終末なにしてますか?また分かり合う事ができますか? 作:すかすかのタキ
さあ、いざ覚悟は決まりました。
アイセアを止める為、まず私が最初に紡ぐべき言葉は
「ところでアイセア。初めに私が見せたあの百合小説ですが」
「───────はい?」
あ、ボンって赤面してフリーズした。
そうですよね。私が散々恥をかいたあれをこの空気の中で、まさか私の方から蒸し返して来るとか、ちょっとあり得ないですよね。こういう顔をするって事はあの小説の出来が良かったって事ですよねちょっと嬉しい。
ともあれまずは奇襲成功。この調子で責めていきましょう。
「そもそも私だってですね。こんな面倒臭い話なんて全然やりたくなかったんですよ。どうせ九割九部私の考えすぎ、良くてお互い何か変な空気になってせっかくの休暇を微妙な空気の中で過ごすか、悪くて『うひゃひゃひゃひゃひゃラーンあんたそんなにあたしの事ばっかり考
えてたんすか!?かわいー後輩ちゃんすね〜うりうりうり〜』って今後永遠にいじられるネタを提供するはめになるんですから。
だけどもし数年後の貴女が私の考えた通りの事をしたら、分かってたのに何もしなかったって後悔するじゃないですかそんなの嫌じゃないですか。で、秘密を打ち明けて対等になりたいという名目であの百合小説を読んでもらって、最初に最大の恥をかいたからもう何も怖い物なんてありません、性格の歪んだ挑発でも何でもやってやるって勢いをつけて
「ちょ、待、ラーントルク!貴女そんな理由であのどすけべ百合小説を見せたの!?あれってあたしを精神的に揺さぶって本心を引き出す作戦とかじゃなかったの!?あたし最初からあれで結構精神的にガタガタだったんだけど!?」
え、マジですか!?本当にそれ以外の意図なんて何もなかったんですけどそんなに有効打になってて今頃になって効果を発揮してるんですかあの小説!?
私までちょっと動揺してしまいましたが、何だかんだでこちらのフィールドに引き込む事には大成功した様ですね。
何をどう言えばいいのかはとにかく話しながら探っていきましょう。
「で、話は飛びますけどね。私が大賢者様に弟子入りした目的は三つあるんですよ。まず一つは、ネフレンの魂と融合してしまったとかいう獣を分離して、元の妖精に戻してあげる事です」
「う、うん」
「私とあの子はですね、読書仲間として本当に気が合うんですよ。一緒に読書室で本読んでるだけでも楽しいんですけど、互いに気に入った本を交換して読んでみたら全然趣味が合わなくてケンカする事もあります。試しに自分達で執筆してみたらあまりの下手さに二人して絶望する事もありますし、でも懲りずに挑戦し続けたらたまーにいいのが出来る事もあって、私達にしては珍しくハイタッチを決めたりなんかして、そういう時間をもう一回取り戻したいんです」
「そ、そうなんだ。じゃあ二つ目はやっぱりあの技官?」
「正しくその通りですね!あの男、私が妖精倉庫を留守にしている間に子供達の心を奪っていっただけならいざ知らず、後から聞いた所によるとクトリという恋人がいながらネフレンを誘って当たり前の様に同じベッドで寝たり狼微族の女性のお腹をなで回したりネフレンと腕を組んでデートしたりラキシュを背後から抱きしめたりネフレンと一緒にお風呂に入ったり無数の実績があるそうじゃないですか!
