実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

32 / 58
第二八話  vsパワフル高校 ある球児の夏の終わり

                    七月一週

 

 

 

 夏の大会が各地で開始される。

 それと同時に、こちらでもいよいよ一回戦が始まっていた。

 俺達三年の、最後の公式戦。

 それと同時に最後になる甲子園大会への道。七回勝てば甲子園のその一回戦目――相手は古豪パワフル高校だ。

 ベンチからグラウンドを見つめる。

 先攻はパワフル高校。しっかり守らねぇとな。

 

「選手整列!」

 

 主審の声を聞いて、俺も含めて両校の選手がホームベース前に並んだ。

 

「よろしくおねがいします!!」

 

 全員が頭を下げ、挨拶を交わす。

 頭を上げた時、鈴本と視線があった。

 整ったマスクを持つそいつは、ふっと微笑みベンチへと戻っていく。

 

「パワプロくん!」

「おう! さ、気合入れていくぞ! 最後の大会――最後まで楽しまなきゃな!」

「うん!」

 

 チームメイトが各守備位置に戻っていく。

 こちらの守備陣形は以下の通り。

 一番ショート矢部。

 二番セカンド新垣。

 三番キャッチャー葉波。

 四番ライト友沢。

 五番サード東條。

 六番センター猪狩進。

 七番ファースト北前。

 八番レフト明石。

 九番ピッチャー早川。

 北前が入った以外はそう変わらない、いつものメンツだ。

 対するパワフル高校は、

 一番セカンド円谷。

 二番ショート生木。

 三番キャッチャー七海。

 四番ファースト尾崎。

 五番ピッチャー鈴本。

 六番サード大野。

 七番センター小木。

 八番ライト林野。

 九番レフト峰。

 こうなっている。

 三番の七海は俺達と同世代。なんでもパワフル高校は"マネジメント"とかいうのを取り入れたらしい。

 その結果出てきたのがこの七海という選手だそうだ。

 鈴本が熱望していた質の良い捕手が手に入ったことでどうなるか、警戒しとかないとな。

 

「後三球!」

 

 あおいの球は絶好調だ。今日にあわせて調整してたからな。

 すぱぁんっとボールを捕球しあおいにボールを投げ返す。

 

「ボールバック! セカンド送球行くぞ!」

 

 バシッ、とボールを捕球すると同時に矢部くんのミットめがけてボールを投げる。

 ストライク送球でボールは矢部君のミットにおさまった。

 

『さあいよいよ始まります。夏の決勝戦、恋恋高校vsパワフル高校。勝つのはどちらでしょう!』

 

 一番の円谷が打席に入る。

 初球、あおいは俺のサインに頷いて、ボールを投じた。

 スパァアン!! と乾いた音を響かせてボールがミットに収まる。

 球速は一二八キロ。コースはインロー、完璧だ。

 円谷は無表情で再びバットを構え直す。

 二球目はカーブ。ストレートの緩急をつけてフォームを崩すぞ。

 円谷はバットを振るがタイミングは外れている。んじゃま一球際どいところに外しとくか、アウトローボール寄りだ。

 あおいがボールを投じると、円谷は迷わずスイングした。

 ボール球のストレートにバットは当たらない。

 

「トラックバッターアウト!!」

『三球三振! ボール球に手を出したが当たらず円谷三振に倒れてワンアウトです!』

「っしっ!」

 

 マウンド上であおいがガッツポーズを作る。

 うん、いい球だ。今のは手放しで褒めれるぞ。一番打者ってことは選球眼もそこそこだからな。その円谷にボール球を降らせたってのは何よりもあおいの今日の調子を証明してるぜ。

 

『バッター二番、生木』

 

 守備の要でありつなぐ役割の生木が次の打者だ。

 バットを短く持って流し打ちを基本に塁に出る、つなぐことを重視する打者。こういうタイプが二番で機能すると打線がつながるからな、要注意だ。

 ストレートを軸に使い、追い込む。

 インハイ、アウトローとストライクゾーンを広く使った後はマリンボールで締めだ。

 生木はバットを振らない。

 

「ストライクバッターアウト!」

『見逃し三振! ニ者連続三球三振! そしてバッターは三番の七海!』

 

 さて、この夏から正捕手になった七海が相手だ。

 データによればアベレージヒッタータイプの、守備ガウリの打者だったが、それでも鈴本を五番に推しやって三番に入るということはそこそこミートセンスもあるんだろう。

 

(インコースに食い込むシンカーでカウントを稼ぐ)

 

 ミートタイプの打者の打ち取り方は至極簡単。当てれるということを利用してファールさせてカウントを稼いだ後、決め球で打ち取ればいい。

 ま、それが出来るのもあおいの制球があってこそだけどな。

 シンカーをファール、外角のストレートを一球見極められ1-1。そこからカーブでカウントを稼いで2-1にした後、高めのストレートを振らせて空振り三振に打ち取る。

 

『スリーアウト! さすがの立ち上がりを見せます早川あおい! さあ裏の恋恋高校の攻撃に入ります!』

「ナイスボールあおい!この調子ならそう易々とは打てねぇぞ!」

「うん! さあ先制点をとってね!」

「任せろ。頼むぞ矢部くん!」

「任せろでやんす! オイラが出るから新垣はパワプロにしっかりつないでくれでやんすよ!」

「りょーかいよ。任せなさい!」

 

 矢部くんがバッターボックスに向かう。

 既に高校ナンバーワンといってもいいリードオフマンとなった矢部くんは、その構えのまま鈴本を見つめる。

 鈴本が振りかぶった。

 腕を振るって投げられたのは――豪速球、一四八キロのストレートだった。

 ズパァンッ!! と矢部くんの膝下にストレートが決まる。

 

