実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第四三話 見据えるべき、己の姿

        五月八日。

 

 

 その日。

 早川あおいは、いつも通り試合が終わった後、ストレッチなどを終えて家に帰り、入浴してからテレビをつけた。

 いつも通りの日課だ。

 ただでさえ女性ということで、身体的にハンデを抱えるあおいがプロ野球選手として長く活躍することを考え、毎日行っている身体のケア。

 それが終わる頃にテレビをつけると、毎日良く丁度パワフルスポーツという一日のスポーツ情報のまとめニュースが始まっているので、それを見てから寝るのだ。

 

「パワフルニュースの時間です」

「ふぅ」

 

 今日もパワフルニュースが始まったのを確認して、あおいは冷蔵庫からパワリンを取り出して蓋を開け、ごくごくと飲み始めた。

 そこで確認するのは自分のニュースではない。いつも気になっている、愛しい彼のことだ。

 

『本日のカイザース対パワフルズの一戦は稲村選手の球団記録に並ぶ奪三振を含む快投で、カイザースが勝利しました。それから面白いことがあったんですよね?』

『ええ、なんというか微笑ましいというか、野球選手もやっぱり人間だな、というね。とりあえずVTR。いってみましょう』

「む、今日の先発、ゆたかちゃんだったんだ」

 

 目下恋のライバルな選手の名前が出て、あおいは一度パワリンから口を離す。

 どうやら今日、彼とバッテリーを組んだのはゆたかだったらしい。

 彼と同じチームに居る恋敵の動向は見逃せないと、あおいはソファに座ってじっとテレビに集中する。

 

『初回、森山の立ち上がり。蛇島がライト前への見事なヒットで出塁しますが、続く友沢が併殺打で回を終えます』

『森山選手がその前と打たせた投球とで、投げるタイミングを変えてきたんですね。素早く投げられたことによってバランスが崩され、弱いゴロになってしまいました』

『しかし、ここから稲村選手の好投が始まります。トップバッター近城を高めのボールで空振り三振。続く尾崎を低めのスライダーで三振、更に続く七井も同じくスライダーで三振! 三者連続の三振で一回裏を終えます』

『今日は序盤からこのスライダーを多く使ってます。葉波選手はリードが変わりましたね』

「流石パワプロくんだね!」

 

 テレビで葉波がほめられたのが嬉しくて、あおいはにこにことご機嫌にテレビを見続ける。

 

『さあ、そして二回の表。ドリトン、春が連打で出塁すると、六番近平!』

 

 テレビに近平がボールを弾き返しバットを投げ捨てたシーンが映る。

 

『このスリーランホームランでカイザース先制です!』

『スライダーの甘い球がど真ん中に来たんですけどね、上手く捉えましたね。今日外野手で初出場した近平ですが、外野にまわって持ち前の打力を発揮しやすくなったんでしょう』

『続く谷村!』

『これも甘いスライダーでした』

『二者連続ホームランで4-〇。しかしこれだけでは終わりません! 更に葉波!』

「パワプロくん!」

 

 愛しい人がテレビに写って、あおいは思わず身を乗り出した。

 肩にかけていたタオルが床に落ちる。

 

『これもまたスライダー!』

『甘いスライダーが続きましたね』

『葉波選手、プロ初のホームランで5ー〇! カイザース突き放します!』

『今日はこの回で試合が決まっていましたね』

『この回五点を取ったカイザースですが、今日凄かったのはやはり稲村選手! このあとも三振の山を築き、チームメイトの猪狩選手の持つ奪三振記録に並ぶ奪三振数を記録します! 失点も東條選手の一発のみの完投勝利です!』

「むむ、やるなぁ……」

『そして、今日の『イチオシ』はこちら! ヒーローインタビューを御覧ください!』

 

 試合の画面が終わり、ヒーローインタビューに場面が切り替わる。

 どうやらヒーローインタビューはゆたかと近平という葉波のライバルらしい。

 パワプロが出ているシーンが終わって、あおいは残りのパワリンを飲み終えて寝るべく、ペットボトルの中に残ったパワリンをぐぐーっと口に含んで、

 

