実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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た、大変おまたせしてしまったような気がします。どうも、向日 葵です。
一年と半年ぶりの投稿ってヤバイですよね。反省しております。
その間に、いろんな方から応援のメッセージやお叱りのメッセージを頂いておりました。
返信こそしていませんが、どれもこれも励みになり、また反省につながるものでした。
お待ちいただいていた皆様、ホントーにすみませんでした!
これからはこんなにおまたせする事がないよう、稚拙ながら一生懸命頑張っていきたいと思います。

それでは、第四六話、ご覧くださいませっ


第四六話 “オールスター第二戦“

「先輩。絶対優勝しましょう! 絶対!」

「朝から気合入ってるな、ゆたかは」

「……うぐぐ、まさかあんな手法でくるだなんて……オレも告白じゃなくてプロポーズをしていれば……っ」

「ん? ぼそぼそ言ってどうしたんだよ?」

「あ、いえ、なんでもないです、よ?」

「そうか? ……そういや、今日のオールスター二戦目、先発はゆたかなんだろ? 体調は大丈夫か?」

「はいっ。大丈夫です!」

 

 むんっ、と力を込めるゆたか。

 体調も良さそうだし、今日も良いピッチングをしそうだ。

 ……惜しいのは、そのボールを受けるのは俺じゃなく、進ってことくらいだな。

 

「んじゃ、俺はそろそろ行くな」

「あ、はい……! 頑張ってください!」

「敵の応援をしてどうするんだよ?」

「あ、そ、そうでした……ぜ、全力で行きますよ! 先輩!」

「ああ! 絶対打ってやるからな!」

 

 ゆたかに宣戦布告をして、俺は球場へと移動すべく、駐車場へと移動する。

 えっと、確か入り口の方でって言ってたよな……?

 

「パワプロ様っ!」

「あ」

 

 目当ての声が聞こえて、俺はそちらに視線を向けた。

 まず目に入ったのは、真っ赤なスポーツカーだった。

 女の人が乗るようなイメージは全くもって沸かない、猪狩が好みそうな派手な車だ。屋根が無いし、雨降ったらどうするんだろ、あれ。

 そしてその車の側に立つ、金髪の美少女……って歳でももう無いか、仕事の出来るオフィスレディの雰囲気を漂わせる美女、彩乃が、俺に向けて手を振っていた。

 

「今、何か不穏なことを考えませんでした?」

「き、気のせいだよ。金髪の美女が居るなぁと思っただけだ」

「びびびび美女だなんて、うふふ、お口がお上手ですわよ、パワプロ様♪」

 

 彩乃が嬉しそうに頬を綻ばせる。

 ……うん。可愛いよな。

 

「うん、可愛いよな」

「ふぇっ!? ぁ……ぱ、パワプロ様……そ、そんな……」

「あ……わ、悪い。今のは思ってたことが口に出てたんだ。無闇矢鱈に女性を褒めるなって、あおいに注意されてたんだけど、気を抜いてたから」

「そんな……そんな、結婚したいだなんて急に言われても……! 式場の予約が出来ていませんわ!」

「言ってねぇよ!? 結婚したいだなんて一言も言ってねぇよ!?」

 

 何故か冷静さを失った彩乃に全力でツッコミを入れつつ、俺は野球の道具を彩乃の車の後部座席に乗せる。

 

「にしても、どうしたんだ? 車で球場まで送りたいなんてさ」

「式は洋風でドレスはやっぱりレンタルではなくオーダーメイドですわよね。手元にとっておきたいですし、そ、それに、しょしょしょしょ、初夜に着て、とか……はわわわ大変ですわエステに行って身体を磨いておかないと……!」

「……おーい、彩乃さーん?」

「はっ! も、申し訳ありませんわ。一人で暴走してしまって……そ、それで、パワプロ様は洋風が良いんですの? 和風が良いんですの?」

「まだ暴走してると思うんだが……?」

 

 高校時代からだけど、彩乃はたまに冷静さを失うよな。

 理由は分からないけど、数少ない彩乃の弱点と言っていいかもしれない。

 落ち着いてる時の彩乃はそりゃもう頼りになるし、俺なんかが近寄れないほどの美女だし、お嬢様オーラというか、雰囲気が凄いんだけどな。

 

「えっと、乗っていいのか?」

「あ、はいですわ!」

「ん、さんきゅ」

 

 彩乃の許可を貰って俺は助手席へと座り、シートベルトを締める。

 そのまま車が走りだす。

 外の景色を見つめながら、俺は空を見上げる。

 ――今日も良い天気だ。野球日和ってやつだな。

 

「パワプロ様は……」

「ん?」

「その、お、お二人の女性から告白を受けたみたいですけど」

「あー……俺なんかに勿体無いよな。ホント」

「そ、そんなことはないですわよっ」

「ありがとな」

 

