実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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幕間 六月一日→七月八日 ”オールスター前”

      六月一日

 

 

「ゆたか、あの、返事だけど」

「は、はい」

「今は――考えられない。ゆたかのことは嫌いじゃない。けど、俺は今野球でいっぱいいっぱいなんだ。だから」

「っ。あ、あの、先輩! お、オレ、今すぐ返事が欲しいだなんて思ってません! だから……その、カイザースが優勝できた時、返事を聞かせてください!」

「分かった。すぐ答えられなくてごめんな」

「い、いえっ!」

 

 ゆたかからの告白に、とりあえず一区切り付けて。

 俺たちカイザースは、四位のまま六月に突入した。

 新幹線で移動しながら、手元の使い古されたミットに目をやる。

 キャッチャー用のミットだ。

 高校時代のものじゃない。裏に刺繍で、四年前のドラフトの日付が書いてある。

 手入れが施された、すぐにでも試合で使えそうなミット。

 東条は、捕手を捨て切れてなかった。

 きっと俺と同じように捕手の魅力にとりつかれてたんだと思う。

 もうキャッチャーは出来ないと分かっていても、それでも。

 ――東条は、キャッチャーで居続けようとしたんだ。

 そのミットを手に嵌める。

 お前の代わりに、こいつを連れて行く。

 見てろ、東条。俺が日本一のキャッチャーになってやるから。

「先輩、着きましたよ!」

「ああ、行くか」

 今日はキャットハンズとの対戦だ。

 先発予定はあおい。久々の対決になる。

 負けられない。ゲーム差は徐々に近づいて三位とは1,5G差だ。勝ち続ければ追いつける。

 ぐっと拳を握り締めて前を向く。

 今日から俺は、もっと強くなる。

 

 

                     ☆

 

 

 ライト前にボールが弾むのを確認してから、小山雅は一塁ベース上に到達し、拳を握りしめた。

 これで雅は六試合連続安打。春がカイザースにトレードに出されて手薄になった遊撃手の控えとして一軍に上がった雅だが、これで遊撃手のレギュラーの座をがっちり掴んだと言っても良い。

 

「小山は配球を読むのがうまくなりましたね」

「うむ。見事だな」

 

 呟く監督とコーチ。

 恐らく、この球場に居る誰もが、彼女が何故覚醒をしたのかは知らないのだろう。

 

(連れて行くよ)

 

 ベース上で、彼女はもう何度誓ったか分からない思いを再び誓う。

 愚かなほど、一直線な想いを、何度でも何度でも。

 

(東条くん。僕はキミの魂をレ・リーグの頂点へ連れて行く。その時――あの時言えなかった気持ちをちゃんと伝えるよ)

 

 カァンッ! と三番の猪狩進の打球がライトへと飛んでいく。

 それを視認すると同時に小山雅はセカンドへと弾けるように走りだす。

 

(――キミのことが、好きだって)

 

 ライト前ヒットでサードへと進塁し小山雅は息を吐き出し、ホームベースに立つ捕手を睨み付ける。

 そこに立つのは、自分と同時に彼の"意志"を継いだ男。

 男はキャッチャーマスクをかぶり直しながら、次のバッターへと目を向ける。

 続く打者、四番ジョージが特大のライトフライを打ち上げた。

 雅はそれを見てタッチアップからホームへと帰る。

 

「……葉波くん」

「ん? 小山?」

「東条くんがね、言ってたんだ」

 

 東条の名を聴いた途端、ぴくりと葉波が動きを止める。

 雅はバットを拾いながら、小声で尚も言い続ける。

 

「魂と意志を、僕と葉波くんに託したんだって」

「ああ、そう言ってたな」

「……僕は、負けないよ」

「あん?」

「――東条くんの"意志"も、"魂"も、僕が継ぐ。キミには負けない。東条くんが遺したものは、僕が背負うものだ。……それを、優勝して証明してみせる」

 

 金髪のポニーテールを揺らし。

 気高い瞳で葉波を見据えながら、小山雅は葉波風路に宣戦布告を叩きつける。

 葉波は投げつけられた言葉を受け取り、そっと目を瞑る。

 

