実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第四話 "五月二週" 遊ぶコマンド→早川と遊ぶ

 翌日。天気は昨日に続いて晴れだ。

 気温も少しずつ暖かくなってる。うん、運動日和ってやつだな。

 恋恋高校の校門前に到着して、ケータイの時計をみる。

 時刻は八時半。少し早めに家を出過ぎたけど、まぁ遅れるよりはずっといいだろ。

 

「ふぅ。にしても昨日の試合は楽しかったな」

 

 久々にしびれたぜ。早川も成長著しいし、友沢がすごいっつーことも分かったからな。

 これなら甲子園に行ける。選手層は薄いものの、レギュラークラスの力量なら下手な強豪校より有るかも知れない。

 

「矢部くんもあの走塁センスだし、明石も良い打撃してたしな。……明日からまた気合入れてがんばるぞ。……そういや、今日放送か、早川と新垣のアレは……上手くいくと思うけど、どうかな」

 

 ま、グチグチいってても仕方ない。俺たちに出来る最善の事はやった。後は結果を待つだけだ。

 

「ぱ、パワプロくんっ」

 

 おっと、早川が到着してたのか。

 ぼーっと考えてて気がつかなかった。

 

「おー、早川、おはよ……う」

「おはよう。遅くなってゴメン」

「……いや、こっちが速く来過ぎただけだ、気にするな」

「? どしたの?」

 

 早川は俺の前に立ち上がって、可愛らしく小首を傾げる。

 ……やべぇ、その仕草もやばいけど、着てる私服が可愛すぎだ。

 運動靴に黒いニーソックス。赤いプリーツスカートに白いブラウス。

 学生であることを強く意識させるようなファッションは早川の可愛らしいおさげとあどけない表情と相まって俺の目には物凄く可愛く映る。

 

「……や、なんでもねぇよ。んなら行くか」

「うん、行こう。どこにつれてってくれるの?」

「はは、もう決めてあるぞ。早川が喜びそうなところだ」

「ボクが?」

「そ、まあ、肩を使わずにトレーニング出来る所、かな?」

「ほんとに? わくわくしてきた。ねぇ、早く行こうよ!」

 

 早川が嬉しそうに頬を綻ばせる。

 うし、んじゃそのご期待に答えてさっさと連れてってやるか。

 

「じゃ、出発だ。昼食も摂れるようになってるし、内部にはプールとかリラックスルームとかもあるから一日中居たって飽きないぜ」

「ぷーる? リラックスルーム? な、なんか凄い所いくの? ボクそんなにお金無いけど……」

「安心しろって。猪狩のおごりだ」

「ふぇ? 猪狩?」

「そ、ほら、行くぞ」

「わわ、待ってっ」

 

 早川に気を使ってゆっくりと歩きながら、俺たちは都心部を目指す。

 休日のせいか、表通りはがやがやしていて人ごみが凄い。

 早川と逸れないように気をつけておかないとはぐれてしまいそうだ。……それなら。

 

「早川」

「ん、なぁに? パワプロくん」

「はぐれそうだ。手をつなごう」

「……え? て、手を……?」

「人ごみが凄いからな。はぐれないようにしないと」

「は、う。そ、そうだね。わ、分かった……じゃあ、つなぐ、ね?」

「ああ」

 

 おずおずと早川の手が俺の手を握りしめてきた。

 ――手に感じる固い指の感覚。

 昨日一二〇球以上投げたけど、手に豆は出来ていないみたいだな。

 ……指の皮が硬くなっているんだろう。

 何球も何球も投げて投げて投げ込んで、豆が潰れて新しい皮が出来てもすぐにまた豆を作って潰して、というのを何度も繰り返して出来る努力の結晶。

 

「いい手だな」

「そ、そそ、そんなことないよっ、ごつごつしてるし、固くなっちゃってるし……」

「それが良い手って奴だよ。良い投手の手だ。努力しているのが凄く伝わってくる」

「…………うん、ありがとう」

 

 ぎゅ、と繋いだ手に力が込められる。

 俺たちは黙ったまま目的地に向かった。

 なんだかつないでいる手が暑い気がするけど気のせいだろう。ついでに後ろからビシビシと視線を感じるのも気のせいだ。そうに決まってる。

 

 そして、この時間が惜しいような気がするのもきっと気のせいだ。

 

「ねぇパワプロくん、そろそろどこに行くか教えてくれないかな?」

 

 そのまましばらく歩くと気まずそうにしていた早川が、俺に目的地を尋ねてきた。

 

「ん? ああ、言ってなかったっけ。猪狩スポーツジムだよ」

「猪狩スポーツジム? ……って凄い高い所だよね!? そ、そりゃたしかにプールとかリラックスルームもあるだろうし、色んなトレーニングマシーンとかバッティングセンターとかブルペンまで備えてるけど、ボク会員じゃないし、そんなに高いお金払えないよ!」

「やけに詳しいな、おい」

 

 慌ててそんなことを言う早川が面白い。こいつ、一度入れないかリサーチして金銭面で諦めたな。

 たしかに猪狩スポーツジムは一流のアスリートも御用達のジムであり、多彩な最高級のトレーニングマシンやら何やらが揃っている。

 しかしその設備の維持費が掛かるなどなどの理由で、一日二万円からであり学生にはとても敷居が高い。そこらへん、早川は物凄く心配しているんだろう。

 でも今日は金銭面なんて関係ないんだよな。

 

「ま、騙されたと思って入ろうぜ」

「だ、騙されたって、ちょっと、パワプロくーん!?」

 

 ぐいぐいと早川の背中を押して猪狩スポーツジムに入る。

 白を基調とした清楚なフロント。お客さんが快く利用出来るようにという猪狩コンツェルンの気遣いが透けて見えるみたいだ。

 そのフロントの真ん中に見慣れた女性が座っている。

 

「ミヨさん」

「あら? お久しぶりね。パワプロ様」

「はい、ツレと一緒に利用しようと思いまして」

「分かりました。では無料パスを……」

「ちょ、ちょっとストップパワプロ君!」

 

 パスカードを出そうとした俺の顔に早川が手のひらを見せてストップを要求する。ううん? どうしたんだ?

