実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー 作:向日 葵
恋恋高校から徒歩五分、そんな近場に存在するレンタル野球場に、恋恋高校新設野球部は集合する。
早川野球部入部をかけた勝負が終わってから数日。
今日が俺たちの初部活。けどまぁ、練習を始まる前にやることがある。ズバリ自己紹介だ。それを済ましちまわないとな。
「つーわけで、本日より野球部が本格的に始動する」
「おー! でやんす!」
「おーっ!」
「おーっ! ですわー!」
「では本格的始動を祝して自己紹介をしようか」
「うん、それがいいね」
「ええ、相手の事をよく知るには相手から名乗らせればいいのですわ」
「そうでやんすね。ではまずおいらから行くでやんす。おいら矢部でやんす。矢部明雄。愛するものは野球とガンダー、あとは美少女ならなんでも好きでやんす。ポジションはセンターで」
「あ、矢部くん、お前はショートな」
「それはそれは中学校時代は守備の要としてなんででやんすかー!!?」
おお、すげぇノリツッコミだなおい。さすがだな矢部くん。
「見てるだけでも外野じゃもったいない、あれほどの守備範囲と反応速度があれば外野じゃなくて内野のがいいと思うんだ」
「そ、そうなのでやんすか……? でもオイラ外野に凄い誇りをもっているでやんす。だから」
「内野の要のショート、それを任せるには凄まじいセンスと走力、そして反応速度が必要なんだ。頼む矢部くん」
「仕方ないでやんすね。そこまで言うならやってやるでやんす」
「……簡単に操作されてますわね」
「操作? 失礼な、本心だぜ」
そうなってくれたらいいなって希望も含まれてるけどな、……ま、俺の予想では矢部くんはそうなれるくらいの能力は持ってるんだけど。まだしっかり見たことはないからな」
「じゃ、次だな」
「あ、じゃあボクがするよ。早川あおいです。ポジションはピッチャーだよ」
「スリーサイズをおしえるでやんふべっ!!」
「失礼なことをいっちゃダメだよ♪」
「は、反省するでやんす……」
こいつら仲いいな。良いチームになりそうだぜ。
んじゃ次は……。
「彩乃、言っとけ」
「わ、分かりましたわ。私、倉橋彩乃と申します。マネージャーをさせていただきますわ」
「あ、マネージャーさんもう居るんだ」
「え、ええ、ですが野球のことは、その良くは分かっていません」
「そっか。でも大丈夫だよっ」
何故かそう断言してニコニコ微笑んでいる早川を、彩乃は凄く胡散臭そうに見つめている。
おっと、もう俺の順番かな。んじゃ名乗っとかないと。
「知ってるとは思うが、俺は葉波風路」
「パワプロくんでやんすね」
「パワプロくんだね」
「パワプロ様ですね」
「だからパワプロ言うなって! えー、ポジションはキャッチャー、あかつき大付属中学出身だ」
「あ、あかつき大付属中学でやんすか!?」「あかつき大付属中学!?」
「なな、なんですの? そ、そんなに驚いて……」
「あ、そ、そうか、彩乃さんは知らないかもでやんすね。あかつき大付属中と言えば、野球部に入部試験があるでやんす。それに合格しても競争率が激しすぎて、公式戦に出場権のある一軍から三軍までに別れてるでやんすよ」
「えっと……ぱ、パワプロくんって、そこのどこら辺だったの? 二軍?」
「いや、一軍のレギュラーだった。つまりまあ、正捕手だったんだよ」
「な、なんでやんすってー!!?」
「ちょっとそのセリフはムリがあるよ矢部くん!?」
早川と矢部くんが面白い漫才をしている。これが所謂夫婦漫才ってやつなんだろうな。
「と、ということは猪狩守とバッテリーを組んでたでやんすか」
「そういうこったな」
「ちょ、ちょっとまって、なんでわざわざ恋恋を選んだの!? そりゃ、キャッチングといい幸子との対戦でのリードといい凄いとは思ってたけど、しょ、正直いってあかつき大付属高に進むのが普通じゃないの? そうじゃなくても帝王実業とか、西京とか……」
「ああ、たしかに一軍は俺除いて全員そこに進んだな」
「じゃあなんで……?」
「倒すためさ。そいつらを」
やれやれ、結構皆に聞かれるもんだ。
まあ俺自身ぶっ飛んだ選択だと思うし、実際俺以外にそういうやつを見たらなんでかって理由聞くだ
ろうしな。
「倒すため?」
「そうだ。わざわざ名門行って名門倒してもつまんねーよ。苦労して名門倒す方が楽しいからさ」
さらりと言った俺に矢部くんは言葉を失い、早川はぽかんと俺を見つめて彩乃はなんだか熱いまなざしでこちらを見つめてきた。
なんだかそうも見つめられると恥ずかしいぜ。さっさと話題をそらそう。
「つーわけで、今の所この四人で活動するわけだけど……」
