「村長さん、解決したわ」
「おおぅ……」
夕方、エイーシャは依頼された内容を完遂してココル村へと帰還した。F級の新人冒険者が初めての討伐依頼を見事に成し遂げた。本来ならばその労をねぎらい村全体で祝いの一つでも上げたいところだが、そんなものが頭から吹き飛ぶくらいエイーシャの姿が……その、アレだった。
足先から頭のてっぺんまで全身が赤黒く染まり、左手には縄で縛り上げた男たちを多数地面に引きずっている。肩には謎の液体が滴る大きな袋を背負い、それと後ろにあるのは何だろう? 即席で作った巨大なソリのようなものに、グシャグシャになったナニカ(※表現規制)が乗っていた。
もはや蛮族の略奪帰りと言われても納得できるヒャッハースタイル。血みどろが無かった分、初めて街に来たときの方がまだマシであった。
「あ、あの、何があったのですか? いえ、戦ったということは分かるのですが……」
「仕入れの時間だったの」
「は?」
詳しい報告を聞かされてまた驚く。
――魔物の異常発生の原因。
――盗賊たちの狡猾な立ち回り。
――希少な魔道具による魔物使役。
――そして謎の巨大怪生物の存在。
それらが明日にでもこの村を襲っていたかもしれないと知らされ、村人たちは蒼い顔で震え上がった。
「そ、それはッ……本当にありがとうございました。もしあなたが来てくれなかったらどうなっていたことか」
「そうだよ、嬢ちゃん。正直最初は『むしろ組合がどうなっちまったんだ』って困惑したもんだが」
「おう、おめえさん本当に凄腕だったんだな。俺らが田舎者だからってヘボ冒険者を回されたのかと本当に不安で――
「この馬鹿もんがああッ!!」
農夫たちの頭に村長の踵落としが炸裂した。
「恩人に対して失礼な態度を取るでないわ、愚か者!!(お主らアレを見てまだ舐めた口を叩けるんか!? 死にたくないならホント黙ってて!!)」
「はッ、はい!! 申し訳ありませんでしたぁ!!」
村を救ってくれて感謝しているのは嘘ではないが、それはそれとしてさらに恐ろしさが増しているのも事実なので、村長は全力で忖度した。
「ハハハ、失礼しました。なにせ物を知らん田舎者でして」
「構わないわ。私今、戦利品がいっぱいでウハウハなの」
「は、はは、そうなのですか。一流の冒険者様は寛大なのですな」
否、ただ物欲が満たされてウキウキしているだけ(無表情)である。
「で、ではこれも、私どもからの気持ちと申しますか……」
「うん?」
村長はおずおずと袋に包まれた硬貨類を差し出した。ズシリと手にかかるその重量は依頼金額と同程度はあった。
「今回の依頼、我々がただの魔物騒動と勘違いしたせいで要らぬ危険とご苦労をかけてしまいました。そのお詫びと申しますか、盗賊退治分の追加料金と多少の心付けです。どうぞお納めください」
「それはダメよ。あくまで私は組合から斡旋されて来たのだし、勝手に依頼料を釣り上げるなんて良くないわ」
「いえいえ! 謝罪の気持ちももちろんありますが、本当に感謝もしとるのです! 組合には私の方から一筆感謝状と事情説明をしたためますので、ほんの気持ちと思って、遠慮なさらず」
「はあ……? そこまで言ってくれるなら、良いのかしら?」
「ぜひぜひ!」
珍しく押され気味になりながら、エイーシャは硬貨袋を受け取った。
「本当にありがとうございましたーー!!」
「エイーシャさまばんざーーーい!!」
「その勇気にかんぱーーーい!!」
「救世主さまひゃっほーーーい!!」
「???」
こうして、多少の恐怖と確かな感謝と、なんだかよく分からない空気を感じながら、エイーシャはココル村を後にしたのであった。
……。
…………。
………………。
「ふぅ……行かれたか」
額の汗を拭う村長に近くの若者が声をかける。
「で? なんであんなに追加料金上乗せしてやったんだよ。せっかく安く抑えられたのに」
「馬鹿もん! 何かの拍子にこっちの小細工がバレたらどうなるか分かっとるのか! 確実に村が終わるぞ!!」
「えぇぇ……? いやまさか、そこまでは」
村長による今回のちょっとした悪知恵。
――単純な魔物騒動ではない気はするが、料金をケチるためにあえて曖昧な情報のまま依頼する。
この企みを組合に知られれば確かにペナルティを課されそうだが、自分から白状しない限りそうそうバレることではないし、仮に知られたとしてもそこまで重い罰を食らうわけでは……。
「いや、ある! 組合にではない! あのお嬢ちゃんは規則とか組合とか関係なしに確実にヤりに来よる! あれは鎖に繋がれず街中を闊歩しておる古代竜と同じよ。手を出さねばさほど危険はないが、ひとたび怒りを買えば天災に等しい惨劇となる!」
「え、えぇぇ? 確かに強い子だけど、13歳の女の子にそこまで言う?」
「それが分からんからお前は青年会副会長止まりなんじゃ! 村長なんぞ一生任せられんわ!!」
