実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第四〇話 vsバルカンズ スタメンと見えてくるもの

            五月三日

 

 

「スターティングメンバーを発表する!」

 

 監督の鶴の一声で、練習前後の休憩の時の、緩やかな空気は一変する。

 ……一日一日がチームメイトとの戦いだ。スタメンになればアピールのチャンスは増える。

 そのチャンスが貰えるかの瀬戸際だし、レギュラーとしても控えにポジションを奪われる可能性があるから緊張して当然だ。

 

「一番、相川 センター。

 二番、蛇島 セカンド。

 三番、友沢 ショート。

 四番、ドリトン ファースト。

 五番、飯原 レフト。

 六番 葉波 キャッチャー。

 七番、春 サード。

 八番、谷村 ライト。

 九番、久遠 ピッチャー、今日のスタメンは以上!」

「「「「「「はい!!」」」」」」

 

 っし、スタメン!

 やっとゆたかが先発の時以外でスタメンになれた。これを足がかりにレギュラーを奪うぞ。

 

「先輩、がんばってくださいね。オレ応援してますから!」

「おう! 久遠、ブルペン行こうぜ!」

「うん」

 

 久遠と並んで歩く。

 そういや久遠と一緒に試合に出るって二年の甲子園以来か。

 

「あの時は敵同士だったけど、今度は味方だね。頼むよ」

「ああ、勝つぞ」

「うん!」

 

 ぽん、と久遠とグラブを合わせてブルペンに急ぐ。

 試合まで後少し。しっかりとウォーミングアップしとかないとな。

 ブルペンに着き、軽くキャッチボールを繰り返す。

 そのうち、しっかりと座ってボールを受けて投手の修正箇所などを上げていく。

 

「久遠。今日はスライダーがちょっと高く入ってるな」

「だよね。修正しようとしてるんだけど……上手くできなくて」

「うーむ……」

 

 そこを無理に修正させてももっと悪く可能性もあるから難しいんだよな。

 どんな投手でも全ての試合を絶好調、あるいは思い通りに迎えるのは不可能だ。

 悪い調子で悪いなりにも抑えることが出来るのがいい投手の条件の一つだし、その手助けをするのが捕手の仕事だ。

 

「ま、いいや。細かい事は俺に任せて、全力で投げてくれりゃいい」

「うん、了解」

 

 久遠と別れて、俺は一足先にベンチで待つ。

 すでにスタメン発表が終わりボルテージが上がる球場。

 先攻は俺らからだ。打順は六番だけどもしかしたら一回から回ってくるかも知れない、覚悟しておかないとな。

 相手のスタメンを見る。

 一番、矢部 ショート。

 二番、林 セカンド。

 三番、六道 キャッチャー。

 四番、猛田 ライト。

 五番、八嶋 センター。

 六番、南戸 ファースト。

 七番、桐谷 サード。

 八番、田中 レフト。

 九番、平田 ピッチャー。

 昨日と投手以外は変わらないオーダーか。

 九番の平田の売りはコントロールと動くボール。低めにしっかりとコントロールしつつ動く球で打者を打ち取るタイプの右投手だ。

 

「相手の平田はボールを動かしてくる。しっかりボールを見て振っていけ!」

 

 監督の指示に全員が頷く。

 投球練習を見るからにクセ球なのが解る。しっかりとボールを見てコンパクトにスイングしないとな。

 

『バッター一番、相川』

 

 相川さんがバッターボックスに立つ。

 六道からのサインを平田が受け取って、頷いた。

 足を振りかぶって平田が投げる。

 スリークォーターから投じられた低めへのストレートを相川さんは見送った。

 

「ストラーイク!」

 

 球速は一四二キロ。ストレートだけど微妙に変化してる。ツーシームってやつだな。

 ぐっと二球目を平田が投じる。

 手元で僅かにボールが落ちる。

 シンカー……いや、シンキングファストだな今の。

 シンキングファストは落ちるストレートと言われる、手元で僅かに変化する厄介な球種だ。ツーシームとほぼ同じような変化だが、こちらは意図的にシュートさせることで高速シンカーのように落ちるボールになっている。

 メジャーリーグでは打たせて取る球種としてかなりメジャーな変化球だが、日本ではなかなか見ない珍しいボールだ。

 大西に続く二番手な理由がはっきりと解る。このボールを低めに決められたら打者にとってはかなり厄介だな。

 三球目に投じられたのは低めへのカットボール。

 相川さんはそれを引っ掛けてしまった。

 

「任せて! ふっ!」

「アウト!」

 

 セカンドベース方向に飛んだボールを林が回り込み捕球してファーストに送球する。

 安定した守備力と広い守備範囲を持つショートセカンドが居るチームなら、この手の投手はかなり有効だ。ゴロを打たせてアウトにしてくれる確率が高いんだからな。

 大西と比べてコンスタントに低めへ投げれているし、動く球で打ち取る投球をしてる投手だ。大崩れはしないだろう。

 二番の蛇島が打席に立つ。

 だが、蛇島も低めの動くボールでショートゴロに打ち取られてしまった。

ここまで投げたボールは全て低めに決まっている。これじゃ攻略も一苦労だぜ。

 

『バッター三番、友沢』

 

 ウグイス嬢にコールされて、友沢が打席に立つ。

 ツーアウトからだけど、ランナーが出塁すれば平田のリズムも変わるかも知れない。頼むぜ友沢。

 平田が足を上げボールを投げ込む。

 パァンッ! と進が内角低めに決まったボールを捕球した。

 

「トラーック!」

 

 友沢が一度打席を外し、二、三度素振りをする。

 そして打席に戻り構え直した所で、平田が素早く二球目を投じる。

 投げられたのは、球速一四三キロのツーシーム。

 友沢はそのボールを、腰の回転で鋭く弾き返した。

 ッカァンッ! と音が響く。そのままスタンドまで行っちまえ!