『オレ、先輩のこと大好きですっ! オレと付き合ってくださーい!』

「ぶふぅっ!?」

 

 そんなセリフが聞こえて、パワリンを口から吹き出した。

 びしゃーっと床にパワリンが飛び散るが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 あおいはペットボトルを机においてテレビを呆然と見つめる。

 テレビでは真っ赤な顔をしてうつむくゆたかが映っている。

 お立ち台で告白――そんなこと、しようともしたいとも思ったことがなかった。

 実はゆたかもパニックに陥って口走ってしまっただけなのであるが、そんなことをあおいは知るよしもない。

 ただただ自分に出来ない程大胆なことをしたゆたかを尊敬する気持ちと、好きな人を取られてしまうのではない焦りの気持ちがフツフツと沸き上がってきて、あおいは動くことが出来なかった。

 

『いやー、プロ野球選手同士の恋愛だなんて何だか素敵ですねぇ』

『ええ、葉波選手は告白を受けるんでしょうかね?』

 

 他人の恋愛の話題で和気あいあいと楽しそうに談笑するアナウンサーと解説者。

 おそらくこの番組を見ている人たちも様々な憶測をしたり、微笑ましいと思っていたりするのだろうが、この恋愛の当事者の一人であるあおいには楽しむ余裕などこれっぽっちもなかった。

 床に散らばったパワリンをビッビッとタオルで拭き、そのタオルを洗濯機に突っ込むなり、カバンに入れっぱなしだった携帯電話を引っ張りだして、凄まじい勢いでメールを打ち始める。

 書きたいことを書き終えて、送信ボタンの上で一瞬だけ迷うように指を彷徨わせた後、意を決して送信ボタンを押した。

 携帯電話の画面で、送信完了の文字が出て、あおいはふぅっと大きくため息を吐く。

 明後日は移動日。葉波もあおいも本拠地に戻る。

 キャットハンズとカイザースはほとんど本拠地の場所が同じ。つまり、お互いがホームで戦う日の休日ならば会うことが可能になる。

 告白されたとは言え葉波のことだ。おそらく野球の練習でもするつもりだろう。

 ならば、だ。

 野球の話題で誘い出せば、葉波は乗ってくる筈。

 高校時代も、デートに出かけるといって自然とバッティングセンターなどの野球がある場所に行っていた。

 特にこの間の同窓会で葉波は何か悩む様子を見せていた。それならば、その相談を出来る場所なら。

 プロ野球選手は休日などにOBの話を聞く、いわゆる『道場』というものに通ったりする。

 あおいもそれに違わず、月一度程プロ野球OBの道場に通っているのだが、その人の元に葉波を連れて行こうとメールを送ったのだ。

 机に置いて、返事を待つ。

 あおいは正座したまま動かない。

 そして、ピッ、とケータイが音を発した瞬間、ケータイをひっつかみ開いてメールだということを確認すると、素早く差出人を見る。

『葉波風路』。

 その名前を見た瞬間、あおいはメールを開いた。

『明後日なら予定も無いし、一緒に行く』

 その文面を読み終えて、あおいはメール画面を閉じ、続いて親友である七瀬はるかに電話を掛ける。

 

『もしもし? あおい?』

「はるかっ! ボクを助けて!」

『!? ど、どういうこと!?』

「明後日、パワプロくんと出掛けるの! でも、ボクその、お洒落とかよく分からないし!」

『……なるほどね。分かった。明日は?』

「登板は無いよ。ベンチにも入ってないからオフ」

『じゃあ、お昼前に駅前に集合。私に任せて、あおいを今の百倍かわいい女の子にしてあげる!』

「ありがと!」

 

 力強い親友の言葉に、あおいは嬉しそうに頷く。

 

(首を洗って待っててよ、パワプロくん。はるかと協力して、僕にメロメロにしてやるんだからね!)

