終末なにしてますか?また分かり合う事ができますか?   作:すかすかのタキ

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第4話

「───なんで」

 

アイセアががくんと脱力し、車椅子から崩れ落ちそうになった。

とっさに立ち上がって、その身体を支える。

アイセアの稲穂の様な、素朴な味のある金色の髪が。うなじから垂らした三つ編みが、自分の顔にふわりと触れる。

 

いつも本心を覆い隠す、うさん臭いヘラヘラ笑いを浮かべていて。

だけど、子供達が相手なら。

 

何を言ってるのかちっとも分からない、おしゃべりの絨毯爆撃に根気よく付き合ったり。くだらない嘘でからかって怒らせたり、ノリのいい言葉で率先的に、自由気ままで操縦困難な連中を上手に導いたり。

 

子供達が相手なら、14歳の子供らしい、素直な笑顔を浮かべている事も、それなりにはあったと思う。

だけど、今は、

 

「なんで…。なんでなんすかぁ……。あたしが頑張れば全部丸く収まると思ってたのに、なんでそんな事になっちゃってるんすかぁ……」

 

ぐしゅぐしゅと。うさん臭いけど、何だかんだで可愛らしい顔が、今は見る影もなく、溢れ出る涙でぼろぼろに崩れてしまっている。

 

「…馬鹿ですね」

その身体を、ぎゅっと強く抱き締めて。

出来るだけ優しく、元通り車椅子に座らせてあげる。

 

ああもう、本当に最悪ですよ。何なんですか今のこの感情は。

貴女の襟首をひっ掴んで、ぶんぶん振り回してやりたくなるくらいのイライラを我慢していた方が、ずっとずっとマシでしたよ。

 

「…あの戦いを、ずっと疑問に思ってました。身体のキレは悪くないのに、何故かろくに魔力が込められていなかったヴァルガリスを。その上で、適当に仮病を使ってあの単眼族の医師──マゴメダリ先生から全部聞き出してきました。散々想像しましたよ。悪魔的に知恵が回りながら、それを上回る自暴自棄な内面に支配された者がいたならば。今この世界の状況で、何を成そうとするのかを」

 

かつてない喧嘩になるだろうなとは思ってました。泣かせてしまうかもしれないなとも思ってました。最悪、もう二度と会わないと、決裂する事になるかもなと、覚悟も決めてるつもりでした。

 

何て、考えが浅かったんでしょう。

彼女が、こんな風に壊れてしまうなんて、欠片も想定しなかった。

この胸まで、千々に崩れる様な痛みを伴うなんて、考えてすらいなかった。

 

 

 

「ラーン、あんた何で技官がこんな事してるのか、まだ分かんないすか?この人は、あたし達に役割をくれてるんす」

 

 

「だから、言わなくていいって」

 

 

「だから技官は、その肩書きをもう一度あたし達に渡すつもりなんす。…妖精倉庫を守りたい。その為に命を張ってくれてるんすよ、このバカは」

 

 

 

私達の権利を守り、未来へ繋げる為に。

あの子供達を、妖精倉庫を守る為に。

辛くても、汚れても、乗り越えなくてはならない戦いだった。

 

きっとこの先輩は。

普段は何だかへにゃへにゃしてるのに、肝心な時は弱音の一つも零す事なく。ただ浮遊大陸郡の絶対悪として討たれようとした、あの男が許せなかった。

自分だけで、あの男の真意──決心を背負っていく事が出来なかった。

ああやって言葉にして、私達が分かち合わなくては、戦い抜く事なんて出来なかった。

 

涙を拭い、それでも立ち上がった先輩の姿に。

自分は何を思い、何を感じていたのか、今更になって自覚してしまった。

ここから今すぐ逃げ出したいだろうに、この人には、自力で立ち上がる力すら残っていない。

 

もう一度寄り添って、肩をさすって頭をなでる。

涙も嗚咽も、ちっとも治まってはいない。

頼れる大人が誰もいない、見知らぬ土地で一人迷子になった幼子のよう。

この人をこんなにしたのは、自分の浅はかさだ。

後悔が、胸の裡をのたうち抉り続けている。これ以上は進むなと、言葉を縫い止め杭を打ち付けてくる。

 

それでも、始めたのなら最後まで果たさなければならないと。

心を縛り付ける物を、血を流しながらでも、力尽くで引き千切り。

この人がやろうとしていた事を、この口で。

互いの心を切り刻むだけだろうとも、自分の言葉で告げなくてはならない。

 

「…魔力とは、自滅のリスクと引き換えに、肉体的に弱い種族が強者との差を埋める為に生み出された、身体能力強化の技術であり。死に瀕した者が、残された僅かな命を業火とし、逆転の一手を打つ為の秘術。肉体を得た死霊であり、本質的に生きてすらいない私達妖精族は、全員がリスクを最小限に強大な魔力を熾す資質を秘めている。その中でも、既に。

十一番島での戦い。それ以前からもう限界まで戦いきっていて。最早剣に回す余力もなく、あと一度でも魔力を熾こして戦えば確実に死んでいた貴女が。もう自力では歩けもしないほど肉体的に弱りきり、それでもギリギリの所で戻ってこれた貴女が。死を恐れずに、戻る事も考えずに、再び全力で魔力を熾こせばどうなるか」

 

何なんですか。ただでさえ細いのに、この更に痩せ細った身体は。

──無意識に、震える肩を強く抱いて、

 

「門が開き、クトリが超大型のティメレを島ごと斬り裂いた時とすら比べ物にならない、暴虐的な魔力が開放される。クロワイヤンスに覆われた39番すら、たった一人の犠牲で落とせる程の」

 

貴女、ろくにご飯も食べてないでしょう?今よりもっと、ギリギリまで身体を弱らせようとしているでしょう?

──細く儚い指を、繋ぎ止める様に握って、

 

「貴女の事です。あのやけに詩的な一位武官さんに、ナイグラートに積が及ばないようにかばってやってくれとか無茶振りして。町の怪しげな情報屋とか、話の分かる不良軍人とか、妙に仁義を重んじる緑鬼族のサルベージャーさんとかあらゆるツテを使ってあっちこっちに迷惑かけて。限界まで弱りきらせた体で、何が何でもそこまで辿り着いてみせるんでしょう?」

 

せめてこんな、悲痛な表情は見せないようにと。

稲穂色の、素朴で優しい金の髪に顔を埋めて。

 

「そんな派手な爆発を、護翼軍といえど完璧に隠蔽しきる事は不可能。事前にそれを各島の新聞社や情報屋にリークし、これまで浮遊大陸郡を護ってきたのは私達妖精兵だと知らしめて。私達の地位を、世界の英雄と確立させて、胸を張って生きていける様にする。──それこそが、貴女が妖精倉庫の為にやり遂げようとしていた事ですね」

 

それだけはいけないと。

一人きりで死なないでほしいと。

彼女を否定しきる、残酷な言葉を放ち切っていた。

 

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