 ぐんぐんとスピンを掛けられたボールは、そのままフェンスにドゴンッ! と直撃した。

 ワンバンしたボールをセンターが捕球し、ショートに投げる。

 その間に友沢はセカンドに滑り込んだ。

 

「ナイスバッティング!」

「ナイバッチー!」

 

 ベンチから声が飛ぶと、友沢はそっけなく手を上げた。あいつらしい態度だな。ホント。

 さて、これでツーアウトだがランナーは二塁。このチャンスを活かしたい所だが、今日の平田とドリトンの相性を考えると――。

 

「ヌウッ!」

 

 ドリトンが低めへのカットボールを打たされる。

 ショートゴロとなったボールを矢部くんがしっかりと捕球し、ファーストへ投じた。

 

「アウト!」

『スリーアウトチェンジ! カイザース二アウトからチャンスを作りましたがこの回は無得点です!』

 

 やっぱりか。

 この手のクセ球の投手相手だとドリトンはイマイチ相性が悪い。低めの動く球を打たされてゴロを打つことが多いんだ。

 友沢が戻ってくる。

 さぁて、次はこっちの守備だ。しっかりと抑えねぇとな。

 

「行くぞ、久遠」

「うん」

 

 久遠と頷き合って、グラウンドに歩き出す。

 バルカンズの一番打者は矢部くんか。出したら大変だぞ。集中して抑えないと。

 

『バッター一番、矢部』

 

 コールを受けて矢部くんが打席に立つ。

 さてと、ブルペンで今ひとつだったスライダーを試しておきたいな。

 俺がサインを出すと、久遠が首を縦に振ってセットポジションに入り、腕を振るう。

 グンッ! と投げられたボールが高めに浮いた。

 矢部くんはそれを見逃さずライト方向に引っ張った。

 キィン! という音が響き、一、二塁間を抜けていく。

 

『矢部初球打ち! 一二塁間を破るライト前ヒットー!』

 

 矢部くんが一塁ベース上でアームガードとレッグガード、バッティンググローブを外す。

 うーむ、まだエンジンが掛かりきってないのもあるけど、それにしてもスライダーが高く浮きすぎてるな。こりゃ勝負どころじゃ使いづらそうだぞ。

 

『バッター二番、林』

「「「オオーオオォォー、その速度まさに稲妻。捕手を泣かせるその快速。見せてくれよ矢部明雄。走れ、走れ、やーべ!」」」

 

 ライトスタンドから地鳴りのように響く応援歌。良くあるヒッティングマーチだとか、打者への応援だとか、そういうモノではない。

バルカンズにのみ用意されている"ランニングマーチ"とでも言えばいいだろうか。ランナーへの応援歌だ。

 その応援を受けて、じりりと矢部くんがリードを取る。

 いいぜ矢部くん、走るんだったら容赦はしない。絶対に刺す。

 林が構える。

 矢部くんが走ることも考えて、初球から打つとしたら高めの甘い球くらいだろう。だったら低めへのストレート。厳しいところなら見逃してくるはず。

 久遠がクイックで投球を始めると同時、矢部くんがスタートを切る。

 

「スティール!」

 

 ファーストのドリトンが叫んだ。林は手を出さない。

 セカンド、絶対に刺す!

 低めのボールを捌き右手に持ち替えて思い切りセカンドへ向かって腕をふるう。

 ヒュバッ! とボールが空を切り裂きながらセカンドへと伸びていった。

 それを見ながら矢部くんがセカンドに滑りこむ。

 ベースカバーに入った友沢がそのボールを受け取り、滑りこんできた矢部くんの足にタッチした。

 じ、っとその様子を見つめ、セカンドの塁審は、

 

「アウトー!」

『盗塁しっぱーい! 矢部、今季初めて盗塁失敗! 刺した相手は盟友葉波! 快速勝負第一ラウンドは葉波が制しました!』

 

 っしゃあ! 完璧だぜ!