 

 あおいは心の中を燃え上がらせながら、親友との通話を切った。

 

 

               ☆

 

 

「へええっ、ここがあの古葉さんの自宅か。でけぇなー!」

「……うん」

「ここで技術指導してくれるんだろ?」

「……うん」

「古葉さんってショートじゃなかったっけ」

「……うん」

「でも、投手も捕手も指導出来るもんなのか?」

「……うん」

「……えーと」

「……はぁ」

 隣で深々と本日一五度目の溜息を吐くあおいを見て、俺は首をひねる。

 ゆたかに返事をしないまま逃げるように過ごしたこの二日。マスコミから逃げまくることに疲れた俺の元に、あおいから一通のメールが届いた。

 そのメールの内容に快諾し、一緒に訪れたのはプロ野球OBである古葉良己さんの野球道場だった。

 古葉さんは三年前に引退したパワフルズのOB。

 通算猛打賞数が二〇〇でプロ野球歴代二位。

 パワフルズ、カイザースの監督を務める橋森監督と神下監督と共にパワフルズ黄金期を支え、名球会入りも果たし、打率三割をキャリアの半分である九回記録したという名選手だ。

 ポジションはショート、サード、ファーストを守っていたけど、投手のあおいが指導を仰ぐということは、かなりの野球論理があるんだろうな。

 そんな人に教えて貰えるってだけでワクワクするぜ。

 

「……嬉しそうだね、パワプロくん」

「ああ、ありがとなあおい。聞きたいこともあったから、ワクワクだぜ。早く入ろうぜ?」

「野球少年みたいな目をしちゃって……分かったから、待ってて」

 

 あおいが何故かむすっとしながら、古葉さんの家のインターホンを押す。

 にしても珍しい。あおいのやつ、今日はスカート穿いてるな。

 ひらひらと短いスカートを揺らしながら、あおいが俺の前に立っている。

 むき出しの生足が眩しい。筋肉のついたしなやかな足は、あおいの体格に相応しくすらりと長くスレンダーさを際立たせているようだ。

 ……駄目だ。足にばっかり集中するただの変態になりかけてる。今から練習するってのに何考えてんだ俺。

 ぶんぶん、と頭を振るう俺を、あおいが訝しげに見つめる。

 そうこうしているうちに、門がガチャリと開き、中から無精髭を生やした男性が現れた。

 

「おはようございます。古葉さん」

「おはよう、あおいさん。キミが葉波くんだね」

「おはようございます! 葉波風路です。今日はご指導お願い致します!」

「僕に出来ることだったらね。どうぞどうぞ、上がっていって」

 

 にこ、と人のいい笑顔を見せて、古葉さんが俺とあおいを中に招き入れる。

 お辞儀をして、俺とあおいは家の中へと入っていった。

 

「今日は息子は中学の部活でね。ちょうど時間が空いていたからちょうど良かった」

 

 家の庭まで古葉さんが歩いて行く。

 庭にはブルペンとネットが設置されている。

 空を覆うように緑色のネットが張り巡らされ、守備練習以外ならばここで全て行えるようになってるみたいだ。

 すげぇな。こんな家に住んでみたいぜ。

 

「老人の世話好きが講じてね。こうして練習場まで作ってしまったんだ。息子にここで野球を教える為に作ったんだけど、こうして現役の選手にまで教えを請うて貰えるのは大変有難いことだよ」

 

 古葉さんが笑いながら真新しいバットを持つ。

 ――グリップが、手の形になるくらい削れている。

 一体どれだけ素振りをすればこんな握り手になるんだ?

 

「さて、早川さんは今日はどうするのかな?」

「ボクは明日登板ですから、軽くアップする程度にしときます」

「うん。そうか。じゃあ、葉波くんだね」

「はい」

「失礼するよ」

 

 ぺたぺた、と古葉さんの手が俺の身体に触れる。

 うおお、あの古葉さんに触られてる! 光栄すぎて動けねぇよっ!

