ココル村はロンダイクの街から北北東、北のミネイル山地とのちょうど中間点辺りに位置する。立地としては村の西側から北東側までを扇状にカザールの森に囲まれており、当然街中よりも魔物が人里にやってくる機会は多い。
とはいえ、ロンダイク周辺と同じく森の浅い部分であることに変わりはなく、これまでは魔物が出たとしてもF~E級の小物がほとんど。数としてもそれほど大した規模ではなかったのだが……。
「えい」
「グボゲェッ!?」
胴体に風穴を開けた腕を引き抜き、エイーシャはここまでの討伐数を指折り数える。
「今のでゴブリンが、えーと……十五匹目? これ、ボス犬ちゃんに匂い覚えてもらう必要なかったかもね」
「アオォォン……」
「ごめんね、後で霜降り肉あげるわ」
村人に聞いた通り、事前に組合の資料で見た情報よりも魔物の数が多い。ゴブリン以外にも、蹴りウサギ、キャタピー、バイトバットなど、F~E級の魔物たちがほとんど切れ間なく現れ続ける。
「キキーーッ――ボギュ!?」
「大ガラス、十三匹目」
加えて、数が多いこと以外にも、どうにも魔物たちの様子がおかしく思えた。基本的に低級の魔物たちは力が弱く、人間や他の魔物に対して臆病に振舞うことが多い。ゴブリンという例外こそあるものの、出会い頭の遭遇戦にでもならない限り人の気配を感じると逃げていくのが普通だ。
それが今やエイーシャの知覚範囲外から目敏く彼女を見つけ、何かに憑かれたように駆け寄ってくる。彼女とて魔物についてそれほど詳しいわけではないが、これが常とは違う状況だということだけは分かる。
常識から外れた魔物たちの異常行動、ひいては自分を取り巻く森の環境の異様さに、さしものエイーシャも嫌な予感が止まらない――
「あ、これで蹴りウサギ十匹目だわ。キリが良いので焼肉パーティにしましょう」
「アオーン」
なんてことは当然なく、少女は微塵の動揺もなく肉焼きセットを取り出していた。
――えっ、魔物が異常な行動をしていて怪しい?
そりゃあ彼らだって生きた動物なのだからチグハグに行動する日ぐらいあるだろう。特に今日は日差しも暖かいし、つい気分がアゲアゲして違う道でも通りたくなったのかもしれない。
故郷の森でも何度か経験がある。エイーシャが『今日は
『魔物にもこういう文化はあるんだなぁ』と感心しつつ、エイーシャも遠慮なく飛び入り参加して楽しんだ。ジビエ美味しかった。
つまりこの少女にとって、魔物が少しばかり異常行動するくらい気にすることでもないということ。様子が変だろうが行動が怪しかろうが、『結局全て殲滅すれば同じよ』の超越者的精神なのである。
そう、ちょうどこんな風に。
「おっと?」
――パシッ。
「なっ!?」
「あら、弓矢だわ。狩人さんが間違えた……わけではないわよね? 鏃に毒が塗ってある――しッ!」
「ぐぁああッ!?」
二本指で挟んだ矢をそのまま射手へと投げ返す。木陰からエイーシャの様子をうかがっていた男は自らの毒矢を肩に受け、痙攣しながら倒れ込んだ。
「あ……あぐぁアッ……おぐぇっ!?」
「あら、これって麻痺毒かしら?」
苦しそうにしながらも男に呼吸不全や意識の混濁は見られない。単純に身体の自由を奪うだけの痺れ薬だったようだ。
エイーシャにも覚えがある。ヴェノムプラントクイーンの痺れ鱗粉を吸ったときなんかはずいぶんと苦しんだものだ。
「あれって無毒化できるまで割と動きづらいのよね。そういうものを矢に塗って人を射るなんて酷いと思わない? ねえ、ボス犬ちゃん。…………ボス犬ちゃん?」
隣を見ると、愛犬は男の頭を踏み付けながら唾を吐いていた。
「ガーーッ、アオッフ!(※そんなチンケな毒矢でこの化け物を殺せるわけないやろが! やるならカースドラゴンの呪毒を塗りたくって偏差射撃で十本くらい同時に
「なぜかしら? 今すごく酷いことを思われた気がしたわ」
「!? ア、アオおンッ! キュゥゥウンッ?」
伝説の魔獣は渾身のすっとぼけポーズを披露した。四足歩行生物とは思えない器用さである。
エイーシャも感心して拍手を送ったが、それはそれとして帰った後に