 すーはーすーはーと深呼吸を二度繰り返して、早川は俺をじろっと見つめて、

 

「な、なんでそんなの持ってるの?」

「あー、そうか。うんとな。俺中学校時代猪狩とバッテリー組んでたんだよ」

「そ、それは知ってるよ!」

「そうだよな。んで、その時に猪狩にこれ貰ったんだよ。好きに使って練習しろってな。ほらこれ、五名までなら友達と一緒に入れるんだ」

「えいぞくむりょうぱす……」

「そうそう、猪狩のズルいだろ? ここで部活終わってから毎日トレーニングしてるんだぜ」

「ボクは今パワプロくんの人脈の凄さを痛感したよ……」

 

 なんか疲れたように早川が深くため息を吐いてる。

 ここまで来るのに疲れたのか。やっぱりスタミナ不足だな。そんな早川にはここでランニングマシンをするといいぞ。バーチャルランニングマシンつって。周りの風景がころころ変わるんだ。あれは楽しい。

 

「つーわけで、ツレと一緒に入りますね」

「分かりました。じゃあここにパワプロくん以外の四名の名前を記入してね」

「はい? 四人?」

「ええ、彼らもパワプロくんのお友達でしょ?」

 

 ミヨさんが後ろを指差す。

 それにつられて後ろを向くとそこに。

 

 矢部くんと友沢と新垣が、友沢を除いてニッコリと笑いながら立っていた。

 

 早川も気づいたらしく、口をパクパクと閉じたり開いたりしながら顔を青くしたり赤くしたりを繰り返している。

 

「いやー、あおいがどんな服を着ていけばいいかとか聞くから、さすがの私も気になっちゃって」

「ふふん、オイラパワプロくんに言いたいことがあってパワプロくん家に行ったらちょうど出かける所だったでやんす」

「……俺はやめろといったんだ。だがこいつらにロードワーク中に見つかってしまって無理やりに連れてこられたんだ」

「本音は?」

「そのまま帰るつもりだったが猪狩スポーツジムをタダで利用出来るならお前たちにかじりついて離れない」

「…………」

「と、ということは、ということは全部聞いてたの!?」

「『いい手だな』『そ、そそ、そんなこと無いよゴツゴツしてるし』」

「うわああああああああああああやめてえええええええええ!!!」

 

 早川が新垣の口を押さえてわーわーと大きな声を出す。人迷惑だぞー。

 

「んじゃま、俺と早川と矢部くんと友沢と新垣の五人で入ります」

「ええ、分かったわ。それじゃパワプロくん意外の四人にはこの書類に記入してもらうわよ」

「分かったでやんす」

「ああ分かった」

「ひょうはーい」

「うう、はい…」

 

 涙目になっていた早川も頷いて、四人がぐりぐりと書類に記入をする。

 それが終わるとミヨさんが五人分のロッカーの鍵を渡してくれた。

 

「んじゃ着替えてトレーニング前で終了な。更衣室を出てすぐのところだから」

「うん。でもボク着替えとか持ってきてないよ?」

「あぁ、大丈夫だ。スウェットみたいなトレーニング用のジャージがロッカーにかけてあるから。今書いた書類に服のサイズを記入する欄があっただろ? それで用意してくれるんだよ」

「凄いわね。いたれりつくせり」

「さすがの猪狩コンツェルンでやんす! お金を払えば骨の髄までサービスしてくれるでやんすね!」

「その着たスウェットはもってかえっていいのか?」

「ああ。良いぜ」

「そうか」

 

 ん、なんか友沢が凄い嬉しそうにしてるな。スウェットが欲しかったのか。

 まあ時間も勿体無いし、さっさと入るか。

 

「じゃ、またすぐに」

「うん」

「なるべく早く行くわよ」

 

 女性陣と別れて俺たちは更衣室に入る。

 さっさと着替えて集合しよう。

 

「良い肌触りでやんすね。動きやすいでやんす」

 

 俺が着替え終えると、隣でスウェットを着た矢部くんがぴょんぴょん跳ねながらロッカーに鍵をかける。

 そのメガネ、意地でも外さないし飛び跳ねても揺れすらしないな。

 そのとなりで友沢がぐいっと服を脱いでスウェットに手をかける。

 すげぇ筋肉だな。打撃には邪魔にならないようにインナーマッスルとか鍛えあげられてら。

 投手と打者の筋肉は違うっつーからな。多分俺に野手をやってくれって言われる前に久遠に打者としてーって言われてから体を作り直したに違いない。その結果があの久遠相手に5-5っていう成績に繋がったんだな。

 友沢も着替え終えたので三人で更衣室を出る。女性陣も着替え終えたらしく、すぐに出てきた。

 

「お待たせ」

「そんなには待ってないでやんすよ」

「はは、じゃ、全員揃ったとこでいくぞー」

 

 一歩トレーニングルームに足を踏み入れる。

 

「ふ、わぁ……」

 

 驚嘆の声をあげたのは早川だ。

 ま、俺も最初にここに入れてもらったときは驚いたっけ。

 最新鋭の機材に豊富な種類。

 猪狩コンツェルンが作ったトレーニングマシーンはどれも一流だ。低価格で高品質なミゾットと高価格で超高品質な猪狩コンツェルンといった感じで、それをタダで使っていいって言われた時にオフだったらここに引きこもっていたくらいだ。

 

「んじゃま、全員分のメニューを作ってみるか」

「え? メニュー?」

「メニューでやんすか? そんなのどうやって作るでやんす?」

「昨日の試合で大体全員の弱点は把握出来たからな。ま、作るっつーよりどのトレーニングマシーンを中心にやったほうがいいってのを言うだけだよ」

「昨日ので解るの? へぇ……よく見てるのね。あおいとかあおいとかあおいとか」

「あん? そらバッテリーなんだからそうだろう」

 

 なぜかニヤニヤする新垣に赤くなる早川。うーんなんだろうこの疎外感。なんか俺だけ話が分かってないような気がするぞ。

 まあいいか。とりあえず今は全員に課題を伝えなきゃな。

 

「じゃあ、早川はランニングマシンな、スタミナ不足だから走りこみ有るのみだ。新垣は体幹だな。腹筋と背筋を中心で鍛えたいから乗馬マシンにでも乗ってくれ、矢部くんは柔軟性がほしいからストレッチマシンかな。友沢は打者としての実戦経験が不足気味だから、俺と一緒にバッセンだな」

「妥当だな」

「ええっ、ズルイー! 私もバッセン行きたい!」

「オイラもでやんす! オイラの足を考えればむしろ出塁が問題でやんすから打撃を鍛えるべきだと思うでやんすよ!」

「ぼ、ボクも打撃練習してみたいな。ていうか、バントの練習をしたいかも」

「あー、たしかに、早川はバント練習はしたほうが良いかもな」

「私は無視なの!?」

「オイラは無視でやんすか!?」

「ちょ、マネしないでよ!」

「マネしたのはそっちでやんすー!」

 

 ぎゃーぎゃー言い合う矢部と新垣。さすが二遊間コンビ、息がぴったりだな。

 まあとりあえずこの二人は放っておくとして、確かに早川はバント練習をした方がいいかもしれない。

 闇雲にずっと走ってても体力は付かないし、三十分程走ってからバント練習して昼食取ってってパターンで行くか。

 

「んじゃ、早川、三十分くらい走ったらバッセン来てくれ。バッセンはこの部屋を出てから右向いて真っ直ぐ行けばすぐだから。打球音が聞こえるから解ると思うけど」

「うん、だいじょぶ」

「うし、んじゃ行こうぜ。友沢」

「ああ」

 

 早川と矢部くんと新垣をおいて、俺と友沢はバッティングセンターへと歩く。

 バッティングセンターは野球ができそうな程の広さだ。確か東京ドームよりも大きいっつってたっけ。"猪狩ドーム"とか猪狩が呼んでたっけ。

 