 でも、実際俺はただの野球バカだ。

 あのまま、高校時代のまま真っ当に行っていたら、きっと俺はあおいと付き合い続けて……もしかしたら、その、結婚とか、してたかもしれない。

 でも、俺はその道を選ばなかった。

 心惹かれる野球の道が開いていて、俺はそこに惹かれて、新天地へと歩いて行ってしまった。

 言うなれば、あおいを捨てて外国に行ったんだ。

 ……だから、あおいにプロポーズされても、ゆたかに告白されても――どこか申し訳なさが先に有って、その気持ちに応えることがひどく申し訳なかったんだ。

 

「きっと俺は……男として最低なんだろうな」

「そ、そんなことはっ」

「だから、せめて野球には真摯で居ないとな」

 

 慌てて俺をフォローしてくれる彩乃に微笑んで、俺は手元のグローブに目線を落とす。

 そこには、託された想いの形が確かに有った。

 

「……わたくしも告白しようと思っていましたのに……そんな顔をされたら、きゅんきゅんして何も言えませんわ……」

「ん? どうした彩乃」

「なんでもありませんわよ。……ただ、想いというものは変わらないものですから。例え、仮にパワプロ様の言うとおり、貴方が最低な男だとしても――好きなものは好きなんですの」

「……彩乃……」

「それに、女の子ってとっても強いのですわよ? 少しの間放っておかれたって、それが夢の為なら、嫌いになるどころか益々好きになるだけですわ。……だって、格好良いですもの、夢の為に単身渡米だなんて」

「……ありがとな。優しいな、彩乃は」

「そ、そんなこと、だって、わ、わたくし……パワプロ様のこと……」

「あおいのこと、よくわかってるんだな」

「へっ?」

「俺のフォローしつつ、あおいの気持ちが本物だって俺に教えてくれてるんだろ? 本当に、優しいよ。彩乃は」

「……あ、あれ? あ、そ、そうなるんですの……!? ち、ちが、あのっ、今のはわたくしの気持ちというか! その!」

「ありがとう彩乃、球場についたし、ここまでで良いぜ」

「はわー!? も、もう到着ですのー!?」

 

 何故かショックを受けつつ、彩乃は車を止めてくれる。

 俺は車から降りて、道具が入ったバッグを左肩に背負うと、未だ呆然とする彩乃の頭をぽんぽん、と叩いた。

 

「楽しかったよ、彩乃。彩乃のそういう優しい所――俺、大好きだぜ」

「――だ、大好き!?」

「ああ、昔から世話になりっぱなしだ。これからもよろしくな」

「……は、はぅん」

「じゃあ、今日もお祭り頑張ってくるわ。応援よろしくな」

「当然ですわっ。わたくし、何よりもパワプロ様を応援していますわよ!!」

 

 むんっ、と力強くガッツポーズする彩乃に手を振って、俺は球場の中へと向かう。

 その入口の途中の木の影で、ぴょこん、とお下げ髪が跳ねるのを俺は目撃した。

 

「……えーと、あおいさん? なんで隠れてるんですかね?」

「……だって、パワプロくんを待ってたら倉橋さんとデート出勤してくるんだもん。ボクが昨日プロポーズしたばっかりだっていうのに、女の人と二人で出勤なんてひどくないかな……?」

 

 むす、と膨れながら呟くあおいに、俺は苦笑しながら頬を掻く。

 確かにそうなるのか。……パパラッチに見られてたら悪く書かれそうだ。

 

「ごめん。でも、彩乃はあおいのフォローしてたんだぜ?」

「え?」

「『二年三年放っておかれたって嫌いにならない。むしろ好きになるだけだ』ってさ」

「そ、そうだし、倉橋さんの言うとおりなんだけど……や、やっぱり倉橋さんって……まだ……?」

「確かに、俺はゆたかの気持ちにも、あおいの気持ちにも、まずは俺なんかが申し訳ない、って気持ちが先に立ってた。ちゃんと向きあえて無かったから……凄く助かったんだぜ、彩乃の言葉が、さ」

 

「そ、そっか、うん、それなら良かった、かな? ……あぅぅ、分かってたけど、ライバル多すぎだよぉ……」

「? どうした? あおい」

「な、なんでもない」

「? そうか。じゃあ、入ろうぜ? こんな所で突っ立ってたら、これから球場に来る選手みんなに見られちまうって。ただでさえ昨日のアレで目立ってるしさ」

 

 俺が中にあおいを誘導した、その時。

 ぽふ、と何やら暖かく柔らかいものが、俺の胸の中に飛び込んできた。

 

「……え、えいっ」

「っ!?」

 

 それがあおいだということに気付いて、俺は思わず身体を硬直させる。

 あおいは俺の背中に腕を回して力を込めると、俺をぎゅうっと強く抱擁する。

 む、胸に、胸が! 小さいけど確かに存在感のある、胸が……っ!

