実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第三八話 五月二日 カイザースvsバルカンズ 林との邂逅とライジングショットの使い方

                五月二日。

 

 

 

 バルカンズの本拠地であるバルカン球場は猪狩ドームのほぼ近くに位置している。

 そのため移動日は宿舎で過ごす事が可能だ。

 バルカン球場の中に入り、周りを見回す。

 猪狩ドームと違って屋外球場。風が有るのが気になるが、自然も味方にして頑張らねぇとな。

 

「おはよう、パワプロ」

「はよ、春」

「うん。久々にゆっくり寝れたよ。練習疲れてたからかな?」

「はは、今日は俺とお前は二人してベンチスタートだ。ゆたかもオフだし、今日は俺とキャッチボールしようぜ」

「そうだね」

 

 春の顔は明るい。

 ……サードコンバートを自ら監督に告げ、それを監督に快諾されて春は一生懸命にボールを追った。

 サード守備はほとんど初めてだって言ってたけど、ショートをずっと続けてただけあって吸収が早い。正面のボールは零さないし、元からサード向きだったのかもな。

 グローブをつけたまま春と離れ、ボールを投げ合う。

 まさか春とこうして共闘することになるとはなー。やっぱプロって面白いわ。

 

「……そろり、でやんす」

「――ん?」

「パワプロくんっ! 久々でやんすよー!」

「うわぁ!? 矢部くんか!」

 

 真後ろからいきなり矢部くんが声を出し、俺に抱きついてきた。やめてくれそんな趣味は俺にはないんだっ。

 春が苦笑いしながらボールを投げずにこちらに近づいてくる。ゆっくり話せって事か? なんか嫌なんだけど……。

 

「久しぶりだな、矢部くん」

「やんすよ。オープン戦に出て来なかったから挨拶できなかったでやんす」

「はは、悪い悪い、二軍に幽閉されてたからさ」

「まあオイラと違って二軍スタートは仕方ないでやんすね」

「……一年目から開幕レギュラーだったのか?」

「そうでやんすよ!」

 

 もしかして俺らの世代の野手で一番最初にデビューしたのって矢部くんか? 凄い選手だとは想ってたけどやっぱり凄い。あの足はプロでも通用するレベルだったんだ。そりゃ俺らを何度も助けてくれるわけだよ。

 矢部くんは俺に笑い掛け、ニヒルにメガネをクイっと上げる。うーん、なんというかっこ良さ。矢部くんめ、腕を上げたな。

 あれ、そういや挨拶に来たのは矢部くん一人だけか。六道はブルペンだとしても新垣が来ないのはおかしいな。そういや一軍情報で見た覚えがない。まだ二軍なのか?

 

「なぁ、矢部くん、新垣は?」

「!」

「パワプロ、知らないかったの?」

「? なんだよ春」

「新垣さんは……」

「クビに、なったでやんす」

「――え?」

 

 クビになった。

 矢部くんのその発言を聞いて俺はぴたりと動きを止める。

 あおいからの手紙では、確か新垣はバルカンズにドラ6で指名されたと聞いた。

 あれから四年、クビになってもおかしくはないかもしれない。

 ――でも。それでも。

 いくども好守とバントで俺達を助けてくれた新垣がクビになった。

 戸惑いを隠すことなんて、出来る訳がない。

 

「ほ、本当なのか? それって……」

「本当でやんす。戦力外通告されたでやんす。……まぁ、まだ野球はやってるでやんすよ、バルカンズで」

「へ? どういう意味だ?」

「クビというより育成降格という言い方が正しいでやんすね」

「育成……育成枠になったのか」

「で、やんす。そんでもって空いたセカンド枠に入ってきたのが、昨年六〇盗塁した――」

「よろしく、林です。林啓介」

「うぉわ!?」

 

 にょっ、と矢部くんの後ろから男が顔を出す。

 び、びっくりした。隠れてたのかよ!?

 

「驚き過ぎだよ?」

「普通に驚くわ! 一人だけだと想ってたんだぞ!」

「林くんは背が低いでやんすからねー」

 

 にこにこー、と笑いながら人懐っこい笑みを林は俺に向けてくる。

 林啓介。さわやか波乗り高校出身。四年前の猪狩世代のドラフトでバルカンズの育成ドラフト一位で入団した、バルカンズの中では“疾風”と呼ばれている一昨年育成枠から支配下枠になると、昨年開幕セカンドを守り、そこからシーズン最後まで二番、セカンドというポジションを守りきった男だ。

 武器はもちろんその仇名通り風のような快速。一年でそこそこ有名だったものの、二年の時に怪我を負い二年生では出場していない。だから俺達がさわやか波乗りと戦った時には出場していなかった。そして三年生ではチームは予選で負けて甲子園には出場していない。

 それでも育成枠とは言えプロ入りする素材として評価されている。ということは、その足は天下一品だということだ。

 

「よろしくね。葉波くん!」

「ああ、よろしくな。林」

「ケイでいいよ! エアロケイ(風の啓)って呼ばれてるし」

「どっかで聞いたあだ名だな!? ギリギリアウトだそれ!」

「あはははっ」

 

 エアロケイ、ねぇ。

 でも確かにこいつの足は凄い。動画とかで見たけど、矢部くんや八嶋に負けないほどの俊足だ。

 そして男受けが凄く悪い。あの白井雪と付き合ってると堂々公言しているせいだろうけど、いやらしいプレイスタイルなのもあって他球団からのアンチが凄く多かった。コメント欄に『このゴキブリ氏ねよ』ってかかれてたもん。まあ確かにショートゴロで出塁されたら堪らないけどさ。

 

「…………負けないよ、葉波くん、君から盗むから」

「――ふ。負けねぇよ、俺も。……って言いたいんだけど、悪い俺ベンチだからさ、今日は無理かも」

「うん、知ってたよ?」

「なっ」

 

 ニッコリ、と林が満面の笑みを作る。

 こ、こいつ……! 中性的な容姿のおとなしい奴かと想ったら超腹黒じゃねえかっ!

 俺が戦慄していると矢部くんがぽん、と俺の肩を叩き、優しい微笑みを浮かべ、

 

「林くんはこういう奴でやんす。怒らないでやってほしいでやんすよ。わざとやってるでやんす」

「そうか、それなら仕方な……くねぇ!? 故意なのかよ! そこフォローする時はわざとやってるわけじゃないっていうべき所だろ!」

「いいツッコミでやんすね! オイラもほとほと林くんの腹黒言い回しには傷ついてたでやんす! さあパワプロくん! ビシっといってやるでやんすよ!」

「俺が言うのか?」

「パワプロくんって酷い仇名だよね、いじめだよね。だから僕、ちゃんと名前で葉波くんって呼んでるんだ(キリッ)」

「矢部くん、こいつ結構いいやつだな」

「ああっ! そういえばパワプロくんはパワプロって呼ばれるの嫌がってるとかいう設定があったでやんす! それに浸け込まれたでやんすー!」

「なんて冗談だよ。諦めたというより皆そう言うし悪意も感じないからそのまま受け入れてるしな。林はこういうキャラなんだろ」

「そうそう、僕、ケガしてから捻くれちゃったんだよね……だからこういう接し方しかできなくて……」

「自分で言うなでやんす……」

 

 ごめんごめん、と言いながら林は矢部くんに頭を下げる。

 根は悪い奴じゃなさそうなんだけど、いかんせん口が悪いのが難点だなこいつ。

 

