実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー 作:向日 葵
苦手な方は気をつけてくださいませ。
それでも読んでやるよクソが! という方は是非お読みくださいませ!
それは、僕がプロ野球の世界に足を踏み入れた事を思い出すと、最初に思い出す記憶だ。
『でもさ――育成枠なんだろ? それでプロっておかしくね?』
育成ドラフトで告げられた時、多分、そいつは僕のことを心配していったセリフだと思う。
それでも僕の心に突き刺さるような言葉だった。
プロ入りの道が開けた歓びと同時に、本ドラフトで入った選手との間の決定的な差を感じた時のこと。
三年間で結果を残さなければ自由契約になるというその過酷さ。それだけじゃない。選手としての待遇は支配下の選手とは全く違う。
契約金は支払われない。支度金という名目でもらえる数百万円と、二五〇万円の最低年俸だけ。
けれど、そんなものはどうだっていい。一番辛いのは、
練習施設が使えるのは一番最後で、
二軍の試合のチャンスすら僅かしか貰えない。
野球がおもいっきりも出来ず、僕は野球する意欲を、失っていった。
二年前。三年目のある日。
そう、あの時、彼女に出会ったことで僕は変わったんだ。
――これは彼女と出会う、僕の物語。
playback――二年前、五月六日、バルカンズ二軍球場。
「林。どうした? 最近五〇M走のタイムが落ちてるぞ」
「……そう、ですか」
「……古傷が痛むのか? 確か高二の時膝をやったよな。その時の傷か?」
「……いえ」
「……はぁ、やれやれ、明日は休め」
「え?」
「お前にゃ目を掛けている。不調なんだ。たまにはリフレッシュしてこい。育成枠だからなんだと遠慮せずに根を詰め過ぎるとケガをするぞ」
「分かりました」
二軍コーチの言葉に曖昧に頷いて、僕はその場を後にする。
入団してから一年が経った。
何とか一年、死に物狂いでやってみたけれど支配下枠には入れず、春のキャンプも二軍スタート。……成長してる気が全くしない。
そんな中でリフレッシュしろって言われても……何をすればいいんだろう。別のスポーツでもやってみようか。
そういえば昨年末、納会のゴルフやったっけ。適当にゴルフ場でスイングでもしてれば気分晴れるかな。
想い、僕はグラブを握り近場のゴルフ場へと車を走らせた。
到着して荷物を下ろす。
本当に僕何やってるんだろう。こんなことやってる場合じゃない。ひたすらがむしゃらに野球に打ち込みたいのに。
そんなことを思いながら一〇〇球用のカードを買い、打ちっぱなしに出たと同時に、
スパァン!! という快音と、その華麗なフォームが僕の目を奪った。
真芯を撃ちぬかれたゴルフボールが遥か遠くへ飛んでいく。
ドローというんだっけ。山なりを描きながらボールは遥か遠くにあるネットにぶつかった。
ポニーテールが揺れる。
僕はゴルフ初心者だけれど、凄いということは分かる。
芯がズレない安定したフォーム。真芯を捉える技術、クールな印象を与えてくる容姿や、流麗な髪の毛をまとめたポニーテールにも目が行ったが、それ以上に、僕はそのフォームに心を奪われたのだ。
「……なに?」
「いや……綺麗なフォームだな、と思って」
「……そう」
僕の視線が気になったのか、彼女は短くそう答えて何度も丹念に素振りを繰り返し、ゴルフボールを再びゴルフクラブで打つ。
先程と寸分変わらない完成されたフォーム。……間違いなく、彼女はプロゴルファーだ。
「あ、あれ白井雪だ」
「あぁ、プロの」
「白井雪……」
そういえば新聞で見たことがある。学生の時にプロの大会で優勝してそのままプロになり、プロ後あっという間に二勝したゴルフ界のホープ。
僕とは違う。彼女もまた将来が約束されたスターの一人。
そう考えただけで、身体の血が沸騰しそうだ。――僕は才能に恵まれている人達に嫉妬しているんだ。
恵まれている。あの時ケガさえしなければ、僕だってスターへの道を歩けたかもしれない――。
そんなみっともない嫉妬心を隠すように僕は彼女から目を離し、少し離れた所にゴルフクラブを立てかけた。
僕にあるのはただこの足だけだ。打撃も守備も支配下レベルからは程遠い。
それなのに僕はどうして今ここに居るんだろう。あんなにも野球に打ち込めないと思っていたのに、どうして自分は野球をしていないのだろう。
どうして――。
カコンッ、と芯を外したボールがあらぬ方向に飛んでいく。
止まっているボールすら、僕は満足に打つことが出来ないのか。
「……上半身が動いてる」
「え?」
「上半身が動いているから、打点が変わってそんな打ち方になる。上半身は固定して、足は肩幅に開く」
「え、と」
いつの間にか白井雪が、僕の後ろに立っていた。
教えてくれるみたいだ。
動かない僕をじっと見て、白井雪は小首をかしげる。
「……どうしたの?」
「……どうして、教えてくれているのかなって」
「少し気になったから。……林、啓介」
「え? あれ? どうして僕の名前……?」
「ゴルフバックに書いてある」
「あ、そっか……」
プロ野球選手で見たことがある、とかじゃないのが少し哀しい。
でもどうして教えてくれるつもりになったんだろう。白井雪はプロだ。わざわざトーシロの僕に教えるだなんて時間が勿体ないのに。
「あの」
「プロスポーツの選手でしょう?」
「……そう……なのかな?」
「しっかりと身体鍛えてるのが分かる。背が小さいけれど」
「うぐ」
き、気にしてるのに……!
