実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第四九話 八月四日→八月一六日 パワフルズ ”苦悩と、女神”

                八月四日

 

 

 新聞の見出しはいつも残酷だ。

 勝った日は英雄を褒め称え、負けた日は戦犯を叩く。

 キャットハンズ三連戦。一番最初の、天王山。

 0,5ゲーム差でキャットハンズに肉薄していたカイザースは――三タテを食らった。

 初戦、早川あおい対稲村ゆたかの投げ合いは、捕手であるパワプロが稲村ゆたかの脚を引っ張る形で、敗戦を喫した。

 許した盗塁の数は、一試合で実に六。

 プロ野球ワースト記録に並ぶ、最悪の結果だった。

 各社は書き立てる。

『バケの皮が剥がれたルーキー』。

『怒号響く許盗塁。キャッチャー葉波の呆れた女遊び』。

『刺せない葉波。イップスでスタメン落ちか!?』。

 カイザースに吹いていた追い風も、一戦目の敗北から完全に逆風に転じたと言っても良い。

 続く二戦目も力負けをすると、そのまま三戦目も敗退。

 勝ち越しを目論んだカイザースは三タテを決められ3,5ゲーム差。順位も三位に落ち、三位のバルカンズが二位に上がった。

 キャットハンズのファンは確信したに違いない。

 今年も優勝は貰った、と。

 だが、勝負はまだ分からない。

 野球とは筋書きのないドラマ。最後まで何が起こるか分からない。

 キャットハンズのライバルは、カイザースだけではないのだから。

 やんきーズも、バスターズも、バルカンズも。

 そして、

 パワフルズもまた、優勝を虎視眈々と狙う好敵手だということを、忘れてはいけないのだ。

 

 

                 ☆

 

 

 まだ夜が明ける前、ぱらぱらと小雨の振るパワフルズの二軍のグラウンドで、俺は淡々とランニングをしていた。

 今日もまた、寝られなかった。

 眠りに落ちる手前で、空との別れと七井に与えてしまった頭部死球をハイライトで見せられて、眠れない。

 コンディションも最悪なら、ボールはもっと最悪だった。

 深く解析しなくても分かるほどブレたフォームから投じられるボールは一四〇キロ前半。完全に俺の武器である直球は鳴りを潜め、ただただ四球を繰り返し安打を打たれる。

 それはまるで、出口の無いトンネルを一人で彷徨い歩いているかのよう。

 空が、見えない。

 

「はっ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 足を止めて、俯く。

 もう、一歩も歩けない。

 

「……はぁ、はぁ……はは、情けない……」

 

 そのまま泥濘んだ足場に座り込む。

 身体が重く、胸が痛い。

 まるで酸素を上手く取り入れられていないみたいだ。

 景色が滲む。本格的に体調が悪くなってきた。

 そんな中、青色の傘色が揺れているのが見える。

 

「……ぁ」

 

 傘を差しているのは、オレンジ色の髪の毛の美少女。

 一瞬空に見えて声を上げそうになったけど、俺はそこで首を振るう。

 空はもうここには居ない。あれは、海ちゃんだ。

 

「ああ、そうか……そういえば、二軍に落ちてから、海ちゃんの家、いってなかった、から」

 

 情けなくて合わせる顔が無くて、行ってなかった。

 毎日来ていたのに突然訪れなくなった俺を心配して、様子見にでも来てくれたのだろう。

 

「お礼、いわな、きゃ」

 

 思った所で、視界がぼやける。

 あ、ダメだ。これは――落ちる。

 思った所で視界がぶつ切りになって、グラウンドへと倒れこんだ。

 ぐらぐらと揺れて消えていく視界の中、俺は。

 

「ばかっ! なんでこんなになるまで――っ」

 

 ――海ちゃんではなく、愛しい人の声を、聞いたような気がした。

 

 

            ☆

 

 

 セピア色の記憶は、楽しい記憶ばかりを思い出させる。

 

『私、貴方のことが好き……恋人に、して?』

『本当に!? っ――、俺も空のことが好きだよ!』

『……嬉しい……』

 

 アレは……そう、高校に入って直ぐの頃。

 海ちゃんがたまたま財布を落とすのを見て、追いかけて間違えて空に話しかけたんだ。

 新手のナンパかって疑われたりしたのが初対面。

 その後、同じ学校のクラスになって再開して、メールアドレスを交換して。

 デートを重ねて――ドラフトにかかってパワフルズに入団した年に、告白された、

 付き合い始めて、オフの日には毎日会って、恋の病だな、なんてチームメイトにイジられたりして。

 そんな幸せな日々をブチ壊したのは、俺の一言だった。

 早い話が、俺はずっと悔いていたんだ。

 空を外国に行かせた事も。

 空の為だなんて言ってカッコつけて彼女を傷つけた事も。

 頬に熱いものが伝う。

 思い出を視ている俺が、涙を流している。

 

「どうしたの?」

 

 そんな俺を、優しい空の声が慰めてくれる。

 思い出の中でも夢の中でも、俺の隣に居るのは空だった。

 

「……空……」

 

 バッティングセンターで全然良い当たりを打てない俺を笑って手をつないできてくれたことも。

 一緒に街を歩いている時、好きな色のコーディネートをしてって言われて無色透明を選んだら顔を赤くして怒った後、抱きついてきてくれたことも。

 工事現場で転んだ空を抱きとめて、その後お礼だって言ってキスしてくれたことも。

 占いの館で相性が悪いって言われて憤慨して出て行った後、本当に相性が悪いか確かめるだなんて言って、求め合ったことも。

 全部全部覚えてる。……野球をしてる時だって、空を支えにしている。

 

「俺……空が……好きだ……」

 

 夢の中で隣に居る空に伝える。

 空は俺の涙を拭って、目を潤ませてはにかみながら、

 

「私も、貴方のことが好き」

 

 もう一度、告白してくれた。

 届かないことなんて分かっていた。その先には何も無いと分かっていた。

 ――それでも、どうしても彼女に触れたくて。

 届かない空へと、手を伸ばす。

 何にも触れるはずの無い手は、

 

 何か温かいものに、包まれた。

 

 その感覚は、決して夢なんかじゃなくて。

 

「……ぅ……?」

「……浪くん」

「そ、ら……?」

 

 目を開ける。

 景色に色が戻る。

 そこには、目に涙をいっぱいに溜めた、空が居た。

 周りを見回す。

 そこには輝くスポットライトを浴びる、俺のポスターが張ってあった。

 空の、部屋だ。

 

「……俺……」

「貴方、グラウンドで倒れたのよ。海に大変なことになってるって聞いて慌てて様子を見に行ったら倒れてるんだもの、驚いちゃった」

「……っ、あ……」

 

 雨の中で見たのは、空だったのか。

 い、いや、大事なのそこじゃない。

 

「ど、どうしてここに?」

「プロジェクトが落ち着いたから、日本に呼び戻されたのよ。昨日の夜に家に到着したから一晩休んで、それから酷いフリ方をしてくれた男に文句を言おうと思って、朝起きて直ぐに会いに行ったら、その男が突然雨の中倒れるんだから驚いたわ」

 

 ため息を吐きながら、俺の手をぎゅっと握り続ける空。

 憎まれ口を叩きながら、それでも空の表情は優しかった。

 