「好きなところで打っていいのか?」

「ああ、バットは色んな重さとかバランスとかいろいろ取り揃えてあるから、自分が使ってんの探して使うといいぜ」

「そうさせてもらう。パワプロ、気になるところが有るなら言ってくれ。教わるのは癪だが、打者歴はお前の方が長い」

「分かった」

 

 言って友沢が一本のバットを掴み肩に担いでケージに入る。

 猪狩スポーツジムのバッティングセンターは打ち放題で、一度ボタンを押すと一〇球ワンセットで自動的に投球を行ってくれる。素晴らしいところは打ち放題だし、後ろに人が並んでないならボタンを押せば連続して打てる所なんだよな。

 マシンにも色んなものがあって、一二〇キロくらいのストレートのみを投げる奴から七色の変化球を投げるもの、さらには一六〇キロのストレートと緩い変化球、チェンジアップを投げるものまである。

 友沢は迷うこと無くその一六〇キロとチェンジアップを投げる"ボールゴッド"と呼ばれるマシンの前の打席に立った。

 

「おいおい、マジか」

「速球に振り負けれなければ変化球を待って打てるからな」

 

 まあたしかに直球を打てなきゃ変化球も打てないだろうけど、だからって早速一六〇キロのマシンの前に立つ奴があるかよ。部の予算で買ってもらったウチのピッチングマシンがMAX一五〇キロだから、たしかに一六〇キロはここでしか打てないだろうけどさ。

 ……この成長への貪欲さがこいつの凄みの秘訣なのかもしれないな。

 俺も後でこいつをやってみよう。前にやったときは安打性の当たり、確か十球中一本だけだった気がするけど今はもっと打てるようになってるかも知れないし。

 そうこうしている間に友沢はピッとボタンを押した。

 自動で目の前のマシンにボールが入れられる。

 そして、数秒経って、

 

 ヒュゴンッ!!

 

 と凄まじい勢いでマシンから白球が放たれた。

 その速球に対して友沢は初球からフルスイングする!

 ギャキンッ! と鈍い音を響かせて打球は真後ろに飛んだ。

 す、すげー、こいつ一六〇キロの球に初見で合わせて来たよ。

 すぐに二球目がマシンに込められ、射出される。

 

 ッカァンッ!!

 

 今度も一六〇キロの球だ。それを友沢は今度こそジャストミートした。

 ちなみにコースはランダム。つまり飛んでくる場所が前もって分かってる訳でもないのに、一六〇キロの球を高校一年生が二球目でジャストミートしたのだ。

 こいつ、マジにすげぇ……、理由は知ってるけどなんで恋恋に来たんだよ。お前なら西京にでも行けただろマジで。

 いやでもマジで恋恋に来てくれてありがとう。お前が居なかったら甲子園行ける確率マイナス四十パー位だったわ。

 ガシュンッ、と今度は緩いチェンジアップが投げられる。

 速球のタイミングで待っていた友沢は明らかにバランスを崩すが、体重を後ろに残すことで空振りはせず、痛烈なライナーを放ってみせた。

 緩急への対応力も一流である。こうして真後ろで見ると友沢の凄さがひしひしと伝わってくるな。弱点あんのかマジで。

 そうこうして一〇球を打ち終えた友沢は深く息を吐いた。

 結局打ってみれば一〇球中六球をヒット性の当たりにした友沢は、深く息を吐いてケージから外に出る。

 

「オメーおかしいんじゃねーか……?」

「ふ、何がだ?」

 

 うげ、うっぜー、ドヤ顔で俺に打ってみろって促してやがるなこいつ。

 良いぜ、俺が華麗にフライ打ち上げる様を見てろよ。

 

「ま、まあまあ良かったんじゃねーか? 俺の打撃を見てなんか参考にしてみろよ」

「ああ、するところが有ったらな」

 

 軽口を叩く友沢の横をバットを担いで通って打席に入る。

 ちくしょー、一六〇キロなんて打てっかよー!

 ピッと軽薄な音を立てるスイッチを押してバットを構える。

 バシュッ! と放たれた一六〇キロの球を俺は豪快に空振りした。

 

「ぷっ」

「笑うな友沢ッ!」

 

 こ、この野郎馬鹿にしやがって……!

 ええいここは頭をつかうんだ。一六〇キロの球の後はチェンジアップが配球の基本だが、先ほどの友沢の時にこのマシンは一六〇キロの球を二球続けた。

 ならば俺にも二球続けてくるはず!

 読みは一六〇キロストレート。球種さえ分かってれば追っつけて打ってヒット性の当たり位は打てる!

 ガシュンッ、とマシンからチェンジアップが放たれる。

 

「でぇっ!」

 

 ブルンッ! ポスッ。

 

「チェンジアップじゃねぇか!!!」

「ははっ、機械に読み打ちか、面白いなパワプロ」

「う、うっせぇ! 後七球ある!」

 

 ビシュッ!

 

「次が来たぞ!」

「ああっ! ちょっ、今のは無しだろ!!」

 

 ちくしょー、もうこっから全部ヒット打つしか友沢に勝てないじゃねぇかよぉ!!

 それから六球打つが、結局ヒット性の当たりを打てたのはヤマを張って当たったチェンジアップの二球だけだ。

 くそう……負けた……。

 

「じゃあ約束通りパワリンをおごってもらおうか」

「そんな約束してねぇよ!?」

「ケチだな。いいだろ別に」

「はぁ、ったく……一本だけだぞ」

 

 友沢め、明るくなるのはいいがタカりやがってくそ。

 パワリンを自販機で買って友沢に渡す。

 友沢はその場でぐいっとパワリンを飲んで、再びバッティングマシーンに目をやった。

 

「後は体幹と下半身トレをすればお前はもう大体いけんじゃねぇの?」

「ん、上半身もまだだな、だが柔軟性が無くなるのも問題だ。慎重に鍛えたい」

「まぁそうだな。お前の場合パワーっつーより身体の回転とかバネで打球を弾き返すタイプだし」

「となるとやはり時間がかかるか」

「そうだな。下手に腕力つけりゃいいって訳じゃねぇからな。ま、お前は三年間ぶっちゃけ今の打撃技術でも通用するよ。……納得はしねーだろーけど」

「当然だ。だが短絡的に筋肉を付けるのも気にくわないからな。今は打撃技術を磨きながらゆっくり筋肉をつけていくさ」

 

 言って、友沢は再び打席に入る。

 まあたしかにマシンの一六〇キロと人が投げる一六〇キロは違うよな。

 チェンジアップと一六〇キロの回転の綺麗なストレートって分かってるし球速にブレもない。

 キャッチャーのリードもないから打ちにくいとかそういう事も無いだろうからな。

 たしかに力負けするなら俺みたいに打てないだろうけど、友沢みたいに打力があれば打つことは難しくないかもしれない。プロなら多分、十球中九球位はヒットに出来るだろうし。

 

「ふっ、ふっ、ふっ……!」

 

 それでもコンスタントに打球を前に飛ばす友沢は凄い。飛距離も凄いが、何よりも芯で当てるセンスがずば抜けてる。

 

 キィンッ! キィンッ! カインッ! ッキィンッ!!!

