こちらフェニックスワンダーランド、ドリームメイク室! 作:偶々弥
今回は、初めて原作からゲストが登場します
現在時刻は朝9時。
開園時間の一時間前に並ぶようなせっかちは少ないのか、駐車場内の車の数はまばらだ。
そんな中で、自分と室長は今回の依頼人を待っていた。
「…これ、本当に来ます? 今も信じられないんですが」
「うん! 来るよ、必ず」
やたらと自信満々に室長は言う。
昨日から思っていたことではあるが、病院から戻ってきた室長はやけに上機嫌だった。まあそうは言っても、ワンダーステージのことを話題に出した途端に黙ってしまったが。
病院での交渉がとびきり上手くいったのか、あるいは信頼できる人がいたのか定かではない。だが、重症らしい患者を病院外に連れ出せるという無茶が通っているので、どちらもあり得る気がする。
そんなことを考えていると、駐車場入り口から黒塗りの自動車が入ってくるのが見えた。事前に知らされていたナンバーからしてあれが対象の車だろうが…明らかに外車チックな見た目をしていた。
「あっ、あの車、慶介お兄ちゃんの4号と一緒だ…!」
隣からナチュラルな金持ちマウントが聞こえる。多分、『4号』には突っ込んではいけない。
黒塗りの車はちょうど自分たちの目の前に止まる。その運転席のドアが開き、眼鏡をかけた胡散臭そうな男が下りてきた。彼は猫背のまま室長に近寄っていく。
「いやあ鳳さん、今回はよろしくお願いしますよ、ええ」
「いえ、こちらこそ許可をいただきありがとうございます、佐々木先生」
鳳室長の反応からして、この媚びるように笑っているこの男が佐々木医師なのだろう。というか、手をもみながら目上にペコペコ話しかける人を初めて見た。フィクションの中でしか存在していないと思っていたのだが。
「改めて言っておきますが、今回は
「理解していますよ。院長先生にもお伝えしておきますから」
──ああ、なんとなく読めてきた。
おそらく彼の所属する病院に対して、鳳グループは多額の寄付をしているのだろう。それで今回の無茶を通した、と。ついでに佐々木医師は鳳グループに恩を売り、出世に役立てたいのだろう。
思ったよりもドロドロした交渉だったようだ。連れていかれなくてよかったかもしれない。
運転席のドアを開けて助手席の方に手を伸ばしながら、佐々木医師が後部座席へ指示を飛ばす。
「おい、君。佐藤さんを下ろして差し上げなさい」
再び車の外に出た佐々木医師は、今しがた車から取り出した折り畳み式車椅子を組み立て始めた。それと同時に反対側の後部座席から女性が出てくる。看護師の方だろうか。
退屈なのか分からないが、隣で室長が身じろぎした。
こちらに回ってきた彼女は後部座席のドアを開け、座っていた病衣の男に手を差し出した。痩身の鼻にチューブをつけた男性──今回の依頼人であろう佐藤さんは、そのまま車椅子に座った。
「では改めまして…初めまして、佐藤さん。
今回、案内を務めさせていただく鳳です」
「同じく、美麒です。よろしくお願いします」
佐藤さんはこちらに向けてそっと会釈する。佐々木医師は鳳さんにはお辞儀をした後、こちらを見て不満そうに鼻を鳴らした。
「渋谷区立病院から来ました佐々木と申します。佐藤さんの容体に急変が見られた場合、こちらで対応を行いますので。
…ったく、なぜ私がこんな若造に畏まらねばならんのだ」
おっと、嫌なことを聞いてしまった。さっき鼻を鳴らしたのは自分への侮蔑だったのだろう、仕事でなかったらこの人とは仲良く出来なさそうだ。
隣の看護師らしき方がにこやかに言う。
「先生、その発言は失礼ですよ?」
「………むっ、失礼」
看護師さんのありがたい言葉に、やはり不満そうながら頭を下げられる。自分は苦笑いしながら会釈した。
自分の横で「ひゅっ…」と息を吞む音が聞こえた。先程から、室長が不自然な気がする。
「佐藤さんのケアを担当します、看護師の朝比奈です。美麒さん、先ほどは失礼しました。
それと…鳳さん、今日はよろしくね?」
「ひょえええっ!??
……あの、本日は、ど、どうしてここに?」
朝比奈さんの丁寧なあいさつにに対し、室長は奇声をあげ顔を青くする。冷や汗までかいているが、こんな様子は初めて見た。
「あれ? 室長と朝比奈さんは面識が?」
「うんっ、高校の先輩だったんだよ」
「ふふっ、懐かしいね。あの頃から変わらず怖がられてるのは少し寂しいな」
「そそっ、そんなことないですっ、はいっ!」
相変わらず青い顔をしているが、自分とは普段通りに話している。どうやら朝比奈さんと話す時だけ挙動不審になるようだ。当時からこうだということは、何かトラウマでもあるのだろうか。実は怒ったら怖いとか?