 すごすごと矢部くんがベンチに走って戻る。

 その際、ちらりと俺の方を見て悔しそうな顔をした。

 悪いな矢部くん。久遠に任せろっていった手前、ここで盗塁を許すわけにはいかないんだよ。

 さて、集中する相手は林に戻ってカウントは1-0。このままサクサクっと守備を終わらせて攻撃にリズムを作らないとな。

 久遠にチェンジアップを要求する。ここはバランスを崩させて打ち取りたい所だ。

 内野安打が怖いけど、そんなこと言ってたらこの手の打者全員を三振かフライアウトに取らなきゃいけなくなる。そんなことは不可能だからな。内野陣を信頼するとしよう。

 久遠が頷き、ボールを投じる。

 ゆるいチェンジアップ。ストレートの次のボールだから林も予想していたのだろう。勢い良くバットが振られる。

 カツンッ! という擦りあげるような音がして、ボールが上がる。

 ショートの友沢が手をあげ、そのボールをしっかり捕球した。

 

「アウト!」

 

 うし、ツーアウト。これでホームラン以外ならOKってリードが出来るぜ。長打を打たれない限り、二連打食らっても得点入らないからな。

 

『バッター三番、六道』

 

 ウグイス嬢に呼ばれた六道が、静かに打席に入ってきた。

 さて、と、六道か。

 非力だが、ポイントに入ってきたボールをフェンス直撃させるくらいのパワーはある。ここはしっかりと低めを意識して打たせるか。

 足もそんなに早く無いから内野安打を意識して前めに守る必要も無い。

 最初は野手用のブロックサイン。通常位置で守備するように指示して、と。

 次は久遠へのサインだ。要求はスライダー。アウトサイドギリギリに構える。

 スライダーの制球がイマイチなのは承知の上。だからこそ、こういう使えない場面で使っておいて慣らしておきたい。

 久遠が腕を振るう。

 ワンバウンドしたボールをプロテクターに当て前に落とした。

 

「ボーッ!」

 

 0-1。

 もう一度スライダーを頼むぞ。

 今度はど真ん中だ。好きなように曲げてみろ。

 久遠は俺のサインを受け取って驚いた顔をしつつ、頷いて構えを取る。

 クンッ! と弓を引くように腕をしならせ、勢い良く振ってくる。

 インサイドにずれたボールが真ん中低めへとスライドした。

 パァンッ! とそれをミットの芯で捕球する。

 

「ストライーッ!」

 

 よし、平行カウント。

 スライダーで厳しい所を狙わせるとストライクを取るのは至難の業だが、どうやら真ん中から好きに放らせればストライクは取れそうだ。流石伝家の宝刀だな。

 今日の所はスライダーを決め球にするのは止めよう。となると、久遠のボールで決め球になりうるのは一四〇キロ後半のストレートか。

 ストレートだけじゃ決め球にするのは厳しい。幸い久遠はチェンジアップがあるから、緩急を使って行こう。

 スライダースライダーと続けた。ここまで見る体勢だった六道も、ワンストライクを取られたことで行動を変えるだろう。

 チェンジアップを外角へ要求する。

 コクン、と頷いて、久遠が腕をふるった。

 抜いたボールを、開かないように六道が溜めを作る。マズイ、読まれた!

 外低めに落ちてきたチェンジアップを六道が流し打つ。

 カァンッ!! と痛烈な音を残しボールはサードの頭上を強襲する。

 その刹那。

 

 春が、跳んだ。

 

 バシィンッ! と強烈な音を響かせながら、春が仰向けに倒れ込む。

 カイザースの青い帽子がぱさりと春の横に落ちた。

 地面に倒れた春が、たかだかとグローブを掲げる。

 その中に、今しがた六道に完璧に捉えられた白球が見えた。

 

「アウトー!」

『ファインプレー! 六道の痛烈な当たりを、春涼太が好捕ー! かつてのチームメイトのヒットを好守で阻みました!』

 

 立ち上がり、帽子をかぶり直して春がベンチへと戻っていく。

 おいおい、ショートでは決して上手いとはいえなかった奴が、サードになった途端こんなプレーするのかよ。なんだかんだいって野球センス抜群だな。

 

「ナイキャ」

「我ながら上手く捕れたと思うよ」

 

 にこっと春が笑いながら答える。嬉しそうな顔しやがって。俺も負けてられないぜ。

 ふと六道の顔を見ると、嬉しいんだか悔しいんだか、複雑そうな表情で戻っていく。

 まあ、気持ちは分かるけど。って今はそんなこと考えてる場合じゃない、平田を攻略する方法を見つけないと。

 回は二回の表に入る。

 バッターは飯原さんから。俺が次の打者だから、ネクストに入っておかないと。

 防具を素早く外し、バットを持ってネクストへ向かう。

 平田は相変わらず低めへの投球を心がけている。

 ポンポンと小気味いいタイミングで素早く投げ込んでくるせいもあって、リズムも良いな。

 飯原さんが小さく落ちる球を打たされた。シンキングファストだ。

 

「アウト!」

「すまん、手元で小さく落ちる球だ。シュート回転してるボールは殆どそれだぞ。しっかり見極めてけ」

「うっす」

 

 飯原さんの助言を貰って、打席に向かう。

 

『バッター六番、葉波』

 

 ドンドンドンッ! という鳴り物の音と歓声がレフトスタンドから木霊した。

 ビジターでもホーム応援団に負けないくらいの応援が聞こえてくる。……高校の時とは規模が違う。この期待に応えたい。

 バットを構え、じっと平田を見つめる。

 狙い球はシンキングファスト。

 日本では珍しい変化球だけど、アメリカに行った時、そのボールを投げる投手とはいくども当たった。

 ただ、平田は映像で何度見てもフォームの緩みとか癖とかは見つからない。投げさせるカウントを作らないと。

 見た感じボール先行とかになれば打ち損じを狙って投げてきそうだな。飯原さんの言うとおりしっかり見極めて行くか。

 初球、平田が腕をふるう。

 速いシュート。内低め。

 