白井雪と比べても僕の身長は低めだ。彼女のほうが少し大きいかもしれない。
女性より背丈が低いって男性としてはかなり気にしちゃうな。
「それで、どうしてプロスポーツ選手って断言しないの?」
「それは……野球選手なんだけど」
「プロ野球? ……凄い。どうしてそれを誇らないの?」
「僕は育成枠だからね」
「育成枠……?」
野球の事に詳しくない女の子に育成枠だとかいっても伝わらないか。
わざわざ自分の立場を説明するようで嫌だけど、小首をかしげる仕草が可愛いしそれを邪見に扱う事も僕にはできそうにないや。
「育成枠っていうのは、戦力にまだなりそうにないから、キープしておいて育てようとチームがとりあえず保有している選手みたいな感じかな。三年以内に結果を出さないと、大体がクビになっちゃうんだ」
「……そうなの……。……じゃあ、どうして、練習していないの?」
「ッ」
彼女の言葉が胸を刺す。
それは何度も自問した言葉だった。
「それ、は」
答えられない。
彼女の言葉は真理だ。僕は野球選手なのに、どうして野球をしていないんだろう。
「気分転換で、少しゴルフを」
「気分転換?」
「……色々とうまく行かなくて」
「そう」
その言葉を聞いて彼女は黙る。
その沈黙が痛くて僕はゴルフクラブをがむしゃらに振るった。
ボールの芯にクラブは当たらない。
「……そんなんじゃダメ。一球ごとに集中しないと、ボールにはしっかりと当たらない。……力を抜いて」
「え、あ……」
きゅ、と彼女の白魚のような細い指が僕の手に振れる。
硬い指先。
こんなにも手は柔らかそうなのに、手のひらはタコでカチカチだ。
「握り方は親指を……」
「……ねぇ」
「何?」
「手、触っても大丈夫なの?」
「? 何が?」
どうやら男とか女とかそういう風には意識してないみたいだ。
ふわりと鼻孔に香る甘い匂い。彼女の匂いだろうか。化粧とかするタイプじゃないみたいだけれど香水はつけているのだろうか。
ってそんなことはどうでもいいか。せっかく気分転換しようと想ったんだ。どうせなら気持ちよく打ちたい。
「これで、上半身を固定する。イメージは上半身の動きのみで打つ。力はインパクトの瞬間だけ。やってみて」
「うん」
彼女が離れたのを確認して、言われたとおりにスイングする。
ヒュパァンッ! と音を奏でてボールは飛んでいった。
「ナイスショット」
「……うん、ありがとう」
初めて会心の当たりを打った気がする。ゴルフって芯に当たるとこんなに気持ちいいんだ。
「凄く良い気分転換になりそうだよ。……ゴルフって上手く打てると楽しいんだね」
「! ……うん、そう。コースを回ってるともっと楽しくて、想ったとおりに打てるととても嬉しい。ゴルフ、好きになった?」
「ぁ……う、うん。好きになったよ」
「良かった」
白井雪はこくん、と頷いて、にこ、と可愛らしい笑みを浮かべた。
――その時の彼女の顔を、僕は生涯忘れない。
「そっか。ありがとう」
「いい。私も気分転換になった。ありがとう林くん」
「あ、うん。えっと……」
「雪でいい」
「そっか。じゃあ、雪ちゃん」
「うん。じゃあ、私は練習に戻る」
軽く会話をして、雪ちゃんと別れる。
気分転換、か。
今までは野球をひたすらにやることが野球を上手くなる一番の道だと思っていたけど、そうじゃない。
野球に集中するために必要な事は他の所にも色々ある。しっかり休んだり、気分転換してリフレッシュすることも大事だ。
「……頑張ろう」
自分に言い聞かせ、己を奮い立たせる。
きっと僕なら支配下枠に入って、プロでも結果を残せる。思いつめずに頑張っていこう。
☆
雪ちゃんと出会ってから数日後。
一時から試合がある日の朝、食事を摂り終えた僕は何気無く新聞を開いた。
「ッ! なんだこれ。……『白井雪、予選落ち。スポンサー離れも』……」
ゴルフというスポーツは野球のように球団が有るわけじゃない。
個人にスポンサーが付き、そのスポンサーの道具を使用する代わりに契約料がもらえるのだ。それが年俸のようなものだと勝手に解釈している。
雪ちゃんは若干十七歳でプロで優勝、プロ転向後二連勝してあっという間に世間を虜にした日本を背負うプロゴルファーとして持て囃されていた。
でも、最近の雪ちゃんは不調だ。予選落ちを繰り返し本戦にすら出れないような状況が続いている。
「……評論家の丹羽氏は『基本がなっていない。運良く勝てたのを周りが持て囃してダメになってしまった』と話す。……そんなことない」
ぐしゃ、と新聞を握りつぶす。
こいつらに雪ちゃんの何が分かるんだ。
あの時“ゴルフが好きだ”“上手く打てると嬉しい”って。
――僕がゴルフが好きになったといっただけで、あんなに嬉しそうに笑っていた彼女がダメな訳がない。
基本が出来てない訳がない。技術論云々より一番大切なのは、一番の基本となることは、そのスポーツが好きかどうかじゃないか。
……あ。
そこまで考えて、僕は気づく。
それは、僕自身の事だ。
野球が大好きで始めた筈なのにいつの間にか生き残るために必死で苦しみながらやってた。
どうせスターとしての道が用意されている選手達には敵わない、そんな事を思いながら。
……僕はバカだ。
こんな大切なこと、雪ちゃんが言われてる事で気づくなんて。
(…………最初からスターとして道が用意されていたとしても、それは彼らが僕より頑張った結果じゃないか)
雪ちゃんだってそうだ。
僕が行った日にたまたま練習してたなんてこと有る訳がない。
それに僕に教えてくれようと手を握った時、彼女の手はあんなに硬くて、タコが一杯できていた。それだけ毎日クラブを振り込んだんだ。
ぎり、と手を握り締める。
悔しい。支配下枠の選手に負けていることが。雪ちゃんの努力が運が良かったという言葉で片付けられることが。
そして何より、自分がその最低な評論家と同じように“支配下枠になった奴は運が良い。ケガをしなかったんだから”なんて思っていたことが。
僕は、弱い。
「……くそっ」
ばさっ、とその場に新聞を置いて僕は立ち上がる。
雪ちゃんは大丈夫かな。
車に飛び乗り、ゴルフの練習場に急ぐ。
大会で負けたというのなら彼女と知り合って間もない僕でも分かる。きっと練習しているはずだ。
車から降りて、打ちっぱなしの練習場に走る。
周りを見回す。――居た。
端っこの方で、雪ちゃんは何かを振り払うようにクラブを振るっていた。
その顔には焦りが見える。……当たり前だ。まだ一九歳の女の子なんだ。それが評論家にダメだと言われたり、スポンサーに降りられるだなんて報道をされたら焦るに決まってる。
……なんて、声をかければいいんだ。
“ドンマイ”“次があるよ”“気にしないで”。
そんなありきたりな言葉なんて、彼女は聞き飽きてるだろう。
そんな彼女に僕はなんて言えばいい?
なんて言ってあげればいい?
「雪ちゃん」
「! ……林くん。……何?」
「新聞見たんだ」
「そう。……それで、どうしたの?」
「……前はゴルフを教えてくれたから、お礼に何処か行こうかな、って」
「いい、練習しないといけないから。貴方がゴルフを好きになってくれただけで、お礼は要らない」
「そっか。……でも、だめだよ。雪ちゃん」
ぐ、と彼女の手を掴む。
彼女は少し驚いた様子で手を引っ込めようとしたが、僕はその手をぎゅっと握って離さない。
「な、何?」
「雪ちゃん。今……ゴルフするの、楽しい?」
「――っ」