「……それで、あなたたちは結局誰なの? 何のご用?」
「おいおい、見かけによらずできる嬢ちゃんだな。奇襲を防いだ上に俺らの位置まで見破っちまうとは」
「へへへ、こんな森の奥まで何しに来たんだ? 良かったら俺たちが遊んでやろうか」
木々の向こうへ問いかけて待つこと暫し。薄ら笑いとともに木陰から現れたのは十人ほどの男たちだった。
刃こぼれと血の跡が痛々しい刀剣類に、中古品と思しきボロボロの鎧兜。……いや、あれらは中古というよりは強奪品と言った方が正しいか。街道を行く冒険者や商人たちから無理矢理奪い取った品なのだろう。
「だが幸運の女神様も年中無休じゃねえ。さっきは運良く回避できたようだが、この人数相手じゃ勝ち目はねえぜ?」
「安心しな、嬢ちゃんみてえな上玉は高く売れるからよ。買い手が付くまでは丁重に扱ってやるぜ」
「ま、その後のことは知らねえけどな。変態趣味のジジイかそれとも快楽殺人鬼か、まあご主人さまに媚び売って精々長生きしてくれや、ヒャハハハハ!」
恐怖を煽るように悲惨な末路を語り下卑た哂いを漏らす男たち。絶対優位な場所から他者を見下して食い物にする、王国を蝕む生きた病巣どもであった。
「なるほど。要するにあなたたち……
「そうそうッ、俺たちすんごい悪い奴なんだよ? だからお嬢ちゃんの冒険はここで終わr――」
「ちょうどヅダ工房製のナイフが欲しいなと思ったところだったの。以前の褒賞金は必要経費に使っちゃったし、ちょうど良かったわ」
「う、うん……?」
エイーシャ、食べ終わった兎の骨(五匹分)を袋に入れて立ち上がる。
「あのリーダーさんと違って悪い盗賊っぽいし、あまり加減しなくても構わないわよね? 最低限生きていれば値は下がらないのだし」
「え、えーと……?」
「困っている人のところに資金源を送ってくれるなんて……。これがアレなのね? アカネイア神とやらの思し召し。天の恵みなのだわ」
両手を天に合わせる少女と、顔を見合わせる盗賊たち。
「お、おい? なんかあのガキ、微妙に話が通じてないような気がするんだが、俺の気のせいか?」
「いや、俺もそう思う。というかこれは、話というか常識が通じてないような気が……」
「へ、へへ……まあ良いさ。頭がおかしかろうと捕まえちまえば同じことだ。――おい、お前テイマーなんだろ? デカい魔獣がいるからって調子こいてんだろうが、そのすまし顔をすぐに泣きっ面に変えてやるぜ!」
フェンリルを一瞥した男が懐から取り出したのは、掌ほどの長さの木筒に複数の穴が開いたものだった。
「あら、何かしら、それ?」
「慌てなくても今から見せてやるよ! こいつのスゲエ効力をなッ!」
――ピイイイイイイーーーーッ!!
男が思い切り息を吐き出す。ザワザワと森の木々を揺らした甲高い音は、やがて空気の振動とは違う葉擦れの音を多数呼び寄せた。
――ギ……ギギィイ!
――グルルルゥ!
――オアアアア゛!
「まあ……」
盗賊たちの間を縫うように現れたのは、ここまで何度も倒してきたゴブリンや蹴りウサギなどの低級モンスターたちだ。先ほどと変わらずエイーシャへ強い敵意を向けているが、しかし周りにいる盗賊たちには目もくれない。まるで何かに操られているかのように、濁った瞳で真っ直ぐエイーシャだけを見つめている。
「これは……」
「へっ、驚いたか? こいつは魔物どもを操る音を出せる笛だ! 俺たちをこの国最強の盗賊団にしてくれる、とっておきの希少魔道具なのさ!」
「! じゃあこの森で起きている異変は……ここ最近の魔物の大量発生の原因は、全て」
「そう! 俺たちがここら一帯のモンスターを全て手下にしたからさ! これさえあれば相手が誰だろうと負けやしねえ。従順な手駒がそれこそ無限に湧いてくるんだからな。いくらでも略奪し放題だぜ!」
「ッ……そんな」
商人から奪ったであろう宝剣を突き付けられ、エイーシャは愕然と目を見開いた。
――そうだ、これが見たかった。自分が優位と思い込んでいる小生意気なガキが、立場をわからされて蒼くなるこの最高の瞬間!
