辺境の街・ロンダイクは、エイーシャの村から徒歩でだいたい十日程度、馬なら三日もあれば着く距離だ。王国全体で見ればちょうど中程度の規模の街で、冒険者組合やアカネイア教会、各種商店や公的な役所など、必要と思われる施設はだいたい揃っている。
エイーシャ自身はこれまで行ったことはないが、旅人や商人から聞くところによると大層にぎやかで楽しい場所だという。普段から感情の薄い彼女も、初めての余所行きということでさすがに期待は隠せず、旅の道行きをワクワクしながら進んでいたところだった。
ゆえに――
「へっへっへ、一人旅たぁ不用心だな、お嬢ちゃん? さあ、命が惜しかったら金目の物を全部置いてい――ぃ?
…………。
………………。
いや、犬デカくね?」
「ボス犬ちゃん――GO!」
「アオオオオーーーンッ!!」
「ひょ、ひょえええッ!? 化け物おおおーーーッ!?」
良い日旅気分に水を差す不埒な輩は、即サーチ&デストロイなのである。
――――
法整備も社会保障も満足に進んでいない中近世。戦争や飢饉、疫病や災害などの不幸は頻繁に発生し、食うに困る人間はそれこそ吐いて捨てるほどに湧いてくる。
そんな折、困窮した人間が行き着くところと言えば、子どもなら身売り、大人なら物乞いや奴隷。そしてそれ以外で最もポピュラーな末路というのが、今目の前に転がされているこいつら――盗賊や追剥ぎの類であった。
「で、この人たち、どうしたら良いと思う?」
「アオオン?(※殺せばいいんじゃね?)」
「ひいッ!」
「確かに……骨や皮は良い値段で売れるって言うし、試しに解体してみようか?」
「アオあッ!?(※そこまでやれとは言ってねえよ!?)」
「「ひいいッ!?」」
当然だが盗賊たちにはフェンリルの言葉など伝わっていない。傍から見ればこの光景は、13歳の少女が犬と会話する体で人体売買を思い付いたように見えるわけだ。……猟奇的にも程がある。
ついでに言うとエイーシャにもフェンリルの言葉は理解できていない。声音を聞いてなんとなく『こんな感じかな?』と想像しているだけだ。すなわち、人間の解体というアバンギャルドな金策は彼女自身の発案だということだ。
……やはりこの娘、野に解き放ってはいけない人材だったかもしれない。
「お、俺たちッ、懸賞金がかかってます!!」
「ん?」
一番がっしりした禿頭の人物、盗賊団のリーダーと思われる大男が右腕を突き上げた。肩のトゲパッドが陽光を反射してキラリと輝く。
「と、盗賊とかの犯罪者の中には、捕まえたら賞金が出るような奴もいるんです! ロンダイクの役所に連れて行けばお金がもらえますよ! ちなみに生きていた方が高いです!!(ここ重要!)」
「へー、そうなんだ」
この機を逃しては二度と自分たちが陽の光を浴びることはない。彼は今、かつての帝国との戦争以上に生き残りを賭けて必死だった。
――え? 身売りのような真似をして屈辱じゃないのかって?
馬鹿野郎ッ、このままじゃ文字通り“身”を売られそうなんだよ! プライドなんぞで命が拾えるか!
