実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第三学年編
第二五話 "四月一週" ラストイヤー 


 ――恋恋高校の地区からは春のセンバツに、二つの高校が選ばれた。

 一つは、地区大会を制覇したあかつき大付属だ。

 決勝戦、帝王実業を倒し勝ち上がってきた聖タチバナと順当に勝ち上がったあかつき大付属との対戦。

 お互いに○点で迎えた十一回裏、七井アレフトのサヨナラタイムリーで勝利して予選退会は終わった。

 その結果を得て三月、あかつき大付属がセンバツへの切符を手にし、聖タチバナは二一世紀枠で春の甲子園に立った。

 聖タチバナはベスト一六で敗れたものの、あかつき大付属は決勝戦まで進み、大西、神高という好投手を率いるアンドロメダと激突し、1-0で勝利して春の覇者となる。

 だが、猪狩に笑顔はなかった。

 彼にとって、意味のある勝利ではなかったからだ。

 そして、"最強の猪狩世代"達は三年生になる。

 彼らの最後の夏が、始まるのだ。

 

 

 

 

        恋恋高校アナザー 最終章 "ラストイヤー"

 

 

 

 

 四月――。

 秋の敗戦から、約半年。

 俺達は成長したのか、それとも変わってないのか、実際に戦って見ないことにはわからないが、それでも時は経った。

 部員総勢十二名で頑張るのも今日が最後だ。一年生の入学式も滞り無く終わって、新入部員が入る。

 

「おはようパワプロくん!」

「はよ! さーて、今日はいよいよ……」

「新入部員でやんすね!」

「……おはよ」

「おう、矢部くんに新垣、相変わらず仲いいな?」

「ふふん、リア充でやんすからね!」

「あ、あー! もう! 恥ずかしいな! ほら行くわよ!」

 

 新垣と矢部くんが肩を並べて走っていく。

 やれやれ、今日もお熱いことで。

 

「……じー」

「やらないぞ」

「ぶー」

 

 熱視線を送る早川をいなしつつ、グラウンドに入る。

 グラウンドではすでに友沢と東條がウォーミングアップを行なっていた。進と一ノ瀬はブルペンだ。

 赤坂や三輪、明石も集まってくる。

 うし、集合だ。

 

「んじゃ皆、今日のメニューを発表する。今日のメニューは補強トレだ。……で、新入部員が来る。彩乃の話だと大量に、な」

 

 こく、と皆が頷く。

 ――そう、夏の甲子園を優勝した影響か、恋恋高校に大量の男子学生が入学することになったのだ。

 本当はんなこと聞いちゃいけないのかも知れないけど、確か共学になって初めて男子が女子の入学数を超えたとかなんとか。それを考えると甲子園効果って凄いんだよな。

 多分、その内の四分の一……多分、三〇人くらいが野球経験者で、この野球部に入る。

 監督が俺ってことを考えて躊躇するやつが居てもおかしくないんだけどな、検討違いでなければ少なくとも十五人は入るはずだ。

 おそらくそこそこ野球をやってきた奴らが入ってくる。つまり厳しいメニューなんかを課して入部テストーなんてことはやらなくていいだろう。

 ただし、ぬるいと思われても困る。という訳で、しっかり基礎トレをやってるところを見てもらわないとな。

 

「おはようございまーす!」

「……来たぞ」

「OK。んじゃ集合! これから基礎トレ始めるぞ! 入部希望者も参加してくれ。普段の練習だからな。仮入部といっても自分が付いてこれるかしっかり確認しながらやってくれ」

 

 パッと見二十人くらいか。全員線が細いけど体はしっかりと鍛えられてるな。全員経験者だろう。

 その中でも見たことがある奴が二人居る。

 一人は一番前で声を出してる男。北前久丈(きたまえきゅうじょう)。帝王実業付属中でも有名なスラッガーだった。

 長打力に巧打力に秀でているものの、守備と走塁に難があるせいで帝王実業高から推薦が来なかったって話だ(流石彩乃。こんなことも調べてあるな。助かるぜ)。

 その次は一人だけ列から離れて話を聞いてるジャージの奴か。森山大地(もりやまだいち)。俺と一ノ瀬、進の後輩だ。

 ……恋恋高校があかつき大付属中野球部の進む先の選択肢に入ってきてるのかもしれない。あかつき大付属としては頭の痛い話だろうが、こっちとしては願ったりだぜ。

 こいつは猪狩や一ノ瀬と比べても直球の速さのスケール感は小さいだろう。

 だが、こいつにはこいつの武器があるのだ。それはまあおいおい見る機会があるだろうな。進も嬉しそうな顔してるしさ。

 北前と森山が次の世代の中心になるだろう。しっかりと育ててやらないと。

 

