実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第二六話  第二七話 "四月三週" vsとき青 怪我と成長と最大のライバル

                      四月三週

 

 

 恋恋高校野球部グラウンドに現れたのは、縞模様が入ったユニフォームに身を包むいかつい面々達。

 ――ときめき青春高校野球部。

 シニアで有名だった東条だけじゃない。違反投球で野球をやめていたという青葉の姿も見える。他のメンツも筋肉のつき方からしてそこそこやりそうだ。

 その中に一人、華奢な女性(……だよな?)がいる。あれがあおいの言ってた小山雅か。

 金髪でただでさえ目を引くってのに顔も可愛いなぁ。彼女持ちだっていうのに矢部くんも鼻の下を伸ばしてるし。

 

「ふんっ!」

「ギャッ!! でやんす!」

 

 あ、新垣が矢部くんのお尻にバットを叩きつけた。あれは痛いな。

 

「パワプロくん……何見とれてるのかな……?」

「よーしスタメンを発表するぞー」

 

 身の危険を感じるしさっさとスタメン発表しよう。矢部くんの二の舞は勘弁。

 今日は練習試合だといっても本番さながらだ。久々の実戦、これから夏の予選へ向けて試合勘ってのも養って行かないといけない。そういうわけで、今日の試合はレギュラーにしっかりと動いて貰わないとな。

 

「スタメンを発表するぞ」

「了解でやんす!」

「待ってたわよ」

「……久々の試合だな」

「体づくりと技術アップのトレーニングばかりだったからな。全力でやろう」

「一番、ショート矢部くん」

「はい! でやんす!」

「二番、セカンド新垣」

「当然!」

「三番は俺、キャッチャーな。四番ライト友沢」

「ああ」

「五番サード東條」

「……同じ苗字の奴が相手にいるからな。存在感を出していくさ」

「六番センター進」

「はい! 任せてください!」

「七番レフト明石」

「りょーかーい」

「八番ファースト……北前」

「っ、は、はいっ!」

「しっかり頼むぞ。最後、九番ピッチャーあおい」

「うん、任せて!」

「よし、練習試合ってことで試合は六回まで。あおいは三回まで投げてもらうぞ。一ノ瀬は六回だ。四、五回から森山行くからな。石嶺、赤坂、代打で出すからな。しっかり頼むぞ」

「任せろ!」

「了解だー」

「このメンツで行く。絶対勝つ!!」

「「「「「「「「「おお!!」」」」」」」

 

 気合を入れ、グラウンドに目をやる。

 こちらは先攻。相手側は守備からだ。

 えーと……相手の打順とポジションはと。

 一番ライト、三森右京。

 二番レフト、三森左京。

 三番センター、東条。

 四番ファースト、竜宮寺。

 五番サード、稲田。

 六番キャッチャー、鬼力。

 七番セカンド、茶来。

 八番ショート、小山。

 九番ピッチャー、青葉。

 クリーンアップが強力で、ピッチャーの青葉のスライダーが凄いんだったな。

 ……にしても、マジであいつら高校球児か? 色物過ぎるだろ。なんだよあのパーマ、なんだよあの茶髪! いやこっちには金髪いるけどさ! 絶対に怒られるぞあれ!

 ま、まあいい。相手の格好なんて関係ないんだしな。

 青葉が足を上げてボールを投げ込む。

 ストレートの球速は一四〇キロを超えているだろう。これにスライダーのコンビネーションと緩いカーブを使う本格派右腕。無名のときめき青春高校にいるような投手じゃねぇよな。だからこそ練習相手にゃふさわしいんだけど。

 投球練習が終わり、矢部くんが打席に立つ。

 

「さあ、来いでやんす!」

「プレイボール!」

 

 プレイボールを球審が告げると同時に、青葉は腕を振る。

 スパァンッ!! とグラブを叩く快速球。どちらかというとキレ重視のそのボールはグラブを突き刺すような鋭い軌道を見せる。

 

「ストライーク!」

 

 久しぶりの実践だから初球を見たんだろうけど、青葉のちょっと高めに浮いたストレートは威力十分という感じだ。

 二球目、青葉の投じたボールは――ストレートとほぼ全く同じ速度で大きく曲がる、天下一品のスライダー。

 

「ぬぐっ!」

 