「持っている装備も物資も全部差し上げます! 情報も知っている限り提供します! ですからどうか、俺たちを捕まえてくださいいいッ!!」
「お、お願いします!!」
「この通りですからあ!!」
土下座してまで捕まえてくれと頼み込む成人男子たち。狭い村の中では一生かかってもお目にかかれない特殊性癖だ。エイーシャ(13)は慈悲の心をもって応えてあげた。
「ん、分かった。まいどあり」
「あ、ありがとうございまぁすッ!!」
「あなたは命の恩人だああッ!!」
新たな世界を求めて旅立った村の外。早速これまでとは違う体験ができて、エイーシャは感慨深げに頷いた。
「なるほど、盗賊と変態は良い仕入れ先になるんだね。覚えておこ」
「アオオーーン!(誰かああ! この子に情操教育してあげてえええ!)」
この場で一番まともなのが伝説の魔獣だったという事実。
まさに世も末である。
――――
「というわけで、本人たちの希望で連行してきました。懸賞金ください」
「えぇぇ……?」
ロンダイクの街、東側通用門衛兵マイク・ドーソン氏は、怪し過ぎる来訪者を前に困惑を隠せなかった。
この街で警備一筋20年。酔っ払いに前科者、他国の間者に御忍び貴族と、これまで様々な人間を見てきた。相手がどんな事情を抱えた人物であろうと、顔に出さず態度に匂わせず、気遣いと警戒のどちらが必要なのか瞬時に判断することのできるベテラン衛兵。そんな彼をして、この度の訪問者は“不審”の一言に尽きた。
まず先頭に鎮座したるは禿げ頭の大男。
……いや、別に禿げを揶揄しているわけではない。それを言うなら自分だって最近ちょっと怪しいし、人様の身体的特徴をあげつらうなど言語道断である。
問題なのは彼が上半身裸のパンツ一丁だということ。おまけに首には太めの荒縄が二重に巻き付けられ、その先端は犬のリードよろしく後ろの少女の手に握られている。
なんだろう、コレ? 何か特殊なプレイかな?
しかもそれが一人じゃない。彼以外にも半裸だったり全裸手前だったり十人以上の男たちが、東の地で有名な鵜飼いのごとく少女の持つロープに繋がれていた。
少女そのものもちょっとおかしい。身体の五倍くらいある荷物袋を片手で背負って満足気な顔を見せている。いや、それ絶対君より重いだろう? 物理法則に喧嘩売ってんの? あと肩のトゲパッドは何?
極めつきは最後尾に控える、熊よりも大きな銀色の狼。本人はさっきから犬って言い張ってるけど、これ明らかに魔物である。しかも圧が半端じゃない。戦えば間違いなく瞬殺されるし、たぶんA級冒険者より強い。
結論として――――なんだ、この……えっと、何?
ちょっと形容するジャンルが見当たらないほど怪しい集団だった。
「お金……もらえないのかな? やっぱりボス犬ちゃんの毛皮を売るべき?」
「ブゥルフフウッ!?」
このまま街に通したら、まず間違いなく騒動を起こすと確信できるキャラの濃さ。
ゆえにドーソン氏はとりあえず、困ったときの衛兵マニュアルに頼ることにした。
「君ちょっと怪しいんで、詰所まで来てくれる?」
残念でもないし当然の対応であった。
◇◇◇
「ふぅ……酷い目にあったわ」
「とりあえず盗賊たちについては確認がとれました。捕縛ご苦労さまです」
詰所に連行――もとい案内されてから、エイーシャは尋問――じゃない、事情聴取を受けていた。
その結果、紆余曲折ありながらも彼女の主張は問題なく認められた。低額ではあるものの盗賊リーダーには間違いなく懸賞金がかけられており、人相書きもそっくりなものが詰所に保管されていたので助かった。
これがなければエイーシャは、『無実の男たちを裸に剥いてペットにする異常性癖女児』として更生施設へ叩き込まれるところだったという。
危なかった。
もしそんなことになっていれば、役人さんたちの首にも縄を括らなければならないところだった。彼女は確かに暴力の信奉者ではあるが、何も問答無用で無辜の民を殴り付けたいわけではない。あくまでもヤるのは言って分かってくれないときだけ。それくらいの分別は彼女にだってあるのだ、安心してほしい。
「じゃあお仕事頑張ってね、衛兵さん。行きましょ、ボス犬ちゃん」
「アオン」
「……いや、待って待って」
「? 何かしら?」
再び引き止められてしまった。なぜだろう?
