魔王も継母も殴り倒せばいいのだわ!   作:マゲルヌ

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7話 強ければ許されるらしいので

 ――最も安全な盗賊のやり方とはどのようなものか?

 

 戦闘能力に優れること。

 構成員の数が多いこと。

 地の利を得ていること。

 統率が徹底していること。

 

 どれも間違いではないが、これらを全て備えていても絶対安全とまでは言えない。

 依頼を受けた強い冒険者が乗り込んでくるかもしれないし、被害を聞き付けた騎士が討伐に訪れるかもしれないし、縄張りを求めて同業者が攻めてくるかもしれない。壊滅の危険などそれこそいくらでも転がっている。

 ではそれら全てをクリアする最も安全な方法とは何か?

 

 それはすなわち――“知られないこと”だ。

 

 たとえ財産や命を奪ったとしても、罪が明るみに出なければ……賊がいるという事実そのものが知られなければ、民が被害を訴えることも官憲の手が伸びてくることもない。

 それを実現する方法こそが、カザールの森に潜む連中が行う消極的略奪――魔物を配下として為される密かな盗賊行為であった。本人たちは姿を現さず、できるだけ人的被害も出さず、公的機関に訴えるほどではない小規模の盗みを魔物たちに行わせる。そうして偶に来る美味しい獲物にのみ直接手を出し、目撃者を残さず証拠を隠滅すればまさに完璧だ。

 稼ぎの量こそ些か少なくなるが、より価値のある“安全”という財産を確実に買える賢いやり方なのだ。

 

 

 

――――

 

 

 

「なに? そんなに強えガキが?」

「そ、そうなんすよ! 一瞬で全員やられちまって、もう強いのなんのって!」

 

 ただ一人盗賊のアジトまで逃げ帰れた男は、自分たちのボスの足元に取り縋っていた。

 

「おいおいスティーブ~、十人もいてガキ一人にやられちまったのか? ちょっと無様過ぎるんじゃねえか?」

「しかもその尻ぬぐいをボスに頼むとかダッセえなぁ!」

「うるせえ!おめえらはあの化け物を見てねえからそんなことが言えるんだ! あれとやり合うなんざ俺は死んでもごめんだぜ!!」

 

 情けない姿に仲間たちから嘲笑が飛ぶが、取り繕うような余裕すらない。

 

「呼び寄せた魔物もあっさりやられちまったし、俺たちじゃ全然歯が立たないんですよ! どうかお願いします、ボス!」

「……ちっ、仕方ねえな。どの道見られたからには消さなきゃなんねえんだ。情けねえオメエらに代わって、俺が一捻りしてきてやるよ」

「おおッ、ホントっすか!?」

「魔物の陰に隠れてコソコソ仕事すんのも窮屈になってきたとこだしな。そのガキを殺るのを手始めに、どっか近場の村でも襲うとすっか!」

「あ、ありがとうございます、ボス!」

 

 盗賊A――改めスティーブは憧れの目でボスを見上げた。

 もう大丈夫だ、自分たちは有象無象のコソ泥に過ぎないがこの人だけは違う。元騎士・元上級冒険者という肩書き通りの凄まじい実力。鍛え上げた豪腕で振るわれる大剣は、あの獰猛なグランツタイガーをも打ち倒したという。

 この豪傑ガルダが相手となれば、いかな化け物娘とてひとたまりもあるまい。

 

「で、そいつはどこにいる?」

「へ、へい、たぶん入口のところに。俺たちのすぐ後ろを追ってきてたんで」

「よし、軽く捻ってきてやらぁ」

 

 そして、余裕が出てくると余計な欲も出てくるもの。

 

「あ、そうだ。できれば殺さずに生け捕りにしてくれませんか? あのガキ見た目が滅茶苦茶良いんスよ!」

「なに、そうなのか?」

「ええ、珍しい銀髪な上にちょっと見ないくらいに顔が良いんす! ありゃ好事家でなくても高値で売れますよ」

「そりゃ殺すのはちと惜しいな。よし、適当に痛めつけて捕まえておいてやる」

「へへ、ありがとうございます!」

 

 スティーブはニンマリと笑う。この人がいればどんな相手にも負けることはない。仮に危なくなってもこっちにはまだ百匹以上の魔物と十人以上の仲間がいるのだ。全員で加勢して相手の体力を削っていけば、最後は確実にこちらが勝てる結果の見えた勝負だ。

 そのときあの小娘はどんな顔をするのか……想像しただけで笑いが止まらない!