「トラッーク!」

 

 良い所に投げ込んでくる。コントロールもかなり良いな。

 大西は良い時は手を付けられないタイプだけど、この平田は終始安定している。その代わりポテンシャルに頼って投げるタイプじゃないから、このコントロールが高めに行くと痛打されるだろう。

 二球目、外低めへ、ストレートと同じ速度でスライドした。

 いわゆるカットボール。ちょっと前までは真っスラとか言われてたやつだな。

 

「ストライクツー!」

『さあバッテリー、葉波を二球で追い込んだ!』

 

 あ、やべ。追い込まれちまった。投げさせるカウント以前の問題になっちまったぜ。

 んー、でも、面倒くさいなこの投手の攻略は。

 内シュート、外カット。インコースには食い込む球を、外には逃げる球を投げさせてる。

 けど、これは様子見のリードだからな。こっから組立を読むのは難しい。

 だが、ここまで見た感じまともなストレートは一球も無い。確認した球種はツーシーム、シュート、カットボールにシンキングファスト。ビデオではスローカーブも投げてたか。

 三球目。

 外に逃げるスローカーブを俺は見送る。

 

「ボール!」

 

 今度は大きなゆるい変化球か。

 これが実践レベルの球となると厄介だが、このスローカーブはマークから外しても良さそうだ。

 見た感じ、制球もイマイチだし見せ球くらいのレベルにしかなってない。自信も無いのだろう。このボールに自信があるなら友沢の打席で使ってた筈だ。抜けて甘く入れば友沢には一発があるから使えなかったんだろう。

 緩急を使う為にとりあえず投げれます、って程度の球だな。

 四球目、投げられたボールはシュート。

 くっ、まずいっ……!

 インコースに食い込んでくるボールに、何とか食らいつく。

 ビキッ! という音がバットから響き渡りながら、ボールはなんとかサードのファウルゾーンへ転がっていった。

 

「すみません、タイムで、バット変えてきます」

「うむ、タイム!」

 

 審判に許可を貰い、バットを取りにネクストに戻る。

 滑り止めをバットに塗って、再び打席に戻った。

 五球目、再びインコースへのシュート。

 今度は身体をわざと開いて強引に引っ張り打つ。

 

「ファウルファウル!」

 

 明らかにカットしにいくような俺のフォームを見て、六道も横の揺さぶりじゃ打ち取れないと悟っただろう。

 投げさせるカウントを作れないなら、粘って投げる球を絞らせていけばいい。

 平田が六道のサインに頷いた。

 カウント2-1。まだ有利なカウントだから際どい所で勝負してくる筈。

 落ちる球だといっても、ほぼストレート系と同じ。ならばインサイドへ投げさせたい。

 そのためにはインコースを続けすぎたから、一球外。ストライクになったらラッキーくらいのコースに投げてくる。

 平田がボールを投げた。

 外高めギリギリへのカットボール――っ!

 チッ! とバットの先の先になんとか当たった。

 ガシャンッ! と真後ろでフェンスにボールがぶつかる音が響く。

 

「ファール!」

 

 あっぶねぇ。低めに目付けされてたから思わず反応が遅れた。

 にゃろう、六道め。次の球で仕留めるんじゃなくてこのボールで仕留めに来やがったな。

 外高め、しかも逃げるボール。見逃せばボールだけど、平田の動くボールだと手前側に曲がってくる可能性も考慮して手が出てしまうだろう。実際俺も、もう少し外に投げられてたら空振ってた。

 敵ながらホント良いリードだ。

 でも、勝負は次のボールで決める。

 ジリリ、とインコースに六道が寄ったのを感じた。

 来る。

 平田が腕を引いて、投げ込んでくる。

 インコース低め、シンキングファスト。

 ボールゾーンへ落ちるそのボールを。

 腰で回転しヘッドを立てたまま掬い上げるように叩く!

 パカァンッ! と音を残し、完璧に捉えた打球が低いライナーで左中間を抜いていく。

 捉えたと同時に俺はファーストへ走り出した。

 ファーストベースを蹴り、セカンドベースに滑りこむ。

 

『ツーベース! 低めのボール球を捉えましたー!』

「っふぅ」

 

 バッティンググローブを外しながら、六道を見据える。

 我ながら会心の読みだった。月一あるかないかだぜ。

 そして、バッターは七番の春に回る。

 敬遠はない。序盤の七番。勝負強さを知っていても、春はレギュラー定着しているとはまだ言い難い立場の選手。その選手を八番でも無いのに敬遠するリードなんて出来ないだろう。

 勝負は初球。

 平田がクイックからボールを投げ込んできた。

 春に細かい読みなんざ必要ない。

 頭を空っぽにして。

 ただ来たボールを打つだけだ。

 外角低め、外に逃げるカットボール。

 ボール気味のそのボールを、春が流し打つ。

 

「セカンッ!」

 

 聖が叫ぶより早く、林が動く。

 ちょうどセカンドとファーストの中間を射抜くような鋭いゴロ。

 林が飛びついてグローブを伸ばしたが届かない。

 ボールが抜けていく。

 ライトの猛田がボールを捕球した。

 きわどい――が、打順は八、九番。ここは行く!

 ダンッ! とサードベースを蹴った。

 同時に春がセカンドへと向かうのが見える。

 中継にボールが渡る。中継は林か。――勝負!

