終末なにしてますか?また分かり合う事ができますか? 作:すかすかのタキ
浮遊大陸郡2番島・神々の領域。豪奢なベッドの上、聖剣による呪詛を施され、不死者の死骸と化したヴィレムが安置されている一室。
そこでは今日もネフレンとエルクが、彼との添い寝権を巡って低レベル極まりない争いを勃発させていた。
ネフレンが、床に引きずって歩かなればならないくらい長く伸びたエルクの髪を、一応年上なりの理性を働かせ、痛かったり抜けたりしない程度にぐいぐい引っ張る。
エルクも負けてはいない。ネフレンのツインテールを、非力な幼女なりに引き千切ってやらんと気合を入れてぐいぐい引っ張る。
「んむむぅ」「ぐぬぬぬぬうー!」
そうこうしている内に、
「くしゅん!」ネフレンがでっかいくしゃみをして、
「わあーきたないー⁉」エルクの顔面に、唾が思いっきりクリティカルヒットした。
「む、ごめん」やらかした。さすがにかわいそうと、ハンカチで綺麗に顔を拭いてあげる。ごしごしごし。
「んふー、ありがとねふれん」
激怒するかと思ったら、何故か上機嫌になった。子供というのはよく分からないなと、ネフレンは首を傾げる。
「ん、ところでエルク。今のくしゃみですごく悪い直感が働いた。具体的には誰かが私の重大な秘密を勝手にばらしちゃった感じ」
「おお、それはひどい!」
「ん、だから私、今から妖精倉庫に行って犯人をとっちめたい。エルクの口からイーボさんにお願いしてみてくれない?」
「………きょうはわたしがびれむとねていーい?」
「ん、仕方がないから許す」
「やったー!まかせといてね、ねふれん!なんでもいうこときかせてみせるんだから!」
二人手を握りあって、たったかたーと駆けていく。無論主たる星神エルクのお願いであろうと聞けない事は聞けないし、叶えられない事もある。
この後、ネフレン&エルク対イーボ&カーマによる、神とは何かと信仰を放り出したくなるような壮絶かつ馬鹿馬鹿しい口喧嘩が勃発する事となるのだか、それはまた別のお話。
…そして現在の68番島妖精倉庫、元凶たるその一室。
気の弱い者が、うっかり心構えなくそこに踏み込めば、抵抗の一つも許されず、心身共に押し潰されてしまう。それ程に重くひりついた空気が、アイセアとラーントルクの二人から無自覚に放たれていた。
その日、39番島は死んだ。
〈重く留まる十一番目の獣〉クロワイヤンス。その侵食によって、島の全ては呑み込まれたのだ。
それは、親指と人差し指で掴めそうなくらいの、小さく美しい黒水晶の欠片だった。
獣の外観と言えば、それを知る者ならば殆どは〈深く潜む六番目の獣〉ティメレを思い浮かべるだろう。
大樹と蛇を、狂科学によって無理矢理融合させた様な異様な外観。
尾部から生えた、植物の根の様な十数本の脚で地を這い回り。
先端が槍の如く尖った触手は、常識を嘲笑うかの様な伸縮を見せ、100メートル先の獲物すら正確に貫き殺す。
かつて地上のあらゆる文明と、あらゆる命を喰らいつくし、全てを灰色の砂に還したという十七種の獣達。
正にその一角を担うに相応しい、おぞましき異形の怪物。
それに比べれば、このクロワイヤンスという黒水晶を、どう獣なんぞという怪物と解釈すればいいのか。婦女子を飾り立てる為のアクセサリーにでも加工するのかとしか思えない。
鉱物には、命ある物を屠りたいなどという意志はない。
鉱物には、目の前にある命を害する為の機能などない。
開放されたそれは、ただ自身に打ち込まれた衝撃こそを餌とする。
荒くれ者の獣人族の青年がいた。彼は持ち前の正義感で、侵食を開始した黒水晶を破壊しようと大鎚を打ち込んだ。その一撃で侵食は急激に広がり、彼を中心に十数人の住人達が黒水晶の像と化した。左足首を侵食に巻き込まれ、動けなくなった男がいた。動転し、恐慌をきたした男は、偶然その場に立てかけてあった鉄パイプを手に取ると、全力でそこに叩き込んだ。目の前で、自らの子を失った母親がいた。不幸にも火事場の馬鹿力に突き動かされた彼女は、その場に放置されていた古びたリヤカーを持ち上げると、子を覆い尽くした結晶を叩き割らんと思い切り投げつけた。
愛する地元を守りたい。愛する家族を助けたい。まだ生きてやる事がある。市民達の、そんな切なる願いによって。大地が。植物が。建造物が。同胞が。ありとあらゆる物が、意志なき黒水晶の無慈悲な侵略に呑み込まれていく。
そして、最後に。
獣について多少なりとも知識のあった護翼軍の制止を無視し、39番の軍隊が、よりにもよって砲弾を一斉に撃ち込んで。
結局彼らは、十一番目の獣に傷一つつける事も叶わず。
その島は、自らの手で完膚無きまでの滅びを迎えたのだった。
「し、失礼しましたー!」
どたどたどたどたー!