「あ、ちょっと待ってパワプロくん。二人紹介したい人がいるんだ」
「お?」
こほん、と早川が咳払いをして、
「はるか、あかり、入ってきて」
「あ、あおいー」
「遅いのよっ」
「あっ、お前はでやんす!!」
「げっ! 変態男!」
「なんだ、矢部くん知り合いなの?」
「こ、こいつはオイラのガンダーをぶっ壊したでやんす!」
「人の着替えの上に変な人形を落とすから!」
どうやら俺たちが熱い戦いを繰り広げていたとき矢部くんはこの子……あかりだっけ、とイチャイチャしていたらしい。
あかりっつー子は黒髪だが大和撫子とかそういう感じではなくてめちゃくちゃ勝気だ。つり目だし矢部くんを圧倒してるし、幸子そっくりだな。
こっちの子は明らかにマネージャーっぽい子だ。茶髪だけど地毛なんだろう。めちゃくちゃ体が白くて、ちょっと強く接したら壊れてしまいそうな印象を与えてくる。
「じゃ、二人にも挨拶してもらおうかな。マネジか?」
「はるかはそうだよ。でもあかりはセカンド」
「そういうこと、このチームのショートは誰? 私と組むわけだから挨拶しとかないとね」
「ああ、矢部だ」
「やべ? ……まさか」
「そう。あいつだ」
「ほ、ほんとに!?」
「ああ、外野からショートだ」
「うげ……」
目の前の少女は心底嫌そうな表情で、はぁと深々とため息を吐く。
そんな矢部くんが嫌いなのか。矢部くん良い選手なんだからコンビ組んだら楽だろうに。
「ま、自己紹介しとくよ。私の名前は新垣あかり。ポジションはセカンド。……本当は野球をやめるつもりだったんだけどね、あおいが熱心に説得してきたからさ」
早川に説得されたっつーことは、昔早川と野球やってたとかそういう感じか。
なるほど、使い込まれて油で真っ黒になったグローブを小脇にかかえている。
「は、はう、あの、私、七瀬はるかと申します……野球はあおいに付き合ってスコアとか付けてたことが有ります。よ、よろしくお願いします」
「な、七瀬はるかですって!?」
「おおうっ、ど、どうした彩乃?」
「わ、私、この人と一緒にマネージャーはごめんですわ! この人と一緒だなんて……!」
こんなに彩乃が人に対して敵愾心を見せるなんて珍しいな。
たしかに会ったときは高飛車でとっつきにくかったけど中身はイイ奴だってもう分かってる。野球部設立にも凄く協力してくれたし。……けど、そんなこと言ってチームの和を乱すようじゃ困るんだ。
「彩乃。ムリならもう来なくていい。……マネジは大変な仕事だし、覚えることも多い、二人で協力してやってくれないと困るんだ」
「う、うぐ……そ、そんな……あうう……わ、分かりましたっ、な、七瀬はるか! 貴方よりマネージャー業を上手くやってみせますわっ! ですから教えなさい!」
「え、えっと、あう。が、頑張ってください……?」
ビシッと指差す彩乃、それを受けて応援する七瀬。それでいいのか七瀬よ。
俺と同じことを考えているのか、早川、新垣、更には矢部くんまで苦笑いをしている。これ、意外と良いチームになるかもな。
「うし、んじゃ部活始めるぞ!」
俺が大きく宣言すると、全員が「「「「「「おー!」」」」」と手を天へ上げる。
よし、彩乃も七瀬もノリが良くて何よりだぜ。
「あ、ちょっとまって、パワプロくん」
「もーつっこまん。なんだ早川」
「監督は?」
「ああ、もう見つけてある、ってか早速仕事してもらってるぜ?」
可愛らしく小首をかしげて尋ねる早川に俺は笑みを返す。
ん? なんだか気温が下がったような。まあいいか。
「仕事って、何してるの?」
「あー、まずはユニフォームの発注してもらってる」
「ユニフォーム! そうか、そうだよね。ユニフォームは必要だよね♪」
「いいねユニフォーム、やっぱ私もなんか足りないと思ってたのよね。此処にいるの全員学校指定のジャージだし」
「そゆことでやんすか。でもまずはってことは他にも仕事をしてるでやんすよね? ところで監督は誰でやんすか?」
「保健の加藤先生だ」
「フィイイイイイイイイイイイイイバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「うわぁ!!?」
「や、矢部くんがやんすを付けてないだと!?」
「ツッコミどころそこ!? 違うよ! いきなりテンションが上がったのにビックリだよ!」
「き、気持ち悪っ!? なんでそこまでいきなりテンションあげれてんの!?」
「加藤先生と言えばボンキュッボンで美人なあの先生でやんすよね! まずってことは他の仕事もするでやんすか? ま、まま、まさかネコミミを付けてにゃんにゃんとかいっちゃうでやんすかー!?」
「にゃんにゃん? なんだそれ?」
なんだなんだ猫のおまじないか?