「どう? 元気してた? 新しい彼女とは上手く行ってる? もうそれだけが心配で堪らなかったんだから」

「……新しい彼女なんて、そんなの居るわけ……ないよ。だって俺はずっと、空のこと……」

 

 ぐらぐらと揺れる視界の中で、唯一輪郭がしっかりしている空の表情を見る。

 空は俺の言葉を聞いて、泣くのを堪えるように眉を潜めていた。

 

「……本当に……?」

「本当だよ。俺には、空しか居ない。空以外の女の子と付き合うなんて、これっぽっちも考えたことなかったし、思いつきもしなかった……」

「やっぱり、あの時の言葉は嘘だったの?」

「……うん、ゴメン。……空に夢を……諦めて欲しく、無かったんだ。他に言い方も思いつかなくて……本当にゴメン……空、俺、あんな酷いこと」

「それじゃ……私、貴方を諦めなくても、いいの?」

「……諦めるのは俺の方だ。あんなに酷いことを言ったんだ。空に嫌われるのだって、覚悟してる」

 

 俺はまた、嘘を吐く。

 本当は覚悟なんて出来てない。空に嫌いだなんて言われたらきっと、立ち直れない。

 それでも、その気持ちはどんなに弱っててもおくびにも出しちゃいけない。

 空を傷つけたのは俺で、嫌われて当然のことを言った。そんな俺に弱みを見せる権利なんて無いのだから。

 それなのに、目の前の女の子は、自分を深く傷つけた俺なんかの言葉に首を振る。

 

「諦めたら、許さない」

「え……?」

「私のことを諦めたら、絶対に許さない。酷いことを言ったお詫びに、ずっと私を諦めないで」

「それって……」

「私、貴方が好き」

 

 空の真っ直ぐな紫色の瞳に、俺が映る。

 その姿は弱々しい俺ではなく、自信に満ちていた頃の俺の姿だった。

 自分の身体に活力が漲っていくのを感じて、俺は身体を起こす。

 

「……空、好きだ」

 

 そして、空の身体を抱きしめた。

 力の入らない腕に、力の変わりに目いっぱいの想いを込めて、もう感じることはないと思っていた温もりを、二度と離さないようにしっかりと抱く。

 

「ああ……このぬくもり、懐かしい……。私も、貴方以外の人なんて考えられない……!」

 

 空の腕が俺の背中に回される。

 俺はそのまま空に口づけをした。

 

「ん、む、ん、ふ……あ、だめっ……ま、まだお昼だし、貴方、熱が有るのに……」

「空、空……っ」

「あぅ。せめて、ベッドに……あっ」

 

 自分の身体のこと、後のこと、時間のこと、場所のこと、全て忘れて。

 俺は空の温もりを求めた。

 

 

                   ☆

 

 

「……疲れたぁ」

「久しぶりだったもんね……もう、本当に体調が悪かったの?」

「あはは……うん。空に会うまでは……死にそうだった」

「大げさね……バカ」

 

 苦笑いを浮かべる俺の腕の中に居る空が、肩に額を当てて、ぐりぐりと甘えてくる。

 それが可愛らしくて、俺は空の頬を撫でた。

 

「……あ、そうだ」

「うん……? 貴方、野球、凄く調子悪いって海にきいたけど……」

「……うん。実はね」

 

 俺は、包み隠さず空に合ったことを話した。

 後悔ばかりしていたこと、不器用なことを悩んでいたこと、コントロールのこと、七井に与えてしまった死球のこと。

 俺が同じ学校で野球をしている姿を見てから俺のファンだったという空は、勿論技術的な面までは精通していないけれど、野球のことを理解してくれている。

 俺の話を聴き終わった空は、嬉しそうな、それでいて困ったような複雑な表情を浮かべていた。

 

「私は貴方のそういう不器用だけど真っ直ぐな所が大好き。だから、そのままで良いの」

「あ、ありがとう、空。……うん、空にそう言ってもらえるなら、不器用でよかったって思えるよ」

「ん……、……七井くんへのデッドボールはわざとやったんじゃない以上事故よ。謝ったんだし、大事には至らなかったんでしょ?」

「うん。もう打撃練習してるよ。後遺症とかも無いみたい」

「それなら、気にしちゃダメよ」

 

 空が一つ一つ俺を弱気を励まして、フォローしてくれる。

 それだけで、俺は自分の折れていた心が修復されていくのを感じた。

 うん、やっぱり俺には空が必要なんだ。

 しかし、メンタル面的な事はどうにでもなっても、コントロールのことばっかりはどうにもならない。

 ……でも、心が折れていなければ、なんとでもなる。そんな気がする。

 

「ありがとう。空、コントロールは相変わらずだけど、空が居るだけで俺、頑張れるよ」

「ふふっ。うん。……あ、そうだ。コントロールのことは分からないけど……おみやげがあるの」

「おみやげ?」

「うん、ちょっと待って」

 

 空が俺から離れ、旅行かばんへと移動する。

 その拍子に華奢な空の裸体が露わにされて、俺は思わず赤面してしまった。

 うーん、何度見ても綺麗だ。

 あの身体を、こう……して、ああ、したと思うと、その、男としては滾るものが有るというか何というか。

 

「空……」

「有った、これ……って、あんっ! ちょっ、ど、どこ触ってるのよっ! ば、バカバカっ、し、信じられないっ。真剣に悩みを聞いてあげてるのにっ!」

「だ、だってっ! 空がそんな格好を見せつけるから!」

「見せつけてないわよっ! きゃぁぁぁっ!?、ばか! ばかーっ!」

 

 

 …………。

 

 

「はぁ、はぁ、も、もぉっ」

「ご、ごめんなさい」

「反省しなさいよねっ」

 

 息を荒げながら顔を真っ赤にして怒っている空に謝りながら、俺は空が持っている本に目をやる。

 やけにボロボロだけど、何の本なんだろう?」

 

「それって?」

「これ、なんか日本の野球の技術書の古本みたいで、凄く珍しいものだけど要らないからって、向こうで知り合ったお爺さんに譲って貰ったの。……その、貴方と仲直りする切掛に出来ないかな、って」

 

 物凄く可愛いことを言って、空が俺の様子を伺うようにじっと見つめてくる。

 そんな空が可愛らしくて、俺は空の頭を撫でる。

 

「ありがとう、空。じゃあ見せてもらうね」

「う、うん」

 

 赤面する空から本を受け取って、ページを開いてみる。

 ……っ、これって……。

 

「や、野球超人伝……!? しかも、海外用に纏められてる……!」

「? その、野球超人伝って何?」

「野球人に伝わってる伝説的な本なんだ。これを読むだけで、凄い能力が手に入るっていう眉唾ものなんだけど……これ、凄い……!」

 

 低めへのコントロールの付け方、ボールのノビを良くする方法、そして――新しい、変化球の投げ方。

 俺が欲しかったもの全てが、そこには記されていた。

 

「っ……ありがとうっ! 空っ」

「んぅっ。……どういたしまして」

 

 ぎゅうっと空を抱きしめてお礼を言う。

 メンタル面も技術面も支えてくれるだなんて、本当に空に頭があがらなくなってしまいそうだ。

 