僕の問いに彼女は身体をビクッとさせ、目線を落とす。
「…………わから、ない」
「ホントに?」
「……っ、そうっ。分からない。だから、離して……!」
彼女が僕を睨んだ。
手を振り払おうと雪ちゃんがもがく。
僕はそんな彼女の手を離さない。
伝えたい事があるんだ。
それで彼女がどう想うかは分からない。でも、伝えなくちゃ行けない、そんな気がする。
「僕はね。野球をするのが辛いよ」
「え」
「小さな頃からボールを追って、あんなに楽しく一生懸命にやってたのに――いざプロになったら、全然楽しむ余裕なんて無かった。僕には野球しかないのに」
「……うん」
「必死で努力しているつもりなのに上手く行かなくて」
「うん……」
「もがけばもがくほど、空回りしてもっと上手く行かなくなって、周りの期待が重くて、それに答えられない自分が情けなくて」
「……う、ん」
「だから、あんなに楽しんでたのに、今はとても辛いんだ」
「……。私も、そう……本当は分かっているの。……ゴルフが、辛い。そう想う自分が嫌。ゴルフは楽しい。そう言い聞かせてるのに、上手くいかないから……」
雪ちゃんが俯く。
ああ、やっぱりそうなんだ。彼女も――僕と一緒だ。
きっと誰もが一度はそう想う。好きなことで上手く行かなくて、辛い、しんどい、もうやりたくないって。
そんな想いを乗り越えてもう一度一心不乱に前にすすめる人が、あの舞台に立てるんだ。
――光り輝くあのグラウンドに。
経歴なんて関係ない。ドラフト一位と育成ドラフト出身者に違いなんて無いんだ。
違いがあるとしたら、それは。
「雪ちゃん。僕、頑張るよ」
「……?」
「雪ちゃんに教えてもらったんだ。僕に足りないのは運じゃなくて実力なんだって」
「そう、なの?」
「うん。でも、負けられない。今日二軍の試合があるんだ。良かったら見に来て欲しい。気分転換になるだろうし。ダメかな」
「……分かった、見に行く」
雪ちゃんが頷いてくれる。
うん、良かった。
雪ちゃんが見ていてくれるなら、僕は頑張れる。そんな気がする。
「……でも、ギリギリまで練習していたいから、試合が始まる時にどこに行けばいいかとか、教えて欲しい」
「あ、そうだね。えと、じゃあ、どうしよう……ケータイの番号とメールアドレス、教えてもらっていいかな?」
「うん」
頷く雪ちゃんと、赤外線で番号の交換をする。
「それじゃ、僕は行くね」
「……何処かに行かなくて、いいの?」
「あ、そうやっていってきたんだったね。ごめん。でも、見に来てくれるだけでうれしいから」
「分かった」
「うん。じゃあ、練習頑張ってね。ケガしない程度に」
こくん、と頷く雪ちゃんに微笑んで、僕は歩き出す。
今日の試合は絶対に出場しなきゃ。
車で球場入りする。
ユニフォームに着替えて、僕は監督室に急いだ。
「おーう。どうした林」
「監督、お願いがあります。……今日、出場させてください!」
「……どうした、いきなり。お前そんな事言うタイプじゃなかったのに」
「お願いします! 僕の実力が今どんなものなのか……見てみたいんです! 一軍まで後どれくらいあるのか、確かめたいんです!」
「! …………分かった。だが、使う以上はスタメンだ。その準備はできてるのか?」
「僕は――いつでも行けます!」
「よし!」
「い、いいんですか! 監督! 今日二軍のスタメンセカンドは会田では?」
「良い。……林、お前のそんな目は初めて見るな」
「……そう、ですか?」
「ああ、言っちゃ悪いが、いつも卑屈で、自分はなんで恵まれてないんだと、他者を羨むような視線でずっと周りを見ていた」
――監督は、僕のことを良く見てくれている。
監督の言うとおり、僕は今までそう思っていた。僕はなんて恵まれていないんだろうって。
でも違ったんだ。恵まれてないんじゃない。自分でそう決めつけて、他人の所為にして自分にする言い訳を探していただけだ。
プロはそんな心構えじゃ生き残れない。僕はこの足で一軍を掴むんだ。
「でもお前は今はっきりといった。一軍まで後どれくらいか、と。……私はお前のその言葉に賭ける。上しか見ずに歩くお前に賭けよう。自分が今どれだけ通用するのか、自分と私に見せてみろ!」
「はい!!」
監督に頷いて、僕はグラウンドに走る。
雪ちゃんにメールをして、どこから球場に入ればいいのか、何処に行けばいいのかを報告し、ケータイをロッカーにおいた。
スタメンが発表され、試合が始まる。
一回の表に一点を取られ、一回の裏。
一番セカンド、林。
そうコールされた瞬間まばらな観客席の視線が僕に集まる。
バットを持って、その観客席を見る。
雪ちゃんがいる。
眩しそうにしながら、ポニーテールを揺らして僕をじっと見つめてくれていた。
周りには気づかれてないみたいだ。こんなところにプロゴルファー、白井雪が居るなんて思いもしないんだろう。
彼女に見せたい。僕の自慢出来るものが、どれくらい凄いのか。
打席に立つ。
投手がボールを投げた。
――打ち返す!
カァンッ! とセンター前に打球が飛ぶ。イメージ通り、完璧!
一塁ベースに立って、雪ちゃんの方を見上げる。
雪ちゃんは拍手をしながら僕をまだ見つめていた。
多分、雪ちゃんは野球のルールも知らないんだろう。
それでも、僕のお願いを聞いて見に来てくれた。
そんな彼女を魅了してみたい。
視線を外し、投手を見つめる。
(雪ちゃんを、野球に夢中にさせたい。僕が自慢出来るのは、この足だけだ)
パァンッ! と投手の一球目がミットに突き刺さる。
(雪ちゃんを、虜にする快速を)
投手が捕手からボールを受け取って僕を見た。
そんな事、関係無かった。
(見せたいんだ――!)
投手が足を上げた、その瞬間。
ギアを入れる。
エンジンを暖めていたF1カーのアクセルを踏むように。
弾けるように走りだす!
「スティール!!」
ファーストが叫ぶ。
――刺してみろ!
捕手がボールを捕球する。
ボールがセカンドへ投げられる。
ザンッ!! と土埃を立てながら僕はセカンドに滑り込んだ。
セカンドがタッチすらしない。
「すっげー! 見たかよ!」
「ああ、なんつー足だ。タッチまで行かなかったぞ!」
一つ目。でも、まだ足りない。
じりり、とリードを取る。
投手が動いたのを見て、僕は再び走る。今度はサードへ!
「三盗!」
キャッチャーがボールを取る。
今度は、ボールは投げられない。
「さ、三盗成功!」
「なんだ、あいつの足……スゲェ!」
「いやスゲェっつーよりキモイだろ! 一軍の矢部並じゃねぇか!?」
「いや矢部のがスタートとスライディングはすげぇよ。でも……トップスピードがはえぇ。しかも一歩目からそのトップスピードになってる! なんつー瞬発力だよ!」
サードに立って、雪ちゃんを見る。
雪ちゃんと視線が合った。
雪ちゃんに野球の魅力、伝わってるだろうか?
コキンッ! と二番バッターがボールを打ち上げる。
ショート後方へのフライだ。
もっと知ってほしい。野球の魅力を。
野球の魅力は俺の持つスピードだけじゃないのかもしれない。
けれど、俺が雪ちゃんを始め皆に魅せれるのは、この疾さだけなんだから!
パンッ! とショートが後ろ向きになり、バランスを崩しながらボールを取る。
それを見て、頭より早く足が動いた。
「は、走った!」
「ショートフライでスタートかよ!?」
ショートが慌てて体勢を直しキャッチャーに向けてボールを投げた。
――ギリギリか。それでも。
セーフに、なる、なってみせる!!