「ストラーイク!」

「鈴本さん! ナイスボールです!」

 

 言いながら七海が鈴本にボールを返す。

 オーソドックスな右腕だが、明らかにボールの威力は一級品だ。

 二球目、矢部くんは外のスライダーを見極める。

 だが。

 

「ストラーイク!」

「ぬっ……!」

「なんつーコントロール……!」

「……早川が決めてストライク判定されたコースに寸分の狂いも無く投げ込んだな」

「ぼ、ボクより二〇キロも速い球を同じコースに決めるなんて……」

「ああ、キレも良い。……打ち崩すには相当手間がかかるぞ」

 

 鈴本が七海のサインに頷いて腕をふるう。

 高めに外れたストレート。矢部くんはそれをきっちり見極める。

 これで2-1。今のが見せ球だとすると……。

 

「ナックルが来る」

 

 俺の呟きに答えるように鈴本が腕を振るった。

 投じられたボールは――ナックル。

 揺れながらゆるく落ちるそのボールはカットするのも難しい程急角度で落ちる。

 ブンッ! と矢部くんのバットが空を切った。

 

「ストラックバッターアウト!」

『伝家の宝刀ナックル! 矢部空振り三振!』

『バッター二番、新垣』

 

 新垣が打席に向かうのを見てから、俺もネクストに立つ。

 それにしても矢部くんがカットできないレベルのボールか……この地区のエースはレベル高すぎだろ……。

 

「んがっ!」

 

 ゴキンッ! と新垣が三球目のスライダーを打ち上げる。

 鈴本は一歩もマウンドから動かず、ぱしんっ、と両手でフライを捕球した。

 

『ツーアウト! そしてバッターは三番、葉波!』

『バッター三番、葉波』

 

 ワァッ! と歓声が耳に届く。

 さて、観客の期待には答えねーとな。

 鈴本が足を上げ、腕を奮ってボールを投げ込む。

 ズパァンッ!! と外角低めぎりぎりにストレートが決まる。これが一四六キロ。

 

「ストラーイク!」

『初球はストライク! 絶妙なコントロールです鈴本! これは手が出ないか!』

 

 七海からボールを受け取った鈴本はテンポ良く投球動作に入る。

 腕を振って投げられたボールは再び外角低め。

 難しい球だが、打つ!

 ギンッ! と鈍い音を響かせてファールボールはファースト側のフェンスに直撃した。

 くっ、初球と比べてボール半個外だった上にシュートしてたな。

 今のは七海と鈴本のバッテリーがファールさせるために選んだ球か。こりゃ確かに面倒な相手だぜ。

 三球目、鈴本は再び外角低めにズバッとストレートを投げ込む。

 

「ボーッ!!」

『際どいところ外れてボール!』

 

 っぶねぇっ、思わず手を出しそうになったぜ。

 このコントロールがあれば外の出し入れは容易いってことか。くそっ。

 

「鈴本さん! いいとこ来てますよ!」

 

 七海があえてか、ゆっくりと声をかけながら鈴本にボールを返す。

 受けた鈴本は頷いて、ワインドアップモーションからボールを投げ込んだ。

 内角低め! ストレート、やばい、当たる――っ、違う! スライダーっ!

 ぴくり、とも俺のバットは動かない。

 回転の掛けられたボールは俺の体にぶつかる角度から一気に進路を変え、内角低めのギリギリのところに構えられた七海のミットに収まる。

 

「ストライクバッターアウトッ!! チェンジ!」

『見逃し三振! 完璧なスライダー! 手が出ません! 葉波!』

 

 内角低めに完璧に決められた……! 何つーコントロールだよ! 投げ損なったらデッドボールもあるってのに、それを完璧なコースに投じるなんて、あおい並の制球力じゃねぇか!

 それにこの七海ってキャッチャー……捕球をミットの先に力を入れるようにして審判にも気付かれない程度にミットを内側に少し動かした。その分ストライク判定されたんだ。

 ぽんっ、と七海と鈴本がグラブでタッチしながらベンチに戻っていく。

 ……おもしれぇ。黄金バッテリーってんなら俺とあおいも負けてないぜ。打撃はこっちに部があるんだ。絶対に勝つ!

 

「二回表! 抑えるぞ!」

「うんっ!」

 

 防具をつけている間に、あおいにはファーストの北前とキャッチボールをしといて貰う。

 さて、相手の話准は四番の尾崎。一発もあるが、どちらかというと中距離の得点を取るタイプのバッターだ。

 ただまぁこっちが三者凡退であっちがヒット出るってのは尺だからな。押さえさせてもらうぜ。

 

(尾崎は典型的なプルヒッターだが、ミート力がある。その分力は控えめだ。……二球使って打ち気にさせた後、外のボールで打ち取る。オーソドックスな内内外って組み立てでも大丈夫だとは思うが……そうやって痛い目を見たことも多々あるからな。ここは――)

 

 構える。

 あおいは俺のサインに頷いて、腕を振るった。

 初球。

 真ん中高めへの直球!