「んじゃランニング開始だ! 先輩についてこいよ!」

「「「「「「「「はいっ!!」」」」」」」

 

 俺が声を上げると、一年生達が声を上げてついてくる。

 んじゃ普段の地獄トレを始めますか。

 

 

 

 

 

 

                                  ☆

 

 

 

 

「……っ、はぁ、北前っ……」

「んだよ、森山……ふぅ……」

「中学のとき、練習こんな厳しかったか……?」

「いーや…ランニングだけで吐きそうになるのは初めてだぜ……」

「途中俺とお前以外の一年は走れなくなってたよね……?」

「それでも最後まで走って戻ってくるように、だからな……名門に勝ったチームって、やっぱすげー練習量だ」

「……すごいよね」

「ああ、すげぇ」

 

 ――二人は幼なじみであり、ライバルだった。

 例えるなら猪狩守とパワプロのような、好投手好打者同士の将来を期待された人材。

 元は二人ともそのまま進学し、この地区の名門同士である帝王実業付属とあかつき大付属に別れるはずだった。

 その運命を変えたのは、パワプロという男の存在。

 半年前の猪狩守率いるあかつき大付属vs恋恋高校の試合を森山と北前も見ていた。

 そこで見てしまったのだ。

 一五三キロのストレートを投げた猪狩守。

 猪狩守の無失点記録と無敗記録を打ち破るホームランを放ったパワプロ。

 そして何より、弱小校が這い上がる様を。

 野球は戦力差では決まらない。それを身をもって教えてくれた恋恋高校に、二人は一緒に通おうと決めた。

 パワプロたちはもう卒業してしまう。だからこそ受け継ぎたいと思ったのだ。

 早川あおいが創り上げた"強い恋恋高校"を。

 パワプロが創り上げた"すごい恋恋高校"を。

 自分たちが、継ぎたいと。

 二人は顔を見合わせ、息を整える。

 あの人たちに追いつくためには、こんなところで息切れしているわけには行かないのだ。

 

「ご苦労さん」

「キャプテン……」

「ん、ああ、さすがのお前ら二人でもクタクタか」

「お疲れ様っ、この量のランニングは最初はきついよね。でも三ヶ月もすればなれるよ♪」

「は、はい、恐縮です早川先輩!」

「おう。……さて、と。本当なら一年はこのあと練習見学しつつ休憩ってつもりだったけど――お前ら二人はその休憩はなしだ」

「えっ!?」

「本当にやる気なの? パワプロくん」

「当然だ。使える投手が三人に入れば嬉しいし、一ノ瀬がベンチでしっかり準備できるようになれば最高だろ?」

「そりゃそうだけど……」

「……え、えっと?」

「どういうことですか?」

 

 森山と北前が混乱していると、パワプロは頬をニヤリと釣り上げた。

 

「今からお前らがベンチ入りできるかどうかのテストを行う。俺たちは二年まであわせて一二人。ベンチ入りは一八人までだ。つまり六人一年を入れることになる」

「そうですね。それで、なぜ僕達が……?」

「その六人は夏の予選前に一番伸びた奴にしようと思ってたけど、お前ら二人は別枠だ。本気で戦力にしようっつーんなら甲子園優勝を目指してる俺らにとってどれが一番伸びたかなーなんて見ている余裕はないからな。……今からお前ら二人をテストする。そのテストの結果が良かったら――ベンチ入り、レギュラーを視野に入れてメニューを"レギュラー用"にするってことだ」

「つまり、特別メニューを組むってこと。体を壊さない程度にだけど、普通に一年がやるような体幹補強中心のメニューじゃなくて、実践打撃練習を含めて頭も体も使うようなボクたちが普段やってるメニューに参加してもらうことになるんだ」

「……無論厳しいぜ。なんたって戦力として扱うんだ。エラーとかフォアとか出したら容赦なく怒るぞ。さて……どうする?」

 

