終末なにしてますか?また分かり合う事ができますか?   作:すかすかのタキ

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第5話

出立の日は、ぱっとしない天気だった。

 

雨こそ降りそうにないものの、360度どっちを見渡しても薄い灰色に覆い尽くされた、何処か不機嫌そうな空。

 

辺境の68番島。そのまた森の奥底に建っている、年季の入ったおんぼろ屋敷にして我が実家、妖精倉庫。

そこから浮遊大陸郡の中核にして、伝説の偉人、大賢者スウォン・カンデル氏の拠点たる5番島まで飛んで行く。

 

広大で、壮麗で、清潔で、静謐で。

閲覧制限のある貴重な古書から古今東西の最新の論文。もちろん定期的にやって来る一位武官さんにお願いすれば、趣味の娯楽本だって購入してきてくれる。

正に天国、私にとってこの上ない最高の環境。

 

だけど一ヶ月もすれば、何かが物足りなくなってきて。

二ヶ月もすれば、あの暴れん坊のちびっ子達に支配されたてんやわんやではちゃめちゃな日々が恋しくて仕方がなくなってくる。

 

きっと私は理由があろうとなかろうと。

何処にいても何をしていても、毎あるごとにここへ舞い戻ってきてしまうのでしょう。

 

「ラーンせんぱいもう帰っちゃうのー?」「つぎ!つぎはいつくる!?」「おみやげおみやげおみやげー!「こんどはもっときれいでおいしくて、おしゃれなおかしをたくさん買ってきてくださいねー!」

 

あの、ちびっ子軍団さん。貴女達は私自身よりも、私が買ってくるお土産の方がずっと楽しみなんですか?

全く可愛らしくも憎々しい。ええいノフト、何ですかそのきしししって笑い方は。いちいち肩を抱かないで下さい、慰めてほしくなんてないんですからね。ナイグラートも便乗して抱きつかないで下さい!どうして貴女が寂しいからって私の指を食べさせなくちゃならないんですかトロールの理屈を押し付けるのはいい加減やめて下さい!

 

………ありがとうございます。

本当に、いい人達ばかりですね。

過去かつてないレベルで盛大にやらかしちゃったのに、こうやっていつも通りに、わちゃわちゃした雰囲気のまま送り出して下さるんですから。

 

私の可愛い妹達。きっとみんな10年後には、みんなそれぞれの形で、世界一素敵な女の子に成長していますよ。

 

後ろで別れの大騒ぎをニヤニヤ眺めていた、車椅子の少女に目を見やる。

まだ少し泣き腫らした、互いの瞳が重なり合う。

 

「貴女にもまた会いに来ますね、ナサニ」

 あ。

「ナサニ?何だってラーン?」

ノフトが怪訝な表情で私の顔を覗く。

 

「…すいません噛みました。皆さんにです皆さんに。皆さんにいずれまた会いに来ますからね皆さんに。それではその日まで、ご機嫌よう」

 

ええい何ですかその微笑ましいものを見る目は。ちゃんと自力で機転をきかせて乗り切ったじゃないですかいつものうさん臭いヘラヘラ顔はどうしたんですかいくら貴女の方が実質かなりの年上だからって小さな子供を相手にしているみたいな目を向けられる謂れはないんですからねいちいち手を振るな!

 

見ていなさいよ、私はもっともっと成長して、いつどんな時でも冷静で公正で公平で合理的で、誰より頼れる理想の私になってみせるんですから!

 

皆に背を向けて、前に向かって歩き出す。

ふと空を見ると、曇り空から一筋の陽光が射し込んでいた。

 

 

 

 

 

「私達の地位を、世界の英雄と確立させて、胸を張って生きていける様にする。それこそが、貴女が妖精倉庫の為にやり遂げようとしていた事ですね」

 

しばらく留守にしている間に、少し埃っぽくなったように感じる。苦労して集めた、大好きな本に囲まれた、私だけの小さなお城。

 

ぎゅっと抱きしめた、弱く痩せ細ったアイセアの身体。

いつの間にか、そこから震えは止まっていた。

嗚咽も今は聞こえない。外でかしましく遊び回る子供達の声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。

静寂が、私の部屋を支配している。

 

「だったら」

 

泣くだけ泣いて、流したいだけ涙を流して。ずっと一人抱えていた物が、少しだけでも胸から溶け去り、軽くなっていてくれればいいと思った。

 

「だったら、あんたが手伝って下さいよ」

 

でも。荒れ狂う感情の嵐は、これっぽっちも治まってはいなくて。

 

「もう時間がないじゃないですか。大賢者の野郎が余計な事しでかす前にやり遂げなくちゃならないじゃないですか。足りないっていうんなら、毒を飲んででも刃物で胸を刺してでも、クロワイヤンスと刺し違えてやりますから。ラーン、あんたが世界にあたし達の事を知らしめて下さいよ」

 

荒れ狂う嵐は、ただこれまでとは違う方向へ。

もっと短絡的で強引な道へ、進路を変えただけだった。

 

「…アイセア。貴女ともあろう人が、心という物を単純に考えすぎてはいませんか。もちろんクロワイヤンスを破壊した事を単純に喜び、私達の功績を称え、狙い通りに英雄として祭り上げてくれる方も少なくはないでしょう。ですが、浮遊大陸郡の誕生から500年以上経ってるというのに、未だ人間族への憎しみを忘れらない者が多くいる。徴無しへの差別を受け継いでしまっている者が数え切れないくらいいるんです。

