こちらフェニックスワンダーランド、ドリームメイク室! 作:偶々弥
獏野歴…非常に、いい…
ある日の昼下がり。平日の午後であるにも関わらず、窓の外から見える通路は多くの人でごった返している。
それはそうだろう。もう既に、メジャーな学校は夏休み真っ只中なのである。
実際に小学生から高校生の客足が増えているようだ。つまるところ、ドリームメイク室にも依頼が舞い込んでくる、ということで。
「おはよーございまーす!
…あれ? 今日はえむさん、いないんですか?」
「ああ、今日はお休みしてもらったんだ。最近働きづめでいろいろとまずそうだったか、ちょっと強引にね」
「いろいろ…?」
「ほら、労基的に──」
「あっはい、察しました」
あまりにも頑なだったので、禁じ手ではあるが
『うわーん、悠馬くんずるいよー!!』
そう残しながら晶介氏に物理的に引き摺られていく室長は、涙なしには見れない残念な光景であった。まあ室長なら問題なく抗えたと思うので、本心から拒絶していたわけではないのだろうが。
そんなことを話しつつ、ホワイトボードに資料を貼っていく。
「おおっ! これはもしかして、依頼──ですか!?」
「そうそう。ただ応河さんは今回が初めてだから難しくなさそうなやつだし、こっちもしっかり補助するから。そこは心配しなくて大丈夫だよ」
「心配なんかしてないです、むしろ楽しみというかっ!」
目をキラキラと輝かせながら、応河さんがホワイトボードに近づく。本当に、待ちに待ったという感じだ。
もしこの要因が自分のフェニックスステージの案内にあるのなら、自分も嬉しい限りだ。
「よし、それじゃ打ち合わせを始めようか」
「はい、よろしくおねがいしまーす!」
そう元気な返事を挙げつつ、彼女は一番手前の椅子にストンと座る。彼女に配布する資料を渡しながら続けた。
「今回の依頼は小学生の女の子への、『ステージで踊れるように練習したい』というものになります」
「…あのぅ、つまり?」
どうやらピンとこない様子。自分は室長の察しの良さというか野生の勘みたいなものに、随分と寄りかかっていたらしい。
「おっと、省略しすぎたね。
依頼対象は小学生2年生の女子、井上京子ちゃん。依頼人はその父親でね、来月にワンダーステージの『お誕生日ショー』を申し込んでるらしいんだけど」
「それ知ってます! 確かシルバー会員以上の人限定で、その人を主役にショーをやるんですよね?」
「概ねその通り。ただ、当の本人はショーに出るのが乗り気じゃないみたいでね」
仮にもシルバー会員なのである、月に一度以上はフェニランに通っていることは間違いない。恐らくショーに出ること自体にも憧れがあるはずだ。ということは…。
「きっと、ショーに出るのが恥ずかしいんじゃないかな」
「──────」
「…どうした、大丈夫?」
「いえ、ちょっと…昔の私に似ているな、って」
先程までの元気すぎる様子から一転、急に押し黙った応河さんがぼそりと呟く。基本的に表情豊かな印象が強かったので、こんな様子は新鮮だった。
「…気になるのなら、尚更気合いを入れてかからないとね。
ただし、こちらからひとつだけ指定を入れさせてもらう」
「えっと、なんでしょうか?」
「
「…? 分かりました」
頭にはてなを浮かべながら返事をする応河さん。自分からすると、この部署でやっていく上で一番必要な心構えと、万が一の逃げ道を彼女に与えた形となる。使うに越したことはないし酷ければ自分も介入することにはなるが、保険というやつだった。
「よし、それじゃあ早速計画を立てていこうか」
「──はい!」
いつになく真剣な様子の彼女が、力強く頷いた。
◆
「ワン、ツー、スリー──うわああっ!」
「おっと、危ない危ない…ちょっと休憩しよっか」
「うん…」
定休日で人の気配のないワンダーステージ、その壇上で応河さんと少女──京子ちゃんが座っていた。
まだレッスンを始めて30分も経っていないのにも関わらず、京子ちゃんは相当踊るのが下手だというのが分かる。自分のような素人目で見ても分かるぐらいリズムをつかめないようで、それに焦った挙句に転倒、という流れを何度も繰り返していた。
幸い、応河さんがその度に支えることで怪我などはしていないが…二人とも暗い表情で俯いていた。
「うーん、どうしてずれちゃうんだろうねぇ」
「いつもこうなっちゃって…」
二人で足をぶらぶらさせながら話している。少なくとも、応河さんの最初の指導は適切に見えた。問題はこれから何をするか、であるのだが…。
「…やっぱり、あたしじゃダメなのかな」
「…えっ?」
「人には“むきふむき”があるってお母さんも言ってたし、みんなに笑われちゃうし…ショーに出るのはむずかしいのかな」
京子ちゃんが俯いて言った。相当悩みの種であるらしい。
そんな辛そうな様子を見て覚悟を決めたのか、応河さんが一つ呼吸をする。
「──ねえ、京子ちゃん」
「…?」
「実はね、お姉ちゃんも人の前で踊って、笑われるのが怖かった時があるの。だから、京子ちゃんの悩みも凄くよく分かる。
それにね。一歩を踏み出すのには勇気がいるけど、実はそれ以上に引き返すのにも同じくらい勇気がいるんだ」
どうやら応河さんは、自分の言葉の意味を理解していたらしい。京子ちゃんと話している間に悟ったのか、あるいは本心からの言葉か。彼女は少女の目の前で屈み、視線を合わせた。
「──だから、もしも本当に嫌だったら。お父さんに、それを正直に言ってごらん?
