実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第三五話 カイザースキャンプ“紅白戦”

 二月七日、第一クール最終日。

 第一回目の紅白戦が行われるとあって、報道陣も詰めかけたカイザースのキャンプ場。

 いたるところに観客や各球団のスコアラーが居る中、二軍である紅、一軍である白のスターティングメンバーが発表される。

 紅組。

 一番、谷村 ショート。

 二番、大野 セカンド。

 三番、葉波 キャッチャー。

 四番、下井 ファースト。

 五番、仰木 ライト。

 六番、北川 レフト。

 七番、鈴木 サード。

 八番、鹿田 センター。

 九番、稲村 ピッチャー。

 白組。

 一番、友沢 ショート。

 二番、蛇島 セカンド。

 三番、近平 キャッチャー。

 四番、ドリトン ファースト。

 五番、飯原 ライト。

 六番、岡村 サード。

 七番、三谷 レフト。

 八番、相川 センター。

 九番、猪狩 ピッチャー。

 ――白組、一軍は全員が全員、レギュラークラスの選手である。

 ライトを除く外野を固定出来なかったカイザースであるが、最もレギュラーに近いと言われている二人が下位打線に入り、二軍の選手に活躍を許さないと言わんばかりの布陣だ。

 一方の紅組は若手主体だ。

 特に注目を集めているのはピッチャーの稲村。

 ドラ一左腕、しかもカイザースには初めての女性選手で話題を集めていた選手にもかかわらず、一年目から靭帯修復手術を受けた選手が、一年ぶりにマウンドに戻ってきた。

 それを受けるのが、一軍昇格を賭けた葉波となれば、注目が集まるのも仕方ないことだ。

 

「では試合開始!」

 

 神下監督の声が響く。

 先攻は紅組。綺麗なマウンドに猪狩が立つ。

 ――試合が、始まった。

 

 

 

 

 

 一番の谷村さんが打席に入る。

 谷村さんは俊足巧打ながら右打者。一軍経験もある中堅選手だ。ここはアピールするためにも猪狩からヒットを打ちたい所だろう。

 猪狩が足を上げる。

 実際に試合で投げる猪狩を見るのは四年ぶり。

 その猪狩が腕を振るった。

 ――ズッバァンッ!!!

 空気が振動する。

 スピードガンは置かれていないので詳しい球速は分からないが、ここから見る分には一五〇キロの後半を感じさせる球威だ。

 実際の所一五〇出るか出ないかくらいなんだろうけど……やっぱ猪狩はすげぇな。

 スライダーで追い込み、猪狩はフォークで谷村さんを打ちとった。

 近平さんのキャッチングは流石一年正捕手を守っただけのことが有って、猪狩の球にも押されることはない。流石プロだ。

 俺も多分、神童さんのトレーニングを受けてなかったら山口の球も取れなかった。

 二番の大野が打席に入る。

 大野は三年目の若手。俺らの一個下、一ノ瀬と同期だ。

 ネクストバッターズサークルから大野を見る。

 大野は球威に押されているものの、なんとか猪狩の球をカットして甘い球を待っている。

 

「っ!」

 

 だが、高めのストレートを振らされた。

 球威があるからこそ許される投球……高めにストレートを投げ、空振りを誘う。

 プロの打者は凄い。コーナーぎりぎりとかにボールが来ない限りは確実にカット出来る。だが、それをされた上でボールの力で抑えこむ事が出来るのが一流投手なのだろう。

 そして、猪狩はその一流の上――超一流としての道をすでに歩んでいる。

 最優秀防御率を去年取り、チーム最多の一六勝。超一流と言わずしてなんと呼ぶのか、って感じの成績だな。

 

「よろしくお願いします」

 

 お辞儀をし、打席に入る。

 近平さんがじろりと俺を見た。

 射ぬかれるような視線――、高校時代には全く感じなかった、相手の捕手から動作の一つ一つをじっくりと観察される感覚。

 それを掻い潜って、高校野球レベルとは比べ物にならないほど凄い投手達から安打を打たなきゃならない。

 猪狩が足を上げる。

 ゴチャゴチャ考えても打てない。とりあえずストレートにヤマを張って初球からフルスイングだ。

 高めに投じられたボールが浮かぶ。

 ライジングショット!