 

「何か失礼なこと考えた?」

「か、考えてないっ、つ、つーかあおい、こ、これは……!?」

「……ボクの、お婿さんだっていう、証拠をつけてるの」

「なっ……」

 

 い、犬のマーキングみたいなもんか……?

 ていうかこれは相当に恥ずかしいっ!

 見てみれば、あおいの耳も真っ赤に染まっている。

 

「は、恥ずかしいなら放せっ、後、まだ結婚するって決まってねぇしっ」

「やだっ」

「子供かよっ!? だ、だから胸が当たってるんだって……!」

「当ててるんだよっ」

「はいっ!?」

「ゆたかちゃんと比べてどうかな?」

「っ……」

 

 ゆたかの姿を思い浮かべてみる。

 ……確かに、大きいよな。うん、最初にウイニングボール渡した時もそう思ったっけ。

 

「ふんっ!」

「ぐああ! 何故!」

「今思い浮かべたでしょ! パワプロくんのエッチ!」

「ちがっ、これは職業柄、人の姿を全体像として網膜に残しておくとゆー捕手の性というか……っ! ていうかずるいだろそれ! 自分から話を振ったじゃねぇか!」

「うー! だって、だってぇ!」

「別に胸の大きさでどうこうって訳じゃねぇよ!」

「うー! うー!!」

 

 駄々っ子状態になり、俺を抱きしめる腕の力を強くするあおい。

 ぐっ、打者のいなし方は嫌というほど教えられたのに、あおいに対してどんな言葉を向けて、どんなアクションを取れば良いか、全く検討が付かないっ。

 俺がどう対処するか、全力で悩んでいると、

 

「うわぁ、入り口で激しくイチャついてる人がいる。たらしだ」

「お、お前……林……!?」

 

 ニヤニヤしながら林がてくてくと歩いてきた。

 その隣には、林にくっつく白井雪の姿もある。

 どうやら二人は一緒に球場に来たらしい。

 林は見られて真っ赤になりながらも離れようとしないあおいと、あたふたとする俺を見て楽しそうにニッコリと笑って、

 

「お熱いね~。でもごめんね、結婚は来年以降だと思うよ。今年優勝するのはバルカンズだよ?」

 

 そんな爆弾を投下する。

 ……相変わらず歯に衣着せない言い方をする男だ。

 

「――へぇ」

「――面白い冗談を言うんだね、林くんは」

「冗談なんかじゃないよ。僕達が優勝する。絶対に」

「その挑発、乗ろうじゃねぇか」

「うん、そうだね。絶対に負けないよ。オフシーズンは開けておいてね、ボクとパワプロくんの挙式が入るから」

「気が速いぜ、あおい。優勝するのは俺達カイザースだ」

 

 抱き合っていることも忘れて、俺とあおいが火花を散らす。

 そんな俺達を、白井雪が不思議そうに眺めながら、

 

「……でも、抱き合ったまま?」

「言っちゃ駄目だよ雪ちゃん、それが面白いのに」

「わあああ!」

 

 叫びながら、やっとあおいが離れてくれる。

 は、はぁ、良かった、見られたのが林にだけで。

 最悪矢部くん辺りには話が行くかもしれないけど、俺とあおいが球場の入り口で抱き合っているだなんてバレたら、友沢とか猪狩になんて言われるか……。

 

「ね。皆もそう思うでしょ?」

「……ん?」

 

 同意を求めるように後ろを向く林。

 その視線に釣られて、俺もそちらに目をやる。

 

「……せんぱいと早川あおいがラブラブせんぱいと早川あおいがラブラブ……」

「試合前に別のチームの女性選手とイチャイチャとは、流石僕達の正捕手だね。やることが違う」

「パワプロくんはモテるでやんすからねぇ」

「いちゃつくなとは言わない、が、せめて人目に付かない所でやるべきだと思うが」

「……意外とパワプロは手が早い。恋恋高校の時も、気付いたら早川と付き合っていた」

「あ、あはは、でも良かったですよ。あおいさん、最近オフの時情緒が割と不安定でしたから」

「だーりーん、私達も魅せつけてあげよっかぁ? 最近聖とやけに仲が良いみたいだしぃ?」

「あ、あはは、な、仲良しなのは良いことだよ。ね、聖?」

「……私も春と……い、いや、なんでもないぞっ」

「全員揃っとるやないかい……」

 

 視線の先に居た面々の、様々な感情を浮かべた表情を見て、俺は思わず関西弁で呟く。

 最早手遅れだったのか……今日ベンチでイジられまくるんだろうな、俺……。

 

「あはは、仕方ないよね。ボクとパワプロくんがラブラブなのは本当だしっ」

「ストップ早川あおいっ! それ以上先輩に近づかないでください! 先輩も迷惑そうじゃないですかっ!」

「め、迷惑じゃないよっ。そうだよね? パワプロくんっ! ……あれ? パワプロくん?」

「パワプロなら早川が一瞬稲村に目をやった瞬間、まるでニンジャのように素早い動きで球場内に入っていったぞ」

「あ、ありがと友沢くんっ! 待ってよパワプロくーん!」

「あっ、ずるいです! 待ってくださいよ先輩~!」

 

 後ろから追いかけてくるあおいとゆたかの声を聞きながら、俺はベンチへと走る。

 尻尾を巻いて逃げる俺を笑うなら笑えっ! ちくしょーっ!