気を利かせて、お茶とお菓子を運んできてくれたラキシュが、何故か全速力で逃げ出してしまった。
わ、私ってばまた何かやっちゃいました?心当たりはありませんが、とにかく後でおみやげを持っていってフォローしなくては。
でも、その前に。
車椅子に腰掛けて、相変わらずヘラヘラニヤニヤしたうさん臭い笑顔を浮かべている先輩が何をしようとしているか、見極めなければならない。
どうか、私の思い違いでありますように。
せっかくホームたる私の自室まで連れ込んだのですから、逃がす訳にはいきません。きっとアイセアに向き直り、質問を開始する。
「と、これが39番で起こったテロの顛末なのですが」
「ええ、もちろん知ってるっすよ。痛ましい事件っすよねー。でも十一番は放っておくんならただの意志を持たない黒水晶。これ以上被害が拡大する事はないんでは?」
「それがそうでもないんですよ。浮遊大陸は一ヶ所に静止している訳ではなく、結界内を少しずつ流されています。そして計算上あと五年前後で。今は混乱を防ぐ為に情報統制されてますが、38番と39番が接触する可能性
が極めて高い」
「なんと!38番まで黒水晶の犠牲になっちまうんすか!そいつはいつまでも隠しておける類の情報じゃなさそうっすね〜」
「そうなんですよ。アイセア、貴女ならこの事態にどう対処します?」
ん〜そっすね〜と、考える仕草を見せながらお茶をすする。
「まあそんだけ時間があるんなら、38番の住人を少しずつ他の島に移住させればいいんじゃないっすか?各島の人口が増えて負担が増すのに生産性は落ちる訳っすから、辺境の方で開発事業に携わる事になるかもしれない
っすね〜」
「成程成程。38番で被害が止まるのならそれもいいでしょう。しかし実際は、島と島の接触部をクロワイヤンスが接続する形になって、38番と39番が合体。更に巨大なクロワイヤンスが生まれると予想されます」
「ほほう」
「そうなれば、これまでの歴史で培われた、浮遊島同士の接触を事前に予測する事が極めて困難になる。多くの島がクロワイヤンスに滅ぼされる可能性に曝される。計算で僅かに割り出された安全な島を巡り、浮遊大陸郡全土で生き残りを賭けた大戦が始まる」
「ふひゃ〜とんでもない予測をするっすねえ!んじゃあ水面下では、各島がもう情報の分析やら奪い合いやらネチネチした戦いを始めてるっ事っすかね!?」
「その通り。二人で軍需産業の株を買い漁って一攫千金でも狙ってみますか?」
黒いっすね〜にゃははははは。いえいえ貴女ほどではうふふふふふ。
運動場で無邪気に遊んでいる子供達にはとても聞かせられない、二人の囁く様な、薄ら寒く邪悪な笑いが響く。
「さて、この危機を、浮遊大陸郡の守護者たる護翼軍はどう解決してみせるでしょうか?」
その空気を断ち切り、ラーンが再び問いかけ始める。
「飛空艇を結集させて島を撃ち落とすっすね」
「クロワイヤンスは攻撃手段も移動手段も持たない代償に、圧倒的な硬度に特化した獣。小型のティメレ一体殺し尽くすのにも、一都市の弾丸から砲弾から爆薬まで全て使い切りかねないのに、そんな事が出来るとは思えませんね」
「いえ、39番が接触する前に38番を撃ち落とすって意味っす」
「問題の先送りにすぎませんよ。根本的な解決を図るなら、実績ある私達妖精兵の能力が必要不可欠です」
「ふむ。んじゃあ時間をかけて39番を遺跡兵装でざくざく削り落としちまうっすか?」