「冗談はともかくとして――僕も足を売りにしてる選手として、葉波くんにはずっと注目してたんだよ。高校時代もね。だから……君から盗塁したいと想ってるよ」

「光栄だな。俺もお前を刺してみたいと思ったぜ? ま、スタメンが先だけどな」

「ふふ。大丈夫だよ葉波くん、――君を引き摺り出してあげるから」

「っ」

 

 不敵に笑い、林くんはねっ、と矢部くんに同意を求める。

 矢部くんは僅かに考えた後、

 

「そうでやんすね。パワプロくんに出番が来ると想うでやんすよ」

「……? どういうことだ?」

「それは試合が始まってからのお楽しみでやんす。それじゃ、オイラ達は戻るでやんすよ。パワプロくん、今度オフの日にでも遊ぼうでやんす。パワプロくんのメルアドは友沢くんから聞いたでやんすから、またメールするでやんすよ!」

「ああ、楽しみにしてるよ矢部くん」

「それじゃあ僕も行くね。君のメルアド矢部くんから聞いとくから、またメールするねー!」

「分かった。あと傷つく事いうのは辞めろよ?」

「うん、分かった。じゃあこれから宜しくね。女たらしくん」

「矢部くんだな! 喋ったの矢部くんだろ!? 矢部ええええええええ!」

「ひいっ、オイラ何も言ってないでやんすよー!?」

「あははっ、ごめんごめん、ゴシップ誌の早川さんとの話を見てカマかけただけだよっ」

「野郎……」

「じゃあまた試合で! あと女の子を弄ぶのもほどほどにね」

「弄んでねぇっ」

「あはははー! じゃあね」

 

 林が笑い、手を降りながら矢部くんとダグアウトに消えていく。

 ……つ、疲れた……すげー疲れた。なんてやつだ……こうも精神的ダメージを与えてくるとは……。

 

「プレイスタイルも“捕手泣かせ”って言われてるくらいのいやらしいバッティングするくせに私生活でもだと……」

「お疲れ様だよ、パワプロ」

「春……俺はあいつが凄く苦手かも知れん……」

「普通の会話で苦手なタイプならいいじゃないか。野球で苦手よりはよっぽどさ」

「確かにな……」

 

 そう考えると確かに気が楽になってくる。

 サンキューだぜ春。――よし、まぁあいつとの会話もいずれ慣れるとしてだ、気になること言ってたな。矢部くんも林も。

“俺を引き摺り出す”……それはつまり、近平さんに何かするってことだろうか。

 

「……そういや、カイザースって、バルカンズと相性が悪かったっけ」

「うん、そうだね……まあ、理由は試合になってみれば分かると想うよ」

「そう、なのか?」

「うん。あんまり言わない方がいいと思うしね。さ、キャッチボール――」

「春ー!!」

 

 しようか、と春が言いかけた所で、向こうの方から一人バルカンズのユニを来た選手が走ってくる。

 間違いない。六道だ。

 

「ふぅ、ふぅ、ブルペンが終わって慌ててきたぞ。調子はどうだ?」

「聖ちゃん、うん。大分いいよ」

「そうか……心配したぞ」

「ごめんね、いつも心配させちゃって」

「う、うむ。い、いや、謝ることではない。私はいつもお前のことをだな、その……想っているぞ……?」

「そうなんだ。ありがとう、聖ちゃん、心配してくれて」

 

 にっこり、と春が微笑むと、六道は頬を染めて俯いた。

 な、なんという男……たしか春って橘と付き合ってるんじゃなかったっけ。それでも六道は諦めてないみたいだな。

 試合中の六道と違って、今の六道は好きな男性の前でおとなしくしている女の子のようだ。そんな六道が可愛いのか、春は笑いながらぽむぽむと六道の頭を撫でている。

 

「……青春だなぁ。にしても春の奴、鈍感すぎるだろ……あんな笑顔向けたらあいつ橘に刺されるんじゃね?」

「パワプロ……殴っていいか?」

「友沢どっから出てきたんだよっつかなんで!? なんで俺殴られなきゃいけないの!?」

「全力で俺は言おう。お前が言うな!」

「は? え? な、なんで? なんで友沢そんなキレてんの!?」

「……はぁ、自分のことは気づかないとは言うが……お前、本当に大丈夫か……? ほら、俺のパワリンを分けてやるから深呼吸をしてゆっくり飲むんだ。後一+一の答えは分かるか?」

「心配された! すげぇやさしく心配された! 頭の!」

 

 なんで俺こんなに友沢に優しくされてんの!? 訳が分からねぇ! 確かにあおいには凄く優しくしてると自分でも思うけど春みたいに付き合ってる女がいるのに他の女を誘惑している記憶なんてこれっぽっちもないぞ!

 俺が驚いてるのを見て、友沢はふぅぅ、と息吐き出して微笑んだ後、

 

「バカが」

 

 おもいっきり見下してきた。

 

「おまっ、超酷い!」

「とりあえず春は六道とゆっくりしてるようだから、俺とキャッチボールをするぞ」

「お前実はキャッチボールの相手探してただけだろ! なぁ!! このちょっと前の下り一〇〇パー要らねぇよな!?」

「クールになれ、パワプロ、捕手が熱くなったら負けだ」

「最もな事を言うな!!」

 

 友沢にギャイギャイ文句を言いながらも飛んでくるボールを俺はキャッチする。

 結局、春はその後六道を愛で続け、俺は友沢に何故か生暖かい目で見つめられながらキャッチボールを交わすのだった。  

 

  

 

『さあ、いよいよプレイボールが近づきます、カイザース対バルカンズの第七回戦。先攻は猪狩カイザース。スターティングメンバーを発表しておきましょう。

 一番、相川 センター。

 二番、蛇島 セカンド。

 三番、友沢 ショート。

 四番、ドリトン ファースト。

 五番、飯原 レフト。

 六番 近平 キャッチャー。

 七番、谷村 ライト。

 八番、岡村 サード。

 九番、猪狩 ピッチャー。

 となっています。蒲公英さん。最近カイザースはこのオーダーで固定していますね?』

『ええ、そうですね。しかし最近は五試合で合計して六得点と不発してます。特に四番五番が機能していません。得点圏に強い近平くんも今年の得点圏打率は,200と奮っていませんからね。オーダー組み換えも有りかと思いましたが……』

『カイザースは昨日春選手をトレードで獲得しましたが、そこらへんも関係しているのでしょうか?』

『若いですし、終盤の勝負どころでの代打の獲得といった所でしょうか。チームとしても得点圏打率の低さは気になっているところでしょうし、そこらへんも関係しているんでしょう』

『なるほど、では後攻の津々家バルカンズのスターティングメンバーも発表しましょう。

 一番、矢部 ショート。

 二番、林 セカンド。

 三番、六道 キャッチャー。

 四番、猛田 ライト。

 五番、八嶋 センター。

 六番、南戸 ファースト。

 七番、桐谷 サード。

 八番、田中 レフト。

 九番、大西 ピッチャー。

 となっています。注目されるのはやはり一番二番に入った矢部、林のコンビとクリーンアップでしょうか。カイザースとは対照的に六道、猛田の得点圏打率は非常に高いですね』

『バルカンズの強みはやっぱりどの打順からでも攻撃が出来るということではないでしょうか。下位打線の桐谷くん、田中くんも俊足ですからね。カイザースのバルカンズとの相性の悪さも気になります』