「空、俺、なんてお礼を言ったら良いか……」

「言わなくてもいいわよ。そのかわり……」

 

 空が何かを求めるように、長い睫毛を閉じる。

 それが示すものはひとつしかない。

 俺は瑞々しい空の唇に、自分の唇を寄せて――。

 

「お姉ちゃん、ただいまっ、水海さんのおかゆの材料を――ふぇっ!?」

「う、海!?」

「海ちゃん!?」

 

 ガチャリ、と触れ合うか否かというタイミングでドアが開き、海ちゃんが入ってくる。

 海ちゃんは俺と空の様子を目の当たりにして硬直する。

 それも当然だろう。熱を出して倒れていた俺と、その看病をしている筈の空が裸で抱き合って、キスをしようとしているんだ。

 しかも、海ちゃんからしてみれば俺と空はまだ別れたままだ。

 そんな関係の俺と空のこんなシーンを目撃したら誰だって驚くに決まってる。

 

「あ、あの、しょのっ……っ」

「あ、あわわ、海、違うのっ、これはっ!」

「う、海ちゃん! そ、その、えっと!」

 

 慌てる俺と空。

 海ちゃんは動揺のあまり、扉を閉めることも忘れたまま動けないでいる。

 そして、海ちゃんは何故かゴクリ、と喉を鳴らし、視線をゆっくりと下げて、

 

「……はう」

 

 俺の一部分を見て、顔をぽっと朱色に染めた。

 

「な、何よその反応っ!? ちょっ、貴方、まさか海に手を出したんじゃないでしょうね……!?」

「どうしてそうなるの!?」

「と、とりあえず服を着てください……」

「わぁぁ、ごめん海ちゃんっ」

「ちょ、ブラっ、ブラがっ……!」

 

 大声を出して騒ぎながら慌てて着替える俺と空と、それを困ったような笑顔で見つめる海ちゃん。

 空が居なくなる前の温かい毎日が戻ってきたみたいで、俺はいつの間にか笑っていた。

 

「……変態」

「違うよ!?」

「あ、あはは……良かった。水海さんのそういう笑顔、久しぶりに見ました」

「……う。そうかな?」

「はい。いっつもチケットを渡しに来てくれる時も、どこか無理していたように見えていましたから、本当に良かったです。私、水海さんのそういう明るい笑顔が好きですから」

「す、好きって……」

「だ、駄目だからねっ!」

「ふふ。あんまりとぼけてると、取っちゃうんだからね?」

 

 ウィンク混じりに海ちゃんが空をからかう。

 空は顔を真っ赤にしながらも、俺の腕にぎゅっと抱きついた。

 

「ふふ、それじゃ、おかゆ作ってきますね」

「あ、うん。おかゆじゃなくても大丈夫。熱、大分良くなったから」

「分かりました。それじゃ、美味しいものと……精の付くものを用意しますね」

「う、海っ!」

「水海さんに速く力を付けて貰って、一軍に戻ってもらわなきゃだもんね」

「あ、ぅ、そ、そういう意味ね。うん」

「……体力、奪っちゃ駄目だよ?」

「海ぃ!」

「きゃー♪」

 

 笑いながら海ちゃんが台所に走って行く。

 本当にこの姉妹は仲が良いなぁ。

 両親が早くに他界して二人三脚で生きてきたんだ。それも当然な気もするけど。

 

「……空」

「……ん、何?」

「俺、頑張るよ。早く一軍に戻って、マウンドに立った姿を空に見て欲しいんだ」

「うん。楽しみにしてる」

 

 空が俺の活躍を信じて疑わないと言わんばかりに力強く頷いてくれる。

 それだけで、俺は無敵の男になれる。

 すぐに一軍に戻ろう。今ならまだ間に合う。

 優勝戦線に、食い込むんだ。

 

 

                八月一六日

 

 

 カイザースを三タテを喫してから、三カード対戦が終わった。

 順位は変わらずキャットハンズが一位で、二位バルカンズがそれを2,5ゲーム差で追いかける。

 カイザースは一位とのゲーム差を4,5ゲーム差、二位のバルカンズを2ゲーム差で追う三位だ。

 パワフルズは四位の位置に付け、一位とのゲーム差は六ゲーム。三位のカイザースとの差を1,5ゲームとしている。

 バスターズとやんきースは不調で、優勝戦線からは脱落したと言ってもいいだろう。

 頭ひとつ抜けたキャットハンズが戦うのは、パワフルズだ。

 キャットハンズにとってのビジターゲーム、つまりはパワフルズの本拠地、頑張市民球場で行われる試合である。

 そして、パワフルズは今日から登録抹消されていた水海が合流する。

 一足先に復帰した七井は三番に座ると、その日にホームランを打つなど活躍を見せていたが、水海は体調を崩すなどして、二軍でも調子は悪かった。

 しかし復帰した八月六日の二軍戦にリリーフで出場すると、球速一六〇キロをマーク。

 制球も相変わらずアバウトだったものの、課題だった高めへの抜け球は一球も無く、低めに纏める投球をして四死球無しの三者三振に打ち取り、先日までとは別人のような投球を見せた。

 何よりもファンが目を疑ったのは、球質の変化だった。

 今まではドゴッ! とミットに突き刺さるような重たい球質だった水海のストレートが、糸を引く、という表現が似合う程にノビるようなモノに変化していたのだ。

 球の重さはそのままに、回転数だけ増したようなキレの有る速球に進化した直球は、同じ左腕で球界ナンバーワンの猪狩守のストレートに近いもの――いや、それ以上だと、パワフルズファンは胸を踊らせる。

 その期待感を抱いているのはファンだけではない、監督も同じだった。

 橋森監督は水海の復調を聞くと、一軍への昇格を即断即決した。

 二軍で三試合連続、三者連続三振を記録した一六〇キロ左腕の復帰に、チームは活気づく。

 その雰囲気こそ、橋森の求めていた『流れ』だった。

 水海は久々に戻ってきた一軍のロッカーに荷物を置いて、息を深く吐き出した。

 

(よし、やるぞ)

 

 気負っている訳ではない。寧ろ、やる気に満ちている。

 こんな気持ちで試合に臨むのは本当に久しぶりだった。

 空との復縁は、心身に良い影響を及ぼしている。

 

(林くんが言っていた、支えになってくれる人が居ると強くなれる、っていうのは本当なんだな……)

 

 同級生の言葉を思い出しながら、赤と白を基調とした帽子を被り、グラウンドへと向かう。

 そこでは、キャットハンズの面々が練習をしている。

 その中の一人、お下げ髪の女性投であり、キャットハンズのエースである早川あおいが本日の登板に向けてストレッチを行っていた。

 カイザースを完封に抑えて勝利投手になった試合から、中六日で九日のバスターズ戦に登板。

 七回一失点で抑えて勝ち投手になったあおいは、そこから再び中六日で本日のパワフルズ戦に登板する。

 対するパワフルズの先発予想は館西。中四日での登板となる。

 恋恋高校時代、二年で甲子園に出場した際、パワプロ達の前に立ちはだかった南ナニワ川高校のエースだった男である。

 彼もまた猪狩世代の一人として、パワフルズを支える好投手の一人だ。

 データを駆使して頭のいい投球術を行うということで、仮に選手として結果を残せなくても、裏方としてチームに貢献出来るだろうという判断の元、ドラフト四位で指名された技巧派投手である。

