こちらフェニックスワンダーランド、ドリームメイク室! 作:偶々弥
みのりちゃんバナーで解像度が深まりました
ありがとうカラパレ
「疲れた…」
撮影がひと段落ついたのを確認してから、近くのベンチにドカリと座り込む。
あの後、迷路やフードコートなどの様々な場所で収録を行ったのだが…。
『あれ、もしかしてこのルート…みのりちゃん!
わたし達、ルートの変更中に入場したちゃったのかも…』
『えええっ!? それじゃあ、迷子ってこと!?』
『申し訳ございません。
夏季限定・ブルーハワイポップコーンは先程売り切れてしまいまして…』
『えええっ!? 楽しみにしてたのに…』
行く先々でなんらかのハプニングが起こっていた。どうやら花里さんに非がある類のトラブルでもなく、本当に
ちょっとした心労からくたびれていると。
「おやおや〜?
せっかくの国民的アイドルを堪能できる特等席なのに、お疲れの様子じゃない?」
「大変だったんですよ、精神的に」
「あははは! まあ実際に見たら、そうなっちゃうよね」
そう言って隣に腰掛けたのは、今日まで橋渡し役となっていた功労者、暁山瑞希さんだった。
そういえば、朝からその姿を見ていない。
「気合いが入ってる割には遅かったですね」
「あはは…ちょっと調べ物がね。
──でさ、悠馬くん。どう? みのりちゃん、推せない?」
「いやそこまで食い気味に言われましても。でも、確かに
そう溢しつつ、昼下がりの空を仰ぐ。
少なくとも、暁山さんや白城戸さんが熱心に布教するのも頷ける、まさにアイドルだった。カメラが回っている時だけではないどころか、常に真摯な態度を崩していない。
「でしょー!? やっぱりボクの推しは違うね!
あの何があっても諦めない心の強さ、惚れちゃうなぁ」
しみじみと呟く暁山さんの言葉に、白城戸さんもそのようなことを言っていたのを思い出す。
──だが、自分が最もすごいと感じたのは、諦めないことそのものではなく、そのための手段だった。ただ諦めずに、愚直に挑戦を続けるだけでは何も解決しない。実現のために角度を、手を変え品を変えやってみる必要があるのだ。
例えば、同じく迷路の攻略に手間取る家族連れに声をかけて、一緒に攻略を目指したり。
例えば、申し訳なさそうな店員におすすめのパークスイーツを聞いて、そちらに目標を変更したり。
要するに、トラブルに対するリカバリー能力が優れているのである。
なんなら、斎藤マネージャーの言っていた通り取れ高もあるので、ハプニングが起こった方が寧ろ…ん?
「これって、マッチポンプというやつでは…?」
「ちょっとー!
みのりちゃん運が悪いの気にしてるんだから、思ってても言っちゃダメだって!」
「思ってはいるんですね」
「ファンの間では常識。でも、それを乗り越える姿に希望をもらってる人も多いんだよね」
なるほど。確かに見ている時はハラハラしたが、なんとか纏まった時にはなんだか勇気づけられた気もしたものだ。
「それで春ちゃんも、きっと…っと、そうそう忘れてた!
販売部のおばちゃんが、悠馬くんと萊果ちゃんのこと探してたよ」
「あっ、やっば」
そうだ、販売部長と収録が終わったら白城戸さんをすぐにショップに回す約束をしていたんだった。忙しくて頭から抜けていたやばいやばい!
「あざます暁山さん! 急ぎの用があるので、また後で!」
「はいはーい、頑張ってね〜♪」
心の中で冷や汗をかきつつも、休憩中の室長達に向かって駆け出すのだった。
「さて、と…後は、みのりちゃん次第、かな」
◇
「…つかれた」
ふと私、応河春自身の口をついて出てきたその言葉は、わたしを驚かせるには充分だった。
慌てて周囲に目を走らせ──ようとして、鳳えむも白城戸さんも美麒さんも、3人とも急用でどこかに行ったのを思い出す。誰かに聞かれたか、という心配は必要ないらしい。
少しだけ安心しつつも。
(どうして…?)