 尾崎がバットを一閃する。だが、当たらない。

 

「ストライク!」

『真ん中高めの甘めの球でしたが、尾崎、空振り!』

 

 よし、尾崎はあおいの球は完全に初見だ。甘い球でも高めの球なら目線が高くなる分、ホップするように感じる感覚が更にプラスされて空振ると思ったぜ。

 これなら二球目は内角高めだ。

 尾崎はボールを見送る。

 さっきの分、捉えたと思ったボールを空振った分、高めは見逃すだろうし、伸びているように見えるということはボール球と勘違いする可能性も高いはずだ。

 案の定尾崎はボールを見送った。よし、追い込んだなら後はこっちのもんだぜ。

 三球勝負だ。外へゆるく落ちるシンカーで打ち取るぞ。恐らく、外への緩い球は際どいところに外すと思ってバットを止めるぞ。

 投じられたボールを尾崎は途中までバットを出しかけて止めた。

 そう反応するのは予想通りだ。悪いな尾崎、このシンカーは見せ球じゃないぜ。

 

「ストライクバッターアウト!!」

『完璧に四番を手玉に取った形! 見逃し三振!』

『バッター五番、鈴本』

 

 クリーンアップに入ってるものの、尾崎や七海と比べたら鈴本の打撃はそう大して良くない。ここはストレートで押せ押せだ。

 鈴本を三振、六番の大野をセカンドゴロに打ち取り、二回の守備が終わる。

 守る方は問題なさそうだな。どっちかというと攻撃の方が問題だ。

 

『バッター四番、友沢』

 

 友沢に対して鈴本の初球は、なんとナックルだった。

 いきなり投じられた緩いボールを友沢は事もなさげに見送る。

 

「ボール!」

 

 捕手として考えてもあの見逃され方は非常に厄介極まりない。

 決め球を投げたのにフォームが崩れた様子やら焦った様子やらを微塵も見せないってどうすればいいかわかんなくなるからな。

 しかし、鈴本はそんなことを気にした様子も無く、サクサクと二球目を投じてきた。

 今度はストレート。内角高めに完璧に決まるストレートを迎え撃つように友沢はバットを振るうが当たらない。

 

「ストラーイク!!」

 

 ナックルの後に一四七キロのストレートか。流石の友沢も初見じゃ打てないなアレは。

 1-1からの三球目は内角へ食い込むスライダー。友沢はそれをスイングで迎え撃つが、ボールはファーストの横を抜けてファールになるだけだった。

 今のはボール一個分程余計に食い込んできたな。その分ファールになった。

 さすがに友沢の技術を以ってしてもあれをフェアグラウンドに飛ばすのは至難の技だろう。しかも内角と外角をここまで綺麗に投げ分けられたらさすがの友沢でも手が出ない。

 2-1と追い込まれた。そろそろ決め球のナックルが来るはずだ。

 四球目。

 鈴本が腕を振って投げたボールは、

 

 渾身の一四九キロの自己最速のストレートだった。

 

 ズドンッッッ!

 轟音がベンチまで届く程の豪速球。

 それを、鈴本は外角低めの完璧なコースに投げ込んだ。

 投げた後に鈴本の帽子がふわりと飛んでマウンドの後方に落ちる。

 全力で振るって投げた右腕を高々と空へと掲げ、まるで自分の勝利に酔っているかのようだ。

 

「ストライクバッターアウトォ!!」

『友沢手がでませーん! 見逃し三振!』

 

 ワァアアッ! と歓声が上がる。

 実力を誇示するかのように鈴本はクールに飛んだ帽子を拾い、かぶり直す。

 それら一つ一つがスター性とアイドルのようなマスクを際立たせているようで、彼の一挙手一投足に歓声があがった。

 

『バッター五番、東條』

 

 東條に対しても鈴本は全力だ。

 初球に投じられたインハイへのストレートは一四九キロ。

 ――だが。

 一つだけ、鈴本が犯した間違いがある。

 

 それは――、

 

 

 

 インハイに投げられた豪速球を、東條はフルスイングで迎え打つ。

 鈴本が友沢の打席と同じように右腕を高々と上げた。

 それは鈴本という投手のクセなのだろうか。ベストピッチの後にはああやって腕を上げて自らの存在を誇示しているかのようだ。

 それを示すかのようにバックスクリーンには一四九キロの文字が踊り、

 

 その横に、ミサイルのような速度で白球が直撃した。

 

 ドゴッ! とバックスクリーンが鈍い音を立てる。

 観客は動けない。まるで時間を止められたかのように誰も動けなかった。

 ただ一人、その特大のアーチを描いた東條本人を除いては。

 

 

 ――今打席に立っている男もまた、スター性と凄まじい実力を持つ男であり、

 更には、相手のパワフル高校にも因縁があって、

 その男が静かに燃えていることに気づかなかったということ。

 

『入った! 一閃!! 五番東條のソロホームランー! 恋恋高校先制ー!』

 

 東條がホームベースを踏み、進とタッチをしてベンチに戻ってくる。

 

「ナイスバッティング」

「……ああ」

「燃えてたな?」

「……普段は冷静で居ることを心がけているが、――たまには良いな。こういう感情に身を任せるのも」

 

 いつもどおりのクールな言動を崩さずに東條は不敵に笑った。

 ……便りになる五番だこと。あー、味方でよかったよかった。初見の一四九キロのインハイをフルスイングしたくせにセンターオーバーさせるような化物が敵じゃなくてほんとに良かった。

 七海が鈴本にすかさず声をかけてる。ココらへんのソツのなさは流石の一言だぜ。

 バッターの六番、進。

 被弾しても鈴本はブレない。

 ズパンッ! とストレートを内角に決める。

 ストレートを軸にスライダーで打ち取る。ナックルは極力使わずに力でねじ伏せるような投球だ。

 ナックルは握力使うからな。ここぞの時の決め球にしてるんだろう。その遠慮が命取りかも知れねぇけどな。

 スライダーで打ち取られた進の代わりに打席に立つのは――高校の公式戦初打席の北前。

 一番最初の相手が鈴本ってのは運がないかもしれないけど、それでも北前 ならなんとかしてくれそうな――そんな期待感がある。

 あれから三ヶ月、出来る限りのことは教えた。

 だからこそ、見せて欲しい。

 俺達が卒業した後、この恋恋を支える軸になりえるかどうか――この打席で、見せてくれ、北前!