 

 気づいてみれば、周りに人だかりが出来ている。そらそうか、このゲージでこんだけ快音連発してりゃな。

 ……うーし、俺だって負けないぜ。

 一六〇キロにゃ手も足もでないけどが、一四〇キロまでならマシンになら幾らだって対応出来るぞ。

 えーっと、確かこのマシンか。一四〇キロの直球にスライダー、カーブ、フォークを投げる奴だな。うし。

 マシンに入り、スイッチを押す。

 ガシュンッ! と放たれるボールを、俺は流し打ちでコンパクトに打ち返した。

 

「おっ、こっちもすげぇぞ。こっちは変化球が三種類あって対応が難しいけど、それを打ち返してるぜ!」

「む」

 

 友沢が気づいたらしく、こっちを見てくる。

 ふん、どうだっ、なかなかやるだろ俺も!

 すると、友沢は打席を出て俺の隣――俺が今打っているもののバージョンアップ番の打席に入る。

 そっちは一四五キロのストレートに、こちらより変化が大きいスライダーカーブフォークを投げるものだ。

 友沢はさも当然かというようにそれを引っ張りで打ち返していく。

 こ、このやろう……絶対に俺には負けないつもりか。

 友沢はホームラン性の当たりをバシバシ飛ばしているが、俺はセンターから右方向を意識した、所謂流し打ちを徹底している。

 それは単に打撃の型を良くするため―とかそういう訳じゃない。ただ単に俺は一四〇キロ以上の球を引っ張る力がないだけだ。

 それを分かってて友沢の野郎……ちくしょう、分かってるよ! お前に叶わないって事くらいよっ!

 ええい、どうせ負けるならやって負けてやる! 少しくらい引っ張って――。

 

「肩が入りすぎてますよ。パワプロさん、それじゃあフライになってしまいますよ?」

「え?」

 

 その声に気を取られて、俺はボールを見逃す。

 振り返るとそこには、

 

「す、進!」

「お久しぶりです。パワプロさん」

 

 猪狩そっくりの茶髪。あどけない表情に頬の絆創膏。

 彼は猪狩進、猪狩守の実弟である。

 俺と同じあかつき大付属中でキャッチャーのレギュラーを争った少年だ。

 今年中学校三年生となった彼はセンス抜群の動けて打てる捕手であり、猪狩と同じあかつき大付属高校に進学すると言われている、あかつき大付属高校の将来を担う選手なのだ。

 

「すげー久しぶりだな! レギュラーは無事とれたか?」

「……ええ、無事に取れました」

「? そっかそっか。やっぱ高校はあかつき行くのか? 猪狩が喜んでるだろ。弟とバッテリーが組めるってさ」

「いえ、僕はあかつきには行きませんよ」

「へ?」

「……たしかに言われましたよ。兄にあかつきに来いって。……でも断りました。僕は帝王に行きます」

「……て、帝王!? なんで!?」

 

 冷たく進は言い放つ。

 ひやりとした言い方が俺の記憶の中にある進の像に一致しない。

 凄まじい違和感が俺を襲う。進はこんな冷たい目が出来たのか……。

 

「兄さんはね、あなたの代わりに僕にあかつきに来いといったんですよ?」

「へ? ……何いってんだ進。猪狩はお前の事を代わりだなんて思っちゃいねぇよ」

「じゃあどうして先に貴方にあかつきに来ないかと誘ったんですか!!」

 

 進の怒号が響く。

 周りの人がこちらを向くが、気まずそうに目線を逸らす。

 友沢は打撃中でこちらには気がついていないようだ。

 

「さ、先にって……そんなの、お前が来てくれて当然だと思ってたからに決まってるだろ!?」

「だとしたら、兄さんはもっともっと冷酷だ。だって――貴方とバッテリーを組みたいと思ってたんだから。僕にレギュラーを取るな、ということでしょう? 控えに回って兄さんや貴方を持ち上げてろってことでしょう!? ふざけないでくださいよ! 僕はあなたの代わりじゃない! たしかに貴方は素晴らしい捕手です。でも負けたつもりなんてこれっぽっちもない!」

 

 その呟きに、俺はぞくりと背中を震わせた。

 ……なんだ、それ……?

 進が俺の代わりで俺には負けてないって? そりゃたしかに一年違いだし、進が入る前から猪狩のボールをキャッチしていたってことで監督からの評価は俺の方が高かった。だからこそあかつきでは二年から俺がレギュラーキャッチャーを努め、進が入っても俺が猪狩とずっとバッテリーを努めていたんだ。

 

「ごめんなんです。そういうの。僕は猪狩進というキャッチャーです。兄さんとセットに見られたり、それだけならまだしも、貴方の代わり見られるのはごめんです! 僕はたしかに兄さんのことが好きです。兄さんとバッテリーも組みたいです! でも、あなたの代わりに見られるくらいなら兄さんとバッテリーを組めなくたっていい!」

 

 進が俺に言葉を叩きつける。

 反論が喉から出かかるが、それは吐息としてしか外に出てくれなかった。

 進が俺に対してそういう感情を持っていたことがショックで仕方ない。

 俺は進を弟のように可愛がっていたつもりだった。猪狩と親しいからかもしれない、猪狩が進と接するのと同じ感覚で進と接していたから自然とそういう可愛がるという対象になっていた。

 でも、進にとってはそうじゃなかったのか。

 

「反論出来ますか? 僕が貴方の代わりではないって、証明出来ますか?」

 

 いや、んな事はねぇだろ。

 たしかに証明は出来ない。俺が不調の時、ダブルヘッダーで疲れていた時、たしかに俺の代わりに出場したのは進だった。

 ――それでも。

 

 あの時の進は笑ってたんだ。

 

 ベンチウォーマーでも、俺の代役でも、それでも自分の力の無さを真摯に捉えて練習していた。

 だからこそ俺も必死に練習した。進に負けないように、スタメンマスクを取られないように。

 そんな進が俺の代わりだなんだとのたまう筈がない。

 

「出来ねぇよ。代わりじゃないなんて。野球なんてのは出れるのが九人だけで、後のベンチ入りは大体は誰かの代役だ。代打、代走、守備交代、誰かの代わりに打つ、誰かの代わりに走る、誰かの代わりに守る。そうじゃないのは投手くらいだな」

「やっぱり、そうじゃないですか……! 誰かの代わりに見られるなんて僕には耐えられな」

「甘ったれてんじゃねぇよ! だからこそ、その"誰か"を超えるために練習すんだろうが! 少なくとも俺が居たときのお前はそうしてただろ! それを『猪狩が俺代わりに自分を見るのが嫌だ。だから帝王に行く』? ふざけんな! そんな考え方じゃどこ行っても中途半端に終わるだけだ! 本当にお前がやりたい事は猪狩とバッテリーを組むことだっつってたじゃねぇか!」

 