 ッキィインッ!!! と痛烈な音が響き渡る。

 振り抜いたバットのその先。

 打球が飛ぶ。

 いつか見た軌道で。

 

(ああ、そういや)

 

 あの時はこのまま入れば勝ってたんだ。

 

(まだリベンジ、済んでなかったな)

 

 それが左に切れてファールになって、次のボールで三振した。

 でも、今度は。

 

(やられっぱなしってのは性に合わねぇからな。悪く想うなよ。猪狩)

 

 ガシャンッ! とポールにボールが直撃する。

 その瞬間、オォ~! という声がバックネット裏やスタンド、果てはベンチからまで聞こえた。

 クルクルとサードの塁審が腕を回す。

 それを確認して、俺はゆっくりとファーストベースへ向けて走りだした。

 完璧だったな。まだキャンプの一周目で猪狩の調子が上がってないのと、不用意に高めにストレートが来たのもあってボールの勢いにも押されなかった。

 これで猪狩が絶好調で、丁寧に低めから攻めてきたら打てなかったろう。

 ……にしても初球から高めにストレートか。新人とは言え舐められすぎだぜ。

 ホームベースを踏んで戻る。

 打撃のほうはクリア、次は守備面だな。

 

「稲村!」

「はいっ!」

「準備はできたか?」

「バッチリです!」

「OK」

 

 下井さんが打ち上げ、紅組は俺のホームランの一点で攻撃終了。続いて白組の攻撃だ。

 稲村と共にグラウンドに出る。 

 第一クール、メニューの後は稲村とかかさずブルペンに入ってたけど、ストレートはやっぱりいい。

 だが問題は変化球。特に縦のスライダーはコントロールが安定せず使いにくかった。

 友沢が打席に入る。

 ストレートだけじゃ友沢、蛇島、近平さんと続くこの打線を抑えるのは難しい。

 蛇島の成績も、322だからな。全員が三割経験者。それをストレート一本で、というのははっきり言って無謀以外の何者でもない。

 

「よぉ友沢」

「ああ、……ふ、全力でいかせて貰う」

 

 グッ、とバットを立て、友沢が構える。

 四年前よりがっしりとした身体。威圧感をたたえ、貫禄すら感じさせてくる。こりゃ並のピッチャーなら臆して投げることすら出来ねぇだろうな。

 ――でも、稲村は違う。

 故障の恐怖を乗り越えたんだ。打者に怯えたりはしないはずだ。心配なのは久々に実践に立つ故の緊張か。 

 稲村がサインに頷き、振りかぶる。

 サインはストレート。コースは内角低め。

 稲村が腕をしなやかに振るう。

 ッ、高い! 立たないと捕れねぇ……っ。

 

「ボールッ!」

 

 慌てて立ち上がり、ボールを捕球する。

 いきなり抜けてきた。ブルペンだと構えた所にぴったり、というわけには行かないものの、低めと構えたら一〇割近い精度で低めに来てた。

 それがこれか。よっぽど緊張してるみたいだな。

 かと言って声掛けしても稲村は気負うだろう。とりあえずどんなボールでもいいから腕を振って投げろ、なんて言っても稲村は後輩だからな、先輩の命令にとりあえず従いました、みたいな感じになる。

 難しい、難しいが、手がないって訳じゃない。

 サインを出す。

 そのサインを見て、稲村はびくっ、と身体を一瞬驚くように震わせた。

 リアクションとんな、一軍のマウンドでそんなリアクションは出来ねぇんだぞ。

 ミットを構える。

 

 ――ど真ん中に。

 

 俺の構えを見て、野手達が一瞬動きを止めた。

 神下監督が俺に科したノルマは全員が知っている。

 打撃はクリアした。出塁しろってのをホームランで答えたんだから、一二〇点だろう。

 対して、守備面の条件は被安打〇。それを達成すれば一軍に上がれるのに。更に言えば相手は去年の首位打者、友沢亮なのに。

 ど真ん中に構える。そんな行為は多分、信じられないことだ。

 でも、そんな前提条件(・・・・)はどうでもいい。

 俺が今やれる事は、たった一つ。

 この回を〇点に抑えること、それだけ。

 相手は緊張した後輩。ストライクは今の一球でも感じ取れるくらい、取るのが難しい。

 ならとりあえず、ストライクを一つ取る。

 そうすれば多少緊張はほぐれるハズだ。

 稲村が僅かに悩み、頷く。

 そうだ。お前は俺のことなんか気にしてる立場じゃねぇだろ。今お前に出来る事は、全力で投げること。

 

「――んっ!!」

 

