魔王も継母も殴り倒せばいいのだわ!   作:マゲルヌ

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3話 御社の職業理念に共感しまして

 生まれ故郷を旅立った日、エイーシャは当面の目標を世界最強になることと定めた。半ばノリと勢いで宣言しちゃった目標だが、今は他にやりたいことがあるわけでもないし、しばらくはこの方針のまま進んでみるつもりだ。

 その手段として彼女が思い付いたのが、“冒険者”という職業。

 組合に人材として登録し、大量に舞い込む依頼の中から自分にできるものを選んで受注する何でも屋だ。内容は薬草採取からドラゴン退治までジャンルを問わず多岐に渡るが、留意すべきはそのほとんどが腕っぷしによって成り立つ仕事だということ。

 

 そう、腕っぷし。

 腕力。

 パワー。

 すなわち暴力である。

 

 力で身を立てたいエイーシャにとって、これほどピッタリな仕事も他にあるまい。依頼を熟す過程で強くなれるし、成功すればお金も手に入る。失敗しても失うのは己の命のみ。死んだらそれを嘆くこともできないので実質ノーリスクだ。なんと素晴らしい仕事だろう。

 エイーシャはウキウキしながら冒険者組合の受付カウンターへ歩み寄った。

 

「ようこそ冒険者組合へ。本日はどういったご用件でしょうか?」

 

 生まれて初めての給金が発生するお仕事。こういうときは第一印象が特に大事と聞く。自分が何を目的としているのかを簡潔に伝え、相互理解を深めて人間関係を円滑に回すのだ。

 ならば第一声はこれしかない。

 

 

 

「こんにちは。最強になりに来たのだけれど、何か良い依頼は無いかしら?」

 

 

 

「…………はい?」

 

 こうして少女は初手バッドコミュニケーションをかまし、前話の引きに至るわけである。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(どうしよう、この子。初めてのパターンだわ)

 

 冒険者組合受付歴三年目、フローラ・リステル嬢は奇妙な来訪者を前に引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「どうしたの、お姉さん? ソドムおじさんにシメた熊肉を持って行ってあげたときみたいな顔だわ」

(ソドムおじさんって誰……)

 

 組合の建物の中はだいたい村の中央広場くらいの広さで、ワンフロア全てが繋がっている開放的な造りだ。カウンターに向かって左側には大きなコルクボードに多数の依頼用紙が張り付けてあり、右側にはテーブルとその上に乗った肉・酒類の数々が。

 食事時だけあって席の大半は埋まっており、装備品を外した男たちがジョッキ片手に楽しそうに飲み食いしていた。

 ……のだが、今はその喧騒も静まり、何やらこちらに視線まで集まっている。

 

「それでお姉さん、強くなるのに適した依頼はないかしら? クリムゾンベアーよりは強いのが良いのだけれど」

「え、えーと、お嬢ちゃん?「エイーシャよ」――オホン。エイーシャちゃんは、依頼の申請に来たわけではないの?」

「あぁ、勘違いされていたのね? 違うわ。私、冒険者になりに来たの」

「そ、そう」

 

 フローラの顔が苦笑気味に染まる。毎年この時期の少し後から増えてくる、冒険者稼業に淡い憧れと過剰な自信を抱いてやってくる登録希望の若者だ。なら先ほどの不思議発言も、新たな挑戦に際してのちょっとしたビッグマウスといったところか。そうと分かれば可愛いものだった。

 

「強くなるのにピッタリと聞いてこれしかないと思ったの。村で何度か魔物と戦ったこともあるし、簡単な依頼くらいなら問題なく熟せると思うわ」

「う、う~ん……」

 

 無謀な若者に対し、やんわりと他の道へ誘導してあげるのも受付嬢の必須スキルである。目の前にいるのは血気盛んな戦士志望の青年ではなく、吹けば飛んでしまいそうな十代前半の少女なのだ。過酷な冒険者稼業を熟せるとはとても思えない。

 ……いや、一部身体の成長は著しいので、ひょっとするともう少し上なのかもしれないが、どちらにせよカウンターに伸び上がらねばならない矮躯には違いない。

 

「あのね、エイーシャちゃん? 違法というわけではないのだけど、原則として冒険者登録は15歳からということになっているの。……あなたは」

「あら困ったわ。13歳よ」

(あ、やっぱり前半なのね。……くっ、何を食べたらそんなになるのかしら)

 

 ややショックを受けつつも顔には出さない、プロ受付嬢フローラさん(20)。

 それよりも今は、現実を甘く見てしまっているこの少女を優しく諭さねばならない。おそらく彼女が村で戦ったであろう、ゴブリンやキャタピーを倒せるぐらいで簡単に務まるほど冒険者という職業は温くない。

 何より、ある意味魔物よりも質の悪い連中に無垢な少女を近付けるわけにはいかないのだ。

 

「エイーシャちゃん、悪いことは言わないから一旦家に帰って家族と話をした方がいいわ」

「私、母親とは生後すぐ死に別れているから話せないわ。物語でよく聞く『ガキは家で母ちゃんのおっぱいでも吸ってな』も無理なの。吸ったことないから」

「お、おおぅ……」

「あと育ての家族には嫌われているから早く一本立ちしないといけないの。村人も出てくるときに結構ブッ飛ばして来ちゃったから、今さら出戻るのもちょっと恥ずかしいわ」

「な、なるほど」

 

 シレっとした顔で強打二連撃。生い立ちネタは他人が反応に困るからできれば遠慮してほしいところだ。

 

「わ、わかりました……。ではテストをしましょう?」

「テスト?」

「そう。あなたに冒険者としてやっていく力があるかどうか確かめるの」

「なるほど……誰かの首を捩じ切れば良いのかしら?」

「どんな物騒な試験よ!?」

 

 パワーの話ではなく生き抜く力とかの話だ!