 

「まるで天敵に有ったネズミみたいだったね、あははははっ」

「アレだけ無様な逃走劇も中々無いね。これをネタにして、しばらく僕の我儘を聞いてもらおうかな。ハハハハハ!」

「本当に笑うんじゃねぇよぉぉおお!」

「止まってよパワプロくーん!」

「せ、せんぱーい! オレにもぎゅってさせてくださーい!」

 

 後ろから追いかけてくる女性投手陣の声と共に、俺の絶叫が球場の外にまで響き渡るのだった。

 

 

                      ☆

 

 

『えっ、聞こえなかっ……』

『言わなきゃ分かんないかな。……お前のこと、もう飽きてたんだよ』

 

 目の前の彼女の表情が、悲しみに染まる。

 何度も覗き込んだ彼女の目が、潤む。

 

『外国にでもなんでも、行けば良い』

 

 何度も、夢に見る。

 どうして俺は、こんなに不器用な言葉しか選べないんだろう。

 野球だってそうだ。俺の腕はフォアボールを量産し、細かいコントロールが付かない。

 これを不器用だと言わずして、なんていうのか。

 

『酷い……っ、っ……!』

 

 ポロポロと、

 空の瞳から雫が溢れる。

 俺の言葉で、大好きな彼女を傷つけている。

 それが酷く虚しくて身体から力が抜けそうになる。

 心が、軋む。

 それでも俺はぎゅっと拳を握り、身体に力を必死に込める。決して、俺が悲しんでいる、なんてことを彼女に悟られない為に。

 

『さ、さよなら……ッ!』

 

 走り去っていく彼女の背中を見送り、俺は彼女の名前と同じ、晴天を見上げた。

 ――せめて彼女の妹だけは、海ちゃんだけは……彼女が居ない間に寂しい想いをさせないように、しよう。

 そして空が帰ってきたら、海ちゃんとも離れて、俺は一人でこの腕を振るおう。

 いつか見せてくれた、空の部屋。

 そこに飾られた、分不相応に輝いている俺のポスターよりもまばゆく。

 それだけが、俺を支えてくれた、俺が傷つけた、藍沢 空という女の子に出来る、不器用な俺の恩返しだから。

 スタジアムの歓声が、俺を現実に引き戻す。

 ――さあ、行こう。

 今日はオールスター。

 野球人の祭典に出場を許された俺に出来るのは、電光掲示板に一六〇という数字を、刻むことだけなのだから。

 

 

                    ☆

 

 

『さぁ、オールスター二戦目、回は二回裏、ツーアウトランナー無し! ピッチャー稲村、ここまでランナーを一人も許していません! そして迎えるは、女房役の葉波!』

『バッター六番、葉波』

「女たらしー!」

「早川に良いところ見せろよー!」

「彼女に三振で花を持たせてやれー!」

「……うぐぐ」

 

 散々な野次を浴びながら、俺はバッターボックスに向かう。

 予想通りベンチからも内野スタンドからも弄りに弄られた俺は、若干背中を丸めながらバッターボックスに立った。

 ちきしょう……なんだって俺はこんな目に合うんだ。

 

「ふふ、ふふふふ」

「こぉら進っ、笑うんじゃねぇよっ!」

「す、すみません。だって、面白くって……っ」

 

 端正に整った顔立ちを楽しそうに歪めながら、進がくすくすと笑い続ける。

 

「だー! リードに集中しろ! ゆたかの球筋はよぉく知ってんだぞ! しっかりリードしないとホームラン打つからな!」

「来るボールが分かってても、ヒットも難しいと思いますよ?」

「なんだと……?」

「だって、ほら、稲村さん――凄い燃えてますから」

「え?」

 

 進に言われて、マウンドを見る。

 すると、そこでは、

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ、と擬音が見えてきそうな程、ゆたかが気合を溢れさせていた。

 

 瞳に炎でも映っていそうだ。

 

「……な、何故……!?」

「僕が察するにですけど、恩を感じているパワプロ先輩にいい所を見せたいという気持ちと、早川先輩とイチャ付いている所を目撃した怒りが合わさってあのようなことになっているんだろうと。ちなみに僕は猪狩です」

「猪狩と怒りを掛けるお茶目なジョークは言わんで良いわ!」

「ほら、サイン出しますよー」

「ちょっと待って今俺平常心じゃな」

 

 ズバンッ。

 

「ストラーイク!」

「ちょっ! せっかくのゆたかとの勝負なのに集中できてないって! まだ準備出来てねーよ! 投げさせんのずるいだろ!」

「あはは、野球中にこんなに取り乱す先輩は初めてですね」

「ぐっ……」

 