 パワプロが脅すように言ったのをあおいが苦笑いで見つめる。

 当のパワプロは何か楽しむようにニヤニヤと笑っているだけだ。

 ――分かっているのだ。どんなに脅そうがどんなに厳しいメニューが待っていようが、森山と北前は断るはずがない、と。

 

「……やらせてください」

「俺も、やらせてください!」

「うし、んじゃアップしてきな。森山は友沢、東條が三打席ずつ相手をする。フォアボールはノーカンとして扱うからそのつもりでな。六つの打席のうち二つアウトをとってみろ」

「はいっ!!」

「北前はあおいと一ノ瀬が相手する。三打席ずつ、合計六打席のうち一度でも出塁すれば合格だ」

「ういっす!」

「俺達の準備はもうできてる。十分で体を暖めろ。できるよな?」

「「できます!」」

「上等、投手の森山は時間がかかるだろうから先に北前、お前からやるからな。んじゃ先に行ってるぜ。あおい」

「うんっ」

 

 あおいとパワプロは連なって歩いて行った。

 その背中を見送りながら、森山と北前はつぶやく。

 

「やってやるぜ」

「絶対に、合格するぞ」

 

 

 

 

 

 

                               ☆

 

 

 

 

 威勢のいい一年が居た。

 ま、正直期待はして無かったんだけどな、ランニングではっきりわかったぜ。北前と森山は一年の中でも別格だ。

 あの距離でランニングをやめないっつーことは相当走り込んでる。二人共弱点があるものの、それを補って北前はレギュラー、森山はリリーフの一角くらいにはなれるかもしれない。

 

「準備出来ました」

「よし、打席に入れ。あおい、いいか?」

「うん! ばっちり!」

 

 あおいがくるくると腕を回し具合を確かめる。

 北前がそれを見ながら打席に入った。

 

「っしゃす!」

 

 ヘルメットを外し一礼をしたあと、打席に立つ。

 一度後ろへ大きくのけぞった後、バットを高く構え直す。

 プロ野球の某外国人野手のような大胆な構え方だ。

 

「それって」

「あ、はい、テレビで見て真似したらしっくり来て」

 

 相当腕力が強くないとできないハズなんだけどな。

 でも、北前はこの打撃で中学校の頃は大会でホームラン王にもなってる。フォームにもぎこちなさがないし、こいつにとってはこれがベストフォームなのかもな。独特だけど。

 さて、まずはアウトローで様子見だ。……見せてやれ、あおい。この半年間磨き上げた新しいフォームで、お前の最高のボールを一年坊主に。

 あおいが足を上げる。

 安定性の増したフォーム。膝を今までよりも高く上げ、足の着地点を今までより前にして上体を沈める。

 グラブを体で抱え、弓のようにしならせた腕が体の下から現れるような感覚でボールが投じられる。

 外角低めのボール。北前は低いと思ったのかバットを振らなかった。

 だが、

 

「ストライク! でやんす!」

「っ……え?」

 

 審判を務める矢部くんの手が上がる。

 これが新フォームの効果だ。低いと思ったボールがあまり落ちずにそのままミットに収まる――プロの超一流の投手に見られる"浮き上がる"感覚を相手に与えることができる。

 今まではインハイ――所謂"第三の球種"にのみに合った効果だが、ボールに掛けることが出来る回転の数が上がったことによって、低めでもそれを感じさせることが出来るようになった。

 まさにあおいが血の滲むような努力によって手に入れた"プロ仕様"のボールだ。

 この球は一年じゃ掠ることすらできないだろう。でも、それじゃダメだ。甲子園で優勝するチームの戦力になろうと思うなら、そんな常識的な力量差を超えてくれないとな。

 二球目に投じられたボールはカーブ。ブレーキの効いたボールに北前はバットを出せない。

 

「とらーいくでやんすー」

 

 これで追い込んだ。このまま三球勝負で大丈夫そうだな。

 インハイに構える。要求するボールはもちろんストレートだ。

 ビュンッ! と北前のバットが空を斬る。

 一打席目は三振だ。

 

「……すごい……これが甲子園優勝ピッチャー……」

 

 北前が呆然とした様子でつぶやく。

 そうさ。これくらいレベルの差を感じてくれないとな。

 二打席目はマリンボールを見せてやる。インハイのストライクが残っている初球からマリンボールをインローに落とす。

 あおいが頷いてボールを投げ込んでくれる。もう投げミスはない。半年で磨きあげたのは球威だけじゃないのだ。

 