 今度は逆に俺が怒号を飛ばす。

 たしかに帝王行きは進が決めたことかも知れない。俺が恋恋に行くことを決めたように、兄を超えたい、そんな思いがあるのかもしれない。

 でも、今進が言ったのはそんな信念に支えられた事とかじゃないんだ。ただ単に小さいガキがいじけてるのと一緒にしか聞こえない。

 レギュラー争いってのは競争だ。俺の代わりに見られるのが嫌なら俺を超えた"キャッチャー"ってのを猪狩に見せつければ良いだけ、そうだろ進。

 

「……試してみますか、僕が今中途半端かどうか」

 

 不意に黙っていた進が口を開く。

 進は俺の反応を確かめる前に誰も入っていない"ボールゴッド"マシンの打席を開き、俺に向けてくるりと振り返る。

 

「勝負しましょう。パワプロさん」

「……勝負?」

「ええ、そうです。この"ボールゴッド"をご存知ですよね。一六〇キロとチェンジアップを合計で一〇球投げるピッチングマシンです。……このピッチングマシンのボールを、どちらが多くキャッチング出来るか勝負しましょう」

「……」

「それで僕が勝ったら、僕の進路についてもう文句は言わないでください。いいですか?」

「……俺が勝ったらどうするんだよ」

「その時はあなたの言うとおりあかつきに入って兄さんとバッテリーを組みますよ」

「っ、それ意味がねぇんだよ! ただバッテリーを組んだって――」

「逃げるんですか? 適当な理由を付けて」

 

 進が俺を睨む。

 ……どんな理由であれ、進はこうしてしっかりと結果が見える勝負を俺に望んでいるんだ。

 だったら受けるべきじゃないか? 進が前に進む為に、それが悪い事か良い事かは分からないけど――ここで逃げてはいけない、そんな気がする。

 

「分かった、受ける」

「……では、パワプロさんが先にどうぞ。防具とミットを用意しますのでお待ちください」

「ああ」

「……パワプロ」

 

 いつの間にか打ち終わっていた友沢が、俺に話しかける。

 俺が振り向くと友沢は複雑そうな表情で俺を見つめていた。

 たぶん、自分が仲の良い人物と今まで確執を抱えていたからだろう。その瞳からは"大丈夫か?"とこちらを気遣う視線が見て取れる。

 

「ま、大丈夫だよ。あいつは凄い奴なんだ。……だから、きっと大丈夫さ」

 

 理由にもならない言葉を友沢に――いや、自分に言って俺は押し黙る。

 

「そうか」

 

 友沢は一言だけそういってバットを壁に立てかけ、自分も壁にもたれかかる。

 どうやら俺と進の勝負を見物してくれるらしい。

 

「お待たせしました。どうぞ」

「ああ、……サイズ、ぴったりだな」

「そのカードにデータは載っていますから。……先攻はパワプロさんでいいですよ。プレッシャー掛かるでしょうから」

「そうだな。じゃ、そうさせてもらう」

 

 防具を着てからミットの具合を確かめ、打席に入る。

 慣れてないミットだし綿が多く詰まっているが硬くはない。まあ行けるだろう。

 スイッチを押して打席の後ろに座った。

 分厚いミットに多少の違和感を感じながらも俺はボールが放たれるのを待つ。

 ――捕球すればいい、というのは破格の条件に見えるがそれは違う。

 素人が一六〇キロのボールを取るのは不可能だ。

 実際にキャッチャーをやってみると解るが、慣れてなかったり芯で取り損なうと手のひらには激痛が走る。だからこそ進は多く綿が入っていて衝撃を分散してくれるミットを選んで持ってきてくれたのだ。

 そういう優しい奴があんな『誰かの代わりに自分が選ばれた』なんて事を自分から思いつくわけがないんだ。きっと何か理由があるに決まってる。

 だったら俺は勝ってそれを確かめねーと。

 

 一球目、球が"ボールゴッド"から放たれる。

 

「ッ!!」

 

 バスッ!!

 鈍い音。ミットの芯で一六〇キロのボールを捕球出来ずに腕に激痛が走る。

 

「……っくっ……」

「どうしました? パワプロさん。ミットの具合が悪いんですか?」

「いや、いい具合だぜ……」

 

 普段使ってるミットだったら骨折してたかもしれない。それくらいの激痛だ。

 今の俺には一六〇キロの球はとれないんだ。

 そんなこと分かっている。それでも――逃げるわけにはいかない。

 結果がどうであれ、進の真剣勝負を受けたんだ。最後まで勝負はやり切る。それが"対等である礼儀"って奴なんだから。

 二球目。

 同じく一六〇キロの球が"ボールゴッド"から放たれる。

 ドスンッ! と再びミットの芯で捕球出来ずに、俺は顔を顰めた。

 三球目。

 考える間もなく放たれるボールに、俺はただただ翻弄されるばかりだ。

 コースはランダム。それを見てからミットを出しただけではそもそも真芯で捕球するのにもムリがある。

 変化球がないのでコースにのみ集中していればいい分楽だが、それでも厳しい。

 四、五、六……とキャッチングする度に腕が悲鳴を上げる。

 ここまでチェンジアップはない。だがストレート一球に対応するだけで精一杯だ。芯で捕球した球一つもない。

 そして、七球目。

 ガシュン! と放たれたのはチェンジアップ。しかも低めだ。

 

「うッ!」

 

 ストレートを待っていた俺は前につんのめる。しまった。ストレートを意識しすぎた……!

 後悔するがもう遅い。チェンジアップをミットの親指の部分にぶつけてしまい、ボールはワンバウンドする。

 

(っ、しまった……)

 

 思いながら構え直す。すぐさま八球目が来る。後悔していて準備が遅れたら致命的だ。

 ガシャンッ! と八球目が放たれる。

 今度は一六〇キロのストレート。頭では分かっても一球チェンジアップを挟まれて緩急を付けられた身体は反応しきれない。

 ミットの上をボールが通過し、胸にボールがぶち当たる。

 

「げほっ、けほっ!」

 

 むせながらも目はマシンから離さない。

 結局俺は九、十球目も捕球出来ずに終わる。

 

「くっ、そ……」

 

 六球。打席では対応出来たチェンジアップもキャッチングになると一六〇キロの球がちらついておろそかになる。

 チェンジアップといっても一六〇キロを投げるマシンのバネだからな。一三〇キロ程はある。それを意識せずに捕球出来るほど今の俺は上手くない。

 打席から出ると既に進は防具を着て準備万端で自分の番を待っていた。

 進は俺の脇を通って進は打席に座る。

 

「それでは行きます。……中途半端な実力じゃないこと、確認してくださいね」

 

 進はそれだけいってスイッチを押し、身構える。

 ドシュッ! と放たれる一六〇キロのボール。

 それを進は。

 

 パァンッ! と見事に芯でキャッチしてみせた。

 

 見事なキャッチング。中学三年生が摂れるたまではないのに、進は見事にそれを腕を伸ばして捕球した。

 続いて放たれる二球目。チェンジアップだ。

 進はそれも見切ってミットを地面につけて見事に捕球する。

 それを見ていた周りからは拍手が起こった。

 俺は黙って防具を脱ぎながら、進の見事なキャッチングをじっと見つめる。

 進のキャッチング技術は卓越しているな。これだけでもう名門校のレギュラーになってもおかしくないほどの技術を持っている。

 これだけの技術があれば誰かの代わりなんかにはならない。いや、むしろ他が進を超えたい、超えなければならない壁と思うだろう。

 結局、進は十球全てをキャッチして周囲のスタンディングオベーションを浴びた。

 

「どうですか? 中途半端じゃないことが分かったでしょう?」

「……ああ、十分過ぎるほどにな」

 

 打席から出て、進は俺に向かって誇らしげに言って見せる。

 ……これほどまでの腕があって、どうしてそれを俺なんかに誇るんだ。兄貴に見せてやればいいじゃないか。

 

「その技術は兄貴のボールを取るために磨いた技術だろ。……どうしてそれを兄貴に見せないんだ? その技術があれば十分――」

「だからこそ、じゃないか」

 

 後ろから鼻に付く声が聞こえた。

 振り向くとそこに一人男が立っている。目付きの悪い蛇を思わせる男だ。

 その男を見て友沢が息を飲んだ。なんだ? 知り合いか?