 く、くぅっ、落ち着け俺っ。

 そうだ、折角ゆたかがこんなに気合を見せてくれてるんだ。俺もそれに全力で答えないと失礼だ。

 こつん、とバットを頭に当てて、スイッチを切り替える。

 よし、ここからが勝負だ。

 今の投球は外角低めへのストレート。

 相変わらずストレートのコントロールは凄く良い。進もこのボールを生命線に考えているだろう。

 ゆたかの決め球はストレートと縦のスライダーのコンビネーション。

 カーブ、チェンジアップも投げられるが、特筆すべきはストレートのキレ、コントロールとキレ味抜群の縦スライダーでオールスターに出る程の活躍をしたといっても過言ではない。

 今使ったのはストレート。

 なら、緩急を考えるのなら次はチェンジアップか縦スライダーだろう。

 だが、進も俺が今シーズンゆたかに出してきたサインは確認しているはず。

 ゆたかと組んだ時の俺は、ゆたかに対しては調子の良いボールを活かすリードを心がけている。

 ここまでゆたかは縦のスライダーで五人の打者を打ちとってきた。

 なら、この打席でも縦スラを活かして来る筈。

 進が後ろからサインを出す。

 それに対して、ゆたかが首を横に振った。

 ゆたかの性格は知ってる。

 基本的にゆたかが首を振る場合のパターンは二種類。

 前の球の感触が凄く良くてもう一度それを使いたい場面か、もしくは決め球を活かすためにチェンジアップかカーブを投げたい場面。

 たまにダミーで首を振らすサインも出す場合もあるけど、急造の進とのバッテリーでそれは無い。

 ゆたかは俺に良い所を見せたいと気合を入れて望んでいる。

 となれば、ここは前者。つまり、“前の球の感触が良かったからもう一度投げたい”と思っているということ。

 ならば、投げてくる球種はストレート。

 ストレート一本に狙いを絞る。

 ゆたかが足を上げ、オーバースローから腕を振るう。

 投じられたボールはストレート。コースはもう一度外角低め!

 思い切り踏み込み、バットを一閃する。

 バットがボールに当たる瞬間、ずしり、という重い感触が手に走った。

 

「っ……! おもっ……!」

 

 ガキィンッ! と鈍い音を立てて、ボールがファーストの横へ飛んで行く。

 

「ファール!」

 

 か、完全に読んだのに振り遅れた……!

 なんつー球の重さ……! 出処が見づらいのも有ったけど、それにしても球威が凄まじすぎる。

 これがゆたかのボールか。

 あおいの時もかなり驚いたけど、これも驚きだ。

 

「……すげぇ」

 

 心の底から呟く。

 すげぇよ、ゆたか。

 出処の見づらいフォームから放たれる球威抜群のストレートを、外角いっぱいに決める。

 文字にすれば簡単なこの技術を身に付けるために、ゆたかはきっと凄まじい努力を重ねたんだろう。

 そんなボールを、俺のミットに向かって目一杯投げ込んでてくれたんだな。

 

「……っと、いけね」

 

 今は勝負中、感動してる場合じゃなかったぜ。

 打席で構え直し、ゆたかを見る。

 ゆたかは進からのリードを受け取り頷くと、投球モーションに入った。

 ストレートを二球続けたなら、この後に投げるボールは一つだけだ。

 ――縦のスライダー。

 投じられたボールに向けて、俺は全力でバットを振るう。

 強烈な回転が掛けられたボールは、俺の視界から姿を消して、そのまま進のミットに収まった。

 

「ストライク、バッターアウト! チェンジ」

『空振り三振~! 葉波、三球三振ー!』

『伝家の宝刀、縦のスライダーですね。普段捕っている葉波選手ですら手も足も出ないボールです。素晴らしいの一言ですよ!』

「やったーっ!」

 

 マウンド上でゆたかが喜びを爆発させる。

 ……本当なら、俺は悔しがらなきゃいけないんだろう。

 だが、俺を打ちとって嬉しそうにするゆたかの姿を見て、俺は嬉しいと思ってしまった。

 

(……やれやれ、古葉さんにも言われたっけ。俺は一流のバッターにはなれないって。……ホント、その通りだと思うぜ)

 

 自分が抑えられて喜んじまうなんて、バッター失格だ。

 でも、仕方ないよな。

 キャンプの時、初めて会った時のゆたかの顔を思い出す。

 ……あの時、まるで世界が終わるのを知ってしまったかのように辛そうな顔をしていたゆたかが、俺が手も足も出せないような凄いボールを投げて、あんなに嬉しそうにしている。

 全てが俺のお陰だ、なんて自惚れるつもりはない。

 それでも、少しでもあの笑顔を浮かべられる手助けを出来たのなら。

 ――それだけで、キャッチャー冥利に尽きるってもんだよな。

 一人のバッターで有る以前に、やっぱり俺は、キャッチャーなんだ。

 