 

『バッター七番、北前』

『さあ、打席に入るは一年生で強豪恋恋高校のファーストの座を射止めた北前! ここで結果を残せるか!』

 

 フォームを小さく構える。

 相手が鈴本だからだろう。友沢が打ち取られる程の投手だ。その小さなフォームは自分の身の程を知った選択だとも言えるかもしれない。

 ……でもな、北前。

 もっと思い切っていいんだぜ。どうせお前は後二年あるんだ。せっかく打席に立つなら――

 

「北前! 大きく行けよ!!」

 

 ――思い切って行こうぜ。

 俺が声を張り上げると、北前は驚いたような表情を見せた。

 初球のストレートを北前は見逃す。

 アウトローのストレート。鈴本はブレない、自分が得意とするパターンをひたすらに突き詰めるだけだ。

 北前はバットを頭にコツンと当てて、何か悩むような仕草を見せる。

 そして、

 バットを大きく後ろに引き、

 中学時代に俺が見た、あの大きなフォームを見せてくれた。

 二球目、鈴本が投じるのはストレート。

 それに振り遅れながらも北前はなんとかボールをバットに当てる。

 ボールは前には飛ばずファールになる。

 ……だが。

 

「……当たったじゃねぇか」

 

 当たった。

 あの大きなスイングでも、鈴本のストレートにあたったのだ。

 三ヶ月間の練習は無駄じゃない。北前のスイッチ打法は確かに面白いし理にかなってる部分もあると思う。

 だが、せっかくの対応力のスペックをそこで使うのはもったいない。北前は才能豊かな打者だ。きっと俺を超えて、この恋恋の屋台骨に。……いや、日本球界を代表する打者にもなれると俺は思ってる。森山と並んで、な。

 そのためにはいちいちフォームを変えている暇なんか無いんだ。

 だからこそ、俺は北前に示してやりたい。

 ――"そのでかいフォームで、名だたるストレートピッチャーを打てよ"。ってな。

 三球目もストレート。

 鈴本は北前を見下している。一年生で大きいフォームで振ったって当たらないってわかってるからだろう。

 でも、違うんだよ。鈴本。

 お前が見る北前と俺の見る北前じゃさ。

 期待値が、見てきた努力が、そして何よりも野球センスが――俺が見てきた北前のほうが、断然上だ!

 ガカッ! と北前は鈴本のストレートに振り遅れる。

 だが、ボールの勢いは死んでいない。

 流し打ちのクセして打球は凄まじい勢いを持ったまま飛んでいく。

 そして、フェンスに直撃した。

 北前がドタドタと走りながらセカンドへ滑り込む。

 

『北前ツーアウトからチャンスメーイク! 明石に打順をつなげます!』

「っしゃあ!!!」

「凄い! 振り遅れたのにあそこまで!」

「もともとセンスはずば抜けて高い奴でやんすし。適応力もあるでやんすからねぇ……あの鈍足とファースト以外は少年野球レベルの守備を除けば名門でもいけたでやんすが」

「……ふ、そういう素材を見るのも、内のキャプテンは好きそうだがな」

「ナイスバッティングだ北前ー! それをわすれるなよー!!」

 

 身を乗り出して喜ぶ俺を東條を始め皆が苦笑して見つめている。

 でもまぁ仕方ねぇよ。つきっきりで教えてた下級生が結果を出して喜ばねぇ先輩はいねぇしさ!

 結局続く明石が打ち取られて攻撃は終了するが、先制点がとれたし北前の初打席も飾れた、幸先は上々だぜ。

 三回の表は七番の小木からだ。

 下位打線はストレート一本槍でも十分抑えれる。

 小木を三振に打ちとったのを皮切りに、あおいは八番の林野、峰も打ち取りあっという間に三回を終わらせた。

 三回の裏。

 こちらの攻撃だが、先頭打者は投手のあおいから。

 流石にワンアウトからじゃチャンスメイクまでこぎつけるのは難しい。あおいが三振、矢部くんがセンターフライ、新垣がセカンドゴロでこちらの攻撃も瞬く間に終了してしまう。

 ソロホームランで一点取れなきゃ多分もっと行き詰まる投手戦になっていただろう。東條に感謝しねーとな。

 一点があるおかげである程度落ち着いて、同点なら良いという気楽なスタンスで打者と勝負出来る。これはあおいのようなコントロール重視の投手にしてみれば大きな利点だ。

 四回表、バッターは一番の円谷。

 この打順のパワフル高校が一番怖い。チャンスメイクされて一打二得点とかそういうケースが作られやすいからだ。

 ここは決め球を解禁するつもりで全力で抑えよう。わざわざ手を抜いてヒットを打たせて調子づかせるのも嫌だしな。

 サインに頷いて、あおいが腕を引く。

 投じられたボールはマリンボール。途中まではストレートと同じ起動で、途中から曲がり落ちるあおいの決め球中の決め球だ。

 円谷はそのボールを身体を前に倒しながらバットで拾う。

 カァンッ!! と快音を残しボールが飛んだ。

 っ、初見でマリンボールを弾き返された……!?