『そうなんです。カイザースファンの皆様はご存知でしょうが、なんと昨年のバルカンズとの対戦成績は二八試合の内、何と三勝二四敗一引き分け。カイザースのV逸の原因はバルカンズにあるといってもいいほどの相性の悪さなんです」

『まだ捕手が若いですから、足を使ったバルカンズの野球に対応出来てないんじゃないでしょうか』

『かもしれませんね。さあ、本拠地バルカン球場でバルカンズのスターティングメンバーがフィールドに飛び出していきます! いよいよプレイボールです!』

 

 パァンッ!! と大西の豪速球が六道のミットを叩く。

 大西・H・筋金。

 コントロールが荒いものの、一五〇キロの直球に多彩な変化球を持つ本格派。昨年は一二勝を上げた。

 

『バッター一番、相川』

 

 相川さんが打席に向かう。

 いよいよプレイボールだ。

 

「葉波、二遊間を良く見ていろ」

「――え?」

 

 監督が俺に向けて言って、視線をグラウンドに戻した。

 ……二遊間を見てろ?

 二遊間、つまるところセカンドとショートってことだよな。えーと、ショート矢部くんにセカンド林。それぞれ内野の定位置に立って打者の相川さんを見つめている。変わったところは一つもない。

 あ、そういえばデータ集めした時にたしか矢部くんと林の二遊間は特別な相性で呼ばれてたな。

 確か――

 想った瞬間、大西が振りかぶる。

 ヒュッ! と腕を奮って投げられたのは一四七キロのストレート。それが真ん中の甘い所に入る。

 それを相川さんは初球から打っていった。

 カァンッ!! と快音が響く。

 相川さんが放った痛烈な打球はマウンドを直撃し二塁ベースの右を痛烈な勢いで抜けていく。

 これはヒットになった。そう想ったその刹那、

 

 

 バンッ!! と林が横っ飛びをしてそのボールをグローブに収めた。

 

 

 !? な、なんで林があそこに居るんだ!? あいつはセカンドの定位置に居たはずだ。

 でもあんなとり方じゃファーストはアウトに出来ない、相川さんは内野安打で出る!

 

「くっ!」

 

 相川さんが全力で一塁に向かう。

 よし、これならセーフに……!

 

「矢部くん!」

「ほいきた!」

 

 ヒュッ、と。

 林がグローブを振るう。

 グラブトス……!

 それを矢部くんが素手で受け止め、ビュッ! とファーストへ向かって腕を振るった。

 ファーストの南戸が身体を伸ばしボールをキャッチする。

 それとほぼ同時に相川さんがファーストベースを駆け抜けた。

 だが。

 

「アウトォ!!」

『判定はアウトー!!』

 

 ドワアア!! と観客が歓声を上げる。

 今の当たりがセーフにならないなら、どうやったらセーフになるってんだよ……!

 これがバルカンズの二遊間か。

 ああ、そうだったな。

 ――バルカンズの二遊間、矢部くんと林のコンビはこう呼ばれている。

“二遊間の魔法使い(マジシャンズシックスフォー)”、と。

 ヒットを奪うことで得点を奪い、

 失点を減らしアウトを増やす。

 その技術、守備範囲、そして何よりも卓越した反応速度。

 ポン、と矢部くんと林がグローブを合わす。

 あの守備範囲があれば投手は大助かりだ。キャッチャーとしてもリードのしやすさが違う。

 でも今のは多少まぐれな部分も有るはずだ。ボールがマウンドに当たって打球が少し遅くなったし、セカンド側にボールがよれたからな。

 それでもその守備範囲の広さは明らか。それを見せつけられて力んだりすると――。

 

「クッ!」

『二番の蛇島打ち上げた―! ライト猛田しっかりキャッチ! ツーアウトー!』

『ちょっと力んだでしょうか』

 

 ――こういう風に打ち取られやすくなるんだよな。

 でも中にはそんなことお構い無しのやつも居るわけで。

 

 カァンッ!! と友沢が甘く入ってきた高めのボールを捉える。

 

 完璧、だな。

 

『ライト一歩も動かず見送ったー!! 先制はカイザースー! 友沢のホームランで一点先制ー!』

 

 うーむ、確かにフェンスの向こう側にはお客さんしか居ないからなぁ。

 にしてもすげぇ当たり。こいつプロに入って更に成長してる。

 ……高校時代から続けて仲間でよかった。こんな奴、相手したくない。

 

「ナイスバッチ―!」

「甘く入ってたからな」

 

 続く四番、ドリトンがボール球を振らされて空振り三振に打ち取られる。

 うーむむ。幸先良く一点先制したな。これを守りきれるといいんだけど。

 

『さあ、友沢のソロホームランで先制したカイザースを追う、バルカンズの一回裏の攻撃です! 相手はエースの猪狩! 逆転出来るでしょうか!』

 

 グラウンドにチームメイトたちが散らばっていく。

 その中心に立つのは猪狩だ。

 そして、そのボールを受けるのは近平さん。

 ――俺じゃない。

 ぎゅ、と拳を握り締める。

 ……落ち着け、まだ試合は二試合しか出場してないんだ。レギュラーを取るためにはじっくりアピールしていかないと。

 

『バッター一番、矢部』

 

 矢部くんか。此処は守備位置を少し前目にとるのも有りかもしれないな。当たり損ないのボテボテのゴロでも生きちゃうような打者だし。

 しかし近平さんは内野を動かさない。定位置で野手たちを待機させる。

 矢部くんが構えたのを確認し、猪狩がボールを投じる。

 それに対して矢部くんは――バットを寝かせた。

 っ、セーフティ!

 コンッ、という軽い音を立ててボールは三塁方向に絶妙に転がされる。上手い……! 捕手とサードの丁度中間だ!

 サードの岡村さんと近平さんがダッシュでボールを追う。

 

「俺が行きますッ!」

 

 近平さんが声を出しボールを拾いファーストに送球する。

 だが投げられたボールがファーストミットに収まる前に矢部くんはファーストを駆け抜けた。

 

「セーフ!!」

『セーフティバントで出塁ー!』

『今の守備位置は行けません。明らかに無警戒ですね』

「っくそっ」

 

 近平さんが乱暴にマスクを拾いかぶり直す。

 今のは矢部くんが上手いな。狙って間に転がすなんて。

 そしてバッターは林。

 林はミートタイプだが、足で稼ぐヒットが多いタイプだ。打撃能力はそこそこ程度。三割を達成したが内野安打率は三〇パーセントにも及ぶ。それほどまでの快速なのだ。

 つまりランナーがフォースアウトの時はヒットを打ちにくい打者なのだ。

 ショートゴロを取ってセカンドに投げればアウトになる場面ならば内野安打になることは非常に少ないしな。

 ただ、このチームの攻撃法はそういう林のような、内野安打が多い打者ために有るかのようなチームでもある。

 猪狩が牽制をする。

 矢部くんはそのまま走って一塁にまで戻る。

 それを数回繰り返し、猪狩がクイックモーションに入るとほぼ同時、

 矢部くんがセカンドへ走り出そうとして途中でそれを止めた。

 偽盗……。

 盗塁と読んでいた近平さんと猪狩は大きくウェストするが矢部くんは走らない。

 これで0-1か。これに惑わされ続けるとカウントは非常に悪くなる。

 バンッ!! と次のボールを高めに入れてストライクを取って1-1になるが、続くボールをウェストし1-2。次のボールのスライダーが外れて1-3。

 そして、1-3から矢部くんはスタートする。

 そのスタートに気を取られたのか、猪狩のボールが僅かに低く入った。

 ズドンッ! と勢いの有るボール。

 それを林は完璧に見極める。

 

