実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第二七話 "六月二週" 最後のデートコマンド「あおい」

                    六月二週

 

 

 

 二ヶ月間練習を続け、気づけば最後の大会のくじびきの日。

 ……これが最後のくじびきだと思うと、感慨深いな。

 思い出すのは一年の夏。

 蛇島に大口を叩いて、その時は所詮で聖タチバナとあたったっけ。

 聖タチバナには勝ったけど、帝王に負けた。それが悔しくて春は不参加で特訓して――次の大会、つい去年のことだけど、甲子園で優勝した。

 全てはここから始まったんだ。このくじびき会場から――俺たちの高校野球生活が。

 

「森山、北前、しっかり覚えとけよ。いつかはお前らがやるんだからな」

「は、はい!」

「うっす」

「うし、んじゃ行くか」

「……うむ」

「ああ、行こう」

「行くでやんすよ!」

「できれば楽なとこ引いてよ? いきなりあかつき大付属とか引いたらブチギレるからね」

「最初はバス停前とか乗れるところがいいですかね?」

「それだと手応えがなさすぎるだろうがな」

 

 わいわいと騒ぎながら席に付く。

 皆くじびきの結果のことを言っているけど、今はもうどうでもいい。――どこが相手でも、全力でやるだけだ。

 がやがやと騒がしさの中で、あかつき大付属や帝王実業、聖タチバナ、パワフル高校……見慣れた面々達も席に座って行く。

 

「……ドキドキしますね……」

「ははっ、そんな緊張すんな森山。……つっても俺も最初は緊張してたけどな?」

「うそつき、その時はボク達が出場できたのが嬉しくてそっち方向には緊張してなかったでしょ」

「あはは、そうだな。どっちかというと高野連が女性の参加を認めてくれるのを待つほうが怖かったな」

「……そうでしたね、パワプロさんたちが頑張ったから、あおいさんたちが参加出来るようになったんでしたね」

「おう。……さ、いよいよ始まるぞ」

 

 電灯が消える。

 ――何年経っても変わらない、くじびきのセレモニー。

 きっとこれから何年先も続いていくんだろうけど、俺が選手として聞くのは、これが最後だろう。

 "栄冠はキミに輝く"。一年生の時にこれを聞いて、あおいの顔を盗み見たのを思い出して、俺はあおいの横顔をこっそりと覗いた。

 先を見据え、しっかりとした意志の強い眼。

 一年生の時に感じた弱さはもう微塵も見えない。――プロ入りを意識させるこの時期になっても、あおいはきっとがむしゃらにやるだけなんだろう。

 ……引っ張ってやらないとな。この可愛くて頼もしい彼女を。

 演奏が終わり、くじびきが始まる。

 さて、行くか。俺たちの最後の夏の運命を決定するくじびきに。

 アナウンスが流れ、キャプテン達が壇上へと呼ばれる。

 シード枠は先に決まっている。猪狩達あかつき大付属は七九番だ。

 

『恋恋高校』

 

 アナウンスが流れ、箱の前へと誘導される。

 その中に手を突っ込み……その中のボールを一つ、引っ張り出す。

 

『――二番!』

 

 そのコールがされたと同時に会場がざわついた。

 左はじから二番目に恋恋高校とかかれた札が吊るされる。

 それを確認しながら、俺は席に戻った。

 

「どうせなら一番を引いて欲しかったでやんすねぇ」

「一番はシードだぜ?」

「冗談でやんすよ? ……一番は帝王実業でやんすね」

「二回戦であたる運命なのかもな?」

 

 矢部くんと小声で話しながら席に座る。

 

『パワフル高校――三番!!』

 

 ――ワァアッ!!

 そのコールがされた瞬間、客席が湧いた。

 

「パワフル高校……!」

「ああ、鈴本の」

「……どうやら、皆待っていたらしいぞ。俺達恋恋と、鈴本の対決をな」

 

 東條が不敵に笑みを浮かべる。

 

「……上等。猪狩と戦う前に負けられねぇよ!」

 

 俺が宣言すると全員がこくんと頷いてくれた。

 鈴本ね。おもしれぇじゃねぇか。あのナックルは打ってみたいと思ってたんだ。いい機会だぜ。

 それ以降、くじ引きは大した盛り上がりも無く進行していく。

 ……あかつき大付属とはブロックが真逆だ。ぶつかるには決勝で当たるしか無い。

 

「……あいつとは決勝で戦う運命なんだな」

 

