こちらフェニックスワンダーランド、ドリームメイク室! 作:偶々弥
春ちゃん視点がもうちょっとだけ続きます
後片付けを含め全ての業務を終わらせたのは、なんとフェニランの閉園よりも遥かに前だった。勢いそのままに私を含め6人でシブヤに繰り出し。
既に、3時間が経過していた。
「あ〜んのクソ
今頃フィリピンでのんびりしてん
「ぐずっ、ずびっ…悠馬くんも、大変だったんだね…!」
「がっははは、その話何回目だっての…ひっく」
「このやりとり自体、もう5回目くらいだけどね〜。
店員さーん、レモンサワーもう4杯お願いしまーす!」
もう何度目か分からない同じ内容の会話を、いい年した大人が爆笑しながら続けている…何故か室長だけ泣いてるけど。
完全に出来上がっている。控えめに言って地獄だった。
私も白城戸さん──いや、萊果さんとノンアルコール同士でいろんな話をしていたが、これだけ長いと流石に疲れが勝ってくる。
それを察してくれたのか、萊果さんは酔っ払い達の間に入って言った。
「そろそろお開きにしません?
ほら、春ちゃんは条例的にもう帰らなきゃいけないし」
「え!? もうそんな時間?」
唯一まともな返事をした瑞希さんがスマホを確認する。
「うわぁ…そうだった、今日は早く帰らなきゃいけないじゃん!
ごめん萊果ちゃん、この3人の面倒見るの頼めない?」
「了解っす。まあ、慣れてますので」
「ありがとう、埋め合わせ楽しみにしてて!
んぐぐ…っと、それじゃあ春ちゃん、行こっか♪」
「え、ええと…はい!」
ちゃっかり酔っ払い達の介護を萊果さんに押し付けた瑞希さん。来たばかりのジョッキを一気飲みしてから立ち上がると…えっ、一気飲み?
「ちょっと瑞希さん!? そんなに飲んじゃっても──ほら、ふらついてるじゃないですか!」
「あははは! これくらいなら大丈夫だって!」
ほんのりと顔を赤らめた瑞希さんの笑顔に、この人も酔っ払いの1人なのだと再認識した。そのまま他の方々に声をかけてから、瑞希さんと共に店を出た。
まだ深夜とも言い難い時間ながら、夏らしくないような嫌に冷たい風が吹いている。
ぶるりとひとつ震えてから、隣で伸びをする暁山さんに訪ねた。
「あのぅ…とりあえず、駅まで歩けます?」
「うーん…いや、今日は迎えが来てるはずだからねぇ」
なるほど、それなら私が面倒を見る必要もないわけだ。
それにしても、いつの間に…?
「そうだ! 折角だし、家まで送ってってあげるよ!」
「いやぁ、それは流石に迷惑じゃ──」
「あ、いたいた! おーい!!」
私の遠慮も聞かない瑞希さんに手を掴まれ、私はそのまま引っ張れていった。
◆
ずんずんと進んでいった先に止まっていたのは、丸っこくて可愛らしいフォルムをした小さめの車だった。もしかして、これが軽自動車、ってやつ?
運転席の窓はスモークガラスになっていて、誰が座っているのかは分からない。その謎の人物と後部座席から話をしていた瑞希さんが、一度車の外に出てサムズアップをしてくる。どうやら許可が取れたらしい。
「というわけで、お先にどうぞ♪
…って言っても、ボクのじゃあないんだけど」
「そのぅ…お邪魔します」
そう言って遠慮がちに、緊張気味に座席に乗り込む。奥まで詰めてから私は運転席に声をかけた。
「すみません、ご迷惑を───」
そこまで言いかけて、言葉が止まる。ちらりと視界に入る、フロントミラーに映った彼女は──。
次の瞬間、わたしはバッと左手のドアに手を掛けた。でも、どれだけ力を加えても開かない。
「無駄だよ。そっちのドア、どうせ鍵かかってるし」
そう言いながら、反対側から瑞希さんが乗り込んでくる。その顔に、さっきまで浮かんでいた笑顔はなかった。今までと違い、全く彼女の演技の色のない様子を見て察する。
「…
「いやー、深い意味とかはないんだけどね?
君とゆっくりお話がしたくてさ」
暁山さんが入ってきたドアを閉めると同時に、エンジンをかける音が聞こえた。どうやら、もうわたしには逃げ場がないらしい。
「………」
「ちょっと!? そんなに気を張ることなくない?」
「…こんな状況なら、誰だってそうなるよ」
「あはは…それは、そうかも…」
運転席の女性が、暁山さんに至極真っ当な言葉をかける。
その人は、わたしもよく知る人物だった。
「…朝比奈さん」
「久しぶりだね、応河さん」
初めて聞く、ぶっきらぼうな素の声。彼女は、ある意味では私の恩人でもあった。
でもこんな時に、しかも暁山さんと共に会いたくはなかった。
一体、どうして…?
