上を越える。
っ、やべぇっ。そのコースは抜ける……!
進が下がってボールを捕球しようとするが届かない。ボールはフェンスにまで到達した。
原はセカンドを蹴って三塁へ進む。
しまった……浮く事を視野に入れて低めに要求したつもりだったのに更に高く浮いた分バットの芯に当たったか、くそっ……!
(ここで打順は二番。二番を抑えたとしても六道、春という打順になる。ここで点を取られたら不味い。決勝点になるかもしんねぇ)
……あおいを変えるか? 失点してから動いたんじゃ遅いだろう。でもここで投入してもしも延長戦になったらどうする?
……いや、ごちゃごちゃ考えるのは辞めだ。ここはスパッと変えよう。あおいのボールも高く浮き始めてる。このまま続投させて繋がれたら最悪だ。
「あおい!」
「……ん、了解!」
俺の呼びかけで分かったのだろう、あおいはこくんと頷いてくれた。
「選手を交代させます。ファーストの一ノ瀬がピッチャーに入って、あいたファーストに石嶺が入ります」
『ピッチャーの交代をお知らせ致します、ピッチャー早川にかわりまして、ファーストの一ノ瀬くんがピッチャーに入り、ピッチャー一ノ瀬、ファースト早川に変わりまして、ファースト石嶺』
「ごめん皆、甘く入っちゃった」
「仕方ないでやんす。……このピンチ、絶対に抑えるでやんすよ」
「ああ。抑えるぞ!」
あおいが一ノ瀬にボールを渡す。
……顔が引きつってるぞ、あおい。
ぽん、と頭に手をおいてぐりぐりと撫でてやる。
「後は任せな」
「……ぅん」
小声でつぶやいて、あおいはベンチへと戻っていく。
絶対に抑えるぞ。
「よし。一ノ瀬」
「ああ、分かってる。全力で投げ込むよ」
「頼む。内野前進守備。ゴロは迷わずバックホームだ。ホームで刺すぞ」
「「了解!」」
『バッター二番、篠塚』
全員が頷いたのを確認してキャッチャーズサークルへ戻る。
相手もこの一点の重要性は分かってるはずだ。突っ込ませてくるはずだ。
篠塚に対する初球はインハイへのストレートだ。一ノ瀬の直球を打ち返せるもんなら打ち返してみろ!
一ノ瀬が腕をしならせ、サイド気味のフォームから凄まじいスピンがかけられたストレートを投げ込む。
それに反応した篠塚が初球から積極的に振ってくるが当たらない。
ッパァンッ!! と快音を立ててボールがミットに吸い込まれる。
っ……ビリビリ来るぜ。
あおいのボールもすごいけど、一ノ瀬のボールは本格派のそれだ。あおいとは性質が違う。
バックスクリーンの球速表示に目をやると一四五キロと表示されていた。
猪狩には及ばないものの、左腕の本格派として十分すぎるほどの球速だ。……ほんとにすごいな、一ノ瀬は。猪狩に負けてないぜ。
二球目はスライダー。外角をまだ狙ってる可能性もあるけど、ストレートを見せられた後の一ノ瀬のスライダーならヒットゾーンには飛ばせないハズだ。
投げ込まれたスライダーに対して、篠塚は待ってましたとばかりに踏み込みバットを振るう。
その手前で一ノ瀬のボールは思い切りスライドした。
篠塚が勢いよく空振る。
よし、完璧だ。球威もコースも文句なし。一ノ瀬の調子はよさそうだ。
スクイズもあるかもと思ってたけど今までを見るにそれは無さそうか。
高めへ一球外して見せ球にする。その後低めへスクリューで打ちとるぞ。
一ノ瀬がボールを投げる。
高めへ投げられたストレート。それに対し篠塚が振りに来る。
見せ球を振った。……しかも高めのストレートをだ。
今日の一ノ瀬のボールは来てる。これならきっとこのピンチも抑えられる。
『バッター三番、六道』
さあ、山場その一だ。
際どいところを攻めて、ボールカウントが不利になったら敬遠でいい。ただ抜いて投げるのは駄目だぞ。厳しいところでも打てそうな球だったら打ってくるからな。
一ノ瀬が足を上げ、ボールを投げる。
要求したコースはインローのスクリュー。それにあわせるように六道はバットを出した。
スパァンッ! とボールはバットに当たらず、ミットに収まる。
「ナイボー!」
初球のインローに手を出してきた、っつーことは決め打ちしてるわけじゃなさそうだ。
今のコースはストライクゾーンに掠ってたから六道としては厳しいところだと思いながらも振りに来た、って感じだろう。
次はアウトローからボールになるカーブ。六道がそれをしっかりと見極めてきて1-1。
やっぱり際どいところでもボール球はしっかり見極めてくるな。特に緩い球だとその選球眼が狂うことは九割無い。さすが三番だぜ。
アウトローを使ったから次はインハイのストレート。それを六道は振らない。
「ストライーク!」
よし、追い込んだ。
けど今のを振ってこないっつーのは不気味だな。もろにストライクゾーン、六道だったら振ってきそうなもんだけど振ってこなかった。
まあ良い、これで2-1だからな。次で打ち取るぞ。
要求はシュート。アウトローのストレートと見せかけてそこから逃げるように変化させて三振に打ち取ってやる。
一ノ瀬が頷く。
一ノ瀬のシュートは天下一品だ。打てるもんなら打ってみろ。六道!