「問題点が二つあります。まずクロワイヤンスは打ち込まれた衝撃をエネルギーに変換して周囲の物と同化します。私達の遺跡兵装での攻撃ですらそれは例外でない可能性があります。二つ。仮に通用しても、クロワイヤンスは圧倒的な硬度に特化した獣。ちまちま攻撃していても埒が明かず、あの技官の回復能力やメンテナンス能力が失われた以上、力を振るいすぎた反動で私達の方が先に倒れるのは目に見えている」
この先に、私が何を言おうとしているかは、アイセアならばとっくに気付いている筈。うさん臭いニヤニヤ笑いに、未だ変化は見られない。
「結論を言いましょう。クロワイヤンスに有効なのは、恐らく妖精郷の門を開いての自爆特攻のみ。そして何度も繰り返しますが、クロワイヤンスは硬度に特化した獣。妖精の一人や二人自爆した所で壊しきれない。
──最悪の場合。あの小さな子供達全員が、使い捨ての砲弾として消費される恐れすらある。アイセア、貴女はこの近く起こり得る現実を、どう考えているのですか?」
問い掛けられた、あまりにも重い未来。
妖精倉庫最年長として、絶対に看過する事が出来ない現実に対しアイセアは、
「ま、それも護翼軍がなんとかしてくれるんじゃないっすか?科学や軍事ってのは危機的状況でこそ大きな進化を見せてくれるもんす。五年というのはそれを起こすのには十分すぎる時間っすよ〜」
これまでと全く変わらない、ヘラヘラ顔とゆるゆるな口調で。
あまりに他力本願で、責任感の欠片もない、いい加減すぎる返答を寄越した。
「………本気で言ってるんですか?危機というのなら、浮遊大陸は500年絶え間なく獣の魔手に脅かされていたのですよ。その間、僅かな兆しすらなかった抜本的革命が、自分達の世代で都合よく起きてくれるとでも?」
「そのティメレの襲撃がなくなった今だからこそじゃないっすか。月にニ、三回の頻度で行われていた戦いがゼロになったんすよ?今ならその対応に手一杯で実行に移せなかった発想やら理論やら実験やらやりたい放題し放題。むしろこれで革命が起こらない方が不自然ってもんす。あたし達はのんびり昼寝でもしながら果報を待っておけばいいんすよ〜」
「…………………………そうですか」
本っ当に腹が立ちますね。
私自身不愉快になるような性格の悪い挑発をかましてやったというのに、それっぽい理屈を並べてひらひらひらひら受け流して。そっちもちょっとはいらついて何か言い返してこいってんですよ。大体貴方はですね、自分では本心を隠すのがすごーく上手いと自負してるみたいですけど全っ然そんな事ありませんよ。何ですかそのいつも以上に大げさでわざとらしくて作り物めいたヘラヘラ顔は。やっぱり貴女は私の思った通りの事をしようとしてるじゃないですかふざけんなってんですよそして何より腹立たしくて気持ち悪いのはそういう微妙な違いが理屈やら論理じゃなくて本能的な何かで分かってしまう自分自身なんですよまるで貴女の事を尊敬していていつも目で追いかけてたみたいじゃないですか私はそういう先輩が欲しいんじゃなくてそういう先輩になりたいんですよどうしてくれるんですかこの気持ちあーーーイライラするもうこの鬱憤は貴女の考えを前提から根底から何から何まで木っ端微塵に吹っ飛ばす特大の爆弾を放り込む事で晴らさせてもらいますからそんで精々顎が外れた無様な吠え面を思い切り楽しませてもらうんですからねバーーーカっ!!