 捕球した林がバックホームする。

 六道がブロックするべく構えを取る。

 高めにボールが逸れた。

 瞬間、スライディングする。

 ベースを隠す六道の脚の横を滑り、追ってきたタッチを潜り抜けて手だけをベースの端にタッチした。

 すぐさま六道が構えを取り直し春を牽制する。

 春はすごすごとファーストベースに戻った。

 

「セーフセーフ!」

『カイザース先制ー! 少し無理なタイミングかと思われましたがタッチを潜り抜けました!』

『ボールが高めに逸れた分、タッチが遅れましたね』

 

 一塁上で春がガッツポーズを作る。

 初球から良く行ってくれたぜ。ナイスバッチ春。

 ふぃー、にしても危なかった。猛田の肩が予想より良くなってて暴走気味になっちまったな。林の送球が逸れてくれて助かった。

 

「何やってんだ林ー! スルーすればアウトだろ! 余計なことすんじゃねぇよー! お前は白井といちゃ付いてろー!」

 

 容赦無いヤジが飛ぶ。

 うぅむ。男性ファンから嫌われてるな、林は。

 けどまあ、あんなんでへこたれる奴がレギュラーをやれるわけがない。林は既に元の守備位置に戻っている。

 続くバッター、谷村さんが低めのシュートを引っ掛け、ショートへの併殺打に倒れて二回の表が終わった。

 二回の裏は猛田から。

 猛田をチェンジアップでサードゴロ、八嶋をストレートでセンターフライ、南戸をカーブでファーストゴロに打ち取り二回の裏は終わる。

 三回の表の久遠からの攻撃。久遠、相川さんが連続してゴロアウトになってしまったものの、蛇島がライト前ヒットでしぶとく出塁すると、友沢がセンターへのツーベースで二アウト二、三塁のチャンスを作った。しかし四番のドリトンがファーストファウルフライに倒れ、この回無得点。

 その裏の攻撃の下位打線の桐谷、田中、平田を打ち取り、序盤終わって1-0で中盤に入った。

 四回の表は飯原さんから俺、春へと続く打線。

 平田の投球は相変わらず冴えている。初球、インコースへのシュートで飯原さんを打ちとって、これでワンアウト。

 二回と同じ状況でバッターは俺だ。

 打席に立つ。

 シンキングファストへ対しての俺の反応の良さは六道に残ってるだろう。

 決め球にシンキングファストはない。カウント球で使ってくることは考えられるが、その可能性は低そうだ。

 平田が六道からのサインを受け取り、ボールを投げる。

 外角低め、カットボール。

 それを見逃すが、後ろで審判が手を上げた。

 初球はストライクから入ってきたか。ストライクなら振ればよかったぜ。

 二球目はシュート。内角に食い込むボールに思わず手が出るが、当たらない。

 これで追い込まれた。ストライクゾーンを広くして、きわどい所はカットしないとな。

 三球目の大きいカーブを見逃し、2-1からの四球目。

 平田が振りかぶる。

 迎え打つように足を上げて、外角低めへ投じられたボールに対してバットを降り出し――ボールが、外角低めから更に落ちた。

 っ、シンキングファスト!?

 ブンッ! とバットが空を切る。

 

「トライックバッターアウトォ!」

『空振りさんしーん! 葉波、低めのボール球をふらされました!」

 

 さっき痛打されたボールを決め球に使ってきたか。六道のやつ。俺がこの打席でマークを外すことを読みやがったな。

 投手としてもこのリードで抑えれれば気分が良いだろう。完璧に打たれたボールで今度は完璧に抑えたんだ。このあとのピッチングにも気合が入るってもんだぜ。

 続く春がセカンドゴロに打ち取られ、四回の裏へと入る。

 打順は一番から。バルカンズの誇る俊足トリオのうちの二人、矢部くんと林が続く打順だ。

 久遠がロージンを丁寧につけながら、ボールを握る。

 この回は大事だぞ久遠。さっきの回で平田が良い投球して流れがあっちに行きかけてるからな。

 特に先頭バッターの矢部くんには要注意だ。

 もしも矢部くんが塁に出れば、バルカンズベンチは活気づく。そうなれば勢いを押しとどめることは相当難しい。林に連打なんて浴びたら目も当てられないことになりそうだ。

 矢部くんは初球から振ってくるタイプ。慎重に攻めないとな。

 久遠にサインを出す。

 初球は低めへのチェンジアップ。

 投じられたボールに対して、矢部くんはバットを出さずに見送った。

 

「トーラック!」

 

 振ってくるかもと思ったけど、見逃してきたか。

 となると、次は速い球を警戒するはず。なら、ここでスライダーを入れよう。

 久遠が投じたスライダーが真ん中から矢部くんの内角へと食いこんでいく。

 食い込んできたボールに対して矢部くんがバットを振って迎え撃った。

 ベキッ! とバットが折れる音と同時に、力の無いゴロがセカンドの正面へと飛ぶ。

 蛇島がそのボールをしっかりとキャッチしてファーストに送った。

 

「アウト!」

 

 よし、矢部くんを先頭打者打ちとったぞ。

 決してスライダーの球威が悪い訳じゃないからな。普段に比べて高く来るからヒットにはなりやすくなっちまってるだろうけど、それでも十分使えるレベルだぜ。

 

『バッター二番、林』

 

 さてと、林か。

 滑り止めのスプレーを塗り、林が打席へと立つ。

 一打席目はチェンジアップを打ち上げてショートフライだった。

 パワーは無さそうだが足はある。典型的な短距離打者タイプを抑えるには高めの直球が有効。だからこそ、高めの球を勝負球に使いたい。

 初球はスライダーから。球威があるこのボールなら初球から行かれてもそう簡単にヒットには出来ないはずだ。

 久遠がサインに頷く。

 さあ、頼むぞ。

 ぐっ、と久遠が足を上げて腕をふるうと同時、林がバットを倒した。

 っ、セーフティ!