 そんな予想を良い意味で裏切り、ドラフト四位ながら高卒ルーキーとして初年度からローテーションに入った館西は、ローテーションに欠かせない選手としてパワフルズを支え続けていたのだ。

 そして、今年。

 ついに館西は、エースとして"覚醒"したのだ。

 残り三三試合にして、ここまでの成績は一一勝三敗、防御率は2,11。

 タイトル争いからは一歩遅れているものの、まさにエースと呼ぶに相応しい成績を残している。

 つまり、今日はパワフルズ、キャットハンズのエースピッチャー同士の対決なのだ。

 ここから先、優勝を狙うためにはキャットハンズのエースを叩かなければならない――そんなパワフルズの橋森監督の意志が垣間見える、ペナントレース後半の開幕戦をエースとして飾った館西の中四日起用。

 そして、抑えである水海の復帰。

 ここから先、正念場になって、エースは中四日起用も増えてくる。

 そうなれば、必然的に継投が多くなるだろう。

 中六日と中四日では、中四日の方が疲れるのも早くなり、中六日で登板していたとしても先を見据える早めの降板も多くなってくる。

 そんな中で、クローザーが安定しているのと居ないのとでは雲泥の差だ。

 後半戦開幕から酷い有り様で二軍落ちしたものの、シーズン前半をクローザーとして支えていた水海の一軍復帰は、現場にとってもファン達にとっても期待と不安、両方を抱くニュースだろう。

 

(……期待されてるんだ。その期待に、応えてみせる)

 

 水海は自分に言い聞かせるようにして、大きく息を吸って吐き出し、ランニングを始める。

 試合開始はもう間もなく。

 水海とパワフルズの今後を占う試合が、いよいよ幕を開ける。

 

 

                ☆

 

 

 キャットハンズの強み――、それは、隙のない守備と投手力だ。

 エースのあおいの名前が良く上がるものの、二番手の神高を始めとした先発陣の防御率はカイザースに続く二位で、リリーフ陣も安定している。

 特にクローザーである橘みずきは、聖タチバナのエースとして甲子園出場経験もあり、恋恋高校の前にも立ちはだかった。

 カイザース不動のクローザー、一ノ瀬を抑えてセーブ王になっているのも、その能力の高さを証明しているだろう。

 そして、その投手陣を引っ張る名女房、猪狩進を始めとした鉄壁の守備陣。

 打撃はカイザース、パワフルズには劣るものの、ファイブツールプレイヤー猪狩進を始め、帝王実業から入団したリードオフマン木田、巧打がウリの小山雅、ホームラン王を取った経験は無いものの、入団してから二年連続で三〇本塁打を放ったジョージに、一発のある上条、パンチ力の有る鈴木と、油断ならない選手たちが揃っている。

 つまりは、キャットハンズは"総合能力の高い"、強豪チームなのだ。

 だが、と橋森監督はグラウンドを見つめる。

 パワフルズは、そんなキャットハンズが持っていない武器を持っている。

 ――二番の尾崎から始まる強力打線。

 二番尾崎、三番七井、四番福家、五番東條。

 リーグを代表するスラッガーが二番から五番に座るという豪華な打線。

 六番の大倉も、捕手ながら六番に座っているというだけあってホームランを二〇本放てる打力を持ち、恋恋を支えてきた好打者、明石が七番に座っている。

 そんな打線を相手にすれば、早川あおいとて完封は難しいはずだ。

 何点取られようと、相手より点を取れば野球は勝利出来る。

 ……だが。

 快刀乱麻という表現が相応しいように。

 早川あおいは、そんなパワフルズの強力打線すら寄せ付けない。

 

『回は七回!』

 

 ずらりと並んだパワフルズの得点を示す〇の文字。

 六回を終えて、パワフルズは立ちはだかる精密機械、早川あおいの前に一点すら奪えて居なかった。

 館西も負けてはいない。ランナーを三塁まで進められても決してホームに返さず切り抜けている。

 しかしそれでも、

 

『――パワフルズ! 六回もランナーを二塁にすら進められず! カイザース戦から好調を維持したままのキャットハンズのエース、早川あおいの前に、散発の二安打のみ!』

 

 目的を手にし、そこに邁進する早川あおいの前では――勝利のビジョンすら、見えてこない。

 この回も、二番の尾崎をセカンドゴロに打ち取った彼女は、指に付いたロジンバッグを

ふっと吹き飛ばすと、ゆっくりとベンチに向かって歩いて行く。

 六球団トップの勝利数一四を誇る早川あおいは、貫禄すら思わせる投球術を駆使し、パワフルズを沈黙させている。

 そんな投球を目の当たりにして、館西に気負うな、という方が難しい。

 七回の表、キャットハンズのバッターは七番、佐久間から。

 中四日ということもあって疲れの見える館西の初球。

 

「……っ!」

「甘い……!」

 

 今まで丁寧にコースを突くピッチングをしていた館西のボールが、キャッチャー大倉のミットが構えた所からは高く外れて、ベルト高の甘い所に投じられてしまった。

 下位打線といえど、そんな甘い球をプロは逃さない。

 カァンッ! と佐久間が右打ちでそのボールを弾き返す。

 打たれたボールはセカンドの右を抜け、ライトへと転がっていった。

 

『ヒット~! 先頭バッターが出ました! キャットハンズ、大チャンスです!』

「バッター八番、水谷」

「っ、はぁ、はぁ」

「……くっ、しまった……」

 

 館西が肩を上下させ、激しく呼吸を乱す。

 それを見て、橋森は自らのミスに気付いた。

 ここまで六回を無失点で抑えてきたとはいえ、相手がエースである早川あおいを立てていて、先に失点することは許されないというプレッシャーを常に感じながら投げているのだから、その疲労度は計り知れない。

 しかも館西は中四日。中六日で投げた時と比べて、スタミナが持たないのは道理だろう。

 

(俺のミスだ……! ここは継投すべきだった……!)

 

 ぎり、と歯ぎしりしながら、橋森は投手コーチに目を向け、「リリーフピッチャーを用意させてくれ!」と指示を出す。

 自らを攻める橋森だが、彼を攻めることは出来ない。

 これが谷間の投手ならともかく、今年エースとしてここまでチームを牽引してきた投手を無失点のまま変えることなど、どんな監督にだって出来やしないだろう。

 だが、そんな信頼が、ここでは裏目に出る。

 続く水谷に、館西はツーベースを浴びた。

 

「……くそっ! 何やっとるんや僕は……!」

 

 館西がマウンド上で汗を拭いながら自らを責める。

 ノーアウト二、三塁。

 バッターは早川あおいだが、ここで代打が出されるはずもなくそのまま打席に立つ。

 

(スクイズも有る……今日の早川なら、一点あれば十分だな……監督は館西を変えないのか?)