「パワプロ先輩、笑ってますね。ベンチに戻らなくて大丈夫ですか?」

「あ、わりわり。すぐに戻るよ」

「稲村さん、凄く良いボールでした」

「そっか、ありがとな」

「? どうして先輩がお礼を言うんですか?」

「ん? ……さて、な」

「変なパワプロ先輩ですね」

 

 進が笑って、それじゃ、とベンチに駆けていく。

 俺も慌ててベンチに戻った。

 ベンチで捕手の防具を付けていると、じとーっとした目をしながら、あおいが俺に近づいてくる。う、なんだよその目は。

 

「パワプロくん。三振して喜んでちゃ駄目だよ?」

「あー、すげぇ良いボールが来たから、思わず笑っちまってさ」

「……ボクのボールと、どっちがすごかった?」

「んー? 今日はゆたかに軍配、ってとこかな?」

「むぅぅぅっ!」

「今日はあおいと対戦してないからな。比べられないって」

 

 防具を付け終えてミットを左手に嵌めた俺の裾を、あおいが控えめに握る。

 

「……どうした? あおい」

「……うぅん、なんでもない。頑張ってねっ」

 

 にこっと笑顔を浮かべて、あおいが俺の背中をトン、と押す。

 な、なんか変な感じだけど、なんでもないって言うなら良い、のか?

 

「じゃ、じゃあ、いってくるな」

「うん。頑張ってね」

 

 ふりふり、と手を振って俺を送り出すあおいに背中を向けて、グラウンドへと走りだす。

 そんな俺の背中をあおいがじっと見つめていたことに、俺は気づかなかった。

 

「打ち取られるよりもボールを捕れるのが嬉しいって顔はボクにだけ向けて欲しいのに……どうして、パワプロくんはカイザースに居るんだろ。……神様の、バカ」

 

 

                 ☆

 

 

 回が進んで、気づけば九回だ。

 いよいよ、今年のオールスターももう終わりだ。

 点数は昨日の借りを返すと言わんばかりにAチームが三対〇で勝ち越している。

 ファン達はそれでも、終わることを惜しんで声を枯らしながら声援を送っていた。

 その声援に応えるのは、クローザーの役目。

 

「水海。行けるな」

「はい」

 

 名前を呼ばれて、帽子を被りベンチからグラウンドへと俺は足を踏み出す。

 そこに、パワプロくんが立っていた。

 

「よう、水海、だっけか」

「うん。よろしくね。パワプロくん」

「ああ」

 

 笑いながらパワプロくんがホームベースの後ろに走って行く。

 俺もそれに習ってマウンドへと向かった。

 一際高いグラウンドの頂点。

 そこに立ち、俺は周囲を見回した。

 ……海ちゃんは見てくれているだろうか。

 空は――俺がオールスターに出場したことを、知っているだろうか。

 

「……よしっ」

 

 バシッと頬を叩き気合を入れて、パワプロくんへと向き直る。

 パワプロくんは立ち上がって「まずは直球!」と声を張り上げる。

 俺はそれに応えるよう、マウンドの土を鳴らした後、ワインドアップモーションから腕を振るった。

 ッパァンッ! とパワプロくんのミットが小気味良い音を奏でる。

 一瞬顔を歪めたパワプロくんはすぐにボールを俺に投げ返すと、ぱしぱしっと感触を確かめるようにグローブを叩き、再び構え直した。

 ビュンッ、と腕を振るってボールを投げ込む。

 高めに抜けたボールをパワプロくんがジャンプして捕球する。

 あちゃちゃー、この制球だけは何ともならないなぁ。

 

「次、スライダー」

「んっ」

 

 パワプロくんの言葉に頷いて、今度はスライダーを投げる。

 横滑りする高速スライダー。

 パワプロくんはそれを初見で難なく捕球する。

 地味だけど、凄い技術だ。猪狩くんや久遠くん達も、このキャッチャーなら安心して投げ込めるだろう。

 

『いよいよ最終回! バッターは三番、友沢から、四番東條、五番七井と続きます!』

『プロ野球が誇るクリーンアップ対一六〇キロ右腕、若きパワフルズのクローザー、水海! 勝利するのはどちらか!』

『バッター三番、友沢』

 

 コールされ、友沢くんが打席に立つ。

 何度か公式戦で戦ったけど、友沢くんはかなりの好打者。

 でも、相手が誰であろうと構わない。

 俺に出来るのは、腕を振るうことだけだ。

 パワプロくんからのサインを受け取って頷き、構える。

 そして、ワインドアップからボールをミットに向けて投げ込んだ。

 

「っ、あっ!」

 

 パワプロくんが構えた所からかなり高めになったボールを、友沢くんがフルスイングで迎え撃つ。

 カァンッ! と快音を響かせ、打球はセンター前に落ちた。

 わわわ、先頭打者を出しちゃったよ。

 

「水海、大丈夫だ。相手は走れねぇぞ!」

「うん」

 

 パワプロくんからボールを受け取り、頷きながら俺はファーストランナーの友沢くんに目をやる。

 

『バッター四番、東條』

 

 凄まじい威圧感を放つ、普段のチームメイト、東條くんがバッターボックスに立つ。

 俺はピックオフプレーもクイックモーションも上手くない。

 ここはパワプロくんにランナーは任せて、バッター勝負だ!