 

「ふむ。インナーマッスルからちゃんと鍛えてある……走り込みもちゃんとしてあるね。どちらかというと上半身より下半身を中心に鍛えてある。身体の基礎は出来ているね。偉い。テレビばかりでは筋肉の付き方は分からないからね」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、バットを持ってみようか」

「はい」

 

 古葉さんに言われ、持ってきていたバットを取り出す。

 試合より緊張する。

 

「素振り一〇回」

「はい」

「一」

「ふっ!」

 

 ビュッ! とバットを振るう。

 脇を締め、体重移動を意識しフォローは大きく。

 

「ふむ。東條くんに似ているフォームだね」

「あ、わかりますか? 東條に打撃を教えて貰ってたんです」

「なるほど」

 

 すげぇ。一回素振りしただけで見事に当てられたぞ。

 驚く俺の様子にどこ吹く風の古葉さんは、なるほどね、とだけ小さく言って、先を促す。

 

「じゃあ、二」

「っ!」

 

 ビュンッ!

 風斬り音がこだまする。

 古葉さんは今度は何も言わなかった。

 

「三」

「ふっ!」

「四」

「っ!」

 

 具体的な指示も無く、素振りを一〇回し終える。

 古葉さんは目を細め、俺の一挙手一投足を逃さないようにしっかり見つめていた。

 

「……良く分かったよ」

「あ、ありがとうございます」

「……葉波くん。キミには、辛いことを僕は今から言うよ」

「ッ」

 

 息を吐くように、古葉さんが告げた。

 どくん、と俺の心臓が高鳴る。

 辛い、ことか。

 あおいが心配そうに此方を見つめている。

 俺はぎゅっと拳を握り締めて、古葉さんの顔を見つめる。

 古葉さんは俺の視線を見て軽く頷いた。

 

「葉波くん。――キミには、タイトル争いを出来るような打撃センスは、ない」

「……ッ」

 

 その一言は、思った以上に衝撃だった。

 たった十回素振りを見ただけでそんなことが分かるのか、という疑問が口から出そうになったが、それをぐっとこらえて口をつむぐ。

 古葉さんは、俺のことをしっかりと注目していてくれてたはずだ。筋肉の付き方はテレビじゃ分からないという言い方は、逆を返せば、それ以外の部分はテレビで確認出来ると言っているようなものだからな。

 その古葉さんが、はっきりと俺に――打撃センスが無いと、言っているのだ。

 

「まずは本塁打。これは背丈があれば、真芯を食えばある程度の本塁打数は打てる。ただ、飛距離を伸ばしたり、量産しようと思えば体重を付けなければならない。けれど、捕手であるキミにはそれは出来ない。捕手が体重をつければ怪我をしてしまう。よって、本塁打王のタイトル争いは出来ないものと思ったほうがいい」

 

 しっかりと、古葉さんが順序立てて説明してくれている。

 

「次は打点王。勝負強さは測れないけれど、捕手のキミの場合、クリーンアップに座ることはまず無い。これも、除外。最後に、最優秀打率と最多安打」

 

 古葉さんは、申し訳ないと言わんばかりの表情で、なおも続けた。

 

「バットコントロールは最も才能が必要とされる技術だ。……葉波くん。キミには、それが最も欠けている。三割に到達出来るか出来ないか、位だろう。葉波くんはどちらかというと読み打ちのタイプだ。相手のリード、傾向を読み打つ。けれど、プロじゃそれで三割は打てない。必ず反応で打たなければならない場面が来る。高校時代の金属バットならば、反応が遅れても当たってくれればボールは飛ぶけれど、プロの木製バットはそうは行かない。しっかり捉えなければボールは飛ばないんだ」

「……はい」

 

 声を絞り出す。

 予想以上に、その一言は効いた。

 視線が自然と落ちる。

 俺のセンスは悪いほうじゃない、と思う。曲がりなりにも二軍では三割打ててたからな。

 けれど、古葉さんが言っているのは違うんだ。

 プロの第一線で活躍するためのセンスが無いと、そう言っている。

 顔が上げられない。

 悔しい。

 ギリリ、と唇を噛む俺の肩に、古葉さんが手を置く。

 