まあお守りとか作ってもらうのはマネジとかの仕事だし、女の先生ならやってもいいもん……か。それにしても矢部くんがまさか験を担ぐタイプだとは思わなかったぜ。これは夏の大会前には作ってもらうべきかもな。
「まあそんなおまじないじゃなくて、働き掛けてもらってるんだよ」
「はたらきかけ?」
「そういう事だ。早川に新垣が選手として出場するためにな」
俺が言った瞬間、二人の表情が驚愕に染まった。
そんな驚くようなもんだっけ? 俺が言ったことって。
「……いい、の?」
「何いってんだ。当然だろ。むしろしてもらわないと困るっつーの、エースと正セカンドだぞ」
「あ、あおいとはバッテリーを幸子を打ち取るために組んだって聞いてるけど、私の事は知ってるの?」
「別にしらねーけど、そのグローブ見りゃ解るよ」
「グローブ?」
「ああ、しっかり使い込まれてる。何年も何年も使い込んだグローブだ。正直言ってウチの選手層は薄くなりそうだし、そんなに努力してるセカンドが居るなら喜んでレギュラーになってもらうさ。ウチの正ショートにあれだけ言って、まるでレギュラーのような口ぶりなんだから、上手いんだろうしな」
「ぐぐっ、分かったわよ!」
「うし、なぁに、三ヶ月もある、軟式でも硬式になれる時間はあるさ」
「大丈夫、ボクとあかりはシニアだったから、硬式には慣れてるよ」
「お、そうか。んじゃ後五人くらい当たりつけてる奴らがいるから、学校行って迎えに行こうぜ。ついでに加藤先生にどんな感じか聞いてみないとな」
まあ加藤先生の口ぶりだとムリじゃない、みたいな言い方だったし意外と野球連盟にも女子選手を甲子園大会にーっていう要望は来ているのかもな。男女差別だなんだうるさい時代だしさ。
「よーし、じゃあ加藤先生のところに行こう!」
「そうでやんすね。ちゃんと確認するのは大事だと思うでやんす」
「……本当に私たちが試合に出れるかも知れないなんて……それだけで嬉しいな」
「ま、最近は女性の野球人口も増えてる。実際女子プロなんかも増えたし、社会人チームにも有名な女性選手が居たりするからな。女性だから劣ってるって考え方はおかしいって上も重々承知してんだろ。何度か検討した、って噂は加藤先生から聞いたし、ま、俺たちが悩んでも仕方ねーことだ。……うーし、んじゃ走るぞ。学校に移動だ。……掛け声はどうすっかな?」
「じゃあ、ボクが決めていい?」
「どうぞでやんす」
「うん、あおいのセンス信じてるよ」
「んじゃ早川、音頭頼むぜ」
「分かった。こほん。じゃあ……恋高ーファイ、オー!」
「おっし! 出発! ファイ、オー!」
「ファイ、オーでやんすー!」
「ファイ、オー!」
「私たちはどうすればいいの?」
「自転車です!」
「分かりましたわ」
マネージャー二人は自転車で、俺たちは走りで、学校を目指す。
つっても歩いて五分の距離。ほぼ全力疾走に近い形で走らないと練習にならない。
途中から声かけも忘れて四人で全力で走る。
だいたいこの距離だと中距離走くらいか。順位は矢部くん、俺、早川、新垣の順に校門に到着した。
やっぱり矢部くんは足に関してはスペシャリストだ。瞬発力もさながらだが持久力が素晴らしい、トップスピードだけ見てみれば彼より速い選手は居るだろうが、それでも技術や維持する力も鑑みてみれば、矢部くんの走力はトップクラスだろう。
早川はトップスピードこそ無いものの、さすが投手といった感じでなかなかの持久力があったな。新垣が問題か。内野手の割に足が遅いな。……だが、あのグローブを見るからに自分の足りないものを補うだけの練習は積んできているのだろう。それは実際のノックとかで見ることにして……。
「ふぅ、ふぅ、うーし、んじゃ皆、とりあえず五人を呼んどいた待ち合わせ場所に行くぞ」
「待ち合わせ?」
「ああ、一人除いて残り四人、早川の名前で呼び出しといたんだ。手紙は彩乃が書いたけど」