「う、おっ」

 

 ブンッ! と再び北前のバットが空を切る。

 初見とは言えひどい空振りだ。ボールとバットが三〇センチくらい離れてんぞ。……こんな調子じゃ期待はずれだぜ。一ノ瀬がピッチングに集中出来るかはお前にかかってるんだ。しっかりしてくれ。

 二球目はシンカー。ゆっくりと大きく沈むボールだ。それを北前はなんとかミートするがボールはファーストの横に飛ぶ。

 

「アウトでやんすね!」

「くぅっ……」

 

 ファーストファウルフライ。当てたのは良いがそこはファールにしないとな。

 ……ベンチ入りはするだろうがやっぱレギュラーに入るにはまだ速いか。この調子じゃ守備が安定してる石嶺あたりをファーストに置くか、長打力のある赤坂を代打からレギュラーにするかになる。

 あおいとの三打席目。北前は再びのけぞるようにしてバットを構えた。

 ただし、今までとは違う。バッターボックスの一番前に立ち、すでにバットをすでに引いた状態で、大きく構えるのをやめて小さいフォームにしている。

 

(バッターボックスの一番前に立つってのはボールが変化する前に叩こうっつー意識だろうが、小さく構えるってのはどういうことだ?)

 

 己の組み立てたバッティングフォームをコロコロ変えるような打者は怖くない。フォームがブレればブレるほど、打者ってのは揺さぶりに弱くなるからだ。

 野球という刹那のタイミングが命のスポーツはいかに自分の形でバッターボックスに入れるかが重要だ。自分のタイミングがわからないままで相手のボールを打ち返すことなんて不可能だし。

 中学とはいえ、名門校の四番を張った男が安易にするようなことではない。……ということは、何か意味があってやっているってことだ。自分の打撃フォームを変えるということ以上に重要ってことなんだから。

 

(あおい、様子見だ。外に一球外す)

 

 俺の出したサインに、あおいはこくりと頷く。

 一球目、外への際どいストレート。そこを北前は振りに来る。

 バットを引く動作が無い分、バットは素早く出る。が、打席の前に立っている分見極めは難しくなり、外の際どいボールにも北前のバットはくるりと回った。

 

「トライク! でやんす!」

 

 これで1-0。ボールにするつもりだったけどストライクがとれたな。今度はもう少し遠くに外してみよう。

 続いてのボールは流石に見極める。これで1-1だ。

 並行カウントからボール先行にしても良いだろうが、それは一年生相手に消極的過ぎる。ここはカーブで2-1にするか。

 北前は右打者だ。ストライクゾーンをかすめるかかすめないかぐらいでインコースに落とそう。

 あおいがサインに頷く。

 よし、来い。

 投じられたボールは、要求通り完璧なものだった。

 凄まじいスピンがかけられたボールは弧を描くようにして落ちる。

 落ちるボールを捕球に行く俺のミットの目の前で、

 

 北前のバットがボールをすくい上げるのを、俺は見た。

 

 一瞬遅れてッバガンッ!! と鉄の棒で何かを殴ったような音が響いた。

 ボールの中心よりわずかに下をひっぱたかれた打球は、一番飛ぶ弾道で、更に飛ぶようにスピンがかけられぐんぐん外野に伸びていく。

 外野のフェンスの上を遥かに超えるボールは、ゆるいボールを引っ張ったためか引っ張りすぎてポールの左へと切れていった。

 

「おおっ! 惜しい!」

「すごい当たりでやんす!」

「……飛距離では負けんぞ」

 

 東條が対抗意識を示すほどの、凄まじい飛距離。

 ……前言撤回。やっぱこいつすげぇわ。

 スイングを見るに待っていたのはおそらくストレート。

 それをタイミングを崩されながらも軸回転を崩さずに腰の回転でひっぱたいた。

 技術がない分ポールの右側にボールを持って行け無かったけど、センスなら友沢、東條に匹敵するかもと期待出来るやつだ。

 

「タイム! ……北前、なんでバッターボックスの前に立ったのか、フォームを小さくしたのか、説明してくれるか?」

「う、ういっす。バッターボックスの前に立ったのはボールをバットに当てるためで。早川先輩の変化球がすごくて自分じゃ一番後ろに立っていたら当たらないと思ったので一番前に移動しました」