業腹ですがレンのついでに元に戻してあげますよ。そんで叩き起こして問い詰めて、どちらがより子供達から愛されてるか白黒つけて、親友を誑かした罪を手ずから裁かなくちゃ気がすまないんです!」
「執着がすごいわね。あとネフレンの件は相当尾ひれがついてる」
「何とでも言って下さいな。そして三つ目はもちろん、この妖精倉庫を守って、これからもみんなが普通の生活が送れるようにしていく事です。
貴女はあの技官が私の本心を暴きやがった現場に立ち会ってしまいましたからもうこの際包み隠さず言っちゃいますが、私はあの子供達が大好きなんですよ。みんな世界一可愛い子達と思ってますし、私の事も世界一かっこよくて頼りになる先輩と思ってほしいです。
そういうイメージが崩れたら嫌だから我慢してますけど、本当はみんないっぱい抱きしめてあげたいしベタベタ引っついてきてほしいし、何なら愛情表現としてあのぷにぷにのほっぺにすりすり頬ずりしたり、キスして感触を味わってしまいたいくらい大大大好きですから!」
「うわあ薄々思ってはいたけどヘンタイ!」
「やかましいですよ頭からパックンする事が愛情表現だと本気で思ってるクレイジーなトロールがいる環境でたかがほっぺにキス程度でガタガタぬかすんじゃありません!
だからこの先、まだ何をしていくべきか検討もついていませんけれど!クロワイヤンスが落ちた獣無き世界の後、今のちび達やその先の世代がそれでも兵器として利用され、浮遊大陸を揺るがす災厄の種として消されかねない未来に抗う為に!
私が生きている間に、少しでも道を整えておかなければならないんですよ!」
何をどう話せばいいか分からないから、とにかく自分の事を喋る。私がやろうとしている事を、恥ずかしがらず、飾らず素直に正直に。
そうして喋っている内に、言葉にどんどん熱が籠もっていく。岩に水滴が染み入る様に、少しずつ言葉が届いていくのが分かる。
「うん、分かる。それは分かるよ。でも、それは」
「私を馬鹿と嗤いますか!?ええそりゃそうですよね、私達妖精の命は短い。私に残されたのは精々あと五、六年でしょう。道を整えるにもきっと全然足りていない事でしょう。それに加えて技官とネフレンの事もどうにかしようと言ってるんですよ。
何ですか融合した魂を分離するって。意味がわかんないですよ、大賢者様でも地神ニ柱でも無理なんですよ、たかたが妖精の小娘一人に何ができるっていうんですか、無様に滑稽に足掻いた挙げ句何一つ進めないまま終わるのが道理ってもんです!」
言葉は更に加速する。つっこむ間も相槌をうつ間も許さない。
「当然そんな研究、誰も引き継いではくれないでしょうね。今の子供達はまだ幼いです。記憶からは、少しずつレンの事も技官の事も薄れていく事でしょう。世代が変わり、知りもしない子ばかりになっていくでしょう。
そんな人達の為にただえさえ短い生涯を無為に費やす酔狂な子なんている筈がありません。外部の人達からすればもっと理由がありませんね。もし将来、妖精と獣の魂が融合するケースが再び起こったならば。
ネフレンの中の獣が暴れだし浮遊大陸の敵と成り果てたなら、とっとと地上に落とすなり遺跡兵装で斬り伏せさせるだけです。
仮に可能だとしてもどうして魂の分離なんて手間のかかるリスクを犯す必要がありますか。そんな研究を続ける意義がありますか。世の理を知らない、愚かで強欲で身の程を弁えない狂った小娘として、私は5番島の面々から陰で憐れまれているでしょうね」
だけど、それでも。
「それでも私はやるんですよ!!現実には奇跡なんて起こりません、無償の愛で受け継がれる物なんてありません!!
無謀で無意味で無価値で、何一つ遺す事が出来なくても、それでも止める理由にはならないんですよ!!