「え? ボクの名前? なんで?」
「なんか男子に人気あったからおぐぅっ!」
「馬鹿っ! なんで勝手に人の名前を使うのさ!! それってまるでラブレターみたいじゃないか!」
「まあいいじゃないでやんすか。ちゃんと本人がいくでやんすから」
「うー……」
「げほっげほっ、わ、悪かったよ。でも、九人いないと野球も出来ないし……」
「……わかったよ……どこ?」
「体育館裏だ」
「じゃあ、いこう」
四人で連れ立って歩く。
待ち合わせ場所に到着すると、ちゃんと五人とも揃ってくれていた。
その中に一人、金髪の男が立っている。
「……来てくれたんだな。友沢」
「……お前に呼ばれればな、パワプロ」
「お前まで……まあいいか」
「ちょっとパワプロ、なんだよ?」
「そうだぞ! あおいちゃんに呼ばれたからきたのであって!」
「お前ら全員に、頼みがある」
全員の言葉を遮って、俺はばっ、と頭をさげる。
俺のいきなり行動に、此処に呼ばれた五人だけでなく、チームメートの三人、そしてマネージャーまでもが息を呑むのが解った。
「一緒に、野球をやってくれ」
「……野球……」
「ああ、お前ら、なんでか知らないけど野球をやめちまったんだろ。……でも、わざわざこの恋恋に入ってきたってことは、まだ野球を出来る環境を望んでる筈だ。……頼む! 明石、三輪、赤坂、石嶺、友沢!」
「……俺はいいよ~。ていうか、近いから此処に入っただけなんだ~」
「ほ、本当か三輪!」
「ああ、俺も良いぜ。中学校ではシニアやってたけど、実は野球がどうしても、って訳じゃなかったんだ。でもこの高校に入ったら無性にやりたくなってさ」
「……明石……!」
「ま、皆がいいんならやってもいいかな。あおいちゃんも居るみたいだしね」
「石嶺もいいのか……!」
「俺は此処の推薦がとれたから喜んできただけだし。野球やるのが嫌なわけじゃないぜ」
「赤坂も、ありがとう四人とも! ……友沢、お前は?」
四人の同意が得られた、これでチームは八人。けど、これじゃ足りない。
もう一人くらい誰でも、って思うかもしれないが、ダメなんだこれだけじゃ。
このチームが勝ち抜くには、強力な主砲が必要だ。
その主砲にたる男は、この友沢しか居ない。
昔シニアで戦ったときはこの友沢相手に対し、どのコースを要求すればいいか分からなかった。それくらいの打撃センスがこの友沢にはある。
だからこそ友沢は真摯にお願いしたんだ。俺からの手紙で、『一緒に野球をやってくれ。その返事を此処で受け取る』ってな。
「――、ふ。俺は野球はもう出来ない。肘を怪我したんだ。完治は下が、変化球を投げることは出来ない。だから野球は――」
「ちげぇ。お前はセンターにするつもりだ。友沢」
「……何?」
「お前のセンスは投手ができなくなったからって無くなるもんじゃねぇ。猪狩の外角低めのストレートを流してフェンスダイレクトにしたあの打撃は、正直に言って投手をやらせるのが勿体無いくらいだった。野球が嫌いになった訳じゃないんだろ。なら――一緒に野球やろうぜ。友沢!」
「……あの猪狩くんから、でやんすか、それなら是非とも入ってもらわないと困るでやんすねぇ」
「そうだね。もしも守備センスが良かったら私のパートナーのショートやって貰わないと」
「ちょっと待つでやんす。このイケメンがオイラに敵うはずないでやんす」
「仲間が増えるのは歓迎だよ。ボクたちと一緒に野球やろうよ! 友沢くん!」
「っつーわけだ。……頼む」
「……やれやれ、元から野球は続けるつもりだったさ。約束があるんでな」
友沢は頭にかけたサングラスをぴし、と指で弾く。
そうして、俺に向き直り、
「俺も世話になる。頼むぞ。パワプロ」
「……これで九人。うっしゃあ!」
よし! 目標達成! あとは女性選手が大会に参加出来るようになれば問題ない!