 ぷるんっ、と矢部くんのバットが空を斬る。

 矢部くんがあそこまで大げさに空振るのは猪狩のボール以来じゃないか? すげぇスライダーだな。

 三球目も同じスライダーだ。矢部君はそれに何とか反応するものの、打ち上げてキャッチャーへのファウルフライにしてしまった。

 

「ストレートとスライダー二球でやんす。途中までの軌道じゃスライダーとストレートは見分けがつかないでやんすよ。新垣のスイングスピードだと流し打ちが精一杯だと思うでやんすから、気をつけるでやんす」

「分かった。ありがと」

 

 矢部くんの伝言を聞いて、新垣がバッターボックスに立つ。

 ネクストに移動し、グラウンドを見やる。

 ……あの敗戦から。

 俺達は死に物狂いで努力をした。お互いに弱点を見つけてそれを補うような厳しいトレーニングを。

 それの成果を、この試合で少しでもいいから感じたい。

 新垣は二球目のボールを流し打ったがファーストの正面。ファーストの竜宮寺がボールをしっかりとってベースを踏む。これでツーアウトランナーなし。

 バッターは俺だ。

 

「お願いします!」

 

 声を上げてバッターボックスに立つ。

 独特の空気はいつこの場にたっても変わらない。

 ――この練習試合のデータも、きっと猪狩に渡るだろう。それを承知で、俺は全力でバットをふるってやる。秋は待たせちまったけどこの夏は負けねぇから。ちゃんと見ろよ猪狩。……これが、俺の成長だ。

 青葉がボールを投げる。

 矢部くんがいっていた高速スライダー。

 手元で急激に食い込んでくる鋭い変化球。

 

 空を斬り裂き、

 飛来する、

 スライダーを、

 

 

 ――弾き返すっ!

 

 

 反応出来なかったサードの右脇、レフト線をボールは抜けていく。

 レフトの横を抜けてフェンスに直撃したのを見ながら俺はファーストで止まった。

 会心の当たり過ぎて二塁までいけなかったな。まあ仕方ないか。

 フェンスの向こうで見る見慣れた色合いのユニフォームを見ながら俺は拳を握りしめる。

 最後の夏は、誰にも負けない。

 

 

 

 

 

 

                 ☆

 

 

 

 

 恋恋高校が練習試合をする。

 その情報をキャッチし動いたのは一つ二つ程度の球団だけではない。恐らくレ・リーグのすべての球団がこの場に集結しているだろう。

 もちろんプロ野球の球団だけではない、右を見ればあかつき大付属高等学校の情報部門、あっちは帝王実業、パワフル高校もいる、聖タチバナの春涼太も見かけた。

 そんな練習試合とは思えないほどの人数の観客の中に影山は居た。

 持っているスピードガンはボールの速度を図るものではない、スイングスピードを図るためのものだ。

 打者の能力を数値化する中で、スイングスピードというのはかなり有益な情報になる。勿論これだけでは駄目だ。いくらスイングスピードが早くても大成しなかった選手はいくらでもいる。

 見えない部分を測るのがスカウトの役目だが、こういった目に見える情報も上部を納得させるには必要な情報の一つだ。

 パワプロの打球が三塁線を破る。

 影山の握ったスカウターがパワプロのスイングスピードを弾きだした。

 

「……っ、一四〇キロ」

 

 超一流、と言われる選手のスイングスピードは一五〇キロ以上。プロ平均が一四〇キロなので、パワプロの速度はプロの基準を満たしている、とも言えるだろう。だが、それでは一巡選手には物足りない数なの値だ。

 実際今季のドラフト候補ナンバーワンを争うと言われている友沢、東條の二人のスイングスピードを調べてみれば、前回の夏の状態で友沢は一五二キロを出していたし、東條にいたっては一五六キロという怪物じみた速度を出している。

 メジャーで活躍する二百本安打を数年続けた選手のスイングスピードが一五八キロことを考えれば、この二人の異常さ、怪物さが分かるだろう。

 その中で三番を打つパワプロのスイングスピードは一四〇キロ。その速度は友沢にも東條にも及ばない程度のスピードだ。プロに入る選手を数えきれないほど見てきた影山がそれで驚くなんておかしいと言われるかもしれない。

 "だが"。

 もしもそのスイングスピードが――半年前まで一三〇キロ弱だったとしたら?