「…そろそろ旧交は温まったかね? 早く出発したいのだが」
「失礼しました、先生?」
二人の間に割って入った佐々木医師が厭味ったらしく言う。
だが、確かに佐藤さんが置いてけぼりの空気になっている。
「そうですね、それでは行きましょう」
「佐藤さん、今日は楽しんでくださいね!」
室長にかけられた言葉に、佐藤さんの目が輝いた気がした。
◆
今日の依頼のプランはこうだった。
依頼人は重症で歩くのが困難であり、いつ容体が急変してもおかしくないという診断が出ていた。そこで、緊急時に最低限の処置を施せる主治医と優秀な看護師を伴っていく、というある種の力技でこれを解決し依頼人にランドを楽しんでもらおう、という話だった。もちろん主治医には絶対従う、という厳命付きで。
こうして目の前に実現している光景を見ても、荒唐無稽な話だと思ってしまう。
そんなわけで自分たちはステージのショーを見たり、園内を散策したりしていた。
そう、アトラクションを何一つ楽しめていないのである。仮にも佐藤さんは重症患者、急な動きや精神的衝撃を伴うアトラクションは禁止だ、と佐々木医師に口酸っぱく言われている。それは理解できる。
なのだが。
「佐藤さん、次はどこに行きたいですか?」
「こっちに行きたい、です」
朝比奈さんの問いに対し、そう言って佐藤さんが地図の上で指差したのは『もりの迷路』の周辺だった。
「わあ、いいですね! あそこは楽しいですし、最後も──もごっ!?」
「──確かに、迷路なら体に負担もかかりませんしベストかもしれないですね」
鳳室長のネタバレをなんとか遮るように自分は言う。そんな自分たちの様子を見て安心したのか、ふふっ、と佐藤さんが笑う。その横顔は、どこか懐かしんでいるようにも見えた。
「いえ、ダメですよ」
口を挟んだのは、佐々木医師であった。
不安そうな表情の佐藤さんが彼に聞く。
「…あの、なんでダメなんでしょう?」
「迷路というのだから、高い壁に囲まれているところなのでしょう?
閉塞感から動悸が早まったりしたら大問題です、ええ!」
「そんな…」
偏見も甚だしい意見だ。『もりの迷路』は生垣で出来た迷路で見晴らしは良く、閉塞感を感じる場面はほとんどないだろう。
佐藤さんの様子を見て、室長が言葉を重ねる。
「それなら、観覧車はどうでしょう? 安心だし、人気ですよ?」
「ああ、楽しそうな」
「それの方が問題でしょう!
仮に頂上で容態が悪化したら対応できません、ええ。
それ、私の責任になるんですよ!?」
これは酷い。
『私の責任』という単語を強調しているあたり、佐藤さんのことを第一に考えているとは到底思えない。
この暴論には、流石に反論しようとした。
「あの──、っ!?」
だが、室長が手を出して反論しようとする自分を遮る。
「そうですか、分かりました。
安静第一ですもんね」
「分かって頂けたのなら何よりです、ええ」
室長は場を収めるためか、素直に引き下がる。
口を挟めないやるせなさを感じながら、横目で朝比奈さんを窺う。車椅子を押す彼女もまた困ったような笑みを浮かべながらも、特に何かを口にすることはなかった。
しかし自分は確かに、彼女が車椅子のハンドルを強く握りしめているのを目撃したのだった。
彼女もまた、内心現状に納得していないようである。
◆
結局、またもショーを見ることになった。
幸いにもフェニックスワンダーランドの専門分野であり、ユニットの数や多様さには事欠かない。今日はショー巡りをすることになりそうだ。
ワンダーステージのショーを見終わり、一旦ランドの中央部へと向かう。
「ワンダーステージ、何回見ても相変わらず凄かったですね」
「そうですね、私が高校生の時もみんなを笑顔にしてましたし。
──そういえば鳳さん、ワンダーステージは続けなかったんだね。あんなにやる気にあふれてたのに」
自分の言葉に同調した朝比奈さんが、突然鳳室長へと矛先を向ける。
悪気はないのだろうが、室長にその質問をしてしまうのは。
「えっと、そうですねぇ…あはは……。
──あ、そうだ! 佐藤さん、トイレとか大丈夫ですか!?」
「…え? あっはい、一応行きたい、です」
室長、話題を変えるのは下手過ぎないだろうか?
突然話を振られた佐藤さんが戸惑っている。
「やっぱりですか! じゃあ悠馬くん、トイレに行くのを手伝ってあげて」
「…はぁ、了解です。あそこに見えるやつですよね」
自分が指差したのは小屋のようなものだった。こちらからは見えないが、あの裏にトイレがあったはずだ。ただ、あのトイレはちょっと問題があるので、出来ればサービスセンターまで行ければよかったのだが。
「佐藤さん、
「っ、ありがとうございます」
朝比奈さんにハンドルを譲られ、車椅子を押していく。彼女が押しているからには軽いと思っていたのだが、想像以上に手ごたえを感じる。
ちょうど室長達が小屋の裏に隠れるような位置に、トイレはあった。
「…一旦ここで大丈夫です。ここからは、一人でも行けるので」
「分かりました。何か手助けが必要であれば、声をおかけください。大声だと助かります」
ここのトイレは不思議な構造で、入り口から細い通路を進んで突き当りを曲がった先で、初めて男女のトイレに分かれる。便器までだいぶ離れているうえに、入り口から男女の分かれ道が見えないのだ。
「分かりました。ここまでありがとうございました」
彼の姿が曲がり角の先へと消えていく。
──この時自分は曲がり角で、あるいはトイレにまで入って待っていればよかったのだ。
数分後、自分はこう後悔することになる。
病院周りの設定は全て独自設定(捏造)です
妄想ともいう
2023/6/5 13:06 一部描写を追加しました