残された時間の全てを費やして、みんなを守ってあの二人を取り戻す!!それこそが、私が私に課した、私がやるべき使命なんですよ!!」
決意を込めて、全力で吼える。
それにしてもおかしいですね。私の目的はアイセアを止める事の筈なのに、どうしてどんどん自分語りに熱くなっちゃってるんでしょう。
だけど、この先にこそ、彼女を救う光があると。理性や本能、その外殻を剥ぎ取った更に奥にある何かが、私を確信させている。
「みんな助けてみんな救う為にはどうすればいいか、まださっぱり分かりません。何が必要かも分かりません。ただ、私一人じゃ駄目なんです。
私が生きている間も、私がいなくなってからも。みんなの力が必要なんです。みんなが大切なんです。きっと、誰一人として欠けてはならないんです」
だから、更にギアを上げる。隠す物は何もないと、全開で開ききっていた扉を更に開き、この心の深奥にある私も知らない私の言葉を紡ぎ出す。
「それは、ナイグラートの何気に万能なエリート力とか絶品肉料理かもしれません。ノフトの正義感や愚直な突貫力かもしれません。ティアットの憧れに向かって努力し続けるひた向きさかもしれません。ラキシュの礼儀正しさやどれだけ振り回されて痛い目見ても周りを見捨てられない面倒見の良さかもしれません。パニバルのマイペースな様で気付けば人の懐へすっと入っている不思議なコミュ力かもしれないし、コロンの気合と努力と根性かもしれません」
アイセアもいつの間にか、私のめちゃくちゃな言葉にすっかり聞き入っている。さすがに喋りすぎて喉が痛くなってきましたが、今を逃せばきっと次はありません。今を逃せばもうこんな事は出来ません。だから構う事なく全力で走り続ける。
「アルミタの真面目にお手伝いしてくれるのに何故か高所から物を落としたり自分が落ちたりする凶星の巡りかもしれません。ユーディアの妖精倉庫トップクラスのおバカなのに何故か物事の本質を掴むのは誰より早い直感力かもしれません。エクルエクラの早熟な聡明さとリーダーシップかもしれません。ジョルゼットのとろいし鈍いし泣き虫だけど、何だか妙に助けてあげたくなっちゃう天然のあざと可愛さかもしれません。
とにかくみんな必要なんですが、中でも特に分かりやすく必要なのがアイセアぁ!!」
次から次にと家族達の名前が溢れてくる中、ここで今日一番の大声が出て、ついでにビシーッと指で指してしまいました。
アイセア本人もびっくりして「ひゃいいっ!?」と返事して、思わずビシーッと背筋を伸ばした。
「私が最も必要としているのはアイセア、貴女のその生まれが違えば0から犯罪組織を興して十年後には浮遊大陸の影のドンにでもなっていかねない、悪知恵とその回転の速さなんですよ!
なのに何ですかそのうじうじとした体たらくは!自分が死んでその場を乗り切れば後はもう知らないってんですか!?私達がいなくなった後もこの戦いは長く続くんですよ、そんな自暴自棄で捨て鉢な考え方で、真に善き閃きが降りてくる筈がないでしょうが!!」
ちょ、何言ってるんですか私!どうしてただでさえ深く傷付けてしまったアイセアの心を更に抉る様な暴言を吐いちゃうんですか!?
理性が警告を放つのとは裏腹に、口が勝手に動いて更に暴言が止まらない。
「いいですか、真に善きアイデアとは、たった一日でも、一分一秒でも長くこの世に喰らいついて、何かを成そうとする泥臭い執念からこそ生まれるんですよ!貴女がいなきゃ駄目なのに、今の貴女じゃ駄目なんですよ!さっきの立ち上がれもしないのに立ち上がった怒りはどうしたんですか!貴女だって誰にも負けないくらい妖精倉庫が大切なんでしょう!?
無理矢理にでもお肉をかっ食らって栄養つけて、みっともなくしがみついて、世界を変える気合と根性と生き汚さをを見せて下さいよ!
あ、早速ナイグラートとコロンが役に立ってくれましたね。やはり私の理論は正しいじゃないですかうふふふふふ」
こらあ私ぃ!いい加減にしなさい、さっきのこの先に光があるとかいう確信は何だったんですか!?底なしの泥沼の中心へ、足に重りを付けたままガンガン進んでいる様なもんじゃないですか!!
「そもそも貴女言いましたよね、11番島の戦いで!最悪の悪人にならなくちゃいけなかったのに何も出来なかったとか私に役目を押し付けたとか、みんなから見当違いの尊敬を向けられてるとか!もうそこから致命的なまでに間違ってるんですよ!だってティアットもラキシュも、この私も!素直に認められなくて、はっきり自覚したのもついさっきなんですけど!