これまで溢れたことのない言葉に疑問を抱いた。
確かに今日の仕事はハードではあったが、それを表に出さないようにすることなど、わたしにとっては朝飯前だ。だがそれを覆す程度の不調であるのも事実。
思い返してみれば、こんな感じのモヤモヤは今朝から続いていた。
画面の向こう側の人間だと思っていたアイドルとの対面に、緊張していたから?
それとも、昨夜に夜通し台本を読み込んでいたから?
あるいは…?
どちらにせよ、この後のナイトショーを完璧にこなさなければならないのは変わらない。私の、夢のために。
そうしてナイトショーの台本を反芻していたわたしの思考は、突如かけられた言葉で遮られた。
「えーっと…集中してるところ、悪いんだけど…」
ハッとして振り向くと、花里みのりさんが困ったような表情でこちらを見つめていた。
そうだ、まだ収録の手伝い自体は終わっていないんだった。私は慌てて返す。
「し、失礼しました! 仕事中なのに、つい…」
「ううん、そっちは大丈夫だよ! 収録はもうほとんど終わってるし、夕方まで暇だから!」
道理で美麒さん達がどこかに行ったわけだ。花里さんは申し訳無さそうに続けた。
「それで…その、さっき、ちょっとだけ聞こえちゃって。
大丈夫? 何か、悩んでるみたいだったけど…」
予想外の言葉に、身が強張る。さっきのを、聞かれて…。
だが、それ以上に気付かされる台詞があった。
そうか。わたしは、悩んでいたのか?
「…そうですね。悩みがどうかは分からないけど、この後のナイトショーに出るので、それで緊張してるのかもです」
「えええっ!? 春ちゃん、ナイトショーに出演するんだ!?
…ってことは、ステージの人気者なんだね。すごいなぁ!」
「えへへ、照れちゃいますね…あ、台本あるんですけど、読みます?」
頬をかきながら、私は話を逸らすように台本を取り出す。
「うえっ!? いいの?
わたしは是非とも見たいけど、春ちゃんは困らない?」
「これくらいはもう暗記してるので、大丈夫です!」
「おお〜! 頑張り屋さんなんだね!
それじゃあ、お言葉に甘えまして…」
台本を受け取った花里さんは、楽しそうにそれを読み始めた。
なんだか、リアクションの大きい、面白い人だ。私自身もそうだという認識はあるが、花里さんのそれはアイドルらしい愛嬌が出ていて可愛い。褒められて悪い気もしない。
…改めて、この人はアイドルなんだと実感した。キラキラとしたオーラさえ感じる。
──っと、いけない。今のうちにもう一度、内容を確認しなきゃ。
大筋、というかストーリーライン自体は普段のものと変わらない、らしい。…少なくとも、人から聞いた限りでは。
魔法使いの師匠とその弟子である少女シャオが、寂れた町に笑顔を取り戻していく。私の役はそんな一幕に加えられた、患う母のことを想う少女だった。暗い表情の母に喜んでもらうため、一輪のシオンの花をもらい、彼女自身も笑顔に…。
うん。何ら心配なことはない。しかし、心の中のモヤモヤはむしろ増すばかりだった。
少なくとも、これが緊張しているわけではないことは分かる。
ふと顔を上げると、いつの間にか顔を上げていた花里さんと目が合った。
いつになく真剣な表情で、わたしの顔を見つめている。
「あのぅ…花里さん?」
「…やっぱり。春ちゃん、まだ悩んでる?
それも多分、ナイトショーのこの台本のことだよね」
「え…」
またしても思いがけない言葉に、背筋が凍る。
花里さんが未だこちらを気にかけていたこと──それ以上に、ここまで
「なん、で、それを」
「あ…ごめんなさい。何となく、そんな気がしただけで…」
「………本当のところ、その通りなんです」
半ば自暴自棄になったからか、本音が口から溢れ出す。
ドリームメイク室の皆にも話せていない、本音の欠片が。
「えっと、春ちゃん?」
「わたし、やらなきゃいけないのに…この役だけは、
念のために追記しておきますが。作者は文を書くうえで、一人称に注意を払いまくりながら考えています