ザシャアアッ!! とスライディングしながらホームに突っ込む。
捕手が足でベースを守ってブロックしている。
「うおおおおおお!」
「ぬううう!」
ゴガッ! とブロックした足を突っ込み、ブロックごとホームへ帰る。
僕の足にキャッチャーがタッチしてグローブを掲げた。
「セーフだ!」
「アウトだ!」
バッ、と僕とキャッチャーが同時に言いながら審判に目をやる。
審判は、
「セーフ!!!」
腕を、横に開いた。
「っしゃー!!」
思わずガッツポーズが飛び出す。
試合でガッツポーズしたのは、いつ以来だろう。
「す、すげー! 本当にショートフライで帰ってきた!」
「ギリギリだったけど完璧セーフだなこれ。普通にフライでタッチアップしたみたいなタイミングだったぞ!」
「俺、林応援するわ。この足は一軍に必要だろ!」
「林。次の打者まで待っても良かったんじゃないか?」
「そうですか? でも絶対にセーフになれると思ったので」
「そうか。なら良い。一〇〇点の走塁だな。この調子で頼むぞ!」
「はい!」
ヘルメットを置き、スタンドに目をやる。
雪ちゃんが立ち上がっている。
あのクールな雪ちゃんが立ち上がって僕の事をじっと見つめてくれていた。
それだけで、僕にとっては十分な反応だった。
☆
「マジ?」
「まじまじ! 三回で引っ込んじゃったけどさ! 二打数二安打で三盗塁! しかも三盗塁目はウエストしたボールでセカンドセーフになったんだって!」
「そんなの矢部並じゃん。まぁ矢部は一軍でするからすげーんだけど。……でも俺五回から来たから見れてねぇし、そんな選手がなんで育成枠な上に今まで試合出てないんだよ? しかも三回で引っ込んだって嘘くせー」
「本当だって! 高卒育成だからすぐ成長したんだよ。名前覚えたよ! ――林啓介! 出待ちしとこうぜ。サイン欲しい!」
二軍戦の応援に来るコアなファン達の中に、白井雪は居た。
野球の試合を観るのは初めてだった。ルールだって詳しくは知らない。三アウトチェンジで攻守が交代。一塁、二塁、三塁、本塁の順に一周してくれば一点、柵を超えればホームラン。線の外ならファール、知っているのはそれだけだ。
それなのに、気づいたら魅了されていた。
小さくてゴルフがあんまり上手く無い。無理やり手を引っ張って来るあの男性がグラウンドで躍動する姿に。
それはまるで風のようだった。
一塁から二塁へ、二塁から三塁へ、三塁から本塁へ。
気づいたら立って彼を見つめていた。
後ろに人が居なくてよかった。いたら怒られていただろう。
魅了されていたのは自分だけじゃない。この試合を見に来る前まで“林啓介”の事を知らない人がほとんどだったのに、終わってみればファンになってる人がいる。
野球の事を知らない自分でこうなのだ、野球のことを知っている人が彼を見れば、彼はもっと魅力的に見えるんだろう。
……それが何だか悔しくて、雪はぶんぶんと頭を横に振った。
(私、おかしい)
まだ彼と出会って数日。それなのになんでだろう――今まで出会った男性よりも、彼の事を知りたいと思うのは。
彼があんなに夢中になる野球の事を、知りたいと思うのは。
彼も自分のゴルフを見たらこういう気持ちになってくれるだろうか。
ゴルフのことを知りたいと想ってくれるだろうか。
もっと自分の事を知りたいと想ってくれるだろうか。
(……ダメ。私のことなんか知ってもつまらないと想うに決まっている。……でもゴルフしてる所なら格好いいと思ってくれるかな。……そういえばあった時、綺麗、っていってくれた。……フォームだけど)
ぐるぐるとそんな事を考えながら、雪はごそごそとケータイを取り出した。
メールを打つのは苦手だ。ゴルフばかりやっていたから友達もあまり居ないので、メールの相手はもっぱら家族とコーチとスポンサーの担当者だけ。そんな状況でメールを打つのが上手くなるはずがない。
初めて入った家族と仕事関係以外の名前を見つめて、雪は考える。
(なんてメールすればいいかな……『格好良かった。また野球を見せて欲しい』……? あ、でも見る前に野球のことを教えて欲しい……それなら『野球の事を知りたくなりました。教えてください』……? あ、でもその前に林くんの事褒めたい……)
むーっ。と眉間に皺を寄せながら雪はケータイを睨みつける。
周りに彼女のことを知る人が居れば、その人達は間違いなく『雪が変だ』と言っただろう。それくらい、今までの彼女からは考えられない行動っぷりだった。
ぴこぴこ、とぎこちなく雪はボタンを打つ。
(え、と……『すごく、格好良かったです。野球を教えて下さい。また野球を見せて欲しいです』……ちょっと唐突かな。それなら、『林くんがとても速くて格好良かったです。それを見て、野球のことを知りたくなりました。野球の事を教えてもらえたら嬉しいです。林くんが出る試合をまた見たいので、誘ってください』……これなら……あ、でも……ゴルフの試合、見に来てほしい……教えて貰う前に、それを誘ったほうが……)
打ち直そう。
そう想って文面を消そうとしたその時、
ピロリロリーン♪ とデフォルト設定の着信音が鳴り響き、雪は心臓が止まるかと想った。
取り落としそうになるケータイを慌てて持ち直し、携帯の決定ボタンを推す。
送信者は――林啓介。
それだけで、雪の心臓は壊れそうなほど跳ねる。
内容はなんだろう。普通に考えれば、見に来てくれてありがとうのメールだ。
でも、もしかしたら他の内容もあるかも知れない。
優勝決定のパットよりもドキドキしながら、雪はメールを開く。
From:林啓介
件名:見に来てくれてありがとう
『三回で変わっちゃったけれど、見に来てくれてありがとう。
今ミーティングが終わりました。お礼になるかはわからないけれど、今度は雪ちゃんの試合を見に行きたいです。
雪ちゃんが見てくれてるお陰で頑張れたから、今度は僕が見ている事で雪ちゃんが頑張れたら嬉しいです。
迎えに行きたいんだけれど、臨時サイン会が有るので遅くなりそうだから、先に帰っててください。
追伸、次の試合もスターティングメンバーに決まりました。雪ちゃんのお陰だよ
ありがとう』
その文面を二回読み返し、雪は返信ボタンを押す。
あれだけぐでぐでと悩んでいたのが嘘みたいに、今度は言葉がすらすらと出てきた。
To:林啓介
件名:Re:見に来てくれてありがとう
『また野球のことを見たいと思いました。今度会った時に野球のルールを教えて下さい。
林くんとても格好良かった。私もそれくらい格好いい姿を見せたい。
今度の試合は六月七日から六月十日に県内のパワフルゴルフクラブでやるので、見に来てください。
林くんに見てもらえたら、私も頑張れると思うから』
そのメールを送信して携帯電話をしまい、雪はそっと球場を後にする。
道すがら、夕暮れに染まる道を一人で帰りながら、雪はぎゅ、と自分の胸の前で拳を握った。
――この気持ちが、きっと。
人が言う、好きって気持ちなのだろう。
顔が紅いのが分かる。夕焼けでごまかせているだろうか?