 驚愕する俺を尻目に打球はショートの右、セカンドベースからやや左への痛烈なゴロになる。

 完全にヒットコース。これは抜ける……かと思われたその瞬間。

 

 パンッ! と矢部くんが快速を飛ばし、それを前のめりにながらその痛烈なゴロを捕球した。

 

 だが円谷は俊足だ。その体勢からじゃ――

 

「新垣っ!」

 

 矢部くんがグラブでボールをぽん、と浮かせた。

 ふわりとグラブから離れたボールはまるで矢部くんが望んだ場所にいるかのような新垣の右手にぴったりと収まり、

 

「見てなさい! これが――恋恋の二遊間よ!」

 

 言いながら新垣がファーストにボールを送球した。

 北前が懸命に身体を伸ばしながらファーストミットに必死でボールを収める。

 それとほぼ同時に円谷がファーストベースを駆け抜けた。

 判定は――

 

「アウトォッ!!!」

 

 審判の右手が高々と掲げられる。

 それを聞いて矢部くんと新垣がグラブ同士をぽんとあわせた。

 ……呆然としてたけど今のってプロ野球でも名手同士のコンビが息をあわせてやっと出来る神業的なあのプレーだろ。……ったく、ホントやってくれるよなあの二人は! 最高のプレーだぜ!!

 

『あ、アウトー!! 完全にヒットになるかと思われた打球! 矢部が前のめりに掴んだボールをグラブトス! 素手で受け取った新垣がファーストに転送しアウト! この神業はあの名二遊間、アライバコンビが見せた超絶ファインプレーだー!! ファーストベースを駆け抜けた円谷呆然!』

 

 どわあああ、と球場が地鳴りのように揺れる。

 まさか高校生同士の試合であんなプレーを見れるとは思ってなかったのだろう。観客たちの騒ぐ声がここまではっきり聞こえてくる。

 

「サンキュー! 二遊間!」

「任せろでやんす!」

「もっともっと相手のヒット消してくから! バッチ来なさい!」

 

 二人が笑いながら守備位置に戻っていく。

 そうだな。ウチの守備メンツならどこにボールが飛んだとしてもきちっと守ってくれる。俺はリードにだけ集中すればいいんだ。頼りにしよう。

 さて……円谷のあの打席はまぐれでマリンボールにあたったような感じじゃない。完璧に狙いすまして狙ったような打撃だった。

 マリンボールを狙ってる……か。厄介だがこりゃマリンボールを封印したほうがいいか?

 だが、マリンボールはあおいが決め球と自信を持っている球だ。あおいの性格上、今までだったら決め球を打たれると"キレてた"部分もあるけど、今はそういう精神的な弱さも克服してる。

 ……ここはあえて相手に乗ってやろう。

 逆にストレートに逃げる方が相手を調子づかせる場合もあるからな。

 ゲームのように相手の読みを外せば勝ちなんて単純なモノじゃない。"あえて打たれる"ことが大事なこともある。

 そりゃもちろん点がとられないに越したことはないが、一点を守りにいって配球を変えて、次の回に大炎上なんてしたら意味が無い。

 あおいは器用な方だけど、それでも回の途中で配球をパッと切り替えても、最高のボールが来るまではある程度時間がかかる。それがわかったのは最近だけど。

 例えば回の頭からストレート重視のリードで相手を打ちとっているのに、いきなり変化球重視のリードに変えたら投手はどう思うだろうか。

 そりゃ勿論相手によってリードを変えるのは当然だが、ストレートを中心に投げていたのにいきなり変化球中心のリードが来たら戸惑うだろう。『ストレートがいいのか、変化球がいいのか、それとも両方いいから相手によって変えているのか。相手がこうだから自分もこういう風に投げたほうがいいのか――』そんな風に考えさせちゃキャッチャーは失格だ。

 勿論投手が投げたい球があって首を振ることもあるが、基本投手には"何も考えずに"投げてもらわないといけないんだ。

 いかに投手の頭を空っぽにして気持ちよく投げさせて相手を抑えるか――それがキャッチャーの仕事だと俺は思う。

 何よりもいきなりリードを変えるとテンポが狂うからな。そのテンポが狂った状態で投げても大量失点するだけだ。

 特に今は上位打線。切羽詰まった状況じゃないからな。同点までなら――一点までならやっても良い。それ使って今から続く二番とクリーンアップを切り抜けるぞ。

 一点で抑えれば流れまではひっくり返らない。すぐに失点した訳じゃないし、"こちらの予想通り"の失点だからな。

 パワフル高校は上位打線以外は正直そこらの公立校と一緒だ。クリーンアップ相手に複数失点しないことがパワフル高校の打撃陣の攻略法だと俺は思う。

 

「あおい! 一点はやってもいいからな! 全力で投げてこい!」

「うん!」

『バッターニ番、生木』

 

 生木は円谷に比べて足が少し遅いがミート力は上だ。

 "狙い通りだったのに点がとれなかった。同点までにしか出来なかった"。ってことになれば相手は焦る。焦ってる間に追加点が取れれば試合の主導権は完全にこっちのものだ。

 さて、と、マリンボールを中心に組み立てるっつってもあくまで決め球を解禁してリードに組み込むって程度の変化だからな。まずはストレートを投げさせよう。

 外角低めのストレート。それに生木は手を出さなかった。

 初球から難しいコースきたからな。狙いがマリンボールなのを考えてもこの球に手を出すのは得策じゃない。狙い球じゃない難しいボールに手を出したら打ち取られるのは当然だからな。

 やっぱりこいつ頭がいい打者だぜ。しっかり打席で考えてる。

 マリンボールを外低めのボールゾーンに投げさせる。

 投じられたマリンボールを生木は強引に引っ張った。

 打球はファーストの右のスタンドへ力ないフライで入っていった。

 

(強引に引っ張ったな。徹底してマリンボール狙いか。それもあの難しいコースから更に逃げるボールをなりふり構わず振っていってしっかり当たった。……こりゃマリンボールに狙い定めて打ち込みやってやがったな)

 

 決め球を打たれれば、他の球種を打ったときより投手には大きなダメージがある。

 それを考えてあえてマリンボールを狙った作戦にしたとしたら、この作戦を考えた奴は大胆で強かだな。

 だがな、そのボールを投げさせてれば確実に打ち取れるって球を決め球っていうんだぜ?