「ボールフォア!!」

『フォアボール! 矢部の足が気にかかったかー!』

 

 今のは猪狩のせいじゃない。ウェストした分のボールカウントが無駄なんだ。

 林が手袋を外して一塁に走る。

 

『バッター三番、六道』

 

 ノーアウト一、二塁。バッターは六道。

 すっ、と六道はバットを倒す。

 作戦的には有りだが、三番にバントか……素直に来るとは考えにくい場面だな。

 バントさせてワンアウト取る、っていう選択肢も有りだが、此処は素直に高めに投げさせたらバスターなどもあり得る。

 特に六道は目がいいしバットコントロールも上手いからな。そういう揺さぶりに使うには最高の打者なんだ。

 猪狩が首を二、三度振った後、頷いてボールを構え、腕を振るう。

 ギュボッ!! と高めにボールが投じられる。ライジングショットだ。

 ぐん、と浮かぶボール。

 六道はバットを素早く引いた。バスター!

 ッカァァァンッ!! と快音が響く。

 まずい、完璧に捉えられた……!

 

『打ったー! 打球はセンター前へー! 矢部がセカンドからホームへ! ホームイン! バルカンズあっという間に同点ー!』

 

 打球がセンターの前に落ちる。

 矢部くんが快速を飛ばしホームを踏む。一塁ランナーの林もサードに滑り込んだ。

 センターからショートの友沢にボールが戻ってくる。

 ノーアウト一、三塁。これはまずいな……。

 バッターは猛田。

 猪狩が投げる初球のボールはカーブ。

 それを猛田はしっかりと待ち、見事に引っ張り打った。

 岡村さんがジャンプしてボールを取ろうとするが僅かに及ばない。打球はサードの頭を超えてレフトの左を転々と転がっていく。

 

『カーブを待っていたでしょうか! サードの頭を超えた打球はレフト線を転々と転がっていく! 林が悠々とホームイン! ファーストランナー六道サードへ! バッターランナー猛田がセカンドへー! タイムリーツーベース! バルカンズ勝ち越しー!!』

 

 その間に林が悠々とホームイン、ファーストの六道はサード、打った猛田もセカンドへ滑り込んだ。

 五番は八嶋。

 猪狩が四回首を振って投げた高めのボールを八嶋はきっちり犠牲フライにしてこれで三点目。

 ワンアウト三塁。カイザース一点に対しバルカンズは三点。

 この点差ならまだ何とかなるかもしれないが……どうしたんだよ猪狩。高めのボールを投げて空振り三振を狙うなんて分かりやすい配球、読まれて当然だろ。

 続く南戸がゴロの間に猛田がホームに帰り、これで四点目。

 

『どうした猪狩守ー! 初回四失点ー!』

『バルカンズのペースですよ。足を絡めて犠牲フライやゴロなどで着実に得点していく。去年やられたパターンと全く一緒ですね』

 

 猪狩がマウンド上で汗を拭う。

 猪狩の調子は決して悪くない。

 だが、それ以上に足に揺さぶられて上手い事ボールが投げれてないんだ。

 その原因は、言うまでもない。

 捕手との相性が良く無いのだ。

 近平さんはどちらかと言うと高めを決め球にしたがる傾向があるのに対し、猪狩は高めのボールでカウントを取って低めで決めたいタイプだ。

 だからさっき首を振って無理やり自分の投球パターンに持って行こうとしたんだろう。それを狙い打たれた。

 でも猪狩は無理やり自分の想った通りのリードをさせたがるような自分勝手な投球はしない。それでもアレだけ首を振った。

 ということは、捕手の近平さんのリードに納得がいってないんだろう。

 猪狩が苛立たしげにマウンドの土を踏み固める。

 それを近平さんはじっと見つめるだけだ。

 

「……ッ」

 

 出たい。

 俺がキャッチャーだったら、すぐに声をかけに行くのに。

 お互いのリードの意識の差を言葉で埋めようとするのに!

 なんで俺は此処に居るんだ……!?

 焦るなって言われてももう無理だ。こんな猪狩の姿を見せられてじっとして居るなんてこと、俺には出来ねぇっ。

 

「どうした、葉波」

「……っ」

 

 立ち上がって、監督を見つめる。

 ……俺が出たいと駄々を捏ねても仕方ないのは分かってる。

 それでも出たいんだ。

 あいつらに引き摺り出すと言われた、その思惑の通りになるのは気に食わない。

 けど、それ以上に――俺はあいつを、猪狩を支えてやりたいんだ!

 俺はあいつのチームメイトで、あいつのライバルで、そして何よりも、

 

 あいつの最高の捕手

パートナー

なんだから!!

 

 ぎり、と拳を握り締め、神下監督を見つめる。

 神下監督は俺から目を切り、グラウンドに目をやる。

 そしてふる、と頭を横に振った。

 

「……この序盤で捕手の控えのカードを切り、近平をベンチに下げる。その意味がどういうことか分かるか。葉波」

「チームとしては捕手の保険を失うということですし、近平さんに不信感を与えてしまうことになると思います」

「そうだ。私はチーム全体の士気に関わるような気やすい采配はしない。することは出来ない」

「分かってます。……それでも」

「それでも、それを理解してでも出たいのか」

「――はい」

「何故だ?」

「珍しく取り乱してる猪狩をこっから見るのも楽しいですけど、それ以上に――俺はあいつの最高のパートナーだと自分でも思うし、あいつもそう想ってると思うからです。そして何よりも、あいつで勝たなきゃ、このままバルカンズにやられっぱなしになる。そう思うからです」

「……そうか。……自分勝手だな、お前は」

「そうかもしれません。でもそう本気で思いますよ。俺は。だって猪狩守は最高の投手なんだから。最高の投手で勝てないなら他の投手じゃもっと無理でしょう?」

「…………くく、はは、あっはっはっはっは!」

 

 神下監督は俺の言葉を聞いて大声で笑った。

 それを聞いてチームメイト、コーチたちが何ごとかと俺と監督のほうを見る。

 

「これは一本取られたか。確かにそうだな。猪狩はカイザースのエースだ。そのエースで勝てないのに他の試合で取れば良い、と考えるのは都合の良い考えだな」

 

 くっくっく、と肩をまだ震わせひとしきり笑い、神下監督は鋭い視線で俺を見つめ、

 

「ここまで私に自分をアピールしたんだ。結果は残すんだろうな?」

「当然です」

「ふん、そうか。結果を残せなかったら二軍落ちも覚悟しろ」

「か、監督! 何もそんなプレッシャーを掛けなくても……!」

 

 ……身体が震えた。

 自分の立場を賭けてチャンスを掴む。それが選手である俺の立場だ。

 でも、それ以上に監督も自分の立場を賭けて俺達を使ってくれてるんだ。

 それを意識して俺の身体は震えた。

 もちろん、武者震いだ。

 

「――上等です。そのかわり俺が結果を残したら猪狩とバッテリーを組ませてください。これから先も」

「くくくっ……良いだろう。タイム!!」

 