彼が自分のお陰で頑張れた――そう言って貰えただけで、お世辞かも知れないとは頭の中で言い聞かせているのに舞い上がってしまいそうなほどうれしい気持ちになる。
(私も、林くんのお陰で頑張れそうだから。頑張る)
雪は一人、練習場へ向かう。
そうと決まったらじっとなんかしてられない。
次の試合までに身体を仕上げておかないと最高のプレイを見せることが出来ないかもしれない。それだけは嫌だから。
六月十日
林が二軍の試合でレギュラーになってから数週間後。
あの後何回か林と雪は会うようになった。
そのお陰で雪は野球の事に詳しくなり、お互いの仲も親密になった。
傍から見ればデートのように出かけ、お互いに気分転換して練習や試合に望む。
そんな中で、雪は久々の大会に挑んでいた。
雪が数試合ぶりに予選を突破した、その大会の最終日。
この日は二軍の試合が無く、オフなので林は練習が終わった後、約束通り雪の試合を観に来た。
(……野球とは違うな)
最終日だけあって緊張感が凄い。選手が打つ時に誰しもが静かになるのは野球では全く考えられない事だ。
雪の今の成績は-6。二位が-5だから、一打差でトップということになる。
ヒュパァンッ! と雪が会心のショットを放つ。
『見事なショット! 今日は好調ですね!』
『はい。しっかりと安定したスイングです』
ワッ!! と歓声が巻き起こりナイスショットという声が響く。
放たれたボールはグリーンのピン側にぽとん、と落ちた。
凄い、と林は想う。
野球に比べてゴルフは失敗が許されないスポーツだ。
やり直しが聞かない。一度失敗してしまえばそれを立て直せずにガタガタになってしまうことだってある。
それをミスショットをしながらも雪はここまで一位で居るのだ。
どれだけ優勝するのが難しいか、素人ですら軽く想像出来るのだから、実際にはもっと険しい道なのだろう。
カコン、とホールにボールを入れて雪がほうっと息を吐く。
『パーセーブ! これでトップのまま最終ホールへ!』
『二位の選手もパーが確実です。この最終ホールでミスをしなきゃ優勝出来ますよ!』
このホールはパー。これで-6のまま最終ホールだ。
林はギャラリーと一緒に移動する。
ホール移動のたびに雪はキョロキョロとあたりを見回していた。
このホールでもそれは変わらない。
(僕を探してくれているのかな)
思いながら林はなるべく前の方に行こうとするが、雪目当ての客が多い為かなかなか前にはいけなかった。
ライバルである-5の選手もパーで沈め、差は縮まらないまま最終ホールにうつる。
最終ホールはパーフォー、ここでバーディーをとれれば、ほぼ確実に優勝だ。
雪がピンを刺し、その上にボールを置いて、丹念に素振りを繰り返す。
九回一点差で勝っている状況で、ノーアウト一塁になったような感じだと林は想った。
いや、野球に比べてゴルフの一勝は重い。それを考えればこの緊張はそれより上かもしれない。
特に最近勝ちから離れている雪にとってはこの状況の緊張感は筆舌に尽くしがたい程か。
ゴクリ、と林は喉を鳴らす。
自分がプレイしている訳ではないのにこの緊張感……雪はどれほどまでの緊張を感じているのか。
周りが静かになる。
丹念に素振りを繰り返していた雪がす、とクラブを上げて、
カシャッ! とシャッター音が鳴り響いた。
「っ!」
『あっ!!』
「ファー!!」
それに反応したのはギャラリーよりも雪だろう。
バシッ! と打たれたボールが曲がって木々の中に消えていく。
シャッター音に驚いてスイングが崩れ、ぶつかる位置がズレたのだ。
ギャラリーたちがシャッター音の元凶を睨みつける。
「すみません、へへへ……」
カメラを構えた記者が曖昧に笑ってカメラの構えを解く。
雪はボールが飛んでいった方に走りだした。
OBの白い棒は立っていない位置だが、まずい。
紛失球を探す時間は他の人が打ってから五分。五分以内に見つからなければ、一打罰でティーグラウンドからやり直しだ。
そうなれば優勝はほぼ無くなる。
スパァンッ! と二人目の選手がティーショットを打った。
打たれたボールはドッ、とフェアウェイをキープする。
それを確認しながら、雪は必死に木々をかき分け、中に入った。
(何処、何処にあるの……?)
林くんが見に来ている。いいところを見せたい。
優勝する所を見せてあげたいのに、あんなシャッター音なんかに負けてミスショットをしてしまった。そんな自分が情けなくてしょうがない。
スパァンッ! と三人目がショットを打つ音が聞こえた。
暫定球探しは後五分。その間に見つけなければ……。
「どこ、どこ……っ、お願い……見つかって……」
探せば探すほど見つかる気がしなくなっていく。
奥にあるのは同じような風景ばかり。この中からあの小さなボールを見つけなければならない。
「おね、がい……もう少しで優勝出来る。見つかって……」
刻一刻と時間はなくなっていく。
じわ、と雪の瞳に涙が浮かぶ。
あと、少しなのに、見つからない。
この森の中からベタピンのリカバリーショットは難しいかも知れない。それでも、ボールが見つかりさえすればパーは取れるかもしれない。
パーをとれれば十分優勝の可能性はある。だから、
「どう、して、見つからないの」
後少し、あと一歩なのに。
自分には何が足りないのだろう? 集中力? シャッター音が聞こえなくなるほど集中していればよかったんだろうか?
それとも単純に運が足りないのだろうか? それとももっと別のものか。
「白井さん、あと一分以内に見つからなかったら、ティーショットから一打罰でやり直しをお願いします」
記録員が無情に時を告げる。
(……嫌)
後一歩。
後一歩で殻が敗れるのに、その一歩が足りない。
(お願い、私を勝たせて)
雪は思いながら、ぎゅっと拳を握り締める。
足りないものなんてもうわからない。やっと勝てると想ったのに、こんなのってあんまりだ。
(……お願い、助けて)
もう自分一人じゃ動けない。もう少しのところに、届かない。
(助けて……林くん……)
「……時間です、白井さん、一打罰でやり直しを」
「……は、い……」
戻ろうと雪が足を動かした。
その時。
「ここにある!!」
聞き慣れた声が、雪の耳を打った。
林だ。
ばっ、と雪が振り向く。
そこには、
珠のような汗を額から滴らせ、地面にポタポタと汗を落としながら地面を指さす彼の姿があった。
そして彼の指差す先には紛れもなく、先程打った自分のボールが落ちている。
「……林、くん……」
「見つかりましたか! ギャラリーの方が見つけてくれてよかったですね。それでは、早くセカンドショットをお願いします」
「林くん……あり、がとう……ありがとう……」
「うん、良かった、一打罰は辛いもんね」
「……走ってきて、くれたの?」
「えと……まあ、雪ちゃんのショット、いい位置で見たかったから、急いできちゃった」
彼は照れたように笑う。
違う。
彼の言葉を雪は心の中で否定した。
確かにそんな気持ちもあったかも知れない。でも、彼がここまで走ってきてくれたのは――ボールを探そうとしてくれたからだ。
そして、ちゃんと見つけてくれた。
まるでヒーローのように、自分の危機に颯爽と現れて、救ってくれた。
そんな彼のためにも、頑張りたい。優勝したい。
そんな彼に教えたい。自分が頑張れるのは貴方のお陰だと。
何よりも伝えたい――。
「もし、優勝したら貴方に伝えたいことがあるの。……聞いてもらえる?」
「……うん、僕で良ければ、幾らでも」
「ありがとう、林くん」
にこ、と笑って雪は涙を拭い、スタンスを取る。
林は大きく離れ、他のギャラリーと同じ位置まで下がった。
距離にして一〇メートル程離れている。
それでも、雪は林が一番側に居ると感じつつ、想う。
自分に後一歩足りなかったものが今やっと分かった。
それは、自分のことを一番知ってくれて、支えてくれる大切な人だ。
それが人によってどんな関係なのかは雪には分からない。
例えば、大切な家族。
例えば、切磋琢磨出来るライバル。
例えば、頼れる先輩。
例えば、自分を手本にしてくれる可愛い後輩。
例えば、道を示してくれる先生、コーチ。
例えば――愛する、大好きな人。
(林くんが居れば、私は)
す、とクラブを上げ、
(どんな試合にだって、勝てる)
振るう。
(どんな状況だってあきらめずに頑張ることが出来る)
林はそんな彼女のフォームを世界で一番綺麗だと想った。
(林くんが――大好きな人が、私の側に居てくれれば)
ボールが飛ぶ。