 ダッ! と春が前に向かってダッシュしてくる。

 しかし、林は手前で大きく曲がるスライダーにセーフティを空振った。

 

「ストラーイク!」

「何やってんだー! 一発で決めろよー!」

 

 痛烈なヤジが飛ぶ。

 ふぅ、助かった。セーフティバントで来るとはな。確かに有りだけど、殆ど林はヒッティングしかしてないから頭に無かったぜ。気をつけないと。

 ともあれこれで1-0。次はストレートを外角低めに投げさせる。

 久遠が頷いた。

 一度セーフティ失敗したからっつって引くようなタマじゃないからな。内野陣にセーフティも頭に入れとけとジェスチャーを見せる。

 外角低めに構え、久遠がストレートを投じた。

 再び林がバットを倒す。

 

「それは読んでるよ!」

「オーゥ! ソレハミステイクネ! セーフティヲアウトニスル、ソレガアメリカダ!」

 

 春とドリトンが猛然とダッシュしてくる。

 林はそれを見て、

 

 倒していたバットを引いた。ヒッティング!

 

 カァンッ! と快音が響く。

 ザザッ! と春が足を止めたその横を射抜くかのように、鋭いスイングで捉えられた打球が抜けていった。

 レフト前に転がるボールを飯原さんがキャッチし、友沢に投げ返す。

 

『レフト前ヒットー! 見事なバスターで林、ワンアウトから出塁します!』

 

 ワンアウトランナー一塁。ランナーが久しく出ていなかったライトスタンドが大歓声を上げた。

 

『バッター三番、六道』

 

 この場面、林は絶対に走ってくる。

 二塁に進めばワンヒットで同点になるからな。

 六道がふぅ、と息を吐いてバットを構えた。

 さて、と。どうすっかなこの場面。

 ウェストしてもいいが、カウントで不利になれば六道に狙い球を絞られる。

 盗塁されなくてもヒットになればランナーは二塁を踏む。そうなれば結局のところワンヒットで同点という状況になってしまう。

 つーことは……ウェストなしで林を刺す、これっきゃねぇな。

 初球はスライダー。牽制はしなくていい。クイックで早く投げ込んでこい。

 クンッ、と久遠が素早く投げ込んでくる。

 六道は初球を見逃した。

 

「ストライク!」

 

 林も走らずに、一度ベースに戻る。

 1-0。走者はなるべく早いカウントで盗塁したいはずだ。

 次は、走ってくる。

 一度牽制のサインを出し、久遠にファーストを牽制させる。

 林は走ることもなく、すっとベースに戻った。

 ドリトンから久遠にボールが帰ると同時、じりりと林は再びリードを取る。

 牽制はもうしなくていい。投げるボールはストレート。外角高めに頼むぞ。

 ぐ、としゃがんだまま構えを取る。投げられたと同時に立ち上がってセカンドへ送球するぞ。

 久遠がクイックに入る。

 同時に、林がセカンドへスタートを切った。

 高めに外されたストレートを立ち上がって捕球する。

 速い……! だが、刺す!

 セカンドベースへとボールを投げる。

 バッ、と林がスライディングに入った。

 投じられたボールを友沢がキャッチし、グローブを下ろし林の足にタッチする。

 どうだ……!?

 

「セーフセーフ!」

『セーフ! 盗塁成功ー!』

『やはり脚が速いですねぇ。葉波選手も盗塁を読んで高めへのボール球を投げさせたのですがセーフです!』

 

 っ、くそ、セーフか。

 久遠のクイックも俺の送球も悪くなかった。それ以上に林のスタートが良かったか。ちくしょう。

 ぐっ、とセカンドベース上でガッツポーズをして、林が俺に向かってニヤリと頬を釣り上げる。

 ぐっ、べ、別に悔しくなんかねぇからなっ。一盗塁くらいされたって勝てば良いんだ。

 これでワンアウト二塁。六道か猛田を歩かせることも念頭に入れて、慎重に攻めてかないとな。

 カウントは1-1。スライダー、ストレートと続けた。

 次はチェンジアップが定石だな。ヒットは打たれちゃ行けない場面だ。手堅く行こう。

 内角に構える。

 外角のボールをちょこんと当てられて外野の前ってのが一番怖い。内角低めなら、緩急もあってそう大事故にはならないはず。

 久遠がモーションに入る。

 その瞬間、再び林が走り出した。

 三盗!? チェンジアップの上に六道が被さってサードが見づらい! 刺せるか!?