 神下監督が手を上げてグラウンドに出、審判に何かを告げて近平さんを呼んだ。

 近平さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、ベンチに戻ってくる。

 

『キャッチャー、近平に変わりまして――葉波』

 

 一瞬のざわめきの後、歓声がこだまする。

 防具に身を包み、俺はグラウンドに飛び出した。

 近平さんが一瞬俺を横目で見た。

 その瞳にはいろんな考えが浮かんでいる。

 チームメイトとして試合の後を託したという俺への期待。

 同じポジションを競うライバルにこんな序盤からポジションチェンジさせられたと言う焦り、屈辱。

 その視線を受けて、俺はまっすぐに猪狩の元へ向かう。

 

『何とカイザース、この序盤でキャッチャーを交代してきました!』

『これは驚きです! そして今、高校時代ライバルだった二人がプロで初のバッテリーを組むことになりましたねぇ。これは楽しみです!』

「……驚いたな。此処で出てくるとは」

「驚いてる暇ねぇぞ猪狩。四失点はダメだろ?」

「う、うるさいな……。悪かったと思っている。流石の僕も頭に血がのぼっていたようだ」

「はは。そうだな。……なぁ、猪狩、七年ぶりになんのか? 俺とお前のバッテリーは」

「……そうだ。七年ぶりだ」

「そうか。なら、七年ぶりに皆に教えねぇとな」

「……何をだ?」

「俺とお前のバッテリーが、最強だってことを、さ」

「――ふ、そうだな」

 

 パンッ、とハイタッチをして、猪狩から離れる。

 ツーアウトランナー無し、バッターは七番の桐谷。

 猪狩のボールを受けれるという期待に俺の身体が震える。ああ、俺、こんなに猪狩のボールを受けたかったのか。

 初球はインハイのストレート。

 最初は猪狩の好きなように投げさせてやらねぇとな。

 猪狩が頷く。

 さあ、来い――お前の本気で投げるボールを受ける感覚を、俺に思い出させてくれ!

 猪狩が腕をふるう。

 ――瞬間、俺のミットを突き破るような衝撃が、俺の左腕に走った。

 ビリビリッ、とミット付近の空気が振動するような感触。

 ああ、これだ。

 身体が震える。

 俺はこのボールを受けたかったんだ。

 

「ストライーク!!」

 

 審判が腕を上げる。

 さあ、次も同じところに投げ込んでくれ。桐谷は内角の速いボールには反応しきれてない。当てれたとしてもファールがいっぱいいっぱいだ。

 猪狩が腕をふるう。

 今度は桐谷がボールをバットに当てた。

 だが前には飛ばない。ファールになる。

 これで追い込んだ。それなら次は低めのフォークで打ちとる。ストレート二球で目は内角に向いているはず。そこに真ん中にボールが来たら嫌でも身体は反応する。フォークだと気づいても無駄だ。

 猪狩が頷きフォークを投じる。

 打者の手前、数メートルのところ。

 フォークはまるでボール自らの意志で落ちたかのような急激さで落下する。

 ブンッ! と目の前で桐谷のバットが空振られた。

 仮に2-0から外してくるかもと思っていてもこのボールならば振ってしまうだろう。それほどの落差だ。

 ……にしても猪狩の奴、より一層エンジン蒸かして投げやがったな。

 

「ナイスボール」

「当然だ」

「けど飛ばしたろ今」

「……ふふ、僕としたことが、お前に受けてもらえるのが嬉しくてつい力を入れてしまうとはな」

「バーカ。……嬉しいのは俺もだよ。……この試合、絶対取るぞ」

「ああ、当然だ!」

 

 猪狩とグローブでタッチし、ベンチに戻る。

 回は二回の表へ。カイザース1-4バルカンズ。

 打順は五番の飯原さんからだ。

 

「やれやれ、なかなかにやってくれるな葉波」

「出してくださってありがとうございます」

「結果を残してくれれば幾らでも使うさ」

 

 ニヤリと笑いながら監督は飯原さんに視線を戻した。

 俺はネクストに移動する。

 ビュッ! と大西の投じたボールを飯原さんがライト前へのヒットにした。

 

「よし!」

「葉波。今日の大西の調子は良くないぞ。ゲッツーを気にせず思いっきり行って来い!」

「分かりました。チャンス作るんで谷村さんもお願いします」

「おお、任せとけ!」

 

 谷村さんはブンブンと素振りをしながら俺に優しく微笑んだ。

 うっし、先輩が後ろにいるんだ。思い切って行くぞ。

 

「久々だな、お前と戦うのも」

「そうだな、パワプロ。だが私は負けないぞ」

 

 短く言って六道が動いたのを背中に感じる。

 大西の一挙手一投足に注目しながら、俺はバットを構えた。

 二遊間の守備範囲は広いが恐れずにしっかり振ろう。基本はセンター返しだ。

 制球は良くない。甘く入ってきた球を捉える。

 大西が腕を振るった。

 低め、見逃す!

 バァンッ! とボールが低めに決まった。

 

「ストラーイク!」

 

 今のは手を出しちゃいけないコースだ。

 大西にボールが帰る。

 調子が悪いといっても球速は出てるからな、振りまけないようにしっかり振らないと打球に押し負けるだろう。

 かといって無理に引っ張ると間違いなく併殺の網にかかる。だったら――

 二球目を大西が投じた。

 アウトコースベルト高。

 ――おっつける!!

 ッカァンッ!!! とボールが一、二塁間に飛んだ。

 林が追う。スタートが抜群に速い、が取れない!

 

『落ちた―! ライト前ヒットー! ランナーこれで一、二塁! ノーアウトでチャンスを拡大させますカイザース!』

『今のは上手く流し打ちましたね』

 

 うし! 一〇〇点!

 谷村さんが打席に立ってベンチからサインを受け取り、バットを構える。

 サインは……バント?

 下位打線に続くこの打順でバントは神下監督にしては非常に珍しい作戦だ。えーと、ああ、そうか。今日九番は猪狩だった。

 猪狩は打撃が野手並だからな。ヒットの確率も計算出来る。ここでゲッツーを打たせて八番の岡村さんってのより、バントして岡村さんがゴロでも一点、という状態にした方がメリット・デメリットの比率を考えてもバントすべきだな。

 特に今日の大西は調子がよくないらしいし、一点ずつ確実に返していく方が相手にもプレッシャーを与える事になるだろう。

 大西の速球を谷村さんがサードに転がす。

 それを確認して俺と飯原さんはそれぞれ二塁、三塁へと進塁した。

 これでワンアウト二、三塁。得点のチャンス!