 打ってみろよ。あおいの決め球を――!

 ストライクゾーンからワンバンするほどのボール球になるマリンボール。

 生木は迷わず振りに来る。

 逸らさない。必ず止める。

 ドバッ! とワンバンしたボールを俺は身体全体で受け止めた。

 ――あおいと出会った日のカーブを捕球したかのように。

 生木がバッと俺の方を振り向いて捕球したかの確認に来る。

 俺はニヤリと頬を釣り上げて、その手の中に収めたボールで生木の身体にぽん、とタッチをした。

 

『空振り三振! ツーアウト!』

 

 うーし、完璧。これで二点以上の失点はほぼ無くなったろう。相手もかなり焦るはずだ。

 三番、四番に打たれて一失点の確率は十分ありうることだが、それでも五番を抑えれば一失点で終わる。一二番で二アウト取れたってのはそれほどまでに大きいのだ。

 ま、無失点でいけるなんて楽観的な考えはしてねぇししないけどな。

 

『バッター三番、七海』

 

 七海が打席に入る。

 マリンボールを狙っていこう大作戦は多分こいつが考えたことだろう。

 自分で作戦を提案したからには自分が結果を残さないといけない。それを加味しても、気配を消しているがこの打席はかなり気合が入ってるだろうな。

 それを利用して抑えれるといいんだけど。

 あおいがサインに頷く。

 初球はインハイ高めのストレート、勿論ボール球だ。マリンボールと途中まで全く同じ軌道で来るストレートを高めに見せて様子を見るぞ。

 ボールが投げられる。

 七海はわずかにバットを動かし、それを見送った。

 

(このボールに反応するってことは積極的に行こうって思ってんな。おもいっきりボール球だし。……ま、途中まで狙い球とほぼ一緒の軌道だったこともあるだろうけど、それにしてもここまで反応するってのはきな臭いぜ。生木にしてみてもボール球でもマリンボールなら振っていこう、って作戦だ。そういう意識もあんだろうが……)

 

 そも、なんでマリンボールを狙ってってるんだ? あおいが一番自信持ってる球だってことはわかってるだろうに。

 甲子園優勝ピッチャーの決め球を狙えば打てるなんてことはありえない。狙ってても打てない、打てる可能性が少ない投手がそういう高みへいけるんだから。

 

(っとやべぇやべぇ、相手の作戦の真意は後で考えればいいんだ。今は目の前の打者に集中しねーと)

 

 インハイにストレートを使った。んじゃ次は外にカーブでカウントを整えよう。

 外にじりりと寄る。

 ヒットにされてもいい。そんなつもりで思い切って投げろよ。

 ビシュッ! とあおいが腕をふるう。

 それにあわせて七海がバットを一閃した。

 キンッ! と快音を立ててセンター前に打球が落ちる。

 流石に今のボールは矢部くんたちでも取れないな。

 ちっ、三者凡退で行きたかったけど、高めの後の緩いボールを狙いすまされたか。まあツーアウトからの単打なら打たれても全然構わねぇけど。うん。なんか読まれてて悔しいぜ。

 

『バッター四番、尾崎』

 

 

 さて、一番やべぇのが来たぜ。

 ホームランが一番やばいから必然、低めでの勝負になる。

 それでマリンボールを使うとなるとかなり配球が制限されちまうが、逆転だけはご法度だ。ここはセオリー通り低めに行くぞ。

 

(まずは外角低めにストレート、鉄板だな)

 

 スパァンッ! と投げ込まれた球を捕球する。

 審判の手があがり1-0。初球はしっかり見てきたな。

 

(やっぱりマリンボール狙いか。全くストレートに反応してねぇな。……カーブは七海に打たれて投げづらいかんなぁ。ここはシンカー投げさせてくれ)

 

 サインを出すと、あおいがふるふると首を振る。

 

(うーむ、やっぱりここでシンカーは流石に読まれやすいし消極的過ぎるか。んならストレートをインローに決めよう)

 

 こくん、とあおいが頷いてボールを投じる。

 俺の構えたところ、内角低めぎりぎりの所にキレ味抜群のストレートがビシッ!! と決まった。

 

「ストライクツー!!」

 

 審判が迷わず手をあげる。

 っとにあおいって奴は……すげぇな。

 この切れのあるストレートを外低めぎりぎりの後、内低めぎりぎりに投げれたら並の高校生じゃ打てない。

 ……ま、この猪狩世代には並の高校生じゃない奴がうようよしてるんだがな。

 さ、追い込んだぜ。一球シンカーを外に見せて、と。

 緩いシンカーを外ぎりぎりに外す。

 尾崎はそれを見極めたが、バットが思わず出そうになった。

 こうなれば勝ちは揺るぎない。

 

(今のシンカーに反応するってことは完全に際どいところ二球で追い込まれてテンパってる。緩い球の後は速いストレートが定石だ。マリンボール狙いでもテンパってるこいつならストレートが来ると思ってるはず。違ったとしても――今の尾崎の心理状態じゃマリンボールをヒットにすることは無理だ)

 

 マリンボールを要求する。

 頷いたあおいがおもいっきり腕を振るった。

 ベース上を落ちるように、真ん中低めへと投じられたマリンボールを尾崎はフルスイングで迎え打つ。

 キャンッ、と軽い音をさせて打球は俺の真上へと飛ぶ。

 それを落下地点でしっかりキャッチした。

 