 初球は低めにストレート。

 俺が投げたボールはワンバウンドして大きく弾むが、パワプロくんがサッカーのキーパーのように身体に当ててボールを前に落とし、友沢くんを睨んで牽制する。

 続いて出されたサインは高速スライダー。

 ノーコンの上、変化球は高速スライダーしか投げられない俺のリードは、相当にし辛いって大倉さんも言ってたっけ。ちょっと申し訳ないかも。

 

「気にすんな水海、良いボール着てるぞ!」

「あ、うんっ」

 

 俺が悩んでたのを察知したのか、パワプロくんが声を掛けてくれる。

 凄い。こんなに敏感にピッチャーの様子を感じ取れるのか。

 バッターの様子に気を裂きながら、リードを考えつつ、ピッチャーにも気を配る……キャッチャーっていうのは本当に大変な職業だなぁ。

 それに比べれば、俺なんか何も考えず、必死に腕を振るって投げ込めば良い分、凄く楽だ。

 なら、それに全力を注がないと。

 ザッ、とクイックモーションからパワプロくんに向けてボールを投げ込む。

 ワインドアップに比べて威力も抑えられ、コントロールも更にアバウトになるクイックモーション。

 だが、今度は外角低めへスライダーが横滑りし、いい所にボールが決まった。

 

「ストラックワン!」

 

 審判の手が上がる。

 ふぅ、いつでもあのボールが投げられれば良いんだけど。

 ボールを受け取って、サインを受け取る。

 今度は内角低めへストレート。よし……。

 頷き、投げたボールを――東條くんが右方向に打ち返す。

 痛烈な辺りは三遊間を容赦無く襲った。

 うわっ、抜けちゃうっ。

 思わず顔をしかめながらファーストに走る俺の目の前で、

 

 小山雅さんが、滑り込んだ。

 

 ボールへと飛び込みながら捕球した小山さんはクルリと回転すると、セカンドにボールを投げて東條くんをアウトにした。

 

『ふ、ファインプレー! 素晴らしいプレーが出ました! 小山雅、スーパープレイ! これぞオールスターです!』

「あ、ありがとう小山さん!」

「気にしないでいいよ」

 

 ポニーテールを揺らしながら素っ気なく答えて、小山さんが定位置に戻る。

 ……凄いバックだ。そうだった、俺は今、オールスターで投げているんだ。

 相対するバッターも超一流なら、俺のバックを守るのも超一流。

 それなら、安心してボールを投げるだけで良い。

 

「……よし」

 

 だから、落ち着け。落ち着いてくれ。

 震える腕に力を込めてバッターボックスに立った普段なら頼れる五番である七井くんを見つめる。

 七井くんは勝負を楽しむように、俺をじっと見つめる。

 俺はパワプロくんからのサインを受け取って、クイックからストレートを投げ込む。

 投じられたボールを、パワプロくんが飛びつくようにして捕球した。

 

「落ち着け水海! せっかくのお祭りなんだ、楽しもうぜ! 盗塁されても良い。コントロールの付くワインドアップで投げろ!」

「う、うん!」

 

 グローブでボールを受け取って、バクンバクンと高鳴る心臓に手を当てて、必死に心を落ち着ける。

 ……ダメだ、落ち着いた自分がイメージ出来ない。

 まるで指先に血が通っていないかのよう。

 今朝見た夢のせいか、心が悲鳴を上げているみたいだ。

 

(……どうして、俺はこんなに不器用なんだ)

 

 あの時、もっと優しく、空の背中を押してあげられたら。

 ストライクゾーンに狙って投げられるコントロールがあれば。

 今マウンドに立っているのは俺なのに、自分の身体じゃないみたいだ。

 コントロールなんか気にせず全力で投げると心に決めて、監督にまで啖呵を切って、クローザーに上り詰めて、オールスターにまで出ているのに――どうして、俺は、ここに来て自分のことを信じられないんだろう。

 

「っ、ぁっ!」

 

 腕を高々と掲げてしっかりと腕を振るい、ボールを投じる。

 投じられた外角に大きく外れるボールを、パワプロくんがなんとか腕を伸ばして捕球する。

 電光掲示板には、一五八の数字が刻まれていた。

 

『今の球速が一五八キロ! 凄まじいスピードですが、コントロールが付きません!』

『どうしたんでしょうね、水海選手は。顔が強張ってるように見えます。パワプロ選手も何とかしようとしていますが、功を奏してはいないようですね』

 