 

「……蛇島……桐人っ……!」

「おや、友沢くんじゃないか。ハハハッ。結局あの後名門から誘いは来なかったのかい? 僕はてっきり、ウチのセレクションを受けると思ったんだけどねぇ」

「…………知り合い、なのか」

「ああ。知りすぎて居る程に、な」

 

 ギリリ、と友沢は右ひじを押さえて蛇島を睨んでいる。

 ……何かあったのか、昔。

 

「キミには初めましてだね。ああ、そうそう、パワプロくんだっけ? 面白いあだ名だ。僕は蛇島桐人、帝王実業高校で、進くんの先輩になる予定だよ。学年は一年、君たちと一緒だ。ポジションはショート。よろしくねぇ」

 

 にこ、と微笑むがその微笑みには誠実さがない。

 どす黒い何かを感じて、俺は思わず握りこぶしを作り、

 

「……あんたか? 進になんか吹き込んだのは」

「何か? 何かって何だい? それに吹きこんでなんか居ないさ。教えただけだ。……キミの代わりにこの子を扱ってきた兄さんや監督、キミのひどさをね」

「ん、だとコラ……!!」

「おやおや、怖い怖い。ハハハッ。進くんくらい優秀なキャッチャーが来年入ってくれれば、甲子園に行ける確率は高くなるからね。誰かの代わりにしとくには勿体無い。甲子園にいけば、アピール出来る回数が増えて"皆がプロ入り出来る確率は大きく"なるからねぇ!」

「……テメェ……」

「僕のチームメイトにね。山口賢ってのが居るんだ。そいつは凄いフォークを投げるんだけどね、取れるキャッチャーがいないのさ。だから進くんが必要なんだ。君たち以上に、僕たちには」

「……そういうことです。蛇島さんの言うとおり僕を本気で必要としてくれてる人がいる。なら、僕はその人の居る学校に行きます。そういうことですから、止めないでください。……失礼します」

 

 吐き捨てるようにいって、進は踵を返し上機嫌の蛇島とバッティングセンターから出て行った。

 友沢は蛇島の背を睨むようにバッティングセンターの入り口を見つめている。

 そんな友沢を見つめながら、俺は進を止められなかった不甲斐ない自分を呪うように拳を握り締めていた。

 

「遅くなってごめんっ、パワプロくん。……ど、どうしたの?」

 

 ざわつくバッティングセンターに何も知らない早川が入ってくる。

 そんな早川の顔を見て俺は拳から力を抜いた。

 

「いや、なんでもない。さっさとバント練習しようぜ」

「……? うん」

 

 早川は何かを感じながらも、特に深く言う事無く一三五キロの直球を投げるマシンの打席へとバットをもって入る。

 バットを寝かせるのがバントの構えだが地面と垂直に構えてはいけない。フライになりやすくなってしまうからな。

 バントは肩で方向を調節して膝で高さを調節する。バットは振らずにあくまで身体全体で球の勢いを殺す。つまり一朝一夕の小手先ではつかめない。

 だが早川はその基本はしっかりつかめている。シニアで習ったのかな。

 

「いいぞ。後は速い球を怖がらずに転がせるようになれば問題ないな。誰かにならったのか? 綺麗なバントだけど」

「あはは、やだな、パワプロくん。あかりが上手じゃない」

「あー、たしかにそうだったな」

 

 そうだった。新垣のバントは職人芸のレベルだったっけ。自分で二番に起用しといて忘れるなよな。

 でも新垣の凄みはバントもあるが確実にボールをミート出来る凄さだ。矢部くんとのエンドランなんか凄く効果的だろうし、そう考えると凄い一番と二番のコンビネーション攻撃だ。

 

「よし、んじゃまバントの練習は部活中にもできそうだし、やらなくていいぞ」

「えー、ちょっとくらいは打ちたいんだけどな……? 走ってばっかじゃつまんないもん。ここのは面白かったけど」

「んじゃヒッティングの練習しといたほうがいい。いざという時に早川も打つってことにならないとも限らないし」

「うん、じゃあ打つ練習しとくよ」

 

 バントの構えを辞めて早川がスイングをする。

 アンダースローで体幹が鍛えあげられているせいか早川のスイングは終始安定しているがやはりパワーとミートセンスが無い。一三五キロの直球には詰まるし変化球が放たれれば豪快に空振りしてしまう。

 その分投球が凄いからな、バッティングには期待しないほうが良さそうだ。 

 

「ふー」

「十球打ち終えたか。んならそろそろ食事しにいこうぜ? リラックスルームつってそこでテレビ見ながら食事取れるからさ」

「へぇっ、うん、お腹すいたよ! 行こう行こう!」

「友沢ー」

「……ああ」

 

 友沢も打撃練習を終えたらしくバッティングセンターを出る俺達にてくてくとついてきた。

 矢部くんと新垣を迎えにトレーニングルームに入る。

 すると、目の前に。

 

「おりゃおりゃおりゃおりゃーでやんすー!」

「なんの負けるかー!!!」

 

 乗馬マシンの最大振動を華麗に乗りこなす新垣と、ストレッチマシンでほぼ限界までストレッチしている矢部くんがいた。

 

 何やってるんだこいつらは……全く関係の無い分野で争ってどうする……。

 

「さっきよりひどくなってる……!」

「さっきからやってたのか……!」

 

 早川の驚愕の一言に俺は驚きを重ねる。ううん、こいつらウマがあうのかあわないのかよく分からないな。

 つーかどうやってこれ優劣つけんの? ぶっちゃけつけようが無くね?