「ええ!? ちょ、そりゃないぜ、親父!」
肩を揺する息子の額をベシリと叩き、村長はピシャっと言い放つ。
「とにかく! 『今回は勘違いに気付かなかった。申し訳ない!』――ということで手打ちにしたのじゃ。倍額の依頼料と感謝状も付けたし、ここまですれば組合もあえて疑っては来んじゃろう。これぞ危機管理というやつじゃな」
「は、はぁ……そう」
「ま、結果として本物の村の危機を救ってもらったことだし、結果オーライというやつよ。それにあのお嬢ちゃん、実力もそうだがF級で斡旋依頼を受けているあたり、組合から将来を嘱望されとる有望株じゃろう。今の内から良い関係を築いておいて損はなかろうて」
「そんなもんかねぇ?」
未だ怪訝そうな息子に対し、村長はエイーシャには見せなかった強かな顔でニヤリと笑う。
「ま、これぞ年の功というやつよ! まだまだ若いもんには負けんわい、ホーッホッホッホッホ!」
厳しい環境に生きる村人たちは、結構いい性格をしていたというお話だった。
――――
「フローラさん、魔物倒してきたわ」
「あら、ずいぶん早かったのね? お疲れさまエイーシャちゃぁあああああ゛ッ!? 今回は本人が血まみれえええええッ!?」
「盗賊が大漁だったわ。懸賞金はかかっているかしら?」
「あばああッ!? は、半死体ィイ!? 腕の関節が三つに!?」
「魔物を呼ぶ笛っていうのも持っていたのだけど、これ戦利品として貰ってもいい? 特訓に使えそうだわ」
「それ禁制品んんんッ!? マリナちゃん保安部呼んで来てえええッ!!」
「あと、なんだかよく分からない生き物がいたから一応持って帰ってきて――」
「で、またこのパターンよ!! ミンチ肉は討伐証明にならないって言ったでしょお!? 誰かモップとバケツーーーッ!!」
将来有望な新人かどうかは…………、ちょっと判断に困るところだった。
…………。
………………。
◇◇◇
「では諸君、定例の組合会議を始めようか」
冒険者組合というと荒くれ者の元締めというイメージが強いが、組織である以上は当然取締役の人間がおり、運営のための話し合いなども適宜行われている。辺境とはいえロンダイクの街もそれなりの規模であるため、人口に比例して冒険の数も多く、管理のための人員も相応の数になる。
今開かれているのもそういった会合の一つ。ロンダイク冒険者組合の支部長、財務部・保安部・監査部などの各責任者、そして現場のまとめ役が月に一~二回集まり、各部署からの報告や解決すべき課題についての話し合いが行われるのだ。
「――では次の議題ですが、C級冒険者チーム【翡翠】がカザールの森で大量の魔物に襲われた件について」
「ふむ……その話か」
「実際、本当なのかね? 中堅冒険者があの森で死にかけるなど聞いたことがないぞ? ましてや中層でC級モンスターが大量発生などと」
「それについては、私から」
出席者たちが個々に意見を交わしてざわつく中、現場責任者トルダー・マーカスが挙手する。
「彼らは今も入院中なのだが、時間を作ってもらって話を聞いたところ概ね噂されている通りの内容だった」
「カザールの森で採取中に、突如大量のC級モンスターに襲われた、と?」
「ああ、そのように話していた。実際、彼らの装備類は酷いありさまだった。魔鋼製の鎧や盾をあそこまで破損させるなどD級以下の魔物にはまず不可能。多くの上位モンスターと連戦したか、もしくは多数に囲まれて攻撃を食らったという話は本当だと思う。……特に
一体どんな化け物にやられたのか。気の毒なことである。
「しかしだよ、マーカス君? 実際問題、彼らはその状況からどうやって生還したんだね? 戦いの最後辺りの記憶は曖昧なのだろう?」
「む、それは……」
支部長からのもっともな指摘にマーカスも言い淀む。確かに唯一そこが不可解な点だった。当人たちも全員が『死ぬ寸前だった』と語っており、そこから都合よく力が覚醒して逆転!などという展開も現実では考えづらい。
「それに、現場と思われる場所で魔物の痕跡は発見できなかったんですよね? 大型C級モンスターの群れとなれば死体もかなりの量のはずですが」
「一応、大穴が開いたり木が倒れたりと、戦闘の痕跡はあったんだが……」
「死体そのものはおろか血の跡すらなかったのだろう? その上、魔物たちの強さも上がっていた、なんて言われてもねぇ。……なあ、そういうことってあるのかね?」
魔法に詳しい保安部の人間へ質問が飛ぶ。
「……魔法使いがテイムモンスターに魔力を注いで強化、という方法があるにはあるが、野生の群れ全てとなるとちょっと……。さほど多くの数は操れないと聞くし」
「やはり信憑性に難があるか」
「う、む」
同僚たちの意見にマーカスも控えめながら頷く。実際に事件があったと思われる場所の調査を担当したのは彼自身だ。大型モンスターの死体など欠片もなかったことは自分の目で確認している。