 

 キャッチャーの大倉がちらりとベンチを見るが、橋森に動きはない。

 かわりに、ベンチの投手コーチからサインが出る。

 スクイズ警戒、ウェスト。

 大倉はそれを確認し、館西へとサインを送った。

 そんなバッテリーのやりとりを見つめながら、橋森は電話番をするヘッドコーチに、ブルペンに入った投手の状況を事細かに聞く。

 

「今ブルペンには誰が入ってる!? 状況は!」

「犬河、手塚が肩を作り始めています!」

「大急ぎで準備をさせてくれ!」

「分かりました!」

 

 橋森が責められるとしたら、この準備不足だろう。

 もう一回早く肩を作る指示を出していれば、こうしてバタバタすることも無く、バッター水谷の場面で投手を投入することが出来て、ピンチは広がらなかったかもしれない。

 どうしてもっと早く指示を出さなかったのだと激しい後悔に苛まれながら、橋森はじっとグラウンドを見つめる。

 一球目をウェストで外したバッテリーだが、バッターに動きはない。

 早川あおいは打撃は非力で、一本だけプロでヒットを打ったことがあるものの、それ以外は全くヒットを打っていない。

 しかし、バントは下手という訳ではなく、きっちりボールの勢いを殺したバントをすることが出来る。

 高校時代共に戦った新垣あかりからバントのコツを聞いていたからだろう。スクイズは何度も決めたことが有る。

 ここで安易にストライクゾーンに投げさせれば、スクイズされるかもしれない。

 もはやこの試合は一点勝負。先に一点取ったほうが勝つ。

 それ故、安易にストライクゾーンに投げさせる指示は出せない。

 二球目、大倉は何とかギリギリを狙ってボールを投げさせるが、上手く決まらず、これでボールカウントはノーストライクツーボール。キャットハンズが仕掛けやすいカウントになってしまった。

 続く三球目は流石にストライクを取らせるべきだと判断し、大倉はバントしにくい、内角高めにミットを構える。

 

「……っ、くぅっ!」

「なっ……く、高い……!」

 

 しかし、スタミナが完全に切れた館西に、そこを狙うコントロールは残っていなかった。

 大倉が思わずジャンプして取らなければならないほど高いボールを投げてしまい、これでノースリー。

 そして、四球目。

 緊張の糸が切れたかのように、館西の投げたボールはワンバウンドしてしまった。

 

『なんと投手の早川あおいにストレートのフォアボールー! ノーアウト満塁!! パワフルズ、絶体絶命の大ピンチです!』

「……くっ、リリーフの準備は!?」

「……出来てませんっ」

「く……!」

 

 まさに一手遅れたという表現が正しい、ベンチワークのミス。

 それが致命傷となり、今やパワフルズは崖っぷちに追い込まれてしまった。

 

(どうする……!?)

 

 投手交代を伝えるべくベンチからフィールドへの境界線に足をかけたまま、橋森は頭を高速回転させる。

 

(犬河も手塚も準備不足……ならば制球力の有る手塚か……? ……ダメだ。球威が足りない。犠牲フライを打たれて終わりだ。ならばコントロールが出来、アンダースローで内野ゴロを打たす公算が立つ犬河か? ……くっ、犬河は打たれ弱く、得点圏被打率が高い……。だが、消去法ならば犬河か……っ)

 

 橋森が思考を終え、犬河の登板を告げるべく、ベンチから出ようとした、その時だった。

 

「――か、監督! 水海が!」

「水海が、どうした!?」

「既に準備を終えたようです!」

「なんだと……!?」

 

 そのヘッドコーチの報告に、橋森は驚く。

 当然だろう。水海の起用パターンは守護神として、つまりは九回限定のクローザーだ。

 普通ならば八回、早くても七回から肩を作り始めることも有るだろうが、まだ七回表のこのタイミングで、『肩が出来た』というのは、明らかに早すぎる。

 

「奴はクローザーだぞ!?」

「それが、『いつ出番が来ても準備不足にならないように』と、四回頃から準備を始めていたようで……!」

「……それでスタミナが切れたらどうするつもりだ」

 

 言いながら、橋森の表情は笑っていた。

 ――いつ出番が来ても良いように。

 確かに抑え投手にとって、こんな早くに準備が完了するのは体力の無駄だろう。後のキャリアに影響を与えてしまうような負担が掛かる原因にもなるかもしれない。

 だが、このシーズンの終盤。抜き差しならない自体に陥った時、準備不足で力を出せませんでした、というのでは話にならない。

『危機管理』――、その一点において、水海の行動は正しいのだ。

 

「水海を呼べ」

 

 いつか放った言葉を、橋森はもう一度口にした。

 

「投手交代――ピッチャー、水海だ」

「は、はい!」

 

 総合コーチが電話口で水海を呼ぶ。

 橋森はそれを主審に伝えて、自らマウンドに向かった。

 

「ピッチャー、館西に変わりまして――水海!」

『ここでピッチャー交代です! パワフルズ、不調で二軍落ちしていた水海を、ここで起用します!』

『まずは中継ぎで様子見というところでしょうが、水海選手にとってはかなりきつい場面での登板になりましたねぇ」

 

 ざわつきが頑張市民球場を包む。

 コールされた水海がゆっくりとマウンドへ登った。

 

「水海、ノーアウト満塁の場面だ。……いきなりきつい場面ですまないが」

「――ありがとうございます。監督」

「え……?」

「こんな痺れる場面で俺を選んでくれて、ありがとうございます。此処を抑えればヒーローじゃないですか」

「……はは」

 

 二軍落ちする直前とは、まるで別人になったかのような明るい表情の水海に、橋森は震えにも似た"何か"を感じて、思わず笑みを零した。

 神下がパワプロに感じた何かを、橋森はこの水海に感じたのだ。

 

「任せた、水海」

「はい!」

「……ああ、そうだ。一つだけ聞いても良いか?」

「? はい、なんでしょう?」

「どうして、速い回から準備していたんだ? お前はクローザーで起用すると伝わってなかったのか?」

「いえ、ちゃんと二軍監督から聞いてました」

「それなら、何故四回という早い回から準備していたんだ?」

 

 橋森の至極真っ当な質問に、内野で集まった近城、福家、東條、杉内がじっと水海に視線を集める。

 水海は、そんな橋森の質問に笑顔を浮かべて、

 

「だって、後悔したくないじゃないですか」

 

 そう、答えた。

 

「やらないで後悔するより、やって後悔したい。……俺は、今まで自分にウソを吐いてマウンドに登っていました。でも、大切なものが帰ってきて、気付いたんです。……俺、やってなかったらきっと、もう一度顔向け出来ないくらいに後悔してたって。ウソを吐いてでも、誤魔化しの為でも、他人の為と偽った自分自身の為でも、嫌々でも――、……やれるだけのことはやってきたから、もう一度取り戻すだけで歩き出せた。前を向けた。……だから、俺はやって後悔するんです」

「……そうだな。お前の言う通りだ」

 

 優しい微笑みを浮かべながら頷いて、橋森はぽん、と水海の背中を叩く。

 

「抑えて来い、水海。そして、ヒーローになれ」

「――はい」

 

 力強く答えた水海に背中を向けて、橋森はベンチに戻る。

 

(水海は、ミスターパワフルズになる。この男は、パワフルズを担う男になる)

 

 ベンチに座ると同時に橋森の焦燥や不安は消えていた。

 確信があったからだ。

 水海ならこの大ピンチを抑えきるという、不思議な確信が。

 

「バッター一番、木田」

『さあ、ここでキャットハンズはトップバッターの木田から! 二軍に落ちる直前は連続フォアボールでピンチを作り長打で返されるという最悪のパターンを見せてしまった水海ですが、このピンチを抑えられるでしょうか!?』

 

 投球練習を終え、グローブでボールを受け取った水海は、バッターボックスに入った木田を睨みつける。

 右対左な上に、木田は左打者を得意としているというデータも有る。

 対右の打率は二割九分と決して悪い訳では無いが、対左になるとその打率は三割四分にまで上昇するという、シーズン打率も三割を超える好打者だ。

 そんな相手に外野フライすら許されないこの場面で大倉がまず選択したのは、水海の一番の武器であるストレートではなく、高速スライダーだった。

 

(高速スライダーを外角低めに……か。犠牲フライでも許されないこの場面、ノーアウト満塁の初球なら、間違いなく打者はストレートを狙ってくる……ってことかな?)