いや、それよりも。
隣の暁山さんの意味深な微笑みを見る。朝比奈さんと軽口を叩けるくらい親しい間柄ということは、当然…。
「やだなぁそんなに睨まないでよ、応河春ちゃん。
ていうか、そんな表情出来たんだ」
「…一体、いつからご存じだったんですか?」
「え、無視!? そりゃあないよ!」
そうおどけて笑う暁山さん。だがわたしには、それが演技だということが容易く分かる。
「違和感を持ったのは、この後の心理テストの時かな。
その時も話したと思うんだけど、知り合いと同じ回答だったから気になってたんだよね」
暁山さんはちらりと運転席に目をやって続けた。
「それを内輪で話してみたら…ビンゴ!
まさかまふゆの担当が──」
「もう、いいです。大体分かりましたから」
無駄かもしれないけど、わたしはその言葉を遮る。
どうせ自分のことはもうバレている、そうであれば腹を括って主導権を握るだけしかない。
わたしは、敵意を隠さずに言った。
「それで? 暁山さんもただの傍観者の分際で、『こんなことはもう止めろ』っていうんですか?
うちの父親や、そこの看護師と同じように?」
「………」
轟々と、猛スピードで走る車の音だけが響く。しばしの沈黙の後、彼女は口を開いた。
「うーん…元々そんなつもりはないんだけどなぁ」
「え…?」
予想だにしない返答に、今度はこちらが絶句する番だった。慌ててフロントミラーを見るが、朝比奈さんも変わらぬ澄まし顔だ。
「ほら、誰しも隠したいことの1つや2つはあるし。
別にボク達だって、あなたが誰で何をしたいのか興味がない──わけじゃないけど、わざわざ暴こうとも思ってないよ。そういうのは、自分1人の胸の中でやってればいいんじゃん?」
どこか影の感じる微笑みを浮かべた暁山さんの言葉に、動揺を隠せない。
「じ、じゃあ、なんで…」
「だから、お話がしたいんだって…いや、どっちかっていうと、アドバイスになるのかな。
これからもこんな苦行を続けるのは自由だけど──きっと遠くないうちに、限界が来るよ」
「……っ!! そんなこと、あなた達に分かるわけ──!」
「いや、
わたしに残った、もうボロボロの意地。自暴自棄になりながらの叫びは、暁山さんに静かに叩き落とされた。
その表情から分かる。嘘じゃない。
「完璧な優等生だって、拒絶に慣れた一匹狼だって、結局は耐えられなかったんだ。君がどれだけ取り繕うのが上手だとしても、このままじゃ──」
「──あなた以外の想いに、殺されるよ」
「…え────?」
────
朝比奈さんの溢した言葉は、あまりにも日常からかけ離れていて。上手く、噛み砕けない。
「だから、ボク達から1つだけ。
──もうダメだと思ったら、逃げてもいいんだよ。
そうだなぁ、それこそえむちゃんとか…いや、悠馬くんなら、確実に力になってくれるんじゃないかな?」
頭がいっぱいいっぱいで、もう何が何だか分からない。そんな中で、暁山さんは口角を上げながら「もっとも…」と続けた。
「そんな時が来るのは、この秘密を彼らが暴いてから、なんだろうけどね?」
◆
ふと、目を覚ました。
眠気にぼんやりする頭を振りつつ起き上がれば、そこは見慣れたわたしの部屋のベッドの上だった。
──そうだ。結局、朝比奈さんの車で家まで送ってもらったんだっけ。
なんとなく髪ををかきあげると、つるりとした何かの感触が。ワイヤレスイヤホンだった。
恐らく今も繋がっているであろうスマホの画面には…『encounter』という、知らない楽曲。それを見て、暁山さんの最後のセリフを思い出した。
『帰る前に…はい、これ。
ボク達のサークルで作ってる楽曲のURLと、無料視聴コードね。
結構数は多いんだけど…少しだけ、救われた気分になるんじゃないかな』
そういえばベッドに入ってから寝付けなかったから、なんとなく聞き始めた気がする。
(確かに、あたたかい曲だったな。ほっとさせてくれるような、優しく励ましてくれるような)
ここ最近中々眠れなかったにも関わらず、いつの間にか寝ていたようだ。救われる、というのも案外嘘ではないのかもしれない。
ぐっ、と伸びをしてから、壁にかかった鏡の前に立つ。ここ1ヶ月の日課だった。
鏡の中の、見慣れた──寝惚けた様子の、しかし暗い目だけはこちらを見据えた顔に、心の中で問いかける。
(
「
『皆に勇気を与えられる役者』を夢見る、宮益坂女子学園の高校1年生」
うん、大丈夫。
そうして私は、リビングへ──お父さんと、お母さんの元へと歩き出す。
──私の決めた、選択だ。
これがあの人と、そしてあなたのための、贖罪なのだから。
・25時、ナイトコードで。
約10年もの間インターネット上で楽曲を公開し続ける、顔出しNGの作曲サークル。その人気は衰えず、楽曲が(ほぼ週1で)発表される度に話題を呼んでいる。現在は作曲担当と動画制作担当でナイトコードを繋ぎ、それを通じて4人で作業を行っている。
実は作曲担当が高校を卒業したタイミングで収益化を始めたが、彼女の生活費で消えた分以外は相当貯まっている。