 

「やっぱ邪魔なやつはブッ殺して全部奪うのが一番手っ取り早いな。つまらねえ引き籠り作戦なんざ今日限りやめだ、やめ! テメエら、明日の襲撃に備えてしっかり武器の点検しとけよ!」

「へい! ボスの力と魔物笛があれば俺たちは最強ですよ!」

「まったくだ、ここらじゃもう俺たちは敵無しなんじゃねえか?」

「これからも俺らを引っ張ってってくださいよ、ガルダさん!」

「へへ、任せておきなッ! なにせこの世は力が全て、強いヤツは何をやっても許されるんだからなッ! がーはっはっはっは!」

 

 幸せな未来を妄想する盗賊たちは、今まさに得意の絶頂にいた。

 

 

 

 ――ドオオオオンッ!!!!

 

 

 

 そしてボスは崩落した天井の下敷きになった。

 

 …………。

 

 ………………。

 

「ボ、ボスううううーーーッ!?」

 

 スティーブは慌てて瓦礫の山へと駆け寄った。

 

「ちょちょちょ!? ちょっと待ってくださいよ! あんだけ威勢のいい啖呵切っといてこれはないでしょ!? 下っ端(あいつら)だってせめて突撃はしたのにボスが何もせず退場とかありえないでしょ!?」

 

 必死に語りかけるも反応はない。

 ただの屍かどうかすら分からない。

 だって岩がうず高く積み上がって身体の一部すら見えないのだ。

 

「ガルダさん! お願いだから起き――」

 

「おじゃまします」

 

「ひいいッ、来たああ!?」

 

 そして現れる恐怖の追跡者。天井に開いた大穴から覗く可愛らしい顔(無表情)に、スティーブの全身は小鹿のように震え上がった。なにせ自分以外は全員瓦礫の下に埋まっているのだから。

 

「あ、ボス犬ちゃん、ほぼ全員ヒットしたみたいよ。さすがの嗅覚だわ、偉い偉い」

「アオ~ン……」

「お、お、お前ぇええ!?」

「ん?」

「い、一体何やったんだ!? まさか魔法使い!? 爆裂系の上位呪文でも使いやがったのかぁ!?」

「? 何言ってるの?」

 

 スティーブの詰問に首を傾げるエイーシャ。

 

「普通に崖を投げ付けて、洞窟の天井を壊しただけよ?」

 

 …………。

 

 ………………。

 

「???」

 

 ――何を言ってんだ、コイツは?

 普通に? ()を投げ付ける?

 ()()()()()って何だ?

 崖っていうのは地形の名前であって、人力で移動させられるような物体のことじゃないんだよ?

 投げるならせめて岩にしておけよ。

 ほら、後ろの犬も軽く引いてるぞ。

 

「ぐ……ぐぉぉ、ぉ!」

 

 ――と、瓦礫の一部が崩れ、下からガルダが這い出てきた。

 

「あっ、ボス! 無事で良かった! さすがは元B級冒険者!」

 

 スティーブは心の底から肉壁(ボス)の生還を喜んだ。だって今この人に死なれたら自分も死んでしまうし。

 

「さあ、あの小娘が来ましたよ、ボス! 早く起きて戦ってください!」

「お、まッ……状況見ろッ……無理に決まってんだろうが、ボゲェ゛!」

 

 罵倒しながら血の塊を吐き出すガルダ。ギリギリのところでなんとか身体強化を施して命を繋いだが、本当に()()()()()()()()()()だ。身体中の骨は折れ、内臓はいくつも傷付き、もはや戦うどころか立ち上がることすら難しい。