「やったぁ!!」
「やったでやんすー!」
「これで無事試合もできそうね」
思い思いの表現方法で喜ぶ早川達、なんか、頑張ったかいがあったな。
でも、まだまだなんだよな。まだ女性選手出場の問題が残ってる。それが解決してから本当に喜ぼう。
「でも、まだだからな、矢部くん、新垣、七瀬。この五人をグラウンドに案内してくれ、俺と早川と彩乃は加藤先生に話を聞いて来る」
「分かったでやんす。頼むでやんすよ!」
「ああ、こっちは任せとけ」
矢部くんたちと別れて、俺と早川、彩乃の三人は職員室へ向かう。
頼むぜ、加藤先生。なんとか話をつけててくれ。
「失礼します」
職員室に入り、とりあえず頭を下げる。
早川と彩乃も透き通った声で俺と同じように挨拶をした。
さて、と、加藤先生はどこだ?
目で加藤先生をさがすと、奥のほうでブンブンと手をふっている加藤先生が眼に入る。
二人に目配せをして、加藤先生の元に急ぐ。
「ちょうど良かった。大体話はまとまったわよ」
茶髪に巨乳という男子学生の大好物なセクシーな加藤先生は、俺にウィンクをしながらにっこりと微笑んだ。
やっぱり矢部くんを連れてこなくて良かった。こんな所で鼻血でも出して倒れられたら凄く困るしな。
「で、どうでしたか?」
「ええ、数年前から何度も同じような要請を受けていたらしくてね、認めたい旨の発言はしていたわ」
「そうなんですか! じゃあボクたちも……!」
「でも、駄目ね」
「え?」
早川がぱぁっと声を華やかに弾ませたが、それを加藤先生が遮る。
そりゃそうだよな。今までも同じような要請を受けてきて今まで認められてないんだ。そりゃ一筋縄じゃいかねーよな。
「結局女性選手を認めても高校の体質は変わらないわ。"女性専用の硬式野球大会は有るんだから認める意味がない"って思ってる節もあるのよ」
「そ、そんな……」
早川が肩を落とす。
ま、たしかに女子硬式野球大会っつーのはあるだろうさ。
でも、違うんだよ。早川も新垣もただ硬式野球なら良いってんじゃない。
甲子園に行きたいんだ。
皆と努力して泥まみれで汗臭い毎日を過ごし、必死に歯を食いしばって白球を追う。そんな果てに立つことの出来る、甲子園という夢の舞台。そこに皆と同じように立ちたいんだ。
それを、なんで女性ってだけで遮られなきゃいけないんだ? 諦めなきゃいけないんだ?
もっというならその先。
プロにも入りたいんだ。
それって俺たちの夢となんらかわりないだろ。それなら"女性だから"ってだけでそれが遮られていい道理は無い。
……なら、どんな手を使ってでも認めさせてやる。
「……意味がない、ってことは無いってことを証明する。加藤先生」
「ん?」
「俺は難しい事分かんねぇんですけど、世論とか高校野球連盟は女性選手の参加を認めたいって感じになってるんですよね」
「ええ、そうね。というか、貴方達は知らないかも知れないけど、一時期署名を集めてる団体もいてね、数万人規模の署名が提出されたこともあるのよ。男女差別がこういう所から根付くんだっていってね。その時は高校野球大会に出たいという女性選手が実際に存在しなかったから、参考になるって程度で終わったのだけど」
「んじゃ、今度はその甲子園大会に出場したいっていう女性選手が居るって大々的に取り上げられれば認めざるを得ない、と」
「……そうね。たしかにその可能性は高いわ」
「分かりました。彩乃、七瀬に電話して新垣に変わってもらってくれるか?」
「ええ、分かりましたわ」
「早川、先に言っとく。俺が今からやろうと思ってる事は、お前と新垣をマスコミに取り上げてもらい、名門校相手に全力で戦ってる姿を取ってもらって世論を高め、高野連に認めざるを得ないって状況を作ろうとしてる。……つまり、お前らを餌に認めさせようって方法をとろうと思ってる」
我ながら早川と新垣の事を考えてない最低の方法だ。
早川と新垣が嫌だと言えばこんな方法使えない。大体この作戦には穴が多すぎる。