 

「……恐ろしい」

 

 影山は塁上で静かに立つパワプロを見てつぶやく。

 その成長率も勿論凄い。半年で十キロ以上スイングスピードを早くするなんてことは考えられないし、将来性で言えば今年のドラフト候補ナンバーワンと言えるかもしれない。

 だが、それ以上に影山が戦慄するのは。

 

 "たかだか一三〇キロ弱のスイングスピードで、猪狩守からホームランを打ったこと"。

 

 あの猪狩守の速球は恐らく、プロの一軍でもそう易々打てるようなものではない。まさにエースの器を持つ男が投げるような超一流のストレートだった。

 それを、プロ入りの基準にすら満たないほどのスイングスピードしかない男が打ち返した。それが凄いのだ。

 ライバル対決で盛り上がってたまたま打てたと評価したスカウトも居た。猪狩守の失投だったと言ったスカウトもいた。

 確かにあのボールは真ん中高めへのボールだったし、コースだけ見れば猪狩守の失投だったといえるだろう。

 でも、違う。

 あのボールは猪狩の中で最大最高の、全力で投げたストレートだった。

 パワプロはそれを仕留めたのだ。

 打撃は何もスイングスピードだけで決まるものじゃない。数字で測れない何かがそこには存在する。なんせコンマ一秒遅れるだけで結果が変わる世界。感覚だとかセンスだとか、そういうデータでは片付けられない何かがあるはずだ。

 ――そして、パワプロはそれを持っている。だからこそ、猪狩守からホームランを打てたのだから。

 それが、一年でスイングスピードを一四〇キロまで上げてきた。

 もしも、もしもだ。

 このままパワプロが成長して、スイングスピードが超一流のプロ野球選手と比べても遜色がなくなったとしら。

 その"データに現れない"何かを持つパワプロが、データにも現れる力を持ったとしたら――。

 

「……ふ、ふふ、恐ろしい……」

 

 ゾクゾクと背中を駆け上がる言葉に出来ない寒気のようなものを抑え、大器の片鱗を見せる若き選手達が躍動する試合を見下ろしながら、影山は思う。

 これだからスカウトはやめられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

                           ☆

 

 

 

 

 

 

「っし、守るぞ!」

 

 友沢のタイムリーツーベース、東條のツーランホームランで三点先制。幸先良しだ。

 さて、森山のデビュー戦……しっかり守ってもらおうか。

 バッターは一番の三森右京。

 インコースをしっかり付くぞあおい。今のお前の投球なら――ヤマを貼りでもしない限りそう打てるもんじゃないんだからな!

 あおいがストレートをアウトローぎりぎりに投げる。

 審判によってはボール判定されてもおかしくないところ。捕球して一瞬審判が黙るが、すぐに手を上げてストライクコールをする。

 ここがストライクなのは三森右京も不満だろう。明らかに態度が変わった。

 ならここは……これだな。

 あおいが頷き、ボールを投げる。

 ストレートと全く同じ腕の振りのカーブ。それも真ん中やや低めから当たる程度の変化量で落ちる控えめなボールだ。

 三森右京はそれを手打ちする。当てるためには仕方ない打ち方だけど、まだワンストライクだぜ。見逃しても良い球だったのにもったいないぜ。

 ボテボテのボールを新垣が取り、ファーストの北前に向かって送球する。

 緊張でガチガチの北前だが、流石に丁度ミットのある位置にボールが投げられれば逸らすこともない。しっかり捕球してこれでワンアウトだ。

 

「ナイスキャッチファースト、次も頼むよ!」

「へ、は、はい!」

 

 お……今の声かけはいいな。

 あおいも三年になってエースの貫禄が出てきたぜ。頼りにしてるからな、頑張れよ。

 二番の三森左京をショートフライに打ち取り、これでツーアウト。一、二番とも俊足打者だったから出塁されたらまずいと思ってたけど、きっちり抑えれたな。しっかりと腕も振れてるし、この調子なら本戦でも問題なさそうだ。

 続くバッターは三番の東条慎吾。

 ……天才の名を欲しいままにしてきた男。俺が初めてこいつには勝てないと思った天才。

 それが選手生命を左右する大怪我を負い、捕手をやめて外野にコンバートしている。

 俺も怪我をしていたら外野にコンバートしてたのかな。

 いや、それ以前に――野球をやっていられたのだろうか?