……とはいえ現場を総括する人間としては、後輩たちが嘘を言ったなどという結論にはしたくないものだが。
「それに関して一ついいですか、支部長?」
「何かね、ノックス君」
気難しい顔の監査部長が手を挙げる。
「これとは別件ですが、先日北のココル村で『魔物が大量発生したので駆除してほしい』という依頼がありまして。等級としてはゴブリンや蹴りウサギなど低ランクばかりだったのですが」
「ココル村というと……確か、カザールの森に程近い?」
「はい、森に隣接する林業が盛んな村です。普段はそこまで魔物の数は多くないのですが、ここ一月ほどは増加傾向にあったと。そこで冒険者を派遣して調べてもらったところ、このようなものが見つかりました」
「! それは……」
会議机に置かれた代物にざわりと空気が揺れる。
「――魔物笛。ご存じの通り、魔物たちを支配下に置くことのできるご禁制の品です。どうやら森の奥に潜伏していた盗賊たちが、コレを使って魔物の群れを使役していたようで」
「なんと……盗賊風情がこんなものを」
かつての帝国との戦争でも使用され、大きな被害を齎したという悪辣極まる魔道具。もしロンダイクの街で使われていたら――と想像し、関係者一同の肝が冷える。
「……なるほど、【翡翠】が襲われたのも同じカザールの森。とすると、その盗賊どもが使役していた魔物に襲われたと考えるのが妥当か」
「言われてみれば確かに、方法としては
「オークどもが強くなっていたという話も、笛の効果で普段以上の力が出ていたということか? 最後は命令が解除されて帰還したと考えれば、大量の死体が見つからなかったことにも一応説明は付く」
「なるほど……そういうことならまあ」
真相が判明したということで会議室全体にやや弛緩した空気が広がる。盗賊が危険な魔道具を所持していたことは確かに憂慮すべき点だが、原因不明の魔物大量発生の真相が分かったことは一先ず安心である。
出席者たちの心情はそのように一致していた。
………………。
(……本当に、そうだろうか?)
ただ一人、現場に近いマーカスだけはどうにも違和感を拭いきれていなかった。
確かに魔物笛を使えばモンスターを支配下に置けるが、件の盗賊が従えていたのはほとんどがE級以下だったと報告されている。冒険者が討伐に訪れた際にもオークなどのC級モンスターは出て来なかったと。
普通はアジトの守りとして高位の魔物もいくらか残しておくものではないのか?
(う~ん……。しかし盗賊たちは【翡翠】以上にボコボコで未だに尋問すらできていないし)
「では結論として、しばらくはカザールの魔物の動向を注視する――ということでよろしいでしょうか?」
「うむ。まあそんなところだろう」
「まだ何か不測の事態が起こる可能性もありますしね」
「異議なし」
しかしながら、現状ではマーカスにもこれといった別案は思い浮かばず、とりあえずは今回の結論で納得しておくしかなかった。
「えー、では次の議題です。マーカス殿、昨今の組合所属冒険者の問題行動についてですが……」
「ヴぁ゛!?」
まあこの後もう一つの厄介な議題が始まってしまい、余計なことを考える余裕などなくなってしまうのだが……。
「犯罪者の捕縛の際、犯人を必要以上に痛めつけることに保安部から苦情が入っています。半殺し状態では尋問もできないと」
「それと、中堅冒険者の中に新人に質悪く絡む者がいてそちらでも苦情が入っているな」
「そういえばマーカス君。受付から喧嘩騒ぎの報告もあったよね? 事務者内で流血沙汰が起きて重傷者も出たって」
「それと、最近事務所を酷く汚す不心得者がいるそうですが、現場のトップとして下の者にどのような教育を――」
「あ、あばばばば……ッ」
森の異常も気にはなるが、減給も同等以上に怖い中間管理職なのであった。
――――
「――というわけで、今回は現状を注視するという結論になったんだが」
「ハァアアアッ!?」
「ひぇ」
C級冒険者チーム【翡翠】所属の魔法使いミリアは、机をブッ叩いて立ち上がった。
「何言ってるのよ!? カザールの森にC級モンスターが大量出没なんてどう考えても異常事態でしょ!! それを何もせずに放置するっての!?」
「い、いや、何もしないというか……今後も状況の推移を注意深く見守るという結論に」
「何もしないのと同じでしょ!? お役所みたいな曲がりくねった回答しないで!!」
「あっ、一応組合はお役所の一種なので、それも仕方ないような、なーんて」
「ああ゛!?」
「ヒェ……な、なんでもないです」
マーカスが身体を縮こませて頭を下げるが、そんなことでミリアの気は晴れない。伝え聞いた話し合いの流れはそれだけ彼女の神経を逆撫でしていたのだ。ズタボロになりながらも何とか生き残って情報を持ち帰ったというのに、あの能天気な事務方どもめ、何を生温いことを言ってやがるのか……!