怪しいところなんてもうどこにもないはずなのに。
「いや、あるからね? むしろ一番ヤベえのが残ってるからね?」
「怪しいところって……盗賊の装備も売却してもらったし、名前と出身地も話したし。あと何かあったかしらね、ボス犬ちゃん?」
「アオン」
「だから
ドーソン氏がエイーシャの後ろをビシリと指差す。いや、“後ろ”というよりは“上”と言った方が正しい角度だが……。
詰所に身体が入り切らず、大通りから室内を覗き込む犬?を警戒しながら、ドーソン氏は告げる。
「あのね、お嬢ちゃん、それ魔物でしょ? 牛とか馬とかと違って、魔物を街に入れるには許可が必要なの。ちゃんとテイムモンスターとして登録しないとダメなんだって、大人の人から聞いてないの?」
「? ボス犬ちゃんはただの犬よ? 撫でてあげたら懐いたからお供として連れてきたの」
「アオッ!? アオッフ!?」
「……めっちゃ首振ってるけど、横に」
「あと、大人は仕事を押し付けるだけで何も教えてくれなかったわ。この10年、勉強は本を読んで自力でやってきたの」
「さらっと重いネタ追加するのやめてくれないかなぁ?」
そんなに驚くことだろうか? ローティーンの少女が一人で村を出るなんて、身売りや口減らしくらいしか考え付かないと思うのだが。
「なんだろう……。子ども自身の口から聞くとすごい切なくなる。無性に娘に会いたくなった」
「そう、可愛がってあげると良いわ。ウチの母は昔に死んじゃったし、父親はどこの誰だか分からないらしいから、家族仲が良いのはとても喜ばしいことだわ」
「だから重いネタ追加するのやめてって言ってるでしょ!?」
会話が脱線し過ぎてなかなか前に進まないので、ドーソン氏はなんとか話の本筋を引き戻した。
己の精神衛生のためにも。
「と、とりあえず、書類を用意するから必要事項を記入してくれ。あとコレ、テイムモンスターにはこういう目印を付けるように決まっているから」
そう言って彼が差し出したのは革製のベルト――いわゆる首輪である。
なるほど、確かに飼い犬なら首輪は必須だ。モンスター扱いは未だに納得しかねるが、書類を書いて登録する以外は普通の動物と変わらぬ扱いなのだ。そこまで拘ることもないと思い直す。
「むしろ飼い主として片手落ちだったのは反省点ね、これからはきちんと目を配りましょう。さ、ボス犬ちゃん、首輪を付けるわよ?」
「ア、 アオオオン!(※い、嫌や、首輪なんて堪忍してや!)」
「コラ、暴れないの。ちゃんと可愛く結んであげるから」
「ア、アオオオンッグ!?(※そういう問題やないって! そんな短いもん巻かれたら息がッ、ぐぇえ!?)」
まるで砂時計のようなフォルムになった愛犬を見て、エイーシャは満足気に頷いた。
「よし、結べたわ」
「……信じられんような光景だが、本当に自力で手懐けているんだな」
この力関係を見れば、あの犬?が人間に反旗を翻すこともあるまい――と、ドーソン氏はとりあえず胸を撫で下ろした。
……高ランクモンスターより物理的に強い少女(※世間知らず)がいることからは意識的に目を逸らしている。
「ア゛……アオオオ゛ン……」
「ドーソンさん、ちゃんと首輪を付けられたわ。これでもう街に入っても良いのよね?」
「あ、あぁ、もう良いよ。行っておくれ」
正直、いろいろ気になる点は残っているが、それら全てを呑み込んで彼は手を振った。
だってもう下手につつきたくないんだもん、何が出てくるかわからないから。
「最後に一応言っておくけど、テイムモンスターが人や物に被害を出した場合は主人の責任になるから、そこだけは真面目に注意しておいてくれ」
「ええ、分かったわ。この子が理由なく誰かに危害を加えることがあれば、即刻首を捩じ切るわ」
「ッ! ク、クゥゥゥン」
「は、ははは、それは頼もしいね。…………(え、ホントにやらないよね?)」
「じゃあ、今度こそ行っても良いのよね?」
「あ……ああ、良いよ。オホン――ようこそ、ロンダイクの街へ。君に良き出会いがあらんことを」
ベテラン衛兵の意地でなんとか定型文を返しながら、ドーソン氏は笑顔でエイーシャを見送った。いろいろと変わった少女ではあるが、まあ話自体は通じる子だったし、そうそう揉め事を起こすこともあるまい。
久しぶりの大捕り物?に凝った肩を揉み解しながら、彼は次なる来訪者に備えて東門へ戻っていったのである。
………………。
――ドーソン氏、衛兵生活20年目にして痛恨のファンブルであった。
「こんにちは。最強になりに来たのだけれど、何か良い依頼は無いかしら?」
「……はい?」
話が通じるのと常識が通じるのは、また別の話なのだ。