「葉波くん。視線を落としてはいけない。僕はキミの打撃センスは無いといっているだけで、野球センスが無いとは言っていないよ」

「……え?」

「それどころか、僕はキミをセンスにあふれる選手だと評価している。……いいかい、葉波くん。野球は、勝つ為に必要なものがあるけれど、それはなんだったかな?」

「……相手より、点を取ること」

「いいや、もっと根本的な所さ。――チームが一つにならなければいけない」

「え?」

「目指す方向は山の頂上と決まっていても、そこまでのルートはいくつも存在する。どのチームよりも早く、各球団はそこに到達しようとしている。けれど、そこでチームが別々になっては登るスピードは落ちてしまうだろう。チームを一つにまとめて、ルートを示し、チームを鼓舞する役割がチームには必要だ。所謂、キャプテンと言うね」

 

 古葉さんは微笑む。

 俺に何かを伝えるように。

 

「捕手とは、フィールドを支配するポジションだ。空気を読み、相手を読み、仲間を読むことが必要なんだ」

「……っ」

「打撃という目に見える数字が残るものを追う気持ちは分かる。でもね、葉波くん。意外と首脳陣やチームメイトは、そういう所でキミを評価しているわけではないよ」

「はい」

「聡明なキミなら、もう分かっただろう。僕の言いたいことが。――キミは打線の柱には成り得ない。だから」

 

 その"何か"は、きっと古葉さんが追い求めていたものだと、そう思う。

 

「キミは"チームの柱"になれ」

 

 ――グラウンド全てを操る司令官になれ、と。

 俺は、自然とそうしてきた。

 高校時代、キャプテンと監督を兼任して、甲子園に行きたいと練習メニューや作戦を考えてきたのだから。

 魂が燃える。

 チームを、導けと。

 

「プロ野球選手にとっての勝利、栄光、成功というものは、決して個人成績を残すことでも、名球会入りすることでもない。それは結果についてきたおまけのようなものだ。プロ野球選手にとっての最も誇らしい勲章は、葉波くん」

「チームが、優勝すること、ですよね」

「……うん」

 

 俺の言葉に、古葉さんが満足に笑う。

 そう、だったな。

 チームが俺に望んで居るのは、ホームランじゃない。

 打点でも、打率でもない。

 ――チームを、勝利に導くこと。

 人には人の役割がある。その過程で求められることはあるかもしれないけど、チームの到着点は"優勝すること"なんだ。

 

「キミには東條くんのような長打力も、友沢くんのような打撃センスも、矢部くんのような足も無い。しかし、何よりも"キャプテンシー"がある。人を引っ張る魅力がある。プロ野球は傑出した選手たちが集まる場所だ。数字なんてものは皆が持っている。その中で生き延びるためには、数字に現れない何かを持っている必要がある」

 

 俺は、古葉さんの言葉を胸に刻み込んで、認識する。

 

「――葉波くん。キミは、その"何か"をしっかりと持っている天才だよ」

 

 自分の有るべき姿、自分が目指す場所を。

 

「ありがとうございます。古葉さん」

「うん。……もう、ここに来ることはないかな?」

「オフになったら挨拶に来ます。お世話になりましたから」

「そうか、楽しみにしているよ」

「はい。――その時は、優勝祝いでも出してください」

「ははは、だ、そうだけれど、早川くん」

「パワプロくん。ボクが居ること、忘れてるよね?」

「そんなことはないぞ? ……ライバルへの、最大限の誠意だ。ありがとな。あおい、おかげで吹っ切れた」

「……なら、いいけどさ」

 

 ふくれっ面のあおいに笑みを向けて、拳を握り締める。

 腹は決まった。

 俺は――チームの柱に、なってみせる。

 

 

               ☆

 

 

「ありがとうございました」

「こっちも楽しかったよ。またね」

「今度はボクの指導もお願いします。古葉さん」

 