 そうさ。いつも一番盛り上がるところでライバル同士の対決ってのは行われなきゃならないんだ。

 猪狩も俺と戦えるのを待っているだろう。――決勝まで必ずたどり着くぞ。

 

 

 

 

 

                      ☆

 

 

 

 

「さて、くじ引きも終わったしもうすぐ大会も始まる。今日はこのまま練習は無しにするから、全員しっかりと休んでくれ。明日からまた練習開始だからな」

「「「「「「はい!!」」」」」

「よし、解散!」

「パワプーロくんっ。顔かして~♪」

「いや普通に誘えよあおい……そんな不良みたいに誘わなくても……」

「へへ……ケンタッキーでも行こうよ!」

「がっつり行くなぁ」

 

 なんて軽口を叩き合いつつ、俺は制服に着替える。

 そんな様子を皆が生暖かい視線で見つめてくるがもう慣れたものだ。……それがいいことか悪いことかは別としてだけどな。

 あおいと連れ立って河原を歩く。

 目指すは商店街にあるケンタッキー。あそこのフライドチキンは美味いからな……食い過ぎないようにしっかりカロリーチェックしとかないとな。

 一人二個までと約束してフライドチキンを購入する。

 えー、もう一個ーなんて口を尖らせておねだりするあおいが可愛らしいがダメなモノはダメだ。しっかり節制しねーとな。

 

「あー、やっぱりおいしいよねー」

「ああ、美味いな」

 

 二人して並んでフライドチキンを齧りながら他愛も無いことを話し合い、食べ終われば骨を捨てて歩き出す。

 目的などない、まったりとしたデート。年に指で数えられる程しかない休みはほとんどこうしてあおいと過ごしてきた。

 こんな時しかあおいはその可愛らしさを堪能することはできない。普段は凛とした表情でキレ味抜群の球を投げ込んでくるし、練習中でもたまに可愛らしい仕草が観えるけど、それを堪能する暇はなかった。甲子園で優勝するために全力で走ってきたから。

 でも、こういう休日くらいは。

 恋人の可愛らしい表情とか、女の子独特の匂いとか、細かくケアしているという美しい髪の毛とか、柔らかそうで健康的に焼けた肌とか、

 そういうのを堪能しても罰は当たらないだろう。というか当ててくれるな神様よ。一般的な高三の男子としてはめっちゃ我慢してるから。そういうの。

 

「どしたの? パワプロくん?」

「や、なんでもないよ」

「? 変なパワプロくん」

「はは、そうだな。確かに配球マニアな彼氏は変かもしれないな」

「ふふっ、そうだねぇ。テストの裏面にあかつき大付属の時のボクの配球を落書きで書いちゃうのは変だよね?」

「ばっ、なんで知ってんだ!?」

「矢部くんに教えてもらったんだよーっ」

 

 矢部くんめー! 余計なことを言いやがってっ。

 でもまぁそれが真実な当たり、俺はかなり変なのかもな。

 ……いや、かもじゃなくて変なの確定か。なんせ――あおいの球を受けた試合は、全部思いだせる。配球も、その意図したことも、あおいが打たれたことも、抑えたことも、あおいの仕草、動作、顔、投げてきた球も、全部。

 

「……デートらしいデートはあんまり出来なかったと思ってたけど、そんなことなかったかもな」

「え?」

「あおいはどうか分かんねーけど。……あおいとバッテリーを組んで試合するたびに、俺はデートしてる気分だったよ。あおいと心がつながってた。その時は勿論、んなこと考える余裕は無かったし、悔しいことも悲しいこともいっぱいあるけどさ、今になって考えると凄く楽しかった」

「……うん、そうだね。ボクもこの三年間が野球やってた中で一番楽しかった」

「ん、ああ」

「ふふっ。……あ、パワプロくん、バッティングセンターあるよ?」

 

 あおいが指さした先を見る。

 古めかしくも大きな建物の看板にはパワフルバッティングセンターの文字が踊る。

 その下にストラックアウトの看板も貼ってある。……面白そうだけど、潰れそうだな。近場に猪狩スポーツジムも有るし人居ねぇじゃねぇか。

 まあいいか。たまにはこういうところで遊ぶのも楽しいだろう。

 

「面白そうだし、んじゃやるか! ストラックアウトもあるみたいだしさ」

「フフン、ボクの制球力を見せてあげるよ!」

「いつも受けてるから知ってるけどな」

 