「……負けねぇよ。同じ"捕手"として、あいつが俺の目の前に居たってことを証明してやるんだ。――あんな凄い葉波選手が憧れた捕手が居たんだ、ってな」

 

 二人の視線がぶつかり合う。

 雅は満足そうに頷き、キャットハンズベンチへと戻っていった。

 ――この後、葉波が逆転の二点タイムリーツーベースを放ち、それが決勝点となってこのカイザース対キャットハンズの一戦はカイザースの勝利で終えた。

 そして、いよいよ。

 シーズンは折り返し地点を迎える。

 六月は終わりへと向かい、そして七月。

 スターたちの共演するオールスターが幕を開けるのだ――。

 

 

               ☆

 

 

 プロ野球のオールスターはメジャーリーグのオールスターと違い、変則的だ。

 レ・リーグだけの一リーグ制なので、リーグ別にオールスターを選出することが出来ない為、プロ野球機構は『AチームとPチーム』の二つに選手を振り分け、オールスターを行なっている。

 Aチーム――従来のオールスターチームで、ファン投票で選出されるチーム。

 締め切り日は六月末で、先発三名、リリーバー三名、外野手三名、その他の各ポジションから一名ずつ選出される。

 対して、Pチーム。

 これは選手間投票により選出される、プロが選んだ選手で構成されたチームだ。

 ファン投票で選出された選手を除く選手に投票が可能で、Aチームと同じポジションの人数が選出されるという形が取られている。

 そして、今日七月八日に、両チームの選手が発表される。

 ちなみに、俺の成績は今日の時点で打率二割八分五厘、打点三九、本塁打二。進の打率が三割二分台で、打点も五三、ホームランも七本だから、恐らくファン投票の結果は進が一位だろう。

 

「さて、そろそろだな」

「ああ、そうだな」

「………………あのさ」

 

 俺はノートパソコンでオールスターの公式サイトを開きながら、人のベッドの上でゴロゴロしながら『魔球の秘密~神童のツーシームとは~』と書かれた本を読む猪狩に目をやる。

 

「なんでわざわざ俺の部屋で確認すんだよ、お前の部屋にもパソコン有るだろ?」

「良いだろ別に。見られちゃまずいものでもあるのか?」

「いや、無いけど……」

「良いから早くページを開け、ボクは今神童さんのツーシームの研究で忙しいんだ。……なんとかこのツーシームの理論をライジングショットに生かせないものか……」

「やれやれ……」

 

 カチカチ、とホームページを開いた所で、ガチャガチャと部屋のドアノブがひねられる。

 今日は客が多いな。一体誰だよ。

 

「パワプロ、入れてくれ」

「友沢か。あいてるぞ」

「ん、入るぞ」

 

 ガチャリ、と扉をあけて、友沢が入ってくる。

 その手にはプロテインとスルメが握られていた。

 ……えーと。ああ、タンパク質と栄養補給ね。なるほど。

 

「…………で? 何か用か?」

「オールスターのチーム分けを確認するんだろうと思ってな」

「お前ら……」

 

 なんでこいつらは人の部屋で確認するんだよ。自分の部屋で確認しろ、自分の部屋で。

 まあ追い出すことはしないけどさ。

 はぁ、とため息を吐いた所で、開けっ放しのドアからちらりと久遠が顔をのぞかせる。

 更に廊下の奥からは山口とゆたかと一ノ瀬が此方に向かって歩いてくるのが見えた。

 ……ああ、もう。勝手にしろ。

 

「おじゃまするね。パワプロくん」

「お邪魔するよ」

「おじゃまします。邪魔かな?」

「お、お邪魔します、先輩!」

「はいはい。適当に座れよ」

 

 結局俺を含めて七人の大所帯になった部屋にため息を吐きながら、オールスターのチーム分けを確認する。

 えーと、まずはAチームの先発投手からだな。

 

「『一位・猪狩』」

「ふ、当然だな」

「相変わらずムカツクやつだな。二位、バスターズの鈴本。三位……ゆたか」

「えっ!?」

 