 夕暮れ時になって、俺とあおいは古葉さんの家を後にした。

 有意義な時間だったと思う。

 目指すべき道が見えた。それだけで、今日来た甲斐は有ったぜ。

 

「門限まで後三時間くらいあるな」

「そーですね」

「何膨れてんだよ。今日ずっと不機嫌じゃねぇか」

「べっつにー、なんでもー?」

「……せっかく似合ってる服が台無しだぞ、それじゃあ」

「……え?」

 

 俺がつぶやくと、あおいがぱっと此方を振り向いた。

 ? なんだよ。俺、変なこと言ったか?

 

「……今、似合ってるって言った?」

「ああ、言ったぞ」

「……き、気づいてた、の?」

「スカートか? ああ、似合ってるよ」

 

 思わずそっから伸びてる足に見とれそうになるくらいには、な。

 流石に恥ずかしいから、それは言わないけど。

 俺の言葉に、あおいの頬が赤くなっていく。

 

「そ、そっかー、似合ってるんだ。……えへへ」

「いきなりご機嫌になった、だと?」

「当然だよっ。好きな人に……褒めて貰えたんだもん」

 

 にこ、とあおいが満面の笑みを浮かべる。

 うぐっ、そ、そういう顔は反則だから止めろよな……照れるし、どういう顔すればいいか分かんねぇよ。

 

「……あー、えーと、晩飯、一緒に食ってくか?」

「い、いいの?」

「お礼だよ。おかげ様でやることが見つかったからさ。奢るぞ?」

「うん。いく」

 

 先ほどまでの不機嫌をどこかへ飛ばしたあおいは、心底嬉しそうな顔をしたままとてとてと歩き出した。

 ……色々大変だけど、まあ、今日くらいはそれを忘れて、久々のあおいとのメシを楽しむとするか。

 

「どこに行くの?」

「もう決まってる。あおいと行こうって決めてた場所があるんだ」

「! そ、それは、その……も、もしかして……っ」

「ああ、決めてたんだ。あおいと二人で行こうって」

「……夜景の見えるレストラン……美味しい料理……ワイングラスを軽くぶつけあって、食事を終える頃に、鍵を机の上において……『今夜は門限、一緒に破ろう』なんて、なんてっ……!」

 

 何か良く聞こえなかったけど、あおいが目をキラキラさせたまま何処かへトリップし始めてしまったぞ。大丈夫か?

 まあいい、あおいと一緒に行きたかったのは本当だからな。

 二人して、夕暮れの道を歩く。

 そして、辿り着いた場所は、

 

「……らーめんやさん?」

「そうそう」

 

 のれんが揺れる、古びたラーメン屋だった。

 飲み会でゆたか達と来た時にたまたま入った所なんだけど、すげー美味かったんだよな。

 まだ有名じゃないらしく人がいないし、我ながら大した穴場を見つけちまったもんだぜ。

 

「こないだ入ったらめちゃくちゃ美味くてな。あおいに一番に教えてやろうと思ってさ。おっちゃーん! にんにく味噌ラーメン二つ!」

「はいよぉ!」

「…………」

 

 あれっ? あおいが白くなってる。なんでだろう。

 

「……知ってたよ。ボク知ってたよ。パワプロくんがそんなロマンチックなことしてくれるはずないって知ってた。でも、ちょっと期待してみたかったんだ……」

「おーい、あおい、かえってこーい」

「……おごりだったよね」

「ああ、おごりだ」

「……おじさん。ボクのぶんのラーメン、大盛りでトッピングにチャーシューと味付け玉子。チャーハンと餃子に、ビール!」

「へい了解!」

「ぼ、暴飲暴食!? っつーか遠慮しろよっ! あおいの分の会計が俺の三倍になったぞ!?」

「うるさーい! パワプロくんのバカー!」

 

 あおいの声が店内に響く。

 なんでだーっ! と俺は叫びながら、あおいと美味しくラーメンを頂いたのだった。

 


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