 

 大倉の思考を予測し、頷く水海。

 おおよそ、その思考は正しい。

 付け加えるのならば、キャットハンズは水海が制球難だというデータも手に入れているはずだと大倉は予想している。

 パワフルズバッテリーとしても初球はストライクを取りたいと思う。それなら、初球に選ぶのは最も制球のつきやすいストレートを選ぶ……そう思われているはずだと読んでの、大倉は高速スライダーを選択したのだ。

 ただし、これは大倉にとっても賭けだった。

 水海のコントロールは良くはない。高速スライダーもワンバウンドを何回も試合で投げている。

 もしもそれで逸らしてしまえば、犠牲フライどころかワンアウトもとれず相手に得点を献上する形になってしまうだろう。

 だが、それでも大倉は水海を信じた。

 

(こいつは決めるべき時に決める男だ。――絶対に、決めてくれる)

 

 初めて水海を見た時に覚えた手の痺れは、大倉に「こいつはパワフルズを支える選手になる」と思わせてやまなかったし、水海が調子を崩し二軍落ちした時は本気で心配して、こっそりと様子を伺いに二軍の球場を見に行ったくらいには、大倉は水海を一軍の戦力だと認めている。

 認めているのなら、捕手が投手を信頼してやらない道理はない。

 

「来い! 水海!」

 

 大倉の声がけに頷いて、水海が脚を上げる。

 メカニック的には決して意味はないと言われるものの、見るものを魅了するワインドアップモーション。

 振り上げた腕を高く掲げたまま、脚を上げて体重を軸足へど移動する。

 そして、勢い良く踏み出した右足の勢いを左手の指先に移すようにして、腕を勢い良く振るう。

 縫い目に引っかからせた中指に力を込め、手首を軽く立てて、腕全体でボールに力を掛ける。

 そうして放たれたスライド回転のボールは、大倉のミットよりも僅かにアウトローにズレる。

 だが、木田はそのボールをスイングした。

 

「ストライク!」

『スライダーを空振り! そして、そのスライダーの球速は――なんと一五〇キロ!』

「いいぞ水海!」

 

 パンッ、とミットでボールを受け取って、水海が構える。

 

(決まってよかった。……次は低めにストレート。大倉さんが腕を振ってこいってジェスチャーしてるってことは、ワンバンしても良いから低めにってことだよね)

 

 こくん、と頷き、再びボールを投じる。

 そうして投じられたストレートは、

 まるで、途中で加速するかのようなキレ味で大倉のミットに吸い込まれた。

 

 スパァンッ! という音が、遅れて響く。

 

 バックスクリーンに表示された球速は――一六二キロ。

 同時に、審判の手が上がった。

 

「ストライクツー!」

『低めへのストレートが一六二キロ! 決まってストライク!!』

『これは……打てませんね……』

 

 ワァッ! とライトスタンドから歓声が響く。

 たった一球――それだけで、観客が湧く。

 ビリビリと背中に歓声を感じながら、水海は初めて、自分が一軍のマウンドに立っているということを実感した。

 

(見てる? 空……海ちゃん)

 

 三球目。

 大倉が選んだのは、水海のもう一つの新しい武器だった。

 

(俺……ヒーローになるよ。だから、見守ってて)

 

 投じられたボールはど真ん中の、スッポ抜けの変化球だった。

 木田は待ってましたとばかりにそのボールを狙ってバットを振るう。

 ――そこから、ボールが突然、浮き上がったように、木田は見えた。

 

「――な……!?」

 

 バンッ! と捕球音が聞こえて、木田が慌てて後ろを振り向く。

 大倉はすぐさま構えを解いて、ワンアウトだと示すように指を一本立てた。

 

「ストラックバッターアウトォ!」

『空振り三振! 投げ損ないのスライダーを空振って木田、三振!』

『ラッキーですね、今のはホームランボールですよ』

 

 木田を空振り三振に打ち取った水海は一息を吐いて、ボールを大倉から受け取った。

 今水海が投げたのは決して投げ損ないなどではなかった。

 それは――ツーシームジャイロボール。

 それは、空のお土産の本に乗っていたジャイロボールの投げ方の一つだった。

 変化球だと思って振っていったら、それが落ちてこない。

 するとバッターは、そのボールを『浮き上がった』ように感じるのである。

 落下してくるように感じたら、落下してこない――。

 そうなれば、バッターのスイングなど当たらない。

 話だけ聞けば、『それならば落ちないのを確認してから振れば良い』。と思うだろう。

 球種自体はスライダーを失投したかのような球だ。真芯に当たればホームランボールだろう。

 だが――もしも、投じられた"失投"が一五〇なら、どうなるだろうか。

 それはもはや失投などではない。狙って投げた『落ちない変化球』なら、それは最早別の変化球と化す。

 それこそが、水海のツーシームジャイロ。

 彼が手に入れた、新しい武器なのだ。

 

「バッター二番、小山雅」

『しかしまだピンチは終わっていません! ワンアウト満塁で、ここ最近絶好調の小山雅を迎えます!』

 

 二番バッターの小山が打席に立つ。

 だが、相手が誰だろうと関係ない。

 橋森監督は水海に言った。

『抑えてこい』、と。

『ヒーローになれ』と、そう言った。

 なら、水海がやることは一つ。

 

 目の前に立ちはだかる並み居る強打者達を、その自慢の豪腕で抑えるだけだ。

 

 スパァンッ! とミットを斬り裂くような直球が大倉のグローブを打つ。

 内角に構えていたボールが真ん中の低めへと流れたものの、ボールは高くなく、丁度バッターの膝の高さに収まっていた。

 

(ボールが浮かなくなった……低めへの投球が上手くなったんだ。一体なにが有ったかは分からないが――水海は、先月までの水海じゃない。一皮剥けて帰ってきやがった……!)