 慌ててキャッチし、後ろに下がってサードへと送球する。

 バンッ! と春がタッチするが、間に合わない。

 

「セーフ!」

『立て続けに盗塁成功! 快速を見せつけます、林!』

 

 完璧に読まれた。

 でも、今の投球はストライクだ。2-1で追い込んだ。内野ゴロでも同点のピンチだが、追い込んだのは大きい。

 高めのストレートは六道も読んでるはず。それなら、ここは低めのスライダーで空振りを狙うぞ。多少コントロールが乱れても前に零す。全力で低めに投げ込んでくれ。

 久遠がサインに頷く。

 腕を引いて、投球に入ったと同時――六道がバットを倒し、林がスタートした。スリーバントスクイズ!?

 低めのスライダーに食らいつくように六道がプッシュ気味にボールを前に転がした。

 久遠が慌ててボールを拾い、俺へトスする。

 間に合えっ!

 ガッ! とレガースに脚が突っこんでくる。それでもホームインだけはさせじと足に力を込める。

 バシンッ! と滑りこんできた脚にタッチをした。

 

「セーフッ!」

 

 ッ! せめてファーストは刺す!

 ビュッ! とファーストにボールを投げ、ファースト塁審が腕を高々と掲げたのを確認した。

 

「アウトー!」

『スリーバントスクイズ成功ー! 三塁ランナー林、ホームへ帰って同点! 足攻で同点にしましたバルカンズー!』

 

 まさかスリーバントスクイズしてくるとはな。完璧に予想外だったぜ。

 同点にされちまったか。流れが悪い方向に行ってる。

 猛田をファーストフライに打ちとって四回の裏が終了する。

 この五回表の攻撃をサクサク行かれちまうと、流れが完全に向こうペースになるが、打順は八番の谷村さんから、一番の相川に戻るという下位打線からのスタートだ。

 先頭打者の谷村さんが低めのシュートを引っ掛けてゴロアウトになると、久遠はセカンドゴロ、相川さんはシンキングファストを空振って三振を奪われ、五回の表が終了してしまう。

 平田も流れをものにするためかこの回は力入れて投げてたな。今日の平田に気合入れられると、下位打線からのスタートじゃチャンスを作れないだろう。

 だったら耐えて耐えてバテてくる後半勝負、ってのも有りだが、今日の久遠じゃこれから先ずっと無失点ってのは厳しいかもな。

 久遠の調子は悪くないけど、いかんせん決め球のスライダーがこれだけ高く入るんじゃ勝負所で使いづらい。

 今はまだいいが、いずれスライダーを決め球にしないといけない場面が来るだろう。その時に相手に打ち損じを期待するんじゃ分が悪すぎる。なんか対策考えとかねぇと。

 五回の裏、バッターは八嶋から。

 絶対に抑えるぞ。気合入れろよ。

 初球はインロー、真っ直ぐ。

 久遠の真っ直ぐを八嶋はフルスイングで迎え打つ。

 ベシッ! という鈍い音とともにバットがへし折れた。

 打ちとった。

 確信した瞬間、ボールはサードの後方にふらふらと飛ぶ。

 マズイ! あの当たりは落ちる!

 ぽてん、とサードの後方でボールが弾む。

 流れは完全に向こうか。ここは強引にでも押しとどめるしかない。

 バットは六番の南戸。バントしてくる可能性もあるが、八嶋が盗塁して二塁に到達してからしてくるはず。

 そうなると盗塁警戒で外を攻めたいが、そこをエンドランでつながれても厄介だ。

 初球はチェンジアップ。インサイドに来い。

 久遠がじっと八嶋を見つめ、クイックモーションからチェンジアップを投げ込む。

 パシッ、と思ったより低めに来たボールを捕球して、じっと八嶋の様子を見つめた。

 スタートの様子はない。初球は様子見か。

 

「ボー!」

『チェンジアップが低めに外れます』

 

 久遠も相当ランナーに気を遣ってる。下手に警戒しすぎると崩れるかもしれない。

 とりあえず一つストライクを取って落ち着け。球種はスライダー。こういう時は一番自信のある球でストライクを取るのがベストだ。

 久遠が頷いて、ボールを握りなおす。

 そして、足を上げた所で八嶋がセカンドへと走りだした。

 久遠のスライダーが低く投じられる。

 八嶋が目に入ったのか!? リリースがいつもよりも早いっ。

 ボールが曲がる。

 スライダーは横回転を掛けて投じるボールだ。変化が鋭ければ鋭いほど、それだけ回転が多く掛けられてると言って良い。

 つまり、久遠のスライダーは球界屈指の回転数をかけて投げるボールなのだ。

 そのスライダーが回転数を保ったまま地面に当たるということは――必然、イレギュラーバウンドがしやすいということ。

 ドッ! とスライダーがホームベースに直撃する。

 逸れるっ。せめて前にこぼせ!

 俺のミットをすり抜けるようにして弾んだボールを身体で止めに行く。

 だが、ボールは大きく跳ね上がりプロテクターの肩部分に当たって大きくファースト側に転がってしまった。

 

『あーっとこれはワイルドピッチ! ランナーセカンドベースからサードベースへー!』

 

 八嶋がそれを見てサードに走りだした。

 慌ててボールを追って捕まえ、サードに投げようとするが、すでに八嶋はサードへと滑り込む。

 最悪だ……! ちくしょう!