「だよな。変化し切る前に打とうっつー意識は感じ取れた。じゃ、フォームを小さくしたのは?」

「"アジャスト"です」

「アジャスト? って適応のことだろ?」

「そうっす。バッターボックスの前に立つことで変化球に当てるようにした上で、際どいボールは打てなくなりますが、ストレートに差し込まれることなく、ストレート待ちをしていて変化球でタイミングを崩されても、軸を崩さないことでストレート待ちをしながら変化球にも対応出来るように短い距離でボールを打ち返したくてフォームを小さくしました」

「……そんなこと、普通やらねーし……」

「ああ、やったところで常人ならタイミングが崩れて終わりだろう」

「口挟んですみません、先輩。北前はバッティングフォームが二つあるんです」

「二つ?」

「はい。説明して欲しいのでしたら、説明します」

 

 進相手に投球練習をしていた森山が口を出してきた。

 ああ、そっか、こいつらライバル同士だったんだっけ。北前のことをよく知ってるなら、投手目線のこいつに説明してもらった方がわかりやすいか。

 

「んじゃ、頼むわ」

「はい、北前には変化球ピッチャー用とストレートピッチャー用の二つのフォームがあるんですよ」

「変化球ピッチャーとストレートピッチャー?」

「どんな捕手がリードするとしても、軸にするボールはあるじゃないですか」

 

 ん、まあ確かにそうだろう。

 俺の場合あおいのピッチングはストレートやマリンボールを軸にすることが多い。

 軸がある方がピッチャーを引っ張りやすいし、逆にピッチャーも安心して投球出来るしリードもしやすい。ふらふらどれを決め球にするか、カウント球にするかと悩むより、データを見て"こいつは緩い球に弱いからカーブを多めにしよう"とかそういうニュアンスで軸にするボールは決めてしまうことがほとんどだ。

 

「バッターボックスの前に立つのはそうでもしないと先輩のボールが打てないと思ったからでしょうけど、変化球がそう圧倒的でないストレートピッチャーの場合はバッターボックスはそのままで、最初からバットを引いた状態で小さく構えることで、ストレートの球威に振り負けないよう、差し込まれないようにしているんです。もともとこいつ、身長がありますしスイングスピードもそこそこ速いので、軸回転だけでボールは外野まで飛びますからね」

「はー、なるほど」

「中学生の時にもストレートだけバカ速い奴は全国大会にゴロゴロ居ましたから、そういうピッチャー用にこういうフォームにしたんでしょうけどね」

「じゃ、最初のフォームが変化球投手相手ってことか」

「えっと、まあ……」

「こいつ用だったんですよ、最初は。あのコンパクトなフォームが最初の俺のフォームだったんす」

 

 北前が森山を指さす。

 へぇ、あの大きなフォームは森山との対戦の為に創りだしたフォームだったのか。

 なんかこいつ思考回路が猪狩に似てるぞ。全国大会で優勝出来なかったっつってカーブを死ぬ気で覚えるあいつとそっくりだ。

 

「変化球投手の緩い球はコンパクトスイングでも飛ばせる自信がありますけど、さっきみたいに引っ張れすぎてファールになることが多かったんす。そのせいで、ファールでカウント稼がれて森山に打ち取られるってのがパターンになってしまったんで、その対策に編み出したのがこの大きなフォームなんですよ」

「……なるほど、わざと遠回りをさせることで引っ張りすぎないようにしたわけか」

「はい、ストレートは振り遅れても流し打ちでぶち込めば良いと思って、そのおかげで中学の最後の大会でホームラン王になれたんです。あの小さいフォームで打席に経ったのは一年以上ぶりですよ。素振りではやってましたけど」

 

 なるほどね、通りでコンパクトフォームのこいつのデータが無いわけだ。この大きなフォームで結果残したデータしか俺は見てないしな。

 にしてもこいつ、結構考えてるんだな……引っ張れすぎるのをわざとスイングを大きくすることで改善しようだなんて並の考え方じゃない。フォームを定着させる努力と、確かな野球センスが無きゃできない芸当だ。

 

「でも、早川先輩はやっぱすげぇっすね。流し打てばいいと思ってたんですけど、全く当たる気配もなくて、変化球用のフォームなのにキレがよすぎて大きなフォームじゃ当たりませんでした。当てに行ったら外野まで飛ばなかったっす……まだまだレギュラーは速いっすね」