 店主からコインを貰い、一五〇キロのマシンに入る。

 がんばれーっ、というあおいの黄色い声援を受けながら、バシュッとマシンから放たれる一五〇キロの球を体にひきつけ、センター前にきっちり弾き返した。

 ッカァンッ! と快音を響かせて打球は飛ぶ。

 俺とあおい以外は誰も居ないせいか打球の音がよりクリアに聞こえて気分がいいな。

 貼ってあるネットに突き刺さったボールを確認しながら俺はひたすらにセンター前のイメージで打球を弾き返し続けた。

 

「スイングスピード早くなったね」

「ああ」

「……ひたすらバットに重りをつけて一日五〇〇スイングだっけ」

「東條に言われたのはな」

「……毎日一〇〇〇スイングしてたよね」

「最後らへんは、二〇〇〇振ってたかな」

「……掌の皮がべろべろにめくれてたね」

「ああ、あおいの球を受けるのが痛かったなぁ」

「……それでも……一六〇キロのマシンは打てなかったね」

「マシンでも振り遅れる。マシンならたまーにヒットには出来るけどな。差し引きで考えて一五五キロ前後の速球にゃ振り遅れる計算だな。二年の猪狩との闘いの時みたいにまぐれあたりでホームラン、ってのが出りゃ打てるけどな?」

「…………才能の限界だと思う?」

「まさか」

 

 ッカァアンッ!! と最後の球を引っ張りながら俺は断言する。

 

「俺もあおいもまだまだ成長するさ」

 

 まだまだ歩みは止めたくない。ずっと歩き続けるんだ。――俺達は、野球の道を、ずっと。

 

「よーし、じゃ、次ボクストラックアウト!」

「おお、見てるぜ」

「うん、リードお願いね」

 

 ぱちっ、とあおいがウィンクをしてストラックアウトを始める。

 どの番号を抜くか決めさせてくれるってことらしいな。んじゃとびきり難しくしてやろうじゃねぇか。

 

「七番をカーブ」

「うん」

 

 球種まで指定すると、あおいは軽く頷いてボールを握り、腕をふるう。

 スパァンッ! とボードにボールが当たると、ピコーンなんて可愛らしい音を当てて七番が消えた。

 ……どうでもいいけど、しまったな、今のあおいは制服姿だ。こう激しい動きをするとスカートがヒラヒラしてどうにもそっちに目が行きそうになるぜ。

 ま、まあいい、気のせいだそんなものは、白いなんかが見えたような気がするけど気のせいに決まってる。俺は紳士だ。落ち着け。

 

「こほん、四、五番の二枚抜きをマリンボール」

「了解♪」

 

 あおいがピュッ、と腕を振るうと宣言した四、五番の丁度中間をボールが射ぬく。

 このコントロールはまさにあおいだけに許された神がかり的なモノだ。

 コントロールだけなら既にプロのエースクラスといっても過言じゃない。だからこそ甲子園優勝なんて大それたことができたんだろうけどな。

 

「九番をストレート」

「一番得意なところだね」

 

 パァンッ! と宣言通りにストレートが九番に当たる。

 

「三番にストレート」

「"第三の球種"!」

 

 便宜的に名付けた浮き上がる軌道のストレートをあおいは完璧に投げ込んだ。

 もうそう呼ぶことはない。あおいのストレートはどのコースでも浮き上がるように感じるようになったし、インハイで打ち取ることにこだわる必要は無くなったからだ。

 それは意識付け。

 インハイで打ち取ることが特別だとあおいに思い込ませ、俺自身も効果的に使うために"第三の球種"なんて特別な名前をつけて投げさせた。

 でも、今はそれを必要としないまでにあおいは成長したんだ。

 ホントに凄いよなあおいは。この恋恋の中で一番成長したのはたぶん、俺じゃなくて彼女だろう。

 

「一番にストレート」

「んっ!」

 

 一球のコントロールミスも無く、あおいは淡々と狙った場所を射抜いていく。

 精神的にも、肉体的にも、挫折を味わい、自分だけの武器を探して形を掴んだらそれが身に付くようにひたすらに鍛錬を繰り返す。

 それはきっと誰もがやっている努力の形だ。

 でもあおいはそれを人一倍、いや、それ以上に頑張ってきた。

 それは一番近くにいた俺が知っている。

 ……もう一度、あの舞台に、甲子園にあおいを立たせたい。

 

「? パワプロくん?」

 

 あおいが指示を出さない俺を不思議に思ったのか、こちらを小首をかしげながら見る。

 ……ああ、ホントに俺って――

 ぎゅ、とあおいを抱きしめる。

 