 これでノーストライクツーボール。次が外れれば、フォアボールになってしまう。

 折角、勝負を楽しもうとしてくれてる七井さんに対してストレートのフォアボールは出したくない。

 パワプロくんが深く思案している。

 どうしてここまで俺がコントロール出来ないのか、その原因を探っているのか、それとも、どの球種ならコントロール出来るか考えているのだろうか。

 ……俺は、本当は分かっているんだ。どうして俺が、こんなにも苦しんでいるのか。

 

(自分に、嘘を吐いたから)

 

 空に酷い言葉を浴びせたのもそう。

 心の底では空を愛しているのに、空に夢を諦めて欲しくなくて、咄嗟に取った不器用な行動がアレだった。

 海ちゃんに寂しい想いをさせないようにしようと決めて、勝手に家に通っているのもそう。

 本当は、空や海ちゃんとの関係が切れるのが、怖いだけだ。

 そして、大切な野球にさえも、俺は嘘をついた。

 ――全力で投げるのがポリシーだと言ったのは、嘘だ。

 本当は、どうすれば良いか分からなかっただけ。

 監督に八割の力で投げろと言われても、それが出来る程、俺は器用ではなかった。

 だから、我武者羅に腕を振るった。

 出来ないことをポリシーだと、そんな安っぽい言葉で覆い隠して、自分の弱みを嘘で固めて、隠した。

 その嘘が、今朝見た夢で剥がれ落ちた。ただそれだけ。

 本当の俺はこんなにも臆病で、たった一球でさえまともにコントロール出来ない。不器用なだけの愚鈍な男。

 そんな俺を愛してくれた空でさえ、良かれと思ってやったこととは言え、傷付けた。

 パワプロくんからストレートのサインが出る。

 コースは関係なく、ど真ん中に投げ込んでこいとパワプロくんが真ん中に構える。

 俺はそれに頷いて、ボールを握る。

 ここには逃げ場はない。

 剥き出しの自分を信じて、投げるしかない。

 ――でも、信じられない。

 今まで嘘を吐いてきた自分を――嘘吐きを、信じられる訳がない。

 自分を信じないまま、俺は腕を掲げ、全力で投げた。

 ボールが指先から離れていく。

 ブラックホールに吸い込まれるかのように。

 それは、一瞬の出来事だった。

 放たれたボールは俺の狙った所からは大きく逸れ、内角高めへと飛んで行く。

 

 そして、そのままゴッ! と七井くんの頭部に直撃した。

 

 ぽん、と力の無いボールがバッターボックスから転がっていく。

 砕けたヘルメットの破片が、飛び散っている。

 パワプロくんが慌てて立ち上がって七井くんの顔を覗き込み、「担架を! 早く!」と叫んでいる。

 俺はそんな様子を、悪夢を見ているかのような現実感の無い感覚で、見つめていた。

 電光掲示板が光る。

 そこには、俺をあざ笑うかのように一六〇の数字が踊っていた。

 

 

                   ☆

 

 

 オールスターが、終わった。

 最後に後味の悪さを残し、水海と七井が退場したものの、最後の投手となった青葉が併殺に打ち取りチェンジにすると、裏の俺達の攻撃を橘が三者三振で抑えながら、暗くなった雰囲気を晴らすかのようにウィンクをして、球場内の暗さを振り払った。

 これで、お祭りは終了だ。

 カイザース寮の部屋に戻った俺は、後半戦の最初の三連戦、バスターズとの試合に向けてスコアを取っていた。

 戦いは後半戦に入る。

 今現在の順位は、一位キャットハンズ、二位パワフルズ、三位カイザース、四位バルカンズ、五位バスターズ、六位やんきース。

 一位のキャットハンズと二位のパワフルズとの差は1,5ゲーム差。それを、一ゲーム差で俺達カイザースが追う。

 つまり、一位のキャットハンズとは2,5ゲーム差。三連戦で三タテすればひっくり返る好位置だ。

 だが、シーズン後半戦の辛さを、俺はまだ知らない。

 神童さんが言ってたっけ、プロに入ってからの後半戦は辛いものだって。

 体力が削られ、古傷が痛み出し、新たな怪我にも耐えなければならない。

 それでも歯を食いしばって前に進んだもののみが優勝出来るんだって、神童さんは口を酸っぱくしていっていた。

 でも、こればっかりは経験してみないと分からない。一勝の重みも変わってくるんだろうけど、正直に言えば、負ければ終わりの高校野球の試合よりも重たいプレッシャーなんて有るんだろうかと思う。

 

「……でも、負けねぇよ。絶対に優勝してみせる」

 

 ぐっと拳を握り締め、シャーペンを走らせる。

 まずは目先の一勝一勝に必死になろう。

 気合を入れ直し、スコアへの記入を続けていく。

 やんきース、パワフルズ、バルカンズ、キャットハンズの分とそれを続け、結局、俺が眠りに付いたのは、明け方の三時近くだった。

 


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