「……や、良い、面白いし気に入ったぜ。合格だ」

「……い、いいんですか!? まだ一ノ瀬先輩とやってませんよ!」

「いいんだよ、それに一ノ瀬は秘密兵器だからな」

「ひ、秘密兵器……?」

「ああ、他校のデータ組の前じゃ見せられねーよ」

「……よっしゃー!!」

 

 北前がガッツポーズして雄叫びを上げる。

 ま、実際のレギュラーメニューをやったら合格しなきゃよかったと思うだろうけどな。ククク……。

 おっと、その前に森山のテストもやらねーとな。

 

「おし、友沢、東條、頼むぞ。打席は交互に入ること、OK?」

「……ああ」

「久しぶりの実戦だ、手は抜かんぞ」

「手抜いてもらっちゃ困るしな。……進!」

「はい。パワプロさん」

「組んだことはあるんだろ?」

「はい、あります!」

「なら、"ベストリード"で頼むぜ?」

「……了解です」

 

 進がウィンクをしてキャッチャーズサークルに走っていく。

 緊張した面持ちで森山もマウンドに登った。

 森山は右腕のオーバースローだが、投球練習を見ている限り球速は一二〇キロほどだろう。

 球速のポテンシャルを見ても一年時の一ノ瀬、猪狩とは比べ物にならない。

 にも関わらずなぜ森山がここまで評価されているかというと――"伝家の宝刀"と呼べるボールがあるからだ。

 進のサインに森山が頷く。

 打席に立つのはウチの四番、友沢。

 進のことだ、初球から行くだろう。

 ――さあ、名門あかつき大付属のエースナンバーを投げてきた男の力を、ウチの四番に見せてやれ。森山。

 森山が足を上げ、ボールを投じる。

 ダイナミックなフォーム。友沢はさぞ速いボールが来ると思っていただろう。

 友沢が迎え打たんとバットを出す。

 だが、ボールは来なかった。

 

「なっ……!!」

 

 友沢だけではない。森山のそのボールを初めて見るモノは皆して驚愕しただろう。

 そのボール――超遅球を。

 

「……す、ストライクでやんす!」

 

 ボールは低めに外れたが、友沢が空振った。これで1-0。

 

「……イーファストピッチ……!? 球速は……八二キロ……!」

「お、早めだな。森山のやつ、緊張したのかもな」

「……八二キロで速いだと?」

 

 東條がスピードガンを見て、更に俺の発言を聞いて二度驚いた表情を見せる。

 誰だってそうだよな。初めてこの守山のボールを見た奴は驚くだろう。

 最高球速ならば、他校のエースの方が圧倒的に上だ。高校一年生の時点で一三〇キロを投じる投手も右投げの、それもオーバースローならばそこそこいるだろう。

 だが、森山の最高球速は一二〇キロ半ばが関の山だ。

 そんな男がなぜあかつき大付属中のエースナンバーを守ってこれたのか。

 答えは簡単だ。"最遅球速"がずば抜けているからの一点に尽きるだろう。

 

「あいつはな、もともと"抜く"っつー感覚に関してずば抜けてる」

「……抜く、か」

「ああボールを投げるってのにはいろんな感覚があるだろ。弾くように投げるとか捻るように投げるとか押すように投げるとかさ。その中で、あいつは"抜く"ボールが抜群にすごいんだ」

「抜く……つまり、緩いボールか」

「まあ緩いボールでもいろんな感覚のやつがいると思うけどな、まあ緩いボールだ。あいつの持ち球はカーブ、スローカーブ、これは抜くっつーことは例外で縦スラ、そんでもって、OKボール……つまり、サークルチェンジ」

「……あれはただの遅い球じゃないのか」

「ああ、手元でわずかに、右打者ならインコース寄りに、左打者ならアウトコース寄りに沈むボールだ。それをこの球速で投げてる。腕の振りはストレートそのままだ」

「……そんなことが、可能なのか……」

「指関節が異常に柔らかく、なおかつ抜くっていう技術が優れてなきゃ投げれないボールだ。一三〇キロも投げれない、コースを丁寧につくコントロールもない。そんなあいつが死に物狂いで手にした決め球だよ」