 今のは止めなきゃいけなかった。何やってんだ俺は!

 ふー……落ち着け、今一番テンパってんのは久遠だ。一言声を掛けないと。

 

「タイム! 久遠、大丈夫か?」

「うん、ごめん、引っかかっちゃったよ」

 

 ボールを久遠に渡す。

 久遠は苦笑いをしながらボールを受け取って、ロージンを丹念に手に塗りつけた。

 ノーアウト三塁。一点入っても何らおかしくない状況だ。

 

「一点はいい、連打は防ぐぞ」

「うん」

「フライを打たせるぞ。高め中心に攻めよう」

 

 ぽん、とグローブを合わせて、ホームベースの後ろに戻る。

 一点ならいい。なんとかなる。

 初球は高めへのストレート。

 力は有る。押さえ込め!

 びゅんっ! と腕を振るって投げられた高めへのストレートは、一四九キロとバックスクリーンに表示された。久遠のマックススピードだったはずだ。

 指に掛かったスピンの利いたストレート。

 南戸は、そのストレートをコンパクトに捉えたした。

 カァンッ! と快音が響き渡る。

 高めの一四九キロを初見で捉えた、だって? そんなことって……!

 ドンッ! と打球がフェンスに直撃する。

 サードランナーの八嶋が悠々とホームに返ってくる。

 

『タイムリーツーベースー!』

『今のは配球ミスですよ。不用意に初球に高めのストレートはちょっと……」

 

 久遠が呆然とフェンスを見つめている。

 犠牲フライでもいいってつもりで高めのストレートを投げさせた。あわよくば内野フライの打ち損じも狙って。

 それをコンパクトにスイングしてフェンス直撃……下位打線だからって舐めすぎた俺の失敗だ。相手はプロなんだ。いくら久遠のボールに力があっても、甘く入れば打たれる。

 ギリリ、と奥歯を噛み締め、頭を振るう。

 まだ試合は終わった訳じゃない。この失敗は活かす。

 

『バッター七番、桐谷』

 

 幸い打順は下位。しっかり投げれば抑えれる筈だ。

 スライダーのサインを出す。

 久遠はフルフルと首を振った。

 ワイルドピッチしたからな。スライダーは投げにくいか。ならカーブをインコースだ。

 今度は頷いて、久遠がしっかりとボールを投げる。

 桐谷が初球を狙って打ちに来た。

 カキッ、と詰まった音とともに、ボールがサード方向へのゴロになる。

 

「はいっ!」

 

 春が叫び、ボールを取ろうと前に突っ込んだ所で、

 

 ぽーん、とボールがイレギュラーバウンドした。

 

 その瞬間、カイザースベンチ全員は目を疑っただろう。

 大きく弾んだボールが春の頭を超えて、レフト線へと抜けていく。

 ライトスタンドから流れる大きな音を聴きながら、俺は呆然と立ちすくむしかなかった。

 

 

             ☆

 

 

『パワフルニュースの時間です。本日のバルカンズ対カイザースは、昨日の敗戦の借りを返す大勝でバルカンズが勝利いたしました! 林選手は一日四盗塁に二打点、更に猛打賞の活躍でした!』

 

 ニュースを見つめながらぼんやりと見つめながら、俺は寮の自室で本日のスコアを纏めていた。

 甘い配球に、ボールペンで印を付けていく。

 ポイントは四回。林へ盗塁を許した所と、五回の南戸への不用意な一球だ。

 俺なりに考えてはいたけれど、あの配球じゃプロでは通用しない。

 神童さんから基本はとことん叩きこまれたけど、投手によって配球は変わるもの、捕手としてのセンスが試されるものだ。

 進、六道というプロを代表する二人のキャッチャーに勝つためには、今のままじゃ駄目なんだ。

 猪狩やゆたか、二人と組んでいる時は勢いに任せていれば良かった。猪狩は多少読まれてても抑えこむ能力があるし、ゆたかはまだデータが少ないから読まれても球の軌道が分からなくて打ち損じたりしてただけ。決して俺のリードが良かったとか、そんな訳じゃない。

 

「馬鹿か俺は」

 

 ボールペンを強く握り締める。

 アメリカ行って皆より成長出来たと、心の何処かで思ってた。

 でも、違うんだよな、そんなの。

 皆プロという人生をかけた修羅場で切磋琢磨してきてるんだ。所詮アマチュアで、ただただプロの手ほどきを受けてきただけの俺とは必死さが、置かれた環境が違ってた。

 林だって育成から上がってきて、明日試合に出る為に必死だったはず。

 他の選手だってそうだろう。

 必死にあがいてもがいて、その場その場で必死になって死力を尽くして、そうしてやっと勝ち残れるのが――プロ野球という、夢のステージなんだ。

 スコアを片付けて、テレビを見やる。

 本日のスコアと共に敗戦投手の『久遠』の名が映っていた。

 もしも今日の投手が久遠ではなく、クビになるかもしれない投手だったら、今日の俺のリードで納得してくれてたろうか。

 ――してくれる訳ねぇよな。

 ぱし、と頬を叩く。

 これからは『打たれたのは捕手のリードのせい』だなんて言わせはしない。目の前の一場面一場面に全力を尽くしてやる。

 待ってろよライバル達。

 反省した俺は、ちぃとばかし手強いぜ?

 

 


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