 俺が読み上げた瞬間、友沢のスルメを貰いぱくぱくと食べていたゆたかが思わず声を上げる。

 すげぇな、ゆたかのやつ、あおいを抑えて三位入りって。

 

「新進気鋭の女性投手。しかも勝ち星はボクに続くチーム二位の七勝。入っても不思議ではないか」

「お、オレが三位……」

 

 じーんと感動しているゆたか。まあ気持ちはすげぇ分かるけど。

 ちなみにあおいの勝ち星は五勝。勝ち星が伸びてないのがランキング外の原因なのかもしれないな。

 

「次、リリーバー部門な。えーと、キャットハンズの橘と、パワフルズの鈴木さんと、一ノ瀬だ」

「妥当なメンツだな」

「次なー、キャッチャー部門」

「せ、先輩とオールスターでバッテリー、オールスターで……」

「キャットハンズ猪狩進」

「あーうー」

「ま、当然か」

「一塁手、パワフルズ福家、二塁手、カイザース蛇島、三塁手、パワフルズ東條、遊撃手、カイザース友沢」

「ん」

「外野手、バルカンズ八嶋、バルカンズ猛田、パワフルズ七井。ま、妥当なメンツか」

「あうう。ご、ごめんなさい、先輩、オレなんかが……」

「いいっていいって、頑張ってこいよ」

「まだPチームがあるだろう?」

「プロに俺が選ばれるかよ……」

「どうだかな? ボクはお前に入れたぞ」

「ああ、俺も葉波に入れた」

「オレも先輩に入れました!」

「当然僕もね」

「俺も入れたよ」

「僕も勿論パワプロに入れた」

「組織票かよ」

 

 まー、一応確認してみるけどさ。

 カチッとPチームのメンツに移ってみる。

 

「先発……キャットハンズあおい、バルカンズ大西、カイザース山口」

「お」

「くっ、負けちゃったか……流石に勝ち星で山口くんに負けたのはでかいなぁ」

 

 ま、流石にあおいはファンチームの方で出れなかったならこっちで出てくるよな。

 なんか安心したぜ。あおいが選ばれないなんて納得出来ないしさ。……まあ、俺があおいに入れたからだけど。

 

「次、リリーバー部門。パワフルズ水海、カイザース佐伯、やんきース青葉」

 水海、か。あの凄い球速のやつだな。

「次、野手部門……捕手、葉波……俺だ」

「あ……! ぁ」

 ぱぁぁ、とゆたかの顔が輝き――次の瞬間、俺相手に投げるのだと思い出して、一瞬で顔が曇った。

 面白い十面相だな。ふむ。

「オールスターか。……おもしれぇ。猪狩とまた戦う訳だな?」

「む。……ふふ、そうだな。高校時代を思い出す。今回も、ボクが勝たせてもらうがな」

「抜かせ、打ってやるよ」

 言いながら、パソコンに視線を戻す。

「一塁手、カイザースドリトン、二塁手、バルカンズ林、三塁手、カイザース春、遊撃手、小山雅、外野手、カイザース近平、バスターズ下鶴、パワフルズ明石」

 おお、春と近平もオールスター初出場か。やるな。

 林に小山も確か初出場だったはずだ。……あいつらと同じチームか。三試合だけとは言え、楽しそうだな。

「明石がオールスター出場か……」

「は? あ、本当だ」

 友沢に言われて気づいた。ホント明石のやつ、なにげにサラっと入ってるやつだな。間がいいというか何というか。

「……先輩と、早川さんがバッテリー組むんですか」

「ん? ……そうなるな」

 ゆたかに言われて、頷く。

 そうだよな。あおいとバッテリーを組むことになるんだ。

 四年ぶり、か。今のあおいのボールを受けたら、どんな感覚がするんだろう。

「……ぅー」

「ん? どうした?」

「なんでもないです……」

 ぷい、っとゆたかがそっぽを向く。

 ? よくわかんねーけど、ゆたかとの対戦も楽しみだな。

 オールスターは七月の下旬。猪狩ドーム、頑張市民球場、キャットハンズの本拠地であるギガメガドームで行われる。

 


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