『キャッチャーファウルフライ!! 完璧に手玉に取ったー!!』

「よしっ!」

「ナイスボールあおい! 助かったぜ矢部くん! 新垣!」

「まっかせなさい!」

「当然でやんすよ!」

 

 四人でグローブを合わせながらベンチに戻る。

 相手に狙われてるマリンボールを使って相手を押さえ込んだ。この事実を持って俺は確信する。

 完全にこの試合の主導権は俺達が握ったと。

 この攻撃で得点を取れれば俺達の勝ちは確定的だ。

 ――だからこそ、鈴本はここで全力を出してくる。

 バッターは俺から。ここでチャンスを作れば友沢と東條が絶対に返してくれるはずだ。絶対に塁に出るぞ。

 

『バッター三番、葉波』

 

 呼びかけを受けて打席に立つ。

 ズドンッ!! と鈴本のストレートがアウトローに決まる。

 球速表示は一四九キロ。全力を持って投げられたとはっきりと分かる最高のボールだ。

 受けた七海がわずかに反応が遅れる程に見事なボールに審判の手も迷わず上がる。

 やべぇやべぇ、流石に一四九キロをそのコースに決められたらどうしようもないぜ。

 二球目。再び鈴本は同じ所に直球を投げ込んだ。

 

「ストラックツー!」

『完璧だ! これまた完璧なところに決めた! これで2-0! 完全に追い込みました!』

 

 投手に絶対有利な2-0のカウント。鈴本と七海の性格を考えてもここで一気に勝負はしてこない。一球ないしは二球、遊んでくるだろう。

 続く球はスライダー。外低めに外れるボール。

 思わず出かかるバットを必死に止める。

 ……っふぅ、ボール球が来るって予測してなかったら今の、バットが出てたな。

 くそ、流石にこのコントロールでこのスピード……厄介なこと極まりないぜ。

 鈴本は好投手だ。多分全国でも五指に入るかもしれない。

 それでも、打てる。

 猪狩を打った俺なら、打てる!

 鈴本が腕をふるう。

 投じられるボールは――ナックル。

 揺れながら落ちる鈴本の決め球。

 真ん中からワンバンしそうな程低めに沈んでいくそのボールを打つには、

 引きつけて、

 引きつけて、

 引きつけて、

 ぎりぎりまで引きつけて、

 ――ボールの芯を、ぶっ叩くっ!!

 

 パシィンッ!!

 

 ガラスにヒビが入るような、乾いた音を立ててボールは低い弾道で飛んでいく。

 低めのボール球をひっぱたいたんだ。打球が上がらないのは承知の上だぜ。

 大事なのは飛ぶコース!

 三塁手遊撃手が一歩も動かない。

 三遊間の遊撃寄り、センターとレフトの間を破る打球は凄まじい速度でバウンドしながらフェンスまで飛んでいく。

 そのボールをセンターが必死に追うのを視界の端に捉えながら俺は走った。

 

『打ったー! 低めのボール球のナックル! 鈴本の決め球を捉えて葉波は二塁へー! ツーベース!』

 

 っしっ! 一〇〇点だ!

 スイングスピードを鍛える利点ってのを最大限に出せた打席だな。今のは。

 スイングスピードが速ければ速い程、打球の速度は早くなるのは当然だが、それ以上に打者に与える効果は大きい。

 ――それは、投じられたボールの判断をギリギリまで遅らせれること。

 例えば一四〇キロのストレートをスイングスピードの遅い人とスイングスピードの速い人が打つとなると、スイングスピードの遅い人は振り出しを早くしなければボールにバットは当たらない。振り遅れになってしまうしな。

 それが例えば一五〇キロのボールを打つとなると、相手が腕を降りだしたと同時にバットを振らないと当たらない。

 それだと、どの球種が来るかの見極めができない訳だから、無論打撃の質が落ちる。

 だが、スイングスピードが速ければ、相手のボールがどんなボールなのかギリギリまで見極めてからバットを振り出すことができる。つまり引きつけて打つことが可能になるし、選球眼も良くなるわけだ。

 好打者でスイングスピードが遅いなんて奴は野球界には一人もいない。それほどスイングスピードというのは大事なこと。

 そして。

 今現在高校生で野球をやっている奴の中で一、ニのスイングスピードを誇る四、五番の打順だ。

 友沢が打席に立つ。

 それをみて、鈴本は笑った。

 この瞬間、すべてのプロが、高校野球関係者が思っただろう。

 

 ――この男は、プロに行くと。

 

 鈴本が腕をふるう。

 七海がそれを受ける。

 そのやり取りを繰り返し、パワフル高校バッテリーは友沢を追い込んだ。

 カウントは2-2。

 投じられたボールは、鈴本の代名詞ナックル。

 七海が必死にボールを補強しようと腕を伸ばす。

 

 だが、ボールは七海のミットまで届かない。

 

 友沢がバットを振り抜いた。

 鈴本は振り向かない。

 ただただ目を瞑って、無念さやら、悔しさやらに耐えるように拳をぎゅっと握った。

 爆音のように反響する観客の歓声を聞きながら、鈴本は高い青空を静かに仰いだ。

 

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

「――呆気なかったな」

「――そうですね。……鈴本くんは悪くないです。悪かったのは俺です。もうちょっといいリードが出来ればよかった。……せっかく世代ナンバーワン投手と組めたのに」

「はは、買いかぶりすぎさ。僕は負けてばっかだよ。今のところは……何に関しても、負けてばっかりだ」

「いえ、それでも、俺にとって鈴本さんはナンバーワン投手でした。今まで組んだ中で、最高の」

「そうか。ありがとう、七海。お前のおかげで僕はここまでやれた。……甲子園には出れなかったが、それはきっとまだ足りないモノが多かったんだろう。止めれれば流れはこっちというところで、僕はことごとく打たれたからね」