 さあ、此処で点を取ってプレッシャーを賭けるぞ。

 

「タイム!」

 

 想った所で、神下監督がタイムを告げる。

 ……まさか。

 想った瞬間、

 

『バッター、岡村に変わりまして――』

 

 考えた通りの名前がコールされ、俺は笑う。

 神下監督……貴方はやっぱ、最高の監督だぜ。

 

 

 

 

 

                        ☆

 

 

 

 

 

「春!」

「はいっ!!」

「準備は出来たな! お前の為にお膳立てしたステージだ! 暴れて来い!」

「――押忍!」

「タイム!」

 

 監督が審判に告げる。

 俺はぎゅ、とバットを握って光り輝くグラウンドに飛び出した。

 

『バッター、岡村に変わりまして――春』

 

 コールされた瞬間、カイザース側のレフトスタンドが沸く。

 皆俺に期待してくれている。そのプレッシャーが逆に俺にゾクゾクしたものを湧き上がらせた。

 打席に立つ前に数回素振りをし感触を確かめ、バッターボックスに立った。

 セカンドベースを見る。

 パワプロが何故か嬉しそうな顔で俺を見つめていた。

 自分の事みたいに喜んでくれている――そう思うだけで、何か湧き上がるものを感じる。

 打つ。絶対に。

 

「春」

「……ん、聖ちゃん、よろしくね」

「……ああ」

 

 短く会話を交わし、俺は大西くんに意識を集中させる。

 ――初球から行く。

 どんな変化球が来ても。

 どんな速球が来ても。

 大西くんの球を、打ち返す。

 頭に有るのはそれだけだ。

 大西くんが足をあげた。

 来る。

 無心。

 ただボールがヒットになることを考えて、バットを振るった。

 ッカーン! と音を立ててボールはバックネットに直撃する。

 よし、いい感触だ。捉え損なったけど押されてるってことはない。

 聖ちゃんなら俺のこの反応を見て配球を変えてくるだろうけど――それでも打てる!

 配球が読めるわけじゃないし次の球に当たりをつけるなんて打法、俺には無理だ。

 大西くんが腕を全力で振るう。

 だったら俺にできることはひとつ。

 集中し、

 集中し、

 集中し、

 感覚を研ぎ澄まし、

 ただ飛んできたボールを――捉える。

 

 感触は、無かった。

 

『痛烈な当たりー!! フェンスへ直撃ー!!』 

 

 ただ有ったのは、俺を現実に引き戻すような大歓声と、手を叩きながら戻ってくる二人のチームメイトの姿だ。

 無我夢中で走り、セカンドベースに滑りこむ。

 やった……! 新天地初打席でしっかりと決めれた!

 そう想った瞬間、俺は拳を握りしめ、天へと突き立てていた。

 それに応えてくれるように歓声が沸き起こる。

 ベンチの方を見ると、パワプロがにっこりと笑いながらビッと指を立てて俺に笑ってくれた。

 俺はそこで確信する。

 

(此処でなら……俺は、輝けるかもしれない……)

 

 この仲間たちと一緒になら、きっと。

 

 

 

 

                       ☆

 

 

 

 

 春が決めた。

 これで4-3。尚もチャンスでバッターは猪狩。

 ここは進塁だけでもいい。次は明石さんの打席だ。一打席目で良い当たりしてたからな。

 

 ッキーン!

 

 えっ。

 

「えっ?」

「えっ?」

「むっ」

 

 友沢、蛇島、神下監督の順番で声を出す。

 おいおい……。

 ゴンッ!! と猪狩が捉えた打球がスタンドに落ちる。

 マジかよこいつ、俺達の活躍全部持って行きやがった!

 

『は、入った―!! 投手猪狩の逆転ツーランホームラーン! カイザース逆転ー!!』

『恐れ入りました。完璧です』

 

 指を突き上げながら猪狩がホームを踏み、ベンチへ戻ってくる。

 これで4-5と逆転した。……恐れ入るぜ、こいつには。

 

「ナイスバッティング」

「これで失敗分は取り返した。後は相手選手たちを撫で切りにしていくだけだな」

「頼りになる相方で安心したぜ?」

 

 相川さんがショートフライに終わり、これで二回の表が終了。

 二回の裏は八番の田中からか。

 春がそのままサードの守備つく。監督も思い切った事するな。まだコンバートしたてだってのに。

 まあいい、俺が出来るのは無失点に抑えるよう最善のリードをすることだけだ。

 

「猪狩、決め球は低めを攻めてくぞ」

「ああ、当然だ。フォークかスライダー当たりか?」

「いや――ライジングショットを低めに決める」

「何……?」

「浮かび上がるストレートを低めに投げるとどうなると思う?」

「……そりゃ、ストライクゾーンに入ってくるだろう」

「そういうことだ。ストレートとの二択ならどうだ」

「……そのままボールゾーンを通過するストレートか、ストライクゾーンに入ってくるライジングショットを見極めなければいけない」

 

 流石に察しが良い。

 打者としても優秀なお陰で打者の気持ちも分かるってのもあるが、猪狩は頭も良いからな。こういう回りくどい言い方をしても理解してくれる。

 

「ライジングショットを相手にして想ってたことが常々ある。確かに高めに投げられるのも厄介だが、ライジングショットの本質は低めに投げることにあるんだ」

「……ふむ、どういうことだ?」

「高めのボールは視線の高さに近いから伸びてくるのを体感として捉えやすい。言い方を変えればストレートとライジングショットの見分けが付きやすいってこと」

「確かにそうだな」

「ああ、そしてもう一つ。ストレートだと判断し目線を上げた状態で、ライジングショットだったらその視線をもうボール一個分程上げて対応すればいいだけになる。これじゃ効果的とは言えない」

「うむ」

「では、それを低めに投げたらどうなるか。……打者は低めの球を視る為視線を下げる、だが、下げた所でライジングショットなのでボールがホップしてくるよな」

「! そうか……下げた視線をもう一度上げるしか無い」

「そういうことだ。一度下げきった視線をもう一度ライジングショットのライズした分、視線をあげようとしてもどうしても一連の流れではできない。その分始動が遅くなる――つまり振り遅れるんだ」

「二択を強いた上にその要素が入れば……」

「ああ。……でも、あくまでこれは推論。実際に使ってみないとな」

「分かった。お前に任せるぞ、パワプロ」

「任せてくれ。ランナーを出したとしても絶対に走らせないから」

『バッター八番、田中』

 

 グローブ同士をタッチして、猪狩と別れる。

 さて、こればっかりは推論で語ってても仕方ない。実際に使ってみて俺の予測通りなのを願うばかりだぜ。

 ちょうど打順も下位の八番から。試す絶好のチャンス。

 まずは初球、ライジングショットを低めに。

 これで打者の様子を見る。実際に打ちづらそうか試してみないとだしな。

 猪狩が腕を振るう。

 低めに投げられたボールにバットを動かして田中が反応した。

 

『ストラーイク!』

「っ」

 

 今のをボールだと想った。つーことは目がついてけてないってことだ。

 猪狩にボールを投げ返す。

 今度は低めにストレート。同じ所に投げてくれよ。

 猪狩が見事なコントロールで俺が構えた所に投げ込む。

 猪狩の持ち味はスピードとコントロールを両立させてることだよな。どんなボールでも構えた所に大体投げ込んでくれる。

 今度は田中がバットをスイングした。

 だが今度はただのストレート、ボール球からストライクゾーンにホップしないボールだから当たらない。

 

「……くっ、今のは振らなきゃボールですか?」

「ああ、ボールだね」

 

 田中が審判に質問し、その答えを聞いて更に悩みを深めたようで、眉間にシワを寄せながら一度打席を外し素振りを始めた。

 良いぞ、すげぇ悩んでる。

 同じコース同じボールで初球は見逃してストライク。二球目は見逃せばボールだったわけだからな。

 でも田中だって知ってる筈だ。猪狩の決め球を。

 

「……!」

 