 

「て、めえッ……あんな化け物だとは……聞いてねえぞ! 勝てるわけ、ねえだろが!」

「え……だってボス、B級冒険者ならグランツタイガーにだって勝てるって、前に」

「B級モンスターは……岩盤を持ち上げたりしねえよ……ッ。しかも何だ、あの魔獣! どう見たって、ゲホッ、あれもA級はあるだろッ。それを従えてる人間にッ……なんで勝てると思ったんだ、このボケええ!!」

「そ……そんな」

「――お話はもういいかしら?」

「ひぃいい!?」

 

 B級相当であるボスが敵わず(というか戦えず)、仲間もテイムモンスターも全て瓦礫の下という絶望的状況。もはやあの化け物娘に勝つ術などない。

 待ち受けるのは縛り首か打ち首か、はたまた市中引き回しか。スティーブは己の悲惨な末路を思って思わず涙した。

 ……どう考えても自業自得ではあったが。

 

「くっ、俺ぁ諦めねえぞ……。おい、魔物笛を寄越せ!」

「え? で、でもボス、捕まえておいた魔物は全部瓦礫に」

「まだあるだろうが……とっておきの、最後のヤツがよッ!!」

「ッ!?」

 

 スティーブとガルダの視線が洞窟の奥の一点に集中する。

 

「で、でもあれは、大一番のために残しておけって指示が」

「ここでやられちゃ終わりだろうが! ――心配すんな、使い方は分かってる。この笛で操ってあのガキを殺したら、すぐに戻せばいいんだよ!」

「……ッ」

 

 逡巡は一瞬。命令より保身が大事なのはスティーブも同じだ。

 

「鍵、開けてきます!」

 

 スティーブは洞窟の奥へ、暗がりの奥にある見上げるような鋼鉄の門に駆け寄った。

 

「嬢ちゃんよ、想像以上の化け物で驚いたが、それで俺が諦めると思ったら大間違いだぜ。勝負ってのは最後の最後、終わってみるまで分からねえんだ!」

「そうね、諦めないことは大事だわ」

「……ッ」

 

 少女は走っていくスティーブを止めもしない。『何かするつもりならどうぞ』と言わんばかりの態度に血管がビクリと震える。

 ……いや、熱くなるな。今は存分に怒りを溜めておいて、勝った後に思い切りクソガキへぶつけてやればいいのだ。

 

「開けてきました! いつでもいけます!」

「へへ、行くぜ。化け物には化け物をぶつけりゃ良いんだよッ!!」

 

 ――ビィイイイイイイッ!!

 

 ガルダは震える呼吸で盛大に魔物笛を吹き鳴らす。ヒビが入るほどの勢いで鳴らされた高音に、暗がりの奥でナニカが起き上がる気配がした。ズシリ、ズシリと……それが動く度に岩の地面がぐらりと揺れる。

 

「ヴ……ヴオオオオオオオ゛!!!」

「!」

 

 鋼鉄製の大門が紙のように吹き飛ばされ、そのナニカがゆっくりと這い出てくる。巨大な出口から窮屈そうに姿を現したのは、樹海の奥地でも見たことのないような異形の生物だった。

 クリムゾンベアーの五倍はありそうな巨躯に、鋭い牙と爪を備えた丸太のような四肢。頭部にはキリングホーン以上の長大な角を、背中には天井の大穴を覆わんばかりの翼を生やし、蠍のように鋭利な尻尾からは毒液が滴り落ちている。

 この世のものとも思えぬ声を発するその生物は、上級モンスターすら遥かに上回る圧を内包していた。

 

「オアア゛……ア、アアア゛アアーーーッ!!!」

「ははは、驚いたか! こいつが出てきた以上どんな一流冒険者でも勝ち目はねえぜ! 軍隊とだって正面から戦える正真正銘の化け物だ!」

「おー……」

 

 エイーシャは怪物を見上げ、ポカンと口を開けている。

 

「クククッ、さすがに恐怖で声も出ねえか! 安心しな、このご立派な化け物様が、てめえも従魔も美味しく餌にしてくれるってよ!!」

「ゥヲオオオオ゛ッ!!」

「さあ行きやがれ、合成獣!! 生意気な餓鬼をミンチにしちまえッ!!」

 

 怪生物の丸太のような筋肉が弾け、一瞬にして彼我の距離をゼロにした。

 

「アヲオオオオ゛ッ!!」

「がーはっはっは! これでお前も終わり――ッ」

 

 

 

 ――バクンッ!