 あの強肩を誇った肩がぶっ壊れても。

 名門学校を辞めるハメになっても。

 それでも、まだ――白球を、追っていられただろうか?

 

「……さあ、来い、パワプロ!」

「ああ、行くぜ東条!」

 

 初球、要求したボールは内角低めのストレート。

 それに対し東条は足を高く上げ、初球からフルスイングする。

 スパァアアンッ! とボールが勢いよくミットに収まった。

 

「ストライク!」

「おおぉっ……」

 

 スタンドがざわめいた。今声をあげたのは多分、事情を知ってるスカウト達だろう。

 東条のスイングはシャープだ。精錬された美しい軌道を描く。それを肩を壊した男が見せているとなればスカウトたちの評価も変わる。怪我してもここまでスイングを戻す努力とセンスは、きっと認められるハズだ。

 二球目はマリンボール。初見のハズのそのボールを、東条はなんとかカットした。

 

「……東条」

「……なんだ? パワプロくん」

「――今度は、もっと大きな舞台で勝負しようぜ。……もっとお前が成長してから、な」

「――そうだね」

 

 東条の声に思わず笑みをこぼしながら、俺はあおいを見つめる。

 さあ、あおい。見せてやれ。

 格の違いってやつを、な。

 

 

 

 

 

 

 十四-〇。

 恋恋高校がときめき青春学園を圧倒し、練習試合は終わった。

 森山もきっちりと抑え、一ノ瀬が久々の実践を積み、練習試合としては文句無しと評価してもいいだろう。

 途中青葉の体力も尽きていたし、何より友沢、東條が鬱憤を晴らすように四打数四安打互いに五打点の大暴れをした。夏の甲子園の道は順調といっていいだろう。

 

「ダメダメだ。怪我のブランクは痛かったなぁ」

「ま、世代ナンバーワンアンダースローを相手にしたんだ。そうなっても仕方ないだろ?」

「確かにね。……凄いチームを創り上げたんだな。パワプロくん」

「天才たちに恵まれたからな。……このチームなら、甲子園にだって……」

「……そうは甘くないよ? パワプロくん」

「え?」

「……あかつき大付属の猪狩守はマックス一五二キロの、ホップする球を会得した。披露してたよ。昨日のアンドロメダ学園、栄光学院大付属戦でね」

「アンドロメダ学園って……決勝戦った者同士で? それに栄光学院って久遠のところか!」

「そうさ。そして、あかつき大付属が二連勝した」

「……そりゃそうか。まあ当然だよなぁ……」

「アンドロメダも、栄光学院大付属も、攻撃を二七人で終えた」

「――え?」

「猪狩くんがね。二連投したんだ。肩の疲れなんて無い、なんていうかのように……ね」

「……待てよ……栄光学院大付属の打撃力は……」

「そう、キミも知っての通り、春の甲子園でもチーム打率四割を記録した典型的な打のチームさ。……そのチームを、猪狩守はパーフェクトに切って取った」

 

 ぞくり、としたものが背骨から這い上がってくる。

 

「キミはすごい男をライバルにしたみたいだね。パワプロくん。はっきり言おう。――僕が怪我をしていなくても、彼は打てない。いや……高校生で彼を打てる男なんて一人も居ないだろう。二年の時の夏の大会、キミは猪狩を打った。でも、もうあの時の彼は居ない」

 

 東条の言葉を聞くたびに、あの時の興奮が蘇ってくるんだ。

 あの時の欲求が、また鎌首をもたげて体を、心を揺さぶるんだ。何度も何度も心の中で思った――

 

「今いる猪狩守は、あの時よりも更に一ランク階段を登った、最高のピッチャーだ。……それを、打たないといけないんだよ」

 

 ――"猪狩守と全力で戦いたい"という、欲求が。

 

「上等。夏の大会を楽しみにしてろよ。最高の勝負を見せてやるからさ」

「……ああ、楽しみにしているよ。それと……怪我には気をつけて」

 

 東条は静かに行って、道を歩いて行く。

 その隣を小山雅が、青葉が支えるように歩いていった。

 

「……"あの時よりも、更に一ランク階段を登った"か。……待ってろ猪狩。階段を登ったのは、お前だけじゃないんだぜ」

 

 一人夕空につぶやいて、俺はグラウンドに戻る。

 グラウンドでは皆がキャッチボールをしていた。


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