「……ストレートと同じ振りで八〇キロ台以下の遅い球を投げれる……確かにエースだと言われても納得出来るが……それだけで抑えきれるものなのか?」

「いや? んなに甘くはないぜ。けど、それだけじゃない。単に速い球が投げれないだけで、森山は天才さ。指関節もだが、肩の可動域が広い、リリースポイントが体の近くだから、ボールの出所が見づらいはずだ。球離れが遅い……早い話が球持ちもいいからな。友沢は相当打ちづらさを感じたはずだぜ」

 

 友沢が二球目のストレートに振り遅れて空振る。

 八二キロの後の一二六キロのストレート。優秀な打者であれば打者であるほどその揺さぶりは効く。いい打者ってのはいいタイミングで打ってるってことだ。そのタイミングを緩急でズラすわけだしな。

 ……けど、それだけじゃダメだ。

 三球目、投じられた球は縦のスライダー。

 しかし甘い。ふわりと浮いた球は打ってくださいとばかりにど真ん中に変化し――

 

 音もなく、友沢がフルスイングをする。

 

 森山は驚いた表情で後ろを振り返った。

 ボールはフェンスを悠々と超えていく。

 

「……今のは甘かったな」

「ああ、これが森山の弱点だ。細かいコントロールがない。あの緩急はすげぇんだけどな……」

 

 森山の課題はこれだ。

 せっかく2-0と追い込んでもど真ん中にボールが行けば名門校の四番なら苦もなく打ち返すだろう。

 出所が見づらい、球持ちが良いといってもそれはあくまで相手を振り遅らせるくらいの効果だ。コースが甘ければ痛烈な打球を打たれても不思議じゃない。特に金属バットだしな、おっつけ気味に打っても芯に当たればボールは飛ぶのだ。

 

「まぁ対戦してみるといいぜ。かなり打ちづらいけどな」

「……その口ぶり……お前、最初から森山は戦力として……?」

「可愛い後輩だしな? ってのは冗談として、投手は絶対に必要なんだよ。その中であかつき大付属中でエース張った奴が来てくれたんだ。こってり絞って戦力にするのは当然のことだろ」

「……ふん、まあいい。お前のお墨付き、打ってみるさ」

 

 そう言って東條がバットを握る。

 わざわざ言わないけど、これは森山の鼻っ柱を折る意味もあるんだよな。一ノ瀬は別として、あかつきOBはどっか自信家な所があるからなぁ。一度高校レベルってのを味わってもらわないとな。

 パッカァンッ!! とボールを捉える音がグラウンドに響く。

 まだまだ、一年生たちの道のりは流そうだ。

 ――結局、森山は東條と友沢相手からワンアウトも取れなかった。

 

 

 

 

                        ☆

 

 

 

「というわけで一年生達、レベル差は感じ取ったと思う。これが高校野球ってやつだ。中学野球の延長線上と考えると痛い目見るぞ」

 

 日も暮れてきて、夕焼けに染まるグラウンドのベンチ前で座る一年生たちを見下ろす。

 森山と北前を除く一年生は全員が息を荒げ、汗を拭いながら真剣な表情で俺の話を聞いていた。

 ……厳しい練習は覚悟してたか。流石だな。

 

「この中から、ベンチ入するものももちろんいる。そこは競争だ! でもな、お前たちの年はチャンスだぞ! ベンチ入りがいきなり六人。更に俺たち三年が卒業すれば、来年の一年次第だけど少なくとも七人がレギュラー入れる! でもだ、これは監督として言わせて貰うが、誰よりも上手く誰よりも練習した奴しか俺は使わない! それを考えてしっかり練習に励め! 他の強豪校とは違ってウチは勉学もある。練習をどうやっていくか。あいている時間で何をするかが他の奴らと差をつけるからな! それを念頭においた上で頑張ってくれ! じゃあ今日は解散!」

 

 お疲れ様でした! と声を上げて一年生が帰っていく。

 さて、ベンチで横になって寝てる北前と森山も起こさないと。流石に初日から厳しくしすぎたかな。けどま、これに慣れてもらわなきゃ困るんだけど。

 仕方ない。俺も自主練があるし、それが終わるまで寝かせてやるか。

 

「パワプロくん!」

「おう、あおい」

「始めよ?」

「ああ、そうだな。んじゃ始めるか」

 

 俺とあおいは連なってマウンドに向かって歩き出す。

 一年も入った。大会まで後約三ヶ月。それが高校野球生活最後の大会だ。

 最終年――張り切って行くぜ!

 


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