木と木の間を縫うように、一直線に。
ボールが光の中へ飛び出す。
美しい回転が掛かったボールはそのままグリーンへと一直線に飛び、ピンのそばに落ちる。
『す、スーパーリカバリーショットー!!』
『神業ですよこんなの! プロでもめったにお目にかかれないスーパーショットです!』
ワァァ!! と歓声がこだまする。
その歓声は雪にとっては、何万人の野球場の歓声に匹敵するくらいのものだろう。
雪はくるりと林の方に向き直り、
「優勝、してくるね」
「うん」
グリーンに向かって走る。
二打目で全員がグリーンにボールをのせた。
「お先に、失礼します」
雪が周りに言ってパターを握る。
ギャラリー達とともに移動しグリーンの近くによった林はそんな彼女の姿をじっと見つめた。
カコン、と雪が打ったボールがホールに沈む。
その瞬間、ワァという大歓声が響き渡った。
『白井雪完全復活優勝ー! 最後のピンチを自らのスーパーショットで打開し見事優勝ー! プロ三勝目ー!』
雪の優勝が決まった。
雪はそのボールを拾い上げ、大歓声に目もくれず林の方に向き直り、走る。
いきなり優勝した選手が走ってきてギャラリーがざわついた。
そんな事は構わないとばかりに雪は林の胸に飛びついて、人目も憚らず抱きしめた。
「雪ちゃっ……」
「林くん。大好き。ボール、見つけてくれた時嬉しかった。私と恋人になってほしい」
「え、と。それが、伝えたかったこと?」
「うん。そう。他の女性を好きになっちゃダメ。私のことだけを好きになって」
『えーと……いきなり白井さんが男性に抱きついてますが?』
『彼女も一九歳ですからね。それに彼はさっきロストボールを見つけてくれたギャラリーじゃないですかね。お礼でしょうか。私も抱きつかれたいです』
『逮捕されてしまいますね?』
『うるさいです』
「と、とりあえず雪ちゃん、ほ、他の二人ホールアウトしてないよ?」
「……うん」
その言葉に我に帰ったのか、雪は林に抱きつくのをやめ、戻っていく。
そして一緒に回った二人のライバルにぺこっと頭を下げた。
二人の選手は笑ってパットを決めた。
二人がホールアウトした瞬間、あっという間にインタビュー席が用意される。
その間も雪は隙あらば林の元に行こうとしていたが、二人の選手に妨害されていた。
そういうところは結構子供らしくて可愛いのだ。林はデートのうちにそれを知ったのを思い出して、くすっと笑う。
『白井さん、優勝おめでとうございます!』
「ありがとう」
『最後のピンチ、ロストボールになっていたら優勝はできませんでしたね!』
「そうだと想う。見つからなくて泣きそうになった』
『見つけてくれたギャラリーの方に一言何かありますか?』
「大好き。恋人になってほしい」
「ぶふうっ!」
「ギャァッ! 後ろの人がなんか吹き出した!!」
「す、すみませんすみません!」
その言葉にギャラリーが一気にざわつく。
こんなインタビューをすれば明日間違いなくスポーツ新聞の一面だ。
優勝インタビューで告白するプロゴルファーなんて聞いたことも見たこともない。
雪は結構恥ずかしがり屋だ。
それなのに今、この場で他の人が見ている、聞いている、それどころかテレビで放送すらされているのに公言する――その行動は林の事を一途に思っている、その証拠に他ならなかった。
『……白井さんも冗談を言うんですねぇ』
(流した!)
しかしながらインタビュアーもさるものだ、反応に困った末にそれを冗談だと流す。
だが、雪はそれが気に食わなかったようで、
「冗談なんかじゃない。私は林君のことが好き。愛してるの。恋人になってほしい」
ぽっ、と頬を赤らめる雪。
そんな姿に男性ファンは見とれ、次の瞬間にはカッと顔を世紀末覇者のようにして林を囲む。その間実に三秒弱。林の快速を持ってしても逃げきれなかった。
『お相手は林さんというのですか?』
「そう、何回もデートをした』
「そんな赤裸々な事言わないでいいからー!!」
「おい……林……屋上へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」
「屋上!? ここに屋上なんて無いですよ!」
「黙れ! 俺達がなぜここに居るのか気づかないのかッ……!」
血の涙を流しながらギャラリーたちが林を睨みつける。
よくよく見ればギャラリーは男性ばかりだ。雪のファンだろう。
「え、えっと、その、あの」
『お付き合いされているんですか?』
「今からお付き合いしたい。恋人になってほしいけど返事をしてくれない」
「ンだとコラァ!! ぶち殺すぞ!!」
「もちろん断るんだろうなァ? あぁ!? 雪ちゃんを泣かさないようにだ!!」
「そんな無茶苦茶なー!」
じりじりと円を狭めるギャラリー達。
その目は殺意で染まり、隙あらば林を血祭りにあげようという亡者の目だ。
『そうですか……ちなみに林さんは何をされている方なんですか?』
「インタビュアーどんどん質問おかしくなってるよね! もっとゴルフの内容とかについて聞かないと行けない場面だよね!?」
「プロの野球選手をやってる。バルカンズの育成選手」
「ああっ! 雪ちゃんだめぇ! そういうこと言うと野次が凄いから! もう手遅れだろうけど!」
『プロスポーツ選手同士のカップルになれるといいですね』
「大丈夫。絶対になる。私は林くんと結婚する」
『そうしたら私が結婚式の司会しようかな。フフフ』
「フフフじゃない! トリップし過ぎだから!」
「……林くん。もう一度言う。私の恋人になって。私は貴方が好き。大好き。貴方無しじゃ、ダメ。だから――私を貴方の恋人にして欲しい」
顔を真赤にしたまま雪が林に真っ直ぐな想いを伝える。
そんな想いを前にして、林の頭からギャラリー怖いだとか、ここでは曖昧にして後で答えようとか、そんな考えは消し飛んだ。
彼女が自分を求めている。
自分無しじゃもうだめだと、はっきりといってくれている。
ギャラリーは物音一つ立てない。
雪の想いがこの空気を作り上げたのだ。ただの優勝インタビューの場を、告白の場に。
そんな一途な想いを向けられて、林は喉がカラカラに乾いていくのを感じた。
「……ダメ?」
雪が不安そうな声を出す。
林はぎゅっと拳を握りしめた。
白井雪という女性は、優勝したうれしさでテンションが高くなっていたとしても、軽い気持ちでこの場で告白なんてする子じゃない。
凄い覚悟と度胸、そしてそれ以上に――林に対する愛情がある。
そうでもなきゃ、この場で告白なんて出来やしない。
ソレほどまでに白井雪は林啓介を求めている。必要としているのだ。
それを知って。
自分も、彼女を必要としていて、
断る理由なんて、見つからなかった。
ふるふる、と林は首を横に振るう。
「僕で良ければ……喜んで」
「……林くん……」
「ううん、ごめん、こういうのはずるいよね。僕も雪ちゃんのことが大好き。僕には雪ちゃんが必要だ。だから、恋人になってほしい」
「……うん、なる。お嫁さんに」
「そこまでは言ってないよっ」
「いつか、なる」
とたた、とインタビュアーの元から離れ、雪がぎゅうっと林に抱きつく。
それを祝福するかのように、ギャラリー達から拍手が上がる。
裏でこそこそ交際して新聞のネタになるよりもこうして開けっぴろげに交際したほうが応援がしやすいとでも言うように、その拍手は鳴り止まない。
雪の背中に手を回しながら、林は想う。
彼女に釣り合うように一刻も早く支配下枠を勝ち取り、一軍で輝く。
それが彼女への何よりのプレゼントになるはずだ。
☆
表彰式を終え、雪ちゃんを車で送る。
行きはどうやらコーチの車で来たらしく、最後までコーチと話をしていたがどうやらコーチを説得して僕の車に乗ることにしたみたいで、雪ちゃんはゴルフバッグを後部座席において助手席に座った。
「……あの、雪ちゃん」
「なに?」
「腕組まれてると、運転しづらくて危ないよ?」
「むぅ……分かった」
膨れながら雪ちゃんが離れる。
そんな仕草がとても可愛い。
ってそんな事考えてる場合じゃなかった。雪ちゃんはゴルフの試合で疲れてるんだから早く家に連れて帰ってあげないと。
「えと、じゃあ、何処まで送ればいい?」
「林くんの部屋」
「え?」
「……ダメ?」
可愛らしく小首を傾げる雪ちゃん。
そういうふうに可愛い事をされると、僕としては何も言えなくなってしまう。
「雪ちゃんって結構コアクマだね」
「?」
「いや、天然でやってるから小悪魔じゃないのか……うん、女の子らしくて可愛いよ」
「……ありがとう」