 声を上げて稲村が腕を振るう。

 またボールが上ずる。でも今度はストライクゾーンだ。

 ビュッ! と友沢がバットを振るう。

 ッカァンッ!! と音を響かせて強烈な打球がファーストベースの右へと切れていった。

 さっすが友沢だな。予想以上に稲村のボールが手元で伸びてきたから押された分ファールになったが、とりあえず出塁するために右打ちを心がけて振ってきた。球威に押されてるのにあの打球の速度は驚嘆の一言だぜ。

 1-1。

 ストレートを三つ続けるのは流石にダメだ。縦のスライダー行くぞ。

 縦のスライダーは低めにワンバウンドしてボールになる。

 流石にストレートが入らないような状態でスライダーが入るってことはないか。

 1-2からのカーブも高めに外れ、1-3。

 ボールカウントが三つ。

 ここでフォアボールを出すわけには行かねぇぞ。フォアよりヒットのほうがマシだ。

 友沢相手にここまでバッター有利のカウントに持って行かれると正直、長打にされない方法を考えたほうが建設的だ。

 ヒットを打たれても良い。ホームまで返さなきゃ〇点だからな。

 想い、俺はど真ん中に構えた。

 それを見て稲村は、

 

 首を横に振るった。

 

 一瞬稲村が首を振った理由がわからなくて俺は動きを止める。

 この状況下で首を振るうってのはありえないだろ。

 だって他の球は入る気配がないんだぞ? コースにしてもど真ん中以外に投げようとすれば外れてフォアボールに……。

 ――ああ、そういうことか。

 神下監督が俺に科したノルマは、“無安打のリードをしろ”だったな。

 つまり、フォアボールならヒットにならない。ここまでコントロールが付かないんだから、投手の責任――そういうことか。 

 バカ野郎。お前後輩なのに何先輩に気ィ使ってんだよ。

 

「稲村!」

 

 マスクを取り、立ち上がる。

 稲村はバツが悪そうに目線を逸らす。

 今まで怪我してチャンスすら貰えなかったくせに、そのチャンスを先輩の為に譲る。

 そんな先輩想いの可愛い後輩に答える為に必要な言葉は――。

 

 

 

 

                       ☆

 

 

 

「勝負を楽しめよ! この機会を待ってたんだろうが!! それを楽しまなくてどうすんだ! 全力で投げてこい!」

 

 腹の底から、パワプロが叫んだ。

 球場のざわめきが止まる程の音量。

 それを聞いて神下監督が笑ったのを、僕ははっきりと確認した。

 パワプロ、その言葉を心の底から言えるお前を僕は凄いと思う。

 投手の為に全力を尽くす。それが捕手だとキミは常々言っていたが、その行動を本気で出来るのは一流だけだと僕は想う。

 そしてキミはそれを出来るんだ。

 

「……ダメだな。僕は」

 

 一人の選手、それも捕手という自分が組む相手に対して贔屓の目で見てしまうのはよくないことだ。

 そう分かっていても尚、僕はキミと野球がしたい、そう思った。

 敵としても楽しいけれど、それ以上に、仲間として一緒にやりたいと、そう思った。

 稲村の顔に闘争心がみなぎっていく。

 フォアボールでも構わない。そう想って一度抜けた闘気が、再び充填されていく。

 稲村が足を上げて、友沢に向けてボールを投げ込んだ。

 ストレートが、ど真ん中に。

 そのボールを――友沢が右側に弾き返す。

 弾き返されたボールはサードの頭を超えて、レフトの前で弾んだ。

 稲村が顔を下げる。やっと見つけたパートナーの一軍行きのチャンスを、自分が打たれたことで消してしまった。それが申し訳ないのだろう。

 

「稲村! バッターに集中しろ! 友沢は俺が刺す! だから――お前はボールを全力で投げてこい! それだけでいい!」

 

 それを分かっていて、あいつはあえてそれに触れない。

 ただ、導く。

 投手が全力で投げれるように。

 ただ、思考する。

 投手が全力で抑えれるように。

 パワプロ、わかっているのか?

 お前が当然のようにやっている、その行為が、神下監督が、カイザースが――求めているものなんだぞ?