まず本当にマスコミが取り上げてくれるかどうかも怪しいし、何より名門校がこんな新設一年目の、しかも数年前まで女子校だったとこの練習試合を受けてくれる可能性もめちゃくちゃ低い。
こんな穴だらけの作戦、言うだけ馬鹿らしいと思ってる。
「…………うん」
「悪い。俺の出来の悪い頭じゃこんくらいしか思い浮かばない」
「ううん、そんなことない、凄くうれしいよ。ボクたちが参加出来るように必死になって考えてくれて。……やってみようよ。ボクたちが我慢すれば他の女性選手も出れるようになるかも知れないし、何よりもボクもそれをやって出れるようなるかもしれないんなら――その方法に、賭けてみたい」
「そっか」
……でも。それでも。
やれるだけはやりたいんだ。俺も早川も。
それでもしも上手くいかなくても、外の道が見えてくるかも知れないしな。
「つながりましたわ。パワプロ様」
彩乃がケータイをさし出してくる。
新垣と繋がったのか、早川には同意はもらえた。あとは新垣だ。
「さんきゅ。もしもし? 新垣か?」
「そうですよ。……どうしたの? わざわざ電話掛けてきて」
「よく聞け。やっぱりタダじゃ認められないみてーだ。……で、だ。ちょっと作戦を考えた。どうやら署名とかは集まってるんだが、イマイチ女性選手が本気で男性選手とチームを組んで甲子園を目指したい、って熱気が伝わってねーみたいでな。……マスコミを巻き込んで世論を高める。名門校相手に善戦してるチームのレギュラーに二人も女子選手がいれば本気さが伝わるだろ。世論もほっとかないはずだ。……けど、それをすると早川とお前がメディアに取り上げられて、変な風に扱われるかもしれない」
「あおいは? あおいはなんて言ってる?」
「……賭けてみたい、ってさ」
「私と同じ気持ちだね。頼んだよキャプテン」
「おい、キャプテンって」
「あれ? てっきりそうだと思ってたんだけど」
「それは帰ってからゆっくり決めるさ。とりあえずやってみるだけやってみる」
「うん。でも、ムリだと思うよ? まずマスコミが本当に来てくれるか分からないし、何より名門って呼ばれるトコは私たち程度のランクの部活じゃ受けてくれないでしょ。……めちゃくちゃキツイと思うよ?」
「俺もそう思う。けどまあ、足掻くだけ足掻くよ」
「頼りになるね。じゃ、私たちは練習してるから」
「OK。俺達も戻る」
通話を切って彩乃にケータイを返してから、俺は加藤先生に向き直る。
加藤先生は俺を見つめてニヤニヤしていた。なんでだ。
「マスコミの方は任せてくれていいわ。ツテがあるし。でも、名門校と練習試合っていうのは私にはムリね」
「そっちを担当してもらえるだけでありがたいです。早川、彩乃、戻るぞ。学校の方は俺が何とかしてみる」
「な、なんとかなるの?」
「ま、当てはないかな。でもまあ任せとけ」
大丈夫なのそれー!? と突っ込む早川を俺は半笑いでスルーする。
そのまま下駄箱で靴を履き替えてから、俺達は無言でグラウンドへと走った。
やべー、マジでどうすっかな……、手がねぇぞ。
☆
「つーわけでー、俺たちの当面の目標は名門校との練習試合に勝つことだ」
「か、勝つって!?」
「そらそうだろ。善戦如きじゃ駄目だ。叩きのめす」
「因みにどこと戦うでやんすか?」
「知らん」
「キャプテエエエン!! ま、マジでいってたの!? ボクはてっきり嘘だと!」
「ははははは」
グラウンドに戻り、あったことを部員に話す。
案の定驚きというか驚愕というかそういった反応が大半だが、友沢と新垣は対して驚いていないようだ。
「ま、いいんじゃない? 勝つつもりだしね私」
「やる以上はどこにも負けないさ。野球をやる以上出場出来ないという事態もゴメンだ。……パワプロ、一つ言いたいことがある」
「おう、なんだ友沢」
「その名門校に一つ、当てがある」
「マジか!?」
おいおいマジかよ友沢! すげぇなお前!