 

「ふ、ふふ、オイラの勝ちでやんすね。ここまで身体がスライムのようになる人間はオイラくらいでやんす」

「それを言うならこの猪狩コンツェルン製の乗馬マシンの最大値に完全に乗りこなすボディバランスを持つのは私くらいのもんじゃない」

「いいやオイラが凄いでやんす!」

「私よ!!」

 

 うわぁ、不毛すぎる。つーか答えでねぇだろその言い争い。

 

「あー、ストップストップ、二人とも腹減ってっからイライラするんだよ。飯行くぞ飯」

「ごはんだー!」「御飯でやんすー!」

「やっぱお前ら最高に似てるわ」

「あははっ、じゃあリラックスルームだね。看板にあっちって書いてあるよ」

「パワプロ、メニューは何が有るんだ」

「あー、メニューはコースから選ぶんだ」

 

 五人で連れ立ってリラックスルームに入る。

 シックなデザインの個室で大きさは一〇畳くらい。正面には液晶テレビが置いてあって机にはコースメニューを伝える為のタッチパネルが設置されている。ここにワゴンで食事を持ってきてくれるのだ。

 一回二万円でも納得して出せる。そんなサービスの豊富さが猪狩スポーツジムの凄いところだな。うん。

 俺は椅子に座りタッチパネルを操作する。

 皆も俺に続くように椅子に座った。

 

「この中から選ぶんだよ」

「なになに、ヘルシーコースに筋力増強コースにアスリートコース?」

「ヘルシーコースは大豆ハンバーグとかそういう感じのカロリーの少ない物だな。筋力増強は逆にタンパク質を中心に補給する。俺のおすすめは最後のアスリートコースだ。野菜と肉類のバランスがいいし、何より卵とか野菜とか肉類とか全部入ってるからな」

「オイラもそれがいいと思うでやんす」

「うん、ボクもそれがいいな」

「私もこれかな」

「友沢は聞くまでもないよな」

「ああ、五人分頼めばいい」

「了解」

 

 タッチパネルで五人分のアスリートコースを頼む。

 到着までは十分くらいか。それまでテレビでも見て待ってよう。

 

「そういえば、いつ頃やるのかな。昨日の試合」

「もうやったでやんすよ」

「えっ!?」

 

 新垣のつぶやきに矢部がさも当然といった感じで答える。

 その答えに早川はビクッと身体を震わせて矢部を見た。

 

「当然じゃないでやんすか、朝からコラム組まれてやってたでやんす。オイラ、そのことをパワプロくんに言うために朝パワプロくん家に行ったでやんすよ」

「ああ、たしかにさっき言ってたな。言いたいことがあって、って」

「でやんす。オイラの華麗なるヒットシーンが全国放送されるかと思ってわくわくして留守録までしてきたでやんす」

「そうなのか。んで、朝のを見た感じだとどうだった?」

「そうでやんすねー」

 

 うーん、と矢部くんが考えるように腕を組む。

 この放送の感触で次の手……まあ考えてはないけど、それを打つかどうかが決まるんだ。頼む矢部くん、出来れば事細かに教えてくれ。

 

「悪くなかったと思うでやんす。オイラの活躍シーンは無かったでやんすが、あおいちゃんと新垣のインタビューを中心に、前回提出されたっていう署名の放送や街頭インタビューをして女性選手はどう思うかっていう質問を投げかけたり、あおいちゃんが力投して名門校を六失点に抑えた事や、新垣がタイムリーヒットを打ったシーンなどをやっていたでやんす」

「そうか!」

「ふぇー、良かったぁ……」

「い、インタビューって……なんか恥ずかしいわね……」

「フフフ、二人だけ全国区になったでやんす。ということはオイラの華麗なるプレーが放送されればオイラも全国区でやんすね」

 

 矢部くんが鼻高々と言う感じで言うと、二人は恥ずかしそうに顔を赤くする。まあ矢部くんが誇ってるのは早川や新垣でなく自分なんだけどな。

 しかし矢部くんが言ってくれると内容に自信がモテるな。これで世論に動かされて高野連が動いてくれる事を祈るしかないが、朝から放送されたんなら高野連の方にもだいぶ連絡が行ってんだろ。

 もしも動いてくれるなら首謀者であるウチと、後は放送したマスコミに対して大きなアピールがあるはずだ。例えば"女子選手の参加を認めます"とかな。

 

「お待たせしました」

 

 そうこうしている間に五人分の食事が届く。

 ほかほかと湯気を立てる食事を見た途端、友沢の目が変わった。これは野獣の目だ!

 給仕の人があっという間に五人分を机に並べて退室する。

 んじゃま、美味しくいただきますか。

 

「もう俺は食べるぞ。頂きます」

「皆でしないの?」

「友沢はもう待てねーってさ。ほら、食べようぜ。頂きます」

「頂きますでやんすー」

「頂きます」

「もうっ、皆でいただきますってやりたかったのに。じゃあボクも頂きます」

 

 しっかりと手を合わせて食事を始める。

 メニューは炭水化物からアミノ酸までを計算されつくしたメニューだ。アスリートがここに入り浸るのも解る気がするな。

 たまーにこれを無料で受けていいんだろうかと思うんだけど、まあ猪狩がいいって言うんならいいだろう。アイツ社長の息子だし、それならありがたく使わせて貰うに限るよな。

 俺たちは他愛もない雑談をしながら食事を続ける。

 進のこととか悩む事もあるけど、今は悩んでる暇はないんだ。出場が決定しても勝ち抜けると決定したわけじゃない。今は一心不乱に前に進まないと。

 そう自分に言い聞かせて俺は進の事を頭から離す。

 ……そうしないと、進の事に囚われてしまいそうだったから。

 

 

               ☆

 

 

 パワプロくんが寂しそうな、辛そうな表情をしてお皿を見つめている。

 そんな表情を見ると、ボクの胸が何故か絞めつけられるように疼いた。

 遠く遠く――ボクが届かない場所に想いを馳せるパワプロくんの瞳。

 

「そうでやんすねー。やっぱり栄光大付属高戦のMVPといえばオイラの足でやんす。守備の動きも盗塁もなかなかでやんしたね」

「……はは、な? ショートで良かったろ?」

「その足を結果的に活かしたってなったのは私がタイムリー打ったからでしょーが、勝手に自分のいい方に改変しないでよ」

 

 ボク以外の誰も気づかないほどすぐ、パワプロくんはそんな表情を辞めて楽しそうに矢部くんの話に参加する。あかりはそんな矢部くんにツッコミを入れていた。友沢くんは只管に食事を続けてる。

 ボクも矢部くんたちの話に参加したいと思ったけど、それ以上にパワプロくんのさっきの表情が頭から離れてくれなくて――この感情がなんなのか分からずに、ボクはぎゅと拳を握りしめた。

 なんなんだろう、これ。

 ボク、パワプロくんにあんな表情させたくない。

 いつもパワプロくんは笑ってて元気いっぱいでボクたちを引っ張っててくれてて、ボクやあかりの為にいつも動いてくれてる。

 だからなのかな。寂しそうな辛そうな顔をしているパワプロくんを見ると胸が張り裂けそうになるんだ

 胸が苦しくて観ていられないのに、それでも何とかしてあげたくなって堪らなくなる。

 でもパワプロくんはその表情の原因を隠したがってるんだよね。パワプロくんなら何か悩み事があれば、ボクたちに相談してくれていると思うから。

 

「……ッ」

 

 そう考えると、余計に胸が突き刺さるように痛くなった。

 なんなんだろう、これ……ボク、病気になったのかな……?