 

 

 

 

 

                        ☆

 

 

 

「久々、蛇島」

「……ふん。容赦はしない」

 

 そっけなくいう蛇島だが、その言葉に高校時代のような黒いものは感じない。

 野球が好きだという、その気持ちを思い出したのか。……なら、こいつは最高に手強いぞ。

 蛇島のバットコントロールは見事だ。帝王で四番を張ってたこともあるんだからな。

 稲村がボールを投じる。

 それと同時に友沢がスタートする構えを見せた。

 

「行かせるか!」

 

 ボールを取り、セカンドへ送球する。

 ッオォッ!! ボールが風を切りながら二塁へ飛来した。

 バンッ! とそのボールをショートの谷村さんが捕球する。

 友沢は走るのを辞めてファーストに戻った。

 

「おぉおぉー!!」

「鉄砲肩だなぁおい! 高校時代より肩強くなってんじゃねぇの!?」

「パワフルキャノンだな!」

 

 ざわざわ、と球場がざわつく。

 うはー、これは快感だな。何度やってもやめられねぇわ。友沢への牽制にもなったし、そう簡単にスチールはもうしてこないだろう。

 

「……驚いたな、二塁到達まで二秒掛かってないとは。ふん」

「ま、俺もサボってた訳じゃないってことで」 

 

 蛇島が褒めてくれたってなんか新鮮だけど嬉しいな。

 今の投球もストライク、これで1-0。ストライク先行になったのはでかいぞ。

 次はチェンジアップ、ボールになっても良い。タイミングを外す感じで……。

 稲村がチェンジアップを投げる。それを確認して友沢がセカンドへ走り出した。エンドラン!

 ボールは外へと外れている。

 そのボールを、蛇島は上体を折りながら叩きつけた。

 ポーンッ! とボールが高く弾み、一塁寄りの高いピッチャーゴロになる。

 友沢がその間にセカンドへ向かう。くそっ、スタートしてたのもあってセカンドは無理だな。

 

「ファースト!」

 

 稲村がボールを取り、ファーストへとボールを投げる。

 

「アウトォ!」

「おっけー、ワンアウト!」

「は、はい!」

 

 ワンアウトをとれて稲村も落ち着くけど――ちっくしょう、やらしい野球しやがって。

 蛇島も俊足だからな、下手すりゃセーフになる打球だ。右方向を意識してスタートした友沢を最低でも二塁に進塁させる。ソツのない野球だ。

 こんな野球を出来るカイザースの一軍がBクラスだからな。他球団のレベルも高すぎだろ。

 

「おっしゃー! ぜってー打つ!!」

 

 そして、打席には近平さんを迎える。

 俺とポジション争いをする近平さんだ。嫌でも意識しちまうな。

 でもま、俺の事はどうでもいいや。とりあえず〇点で抑えないと。

 パパ、とサインを出す。

 それに稲村が頷く。

 ヒュンッ! と腕を振って稲村がボールを投げた。

 ――それが、低めに決まる。

 

「ストラーイク!!」

「おおっ、はじめて低めに決まった! 良いボール!」

 

 ワンアウト取って落ち着いたか? このボール投げてりゃ早々打たれないぞ。

 

「……絶対に、葉波先輩に一軍で取ってもらうんだ」

 

 何かぶつぶつ口を動かしているが、ここまでは聞こえない。自分に暗示でも掛けてるのかもな。……良いボールを投げてくれるなら何でもいいけどさ。

 二球目はインハイのストレート。目付けを高くするぞ。

 ヒュボッ!! と出所の見辛いフォームから、左打者のインハイにストレートが決まる。

 

「ットラーックツー!」

「ッ!」

 

 近平さんは手が出ない。左対左だし相当打ちにくいはずだ。

 でも相手は三割経験者。ストレートを続ければ流石に対応してくる。

 ならばここは、目付けも高くした分低めに縦のスライダーを投げて空振りさせたい。

 サインを出す。

 稲村が、頷く。

 さあ、来い、稲村。

 もう一度取り戻せ。

 怪我する前の自分を――!!

 

 稲村がゆったりと足を上げる。

 出所の見辛い、オーバースロー。

 そこから放たれる、切れ味鋭い縦スライダー――!

 ブンッ! と近平さんのバットが空を切る。

 この瞬間、きっと。

 首脳陣やカイザースファンの名前に刻まれたはずだ。

 期待の若手として、そして一軍に近い選手として、稲村ゆたかの名前が。

 続く四番のオリバー・ドリトンを同じく縦のスライダーでしとめ、稲村がマウンドから降り、俺へ向けて走ってくる。

 

「ナイスボール」

「な、ナイスリードです!」

「ははっ、〇点、上出来だな」

 

 ぽん、とグローブをあわせ、ベンチに戻る。

 

「ナイスボール稲村! 次の回も頼むぞ!」

 

 二軍監督にバシバシッ、と背中を叩かれながら、稲村は照れくさそうに笑った。

 よかった、そういう顔をさせてやれて。久々の実戦だ。俺が思った以上に緊張してたんだろう。安堵の表情を浮かべ、稲村は二軍監督の話を聞いていた。

 