 

 背中にぞくりとした興奮を感じながら、大倉はもう一度ストレートのサインを出す。

 ボールを受ける左手が痺れる程の球威のストレートを捕球し、大倉は思わず笑っていた。

 これほど捕手冥利に尽きることが、あるだろうか。

 今レ・リーグで最も優勝を経験した捕手、猪狩進であろうと経験出来ないであろう、威力抜群の一六〇キロ左腕のストレート。

 それを受けられるのは、レ・リーグの正捕手では自分だけだ。

 今日の水海に、変化球は必要無い。

 大倉はすっと中腰になり、高めにボールを構える。

 水海はそのミットに向かって腕をふるった。

 唸りを上げる豪速球は、振りに言った小山のバットをすり抜け、大倉のミットに収まった。

 

「ストライクバッターアウト!」

『に、二者連続三振! 高めのボールは一五九キロ!』

『つり球に引っかかってしまいましたね。ですが仕方ないでしょう。高めにあんな速いボールを投げられれば思わずバットがでてしまいます』

『これでツーアウト満塁! しかし、ここで迎えるはバッター三番、猪狩進! キャットハンズの中では最もミートに長けた好打者です!』

「バッター三番、猪狩進」

 

 ふぅ、と深く息を吐き出し、帰ってきたボールをミットに抱えて水海が大倉のサインを待つ。

 大倉はバッターボックスに立つ進の様子をじろりと見つめ、サインを出した。

 内角低めへのストレート。

 この豪速球を打つには外角へ投じられた甘いボールを追っ付け流し打つしかないと判断し、内角に投じさせることで流し打ちを許さない為のリードだ。

 特に猪狩進は右方向へ強い打球を放つことの出来る打者。ならばなおさら、内角を攻めるべきだと判断したのだ。

 水海にも異論はない。頷いて、ボールをミットの中で握る。

 そして視線を上げた所で、水海は気づいた。

 バックネットに揺れる、オレンジ色の、二つの髪の毛を。

 

(――空、海ちゃん)

 

 視線が合って、空が微笑む。

 "――ちゃんと見てるから。貴方が、誰よりも輝く所"。

 空のそんな言葉が聞こえたような気がして、水海は微笑み、目をつむる。

 瞼の裏に浮かんでくるのは、空を失った辛い日々などではない。

 それは、まるで夢の中にいるかのような、空の部屋に張られたポスターのように輝く、自分の姿。

 

(――そう、迷わない)

 

 腕を振るう。

 指に掛かったストレートは、大倉の構えるミットに寸分違わずに吸い込まれていった。

 ワンストライクノーボール。

 無論今のは偶々だ。それでも、猪狩進相手にファーストストライクを最高の形で取れたのに代わりはない。

 続いて出されたサインは外角への高速スライダー。

 

(俺は、主人公に、ヒーローに、なるんだ。……そして)

 

 ワンバウンドするほどのボールを、初球が効いているせいで猪狩進は空振った。

 一球外に外し、ツーストライクワンボール。

 水海はサインを受け取って、頷いた。

 

(――そして、パワフルズを優勝させる! 最後の最後まで、諦めない!)

 

 腕を振るう。

 猪狩進のバットは、動かない。

 糸をひくようなストレートが、真ん中低めに決まった。

 

「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」

『見逃し三振ッ! パワフルズ、ノーアウト満塁の大ピンチを抑えました! 水海、仁王立ち!』

『素晴らしいボールです……!』

「よっしゃぁ!」

 

 ガッツポーズをすると同時に、セカンドの近城、ファーストの福家が水海の背中をばしっと叩いた。

 

「ナイスボール! 水海!」

「最高のリリーフだったぞ!」

「は、はい!」

 

 チームメイトに祝福されながら、水海はベンチへと走る。

 そこには、思わずベンチから飛び出した橋森が待っていた。

 

「よくやった水海!」

「抑えられて良かったです!」

「ああ、良く抑えてくれた!」

 

 握手をして水海を称える橋森。

 その後ろから、ゆっくりとレフトを守っていた七井がベンチに戻ってきた。

 

「水海、ナイスボールだったナ」

「あ、七井……うん。その」

 

 ごにょごにょ、と水海が言いよどむ。

 謝罪したとは言え、頭部にボールを当ててしまったことは忘れられない。

 なんと話していいのか分からない水海に、ベンチに入った七井は、無表情のままバッティンググローブを嵌め、バットケースからバットを抜きながら、

 

「……お前、まだ勝ち星が付いたことは無かったよナ?」

「あ、うん。セーブとホールドは経験あるけど、勝利はまだ……」

「そうか。それなら待ってろヨ。水海――」

 

 その青色の瞳を覆い隠す漆黒のサングラスを額から降ろして、堂々と主軸として宣言する。

 

「――好リリーフをしてくれた最ッ高のピッチャーに、白星っていう最高のプレゼントを、用意するゼ」

「バッター三番、七井アレフト」

 

 その背中から、恐るべき威圧感を発し、七井はバッターボックスへと向かった。

 マウンドには再び早川あおいが登る。

 高校時代、何度もパワプロ、あおいのバッテリーに辛酸をなめさせてきた七井が打席にたった。

 

「七井……。……っ、頑張れ! 七井!」

 

 水海の声を背中に受けて、七井がバットを構える。

 

(……気合が入ってますね……。……ノーアウト満塁を逸して流れはパワフルズに有ります。ここは慎重に、外角低めからカーブを一球外しましょう)

 

 あおいが頷き、カーブを投じる。

 外に逃げていくボール球に、七井は反応すら示さない。

 

(……反応無し……、それなら、"フロントドア"を使いましょう)

 

 左バッターである七井になら、マリンボールによるフロントドアが使える。

 このボールは分かっていても打てない。思わず仰け反ってしまう。

 特に今の七井は打ち気に逸っている筈だ。どんなボールにでも踏み込んでくるだろう。それならば、このボールは絶対に打てない。

 あおいが進の指示通りに、マリンボールを投じる。

 内角のボールゾーン、体にぶつかりそうな角度から急激に変化し、内角低めギリギリを掠めてストライクになる、あおいの決め球の一つである、フロントドアのマリンボール。

 内角の体にぶつかりそうな程のボールゾーンから、ボールはグン、と落ちていく。

 そのボールを掴もうと、進がミットを伸ばした瞬間。

 

 目に見えない程の速度の何かが、目の前を通過していった。

 

 それが、七井のバットだと進が理解したと同時。

 既に白球は、ライトスタンドの遥か向こうへと消えていた。

 

 爆音のような歓声が球場を包む。

 

 ホームランを確信した七井が片手を突き上げ、ベンチでその七井の姿を見つめる水海を指さすと同時に、スタンドのパワフルズファンが総立ちで応援歌を歌い出した。

 

『じょ、場外へ消えたァー! 早川あおい選手の決め球、内角低めのきわどいマリンボールを一閃ッ! ライナー性の打球は目にも留まらぬ速さで場外へと消えていきました! 七井アレフトの第二七号ホームラン! 好リリーフを見せ、同時に自らに頭部死球を与えてしまったチームメイト、水海に勝ち投手の権利を発生させる、七井の場外ソロホームランで、パワフルズ、ついに早川あおいから先制点を奪いました――!』

 

 ホームベースを踏んだ七井がベンチまで戻って、ハイタッチを交わしていく。

 

「七井……!」

「水海、オレはあんな死球程度で崩れる男じゃナイ。だから気にするなヨ。……パワフルズを優勝させるのに必要な頼れるチームメイトが落ち込んでたら、困るだロ」

「……っ、ありがとう、七井……。……うん、俺達が居れば、パワフルズは、負けない!」

「――良く言った! 水海、七井!」

「わわ、福家さん!?」

「……やっと必要なものが揃った。今俺達は四位だが、まだ追撃は間に合う」

「東條……」

「ああ、東條の言う通りだ。まだ俺達は四位。だが、クローザーも揃い、クリーンアップの七井も完全復活を果たした。追撃の準備は整った。バルカンズにも、カイザースにも、キャットハンズにも負けられない」