 田中が気づいた様子で打席に戻る。

 これで田中は低めのストレート系をライジングショットかストレート、どっちかと見極めてくるはずだ。

 さて、問題は次。低めのライジングショットが伸びてくるとわかっている状態で、どう対応されるか。

 実験みたいで悪いけどこればっかりは実践で使わないと分かんねーからな。頼むぞ。

 猪狩がライジングショットを投じる。

 低めに来たボール。

 田中が迎え打つようにバットを振るう。

 田中のバットの数メートル手前。

 

 グンッ!! とボールがホップする。

 

 その変化に田中はついていけない。

 ッパァンッ!! と俺のミットをボールが強く打った。

 ――行ける。

 このボールの攻略には友沢レベルで有っても相当苦労するだろう。

 

「ストライクバッターアウトォ!!」

『空振りさんしーん!! 凄いボールが低めに決まりました!』

 

 これに変化球を交えれば相当打ちづらい。天下一品のフォーク、スライダーにストレート、そしてこのライジングショット。

 ぞくん、とまるで背中に氷を入れられたような感覚が走る。

 俺はこの投手と一緒に戦えるんだ。一球一球大事にしてかないとな。

 

『バッター九番、大西に変わりまして、バッター斎藤』

 

 おっと、此処で代打を起用してきた。調子悪かったからな、仕方ないか。

 斎藤のデータはあんまりないけど、ストレート系にはめっぽう強い筈。

 それならばスライダーを軸にしよう。

 アウトローにスライダーを決める。

 

「ストライク!」

 

 初球見逃してきたか。

 スライダーだったからだろうな。ストレート一本に絞って待ってるんだろう。それなら次はカーブを使おう。

 ぐおん、と大きく曲がるカーブに手を出しかけ、斎藤はバットを止めた。

 

「ボール!」

 

 今の球に反応するってのはどういう事だ? 思わず反応したにしても、待っていたボールが来たにしてもバットが止まるのが速いぞ。

 神童さんに教えてもらった時、思わず反応した時は“ボールを確認する為、止める動作にラグが生まれる”ので、スイング判定ギリギリになるし、打者が待っていたボールが来て反応した時に動いてしまった時にはスイングを止める事は難しいっていってた。

 頭ではわかってるんだけど、身体がそのボールに対して準備しているが故に身体は大きく反応してしまう、ってな。

 今の斎藤は代打で一点差ってのも含めて考えると、どっちかと言ったら自分の得意な球種……つまるところストレート系統で待ってた筈なんだけど……、……ふむ、ストレートで待ってるが故か。変化球を待ってると見せかける為の誘いスイングか?

 もう一球、今度はフォークを使う。ベースの上から落とせば空振るぞ。

 勢い良く放たれたボールが一気に落下する。

 ブンッ! と斎藤がそのボールを空振った。

 と同時に勢い良く落ちたボールはベースに直撃して高く跳ねる。

 うおー、すげーすげー、真ん中から落とさせたのに一気に落ちてベースにワンバンしたぜ。なんつー角度。

 さて、これで追い込んだ。2-1だからストライクゾーンを広げて際どいボールは振ってくる。

 斎藤は待ちは変えてないものの変化球でもストライクゾーンに来たら振らないといけないから、変化球に対する対応もある程度頭に入れてる状態だ。此処で投げる球は一つ。

 

 低めのライジングショット!

 

 グオンッ! と猪狩が左腕を振るった。

 キュ――ンッ! とレーザービームを思わせる伸びの良さでボールは低めに投じられる。

 斎藤が腕をふるった。このコースは振らなきゃダメだ。

 そこからボールが上にライズする。

 

「――!」

 

 スパァンッ!! と猪狩のボールを抑え込む。

 空振った斎藤が慌てて俺のミットの位置を確認しようと振り向いてくるが、俺はすぐに立ち上がって構えを解いた。

 

「ストライクバッターアウトー!」

『ツーアウト! 空振り三振ー!』

『この低めの球、凄いですよ。並の打者じゃちょっと当たりませんね』

「おっけー猪狩! 次の打者注意な!」

「ああ」

『バッター一番、矢部』

「……こうしてパワプロくんの敵になるのはとても複雑でやんすね」

「矢部くん……ああ、ホントだな」

「オイラ、何故かパワプロくんとはずっと仲間でいると想ってたでやんす」

「俺も、矢部くんが敵になるなんて考えたこともなかったよ」

 

 矢部くんが打席に立つ。

 矢部くんがランナーに出ると一気に走られて流れが変えられるかもしれない。此処は全力で抑えないと。

 初球はとりあえずインローにライジングショットを投げよう。矢部くんのことだ。スライダーカーブ当たりなら拾って打てるだろうし、フォークは投げ損ないが怖い。ただのストレートなら流し打つだろう。

 敵にしてみると更に分かる。矢部くんは凄い。

 あの猪狩のスライダーを、ストレートを打っていったのは矢部くんだ。そのイメージがあるからかもしれないが――矢部くんの苦手コースが見えてこない。

 パァンッ! と低めのライジングショットを捕球する。

 

「ストライクー!」

 

 とりあえずこれは見逃したな。狙いはストレート系では無さそうだ。

 なら次もストレートでカウントを取ろう。一番遠い所、アウトロー。ここなら追っつけて流し打とうとしても猪狩の球威に押されてサードへのファールになるはずだ。

 ズドォンッ!! と凄まじい球威のストレートがアウトローに突き刺さった。矢部くんは動かない。

 

「ストライク!」

 

 猪狩もこの打者は要注意って分かってくれてるみたいだな。

 これで2-0……一気に追い込んだが、矢部くんがここまで動かないのが気になる。

 だが2-0だぞ。ほとんど投手有利だ。……此処はフォークを落として空振りを狙うか。

 猪狩が頷く。

 流石にこのフォークは矢部くんでも打てないだろう。

 ビュッ! と猪狩がボールを投じた。

 それに対し矢部くんはバットを出してくる。

 このボールをヒットにしてみろ矢部くんっ……!

 矢部くんの手前でボールが落下する。

 矢部くんはそのボールにバットを軽く命中させた。

 

 コンッ、という軽い音。

 

 軽く当てられたボールはピッチャーの横を高くバウンドしてサードに飛ぶ。

 なんだこの打撃。軽く当てることを目的としてみたいな……あ。そうか。サード守備が初めてで不安のある春を最初から狙って……!

 

「任せて!」

 

 春が声を上げて猛然とダッシュする。

 バッ、と春はバウンドしたボールを素手で取りファーストへ送球した。上手い!

 

「ヘイ!!」

 

 ドリトンが身体を伸ばしその送球をキャッチするが、遅い。矢部くんはその前にファーストを駆け抜けた。

 

「セーフ!!」

『内野安打ー! 矢部、守備に不安のあるサードの春を狙ったでしょうか!』

『いやでも今のは惜しいですよ! ショートに比べたら全然動きが良かったですね、春選手は!』

「くっそー!」

「いや、ナイス守備だぞ春! 次はアウトに出来る! 頼んだぜ!」

『バッター二番、林』

 

 今の守備を見るにサードに不安は無さそうだな。頼りに出来そうだ。

 さーて、出したくないランナーを出しちまったな。次のバッターは林か。

 

「よろしくね、葉波くん。打っちゃうから」

「ああ」

 

 相変わらず人懐っこそうな笑みを浮かべながら、林は打席に立つ。

 さて、問題は林というよりランナーの矢部くんか。

 矢部くんは塁周辺の土の部分から、天然芝の部分に足を出し、ザッザッと足場を固めた。

 走る気満々だな。

 猪狩がじっと矢部くんを見る。

 相当気にしてるか。昨年から矢部くんには走られまくりだからな。

 

「猪狩! お前はクイックで投げるだけでいい! ランナーは俺に任せろ! 絶対に刺す!」

「……ふふ、やってみるでやんすよ! ずっとパワプロくんから走りたいと思ってたでやんすから!」

 

 ニヤリ、と矢部くんが笑う。

 なるほどな、この場面を待ってたってことか。

 それなら、その勝負――俺が勝つ!