やっぱアレか、名門がデータ取りたいとか思っちゃうのかな。それくらいセンスあるし、でもまさか名門校の重い腰を一人で動かしちゃうレベルなのか。すごすぎるだろ友沢。
「で、その名門ってどこだ?」
「昨年甲子園に出場した県外の"栄光学院大付属高校"だ」
「栄光ってマジかよ。去年甲子園二回戦で敗退したけど一回戦で十二対十五で勝った打撃のチームだよな」
「ああ、そうだ。そこに一人俺の同級生が入った」
「へぇ、それがなんでまたこっちに来てくれるって話になるんだ?」
「……俺が野球をしていると分かれば俺を見に来る。そいつの名は久遠」
「……久遠? 久遠って……シニアの全国大会でスライダーを武器に二戦連続完全試合をした久遠ヒカルか!?」
久遠ヒカル――中学校野球の全国大会で強力なスライダーを武器に二戦連続完全試合を達成した男である。
という俺も友沢との試合では、友沢からリリーフしたあいつから三球三振を喫した。
っつーかあの時あかつきシニアは久遠相手に三回を無四球無安打。つまりパーフェクトに抑え込まれたのだ。
その時のスライダーは忘れもしない。こいつのスライダーは"プロで通用するかもしれない"と俺に思
わせる、それほどまでに圧倒的なキレを見せるスライダーだった。
「そうだ。奴はすでに一軍、もしくは二軍でエースクラスの評価を貰ってる筈だ。……人づてに聞いた話だが」
「……そうか。深くは……聞かねぇ方がいいか」
「……ああ、そうしてくれると助かる」
「んじゃ、栄光学院大付属高に電話して、お前が野球部に居ると言えばいいんだな」
「ああ、それで久遠は動くはず。そうすれば向こうから頼んでくるさ。向こうも――"久遠の事情"を知っているだろうからな」
「分かった。じゃあそうする。彩乃、加藤先生に連絡しといてくれるか」
「分かりましたわ」
「うし、じゃ俺達も試合する前提で練習を始めるぞ。此処に居る奴は幸運つーかマジ激運的に、全員が硬式経験者だ」
マジで幸運だよな。新設の野球部なら経験者すら居ない事も覚悟しなきゃいけなかったんだろうけど、まさか一年全員で九人満たせた上に、全員が硬式経験者とは。
「さらにさらに幸運な事に、学校からの援助もかなり貰えてる。なんか知らんがこのグラウンドが使えることが決まってから数日足らずでピッチングマシンやミゾット製のマッスラー、スーパーノックバットまでもらえた。これで一ヶ月みっちり練習する」
「は、はい、質問!」
「認める! はい早川!」
「ポジションとかどうするの?」
「まさに今言おうと思ったところだ。ぶっちゃけるとポジションかぶりが大量にあるだろうからな。友沢に至っては元ピッチャーで他のポジ経験は無いみたいな感じだろうし。そこで今からポジションを決める」
「どうやって決めるでやんすか?」
「ちきちき☆ 第一回恋恋高校野球部身体能力測定たーいむ! イェーイ!」
「……」
「……んす」
「……結構軽いなぁ、パワプロ君」
「……」
「み、みなさん、拍手しなさい! パワプロ様はこれでも真面目にやってるのですわよ!」
ちくしょう、彩乃のフォローが身に染みるぜ。
「こほん、んじゃま、まずはポジ聞いとくぜ。明石は?」
「ライトだったよ。シニアじゃそこそこ強い所で四番打ってたんだー」
「ああ、知ってる。お前は見たことあるからな、まあ基本明石はライトのままでいいか、と。んじゃ次、三輪な」
「元ファースト。あんまり上手くはないよ。肩も弱いし、左投げだし」
「左投げか。んじゃまあレフトあたりかな。赤坂は?」
「俺? 俺はファーストだった。豪打で結構有名だったんだぜ? まあ率は悪いし肩弱いしだけどな」
「んじゃまあそのままファーストで、と……最後石嶺」
「ポジションはショートだった。送球には自信あるよ」
「ショートは矢部くんに任せてるからな、送球上手いならサードだ。うし、ポジは大体決まったかな。あとは身体能力測定の後打順決めよう。んじゃやるぞ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・
数十分後、全員の五十メートル走や遠投が終わった。
はぁ、俺もやらなきゃいけないとは言え、打順を考えながらやるのはツライぜ。
「はぁ、ひぃ、ふぅ、つ、疲れたでやんす」
「おつかれ、矢部くん」
「け、結構余裕でやんすね?」