さあ、もっとだ。もっと無様に震えて命乞いしろ。
そこを無慈悲に、無惨に刈り取って、さらなる絶望に叩き落としてやr――
「ボス犬ちゃん、見て! 異変の原因が向こうからやって来てくれたわ。超ラッキーよ!」
…………。
………………?
「ン、んん? なんて……?」
「やったわ。魔物たちを倒して、盗賊たちを捕まえて、最後にあの笛を奪っちゃえば、今回の依頼は全て解決ということよ。――殺して、殴って、奪って、壊す。それだけで万事解決するなんて、ホント最高なのだわ、
「お、おい……やべえよ。本格的に話が通じねえよ。ひょっとして手を出しちゃマズい相手だったんじゃねえか?」
正解。
「……へっ、へへ、何言ってんだ? 追い詰められたガキがハッタリかまして助かろうとしているだけだろ」
「そ……そうだ、ただの強がりだ。魔物どもを嗾けてやりゃあ、すぐにでも恐怖で命乞いするさ!」
「おうよ! いずれこの国一の盗賊団になる俺らが、あんなガキに舐められてたまるかよ!」
「だな! よ、よし、やるぞ!」
「おおおおおーーーッ!」
十人の盗賊たちは一抹の不安を押さえつけ、少女へ向かって突っ込んでいった。
――――
「「い゛ぃやああああーーーッ!?」」
盗賊は二人になっていた。
即落ち二コマもびっくりの早さだった。
……何のことはない、正面から挑んだ八人が腕の一振りで地面に埋め込まれ、背後にいたこの二人のみが即座に『ヤバイ!』と悟って逃げ出したのだ。
全くもって正しい判断、最良の選択である。振り返ればその正しさを証明する光景が二人の背を追いかけていた。
「待って? 持ち物全部、置いていって?」
「ひ、ひぃいいッ!?」
周辺の地理に精通している男たちが全力で逃げているにもかかわらず、それ以上の速度で少女が――エイーシャと名乗ったあの化け物が追いかけてくる。
大木が群生して見通しの利かない獣道も、底なし沼がひしめく湿地帯も、狭い隙間しかない岩石地帯も、見上げる高さの切り立った崖も、エイーシャは全てを
――バギンッ!
――ドゴンッ!
――ズガアアンッ!!
「ねえ、早く捕まってくれないかしら? この悪路は気絶中のお仲間の身体にも悪いと思うの」
「ひぃいいい!?」
補足しておくが少女はあの狼の背に乗っているわけではない。気絶させた盗賊たちを従魔の背に乗せ、その先頭を自身が元気に爆走しているのだ。
道を塞ぐ大木を片手で吹き飛ばし、邪魔な岩石を拳で殴り砕き、その破片で沼地を埋めて上を通り、反り立つ崖は垂直に上まで駆け上がってしまう。
……仕掛けておいた罠? そんなもの生身で全部薙ぎ倒された。
「何なんだよ、あいつ!? 後ろの化け犬より化け物じゃねえか!! なんであんなのに手ェ出しちまったんだよ!?」
「今さら言ってる場合か!! 死にたくなけりゃとにかく走るんだよ!!」
「分かってるよ! だからこうして罠を仕掛けた道を通って時間稼ぎを――」
「こんにちは」
「ひゅォ……ッ!?」
茂みをかき分けたその先に少女の無表情があった。
――う、嘘だろッ!? 一瞬前まで後ろにいたのになんでッ!?
感じた疑問を口に出す暇すらなかった。
恐怖と混乱で思考停止した男が最後に見たのは、
「あっ、あの洞窟が
「……ア、アオーン」
白魚のような少女の掌が、視界いっぱいに広がっていく光景だった。