きっと、京子ちゃんに嫌な思いをさせようとは思ってないはずだから」
そう、これこそが自分の用意した『逃げ道』だった。
自分の指示は『京子ちゃんの笑顔を最優先』、そしてそのためなら
後は応河さんに上手く伝わったか、という点だったがそこは問題ないようだ。
…だが、早すぎる。あと1時間ほど粘って、それでも一切希望が見えなかった場合の最終手段のはずだ。諦めが良すぎるのか、あるいは──。
とにかくどうにか対策を取ろう、そう思って体を起こした時だった。
「──ううん。まだ、がんばりたい。
あたし、いつかワンダーステージの人たちみたいに歌って踊れるようになりたいの。
だから、まだあきらめたくない…!」
俯いていた京子ちゃんがそっと顔を上げておずおずと、しかし力強く言った。どうやら、彼女も彼女で譲れない思いがあるらしい。
それを目の当たりにした応河さんは、呆けたような表情で彼女を見つめて。
──ニカっと笑った。
「……そっか。
それじゃあ、お姉ちゃんも頑張らなきゃだね!!」
立ち上がって伸びをし、京子ちゃんに向かって手を伸ばす。そのまま立ち上がらせると、連れ立ってステージへ向かっていった。
◆
「うら若き女の子の覗き見とは…美麒さん、いい趣味してますね」
「誰かいたら、勘違いされそうな台詞だね……」
そうぼやきながら、毒舌の主──ワンダーステージ座長、雀原さんへと目を向ける。
「やぁ。鳳室長、今日は休みだよ」
「えっ、いやちがっ、そういうわけじゃっ!」
真っ赤になって手をぶんぶんと振るツンデレガール。
「そ、そうじゃなくてですね…応河ちゃん、どうですか?」
「はい。見ての通りだよ」
そう言いつつ身を寄せ、彼女を招き入れる。今身を潜めている藪、その向こうが丁度ワンダーステージだった。
「──じゃあ、もう一回いってみよう!
しーあわっせなーら手をたたこう、ぱん、ぱん!」
「ぱんっ、ぱんっ♪」
どうやら応河さんは、同様に合わせて体を動かしてもらうことでリズム感を覚えさせようとしているようだ。視線の先の京子ちゃんも楽しそうだ。
「へえ、思ったより順調そうじゃないですか。
特に、手を叩くところはキッチリ相手に任せているあたり、彼女のためになりそうですね」
「………そうだね。私も多少助言はしたけど、ほとんどは応河さんのアイデアだ。
気になるところもあるにはあるけど、ドリームメイク室としては合格点だね」
「折角ならワンダーステージに迎えようとしてたんですが、残念です」
ちっ、と舌打ちが聞こえたような気がするが…冗談だよね?
だが、応河さんが想定以上に柔軟そうであるのは事実だ。先程見せた諦めの良さ──切り替えの早さは長所にもなり得る。
見たいところは確認できたので、雀原さんと話つつ撤退の準備を進めるのだった。
◆
余談ではあるが。
「あれ? そういえばワンダーステージに迎えるって言ってたけど。
──君としては、それで大丈夫なの?」
「…お気づきでしたか。そりゃあステージの方針が第一ですからね、座長なんですし。
ただ個人的には──そうですね。
ショーをしている春さんはとても真剣で好ましいんですが。
…普段の彼女はどこか違和感を感じて、少し苦手です」
・応河春
本小説のオリジナルキャラクター、高校一年生の少女。よく笑いよく怒りよく落ち込む、大袈裟なくらいころころと変わる表情が分かりやすい。
高校が夏休みに入ったタイミングで、親ので勧めもありフェニックスワンダーランドでバイトしようと思い立つ。面接で鳳えむ(ワンダショ)に憧れていること、体験済みであるドリームメイク室についての2点を猛アピールしたところ、丁度人材を求めていたドリームメイク室に配属される。
9年前に家族とワンダショのショーを見て以来、ショーの世界に憧れるように。鳳えむのように歌って踊れる演者を目指していると語る通り、歌や演技が非常に上手い。天性の才ともいえるほどで、しっかり鍛えれば雀原朱音以上の逸材になれる。
現在はドリームメイク室で実地経験を重ねている。