ストレートと全く同じフォームでシュートが投げ込まれた。
軌道もストレートとほぼ同じ。ただし――シュートは打者の手前で変化する!
「っ! まだだっ……!」
「何っ……!?」
空振る。それくらいのベストボール。
それを片手をバットから離して上体を崩しながら六道は必死にバットに当てる。
コキンッ、という軽い音。
打ち返されたボールは力なくセカンドの後方への小フライになった。
勢いはない。
勢いは、無かった。
「っ!」
――ボールはそのままポテン、とセカンドの後方に落ちる。
『これはラッキーなヒット!! サードランナーがかえるー! 勝ち越しー! 再び聖タチバナ勝ち越しましたー!』
目の前でサードの原がホームベースを踏む。
運が悪い、といってしまえばそれまでだが、それだけじゃない。相手の裏をかくことばかり考えた俺のリードミスだ。
ここは絶対に打たせないということを考えて低めのスライダーかスクリューで勝負すべきところだった。カウントが2-1といういいカウントになったから欲張っちまった……くそっ!!
……九回はクリーンアップからだ。一点なら返せる。春を打ちとってこの点差のまま最終回の攻撃に行くぞ。
『バッター四番、春』
春が打席に立つ。
終盤この展開での春から感じる威圧感は凄い。だけど抑えないとな。
一ノ瀬がサインに頷く。
初球はインローのストレート。真っ向勝負だ。
投じられたストレートを春は初球は振りに来る。
ッキィンッ!! と快音を残すがボールはサードベースの左を通ってファールになった。
元からファールか見逃しでストライクを取るつもりだったけど、やっぱ予想以上に強い打球になってる。甘く入れば持ってかれるぞ。
二球目もアウトローへのストレート。さあ投げ込んでこい一ノ瀬!
一ノ瀬が腕をふるう。
完璧な制球で投げ込まれた外角低めのボールを春は見逃した。
「トラックツー!」
うし、追い込んだ! これは大きいぞ!
次は外に外す! 頼むぞ!
2-1にしてからじっくり攻めるぞ。
一ノ瀬が足を上げてボールを投げ込む。
投じられたボールは要求したところからストライクゾーンへと入ってくる。
(甘い――!)
春がバットを一閃する。
一点なら、一点なら追いつけるんだ。頼む! 入らないでくれ――。
☆
――あかつき大付属高等学校グラウンド。
明日を初戦に控え、軽い練習を行なっている面々の中、ランニングをしていた猪狩が突然足を止めた。
それを見て、監督の千石は声を張り上げる。
「猪狩! どうした! ランニングの途中だぞ! まだ六週残ってる! 走れ!」
「千石監督。仕方ないですよ。恋恋高校が今春の初陣ですから……」
「六本木。……わかってはいるがな。それとこれとは別だろう!」
「そうですね……でも守らしくないな。ランニングの途中で止まるなんて……」
「全く……どうした猪狩。足でも痛むのか? 明日の先発に支障が出そうなのか」
「…………」
「……猪狩?」
「…………パワプロが……負けた……」
猪狩は耳につけていたイヤホンを外す。
そこから聞こえる実況の声と猪狩の呆然とした表情を見て千石は何が起こったのかを把握した。
『恋恋高校敗れました―! 六対四! 最終回に友沢のタイムリーで一点返すも反撃はそこまで! 直前の八回裏の春の止めのツーランが最後まで利きましたー!!』
興奮した実況の声に猪狩は何も反応しない。
そのかわり、その瞳は失望に染まっていた。