 結局、その原因が分からないままボク達は食事を終える。

 

「うーし、んじゃ食事も終わったし、かるーく腹ごなしの運動してからトレーニング再開だ」

「あ、うん」

「おーでやんすー」

「そうね。食べた分はしっかり運動しないとね」

「ああ、しっかり汗を流そう」

 

 パワプロくんが各自各自に事細かな指示を与えながらトレーニングのメニューを一人一人につくっていく。

 今度はさっきのと違ってどれを何分やれば良いかという細かいメニューだ。ちょうど終わる頃には四時になってて帰る時間になってる。凄いなぁパワプロくん……こんなのを食事中に考えちゃえるなんて。

 

「次、早川な」

「はわっ、う、うんっ」

「? どうした?」

「なんでもないよ。パワプロくん凄いな、と思って」

「そうか? まあいいや。早川はインナーマッスルを鍛えるのとランニングマシンを三〇分交代でやってくれ、単調だけど大丈夫か?」

「うん、平気だよ」

「そっか。俺も隣でマシンやってるから、今の球種についての理解を深めるために適当に話するから、トレーニングしつつバッテリーミーティングだな」

「あはは、うん、それがいいよ」

 

 パワプロくんがにっこりと笑ってボクを促してくれる。

 今はパワプロ君が言わないならムリに聞かなくても良いや。

 ……それにボクも今の自分の気持ちに整理がついていないから。

 

「高速シンカーは打たせて取る球だな」

「うん、そうだよね。ボクもアレじゃあ空振りは取れないと思う」

 

 足で重りを上げ下げしながらパワプロ君が言う。

 かくいうボクも腕で重りを上げ下げしてるから人のことを言えないけどね。

 

「うし、そこらへんの意識はしっかりしとかねーとな。次カーブな。これ決め球に俺使ってるけど」

「うん。ボクが今までで一番練習した球だから、一番自信があるんだ」

「ああ、これを暫く決め球に使ってきたい。……でもずっとカーブを温存して使うのは厳しいんだよ」

「え? その試合で、ってこと?」

「大局的に見てさ。大体データが揃ってくると研究されてカーブが決め球ってバレる」

「統計データをとるから、試合後半にカーブが極端に多くなれば解るよね」

「ああ、んで、試合後半にカーブを待たれると投球が厳しくなる。だからといって"第三の球種"も続けて投げて慣れられれば打てる。かといって打てない高さに投げると見極められてボールになるしな。そう考えるとカーブを挟んで緩急をつけたいが、カーブは決め球に使えない。ってなるとシンカーも使わなきゃならない」

「うん。カーブとストレートだけしかいざという時にしか使えないっていうのも困るしね」

「そういうことだ。高速シンカーも芯を外すだけだからな。一点取られたら終わりって時に使うには心もとない。シンカーも当てようと思えば当てれちまうからな」

「じゃあ、どうするの?」

 

 たしかに、例えば九回裏ワンアウト三塁とかでバットに当てられてゴロでも終わり、とかそういう場面でカーブを待たれてたら投げる球がないもんね。

 ストレートで押せば内野フライとかもありえるだろうけど、ストレート一本じゃ心もとない。カーブをボールゾーンに投げるっていう手もあるから一概には言えないけど甲子園を目指すのなら備えあれば憂いなしだし。

 

「新しい球種を覚えるのも厳しいだろうからな。今ある球を鍛える」

「それって……カーブ? 分かってても打てないように……ってムリだよね。じゃあシンカー?」

「ああそうだ。シンカーを鍛えるぞ。もしかしたら高速シンカーにも良い影響が出るかもしれないからな」

「なるほど、シンカーかぁ」

「嫌か?」

「ううん、嫌じゃないよ。ただあの変化で使えるのかな?」

「楽勝だろ。むしろ鍛えれば一番良い球になるのはカーブじゃなくてシンカーかもな。まあストレートは別にしてさ」

「え? そうなの?」

「ああ、アンダーハンドだとシンカーのが投げやすいんだ。いずれお前の必殺球になるかもしれないぞ?」

「ひ、必殺球かぁ……」

 

 思い浮かべるボクを、パワプロくんははっはっはと笑う。

 

「もーっ! 笑わないでよ!」

「悪い悪い、あんまり実感なさそうにしてるからさ。いい投手だよお前は。笑ったお詫びに後でパワリン奢ってやっから」

「ホント? 楽しみにしてるよ」

「ああ」

 

 シンカーか、よし、夏の大会までに決め球で使えるようにしてみせるぞ。

 決意を込めてトレーニングマシンを動かす。

 見ててねパワプロくん。ボク、キミが活かせる投手になってみせるからね! 

 

 

 

「ふぅー、楽しかったでやんすねぇ」

「そうね、たまにはこういう所で気分変えてやるのもいいわね」

「スウェットも貰った。満足だ」

「はは、んじゃ帰るか」

「うん、そだね。帰ろう」

 

 夕暮れ。

 皆で四時まで運動した後、シャワーを浴びてストレッチしていたらもう五時になっていた。

 慌てて外に出たのが今だ。

 うん、ボクも今日は凄く有意義だったと思う。やっぱり休みといえどこうやって運動するのはいいことだよね。

 

「じゃ、ここで解散するか」

「了解でやんす」

「ああ、また明日学校でな」

「てか明日学校じゃん……めんどくさいわねぇ」

「あはは、じゃ、一緒に帰ろうよあかり」

「うん。じゃ、またね」

 

 ボクとあかりは二人で、パワプロくんと矢部くん、友沢くんは三人で一緒に帰るようで、三人で連れ立って歩いて行った。

 それを見送ってから、ボクとあかりは河川敷を歩く。

 ざぁざぁと流れる川の音が心地いい。

 

「じゃ、私こっちだから」

「うん、おやすみあかり、また明日」

 

 河川敷の途中にある分かれ道で別れて、ボクは一人で河川敷を歩く。

 夕暮れに一人で歩くのはやっぱり寂しい。特に川の音が寂しさを増させるんだよね。

 と、その河川敷の土手に座っている一人の少年がやけに気になった。どうしたんだろう?

 帽子を反対側に被って頬に絆創膏を張ってる茶髪の男の子。

 わー、可愛いなぁ。大きくなったら格好良くなりそう。

 ちょっと話しかけてみよう。こんな夕暮れに一人でいるなんて何かあったんだろうし。

 

「どうしたのキミ?」

「……いえ……少し悩み事があって」

「そうなの? じゃあボクに話してみてよ。少しは楽になるかもよ」

「…………そう、ですね……その……僕、進路について悩んでて」

「あ、そうなんだ? ボクでよければ話になるよ。といってもボクは私立の恋恋高校だから、勉強の悩みはちょっとムリかもしれないけど」

「……恋恋高校?」

「うん、ボクは早川あおい。キミはなんていうの?」

「……進です」

「進くん、よろしくね」

 

 ボクはにっこりと笑って進くんと握手する。

 これが、ボクと進くんの初対面だった。

 ボクは――進くんとパワプロくんとの確執を知らないまま、彼の頼れる先輩になったんだ。

 


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