「もういいわ。こうなったら私が直接乗り込んでッ」
「待てミリア、冷静になれ」
「でもクライブ! このままじゃッ」
「証拠が乏しいっていうのは事実なんだ。このまま乗り込んだところで翻意させられるとは思えねえ」
「ングッ……」
「しかも我ら、事実を大袈裟に脚色して現場を混乱させた、と思われておるからの。今行っても追い返されるだけであろう」
「ヌググッ……じゃ、じゃあどうすりゃいいのよ!」
仲間たちの指摘が正しいとは認めつつも、ミリアは納得しきれず口を尖らせる。力及ばずやられた悔しさもあるが、それ以上に何もできない現状が歯痒くて溜まらなかった。このままでは街の大切な人たちにも危害が及ぶかもしれないというのに……。
「情報を集めるんだ」
「え?」
ふいに、眼を閉じたままだったリーダーがポツリと呟いた。
「些細な証言でも小さな物証でも何でもいい。大量の大型モンスターが湧いたのだと証明できるものを、上層部が信じてくれるに足る根拠を自分たちの足で集めるんだ」
「カインズ……」
「しばらくメインの依頼はあまり受けられなくなるし、収入もキツくなると思う。だけど、街の安全のためにもこのまま放置なんてできない。これは直接体験した僕たちこそがやらなければならないことなんだ」
徐々に熱を帯びていくリーダーの決意表明。聞いていた仲間たちも深く頷く。
「……そうだな。このままやられっぱなしってのも腹が立つし、何か企んでいる奴がいるなら鼻を明かしてやりてえ」
「ああ、我もあんな目に遭わされた礼をしてやりたいと思っていたところよ」
「クライブ……ドナテロ……」
感極まったように名を呼ぶリーダーを、仲間の二人がニヤリと見返す。
「フッ、これからも俺らを引っ張っていってくれよ、リーダー?」
「我もできる限りの協力は惜しまぬぞ」
「ああ! みんながいれば必ずできるさ!」
「おうよッ」
「やってやろうぞッ」
「…………」
立ち上がった男どもが三人で腕を組み合い、なんか良さげな雰囲気を醸し出している。その暑苦しい様を傍で見ながら、紅一点ミリアはじとりとした視線を隠せない。
なぜならば――
「や、だけどさ、あんたたち……」
「まずは情報収集だね。現場を調査した職員たちに話を聞きに行こう」
「それと証言だな。類似の事件が北の村で起きていたはずだ。関係があるかは分からんが、何か参考になる話が聞けるかもしれねえ」
「それなら担当はフローラ殿だったはずだ。解決した冒険者に渡りを付けてもらおう」
「よし、じゃあさっそく――ッ」
――ただいま、フローラさん。屋根修理の依頼終わったわ。
――あら、ご苦労様。何も問題はなかった?
――ええ、特になかったわ。強盗を見つけたので手足を圧し折って持ち返ってきたくらい。
――よーし、そこへ直れぃ。説教の時間だぁ。
「あ、あばばばッ、あばばばばあ!?」
「ジョ、ジョッジョジョ、女児の、こえエエエ!?」
「つ、ツナミがッ……マモノのコウズイが、おそってくるうううッ!?」
「あんたたちさぁ……、まずはその
事務所の床で変則ブレイクダンスを始めた男どもを見下ろしながら、アルトボイス女子ミリアは全身で溜め息を吐くのだった。
謎の少女のおかげで助かったけれど、その代わり真相もあやふやになったという差し引きゼロ。おまけに心に深い傷(笑)まで負ってしまった仲間たち。チーム【翡翠】の今後の冒険者活動が心配されます。