あの戦いから、貴女の事を、本当にすっっっごく尊敬してるんですから!!」
───あ、やっと分かった。
これだけ多くの言葉を費やして、斜め上に暴走して、散々回り道をして。
心の奥底に手を伸ばして、探しぬいて探しぬいて。
彼女を救う為。彼女の為に本当に伝えたかったのは、この先にあった思いなんだ。
「貴女、泣いてたじゃないですか!あの技官の事、大好きだったんでしょう!?戦いたくなんてなかったんでしょう!?それでも立ち上がったじゃないですか!やらなければいけない戦いに、真っ先に立ち向かっていったじゃないですか!
尊敬してるなんて言葉じゃちっとも足りてないんですよ、貴女がいたからティアットもラキシュも戦えたんですよ!あの時の貴女は、まるで、物語に描かれる伝説の勇者そのものだったんですから!!」
いつからだったのでしょう。全然自覚はなかったけれど、瞳から涙がぼろぼろと零れ落ちている。鏡を見たら、年頃の女の子にあるまじき、無惨に崩れた顔をしているのでしょう。もしかしたら嗚咽が激しすぎて、言葉
なんて途中から全然伝わっていなかったかもしれないですけど。
「だから、貴女がそんなんじゃ、私が嫌なんですよ。また立ち上がる所を見せて下さいよ。かっこいい貴女のままで、私が憧れたあの勇者のままでいて下さいよ。
じゃなきゃ、私まで進めなくなりそうじゃないですか」
ようやく。今の今まで気付いていなかった本心を。
伝えなければならない言葉を、伝えきる事が出来た。
ハンカチを取り出して、今更ながら涙に汚れた顔を拭う。
…全く、私は何なんでしょうね。
いつどんな時でも冷静で。公正で公平で合理的で、誰より頼れる理想の先輩になりたかった。
でも現実の自分は、非論理的で、意味不明で、支離滅裂で、自分勝手でワガママで、いい歳をして物語の中の勇者なんざに憧れている、泣き虫でみっともない、矮小な女の子だった。
これからはノフトにも顔を合わせる度に自分より何段階もハイレベルなおバカさんを見る目を向けられるでしょうし、別に寂しくはないですけど、ナイグラートからうざ絡みされる事もなくなるのでしょうね。
そして子供達からは『ねえ聞いてよ、昔の妖精倉庫にはラーントルクっていう名前のとんでもなくダメな先輩がいたらしくてさー』と、代々語り継がれて永遠に嘲笑され続ける、黒歴史の権化みたいな存在に成り果てるのでしょう。
本当に一刻も早く忘れ去りたい、この人生最低最悪の一日ですよ。
ああ、ですが───
───にゃはっ。
「そんじゃあどうにもこうにもしょうもない後輩ちゃんに、頭の切れる極悪先輩から一つアイデアを授けるっすよ。
今の妖精族は、大賢者様達のネクロマンシーによって浮遊大陸郡の結界内の何処かに、ランダムで顕現するシステムになっている。それを68番島の、妖精倉庫近辺に限定してしまえばどうでしょう?
地神が戻り大賢者様達に余裕ができた今なら、システムの進化は決して不可能じゃない。軍が私達を管理する為のコストが大幅に下がれば、この生活を守る為の第一歩になるんじゃないっすか?」
二人、くすりと笑う。
もう大丈夫と言うように。外から様子をうかがっていた気配が、一つ一つゆっくりと立ち去っていく。
「しょうもない後輩で悪かったですね。けれど、そのアイデアは素晴らしい。休暇が終わったら早速大賢者様に提案してみましょう」
笑顔で緩んだ瞳から、一筋の清らかな光が流れ落ちる。
このうさん臭くも可愛らしい笑顔が戻ってきたのだから、全部チャラにしてあげてもいいでしょう───