ぽ、と雪ちゃんが頬を染める。
うむむ、可愛い。これは上手く自制しないとハマってしまいそうだ。
こんな可愛い子が恋人だなんて夢でも見てるみたいだけれど、夢じゃないんだ。大切にしないとね。
「えっとね。雪ちゃん、僕の家は球団の寮なんだ。そこに恋人を呼んだら寮長に怒られちゃうよ。朝帰りもNGだし」
「むぅ……、……なら、私の家に寄って行って欲しい。それくらいなら……」
「うん。それなら全然構わないよ」
デート中に聞いた雪ちゃんの家の住所まで車を走らせ、来客者用の駐車場に車を止める。
雪ちゃんの家はマンションだ。といっても普通の女性が一人暮らしするような所じゃなく、警備がしっかりとしたところだけど。入るために鍵と指紋認証の二重のセキュリティなんて球団の寮以上のセキュリティっぷりだよね。
実家も近くにあるが、一人暮らしして自立した方が精神的に成長するとかそういう理由で一六歳の頃から一人暮らしをしているらしい。
確かにそういうのも大事かもしれないけれど、雪ちゃんは幼い頃からずっとゴルフ漬けで両親に甘えたりは出来なかったみたいだ。
雪ちゃんの部屋に入るなり、雪ちゃんはぎゅう、っと僕に真正面から抱きついてくる。
「……ただいま」
「ふふ、お邪魔します」
「おかえりって言って欲しかった」
すりすり、と頬を僕の頬に押し付け、雪ちゃんは僕をしっかりと抱きしめた。
親に甘えられなかったその分を僕で埋めるように僕に甘え続ける。
うれしい、嬉しいんだけれど――健全な男性としては雪ちゃんのしなやかな身体に想った以上に存在感がある柔らかなモノがむぎゅっと押し付けられている訳で、
しかも恋人同士で、密室に二人きりな訳で、
精神衛生的にものすごく悪い。
しっかりと自分の意志を持っていないと理性がプッツンと途切れちゃいそうだ。
「うー……?」
「……あはは、うん」
普段の雪ちゃんでは想像できないような甘えた声。
何の反応も示さない僕が嫌がっていないか不安になったようなので、ぐりぐりと頭を撫でてあげると、雪ちゃんは赤くなりながらも頬を緩める。
「今日は練習は休み?」
「うん。オフだよ」
「何時まで、一緒に居れるの?」
「門限が一〇時までだから、九時半くらいまでかな」
「後四時間くらい?」
「そうだね……」
日が沈みかけた空を見る。
夕焼けが眩しい。夕焼けって凄いな。人が時間を惜しむような感覚になるんだから。
「……分かった」
「? どうしたの?」
「汗かいたから、シャワー浴びてくる。……座って待ってて。帰っちゃ、ダメ」
「――っ」
上目遣いに言う彼女の言葉を聞いて、身体が金縛りにあったかのようになる。
雪ちゃんはヘアゴムを取ってポニーテールを下ろし、お風呂場に走って行ってしまった。
こ、これは、まさか……? いや、雪ちゃんなんだから素直に汗を流そうと思ってるだけかもしれない。うん。きっとそうだよね。
なんて、自分に言い聞かせるのがバカらしく思えるような、さぁぁ、というシャワーの音が聞こえてきた。
その音を聞いただけで僕の思考は停止する。
……うん、とりあえず座ろう。
雪ちゃんに言われた通り、ソファに座る。
意識しすぎだよ僕。確かに雪ちゃんとは恋人になったわけで、それで部屋にお呼ばれしただけであって、雪ちゃんは褒めて欲しいだけかもしれない。
それとも野球のことを聞きたいとか、そういう可能性もあるんだから僕だけがそういうのを意識してちゃダメだ。僕は雪ちゃんが必要なのであって、雪ちゃんの身体が欲しいわけでは、
「林くん、上がった」
「あ、うん。僕も入っていい?」
「うん、入ってって言おうと思っていた」
ごめんなさい自分に嘘ついてました。思わず入っていいかと聞いた自分の意志の弱さは謝罪する以外にありません。
っていうか無理! 好きな女性が湯上りの艶やかな姿を見せつけて来たら理性持たないよ!
今の雪ちゃんの格好は短パンにシャツ一枚。実は大きい雪ちゃんの胸が谷間を作って、シャツの合間から白い肌がチラチラと見えるのがかなり扇情的だ。
まるで僕を誘っているかのよう。
ていうか入ってって言おうと想ってたって、や、やっぱり雪ちゃんもそういうつもりで? いやいや、雪ちゃんピュアだからそういうつもりで言ってるんじゃなくただ単に汗を流してって意味でいってるって事も!
「わ、分かった。入ってくる……」
「うん、バスタオルは用意してあるから、待ってる」
雪ちゃんの声を聞きながら、脱衣所に入る。
そこに、なんかこう。脱いでくるくるーっとなった白いショーツが洗濯カゴに入れられていた。勿論ブラジャーとかも一緒に。
「……ッッ」
い、色々やばい。雪ちゃんはこういうことに無頓着で無防備だからかこういう不意打ちがかなり多い。しっかり理性を持たないと!
服を脱いでシャワーで汗を流す。
ここで毎日雪ちゃんが身体を洗っているのか。ってダメだ、そんな事を考えちゃダメだってっ。
あ、着替えどうしよう。……いいや。もう一度同じものを着よう。
服を着て、脱衣所を出る。
雪ちゃんがちょこんとソファに座っていた。
「気持よかった?」
「うん。あの、雪ちゃん。下着とかはちゃんと隠しておいてくれないと色々ともたないよ。理性とか」
「……理性、もたせなくて良い」
「え?」
僕が聞き返すと雪ちゃんは顔を赤くしたままソファから降りて、床に座り、三つ指をついて頭を下げ。
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
「ゆ、雪ちゃん……?」
「恋人同士になったらすることがある。知ってる」
「え、えっと……それは……」
そういう、ことなんだろうか?
僕が戸惑っていると、雪ちゃんはそっと立ち上がり僕の身体を抱きしめた。
柔らかい感触と女の子のふわりとした匂いが僕を支配する。
背丈が近いせいか雪ちゃんの吐息を感じて――
「林くん、恋人同士ですること……して」
その一言で、
僕の頭の中の何かが途切れた。
唇を、奪う。
「ん、む」
「んっ……」
ぎゅ、と雪ちゃんの身体を抱きしめる。
彼女もすぐに僕の身体に手を回して、抱き返してきた。
「っは……雪ちゃん……好きだよ」
「うん。私も大好き。啓介ってよんでもいい?」
「好きに呼んでいいよ、雪ちゃんなら」
「ありがとう。啓介、大好き、大好き……」
囁き合いながら、お互いを貪り合う。
最初は啄むような口づけから、やがて、
「ん、ふ、んんっ、んぅ、んむぅ……」
「ん、ん……」
お互いを求め合うような、激しく深いものに。
時間も忘れて、お互いの唾液を交換し合う。
「んふ……ぅ」
「はっ……」
ちゅぱ、とお互いの唇を離す。
ねと、と白銀の糸で僕の舌とつながる彼女の舌がとてもいやらしい。
「……ベッド、あっち……」
「うん。……でも雪ちゃん、その、アレ、無いよ?」
「買っておいた」
「そ、そうなんだ。……雪ちゃんって結構むっつりだね?」
「! そ、そんなことない。備えあれば憂いなしだから、用意しておいただけで……きゃっ」
僕に茶化されて真っ赤になる彼女を引っ張り、ベッドに押し倒す。
ふぁさ、と彼女の綺麗な髪の毛がベッドに広がった。
「雪ちゃん。可愛い」
彼女の柔らかい体に触れる。
「けいすけ……っあ」
彼女の声が耳朶を打つ。
服を脱がし、白い肌を顕にさせて、
その身体に自分の証という証拠を刻み付ける。
「っ、けい、す、けっ……」
ぎし、
ベットが軋む。
「あ、ぅっ……ンっ……」
艶やかな声が部屋に響く。
僕と彼女は融け合って一つになっている――そんな風に錯覚させるような、不思議な感覚。
それでも構わないと僕は想った。
彼女と一緒ならば僕はきっと。
世界一の男で居られるから。
「そろそろ帰る準備しないと……」
「もう?」
「うん、車で飛ばしても二〇分はかかるし……もう九時だよ」
「あと一回」
「雪ちゃんスポーツ選手だからだろうけどスタミナあるね。あと大分エッチだ」
「だって啓介上手……私がはじめて?」
「ノーコメント」
「……むぅ。私が最初じゃなかったら、嫌。……他の女の子を泣かせるような悪い子にはお仕置き。……ンむ……はぷ……」
「ちょ、雪ちゃっ……!」
閑話休題。
「……はぁ、はぁ、もう……」
「こういうやり方もあるって本で読んだ。……それで、私が最初?」
「そんなにモテるように見える?」
「うん。だって啓介は世界で一番素敵な人だから」
にこ、と雪ちゃんが微笑む。
うぐぁ、こ、この破壊力は凄い。特に今の雪ちゃんの格好はアレだしそんな状態で豊かな双つの丘を揺らしながら上目遣いでされたらああああ!