 

 

 

「「「……あ」」」

 

 そしてガルダは、巨大生物の顎で一飲みにされた。

 

「ボ、ボスうううううーーーッ!?」

 

 先ほどと同じ流れにスティーブは思わず絶叫した。

『そういえば東の方ではテンドンって言うんだっけ』などとどうでもいい知識まで思い浮かぶ。

 

「え、嘘でしょ!? あんだけドヤ顔しといてこんな落ちッ!? 魔物笛全く役に立ってないし!!」

 

 必死に叫ぼうが現実は変わらない。高笑いしていたボスの巨躯は、より巨大な怪物の腹の中へ一瞬で消えてしまったのだ。

 

「フシュゥゥゥ……ガルルルルゥ!!」

「ひ、ひぃいい!?」

 

 小腹すら満たされていない化け物が次なる獲物を発見する。紅い瞳に射すくめられ、いよいよスティーブは腰を抜かして倒れ込んだ。

 一目見ただけ、一瞬目が合っただけで勝てないと理解させられた。

 ……いや、こんなものは勝負にすらならない。

 ボスだろうとあの小娘だろうと同じこと。どんなに力が強くとも、どんな技術を身に付けようとも、所詮ただの人間ごときが化け物に勝てるはずがなかったのだ!

 

「フシュウウウ……フシュウウウ……ッ」

「あ……ぁ……ぁあぁあああッ」

 

 涙を浮かべ、頭を抱えても怪物に慈悲などない。

 丸太のような前脚が軋み、二度目の跳躍体勢に入る。

 

「ガルルルルゥアーーーッ!!」

「も、もうダメだあああーーーッ!!」

 

 

 

 そして、終わりの刻は訪れた。

 

 

 

「えい」

 

 ――ボンッ!!

 

「ごぶらファあああッ!?」

 

 …………。

 

 ………………。

 

「…………はへぇ?」

 

 少女の一振りで化け物は爆散し、洞窟内に血と臓物の雨が降り注いだ。

 

「あら、粉々になっちゃったわ。これ、まだ食べられるかしら?」

 

 天井や壁に張り付いた赤黒い塊が時間とともに落下していく。へたり込んだスティーブの頭上にも滝のようにビチャビチャと肉片が降り落ち、中にはヌメヌメになったボスも含まれていたが、そんな些事を気にする余裕などなかった。

 

「とりあえず、残りの魔物たちも倒しておかないとね。――えい。えい」

 

 ボシュッ。

 グシュッ。

 めぎょッ。

 

「……ぁ、あひゅぅぅ」

 

 目の前で容赦なく開始される殲滅。

 緊張と緩和の連続によりスティーブの意識が明滅していく。

 

「えい、えい、えi――あら、何かしらこの大きな黒い石? 流れで砕いちゃったけど」

「アオーン?」

「……ま、いっか。なんか感触が嫌だし、完全に壊しておきましょ。――えい!」

 

 メギッ。

 ベショ。

 キキー……ッ。

 ゴシャ。

 

 ときおり悲鳴のようなものが聞こえた気もするが、岩を叩くリズムに変化は全く見られない。

 そりゃそうだ。怪物に慈悲なんて期待しちゃダメなんだから。

 

「あ、この盗賊の人、いい鎧着てるわね。剥ぎ取っておきましょう」

「アヒンッ」

 

 暗くなっていく視界の先、血濡れで選別作業?を続ける少女を見ながら、スティーブは心から思った。

 

 

 

 やっぱり暴力なんてダメだな。自首しよう――と。

 

 

 

 

 

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