「ん? まあな。七瀬。データを」
「は、はいっ、どうぞ! パワプロさん!」
矢部くんに軽く返しつつ、七瀬から受け取ったデータを見る。
足の速さは五十メートルなら友沢が一番か、ベース間くらいなら矢部くんが勝つんだろうけど、さすがにトップスピードは友沢には劣るからな。
矢部くんが二位で、後は明石、俺、石嶺、赤坂、新垣、三輪、早川と続く。
次に遠投の結果だな。さすがにこれは俺は譲れない、と思ったら友沢が一番じゃん……っつか友沢は何やらせても大概最上位に来るな、クソ、ちょっと悔しいぜ。
友沢、俺、明石、早川、石嶺、矢部くん、新垣、三輪、赤坂の順か。こりゃ結構考えるの面倒だぞ。
その他もろもろ、バント練習やら(これは新垣が抜群にうまかった。一五〇キロのマシンのボールを楽々いなしてバントするとかハンパない技術だろ)なにやらをやった結果……。
「うっしゃ! 打順もポジも決めたぞ!」
「ホントでやんすか!」
「おお、って、ボクはピッチャーで九番に決まってるんだろうけどさ」
「……打力とかは検定してない。打順まで決めていいのか」
「ま、大体感覚で解るよ、大体さ。……このポジが基本的に夏の予選の試合まで続く。勿論その前の栄光学院大付属高もこのポジションで戦う。打順は変わるかもだけどな。とりあえず栄光学院大付属高のスタメン発表するぞ!」
これが現時点で考えうる最良のポジションの筈だ。これで善戦――いや、勝利しなきゃいけない。頼むぜ皆!
「一番、ショート矢部くん!」
「はい! でやんす!」
「二番、セカンド新垣!」
「ま、駄メガネが塁にでたら送ってあげるよ」
「三番、ライト明石!」
「おお、三番か、最強論もあるくらいだからねー、任せろー」
「四番、センター友沢!」
「ま、主軸らしくやってみせるさ」
「五番、サード石嶺!」
「ホットコーナーアンドクリーンナップ、燃えるね」
「六番、レフト三輪!」
「レフトかー、頑張るよ!」
「七番、キャッチャー俺」
「下位でいいの? 見た感じパワプロ君はクリーンアップでも打てそうなんだけど……」
「いや、キャッチャーに集中したいのもあるしな、下位に厚みも持たせたい。明石がもっと打力が弱かったら俺が三番に入ったかもしんねーけど、明石は打力ありそうだからな。石嶺とか三輪がでたら俺で返せるし」
「お褒めに預かり光栄だー」
「八番、ファースト赤坂」
「まあたしかに俺はアベレージないからな。下位で一発狙ってプレッシャーかけるぜ!」
「九番、ピッチャー早川」
「ボクは打撃はあんまりだからね。でもピッチャーは任せて!」
各自しっかりを役割は認識してくれてそうだ。やっぱ経験者だと違うな。
うし、なんか沸々と闘志が沸き上がってきたぜ!
「んじゃポジション別の動きに慣れるために練習をする! 始めんぞ!」
「おおっ!」
「おー! でやんす!」
「ああ」
「おーっ! 私たちの初戦、勝つぞー!」
「んじゃノックを始める! の、前に、気合入れるぜ。音頭はキャプテンらしいから俺が行くぞ。せーの、恋恋高校――ファイッ!」
「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」
「うっしゃ! んじゃ各自ポジションに移動しろ! ノックするぞ!」
俺が大声をあげると、全員が俺の指示したポジションに移動してくれる。
おし、んじゃまあ気合入れてかないとな。
「あ、あの、パワプロ様。加藤先生から連絡がありましたから、伝えておきますわ」
「お?」
ノックをあげようとした瞬間、彩乃がおずおずと話しかけてくる。
どうしたんだ? 普通に話しかければいいだろうに。
「なんだって?」
「先鋒からすぐ、その練習試合を受ける、との事です。日時は五月の二週で、あと、マスコミのこともOKだと」
「……意外と楽にクリアできたな」
「そ、そうですわね。でも、一番難しいのは善戦する、ということでは……?」
「それは言いっこナシだな。とりあえずサンキュー、彩乃。……よーし! 全員聞いてくれ! 正式に練習試合が決まった! マスコミも入るらしい! カッコ悪いエラーしないように気合入れてノックうけろ! んじゃ行くぞ! レフトォー!!」
カィン! と音を響かせて、白球がレフトに飛んでいく。
ここまで幸先良好。後の問題は、俺達の実力がどんなもんか、だ!