「きゃっ……ぱ、ぱぱ、パワプロくんっ!?」

「……もう一度甲子園に行こうな。あおい」

「……ん、うん……は、恥ずかしいよパワプロくん……」

「あと一〇秒」

「うぅ……もう仕方ないなぁ……」

 

 そんなことを言いつつ、おずおずと俺の腰に手を回してぎゅっとあおいが密着してくる。

 ――あおいのことが、好きなんだな。

 

「……あおい? 一〇秒経ったけど?」

「……あと一〇秒」

「はいはい……」

 

 苦笑しながら、より一層あおいの華奢な体を強く抱きしめる。

 周りに人がいなくて助かった。人がもしもいたら抱きしめる衝動を抑えるのでいっぱいいっぱいだったろうな。

 

「……続きやろうぜ?」

「抱きしめるのの続き?」

「バカ」

「あいたっ、チョップすることないじゃん。もー……じゃ、パーフェクト取ったら……ね?」

「……はいよ」

「よーし!」

 

 苦笑する俺を尻目にあおいは気合を入れてボールを投げる。

 結局、人がいないとは言えいつ誰が来るかも分からない場所で、俺はあおいと何回かキスをしたのだった。

 

 

 

                      ☆

 

 

 楽しい時間とは早く終わってしまうもので、夕暮れが伸ばす影を追うように、俺とあおいはゆっくりと帰路についていた。

 会話はない。ただ隣にあおいが……パートナーが居るというのが嬉しくて、俺達は歩くスピードを遅くしながら、分かれ道を目指した。

 夕焼けの道を穏やかな風が撫でるように吹く。

 途中、河川敷球場に差し掛かりあおいが歩みを止めた。

 俺も同じく歩くのをやめて、あおいが見る河川敷球場の中で行われている、少年同士の野球の試合をじっと見つめる。

 ……あの少年たちも、きっとこうして高校野球に打ち込むことになる。

 その先に見据えるのはプロ野球。野球をやるものが一度は夢見る憧れの舞台。

 ……俺は……。

 

「ね、パワプロくん。……もうすぐ大会終わりだね?」

「ん、ああ、そうだな」

「その後はドラフト会議があるよね」

「……そう、だな……」

「……ボクね。パワプロくんや友沢くん、東條くん……進くんや一ノ瀬くん、それだけじゃない、猪狩くんとか久遠くんとか、いろんな人と戦って――やっとどうするか決めたよ」

 

 思案しかけた時、あおいが不意に話しかけてきて、俺は自分のことについて考えるのを止めた。

 あおいが視線を茜色の空に映しながら言葉を紡ぐ。

 ……きっと、あおいは選ぶ。自分にとって最良と思う道を。

 いや、あおいだけじゃない。猪狩や今まで戦ってきたライバル達、チームメイト全員、そして何よりも――俺が、あおいがその道を選ぶことを待っていたんだ。

 

「ボクね、プロ志望届けを出すつもり。皆が目指す……夢の舞台へ――行きたい。ううん……行くよ」

 

 しっかりとした口調であおいは言う。

 その言葉には驕りとか、そういう自信過剰なもので言っているのではないという、力強い意志が込められている。

 そして何よりも俺はあおいの努力を知っているからこそ、その道を素直に応援してやりたいと思えた。

 

「それでね。……パワプロくんと……同じ道を、歩きたい」

 

 にっこり、とあおいが可愛らしい笑みを浮かべて俺を見る。

 "女性だから"。そんな理由で臆病になっていたあおいはもう居ない。今居るのは輝く夢に向かって全力で走る一生懸命な女の子だけだ。

 そんなあおいが眩しくて、まぶしすぎて――俺は……応援の言葉すら、素直に言ってやることが出来なかった。

 いや、それ以前に、彼女が俺に一番に伝えてくれたはずなのに――俺は、その彼女の意志にはっきりと返事をしてやることが出来ない。

 

「……パワプロくん?」

「……あ、いや、なんでもない。そっか。夢、だもんな」

「うんっ、夢だよ! それでね、スポットライトを浴びながら、パワプロくんとバッテリーを組んで、パワプロくんと一緒にヒーローインタビューを受けるんだ」

 

 一瞬暗い声を出したあおいの不安を取り除くように精一杯声を出す。

 それを受けて、にっこりと嬉しそうに夢を語りだす彼女に、俺は言葉も無しに笑みを返すことしかできなかった。

 ……なんて言えばいいか、分からなかったんだ。

 

 

 ……プロに行かないつもりだなんて、今のあおいに言えばきっと、あおいのことを傷つけてしまうから。


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