「葉波、ご苦労さん。クールダウンしてベンチ外選手と同じメニューをするように」

「はい」

「ぁ……」

「抑えろよ。稲村。先に一軍で待ってろよ?」

 

 寂しそうな声を出しかけた稲村に手を軽く振って、俺はベンチを出る。

 ……結果を残した選手と結果を残せなかった選手、それがこの差だ。

 捕手は打撃だけじゃない。もっと友沢に対してもやりようが有ったはず。

 次は、次こそはチャンスをしっかり掴んでみせる。――絶対に。

 こうして、

 俺のカイザース初の実践は、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

                        ☆

 

 

 

 

「では、スタッフ会議をはじめる」

 

 試合も終わり、選手たちは第一クールの休養に備え宿舎に戻る。

 だが、首脳陣に休みはない。次の第二クールの一軍、二軍の振り分けをしなければならないのだ。

 

「では言っていた通り、今日三回無失点の稲村と、4-2の下井を一軍に上げ、今日二失点の犬飼と無安打の城田を二軍に下げます」

「うむ。それで良い」

「……監督、葉波はどうするんです? この試合唯一のホームランを打った彼は……」

「あいつには今後、紅白戦・オープン戦での試合の機会は与えない」

 

 ぴしゃり、と神下は言い放つ。

 二軍監督の使いたそうな唸り声が響いた。

 

「開幕は二軍でしっかりとメニューをさせてください」

「何故です? どうしてそこまで……貴方も感じていたでしょう。近平には無い、葉波の捕手としての素養に」

「……それでもです。……近平にもチャンスを与えてやりたい。もがき時ですよ。あいつは。……それに、葉波をここで使うわけには行きません。データを集められたら面倒でしょうし……データを集めるのにも時間がかかるでしょうからね」

「それは――」

 

 一軍としての戦力として数えているのか、という問いを、二軍監督は飲み込んだ。

 愚問だ。それは。

 この口調で認めていないハズがない。

 いや、それどころか、多分監督も使いたくてウズウズしているんだろう。

 監督だけじゃない、コーチや、多分選手の中にも、使ってみたい、一緒にプレイしたい、そう思ってる者が居るハズだ。

 ――それほどまでに引きつけられる。

 あの挑戦的な目。そして投手を引っ張る捕手の素養。猪狩から初打席でサク越えを放った打棒。

 そして何よりも、自分よりも投手やチームを優先しているにも関わらず消えない存在感――スター性。

 それら全てを兼ね備えた選手はそうは居ない。使いたくなって当然だ。

 それを監督は必死に抑えている。近平の為に、パワプロの為に、チームの為に。

 冷徹に見える監督だが、その実、その中身は温かい。

 だからこそスタッフの皆が全力で付いて行くのだ。

 

「……分かりました」

「ああ、頼む。では解散」

 

 神下は立ち上がり、ミーティングルームを後にする。

 ――こうして、カイザースのキャンプは過ぎていき、オープン戦を経て、稲村は開幕一軍を掴み、葉波は監督の宣言通り、開幕を二軍で迎えた。

 それから、葉波は二軍戦に出場しながら牙を研いで待つ。

 いずれ呼ばれるであろう、その時を待って。 

 

 

 

 

                        ☆

 

 

 

 四月一八日。

 四月一日に開幕したペナントレースも一五試合が終わった。

 カイザースの現在の位置は四位――、スタートダッシュに成功とは言いがたい。

 三位のバルカンズとは二ゲーム差。首位のキャットハンズとの差は五ゲームだ。

 猪狩は三試合の登板で二勝しているものの、久遠は一勝、山口も一勝、その他のローテをあわせても先発陣は五勝と並に乗れていない。

 特に稲村は過去二試合の登板で八失点と奮っていないのだ。近平との相性が悪いのか、まだ一軍が早いのか、それはわからない。

 だが、ただ一つ言える事は、次の登板で結果が出なければ二軍落ちもありうるということだ。

 

「大谷を二軍に下げる」

 

 そんな状況で、神下監督は決断を下す。

 

「いよいよですか」

「うむ。――葉波を一軍に呼べ。そして明日、稲村と組んで貰う。チームを活性化するには新しい風が必要だ」

「しかし新人には荷が重いですね。何しろ明日は――」

「江良くん。……プロたるもの、どんな状況でも、呼ばれれば仕事をするだけだよ。そして――彼はそれをわかっているハズだ」

 

 神下は席を立ち、空を見上げる。

 四月一九日、vsキャットハンズ。

 先発予想投手――早川あおい。

 


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