認められないだけなら構わない。けれど、私達が英雄視される事がどうしても気に喰わず、先鋭化する者達は必ず出てくる。そういう連中はいずれ必ず徒党を組む。そうなれば、私達妖精族のみならず、多くの罪なき徴無しをも巻き込んだ新しい争いが巻き起こる。それは貴女が望む平穏な世界とは程遠いものでしょう。

それでも貴女はたった一人で、思慮を欠いた暴走を続けるつもりなんですか」

 

「続けるに決まってるでしょう!種族ごと消されるよりずっといいでしょう!あんな時代に戻ってしまうよかずっとましに決まってるでしょう!」

 

怒りに燃える瞳で。私を突き放して、車椅子から腕の力だけで強引に立ち上がり、私に喰らいつかんばかりの勢いでアイセアは吼える。

 

「あたしはエルバを救えなかった!幸せにしてあげたかったちび達に、人間らしい生き方を教えてあげたかったちび達に何もしてあげられず!この子の体を乗っ取って、一人だけこんな温かい家に生まれ変わってしまった!

だから、あの技官は、あたしが討たなきゃいけなかった!あの優しい人を殺した、貴女達にとって最悪の悪人になって、あそこで死ななきゃならなかった!なのに!」

 

自分の弱さに。自分自身への憎悪に黒く燃えた瞳から、また涙が零れ落ちる。

 

「最後の最後に、あたしはまた何もできなかった。一人だけでは勝てなくて、ラーントルク、貴女に辛い役目を押し付けた。ティアットに剣を振るわせてしまった。ラキシュを、あんなに泣かせてしまった。あの、優しい子の、心に。絶対に消えない、深い傷を負わせてしまった」

 

腕の力が尽きて、お尻から車椅子に崩れ落ちる。

声にまた嗚咽が混じり、悔いいりながら小さく弱く霞んでいく。

 

「限界まで戦い抜いたって勘違いされて。見当違いの尊敬を向けられて。こんな役立たずの体になってまで優しくされて。あたしはもう、生きていたくないんだよ。せめて今度こそ、誰かの役に立ちたいんだよ。

だから、ラーントルク。お願いだから、もう一度だけ。あたしを、あたしが立つべき戦場まで、送り届けてほしいんだ」

 

向けられた、涙に濡れて縋る瞳。

アイセアを演じていた、かつての見知らぬ先輩の、本当の言葉。

エルバとは誰なのか。あんな時代とは、どれほど劣悪な時代だったのか。

この人は、どれだけの守る物を抱えて、どれほど過酷な時を生き抜いてきたのか。

 

いずれ獣との戦いに散る運命だったとしても。

たくさんの家族に囲まれて、幸せな子供時代を過ごしてきた私には、せめて想像することしか出来ない。

 

…どうすれば、この人の心を救えるんだろう。

どうすれば、この孤独な歩みを止められるんだろう。

私は何て、思い上がりも甚だしかったんだろう。

 

小賢しい理屈なんて響かない。

企みを看破したところで、こちらを巻き込んででも強引に突破してくる。

心を届けようにも、私とは生の密度が違いすぎる。

人より少し頭が切れるだけの、頭でっかちな小娘にすぎない私に、これ以上出来る事なんて───

 

 

 カタン

 

 

ドアの向こう。廊下から、何か小さな音がした。

 

…ああ、それはそうなりますね。

子供達は車椅子生活のアイセアをいつも気にかけていて、何かにつけてわたしがわたしがと役に立とうとしていた。

そのアイセアが突然大声で泣き出したなら、みんな心配してこの部屋まで様子を見にくる。そのタイミングで、今度はアイセアの誰も聞いた事がない怒鳴り声が響いたなら、みんな飛び上がってびっくりするだろう。

一瞬は躊躇するだろうけど、そこは逞しいかなナイグラートの「食べちゃうわよ?」で鍛えられた身。すぐに立ち直って、更に心配を募らせて今度こそみんな一斉に飛び込んで行こうとした所を、今は私が一緒にいるんだから下手に刺激しない方がいいと判断したノフトかナイグラートに止められて小康状態といったところなんでしょう、多分。

 

ああもうただえさえどうしようもない状況なのに、更に大量の不確定要素を持ち込まないでくださいよ。

 

本当にどうしたらいいんでしょう。もういっそ子供達全員をこの部屋に突撃させて何もかも有耶無耶にして、ぴゅーっと飛んで大賢者様の城に引きこもって現実逃避という名の研究と読書と創作の日々に没頭してしまえれば───

 

 

……………大賢者様?

そうでしたね、私はどう転んでも数日で休暇を終えて、普通は絶対立ち入れない5番島の大賢者様の城まで戻らなくてはならないんでした。

 

今のアイセアは、まともなやり方じゃ絶対に止められそうにありません。

そしてあのちびっ子達は、毎度毎度いたずらしたり好き勝手暴れ回ったりした挙げ句こっぴどく説教されてその場では反省するんですが、一週間以内にはすっかり忘れてまた同じ事を繰り返すおバカさんの集団です。

 

今ここで私が何をやらかそうと、次会う時にはすっかり忘れてるでしょうから何やったって関係ないんじゃないですか?

 

──いや、さすがにそれは子供達を甘く見すぎでは。

ナイグラートとノフトもいるんですけど、そこのところはどうなんです?

 

理性が冷静につっこんできますが今は無視です今は無視。

ちびっ子達はどうしようもないおバカさんの集団で、ナイグラートとノフトは今ここにいない。そういう事にしておいて下さいそういう事にしておかないと、とてもじゃないけど前に進めません。

 

さあ、いざ覚悟は決まりました。

アイセアを止める為、まず私が最初に紡ぐべき言葉は──

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