「……は、い」

「さ、七海、二年に引き継ぐ準備をしておいてくれ、僕は行くところがあるから」

「分かりました」

「……こっちも決着をつけないとね」

 

 河原でパートナーと別れ、鈴本はゆっくりと歩き出す。

 赤いリボンを風にはためかせながらキャッチャーの防具が入った荷物を持つ女性の元へ。

 

「またせたかい?」

「……いや、そんなには待っていないぞ」

「そっか。それならよかった。……シニアの時以来かな。ふたりきりで話すのは」

「……う、うむ、そうかもしれないな」

 

 緊張した面持ちを見せる彼女に向かって鈴本はくすりと笑みをこぼす。

 シニアまで、鈴本と彼女は名コンビだった。

 鈴本のナックルを、ストレートを、捕球出来るのは彼女だけだったから。

 二人はいつも一緒に練習していたし、

 試合でもいつもバッテリーでいたし、

 いつも尊敬し会えるパートナー同士でもあった。

 

「……春、みずき、鈴本……そして、私、四人でいつも一緒に居たシニアの時のことを、お前と話すと思い出す。……懐かしくて暖かくて、でも、切なくて苦しい……大事な思い出だ」

 

 彼女が語るシニア思い出の終わりというのは、きっとあの時のことだ。

 鈴本は静かにそう思いながらゆっくりと自分の額に手を当てる。

 

「……紅白戦で春のピッチャー返しが僕の頭に当たって終わる思い出、かな」

「……そうだ」

「懐かしいね。僕が遠くに引っ越してからのことは、みずきからの話でしか聞いていないけど」

「私しか、野球は続けて居られなかったのだ。苦しくもなるだろう?」

「そうだね。……僕は入院、春は野球を捨て……」

「みずきは家の都合で野球を辞めた。……中学の二年まで、私は一人だったのだぞ」

 

 彼女は怒るようにその眉を潜めて言う。

 それが可愛らしくて鈴本は思わず笑ってしまった。

 

「わ、笑うなっ。……だが、鈴本、お前のおかげで春が戻ってきたぞ」

「……そうだったかな」

 

 鈴本はとぼけてそっぽを向く。

 ――"僕が負けたら、野球を続けろ。僕が勝ったら、そのバットを置くんだ"。

 あの時叩きつけた言葉。いろんなことがあって、色んな話をして、勝負して――。

 

「……僕は負けたよ」

「む……そう、だな。あおい達のチームは強い。だが、負けるつもりはないぞ。センバツは制した、次は夏を制するぞ」

「ん、うん。……でも、僕ももう一つリベンジすることがあってね」

「? そうなのか?」

「うん。……聖」

 

 彼女の名前を読んで、目を見据える。

 彼女が不思議そうに小首を捻るのが鈴本にとっては可愛らしくて仕方がなかった。

 

「――僕と、付き合ってくれないか。野球の方はいずれパートナーになってほしい。……でも、それ以外では……キミに、ずっとパートナーでいて欲しいんだ」

「っ」

 

 聖がビクッ、と身体を震わせて動きを止める。

 その表情は驚愕と照れで赤くなるやら驚くやらを繰り返していて、

 鈴本はその間も聖の返事を待っていた。

 そして、

 

「す、鈴本、私――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん春、遅くなった」

「鈴本、遅いよ。全くもー、練習終わりで疲れてるのに、いきなりファミレスに来いって……早く帰らせて欲しいんだけど……今日負けた奴にお願いされちゃ断れないし」

「悪かったよ。……僕の高校野球は終わりか、あっけないものだね」

「まあ、そういうものかもね。それで、俺にエールでも送りにきてくれたの? シードだから二回戦からだけど」

「……違うよ。本当は、勝ち誇ろうと思ってたんだ」

「む……まあ、どっちが来てもやることは変わらないから、俺としてはなんともコメントしづらいんだけど……」

「今までたまりたまってたものを全部ぶつければ、僕は勝てると思っていた。……でも、違ったよ。完敗だった。……あんなに気持ちが強いとは、思わなかったな」

「? そりゃ誰だって最後の試合だから、負けたくはないんじゃないかな……? それに向こうだって練習してるしさ」

「……ふ、ほんとに、こんな鈍感に完敗したんだと思うと、腹が立つな」

「え? なんの話?」

「……いや、こっちの話さ。最後の大会、頑張れよ」

「ん、勿論、全力で戦って――甲子園へ、行くんだ」

「ごめん、今日は気分がすぐれないから帰るよ」

「えっ、驕りって話じゃ……」

「ふ、鈍感男には一人ファミレスがお似合いだよ?」

「ええーっ!? ちょ、まっ、鈴本ー!?」

 

 

 

 

 ――私、私は……春が好きだ。だからすまない。お前の気持ちには答えれない……。例え春が、私じゃない人を選ぶんだとしても、それでも私は、春が好きなのだ。

 

 

 

「……負け続きだな。僕は。……でも、今のところは、の話さ。パワプロ、春……僕は、負けっぱなしじゃないよ」

 

 一人つぶやいて、鈴本はパワフル高校への道を歩いて行く。

 今日もまた、何人もの球児の夏が終わった。

 それでも、負けても勝っても彼らは歩むのを辞めない。

 その道に差はあれども、彼らの球道はまだまだ続いているのだから。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。