「ぁ……」
「ほ、ホントにこれ以上はだめだよ、明日に響きそうだし……」
「じゃあ我慢する。……我慢するから教えて欲しい。私がはじめて?」
じっと雪ちゃんの綺麗な瞳が僕を見据えた。
その瞳が不安で揺れている。僕の女性遍歴が凄く気になるらしい。
僕にとっては彼女が一番大切な存在――それで構わないけれど、彼女にとってはそうじゃないんだ。
僕を独り占めしたいって嫉妬してくれてる。子供っぽい、相手の過去も自分で埋め尽くしたいと思うどうしようもないくらい深い愛情で。
――可愛い。
ぎゅ、と彼女を抱き寄せる。
「うん。雪ちゃんが初恋。後はずっと野球をしてたから」
「……嬉しい」
彼女が抱き返してくる。
そのぬくもりを感じながら、彼女の頭を撫でた。
「雪ちゃん、ありがとう」
「? 何を?」
「雪ちゃんとこういう関係になれて、僕はもっと頑張れる。……ゴルフ界の将来を担うスターに相応しい男になるために、頑張るよ」
「……うん。でも頑張りすぎて身体を壊すのはダメ。いざとなったら私が稼ぐから主夫でもいいよ?」
「あはは、でもそれじゃ僕、自分が許せそうにないし、それに分かったんだよ」
「分かった?」
「そう。僕は彼らに嫉妬していたけれど、それ以上に――支配下枠で指名された選手に憧れてた。スターとしての道が用意されて、最初から求められてる、そんな野球選手に」
雪ちゃんと接して彼女が僕を支えてくれるから、落ち着いて自分を見つめることができる。
彼女が居なかったら僕はどうなっていたのか想像が出来ない。
それくらい雪ちゃんは僕を助けてくれて、支えてくれてる。
だから、それに応えたい。
一軍の舞台に立ち、躍動することで。
「それと同時に想ったことがあるんだ」
「……なに?」
「そのスター選手たちを、この足で掻き乱して倒してみたい。育成枠から這い上がった僕がこの足でそういう選手達を掻き乱してみたいんだ」
「うん、啓介ならできる」
「頑張るよ。それじゃ帰らなきゃ」
「……さみしい」
「うぐっ……! じゃあ、明日試合が終わったら会いに行くよ。いつものところで練習してる?」
「うん」
「分かった。それじゃシャワー浴びて着替えなきゃ」
「一緒に浴びる」
「……今九時一〇分だけど、二〇分以内に上がれるかな?」
「頑張れば大丈夫」
「頑張ったら絶対間に合わないと想うんだけど……」
「大丈夫。あ、忘れないように二つ、お風呂に持っていく」
「二つ!?」
「大丈夫。一二枚入り」
「そっちじゃなくてー!」
その日から、
僕と彼女は将来を誓い合い、支えあう大切な恋人同士になった。
翌日の新聞を監督に弄られたり、デートをゴシップ誌にすっぱ抜かれたりするのを野次られたりしながらも、僕は彼女に支えられて支配下枠を勝ち取ることが出来た。
彼女もスター選手として外国のツアーにも出場するようになって、彼女の支えにもなれているのだろうと想う。実際外国に行った時は一日一時間は絶対電話していたし。
何よりも四年目でレギュラーを取ったオフに寮を出ることが許されたのが一番の彼女へのプレゼントになっただろう。
一応今は僕一人で暮らしているけど、雪ちゃんから一週間に三回くらいは一緒に住もうと言われるし、雪ちゃんがお泊りに来ることも……まあ、うん、多々あるわけで。
そんな一途で一生懸命な彼女に支えられながら、一軍のレギュラーとして過ごすようになった二年目。僕は出会った。
『今日は負けちゃったけど、明日は勝つよ。出塁出来なかったしね』
『やってみろよ。明日はスタメンマスクだ。出塁させねぇし万が一出塁したとしても絶対に刺す!』
――最高にワクワクさせてくれる、最高のライバルに。
ぎゅ、とケータイを握る手に力を込めると、雪ちゃんが後ろからぎゅっと抱きついてきた。
柔らかい感触が背中に当たる。
「メール、誰?」
「今日会った葉波くんっていうカイザースの選手だよ。明日も試合に出るみたいだから宣戦布告しといたんだ」
「あのキャッチャーの人。……啓介の方が格好いい」
「ありがと。雪ちゃん」
「明日は盗塁して欲しい」
「勿論してみせるよ。――葉波くんには絶対に負けない」
「うん。明日ナイトゲーム」
「見に来れる?」
「練習終わったら行く。多分一回から見れる」
「やった。嬉しいな。雪ちゃんに見てて貰えるならいつも以上に調子出るから、僕」
「嬉しい。明日ナイトゲームだから集合時間はお昼の筈」
「そうだね」
「良かった。それなら大丈夫。……啓介、しよ?」
「……雪ちゃんのえっち」
「えっちじゃない。普通。好きな人と二人きりなら、こうなるのは普通……ちゅ」
「んむ……タイム、先にお風呂。入ってきたけどもう一度入らないと」
「一緒に入る」
「分かった」
「うん。三枚持っていく」
「あの時より増えてる!」
「……最初のこと、覚えてた」
「思い出してたから、雪ちゃんと結ばれた日のこと」
「うれしい。……やっぱり四枚にする」
「のぼせちゃうから、ダメ。一回分はキスで我慢して? んっ」
「んみゅ……んふぅ……けいすけ……早くお風呂」
「我慢できない? ほっぺがとろけてるよ」
「啓介のせい」
――明日はカイザースとの二回戦。
負けられない。チームのために、自分のために。
そして何よりも。
僕をずっと支えてくれてる雪ちゃんのためにも、絶対に負けない。
林! お前くたばれや!! と想った奴は感想に恨みつらみをダンクシュートだ!
これにて「なろう」様にて投稿していた分のストックは全てになります。
これから先は書きためている分もありますが、続きの投稿は遅くなりますので、ご了承くださいませ。
それでは、これからもよろしくお願いします。