「……監督……はい! ……今年やっと初めて一軍に上がって、迷惑を掛けて、やっとまた一軍に上がってきたばかりの俺が言うのは烏滸がましいけど――絶対に優勝しよう!」

「「「「「「おお!!」」」」」

 

 パワフルズベンチが活気づく。

 その様子を見ながら、あおいはマウンドの上でふぅ、と息を吐いた。

 そんなあおいに声掛けをするべく、進がマウンドに駆けつける。

 

「ごめんなさい。早川先輩、不用意すぎましたね」

「ううん。進くんのせいじゃないよ。フロントドアとバックドアを使ってカイザースに勝ってから、ボク、忘れてた。ライバルはパワプロくんやカイザースだけじゃない。パワフルズも、バルカンズも手強いライバルなんだって」

「先輩……」

「まだ負けたワケじゃないよ! 後続をしっかり抑えなきゃねっ」

「……っ、はいっ」

 

 捕手の自分が励まされてどうするんだと思いながら、進がキャッチャーズサークルに戻る。

 だが、波に乗ったパワフルズは、あおいですら止められなかった。

 福家がツーベースを放つと、東條がツーランホームランを放ち、ここであおいはノックアウト。

 リリーフした小沢でも勢いを止められず、大倉にツーベース、明石にタイムリーヒット、杉内にヒット、打席に立った水海にバントを決められてワンアウト二、三塁とすると、近城、尾崎、七井に連続ツーベースを浴びて、この回、パワフルズは打者一巡の猛攻を仕掛けた。

 終わってみれば、この回八得点。

 火の付いた重量打線を前に、キャットハンズは自慢の投手陣が大炎上してしまった。

 大量援護を貰った水海は八回、九回も三人に抑え、終わってみればパワフルズは完封リレー。

 〇対八という大差で、勝利を収めたのだった。

 

 

                  ☆

 

 

「野球場にお越しのパワフルズファンの皆さん! お待たせしました! 本日のヒーロー、七井アレフト選手と、水海選手です!」

 

 大歓声に包まれる球場内で、水海は初めてのお立ち台に登った。

 特別に設置された場所で、人より高い場所に上がってインタビューを受けるというのは、なんともむず痒い。

 

「まずは決勝の先制ホームラン! 七井選手です! 七井さん! あの場面、どんなことを思って打席に立ったんですか!?」

「水海が大ピンチを抑えたのを見て、水海に勝ちを付けてやりたいと思ッタ。オレが怪我してから、水海がファンにヤジられたり調子を崩しているのは知っていたけど、そこから戻ってきた。だったら、それに応えてやりたいと想うのがチームメイトだ。だから、あの場面は狙っていタ」

「打ったのは早川あおい選手の決め球、マリンボールでした!」

「早川とは、高校時代からしのぎを削ったライバルだけど、相性は良い。結構長打を打てているからナ。……でも、この場面は絶対に打ってやると思っていタ。ボールが内角に来る時はマリンボールだろうと予想していタのが当たってよかっタ」

「流石の打撃でした!」

「ありがとウ。だが、今日に関しては褒められるのはオレじゃナイな」

 

 七井が微笑み、隣に立つ水海に目を向ける。

 インタビュアーも頷き、水海の前へと移動した。

 

「――悪夢のようなオールスターから、戻ってきました! パワフルズのクローザー! 水海選手です!」

 

 その名前がコールされた瞬間、観客たちが大歓声を上げる。

 今日の"ヒーロー"が誰なのか、皆分かっているのだ。

 

「あ、え、えっと、迷惑掛けてすみませんでしたっ!」

 

 突然お立ち台で頭を下げる水海に、スタンドから笑いが溢れる。

 

「迷惑だなんてそんなことはありません! ノーアウト満塁から、好リリーフ! 三者連続三振で大ピンチを乗り切って見事な初白星! お見事でした!」

「そんなこと……チームメイトの皆、ファンの皆……そして……支えてくれたいろんな人達の、お陰です。ほ、本当にありがとうございます」

 

 目にいっぱい涙を溜めながらお礼を吐露する水海に、温かい歓声が投げかけられる。

 水海はぐいっと袖で涙を拭うとインタビュアーに向き直った。

 

「あの場面、交代を告げられてどんなお気持ちでしたか?」

「……監督から、ヒーローになってこいと言われて、『絶対にヒーローになってやる』、そう思ってました」

「見事、監督の指示に応えましたね!」

「大倉さんのリードのお陰です」

「そして、その裏の攻撃で七井選手がホームランを打って初白星の権利を手に入れました! その時のお気持ちを教えて下さい!」

「七井が、ホームランを打てて良かった、最初に思ったのは本当にそれだけです。何度も謝ってたけど、やっぱりオールスターでのあの一球は本当に申し訳なかったので。……でもその後に、七井が『気にするな』って励ましてくれたのと、『優勝する為に必要な戦力が落ち込んでたら困る』って言ってくれて……本当に嬉しかったです」

「あの時、そんなことを話していたんですね……、素晴らしい友情で、す……! ぐす」

 

 思わず感涙するインタビュアーに微笑み、水海は観客席に目をやった。

 そこでは、空が目から大粒の涙をこぼして、水海の姿を見つめている。

 

(……きっと今の俺の姿は、空の部屋に張ってあるポスターとは、比べ物にならないくらい泣き虫で、情けないけど)

 

 インタビュアーが涙を拭うと、ごほん、と咳払いをして水海にマイクを向ける。

 

「水海選手が復活して、首位キャットハンズに快勝です! 明日の試合以降に向けて、一言お願い致します!」

「――やっと一軍の戦力になれたばっかりの俺が言っても、説得力がないかもしれないですけど、パワフルズの選手たちは全員、優勝するつもりです! ファンの皆さんの応援を力にこれからも頑張って行きたいと思いますので、応援宜しくお願いします!!」

「ヒーローインタビューの水海選手でした!」

 

 大歓声に包まれながら、七井と手を取って両手を上げる水海。

 その視線は、空をずっと見つめていた。

 

(それでも、やっとヒーローになれたんだ。……ポスターの中だけじゃなくて、本物のヒーローに。……ありがとう、空。大好きだ)

 

 光り輝くスポットライトの中で水海が最高の笑みを浮かべる。

 そんな彼の姿を網膜に焼き付けるように、彼の愛しい女性は、ずっとその姿を、見つめていたのだった。

 

 

                  ☆

 

 

 三連戦の頭で雰囲気が最高潮に達したパワフルズは、その後キャットハンズを三タテして上昇気流に乗ると、一気に爆発し、八月の勝率を八割で終えた。

 八月終了時点で首位へのゲーム差を1,5ゲーム差に縮め、ついに首位、キャットハンズの背中を捉える。

 キャットハンズがこのまま逃げ切るかと思われたレ・リーグの優勝争いは混迷を極め、最早展開を読むのは不可能とさえ思える程だ。

 すべての球団の残り試合数は三〇試合を切った。

 果たして、最後に一番上に立つ球団は何処なのか。

 全ての決着は残り二ヶ月以内に、必ず着く――

 


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