 じりっ……と矢部くんが投手の様子に集中する。

 とりあえずまずは牽制

ピックオフ

しとくか。

 ビッ! と猪狩がファーストへ牽制する。こいつ、牽制までうめぇなぁ。

 矢部くんは頭から滑りこんでファーストに帰塁した。

 うーむ、アウトに出来る気配はないな。矢部くんのやつ、戻るのも上手いぜ。

 盗塁の基本はスタート、スライディング、スピードなんて言われる。そのうちスタートはこうやって戻る技術にも自信がないと思い切ってスタート出来ないからな。

 じりりっ……再び猪狩の動きに矢部くんが集中する。

 幾ら牽制しても無駄だ。矢部くんは投手からの牽制じゃ刺せない。

 猪狩が投球に入る。

 それと同時に矢部くんがスタートした。

 が、戻る。

 スパァンッ!! と低めのストレートを林は見逃した。

 

「ボール!」

「猪狩! 低めにはずれてんぞ! バッター集中!」

「ああ、分かってる!」

 

 猪狩にボールを返す。

 分かってるっつっても投手の性だな。どうしてもランナーのスタートに気を取られて微妙にコントロールがズレるか。

 にしても偽盗をやってくるか。投手の牽制じゃ刺されないって自信があるからかマジな盗塁のスタートみたいだ。あれじゃ投手も捕手も野手も浮き足だっちまうのも無理もない。

 投手の牽制じゃ、な。

 二球目もストレート。今度もストライクゾーンを狙ったボールだが、今度は絶対入れてくれよ。0-2になったら一気に矢部くんと林に有利になっちまうからな。

 猪狩が投球に入ると同時に再び矢部くんがスタートした。

 そして途中で動きを止めファーストに戻る。偽盗。

 

 偽盗二回。それは調子に乗りすぎだぜ矢部くん。

 

 低めのストレートを捕球し素早く右手にボールを掴む。

 そしてファーストに向けて腕をふるった。

 

「! 矢部くんバック!」

 

 たまらず林が声を上げ、

 

「ッ!」

 

 矢部くんが頭からファーストに滑りこむ。

 ドリトンが俺から投げられたボールを捕球し矢部くんの腕にタッチした。

 

「セーフ!」

『セーフ! 間一髪! 葉波から電光石火の牽制球ー!』

「っふ、ぅ、ビビったでやんす」

 

 惜しい、が、刺せなくてもいい。これで容易に偽盗なんて出来なくなるだろう。

 猪狩にボールが戻る。

 1-1。次はスタートしてくる。

 高めにストレートだ。

 猪狩が投球フォームに入ると同時に矢部くんがスタートする。

 今度は偽盗じゃない。本物の盗塁だ。

 刺す――!!

 セカンドに向かって腕をふるう。

 放たれたボールはベースカバーの友沢のグローブ目掛けて飛び、そのグローブに収まった。

 友沢が勢いそのままに矢部くんの足にタッチする。

 

「――セーフ!」

『盗塁成功ー!』

 

 チッ、惜しい。後一歩だったか。

 でもあのタイミングのスタートで刺されないのはそれこそ矢部くん位だ。外の選手はもう簡単には走れないはず。

 思いながらマスクをかぶり直すと、林が俺をじっと見つめているのに気がついた。

 えーと……、

 

「どうした?」

「……今のタイミングでのスタートなら、悠々セーフでもおかしくなかった。……でも、今のタイミングでギリギリセーフ……スローイングの正確さ、肩の強さ、投げるまでの速さがないと出来ない芸当だよね。そこまでの技術をどこで……?」

 

 林が俺に問う。

 そうだな。別に隠すことでもないか。

 

「ちょっとアメリカで、かな」

「え?」

 

 驚いた表情で林が聞き返す。

 こいつの驚いた顔は面白いな。

 今の投球はストライクだった。これで2-1と追い込んだ状態だ。

 

「ほら、集中しないと三振だぜ? 林」

「う、ぐ……分かってる」

 

 林は言いながら猪狩に向き直るが、明らかに集中出来てない。

 これなら低めのライジングショットで――

 

「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」

「えっ、入っ……!?」

 

 ――打ち取れる。

 ッパァンッ!! とミットを吹き飛ばしそうな程の勢いのボールを抑えこむ。

 審判が声を上げてアウトを宣告すると、信じられないものを見るような顔で林が呆然とその場に立ち尽くした。

 

『見逃し三振チェーンジ!! 低めへの直球一杯!』

『今のボールは打てませんよ!』

「っし!」

「ナイスリード、だな」

「じゃあ、ナイスボールで」

「じゃあ?」

「ナイスボール以上の言葉を探したけど、恋恋高校バカコンビの俺じゃいい言葉が思い浮かばなかったんだよ」

 

 ニヤリ、と笑って猪狩とグローブを立てる。

 猪狩は珍しく満面の笑みで俺のグローブに自分のグローブをパシ、と当てた。

 

「低めのライジングショットは使えるな」

「ああ、僕の打ち取り方にもマッチしている」

「今日はもう打たれる気がしないし、向こうも打てる気はしてないだろ。……一気に決めるぞ」

「もちろんだ」

 

 猪狩は頷く。

 もう主導権は渡さない。このまま九回まで終わらせるぞ!

 

 

 

 

 

 

                           ☆

 

 

 

 

「ストライクバッターアウト!」

『ゲームセット! 最後は一ノ瀬が三人で締めてカイザースが勝利! バルカンズ決死の継投で更なる失点は防いだものの、打線が奮わず! 打線カイザースが逃げ切りましたー! 今日のヒーローはもちろん! 猪狩守選手です! 八回四失点ながら逆転の2ランホームラン! 素晴らしい活躍でしたね!』

 

 脚光を浴びる猪狩守を見つめながら、林はベンチに座っていた。

 ――矢部くんの言っていた通りだ。葉波くんはものすごく手強い。

 恐らく、明日はスタメンマスクで来るだろう。先発予想は久遠だ。

 

(明日こそは、負けない)

 

 林は自分に言い聞かせるようにしてベンチから立ち上がる。

 ドラ一で最初から注目されて、アメリカに渡るような英才教育をされてきたような葉波や猪狩には負けていたくない。

 育成枠から這い上がって今やっとここに立つ自分と、ドラ一で最初からステージが用意されていたような男達。

 彼ら相手にそう易々と負けを認めるわけにはいかない。彼らの実力を認めてるからこそ負けたくないのだ。

 この足を使ってそういった実力者を倒す――。

 林には矜持

プライド

がある。この足を止められるわけには行かないのだ。

 猪狩がインタビューを受けるその光景を眼に刻み、林はその場を後にする。

 全てはその光景を糧に、明日の勝利を掴むために。


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