 というか純粋な力審査だとしてもそんな猟奇的な方法取るはずないだろう。冒険者組合を何だと思っているんだ。

 

「えっとね、街の近くにある『カザールの森』で魔物を何匹か討伐して、その証明部位を持ってきてほしいの。ロンダイクの冒険者は『カザールの森』か『ラトラ平原』が主な仕事場になるから、その辺りの魔物を無理なく倒せるなら依頼も熟せると思うわ」

 

 あの家庭環境を聞くと問答無用で追い返すのも可哀想。ゆえに、実力が不安視される者によく課される試験内容を提示してみた。これでうまくクリアできれば登録しても問題ないし、ダメだったらダメだったで本人も納得してくれるだろう。

 

「ありがとう。許可してくれて助かったわ、フフフ」

「そ、そう、良かったわ」

 

 ……決してこの少女の瞳の奥に不穏なものを感じたから、とかそういうわけではない。

 うん、きっと気のせいだ。こんな大人しそうな少女が――『口で頼んでもダメなのか……。なら拳で』とか考えるわけがない。美人受付嬢の顔面を殴るなど物語のセオリー的にも許されることではないのだ。

 

「じゃあ行ってくるわ。夕方までには戻ってくるから」

「ええ、いってらっしゃい。無事のご帰還をお待ちしております」

 

 ほら、挨拶もしっかりできる良い子だ。荒くれ者ばかりの冒険者社会において、こういう可愛らしい反応を見せてくれる子どもは珍しい。中立たる職員が贔屓をしてはいけないのだが、ぜひとも合格して今後の自分の清涼剤となってほしいものである。

 フローラは妹を慈しむような目でエイーシャを見送った。

 

 

 

 

 

 

 ……まぁ、ほんの一瞬だけだったけど。

 

 

「おうおう? さっきから面白い話をしてるじゃねえか。オメエみてえなガキが冒険者になりたいだぁ?」

「あっ! ちょっとボーガスさん! また新人の子に絡んで……!」

「おまけにB級のクリムゾンベアーと戦いたいとか舐めてんのか? あんま俺らの業界を甘く見てっと今ここで痛い目を――」

「やめてください! いい加減にしてくれないと組合としても対応を――」

 

 

「えい」

「ぐはああああッ!?」

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

「……え?」

 

 背中の斧に手をかけて凄む大男は、最後まで言い切る前に逆側の壁にめり込んでいた。

 先ほどとは別の意味で場が静まり返り、食器や液体の落下する音がフロアの各所から響く。

 

「見て、ボス犬ちゃん。あれが冒険者組合名物、新人に絡む中堅冒険者おじさんよ。初めて見てちょっと感動だわ」

「アオーン……」

 

 

 ――ボ、ボーガス!? ボーガスううううッ!?

 ――しっかりしろ! 傷は浅ッ……くはないけど! たぶん命は大丈夫だ!

 ――けど鎧は板金70000(ゴル)コースだ! いろんな意味でしばらく飯は食えねえぞ!

 

 

「あれは討伐実績になるのかしら? ……確か右耳を切り取るのよね?」

「アオオ゛ン!?」

「あ、ちょっと、噛んじゃダメだったら」

 

 入口から顔をツッコんできた大型犬?によって、一撃少女は組合の外へと引っ張られていった。後に残されたのは静寂の中で右往左往するチンピラ仲間の声と、ポカンと口を開く関係者一同。

 

「……せ、先輩? あの子、C級モンスター倒しちゃいましたけど」

「いや、モンスターじゃないから。……確かに普段から素行の悪い男だけども」

 

 刃物をチラつかせながら絡んでいくなど、問答無用で斬られても文句を言えない愚かな行為だ。火の粉を掃ったあの少女を責める気などない。

 しかし、腐ってもC級冒険者。そこらの一般人どころか、下手をすれば中位の騎士にも匹敵する実力者。それをノールックでワンパンKOって……。

 しかもあの犬は何? サイズと銀の毛色からしてどう考えても魔物だし、間違いなく知性もある上位個体だ。それをあんな自然な態度で従えるなど、まず一般人には不可能。

 そしてノータイムで人を半殺しにして顔色一つ変えない精神性。一体どんな経験をすればあの若さであそこまで至れるのか……。

 

 

 …………。

 

 

「……うん。要求聞き入れておいてホントに良かったわ」

 

 

 自らのファインプレイを自画自賛しつつも、帰ってきたときの受付は必ず後輩に押し付けようと、フローラは強く思った。

 

 

 

 

 

 




【ちょっとした補足】
 さすがのエイーシャも真っ当に仕事をしている受付さんに暴力は振るいません。彼女の中に渦巻く修羅の心をフローラさんが敏感に感じ取ってしまったがゆえの悲しい誤解です。
 どうしても許可をもらえなかった場合、お偉いさんに直接交渉しに行ってました。下っ端にクレームをぶつけない優良なお客さんです。

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